オレンジ ~五月第四週の土曜~
ゴトッと自販機から缶が落ちてくるのと同時に、水月の口から飛び出してきた言葉は、思いがけないものだった。
「俺、白井さんのこと好きになっちゃった」
白井さんというのは俺の姉の友人だ。
「白井さんって…あの白井さん?」
「うん」
どこか他人事のように答える水月は、遠い目をしながら、オレンジの炭酸飲料を取り出す。
それを横目に俺も同じものを買う。
どうやら自販機限定というのは、他のものより罪悪感なく買えるようだ。自販機限定なのだから、自販機で買うしかない。スーパーで安く済ますことなどできないのだから、仕方ない。そう思える。
先ほど俺たちが「別にいいか」と通り過ぎた自販機にも、このオレンジジュースはあった。確かそこは120円で、140円のここより20円安かった。
まあいいや。既に歩き出している水月を追いつつ、缶に口をつける。
「彼氏いたろあの人」
「それが、もう別れたんだって。お姉さんから聞いてない?」
確かに別れたとは聞いた。でも結局よりを戻したとも聞いた。その後また別れたのだろうか。
(余計なことすんじゃないよ)
俺は心の中で姉に悪態をついた。
水月と白井さんがうちで鉢合わせた日に予感した何かが、具体的な形で今目の前に現れつつある。
水月はああいう人が好きだ。一見いじらしいようで、したたかな…そんな感じの。
万に一つ、二人が付き合ってしまったらどうしよう。いや別にどうもこうもないけれど。
水月と白井さんが、俺と姉という点を通して、一本の線で繋がってしまうというのが、なんだかすごく嫌だ。
首すじに缶をあてて涼む水月は、磁石のように厄介事を惹き付けそうな佇まいをしている。
「お姉さんにも言われたんだ。あいつと付き合ってるよりは水月君との方がいいなって」
夏のような日差しと、梅雨を思い起こさせる湿気が気力を奪う。
夏ばてにはまだまだ早いぞ…
俺は手元の冷たい液体を体に流し込んだ。
「だりー!!」
「はははは」
水月はやはり他人事のように俺の咆哮を笑う。
白井さんと、姉から聞いたその彼氏の姿を、ぼんやり思い浮かべる。
この胸のざわつきを、どう伝えたらいいものか。考えあぐねている間にも、時間はオレンジの炭酸とともに弾けて、一秒一秒消えていく。
「とりあえず、やめとけよ、ほんと」
「はい」
水月はそれまで首や腕にあてていた缶をようやく開けると、天に語りかけるみたいにそれを飲んだ。水月の笑顔は眩しいほどにからっぽで、俺はこれからやってくる季節をただ憂えた。
オレンジ ~五月第四週の土曜~