終末夜行列車

『終末夜行列車』
                                    月村凪沙
駅のプラットホームに少年が一人立っていた。荷物は地面に置いたいっぱいになったカバン一つだけ。周りにはもう誰もいなかった。駅員の姿さえ見当たらない。少年は執拗に腕時計を確認しては、まだ来ないかと白い息を吐いた。夜空に浮かぶ満月だけが少年の友達だった。少年は月をぼーっと眺めながらこれからの旅に思いを馳せる。少しすると遠くから、列車の音が聞こえた。少年はそこでカバンを背負う。そして、自身が21号車のドアの位置にいることを確かめた。まさにその時だった。少年の後方、階段の方からドタドタと足音が聞こえた。
 少年が振り返ると、階段を勢いよく駆け降りる少女が視界に入った。その少女は階段を駆け下りると、少年の存在に気付いた。少女はしばらく息を整えてから少年に話しかけた。
「あなたがもう一人のゲストなの?」
 少年は突然の少女の登場に驚いていた。そもそも、この時代には自分以外に終末夜行列車に招待されている人はいないと思っていたからだった。そんな思いを隠して少年は少女に「うん」とだけ応えた。少年は改めて少女の格好に目をやる。少女はとても煌びやかな白を基調としたドレスに身を包んでいた。見たこともない高そうなネックレスに耳飾り。もともと整った顔立ちにうっすらとしたメイクも程よく相まって美しい。見た目はどこかの国の姫君といった風体であった。実際にそうなのだろうが、少年はむしろ少女が履いていたハイヒールでよく転ばないものだと感心していた。不思議そうに少年の顔を覗く少女に向かって少年は一つの質問をする。
「君はどうして招待されたの?」
「その話は後。ほら、乗りましょう」
質問には答えずに少女は不敵に笑うと、今ホームに着いて扉の開いた列車に目をやった。つられて少年はその列車を見る。見た目は黒色の蒸気機関車だったが、煙が出ていないので煙突は飾りなのだろうなんて考えながら、少年は搭乗口に向かう。少年が乗ろうとすると、少女がその手を引いた。
「レディーファーストよ」
「わかったよ」
 少年は諦めて、一番乗りを少女に譲った。その時少女とすれ違う瞬間ほんの少し香水の良い香りがした。僕も香水つけてきた方がよかったかな、なんて少年は思いつつ、少女の後を追った。
「ようこそ、終末夜行列車へ」
 搭乗口から中に入ろうとすると、一人の車掌が出迎えた。が、その車掌の格好は列車の外観に似合わないほどに現代的だった。日本鉄道の車掌のような風体だ。車掌は二人から黄金色の乗車券を受け取ると、しばし確認した後に半分のところでその乗車券を切って二人に渡した。そのまま車掌は二人を中へと通した。入口は、白い壁に青白い光があちらこちらにあるといった、むしろ現代を生きていた少年には未来的な内装に思えた。この列車は外観、内装、車掌の格好と年代がちぐはぐだ。
スライド式のドアを開けて21号車の中へと入ると、そこは少年のよく知る電車の内装だった。ずかずかと少女は車内に入って、チケットを手に自身の座席を探した。少年も後に続いて席を探したが、少年が自身の指定された席にたどり着くと、向かいの席、二人掛けのシーツの窓側に先の少女が座っていた。少年は「どうも」と会釈してから向かい合わせの席の通路側に座った。
「ねぇ、あなた名前は?」
 少女が座ったばかりの少年に向かって訊く。
「名前……」
少年は言いよどんだが、その後に自分の名前を告げる。すると、少女は意味ありげに口角を上げて微笑み「へぇー。あなたが」と感嘆の声を漏らす。
「で、そっちの名前は?」
「私? さぁ、何でしょう。当ててみてよ」
「それさ、初対面の人に訊くことかな」
 少年は面倒だが考えてみることにし、今一度少女の顔をよく見た。その顔はとても整っていて、お世辞抜きに美しいと少年は感じた。翡翠と蒼天の狭間に輝く双眸は煌めいて、むしろその容姿があまりにも優れていることから、少年は少女の名前に当たりをつけることができた。
「ルイス家の姫様かな? クレア・ルイス・クリスタルとか」
「惜しいわね。その娘のヘレーネ・ルイス・クリスタルよ」
「へー。女教皇にも娘さんがいたんだ。なら君は僕が死んだ後に生まれたのか」
「そうよ。あなたが死んだのは2079年よね。私は2080年生まれなの」
「だから君は来るのが遅かったのか」
「そうよ。あなたと同じ18歳で天に至ったの」
「21号車に招待されたってことは21世紀のうちに死んだのか?」
「ええ。18歳に。至天してそのまま成仏よ。あなたの残した本が私に翼をくれたの。だから私、あなたに感謝しているのよ」
「どういたしまして。だけど、悟った後も生を満喫してほしかったな。それが僕の哲学だからさ」

終末夜行列車

終末夜行列車

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-05-24

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