還暦夫婦のバイクライフ31

ジニー&リン、高知県警に説教される

ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を迎えた夫婦である。
 4月の初旬、例年より少し遅れ気味に桜が満開になった。3月末に四万十に行ったバイク屋さんツーリングでは、四万十川沿いで満開の桜並木を何年振りかで満喫できた。今年の入学式は、満開の桜が文字通り花を添えるだろう。
「そういえばリンさん。久しぶりに牧野植物園覗きに行かない?春の花が見ごろだと思うけど」
「そうねえ。去年は朝ドラ効果で人が湧いてそうだったから行かなかったけど、もう落ち着いただろうし、次の日曜日行ってみるか」
ということで、4月7日は高知県立牧野植物園に行くことになった。
 4月7日朝6時、ジニーは目を覚ました。ベッドから起き上がり、台所に向かう。コーヒーメーカーをセットしてからテーブルの上に転がってた誰かの食べかけの菓子パンを、口に放り込む。
「お早う」
リンが台所に現れた。
「コーヒー入った?」
「今入ったよ」
「頂戴な」
ジニーはリンのカップにいれたてのコーヒーを注ぐ。それから自分のカップを取り出し、たっぷりと注ぎ込んだ。
「あれ?私がたべかけのパンが無いや」
「リンさんのだった?食べちまったぜ」
「え~。まあいいや」
そう言ってリンは、手提げバッグからパンを取り出した。
「あるんかい」
「いる?」
そういってリンは、パンを半分にちぎってジニーに渡した。
「ありがとう」
そう言ってジニーは、受け取ったパンをパクパクっと食べる。
「ジニーガソリン無いよね。スタンド開いてないんじゃない?」
「空港通りのスタンドが24時間営業してるから、そこで給油します」
「わかった。朝ごはんは村の駅?」
「そのつもり」
「じゃあ急いで準備しないと」
二人はバタバタと準備して、6時50分家を出発した。空港通りのスタンドで給油して、南環状線をR33目指して走る。天山交差点でR33と合流して、砥部向いて南下する。三坂バイパスを走り、久万高原町を通過する。雲は厚いが、雨が降る気配はない。車も少なく、順調に走る。
「リンさんしんどくない?どこかで休憩する?」
「全然平気。車が少ないうちに、距離かせごう」
「オッケー」
二台のバイクは美川を通過し、引地橋もスルーする。8時35分、日高村の村の駅に到着した。
「リンさん、下道100Km一気走りはさすがにしんどいなあ」
「うん、疲れた」
二人はバイクを降りてムラカフェひだかに向かった。予想通り満席で、しばらく待つ。席に案内されてから、おもむろにメニューを見る。
「私、ご飯が食べたいなー」
リンはそう言って、卵焼き定食を注文した。ジニーはピザトーストセットをオーダーする。
「相変わらず盛況だなあここは」
「村の社交場みたいになってるのかもね」
「そうかもしれん」
 運ばれてきた料理を、二人はゆっくりと頂く。
「ご馳走様でした」
食べ終わった二人は店を出る。
「さてリンさん。行きますよ」
「どれ位で着きそう?」
「多分1時間はかからんと思う。高速ひと区間使うし」
「ふ~ん。今9時30分か。・・・本当だ。ナビ様45分って言ってる」
「ナビ様起きとるんか。ルートは合ってる?」
「少し変な道案内しとるけど、おおむね合っとるよ」
「そうなん?じゃあ、行きますか」
二人は村の駅を出発した。リンが前を走り、ジニーが後に続く。
「リンさん、この先バイパス行って」
「わかった」
伊野町手前で去年開通したバイパスに乗る。そのまま走って仁淀川を渡り、やがて見えてきた伊野I.Cから高知道に乗り、高知I.Cまで走る。
「このひと区間走るだけで高知市内の信号機地獄をパス出来るんだから、300円ちょっとの料金はお得だよなあ」
「本当それ!青で出たら赤、青になって出たら次の信号が赤。これの繰り返しだもん。どうにかしろって思うよね」
二人は高速道を快適に巡航する。高知I.Cで降りて、東部自動車道に乗り換える。高知中央I.Cで降りて、県道44号を走る。県立美術館を右手に見ながら南下し、県道376号に乗り継いで、絶海池手前を右折する。突き当りを左折、その先を右折して、植物園に向かう入り口にたどりついた。
「相変わらず入り口が判り辛いな。標識見落としたら、こんな狭い道気が付かんよ」
「初めて来たとき、さんざん迷ったもんねえ。でも以前よりちゃんと案内が出てるよ」
「本当だ。さすが朝ドラ効果。盛況だったんだろうなあ」
今回は迷うことなく、植物園目指して走ってゆく。五台山上にあるため結構登ってゆくが、一方通行になっているので対向車は無い。しばらく登ると、駐車場にたどりついた。
「あ、整備されてる。前に来たときは砂利の所に止めさせられたけど、きれいな舗装の二輪専用スペースがある」
「これで屋根があれば、いうこと無いね」
何台か止まっているバイクの横に二人は止める。ヘルメットをホルダに固定して、上着を脱いでバイクの上にかぶせる。それから植物園入り口に向かった。
「ここに来るといつも思うんだけど、名前の無い植物って無いんやね。みんな名札がついてる」
「名無しの植物があったら、それは新種だよね。日本国内には無いんじゃない?」
「そうか。それにしても、全然知らんよなあ。名札見ても、そんな名前なんだって思うよ。わかるのは桜とか、ケヤキとかかな」
「桜って言っても、何種類もあるよ。私は見分けつかないよ」
二人は入り口から周囲を見ながらゆっくりと歩く。やがてゲートが現れて、そこで入場料730円支払う。
 「まずはこんこん山方面だな」
斜面に春の花が一面に広がっている。様々な種類の花を見ながら歩道をゆっくりと上り、てっぺんまで行く。展望台に上ったり写真を撮ったりしながら歩いて、階段広場に移動する。そこの企画展を覗いたり、展示館を見学したりする。
「リンさん、この展示館は、前来た時には無かったよね?」
「無かったと思う。ただの倉庫じゃなかったかな」
「ずいぶんと充実したねえ」
二人は興味深そうに展示を見て回った。一通り見て回り、展示館を出る。外にあるたぬき藻の水鉢を覗いてから、歩道を南園向かって歩く。
「ジニー展示館で時間喰っちゃった。もう13時45分だ」
「ええっ、それはいかん。急ごう。帰りが遅くなる」
いつもは覗く寒蘭センターと温室をパスする。新しく出来た植物研究交流センターでお土産を買って、中門から外に出る。駐車場に戻り、バイクにかけていた上着を着る。
「ジニー腹減った。何時?」
「えっとねー、14時10分です」
「朝モーニング食べてから飲まず食わずだ。なんだか中華飯食べたいなあ」
「じゃあ、J軒に行く?1時間はかからんよ」
「いいねえ。そうと決まればとっとと行くよ~」
牧野植物園を出発して、五台山を降りる。高知南I.Cから高知南国道に乗り、北上して高知I.Cから伊野I.Cまでひと区間走る。R33バイパスに降りて、朝来た道を引き返す。日高村を抜け、佐川町も駆け抜ける。越知町を通り過ぎて新しく出来たトンネルを抜ける。そこでジニーはJ軒の立て看板を見つける。
「ん?リンさん残念なお知らせです。J軒絶賛改装中お休みの案内があった」
「え~、私気付かんかった」
「まあ、すぐそこだから前は通ってみるよ」
二台のバイクは橋の手前の信号で、旧道に入る。J軒はこの奥にあるが、やはり休業していた。
「あ~残念。中華飯が食べれんかった」
「さてリンさん、お昼どうしよう」
「なんだかラーメンの気分よねえ。久万高原のT郎に寄るかな?」
「でも、時間的には夕飯が近くない?」
「そうよねえ。近くなったら考える」
二人はそのまま走り続ける。
「そうだ。せっかくだから、久喜の花桃の郷寄ってかない?」
「そうやなあ。いつも通り過ぎとったし、寄ってみようか」
 仁淀川町まで走って、案内板を見つける。国道を外れて横道にそれ、狭い道をどんどん走ってゆく。やがて開けた所にある集落の山肌に、満開の花桃が一面にあった。バイクを止めてしばらく見とれる。
「なるほど、ここか」
二人は写真を撮りまくる。
「ジニーこの先に、もう一つ花桃の郷があるみたい。上久喜の花桃だって」
「そうなん?行こう行こう」
ジニーとリンは、さらに奥に進む。しばらく走ると、再び花桃に彩られた山が見えてきた。警備の人がいて、案内通りに駐車スペースにバイクを止める。
「あ、これだめだ。傾斜がついててスタンドが立たん」
「ほんとだ。どうしよう」
「リンさんそのままバイク支えとって」
ジニーは自分のバイクの向きを変えて止める。それからリンのバイクに向かい、リンと交代して向きを変える。そこからしばらく歩き回って景色を堪能してから、バイクに戻った。
「ジニー私、三坂の旧道の桜も見たいんよね」
「旧道?」
「Uターンしてる所の桜」
「あ~あったなそういえば」
「早くしないと陽が陰って、見栄えが悪くなるかも」
「そうだな。今何時だ?15時40分か。急ごう」
二人は来た道を引き返す。R33に戻り、引地橋まで走る。ここにも花桃があり、それを見に来た人たちでごった返していた。のろのろと進み、駐車場に入る車をかわしてスピードを上げる。少し走った所で制限速度で走る車に追いついた。
「追い越しできる所でかわしますよ」
「オッケー」
しかし、残念ながらそうはならなかった。崎の山良心市の所で、横から旗を持った警備員さんが出てきた。
「何?工事?」
車も一度止まったが、すぐに警備員に促されて走り去る。警備員は、ジニーとリンに用事があるようだった。
「あ!リンさん。警備員さんじゃなくて、警察の人だ。取り締まりに引っかかったみたい」
「え~、どこでやってた?」
「う~ん、気が付かんかったなあ」
「はい、バイクの人。そこにバイク止めてこっちに来てください」
ジニーはヘルメットを脱いで、歩いてゆく。3人ほどの警察官が待機していた。2台で走ってたんだから、捕まるのは前走ってた方だよなとジニーは思った。リンはヒットしていないはずだ。
「免許証見せて」
「はいはい」
ジニーはつぶやいて、免許証を出す。
「あ、えーと、あなたじゃなくて後ろの人が違反です」
「へ?」
ジニーの頭上に?マークが出る。
「すべての車両の速度は、もれなく計測しています。前の人は制限速度でした。後の人が速度超過です。少し離れていて追いつこうとしたのかな?」
警察官がリンの所にも行って、説明している。リンの頭上にも?マークがいっぱい出ている。説明した警察官は、一度引っ込んだ。
「いいですねー大型。僕もバイク乗っています。400㏄ですけど」
おそらく新人と思われる警察官が、ジニーに話しかける。
「大型良いですよ。走っていてすごく楽ですから」
すぐに速度超過するけどねとジニーは思ったが、それは言わなかった。
「そうなんですか!へえ~」
新人警官が目を輝かせる。そこへ、この場を仕切っていると思われる警察官がやって来た。
「え~とですね。今回あなたたちは取り締まりの対象とはなりません。2台のうち1台しか計測できていませんでした。どちらが違反したかが特定できませんので、取り締まりません。ただし、スピード違反は間違いないですからくれぐれも制限速度を守ってください。スピードの出し過ぎは、重大事故を引き起こす原因となります。充分注意するように!」
ジニーとリンは、説教された。
「気を付けます。ちなみに何キロ出ていましたか?」
「それは言えません」
「参考までに」
「あと少しで、免許停止のスピードです」
「わかりました。ありがとうございます」
ジニーとリンはヘルメットを被り、早々のうちにその場を後にした。
 5分ほど二人は無言で走る。
「ジニー一発免停って、何キロ以上?」
「30Km/h以上だな」
「ということは、50Km/h規制だから80Km/h近く出てたってことか」
「そうなるな」
「何だろうね、私ジニーの真後ろピッタリついて走ってたんだけど、追いつこうとしてスピード違反したって言われたよ?」
「多分だけど、僕たちの前に制限速度で走る車がおったやろ」
「うん」
「あれを僕のバイクの速度と勘違いしたんだろうね。僕の真後ろを走ってたリンさんの速度が計測出来ていなかったんだろう。前を走っていた車の速度を僕のバイクの速度と思って、僕のバイクの速度をリンさんのバイクの速度と思い込んだんだと思う。それに気づいて、取り締まりを断念したんじゃないか?」
「ふーん。まあいいや」
「でも、心理的効果抜群だぜ。今日はもう、今目の前を走る呑気な車を追い抜こうと思わんもん」
「だよね~」
二人はのんびりと走って、久万高原町を通過した。
「リンさん、もうラーメン屋さんの気分じゃないだろう」
「うん。時間も遅くなったし、早く桜見に行こう」
「わかった」
T郎をスルーして、二人は旧道に向かう。目的の桜は満開で、どの木も咲き誇っていた。バイクを止めてしばらく鑑賞する。20分余り鑑賞した後充分満足して、出発した。旧道を走り降り、砥部町から松山市内を抜けて自宅に戻った。
「お疲れ様」
「お疲れー」
ジニーは走行距離を確認する。約270Km走っていた。思ったより走っていない。
「ふーん。こんなもんなんだ。それより腹減ったなあ」
ジニーはバイクから外したバッグを持って家に入った。
「それにしても、捕まらなくてよかった。もう年だし、安全運転だな」
ジニーはつぶやいた。

還暦夫婦のバイクライフ31

還暦夫婦のバイクライフ31

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-05-03

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