痛切

ぼくは、この世の中、見ないようにしているものがたくさんある。だけど避けようがないものもたくさんある。

眩しい太陽
怖い映画のポスター
うるさいSNSの通知
物理の問題集
短いスカート丈、とか。

電車内でスマホ片手の女子高生は、ずっと笑っている。甲高い鳴き声のような声を聞き流しながら、そういえば歯磨き粉がもうなくなってたなあ、と、ふと思い出した。


電車から降りてすぐのドラッグストアに立ち寄った。棚にびっしり並んだ商品の中から1番安い歯磨き粉を手に取り、レジへ向かおうと踵を返したその時、子どもとそのお父さんらしき人がぼくの目の前を横切ろうとしているところだった。
お父さんは何かを探すように足早に歩き、そのやや後ろを子どもが小走りに追いかける。
そして、子どもの手が父の大きな手を掴む。

ぼくはその時、心の奥がヒヤリとしてまばたきを忘れていた

ぼくは、この世の中、見ないようにしているものがたくさんある。だけど避けようがないものもたくさんある。

必死で父を追いかける子ども
父の手を握りしめる子ども
僕の過去と重なる
思い出すと頭が重くなる過去

だけど目の前の光景は全く違う結末を迎える

その子の父は一瞬立ち止まると、小さな手をしっかり包んで再び歩き始めた。


遠ざかる2人の背中を呆然と眺め、無意識に下唇を噛んでいた。
どうせ振り解かれるのに、と心配したぼくのことはあの親子にはきっと見えていない。

痛切

痛切

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-04-18

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