還暦夫婦のバイクライフ30

ジニー&リン大阪モーターサイクルショーを覗きに行く

ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を迎えた夫婦である。
 3月上旬、ジニーとリンは、愛媛バイク商会で店主の岩角と話をしていた。
「ジニーさん、スズキのGSX8Rが出たよ」
「8R?これ?」
ジニーが壁に貼ってあるポスターを指す。
「それ。8Sのフルカウルのやつだね」
「ふーん。良さげだな。おまけに安!何この金額。スズキだなあ」
「GSX-S750も、6年で7万キロ走ってるし、そろそろ乗り換えじゃない?」
「う~ん。そうなんだけど、もう62歳だし、大型あと何年乗れるかなあ。明らかに身体能力落ちてるしねえ。それに、再雇用で稼ぎも悪いし、先立つものが無いよなあ」
ジニーは腕を組んで考え込む。
「次のバイク屋さんツーリングって、いつの予定?」
リンがいつものごとく全く違う話を投下する。
「3月17日の予定にしていたけど、天気悪いんよ。どうするかな?」
「それだったら3月24日にして、四万十に桜見に行かない?丁度季節だと思うけど」
「あ!そうだね。そうしよう。でも天気どうだろう。今年もまた日曜日が雨の周期に入ってるような気がする」
「岩角さん、今年の雨男は僕じゃないよ」
「どうかな?」
岩角がにやりと笑った。
「17日ツーリング行かんのやったら、大阪モーターサイクルショー見に行こうかな」
「ジニー行って何見るん?」
「8R見てみたい。ついでにまたがってみたいんよね」
「そう。車だよね。行ってみる?」
「行くなら車で行くよ。雨降るし」
ということで、3月17日は大阪に行くことになった。
 3月17日朝3時、ジニーはベッドから無理やり起き上がった。
「う~体が重い」
ぶつぶつ言いながら台所に向かう。コーヒーメーカーをセットして、昨日買っておいたおむすびに手を伸ばす。それを食べながら、ぼーっと椅子に座っている。
3時30分、リンが起きてくる。
「おはよ~」
「お早う。リンさん寝たの?」
「寝たよ。2時間くらい」
「まじか」
「コーヒー入った?」
「今入ったところだ」
リンはカップを取り、コーヒーを注ぐ。
「なんだかおなかすいてないなあ。そういえば、タカは起きた?」
タカというのは、三男だ。今回大阪に行くと誘ったら、一緒に行く気になったようだ。
「いや、まだだな。起こすか」
ジニーはタカの部屋を覗き、声をかける。タカは眠いと言いながら起きてきた。
「お早う。何か食べるものある?」
「冷蔵庫に入っとるよ」
「わかった」
タカは冷蔵庫を覗いて、おむすびをつかんだ。
 みんなが準備を済ませて車に乗り込んだのは、4時10分だった。ジニーは松山I.Cから高速に乗った。
「ジニールートは?」
「徳島道から淡路島、明石大橋渡っていきます」
「オッケー」
「しばらく止まらんけど大丈夫?」
「平気。寝ているから」
「はいはい。タカはすでに寝とるし」
ルームミラーには寝ているタカが映っている。
 松山道から川之江JCTで徳島道に乗り換える。徳島道は片側1車線だが、早朝のため他の車は走っていない。ジニーは快調に距離を稼いでゆく。横を見ると、リンもすっかり眠りこんでいた。静かな車内に静かな音楽が流れている。それがジニーの眠気を引き出してくる。徳島手前からジニーは眠気と格闘するようになった。車の挙動が怪しくなり、リンとタカが目を覚ます。
「おやじ、淡路島渡ったら高速バスが止まるP.Aがあったと思うぞ」
タカが後ろから話かけてくる。
「わかった。そこで休憩しよう」
徳島市を抜けた高速道路は高松道と合流して、大鳴門橋へと向かう。周囲は夜が明けて明るくなり、橋が間近に見える。ジニーは目をしょぼつかせながら橋を渡り、その先の淡路島南P.Aになだれ込んだ。駐車場に車を止める。
「ふうう。無事着いた」
ジニーはエンジンを止めて、車から降りる。
「お疲れ。まあまあ怖かったよ」
「それは済まん。すげー眠かった。今何時?」
「6時半。お店とか全然開いてないや」
ジニーはトイレに向かう。タカは展望台を覗きに行ったが、すぐに帰って来た。
「閉まっとった」
「だろうね」
リンは自販機で冷たいお茶を買った。
「さて、行きまっせ。淡路S.Aで朝ごはんにしよう。おなかすいた」
三人は車に戻り、出発した。そこから30分ほどで淡路S.Aに着いた。駐車場は半分ほど埋まっている。みんな朝早くから動いているようだ。
「さて、何食べよっかな」
車から降りて、フードコートに向かう。券売機の前でしばらく迷って、ジニーはかき揚げそば、リンは鳴門わかめうどん、タカは濃厚豚骨ラーメンのボタンを押した。席についてしばらく待って、順々に出来上がったものを取りに行く。
「リンさん、去年もわかめうどんじゃなかった?」
「そう?」
「だってほら・・・あれ?」
ジニーが去年撮った写真を、わざわざ呼び出している。そこには、シラス丼とかき揚げそばが写っていた。
「何だ!ジニー去年と一緒なのは、君だね。そういえば私、シラス丼だったのよ。思い出した」
「う~ん、変わり映えしないのは僕か」
ジニーが苦笑する。
「おやじ、年だな」
タカにまで言われる始末だ。
 食事を終えて、売店に寄る。そこでリンはおむすび2個と水を買った。
「まだ食べるんか?」
タカがあきれたように言う。
「昼ごはんですー。お昼にありつけんかった時の用心に買うの」
リンが口を尖らす。
「せっかくだから、外の景色を見ていこうかな」
ジニーが建物の裏口から出て、海を眺める。左手に明石海峡大橋が見える。
「いつ見てもでかい橋だな。地震の時にもびくともしなかったし」
「断層が動いて、数センチ橋脚の位置がずれたって聞いたけどね」
「そうなん?俺全然知らんよ」
「まあ、そうだろうなあ。あの時お前、生まれてなかったもん」
「松山も震度4だったよ。多分・・。」
「へえ」
三人とも無言になって、橋を眺める。
「さて、行こう。向こうに渡ったらいきなり渋滞してそうだし」
「そうだね」
みんな駐車場に戻り、車に乗り込む。7時50分淡路S.Aを出発して、本州に向かった。
「ここから先はナビ様が無いとわからん。案内よろしく」
「はいはい」
リンとタカがスマホのナビを起動する。
「どこ行くんだっけ?」
「インテックス大阪まで」
「了解。おやじ、この先の垂水JCTって、玉ねぎを縦に切ったみたいだな」
「そうだな。まあ、今まであそこで間違ったことはないけどね」
「そうね。でも、いっつも混んでるんよね」
三人ががやがやとしゃべっているうちに、明石海峡大橋を渡り切った。そのまま長いトンネルに入り、垂水JCTに向かう。トンネル出口すぐを左に降りてゆくのが正解なのだが、ジニーはなぜか走り抜けてしまった。
「あ‼今の所左だった」
「え~何やってんのジニー」
「おやじ、大丈夫だって。少し回り道だけど、この先から戻れるから」
「もう、しょうがないわね」
リンがやれやれといった表情を浮かべる。
「この先、布施畑JCTで阪神高速ね」
タカのナビで車は進む。JCTで乗り換えて、阪神高速7号に入る。
「次、白川JCTで乗り換えだよ」
「へい」
車はJCTで乗り換える。
「あとは道なり」
「わかった」
車はどんどん先に進み、湊川JCTで阪神高速3号に乗り込む。そこから大阪方面に進み、摩耶I.Cで降りる。しばらく一般道を走り、阪神高速5号湾岸線に乗った。
「よし、後は南港まで一本道だ」
思ったより交通量が少なくて、快調に進む。南港北で高速を降りて、一般道をぐるっと回りこむ。そこからインテックス大阪まで走り、屋上駐車場に車を止めた。8時50分到着だったが駐車場は空いていた。
「行きますか」
三人は車を降りて、歩き始める。大阪モーターサイクルショーは1号館と2号館が会場となっている。9時に2号館入り口に到着して、100人以上並んでいる列の最後尾に付いた。
「開場10時だよな。1時間立ちっぱなしだな」
「仕方ないよ。去年もこんな感じだったし」
待っている間にもどんどん人がやって来る。行列はずっと伸び続け、1号館の向こうまで届いている。
 しばらく動きの無かった人波に、ざわっと動く気配が伝わって来た。スマホをずっと見ていたジニーが顔を上げると、列が少しづつ動いている。開場したのだ。
「まずはスズキのブースに行くよ。どこだっけ?」
ジニーは事前にもらっていたパンフレットを見て、場所を確認する。
「1号館入ってすぐの所だね」
入り口でスマホの入場券をチェックしてもらって中に入る。大勢の人達が会場内に散ってゆく。ジニーご一行は、スズキのブースを目指して歩いた。
「よし。まだ誰も居ないや。では早速」
ジニーは試乗用の8Rにまたがる。
「少し前傾かな。首が疲れそう。小さいな。250にまたがったみたい」
ジニーはリンと替わる。
「コンパクトだね。これくらいの前傾は全然問題なくない?」
「GSX-R750に乗ってる人にしたらそうかもね」
「おやじ、これ大型?」
「そうだけど」
「小さいな」
「お前も大型免許取るか?」
「いや・・・」
タカは首をかしげる。
「要らないかな」
そういって、タカは別のバイクに向かう。
 一通りスズキのブースを覗いて、次はカワサキを見に行く。
「お~メグロ復刻版か。250㏄ね。秋ごろ発売予定か。なんだか売れそうな気がする」
「ヤマハとホンダ見に行こう」
カワサキのブースを一通り見てから、2号館に向かう。この頃には大勢の人がいて、真っすぐ歩けない。
「あ~やっぱり」
リンがぼやく。ヤマハとホンダのブースは、黒山の人だかりだ。三人は人をかき分けながらヤマハのブースに突入した。ちらちらっと見たりバイクにまたがったり、写真を撮ったりしてからホンダのブースに向かう。
「なんだかでっかいガラポン回してるなあ。いつもホンダは演出が派手だね。去年はメリーゴーランドあったし」
「あれ回したいな。何か登録しろって?では早速・・・」
係の人が掲げている2次元バーコードを読み込む。リンとタカはうまくサイトに入れたが、ジニーはうまくいかない。何度やってもダメだった。
「あ~もういいや。二人で列に並んで。僕は見てるから」
少し不機嫌になったジニーは、ホンダのブースの人波に呑まれていった。
 長い行列が少しずつ進み、リンとタカはガラポンまでたどりついた。それを何処からか湧いてきたジニーが写真に収める。
「何もらった?」
「ステッカーだよ」
「ふ~ん」
「今年はどこもサイト登録しないと、何ももらえないみたい。面倒だなあ」
「それは仕方ないわね。メーカーの情報収集の一環だからね」
「そうかもしれんけど、うまく登録できんところもあったよ。ホンダとか」
「私はヤマハがダメだったな」
「俺は全部できたよ」
「全く!年寄りには優しくないシステムだな」
タカは登録した所のステッカーを、いっぱいもらってきた。
「それでは、後は見ていない所をぐるっと回るか」
三人は再び人混みの中をうろつく。1号館と2号館をくまなく回って、いろいろなカタログを集める。
「リンさん疲れた。何時?」
「13時前。もう出ようか」
「そうだな。見るもん見たし、腹減った」
三人は会場を出た。外には出店がいっぱいあったが、どこも人だかりしていた。おまけにさらさらと雨が降り出した。
「6号館に弁当屋さんがあった。来るとき見たから間違いない」
リンに先導されて、6号館に向かう。
「おやじ、帰りにタコ焼きやに寄ってや」
「え~?どこの?」
「わなかってとこ。道頓堀周辺にある」
「それは嫌だなあ。街のど真ん中やんか」
「えぇ・・」
タカががっかりした顔をする。
 弁当屋さんで弁当を買って、車の中で食べる。外は雨がしとしと降っていて、車内はどんよりとした空気が漂っていた。
「で?わなかへの道のりは?ちゃんとナビしてくれるなら行くけど」
「わかった。ナビするよ」
タカがにわかに元気になる。
 インテックスの屋上駐車場を出発する。ゲートで駐車料金を払う。
「千円!大阪なのに。安!!」
ジニーは感動しながらゲートをくぐり、外に出た。
「その先左」
三叉路を左に曲がる。
「突き当り左」
「え?右だよ」
「どっち?」
「俺のナビは左」
「私のナビ様は右だって言ってる」
「うん。タカのナビで行こう」
T字を左折して、道なりに進む。
「阪神高速に乗って・・・」
ジニーは言われるままに車を走らせる。どこを走っているのか全く分からないままに進み、高速を降りてさらに混乱する。8車線の一方通行路を左端から右端まで強引に車線変更し、右折、左折を繰り返し、タイムズなんばのコインパーキングに車を止めた。
「じゃあ、買ってくる」
「私も・・・って、ドアが開かないやんか」
「うん。すごい狭いスペースに、結構無理やりねじ込んだもん」
「しょうがない。待つか」
雨が降る中、タカは傘をさして走っていった。
 車の前の路地を、白人達が雨に濡れながら歩いてゆく。
「あの人たち、平気なのかな?」
「さあ?平気なんじゃない?」
ふ~んとジニーが納得いかないような声を出す。
 15分ほどでタカが帰って来た。
「いろいろ買った。食べる?」
「食べるけど、その前に清算しないと」
ジニーは精算機に向かい、料金を払う。それから車に戻り、出発した。レシートをリンに渡す。
「ジニー惜しい。21分で600円だって。もう少し早かったら、400円だったね」
「さすが大阪。松山だったら繁華街でも30分200円なのに」
大阪だなあとジニーがつぶやく。
 駐車場を出発する。タカとリンがいろいろな種類のタコ焼きを食べながら、品評している。
「お~い。ナビしてくれ。どこ行けばいいんや」
「えーとね。その先右折」
「はいはい」
「次も右」
「オッケー」
「おやじ、あれがグリコの看板」
「お~こんな所にあるのか。道理で外人さんが多いと思った」
道頓堀を渡りながら、向こうに見える看板をチラ見する。街中をぐるっと走り、再び阪神高速に乗る。
「ジニーどこ帰るの?」
「山陽道で瀬戸大橋渡って帰るつもり」
「どこ目指すの?」
「豊中まで行って山陽道の予定」
「わかった」
リンはナビを見ながら案内する。しかし豊中JCTで再び間違って、阪神高速3号線に乗ってしまった。途中でジニーが気付く。
「リンさんしまった。このまま走るとR2に乗ってしまう」
「しょうがないなあ。どこで間違ったの?」
たぶん豊中JCTで。右行くところを左に行ったんだと思う」
「どうするの?」
「このまま行きます。確か播但道を北上したら、山陽道に入れるはず」
「そうなんや」
阪神高速3号線からR2に入り、どんどん走ってゆく。途中明石S.Aで40分ほど休憩して、お土産を手に入れる。
「もう16時だ。行こう」
「ガソリンは?」
「多分無給油で帰れると思う」
S.Aを出発して、R2を西進する。途中太田JCTから山陽姫路西経由で山陽道に乗り換える。さらに西に向かって走り、岡山から瀬戸中央道に乗り換える。このあたりからガソリンの残量が怪しくなってきた。
「まずいな。少しエコランで走るか」
ジニーは速度を80Kmまで落とす。走行車線を、なるべくアクセルを踏まないようにしながら走る。車の表示する内容をチェックして、アクセルを微妙なくらい開け閉めして燃費を伸ばそうとする。その甲斐あって、四国に渡った時には走行できる距離が少し伸びた。そこからも細心の注意を払いながら走り、松山I.Cを降りた所で残り40Kmとなっていた。
「よし、もう大丈夫」
「あ~よく寝た。ジニーどこまで帰った?」
「松山着いたよ」
「何時?」
「20時ちょっと前」
「ガソリン大丈夫だよね?」
「きわどかったけどね」
いつものスタンドまで走り、給油する。54L入った。
「リンさん、この車何L入ったっけ」
「確か65Lだと思う」
「ふ~ん。あと100Kmは行けるんだな」
「ギリギリは嫌だけどね」
「いずれにしても、お疲れ様」
「お疲れ」
ジニーは車庫に止めて車から降りる。それからう~んと伸びをする。
「何キロ走った?」
メーターは770Kmを表示していた。
「平均燃費は14.2km/Lか。お前もいつもこれくらい走ればいいのにな」
街乗りでは8Km/Lしかいかない車に、ジニーは思わず愚痴をこぼしたのだった。




 

還暦夫婦のバイクライフ30

還暦夫婦のバイクライフ30

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-04-15

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