Re-Birth
第1章 BOARD
――― 1 ―――
葉の落ちた木々の中を、モトバイクが走り抜ける。
真紅のボディに、煌々と輝くライト。
その光が蛇行した山道を照らし出している。
人類基盤史研究所[BOARD]は、これを[レッドランバス]と呼称していた。
――赤い菱形。
まさに、自分に適した名前だと思う。
[一文字京介]は、これに跨るたび、そう思っていた。
『BOARDより各員へ』
思考を遮って、無線からの一報。
オペレーターの声だった。
『目標は、現在レッドランバス付近に接近中。援護に向かってください』
敵が近付いているという。
本部が言う、援護というのは、自分をサポートしてくれる精鋭部隊のことだ。
戦闘が職務。それに慣れた一文字は、物騒な事態にも、もう動じなくなっていた。
「一文字より本部へ。目標の正確な位置情報が欲しい」
『了解しました』
本部へ要求したのは、[アンデッドサーチャー]と呼ばれる最新機材による、目標の座標だ。
それを知ることで、一連の作業がぐっと楽になる。
『位置情報、出ました。エリアD‐3。300m先です』
「300m・・・」
現在、レッドランバスのメーターが指している速度は、時速260km。
この速度なら、自身を武器にして目標を殲滅することもできるだろう。
しかし、この一文字京介には力がある。
スーパーマシンも、精鋭部隊の助けもいらない力があるのだ。
「じゃぁ、始めます」
『健闘を祈ります』
無線のスイッチが、自動的に切れた。
これからの[戦闘]に集中するためだ。
「よし・・・」
一人で気合を溜めた。
片手でアクセルをふかし、もう片方の手でジャケットのジッパーを下げる。
露見した腰部には、金属質のベルトが巻かれている。
空いた手で、そのバックル部分へカードを挿入した。
「変身!」
バイクを自動操縦に切り替え、体を宙に躍らせる。
と、次の瞬間には、彼の全身を真紅のバトルスーツが覆っていた。
これが、赤い菱形の戦士――[仮面ライダーギャレン]。
腰に下げられた銃を引き抜き、目の前にかまえた。
狙いを澄ませるように、それを左右に揺らす。
「さぁ、出てこい」
呟いたと同時に、銃口をピタリと止めた。
「・・・そこだな」
躊躇なく引き金を引く。
乾いた音をあげ、特殊な加工を施された弾丸が飛び出した。
直後、何もなかった空間から、うめき声が上がる。
「やはり」
絶えず、引き金を引き続けた。
炸裂音が幾重にも重なり、その都度、うめき声も苦しげなものになってゆく。
「俺の前で隠れ遂せると思うんじゃない」
とうとう、敵が[擬態]を解いた。
周りの風景と一体化する能力を持った敵らしい。
BOARDは、彼らを[アンデッド]と呼ぶ。
「その能力・・・。ペッカーアンデッドか」
木々に擬態し、独特の誘引音で、獲物をおびき寄せる。
これが、そのアンデッドの得意技だった。
しかし、一文字の頭には、BOARDのデータベースから得た情報が詰め込んである。
敵のすべてを知り尽くしていた。
「まずは、これだな」
『BALLET』『FIRE』
銃のカードリーダーに、2枚のカードを通した。
これは[ラウズカード]と呼ばれ、使用することによって、ギャレンの身体にさらなる力を与えてくれる。
現に、2枚のカードの力を得た[ギャレンラウザー]は、巨大な火の玉で、ペッカーアンデッドを森の外へ弾きだしていた。
「これでお前のターンは終了だ」
『DROP』
森から追い出されたアンデッドは、もう身を隠すことができない。
「ハッ!」
気合一献、ギャレンが高々と舞い上がった。
空中で体を捻り、キックを決める態勢に入る。
「おおおお!」
雄叫びを上げながら、両足のキックを相手の脳天に炸裂させた。
意識を失ったアンデッドの身体が、地面に伏せた。
そこへ、ラウザーから引き抜いたカードを投げつける。
これで[封印]の作業は完了だ。
――これが、一文字京介の仕事。仮面ライダーの仕事だ。
――― 2 ―――
BOARD本部は、都心から離れた別荘地にある。
と、言っても、ビルのような建物が聳えているわけではない。
仮にも、BOARDは機密機関扱いの組織。
かつては民間の研究所だったというが、20年前の[事件]を機に、国が研究所そのものを回収したらしい。
その際、何らかの事情で特別扱いを受けたBOARDの本部は、人目につかぬ地下に建設されていた。
「俺です。今帰還しました」
入口として使用されているのは、レンガ造りの別荘だ。
わざと手入れを施されていないため、民間人が近付くことはまずない。
その正面に備えられたインターホンのボタンを押し、自分の帰還を伝える。
これにより、地下基地の面々は、ギャレンシステムと装着車の無事を知ることができ、同時に一文字はインターホンに内蔵された声紋認証をクリアすることができる。
『4番口を開けます』
「あいよ」
別荘に設けられた入口は、合計で13個。
万が一、敵勢力にこの場所がばれても、13個の入り口をランダムに設定することで、侵入までの時間を稼ぐことができる。
これらはすべて、設立者[烏丸啓]が考案したものだという。
無論、用心に越したことはないが、さすがに行きすぎだと思う。
ここに帰ってくるたび、一文字はそう感じた。
「ただいまー」
「おう、おかえり」
別荘のリビングに当たる場所では、安楽椅子に腰かけた初老の男性が、本に目を落としていた。
「どうだった」
男性が声をかけた。
[神條]。ゲートであるこの屋敷を護る、歴としたBOARD職員である。
他にも屋敷を護る担当員はいるはずだが、一文字は就職して以来、彼以外の警備員を見たことはなかった。
その彼に、今回収穫したカードを見せる。
「ダイヤの4。能力は――[連射]、だな」
「ほう・・・」
差し出されたカードを手に取り、山中は目を細めた。
「調整班に、調整を頼んでおくよ。本部への連絡を先に済ませてきなさい」
「あぁ」
彼が言う調整とは、ラウズカードの能力値調整である。
アンデッドを直に封印したラウズカードは、あまりに威力が大きく、ラウザーでも制御できない可能性がある。
そのため、専門班による調整が必要なのだ。
「じゃぁ、また」
軽く会釈をして、一文字は背を向けた。
そして、目の前の壁を、コンコンと2回たたく。
一瞬遅れて、周りの景色が頭上へ上昇していった。
が、それはあくまで一文字からの視点である。
実際には、一文字の足元の床板が、エレベーターの如く下降しているのだ。
ぴったり20秒のタイミングで、パッと視界が開けた。
――延々と続く、長い廊下。
無機質なこの廊下が、一文字は嫌いだった。
歩くたび、鉄を叩く甲高い音が響く。
やっぱり、ここは嫌いだ。
戦いが始まって1年。
一文字は、どうしてもこの廊下が好きになれなかった。
――― 3 ―――
「失礼します」
部屋のドアには、大きく[所長室]と記されていた。
BOARD本部の、最も厳重な54ものセキュリティに守られた、最深部の部屋。
その中央のデスクに、その人物は肘をついていた。
「やぁ、ご苦労様」
いやに落ち着いた声である。
影になってその表情は見えないが、それはいつものことだった。
ネイビーのスーツが、僅かに差した光で美しく光っていた。
「本日の成果は、アンデッド一体の封印。スートはハート、カテゴリは4です」
「ふむ・・・」
ふわっと脚を持ち上げ、勿体つけた動作で、所長は足を組んだ。
所長と言っても、この男は烏丸啓ではない。
いまや高齢者となった烏丸の後任として、BOARD最高議会が選出した人物――[藤勝康]。
藤の素性は、誰も知らない。
データベースに問い合わせても、彼のデータだけは削り取られているのだ。
正直、気味の悪い男である。
「今月で4体目です。一体、なぜこんなハイペースで・・・」
「目下、調査中だよ」
いつもこれだ。
一文字は、自分に真実が隠されているように思えてならない。
今日は追求することに決めていた。
「本当は・・・知っているんじゃないんですか」
「と、言うと・・・」
「30年前に封印されたはずのアンデッドが、なぜ、今になって復活したのか」
「・・・」
「そして、なぜ、ギャレンやラウズカードのシステムが、彼らに有効なのかも・・・」
藤は、困ったように唸った。
この男の演技がかった挙動は、いちいち他人をイラつかせる。
「知らないものを、言えと要求されてもねぇ」
「ですから――」
「隠してる、と言いたいワケだ」
図星である。
一文字は、BOARDを疑い始めていた。
依然見せてもらった資料には、アンデッドは1万年周期で目をさまし、地上に現れるとあった。
しかし、今の状況はそれと矛盾している。
BOARDが何かを隠していることに、違いはなかった。
「教えてください。何か、隠された真実があるのなら――」
「期待を裏切るようで恐縮だがね」
「・・・」
「そんなものは無い。少なくとも、このBOARDには、ね」
一文字は、黙って背を向けた。
その背中に、藤の声が浴びせられる。
「君のことは信頼しているよ、一文字君。・・・これまでも、そして、これからもだ」
第2章 喪失
――― 1 ―――
夢を見た。
4つの異形が、ぶつかり合う夢。
一つは、雷を身に纏い、剣を振るう者。
もう一つは、風を浴びて宙を舞う者。
その隣に、全身から冷気を放つ者もいる。
そして、最後の一人・・・
自分だ。
炎でその身を包み、他の3人へ突撃していく。
心はそれを拒んでいるのに。
この夢を見るたび、そんな心を代弁するように一文字京介は叫ぶ。
やめろ―――
が、体は止まらない。
邪悪な何かに憑りつかれたように、全速力で走っていく。
やめろ―――
ギャレンラウザーが見えた。
3人を狙撃するつもりだろう。
そして、この夢はいつも同じ結末を迎える。
あっ―――
ギャレンの身体が、地に伏せた。
うつ伏せになったことで露見した背中には、切り裂かれたような傷が見える。
背後に立っているのは・・・
――「京介!」
意識が、現実に戻ってくるのが分かった。
入らなかった力が、徐々に戻ってくる。
周りを見渡せば、何ら変わりない、都内の自宅。
いつの間に眠ったのだろう・・・。
「京介ってば!」
「うっ」
目を覚ました一文字の背中を叩く者。
背中に伝わったその感触が、夢の中の光景とリンクして、思わず飛びのいた。
不思議そうに見つめるのは、[篠原百合]である。
「百合か・・・」
力なく立ち上がった。
ひどい頭痛と眩暈。
立っているのもやっと、というやつだ。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。大丈夫」
「でも・・・」
「大丈夫だから」
心配そうに見つめる百合を手で制し、冷蔵庫のミネラルヲウォーターを取り出した。
あっという間に、500mlのペットボトルを空にしてしまうほど、体は乾いていた。
「どうしてここに?」
状況からして、百合は、一文字が寝ている間に来たことは間違いない。
小学生からの馴染みである彼女には、部屋の合鍵を渡してあったが、よっぽどの用事がない限り、勝手に入室することはなかった。
第一、この部屋は高層マンションの30階。来るのも面倒だ。
「どうしてって・・・。今日じゃない。お父さんたちが帰ってくるの」
「あぁ」
今の今まで忘れていた。
同じ海外の勤務先から、百合と一文字の両親が帰国するのだ。
時計を見た。3時50分。
飛行機の到着時間は4時20分だから、今からバイクで出れば十分間に合う。
「ごめん。忘れてたよ」
「なんか、疲れてるんじゃない?今も様子おかしかったし」
「大丈夫、なんともない」
無造作に上着を羽織り、鏡の前で軽く身だしなみを整えた。
「行こう」
「うん・・・」
――― 2 ―――
「凄い混みようだ」
「本当だねぇ・・・」
年末の空港は、人でごった返していた。
これでは、両親を見つけるのも容易ではない。
「携帯で連絡しようか?」
「その方がいいみたいだな」
百合の提案を呑んで、2人は一旦空港の外に出た。
時刻は4時15分。
飛行機の到着まで、5分を切っている。
「3年ぶりだよね!」
「ちょうど3年、か」
いつもより、百合のテンションは高めに見えた。
3年ぶりの両親との再会。
18歳とはいえ、両親のいない3年間は寂しかったに違いない。
3歳年上の一文字に頼ってくることも少なくはなかった。
「お父さん達、元気かなぁ」
「今回の赴任先は治安も良かったみたいだし、心配することないさ」
「うん」
遠くから、2人の両親が乗っているであろう旅客機が近付いてくる。
すでに着陸の態勢に入っていた、
「来たぞ」
「本当だ!」
百合が、無邪気にフェンスに駆け寄った。
顔を押し付けるようにして、飛行機の行く先を目で追っている。
「あ、着陸した!」
一文字にも見えていたが、テンションマックスの百合は、様子を実況してくれる。
変わらない。彼女だけは、本当に――
その時だった。
2人の視界が、炎と爆炎に遮られたのは。
――― 3 ―――
空港の内部は、まさに地獄だった。
炎と、それに巻かれた人々。
悲鳴とも怒号ともつかぬ声が、あちこちで反響している。
百合の手を引いた一文字は、必死でその中を駆け抜けて行った。
「お母さんが・・・お母さんが・・・・」
うわ言のように、百合が繰り返している。
その様子を見るに、しっかりとした意識があるのかも疑わしかった。
無理もない。目の前で、両親を乗せた旅客機が爆発したのだ。
ショックを受けない人間がどこにいるだろうか。
と、百合の足がもつれ、衝撃と共にその体が床に伏せた。
つられて、一文字も転倒する。
「おい、百合。大丈夫か!」
「お母さんが・・・お父さんが・・・」
「百合!」
考えが甘かった。
百合を連れたまま、両親の安否を確認に向かうつもりだったが、当の彼女がこんな状態では、動けないに等しい。
咄嗟に周りの安全な場所を探した。
目に入ったのは、巨大なオブジェ。
その下に百合を寝かせ、自分は勢いを増す炎の中へ戻っていく。
「待って」
消えそうな百合の声。
足を止め、振り返った。
「待って、京介」
「心配するな。すぐ戻ってくる」
肩に手を置き、百合を落ち着かせた。
その目に生気はない。
虚ろになりながら、一文字の顔を見つめていた。
「すぐに、戻る」
念を押すように言った。
これだけの大惨事だ。
間もなく、レスキュー隊が駆け付けるだろう。
もし何かあった時、少なくとも百合だけが助かってくれればいい。
そう思案する一文字の前で、百合は意識を失った。
・・・息も脈もある。生きている。
「・・・」
床についていた膝を上げ、一文字は立ち上がった。
右手には、銀色のベルト。
すぐさま腰に装着する。
「変身!」
カードの挿入とほぼ同時に、起動レバーを引いた。
一瞬で装着される強化スーツ。
一文字京介のボディ用にプログラムされた、ギャレンシステムである。
「すぐ戻るからな。待ってろ、百合!」
――― 4 ―――
爆発した旅客機が繋がれていたボーディングブリッジは、他のどの箇所より激しく炎上していた。
「うっ・・・」
視覚効果ゆえに、一瞬たじろいだが、ギャレンのスーツは炎の属性に特化した構造。
これしきの炎では、焦げ跡すらつかない。
瓦礫をギャレンラウザーで破壊しながら、ブリッジを突き進む。
普段なら10秒で進める道のりを、3分かけてようやく旅客機にたどり着く。
「これは!」
気付かされた。
この異様すぎる事態に。
燃料タンクと思しき鉄塊が、どろどろに溶けた状態でひっくり返っている。
それは、この火災によるものではない。
もっと強力な何かが、タンクを覆う隔壁を溶かしていた。
「どういうことだ」
その時。
気配がした。
悪意を持って、自分に近づいてくる気配。
「まさか!」
この炎の中に、何かがいる。
そして、いるとすればそれは―――
「こちら一文字!アンデッドです!!」
アンデッド。
その存在を察した一文字は、無線を本部につないだ。
しかし――
『・・・』
「どうして応答がない・・・!」
無線スイッチを確認したが、ONを示している。
システムと本部の直通無線は、電波状況に左右されないはずだが・・・。
と、次の瞬間、感じていた気配が、上から接近しているのに気付いた。
動揺で、一瞬判断が鈍る。
「あっ」
見えたのは、大きな翼。
それが、思い切り腹部に叩きつけられた。
「ぐっ!」
低く呻いて、膝をつく。
すかさずギャレンラウザーを抜いた。
『Rapid』『Scope』
新しく調整したラウズカードを、ラウザーに通す。
ギャレンラウザーは、連射性に優れたマシンガンタイプの銃器に変化した。
両手で構え、爆炎の中の敵を探す。
見つけ次第、秒速220発の速さで弾丸が射出される。
「どこにいる・・・」
そして、痺れを切らしたらしい相手が飛び出してきたその瞬間。
火災の黒煙に、弾丸の炸裂煙が重なった。
Scopeの能力が、煙の中の目標を自動探知したらしい。
「うおおおお!」
『Fire』
こみ上げる感情に任せ、炎を纏ったギャレンラウザーを構える。
引き金を引くのにタイムラグはなかった。
飛び出してきたアンデッドを、紅蓮の炎が包み込んだ。
『Drop』
4枚目のカードをラウズする。
落下してきたアンデッドに、必殺のキックが決まった。
蛾を模したらしいその体は、あっという間に力を失う。
「ハァ・・・・ハァ・・・」
息を切らせながら、ラウズカードを投げつけた。
アンデッドのベルトに突き刺さったカードは、やがてアンデッド自体を吸収し、ギャレンの手元に帰ってきた。
そして、一文字の目はそれを捕えてしまった。
「・・・」
両親が身に着けていた銀の指輪。
異形のままのその手で、指輪を拾い上げる。
「親父・・・お袋・・・・・!」
炎の中で、男は一人、絶望に飲み込まれていった。
第3章 崩壊序曲
――― 1 ―――
昼下がりの、病棟。
白いブランケットを足にかけ、その人物はベッドに腰かけていた。
「・・・よう」
入室した一文字京介が、声をかける。
反応はなかった。
「百合」
今度は、名前を呼んでみた。
篠原百合。
彼女は、2週間前の旅客機爆破事件以来、口を開かなくなった。
自身が負った怪我は、腕の骨折だけだったが、それを遥かに上回る精神へのダメージが、彼女を蝕んでいた。
事件以前にもっていた目の輝きは失われたように見える。
「・・・まだ、話せないか」
一人で合点して、持ってきた花束を花瓶に挿した。
無造作に置かれていたパイプ椅子に腰を掛ける。
「天気いいなぁ」
軽く丸まった百合の背中に、穏やかな声で語りかけた。
やはり、反応は返ってこない。
まるで、窓から入る優しい日光に、身を任せているようだ。
「・・・昨日さ、警察の人たちが、俺の家に来たんだ」
「・・・」
「で、これを置いていった」
一文字は、ポケットから拳大の小箱を取り出した。
開くと、そこには2つのネックレス。
「・・・百合の親父さんと、お袋さんのだ」
「・・・」
その時、確かに百合の体が動いた。
小刻みに震えながら、こちらを振り向く。
一文字は、開いた箱の中身を百合に手渡した。
「・・・まともな遺品は、これぐらいしかないらしい」
「お父さん・・・お母さん・・・」
消えそうな声で、百合は繰り返す。
お父さん。
お母さん。
あの日、たった1体のアンデッドが、120もの命を奪った。
旅客機に乗っていた一文字の両親、そして、百合の両親も、その数に含まれる。
「百合・・・」
「お父さん・・・お母さん・・・お父さん・・・」
百合は、壊れていた。
精神だけじゃない。
篠原百合という人間そのものが、だ。
「お母さん・・・お父さん・・・お母さん・・・お父さん・・・」
「百合!」
耐えかねて、思わず一文字は叫んだ。
ふっと部屋から音が消え、信じられないほど重い沈黙が続く。
「・・・なぁ、百合・・・」
百合の肩に手をかけ、自分の涙にむせ返りながら俯いた。
「百合。・・・俺たちの、親父やお袋は――」
その言葉を、百合が遮った。
「あなた、誰?」
――― 2 ―――
「教えてください、所長!」
怒鳴り声を上げるのは、この1日で2度目だった。
しかし、相手は百合ではない。
相手はBOARDの所長、藤である。
「なぜ、本部のアンデッドサーチャーは反応しなかったんです!」
アンデッドサーチャー。
それは、アンデッド特有の生命磁気を感知して、どんなマシーンよりも早くアンデッドの居場所を掴むテクノロジーだ。
そのアンデッドサーチャーが、2週間前の事件では、活躍どころか作動すらしていなかった。
本来ならば、アンデッドが現場を襲撃する20分前にその予兆を察知し、一文字の携帯電話に連絡が行くはずである。
「運が悪かったんだ」
いつもと変わらぬトーンで、藤は続けた。
「故障中だったんだよ。ここのアンデッドサーチャーがね」
「そんな話・・・」
「信じられない、と言いたそうだね」
「えぇ」
きっぱりと言い切った。
今回ばかりは、いつものように感情を押し殺すわけにはいかない。
「それは参ったなぁ。事実を述べているだけなのに、疑われては」
「事実だったとしても、俺にはもう一つ疑問がある」
表面だけの敬意の表れである、敬語を取り払った。
懐疑心を露わにし、藤へ少しでも圧力をかけたかったのだ。
「なぜ、俺からの無線連絡に応答しなかった」
「故障だ」
「故障だと!?ふざけるな!」
握りしめた拳で、思い切りデスクを叩いた。
我慢ならない。
理不尽な事実も、不振の拭えない言い訳も、この男の悠々とした態度も。
「アンデッドサーチャーが動いてさえいれば、あの場にいた俺が迎撃できた!・・・無線が通じていれば、いつものようにBOARD救護班が駆け付けて、あの場にいたいくつもの命が救えたはずだ!」
「落ち着いたらどうだね、一文字君」
「よくもまぁ、そんな口をきけたもんだ!!クソジジィ!」
ありったけの怒りをぶつけた。
・・・が、藤の表情はピクリとも動かない。
「俺は今、このBOARDを信じていない!ましてや、お前の言葉など信じるつもりもない!」
「・・・」
「真実を言え!!今、この場でだ!!!」
「・・・故障、だ。すまないと思っている」
「貴様ぁぁ!!」
「これが真実だ。信じてくれないか」
デスクを蹴り、部屋を飛び出した。
残ったのは、笑みを浮かべたままの藤だけ。
その後ろに、人影があった。
「さすがに、今回は少し大胆すぎたんじゃないか?」
「構わんよ。・・・むしろ、このくらいが調度いい。激しい怒りが、彼の[融合係数]を高めてくれる」
「・・・本当に悪魔のような男だな、お前は」
「悪魔、か」
藤の口角が、一段と上がった。
背後に立った男は、その表情を覗いて、同じようにほほ笑む。
「悪くない仇名だ」
――― 3 ―――
見慣れた部屋の天井が、まるで違う世界の物のように見えた。
一文字京介は思う。
あの日から、自分の周りですべてが狂ってしまった、と。
得た真実に対して、突きつけられた非情な現実が多すぎる。
本来ならすがるべき真実も、今は自分へのマイナスにしかならないものばかりだ。
「親父・・・お袋・・・」
両親を亡くした実感が、まだ湧かなかった。
通夜や葬式で顔を合わせた親族たちは、無論、アンデッドの存在など知らない。
皆、不幸な航空事故だと信じて疑わない。
事実、新聞やマスメディアも、その全てが一連の事件を[事故]として取り扱っていた。
これらの一部には、BOARDからの圧力も当然ながら含まれている。
国家をバックに着けたBOARDは、皮肉なことに、全盛期の倍以上の力を誇っていた。
「畜生・・・なんでBOARDが・・・」
思わず呟いた。
無論、BOARDが明確に自分を裏切ったわけではない。
何よりの証拠に、今もギャレンバックルは一文字が持っている。
しかし、今の状況では、彼らを疑わざるをえないのだ。
所長のあの態度――
疑うだけでは済まない。怒りさえこみ上げる。
そして何より――
「百合・・・」
壊れてしまった幼馴染。
精神的ショックによる、記憶障害だという。
事件から2週間経った今では、症状は悪化し、一文字のことさえ覚えていない。
つられるようにして、一文字の精神にも疲労が蓄積していた。
「どうして、こんなことに・・・」
あぁ、と呻いて、ベッドの上で膝を抱えた。
今現在、アンデッドの出現報告が来ていないのが幸いだ。
否、本当は今もどこかで人が襲われているのかもしれない。
しかしこのコンディションでギャレンシステムを装着しても、相手に翻弄されておしまいである。
BOARDへの不信感、両親の死去、動向が知れない相手への恐怖、幼馴染の現状への怒り。
すべてが、一文字の中で入り混じった。
腹の底から叫びたかった。
が、それを行動に移したら、その時、自分は何かに負けそうな気がする。
恐怖や怒りより大きな何かに――
「明日だ」
あまりに唐突に、決意した。
明日。
明日で、すべてを変える。
第4章 怒りと異変
――― 1 ―――
「行ってきます」
いつものように、誰もいない部屋に呟いた。
あえていつものようにすることで、自分の中で何かを保っていたかったのだ。
「さて・・・」
駐輪場のレッドランバスに跨り、大きく息を吐いた。
住んでいた部屋も売り払った今、一文字京介の手には何も残っていない。
あえてあるとすれば、部屋を売った貯金と、ギャレンバックル・・・そして、このスーパーマシンだ。
これからは、少しずつ貯金を崩して、ホテルでの生活を送るつもりだった。
百合の入院している病院から最も近い、ビジネスホテルの一室に、既に予約を入れてある。
まずは、そこへ向かうしかない。
――これから、どうしたらいい・・・。
レッドランバスのアクセルをふかしながら、一文字は考えた。
百合の病室とホテルを行き来する毎日。
その中で、アンデッドと戦い、更にBOARDの中心にも迫る必要がある。
とてもではないが、こなせる気はしなかった。
「どうしたらいい・・・」
口に出してみた。
無論、誰も答えはくれない。
ひどい孤独。
いやでもそれを感じなければならなかった。
心の支えがポッキリ折れたような気分。
百合の[記憶]こそが、その[支え]であるということを、一文字はつい最近知った。
「百合・・・」
いつかは、彼女の記憶も戻ってくる。
そう信じていないと、残り少ない心の支えも、あっという間に砕け散ってしまうような――
恐怖。そう、恐怖。
何かを失うことに対する恐れというのも、一文字はつい最近知ったのだ。
皮肉にも、戦いの中で気付かされることは多い。
ギャレンシステムとともに戦うことで、そのたびに何かに気付かされる。
そんな日々も今日で終わりだ。
10分後には、自分はBOARD本部の最深部で、すべての真相を知るに違いない。
教えてくれないのならば、自分から奪いにかかればいい。
必要とあれば、ギャレンシステムをも行使するつもりだった。
各ゲートからの、最深部へのルートは、徹夜で暗記した。
憂いはない。迷いもない。
固まった覚悟だけが、折れそうになった心を支え、自分を動かしている。
別荘にカモフラージュされた、BOARD本部が見えてきた。
あと50m。
――その時だった。
「行かせ・・・ない。この先には、お前は・・・行けない」
「うおっ!?」
レッドランバスの前輪が、左側から強く押された。
勢いそのままに地面を滑って、一文字のジャケットは布切れ同然と化した。
「お前は・・・」
「あの建物が、何か・・・知って、いる、のか」
「・・・」
片言でしゃべる外国人のように、たどたどしい口調で[ソレ]は言った。
頭部を挟むように、両肩に2つの顔面状のモールドが施されている。
全身は黒と金の鎧で固められ、右腕には鎌のように大きな鉤爪が生えていた。
「BOAD・・・近づかせるわけには・・・行か、ない」
「へぇ」
ジャケットを放り、一文字は怪物に対峙した。
その異形はまさにアンデッドだったが、ひとつだけ違うのはベルトの装飾。
その点において、相手がアンデッドでないことは理解できた。
しかも、その口からBOARDという単語が出たのを見ると、やはり普通のアンデッドではない。
「それじゃあまるで、お前はBOARDの味方みたいじゃねぇの」
「BOARD・・・近寄らせ、ては・・・いけない・・・」
「人の話、聞けっての」
ギャレンバックルを宛がう。
同時に、ベルトが展開して腰に巻きついた。
「変身!」
事件の日から、身に着けていなかったギャレンシステム。
妙な気分だった。
妙というのは、心の中になぜか高揚感に似たものを感じたからだ。
「なんだ、この感覚・・・」
隠しきれるレベルの戸惑いじゃない。
次第に高揚感が増幅しているのがわかった・・・
――― 2 ―――
「うおおお!」
雄叫びを上げて、怪物の懐へ飛び込んだ。
ふつふつと湧く高揚感はもう抑えられない。
「俺は・・・!」
ギャレンラウザーの銃口を、怪物の胸に突き立てる。
「強い・・・!」
迷いなく引き金を引いた。
何度も、何度も、何度も、冷たい引き金を引き続けた。
「強くなったんだ・・・!」
理由はわからないが、湧き出る力を行使しない手はなかった。
火花を散らして、怪物の身体が後方へ吹き飛ぶ。
「強くなったんだ!!!」
この力を思い切りぶつけたい。
「おおおおお!!!」
再びギャレンラウザーの引き金を引いた。
怪物の反応が消えても、攻撃の手は緩まない。
一文字の精神は、久々に覚える快楽を貪っていた。
『Fire』
『Drop』
空中から、静止した相手に狙いを定める。
勢いをつけて両足を突きだす。
瞬間、眩い光と共に、怪物の身体は砕け散っていた。
――― 3 ―――
「神條さん!」
BOARDゲートの別荘に、一文字が走り込んできた。
異変を察知した様子の神條が、駆け寄ってくる。
「どうした、一文字!」
「アンデッド・・・いや・・・あれは・・・」
言葉を濁した一文字の顔を覗き込む。
そして、はっと息を呑んだ。
目は血走り、唇は真っ青に染まっている。
「何があった!」
「怪物・・・。アンデッドとは別の、強力な・・・」
「けがは?」
「大丈夫。・・・でも、ギャレンシステムが」
「ギャレンシステムが、どうした!」
神條が血相を変えた。
まるで、今の状況について何かを知っているように。
「何があったのか、俺にもさっぱり。・・・力が湧いてくるような・・・それでいて恐ろしい・・・」
普通ならば、まったく理解できない説明である。
しかし、神條は違った。
すぐさま一文字の手からベルトを奪い取った。
不意を突かれた一文字は、よろけてうつ伏せに倒れた。
「何を・・・」
「もう、ギャレンにはならない方がいい。・・・いや、なってはいけない」
「神條さん?」
押し寄せる疲労に負け、一文字は立ち上がる力をもなくしていた。
そして、意識が消える間際に見たものは――
――いたぞ!捕えろ!
「何をする!やめろ、彼は・・・」
――所長命令だ!
「逃げるぞ、一文字!」
第5章 ギャレンシステム
――― 1 ―――
「目が覚めたか」
目覚めた一文字の耳に、神條の声が届いた。
体を起こそうとするが、思うようにいかない。
ベッドの上で、もぞもぞと体を動かすのが精いっぱいだった。
――ここは、どこだろうか。
「じっとしてろ。いいな」
「神條さん・・・」
声のする方に、寝返りをうとうと試みた。
それを、またもや神條の声が制する。
「こっちを向くんじゃない。じっとしていろ」
「・・・」
いつもは無い凄みに、思わず息を呑んだ。
しばらく黙っていると、神條の苦しげな息遣いが聞こえた。
普通ではない・・・。
「神條さん、あんた・・・」
「いいか、一文字京介」
「・・・」
「俺の話を聞け。今から、お前の質問には答えない」
言いつけどおり、一文字は口を噤んだ。
「一文字。お前、妙な夢を見たことがあるな」
「えっ・・・」
「それは、無論お前の記憶じゃない」
「・・・」
「ギャレンシステムの記憶だ」
ギャレンシステムに、記憶があるというのか。
理解に苦しむ話だったが、一文字は耳を傾けることにした。
「ギャレンシステムから、微量にお前へ逆流していったエネルギーが、お前の身体をおかしくしている」
「・・・」
「力が湧く、といったな」
「はい」
「それもギャレンシステムの弊害だ。必要以上の力は、やがてお前を滅ぼす」
「俺の、身を・・・」
「力は、お前の怒りに比例して生成される。理論は俺にもわからん」
と、神條が激しく咳き込んだ。
「神條さん!!」
「かまうな!」
苦しげな咳とは反対に、神條は一文字を怒鳴りつけた。
「いいか、一文字。怒りに身を任せてはいけない。常に、理性と共にいるんだ」
「理性とともに・・・?」
ふぅ、と息を整えてから、神條は続けた。
「なぜ、BOARDがギャレン以外の戦力を保有していないか、わかるか?」
「いや・・・」
「・・・本来は、ギャレン以外にも3体のライダーがいた。かなりの昔にな」
「3つ!?それはまさか・・・」
「そう。彼らはお前の夢に出てきているはずだ。戦士として」
「3人の戦士・・・」
夢の中に出てきた。3体の異形。
それが、前世代のライダーシステムだというのか。
「ひとつは、BOARD自体の戦力ではない。恐るべき力を秘めた、アンデッドの装飾だった」
「・・・」
「二つ目は、BOARDの科学力が生んだライダーシステム第2号。彼は人類の希望だった」
「・・・」
「三つ目。これは今、お前がよく知る人物が手にしている」
「俺の知り合い?」
心当たりがなかった。
知り合いに、ライダーがいる・・・?
「そしてお前は、4つ目の異形。人類が生んだ――仮面ライダー第1号だ」
「ギャレンシステムが、1号・・・」
「初期型故に、ギャレンシステムは戦いのみを求め、戦いのたびに性能を上げるタイプ」
「それは、いけないことなのか」
思わず、心から疑問が漏れた。
「戦いを目的としたライダーシステムは、ただの兵器だ」
「・・・」
「護る心を持つんだ。人を愛し、護る心」
「護る心か・・・」
またもや、一文字の背後で神條が咳き込んだ。
並行して、声はか弱くなっていく。
「一文字。・・・護れ。その手で」
「神條さん・・・」
「BOARDは、アンデッドを産んだ組織だ。何をしでかすか、俺にも・・・」
「アンデッドを、産んだ!?」
「・・・今のお前の敵は、正確にはアンデッドじゃない」
「それはどういう・・・」
「前世代のライダーが封印した、オリジナルアンデッドのクローンだ。ラウズシステムも同様に、コピー的産物」
謎が一つ解けた。
一定周期で蘇るはずのアンデッドが、なぜ現代に現れたのか。
クローン体ならば、操縦者さえいればいつでも動かせる。
「俺の予想が正しければ、BOARDは総力を挙げてお前をつぶす。その第一段階として――」
「・・・」
「百合さんを狙う」
「百合を!?」
「そうだ。大切なものを奪い、お前の暴走を誘う。そして、人類かつアンデッドの力を使うお前が、他のアンデッドを滅ぼすことで、統率者――[モノリス]を欺こうとしているんだ」
「バトルファイト、ですね」
バトルファイト―――
BOARDの資料によれば、全生命体が、存亡をかけてお互い争い合う戦い。
それこそがオリジナルアンデッドの真の目的であったと、神條は話してくれた。
「モノリスを欺くなど、できるはずがない。しかし、藤たちはそれに気づいてないんだ」
「じゃぁ、奴らは・・・」
「真実を知るまでに、君の周りの人物を潰しつづけるだろうね。・・・惨たらしい手段で、君の怒りを誘発させるつもりだ」
初めて、BOARDの正体を知った。
私欲と支配欲にまみれた、恐るべき結社。
それこそが本性なのだ。
「神條さん、俺・・・」
「ギャレンバックルなら、この店の玄関に置いてある」
「・・・わかりました」
一文字は、ようやく動くようになった体を起こし、光漏れる玄関へ歩いた。
周りに目をやって、そこがカフェらしいことを初めて知った。
店自体はもう潰れているようだ。
「・・・神條さん、最後にいいですか」
「なんだ」
「貴方の、名前が知りたい。本当の名前・・・」
「偽名、ばれてたか」
バツが悪そうに、神條は言葉を濁した。
振り返らないまま、一文字は返答を待つ。
そして――
「・・・[カミジョウ・ムツキ]。俺の本当の名だよ」
「・・・ありがとうございました、ムツキさん」
ギャレンバックルと共に、店を飛び出した。
――喫茶JACARANDAに大量のクローンアンデッドが突入したのは、それから1分と経たぬうちだった。
――― 2 ―――
「来たか・・・」
[上条睦月]は、傷だらけの身体を動かし、やっとの思いで立ち上がった。
手に、金色の鉄塊を握りしめる7.
「何年振りかな・・・」
「おまえ、は・・・」
アンデッドが、睦月の手のベルトに気付いたらしい。
「これが最後だ」
構わず、腰にベルトを装着する。
その流れで、バックルにカードを挿入した。
「・・・変身!!」
眩い閃光。
同時に、毒々しい空気が一帯を覆った。
晴れた霧の中にたたずむのは・・・
「レン、ゲ、ル・・・」
「よく知ってるじゃないか。・・・俺は、[仮面ライダーレンゲル]。上条睦月だ!」
言うが早いか、目の前のライオンアンデッドにレンゲルラウザーを突き立てた。
『Blizzard』
ラウズカードをラウズした。
これは、コピーではない。本物のアンデッドの力だ。
ラウズしたその瞬間に、ライオンアンデッドの全身を凍らせる。
圧倒的な力である。
――しかし、睦月の身体に、数十年ぶりの変身は厳しかった。
ここにあふれかえるアンデッドを相手できるだろうか・・・。
「おおおお!!」
雄叫びを上げて、ラウザーを振り回した。
が、背後からビーアンデッドの一撃が襲う。
太い鉄針は、レンゲルの腹部を貫いていた。
「あああああああああ!!」
絶叫して、背後のビーアンデッドを蹴り飛ばした。
「これで・・・」
『Screw』
「終わりだよ・・・」
『Poison』
「藤・・・そして、腐りきったBOARDの企み!」
『Bite』
3枚の連続ラウズ。
しかも、毒の属性を持った技は、今の睦月に死のデメリットを与えるものだ。
「うおおおお!!!!」
――― 3 ―――
「これで・・・よかったんですよね・・・」
上条睦月は、窓から差す夕陽を見つめた。
高校生から始まった、ライダーとしての戦い。自分の内面との戦い。
それに、勝った気分だった。
思い違いでもいい。
自分は、運命に勝って、生涯の幕引きができるのだから。
「剣崎さん・・・俺、勝ちましたよ・・・」
手を伸ばした。
あの美しい夕陽を掴みたい。
あれは自分だ。
次の世代に、希望を繋いで沈んでいく。
「橘さん・・・。彼、やっぱり立派な後輩、でした」
一文字京介。2代目のギャレン。
信じた甲斐はあったらしい。
残念なのは、その戦いを自分の目で見届けられないことだった。
「一文字・・・」
夕陽が、静かに沈んだ。
第6章 Wanna Be Strong
――― 1 ―――
今まで、俺は見失っていたのかもしれない。
何のためにギャレンになっているのか。
自分の明確な目標とは?
・・・それを、カミジョウさんが教えてくれた。
「まってろ、百合!!!」
アンデッドとの戦いでボロボロになったレッドランバスを駆り、一文字は百合の入院する病院へ向かっていた。
彼女の手を取りたい。
手を取って、言葉をかけたかった。
今まで言えなかった、その言葉・・・。
「待っていたぞ」
――病院の駐輪場に、それは立っていた。
正体を隠すことなく、仁王立ちで一文字を待ち構える異形。
フォルムからして、性別は女性だろう。
「生憎、迎えに来た女はお前じゃなくてな」
すかさずベルトを巻いた。
カードを挿入、レバーを引く。
「変身!」
光の壁をくぐって、相手の間合いへ飛び込んだ。
ギャレンラウザーの接射で、渾身の一撃を見舞う。
「バカな・・・トラの皮に弾丸が・・・」
「ただの弾丸じゃない。護るための弾丸だ」
[タイガーアンデッド]の全身で、何かが千切れる音がした。
よく見れば、彼女は筋組織を膨張させて、全身の装甲をはがしていた。
完全体、といったところか。
「見かけ倒しで、俺は倒せない」
『JEMINI』
カテゴリー9のラウズカードをラウズ。
ギャレンの身体が、2体に分身した。
『Fire』
左右からの熱線が、タイガーアンデッドを包み込んだ。
「あああああ!」
断末魔とも取れる叫びをあげ、アンデッドは焼死体となった。
やはり・・・。
ラウズカードも偽物ということは、クローンアンデッドは力押しで倒せる。
推理済みだった。
しかし、奴らが百合の居場所を突き止めているのも事実。
「百合・・・」
拳を握りしめ、エントランスへ飛び込んだ。
――― 2 ―――
病院の中は、あの日と同じだった。
人々の怒号や悲鳴が入り混じり、耳を突く。
空港の惨状が、嫌でも脳裏をかすめた。
「百合ィィ!」
もう失いたくない。
父も母も、道しるべをくれた恩師も、すべて失った今・・・
最後に残った希望だけは――
「うおおおおお!」
気合一献、逃げ惑う人々の中を走り抜けた。
その先に見えたのは・・・
「何!?」
人間の服を着た狼。
いや、その体型からして、狼の衣をまとった人間と言ってもいい。
無数に待ち構える、人狼。
「こいつらは・・・」
「楽しんでくれたまえ!」
上のフロアから、男がこちらをのぞいているのが見えた。
ギャレンシステムのマスク機能を最大限に活かし、その顔を確認した。
見覚えのある顔――藤だった。
「藤!!貴様、やはり・・・」
「すべてに気付いた一文字京介は、もはやBOARDに必要ない。絶望の中で殺してやる」
「お前の企みは通らない。・・・疑似バトルファイトも、無意味な殺生もやめさせる。百合も守って見せる!」
「・・・やれやれ」
藤が、指で合図を送った。
その背後から、狼型のアンデッドが姿を現す。
「咲月くん。彼はもう処分してもよろしい」
「心得た」
「その声・・・藤の側近の!」
藤の側近、[咲月武弘]。
彼もまたアンデッドだったのか。
一体、どこまで世界を信じればよいのか―――
「俺の人狼コマンドーで、貴様も地獄行きだ」
「言ってろ」
ギャレンラウザーで、まずは目の前の人狼を片す。
意外にも呆気なく彼らは活動を停止した。
しかし、その数は限りない。
「質より量、ってか」
「その通り」
「タチの悪い・・・」
ウルフアンデッドの身体が宙に舞い、エントランスへ降りてきた。
「どけ、雑魚ども。俺が相手しよう」
狼らしい鋭い爪で、相手は正確に喉を狙ってくる。
かろうじてそれらの攻撃をかわしつつ、ラウザーの一撃を見舞った。
だが―――
「センスはいい。だが、ものを言うのは力だぜ!」
「おおっ!?」
アーマーがいきなり火花を散らした。
見れば、そこには大きなひっかき傷がついている。
「いつの間に!?」
「空気だ。お前と俺の間の空気を、腕力で押し出した」
「気圧でこれだけの攻撃を・・・」
これはまずい。
今のままでは敵の戦力に押し切られてしまう。
――その時だった。
「行け。ここは俺がなんとかする」
背後からの声。
茶髪の青年だった。
「貴方は・・・?」
「いいから行けって」
静かだが、説得力のある声。
「ほら、早く」
「・・・ハイ!」
――― 3 ―――
「変身・・・」
もはや人間のそれではない腕で、男はベルトのレバーを引く。
「ブレイド・・・と、いうことは!」
「気付いたみたいだな、偽物」
仮面ライダーブレイド。
BOARDが開発した、最強のライダー。
「彼の邪魔はさせない」
純金のアーマーを纏ったブレイドは、神々しくも思えた。
振り上げられた大剣にも、一瞬目を奪われた。
そして・・・
「ウェェェイ!!!」
雄叫びと共に、大剣が振り下ろされた。
その刃はタイガーアンデッドの身体を真っ二つに裂く。
「これがオリジナルの力・・・!」
「そうだ。そして、守る力でもある」
それだけ言うと、男はエントランスに背を向けた。
第7章 愛故の戦士
――― 1 ―――
「百合・・・!」
変身を解いた一文字は、百合の病室に飛び込んだ。
幸い、まだここにはアンデッドの手は伸びていないらしい。
「百合、無事か!!」
百合が眠るのは、一番奥のベッド。
焦りを抑えきれず、駆け寄った。
「百合!!!」
勢いよくカーテンを開ける。
――そこには、穏やかな顔で窓の外を眺める百合がいた。
下のフロアでの騒ぎを、まるで気にしないような顔である。
「よかった・・・」
「・・・京介」
「えっ」
不意に、呼ばれるはずのない名前を呼ばれて戸惑う。
「百合、お前・・・」
「やっぱり来てくれたね」
「思い出したのか」
治る見込みのなかった記憶障害。
それを克服したというのか。
半信半疑で、百合の傍に座った。
「よくわからないけど、京介は来てくれるって思ってた」
「・・・なんの確証もないのに?」
「うん。何でだろうね」
「・・・」
「好きだからかな」
これまた不意を突かれた。
「えっ」
「京介のこと」
「俺のことを・・・」
「私なんかじゃ、気悪くしたかな?」
「そんなことない!」
思わず大声をだし、彼女の手を取ろうとした。
しかし、百合は自らの手を引っ込める。
「ありがとう。・・・でも、ごめんね。今、私には触れさせられない」
「それはどういう・・・」
「とにかく!」
今度は百合が声を張った。
「もう、行って。・・・嬉しかったよ」
「百合!」
ぐい、と彼女の腕を引っ張った。
そのまま力強く手を握る。
そして、彼女の意図を知った。
「これは・・・アンデッドの毒・・・」
身体に流れ込む猛毒。
直にそれを感じ、一瞬ですべてを悟った。
「京介!」
焦った様子で、百合が再び手を引っ込めた。
「わかったでしょ?もう、手遅れ」
「俺にも毒は流れた。効果は半減したはずだ」
「ダメ。・・・あの人、言ってたもん。もうどんな手でも助からないって」
「あの人?」
「藤、とか言ってたかな。その人が持ってたカードで、私の中にこの毒が・・・」
・・・藤。
そうか。疑似ラウズカードで、百合に毒を流し込んだらしい。
だとしたら、今のこの時間はなんだ?
藤は、人間である一文字京介を弄んでいるというのか。
「だからね?私はもういい。京介だけでも助かってほしかった・・・」
「そんなこと、言うなよ・・・」
一文字の声に、嗚咽が混ざりはじめていた。
「楽しかったなぁ・・・」
「え?」
「今まで、一緒に居られてさ」
「百合・・・」
「本当にありがとう」
百合が、か細い両腕で、一文字を抱きしめた。
強く・・・そして、優しいような・・・。
そんな力が、ふいに抜けた。
「百合・・・おい・・・百合・・・」
返事はない。
無言で、百合の身体に腕を回した。
「俺もだ――」
不思議と、涙は出なかった。
「俺も、君が――」
――― 2 ―――
その男は、病棟の屋上にいた。
タキシードに身を包み、ステッキを揺らしている。
「藤」
「とうとう来たかね」
男が振り向いた。
視線の先には、一文字京介。
「百合さんにサヨナラは言えたか?さぞ忙しい告白だったろうがね」
ハッハッハ、と、遠慮なく笑い飛ばす藤。
この男に、もはや人の心は無い。
「・・・カミジョウさんは俺に、怒るなと言った」
「ほう?」
「でもな。こんな事されて怒らない奴は、人間じゃない・・・。いや・・・」
「・・・」
「真に世界を護るライダーじゃない」
またもや、藤の笑い声。
腹を抱えて笑っている。
「世界を、守るなどと・・・。アンデッドでもない、ただの人間が」
「だからこそだ」
「何?」
「今の俺は、この胸に残された感情でお前を倒せる」
「確信は?」
「無いな。・・・だが」
ギャレンラウザーの出力を、最大に設定する。
変身前の生身で使えば、大怪我は免れない。
――しかし。
「ぬぉぉ!?」
一文字は躊躇なく引き金を引いた。
唐突な攻撃により、藤は肩から血を吹きだして倒れ込んだ。
「終わりだ、藤」
「馬鹿め・・・・・!!」
表情を歪めた藤の身体が、爛れたように変化し、アンデッドへと変貌した。
「これが、キングの力だ!世界を手中に収めるのは、俺しかいない!!!」
カテゴリーキング。
ギラファアンデッドと呼称される個体である。
「見ていてくれ、百合。・・・変身!!!!」
一文字京介、最後の変身。
ギャレンシステム適応者としての、最期の戦いが始まった。
――― 3 ―――
「キィィィィィィィ!!!」
奇声を発しながら、ギラファアンデッドは双剣で空間を切り裂いた。
本来ならギャレンの首を掻き切るはずだった刃は、わずかに狙いを外して病棟の外壁にめり込む。
「見える・・・!」
「何だと!?」
「お前の動きは、十手先まですべて見えている!!」
「馬鹿な!!」
ギャレンラウザーでの接射。
激しい炎と共に、アンデッドの装甲にひびが入った
『Fire』
『Drop』
『Jemini』
「うおおおおお!!!!」
必殺のバーニングディバイドで、アンデッドの脳天を狙う。
・・・しかし。
「ぎゃぁぁぁぁ!!!」
「お前は・・・!」
吹っ飛んだのは、死んだはずのウルフアンデッド。
「生きていたのか・・・!?」
「違う。そいつは、仲間を食らってゾンビ化しただけだ」
一文字の背後から、歩み寄る人物。
彼は一文字の呟きに答えてから、藤の盾となったウルフアンデッドに向かい合った。
「変身」
と、次の瞬間に現れたのは、夢で見た黒い異形。
――[仮面ライダーカリス]。
「来い。俺が相手してやる」
「上等だ!」
2体の異形はそれだけの会話を交わすと、凄まじいスピードで屋上から飛び降りていった。
「今のは、カリス・・・」
「お前の相手は俺だぜ」
呆気にとられるギラファアンデッドの眉間に、ギャレンラウザーを突きつける。
出力は最大設定だ。
既に、すべてのラウズカードをラウズしてある。
「ま、待て!手を組もう!」
唐突にギラファアンデッドが言った。
あまりに無様な抵抗ともいえる。
「百合とかいう人間は、俺の手で蘇らせてやる!・・・お前の毒も抜いてやろう!・・・あとは、あとは・・・・」
「・・・」
「金だ!一生遊んで暮らせる金をやろう!そうだ、BOARDの全権もお前にやる!!」
引き金にかけた指が、力んだ。
もはや怒りもわかない。
一文字の心は、まさに鉛のようだった。
「いくらでも、何でもやるぞ!世界はお前のものだ!!!」
―――「地獄でやってろ」
朝焼けに包まれる町。
断末魔が木霊した・・・。
エピローグ 呑み込んだサヨナラ
――― 1 ―――
嬉しかったのは、俺の方だ。
誰にも向けられたことがないほどの、深い愛情。
それをくれたのは、君だった。
篠原百合。
俺は・・・
俺は君が好きだった。
遅いのはわかってる。
ぬくもりがあるうちに、これだけを伝えたかったんだ。
でも、とうとう叶わなかったな。
悪いことをした。
君からだけ言わせて、俺からは伝えないなんて。
許してくれ。
もう一度、そっちで会おう。
体に毒が回ってきたみたいだ。
すぐに行くさ。
気が向いたら、待っていてほしい。
もう、君からは離れない。
無駄な心配もさせないよ。
2人そろって、もう一度未来に生まれ変わろう。
生まれ変わって、また逢えたら―――
(終)
Re-Birth