ふしぎなサクラちゃん

1.桃と葵

 (もも)(あおい)は親友だ。

 一番の親友かといえば、そうでもない。……かもしれない。

 小学六年生の二人は今、夏休みの真っ最中。

 日差しをさけながら、緑のおいしげる道を行く二人がいた。

 肩まであるツインテールをゆらして小走りする桃と、同じく肩まであるストレートヘアを手ではらいながら歩いている葵だ。

 性格は正反対だが、意外と仲がよかった。

 ときどきケンカもするが、長く続いたことはない。

 その理由は、おたがいのケンカの原因が葵にとってはあまりにもくだらないから、葵が「降参」と言えば、すぐに終わるからだ。

2.ふしぎな出会い

 公園で遊んだ帰り道。

 桃と葵は、まだ遊びたりないようで、帰り道でもふざけあっていた。

 このまままっすぐ進んで少し曲がると、葵の家が見える。

 そうすると、桃とはさよならだ。

 そう思うと、葵はちょっぴりさびしくなった。

 桃もきっと同じ気持ちに違いないだろう。

 いつも笑っているから、よくわからないけど……。

 葵がそんなことを考えながら歩いていたときだった。

 二人の行く手をはばむように、道の真ん中でうずくまって、すすり泣いている女の子がいた。

 きれいな茶色の長い髪……。

 桃と葵はすぐさまかけよった。

「どうかしたの? だいじょうぶ?」

 葵は聞いたが、その子は答えない。

「どうしたの? どこか痛いの?」

 桃が聞くと、その子はゆっくり顔を上げた。

 しわくちゃで、大粒の涙をぼろぼろ流し、鼻水をだらーんと垂らして、もうわけのわからない顔になっていた。

「ひどい顔……。何かあったの?」

 葵がちょっと困惑しながら聞くと、その子は突然こうさけんだ。

「ぅぅぅ……足が痛いの――!」

 葵はおどろきのあまり、のけぞってしりもちをついた。

 桃もおどろいて……、桃はおどろかなかった。

 それどころか平然として、女の子のほうに手を差しのべると、笑いかけながら言った。

「じゃあ、病院に行こ! きっと手当てしてくれるよ」

 桃がその子を病院へ連れていこうとしていたとき、立ち上がってスカートをはらっていた葵が止めた。

「ちょっと待って! どこの病院に連れていくの? ここから病院は遠いわよ」

 葵の言葉に、桃ははっとした。

 それから、しばらく考えて、いいことを思いついたと言わんばかりに、人差し指を立てると、にこっと笑って言った。

「そうだ! 葵の家は診療所だったよね? そこに行けばいいよ! 葵のパパとママ、優しいから、きっと手当てしてくれるよ!」

 桃はその子の手を引っぱると、葵を置いてきぼりにして、二人でさっさと行ってしまった。

3.藪から棒

 さいわい、その子のケガはかすり傷だけですんだ。

 診察室のとびらの前で、ひざに大きなガーゼを当てたその子は、小さな声でお礼を言った。

「あ、ありがとう……」

「いいって、いいって! たいしたケガじゃなくてよかったね!」

 桃は心から安心してそう言った。

「……っていうか、かすり傷程度で泣き過ぎ……」

 葵はあきれていた。

「そ……それで、あ……あの、突然なんだけど、そのお礼にというのか、お願いというのか……」

 その子はもじもじしながら、上目づかいで二人を見つめた。

 くりっとした大きな緑色の目が二人をとらえる。

 桃と葵はなんだろうと思って、じっとその子を見つめ返した。

「わ、わたしと、お友達になってください!」

 診療所に響きわたるほどの大きな声で言ってから、その子は勢いよく頭を下げた。

 腰まであるきれいな茶色い長い髪がばさばさにみだれる。

「す……すごい声量ね……」

 おどろきながらそう言って、桃の顔を見た葵はさらにおどろいた。

 桃の目が宝石のようにきらきら輝いていたからだ。

「いいよ! お友達になろ!」

「えっ! ちょっ……桃、待っ……」

 桃はうれしさのあまり頬が真っ赤になっていた。

 葵の制止なんて耳に入っていないようだ。

「葵! よかったね! お友達増えたよ!」

「そう……ね……」

 葵はもうついていけなかった。

「よろしくね!」

 そう言って、桃はその子の腕をつかむと、上に下にとぶんぶんふった。

 完全にまきこまれた……。

 桃とその子を見ながら、葵はそう思った。

 ため息をついて、ふと待合室のほうを向くと、患者さんが全員ぽかーんと口を開けて、こちらを見ていた。

4.あなたはだれ?

 桃と葵とその子を加えた三人は、診療所のはす向かいにあるカフェへ移動した。

 ここは桃の両親が営んでいるカフェで、桃は新しい友達ができると、そこに連れていくというふしぎな習慣(?)があった。

 とりあえず、それぞれ飲み物を持って、(桃はメロンソーダ、葵はクリームソーダ、その子は緑茶)テーブルについた。

 桃と葵はとなり同士で並んで座り、その子は向かい側の席に座った。

 しかし、はずかしい思いをしたからなのか、それとも、緊張しているのか、三人はしばらくだまったままだった。

 ようやく沈黙をやぶったのは桃だ。

「ねえ、なんでケガしたの?」

「いきなりそれ聞く?」

 葵があきれて言うと、桃は頬をふくらませて、葵をにらんだ。

「木から落ちたの」

 その子は伏し目がちに答えた。

「答えてくれるのね……」

 まさか反応してくれるとは思わなかったらしい。

 葵はちょっとおどろきつつも、続けて聞いた。

「木に登ってたってこと? どうして?」

「え? えっと……登ってたわけじゃ……」

 その子は困惑して、どう答えればいいのかなやんだ。

「どうしてって、楽しいから登ってたんでしょ? ね?」

 ちょうどいいタイミングで桃がさえぎり、その子のほうへ満面の笑顔を向ける。

「そりゃ楽しいかもしれないけど……って、なんで桃が答えるのよ!」

「葵がヘンな質問するからでしょ」

「ヘンな質問なんてしてないわ!」

 桃と葵がケンカになりかけたとき、カフェのかべにかけてある時計が鳴った。

 五時だ。

「やっば! 帰らなきゃ!」

 葵は時計を見てそう言うと、急いで飲み物を片付け、カフェを飛び出していった。

 置き去りにされた桃とその子は、葵が出ていったカフェのドアをしばらくぼーっと見つめていた。

「あっ、あたしも家にもどらなきゃ。お母さんにおこられちゃう」

 葵が帰ってすぐに、桃も思い出したように席を立った。

 ……が、さびしそうな表情をしているその子に気づいて、はっとしてあわてて言った。

「え……えっと……ごめんね。今日はもうこれ以上遊べないんだ。葵も帰っちゃったし……。おわびに、あなたを家まで送ってってあげる。おうちはどこ?」

「だいじょうぶ。一人で帰れるから……」

 その子は表情を変えずにそう言うと、とぼとぼとカフェを出ていった。

 さびしそうな後ろ姿を見送りながら、桃ははっとあることを思い出して、その子の背中に向かって、大声で言った。

「あっ! あたしは桃――! さっきとなりにいた子は葵って言うの――! 紹介するのわすれてた――! ごめんね――! バイバ――イ!」

 桃の声にその子はふり向くと、わかった、と返事をするように大きくバイバイと手をふった。

5.お願い!

 翌日のことだった。

 今日も公園で遊ぼうとしていた桃と葵は、その子ときのう出会った道で、またその子と会った。

 どうやら二人が来るのを待っていたらしい。

「あの! お願い! いっしょについてきてほしい所があるの!」

 そう言うその子の目は、なにかを決意しているような感じに二人には見えた。

「えっと……悪いけど今日は……」

「いいよ! どこ?」

 ことわろうとしたのに、桃にさえぎられたので、葵は頭を垂れてがっかりと肩を落とした。

6.その子の正体

 その子に連れてこられた場所は、小さな神社だった。

 木でできた素朴な鳥居をくぐると、本殿へと続く道をかこむように、キレイな並木道が長くはないが続いていた。

 桃と葵が感動しながらその道を歩いていると、途中に木の間が不自然にあいている場所を見つけた。

 おそらくもともとは木が立っていたのだろう……。

 二人がそれをふしぎに思って見ていると、背後でその子が深刻そうな声で言った。

「桃ちゃん。葵ちゃん。急にこんな所に連れてきたりしてごめんね。でも、どうしても聞いてもらいたいことがあるの。きのうの葵ちゃんの質問、ちゃんと答えてなかったから。木に登ってたのかっていう……」

 葵は首をひねっていたが、すぐに思い出したらしく、こぶしをぽんっと打つと言った。

「ああ! あの質問のことね。気にしてたの?」

 その子はうなずくと、続けて言った。

「実はあのとき、木に登ってて落ちたんじゃないの……。一度でいいから人間とお友達になってみたくて……。それで、この姿になったの……。でも、歩くのに慣れていなかったから転んじゃって……。こまっていたそのときに、あなたたちと出会って……」

 桃と葵は顔を見合わせると、口をそろえて言った。

「どういうこと?」

 その子はほほえむと、うしろを向いた。

 すると、全身が光りだした。

 桃と葵は、まぶしさのあまりに目をつぶった。

 しばらくして、目を開けると、二人の目の前に木が立っていた。

 それは、並木道にあるどの木よりもりっぱで大きな木だった。

「ええっ!?」

 桃と葵が驚愕したまま固まっていると、木から声が聞こえた。

「おどろかしてごめんなさい。これがわたしの本当の姿なの。このまま二人にだまっておくのはたえられないと思って……。こ……こんなただの木でもお友達でいてくれる……?」

 葵は頭のなかの整理が追いつかず、口をあんぐりと開けていた。

 桃も口を開けていたが、やがて笑顔になると、木に向かって大声で言った。

「いいよ! あなたと葵とあたしは、ずーっとお友達だよ――!」

「えっ!?」

 葵は桃の言葉にとまどった。

 ……が、少し考えて、決心したように一つせきばらいをすると、木に向かって桃と同じように大声で言った。

「桃に賛同するわ。あなたもわたしの大切なお友達よ」

「……ありがとう」

 二人の言葉を聞いた木は、小さくお礼を言った。

 ところが、このあと桃はこう言ったのだ。

「でも、すごいね! そんな特技があるなら、早く言ってくれればよかったのに」

「えっ……?」

 木はこまってしまった。

 この子はなにか勘違いをしている……。

 あはははと笑う桃を見ながら、葵は心のなかで思った。

7.サクラちゃん

 その翌日のことだった。

 桃と葵がカフェでくつろいでいると、

「こ、こんにちは!」

 茶色の髪をゆらして、その子が笑ってあいさつをした。

 突然どこからともなく現れたその子に、葵はぎょっとして目を丸くしたが、桃は笑ってあいさつを返した。

「こんにちは! きのうぶりだね」

「うん!」

 その子は元気よく返事をしたが、直後に笑顔が消えた。

「あ……あのね、わたし、名前がなくて……。お友達なのに、名前でよべないなんて不便でしょ? だから、もしよければ名前……付けてくれない……かな……?」

 その子の急なお願いに、桃と葵は顔を見合わせると、頭をひねった。

 葵はしばらくじーっと考えていたが、桃はちょっと考えただけで、すぐにひらめいたらしい。

「サクラちゃん! サクラちゃんっていうのはどう?」

「なんでサクラ? 春でもないのに」

「……っぽいから」

 もう桃は理解できない……。

 あきれた葵は、うつむいて額に手を当てると、ため息をつきながら頭をふった。

「ありがとう。わたし、とってもうれしい」

 そう言って、サクラちゃんはぱっと笑った。

(おわり)

ふしぎなサクラちゃん

ふしぎなサクラちゃん

小学六年生の桃と葵は親友。 夏休みのある日、道の真ん中でうずくまっていた少女を見つけた二人は……?

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 児童向け
更新日
登録日
2024-03-26

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  1. 1.桃と葵
  2. 2.ふしぎな出会い
  3. 3.藪から棒
  4. 4.あなたはだれ?
  5. 5.お願い!
  6. 6.その子の正体
  7. 7.サクラちゃん