落日の再会 7

落日の再会 7

ロカさんの息子

 今度の介護施設は家庭的な雰囲気だ。
 ひとりは意識がない。まだ若いが。

 若すぎる。息子と同じ年の男性だ。17歳の夏から眠り続けている。20年以上も。

 自殺に失敗したのだ。首を吊ったのだが、発見されてしまった。まさか、こうなるとは思いもしなかっただろう。

 部屋に入る。
 ベッド周りには家族の写真が飾ってある。父親は……ロカさんだ。眠り続ける男は、徳冨有一……ロカさんの息子。 
 父親は亡くなった。以前働いていた施設で。
 ロカさんは若き日に半年だけ付き合っていた…… あだ名は蘆花(ロカ)

 3か月前、娘がビデオデッキを取り付けてくれた。ようやく観ることができる。ロカさんの遺品に貰ってきた、ふたりで観た思い出の映画。

 テープは……映画ではないようだ。
 
 映ったのは……ロカさん? 若い頃の高校生くらいのあの人? 
 いや、違う。その頃にはビデオはまだなかったはず。それではこの子は? 

「おとうさん、ごめんなさい。おばあちゃんのところへ行きます。
 体育館で記事について責められ逃げ場がなくなった。助けてくれと叫んでも助けてくれるものはいなかった。死ねばみんなが喜んでくれるだろう」

 短い……すぐに終わった。
 なに、これ? これは……遺書? 
 
 コーヒーを淹れてきた美月(みづき)が、ケースを確認した。折った古びたチラシが入っていた。
 
『新聞部の徳冨有一君は学校批判の記事を載せようとしたところ、先生に咎められた……苦にして自殺を図った。命は取り留めたが意識は戻らない。学校側に責任が……』

 ロカさんの息子は父親が危篤の時にも会いに来なかった。
 来られなかったのだ。

 美月が携帯を見せた。この娘は行動が早い。

19××/9/3
自宅で、K高校のY・Tくん(高2・16)が自殺未遂。
6/8 Yくんは、学校批判の新聞記事を掲載しようとして、担任教師や新聞部の先輩に見つかり、集団リンチを受けた。大けがをし、11日間の入院。それ以降、登校していなかった。 学校側は、リンチなどの暴力沙汰を否定。
 

「おにいちゃんと同じ高校よ。1学年下」


 ︎

 
 寛之(ひろゆき)は子供の頃から恵まれていた。家庭にも才能にも。
 だが、ひとりっ子だった。父の跡を継がねばならない。好きな脚本家の道も諦めた。
 好きな女も諦めた。アパートに住む高卒の女。反対されるのはわかっていた。
 見合い結婚した。申し分のない相手だと母は喜んだ。敷地内に家を建て一男一女に恵まれた。しかし、父が亡くなると、妻と母の折り合いが悪くなっていった。
 互いに行き来をしなくなった。自分も同じ敷地内に住みながら、母とは滅多に顔を合わせなくなった。自分が悪かったのだ。母の孤独に気がついてやれなかった。

 冬の朝、母は首を吊って亡くなっていた。息子が見つけた。夢に現れたという。中学1年生の息子は祖母に物置の縄を取ってくるよう頼まれた……

 息子は教師になりたいと言っていた。真面目だった。残酷だった。自分の用意した縄で祖母は首を吊ったのだ。息子は物音に怯え、それでも長男として葬儀の席では気丈にしていた。

 優しかった息子は自分を責めた。かわいがってくれた祖母を自殺に追い込んだことを。妻はいたたまれなくなり出て行った。子供たちはついてはいかなかった。

 息子は高校に進学し新聞部に入っていた。正義感が強かった。
 駐輪場で恐喝されたが、金を出さず殴られた。大柄な先輩が助けてくれた。それからは、その先輩と親しく話すようになった。

 高校2年の6月、息子になにが起きたのか?
 息子は制服のまま帰って来るなり倒れた。全身打撲。息子は大勢に囲まれ、やられた、と話した。駐輪場の恐喝者か? 詳しくは話さない。イジメか? いじめられるような性格ではないと思っていた。友人もいたはずだ。
 学校では思い当たる節がないと言う。

 2学期が始まる明け方、息子は首を吊った。祖母の跡を追うように。同じ場所で。
 発見が早かったが、意識のない容態が続いた。

 見舞いに来た生徒はひとりだけだった。恐喝されていたのを助けてくれた優しい少年だった。続けて見舞いに来てくれ、寛之はつい、愚痴をこぼした。

「学校が原因なんだ」
 つい口を滑らした。進学校の闇。

 友人は息子の自殺未遂の日を忘れないと言ってくれ、言葉通り毎年息子に会いに来てくれた。寛之も待つようになった。

 息子は眠り続けた。

 寛之も年を取った。体に自信もなくなってきた。息子より長生きはできまい。心残りだ。
 会社は同業者に譲り、家も売った。
 
 アパートに移った。銭湯に通った。
「竹の湯に行ってたの?」
 誰だったか? 

 頭が混濁している。息子よ、おまえはどうしている? まだ眠り続けているのか? 
 もういい。とうさんと一緒に、行こう。おばあちゃんのところへ。

 もう1度会いたかった。あの娘とやり直せたら……
 あの娘、ああ、あの少年に、あの青年に似ていたな。


  (了)



 最後までお読みいただきありがとうございます。
 
『落日の再会』は、娘(美月)を主役にした小説、『おまえ』のスピンオフ作品です。

『ついのすみか』は、介護現場のエッセイです。ロカさんのヒントをいただいた男性も出てきます。
 
 

落日の再会 7

落日の再会 7

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2024-03-07

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