落日の再会 6

落日の再会 6

遺品

 戻ってきた。看取りだ。今まで何人も看取ってきた。そういう場所なのだ。大半は病院で亡くなり戻らないから実感はない。部屋は片付けられすぐに次の入居者が入る。看取りで戻ったものは静かに亡くなっていく。初めて看取ったときはショックだった。食べなくなる。食べないのだ。何日も。食べなければ餓死をする。私は調べた。枯れるように死んでいく。当たり前の死だ。理想的な死だ。

 娘が通い詰めた。意識のない父親に話しかける。パパ、パパ、パパ……
 娘が席を外したときに別れの挨拶をした。
「ロカさん、頼朝の頼子よ」
耳元で囁いた。手を握った。変化はない。
 娘はすぐに戻ってきた。互いに会釈した。

 息子は来なかった。連絡も取れなかったのだろう。昼で私は帰った。夜、スタッフからメールがきた。
『徳冨さん、亡くなりました』

 翌日、遺品を整理した。多くはない。箱にたくさんの映画のDVDが入っていた。中に古いビデオテープが。自分でも忘れていた映画だ。初めてふたりで観に行った。ロカさんは観たくはなかっただろう。話題性だけはあったがベルサイユのばらの外国映画。笑いながら付き合ってくれた。観終わったあと、主演女優、きれいだったね、と聞くと
「モモエのほうがいい」
そう言った。モモエのファンクラブに入っていると。
 いつ買ったのだろうか? 別れたあと? ビデオテープだからかなり前だろう。もうビデオデッキなんてないだろう? 
 あなたは私を思い観てくれたの? 
 涙が頬を伝った。涙など忘れていた。大きな悲しみと怒りが涙の出ない女にした。
「欲しいものがあったら貰って。あとは処分してって」
捨てるのにも金がかかるのだ。私はビデオテープを貰うことにした。マジックで落書きしてある。入居してすぐにマジックを借りて書いたらしい。
 入居してすぐ? それは落書きではない。『子』と『へ』は読めた。

 頼子へ
 
 私には読めた。入居してすぐ? あなたにはわかっていたの?

 葬儀は身内だけで行われた。出席はしない。冷たい女なのだ。
 有給休暇を消化した。昔暮らしていた場所を訪れた。借家はなくなり小道は舗装されていた。小学校と中学校は同じような形で残っていた。高校は様変わりしていた。あなたも通った学校、私の10年前にあなたは通っていた。文学少年、スポーツもできたのだろう。人気もあっただろう。青春を謳歌しただろう。なのに、晩年があんなに寂しすぎるなんて……
 駅のそばのあなたの家、聞いていた場所は飲食店のビルになっていた。あなたの家も、もうないのね。おそらくすべて取られた。息子の借金のために。不遇な晩年。妻には出ていかれふたりの子どもを育てた。その手塩にかけた息子は……?

 もう来年の手帳には書き写すまい。繰り越すのはやめよう。遺品になってしまったら辛い。


 怒りを忘れるな
 あの子を愛さないように
 決してあの子を愛さないように

 消そう。マジックで消そう。そして代わりに書こう。

 怒りは忘却の彼方へ
 あの子は私の愛するただひとりの娘

 あの子への遺品は用意してある。きれいな菓子の空き箱に。あの子が家に入れていた生活費、私にくれたお年玉、小遣い……手を付けずに取ってあるのよ。現金でそのまま。積んだところで利息は微々たるものだから。それからあの子を産んだ母親の謄本と死亡診断書。眠っている墓、戒名。私が死んでからでは遅いかしら? あの子に知らせないのは私のエゴ? だって私はあの子の反応が怖かった。
 空き箱の蓋にマジックで書いた。きちんと書けるうちに。

  美月へ
 

落日の再会 6

落日の再会 6

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2024-03-06

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