掌編集 14

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131 関白失格

 今までありがとう。
 おまえのおかげでいい人生だったと、言おうと思ったけど……やめた。


【お題】 今までありがとうからはじまる物語

132 言わないで

 中学の頃のあだ名は不二家のペコちゃん、もしくはスマイルマーク。頬がパーンと膨らんでいた。
 デビューしたてのテレサ・テンや片平なぎさに似ていると言われた。美人だけど、ほっぺがパーン!

 でも、言われなくてよかった。あんぱんの彼女って。

 あのほっぺは、どこへ行ってしまったのでしょうね?


【お題】 あんぱんの彼女

133 あんぱんで

 半世紀近く前、就職した会社の研修で親しくなった女性。母親を癌で亡くしていたので、父親と弟と住んでいた。家のことはおとうさんがやっていたので、家事のために早く帰ることもなかった。
 話題が合った。文学も音楽も知識が豊富。クイーンもクラシックも彼女の影響で聴くようになった。
 私はいつでも痩せたかったが、彼女は太りたがっていた。胃下垂なのか、食べても太らなかったので羨ましかった。
 お金の使い方も違った。当時は給料もボーナスも若い娘にしては多かったはず……私は7年の間に相当貯め込んだが彼女はいつもお金がなかった。CDなど、買い方が違っていた。
 太りたいから体質改善とか、断食道場(?)とかにも入ったりして、高額を払ったのではないか?
 
 私の結婚式で、夫の友人と出会い一目惚れされた。しばらく付き合ったが、おとうさんに反対された。腕のあるコックだったが、水商売だと言われ反対された。友人もそこまでの気持ちはなかったのだろう。やがて別れた。

 数年して電話がきた。
「あの人、どうしているかしら?」
 まだひとりなら、お付き合いしようかと思って……
 あなたが振った男は結婚しました。しばらく未練タラタラだったけど。
 

 久しぶりに会った友人は、本社から営業所に移っていた。営業所の男の所長(妻子持ち)が優しくて……と話す。
 朝、彼女の机の上にパンが置いてある。袋入りのあんぱんやクリームパン。
 彼女は朝食抜きで出勤。外勤さんが出払ってから食べられる気楽な営業所。妻子持ちの所長も朝食抜きか? 奥さんはなにやってる?
 でも、やめなよ、妻子持ちなんて……あんぱんで惹かれるなんて。

 それからしばらくして会ったときには、妻子持ちの所長は異動になっていた。あろうことか、彼女は所長にお金を貸していた。集金できなかった金を月内に立て替えたりした時に、頼まれたと言う。
 返すので、また貸した。結局は泣き寝入り。
 後悔していた。
 
 あれから何年経つだろう? 定年退職しただろうか? 退職金はいいんだろうな。
 

134 あずきの思い出

 あんぱんはこしあんも粒あんも好き。
 でも、もっと好きなのはあんぱんの彼女の白あんぱん。うぐいすあんぱんも好き。


 義母は田舎で畑をやり、豆まで作っていた。
 夫が子どもの頃、あずきと山ほどの大判焼を交換してきた。
 それを腹いっぱい食った……
 何度聞かされただろう? 
 
 
 私が長男を出産したあと、義母が手伝いに来てくれた。
 田舎の村から外へは、ひとりで電車に乗ることもなかった人だ。上野駅に着いて息子の顔を見るまでは心細かったろう。滞在中もひとりでは外に出なかった。
 穏やかな方だった。会ったのは結婚前の挨拶、結婚式、今回……それだけだ。

 義母がありあわせで作ったうどんは、居合わせた私の姉が未だに絶賛する味だった。初めて田舎に行った時には大きな寿司の盛り合わせがあった。頼んだか、買いに行ったのか? 歓迎してくれたのだろう。
 しかし、枝豆やとうもろこしの色、小ナスの漬物の色に驚いた。鮮やか! 焼いた茄子の皮をむいて、さいただけ……それがとてもおいしかった。あとは山菜の煮物、歯ごたえがあり味付けが絶妙。素朴なものばかりだったが。

 納屋にはいろんな缶があり、いろんな豆が入っていた。あずき、名前の知らない大きな黒い豆に白い豆、小さな缶にはあずきの大きさの白い豆が少し。それは白あずきという貴重な豆だった。
 義母が育て収穫して、煮た白あずきは絶品だった。しかし、食べたのは1度だけ。
 孫が誕生した翌年に亡くなった。


【お題】 あんぱんの彼女

135 最後だから

 退職したら旅行しようね。元気なうちにいろんなところへ行きたいね。

 九州旅行は奮発した。退職祝い。娘たちに小遣いもらって久々の飛行機。ホテルも部屋に露天風呂付き。食事は3日間馬刺しばかり。

 また行きたいって?
 行けるわけないでしょ。

 次は車で行こうか、ビジネスホテルでいいから。
 新婚旅行で行った萩、津和野。
 もう1度行きたいね。

 
 
 もうすぐ退職、というときに車を買い替えた。3年しか乗ってないのに。
 3年しか乗ってない車は、孫とでかけられるように、とワゴンにした。そういえば、サンルーフもついていた。開けて走ったことなんかほとんどないけど。

 何度か皆で旅行した。お嫁は息子が仕事で来れなくても、孫を連れて来てくれた。
 私は気に入ってたのに、夫は不満だったらしい。車検に行って、買い替えを決めてきた。

 最後だから好きなのに乗らせてくれ! 

 ああ、老後の資金が減った。
 喧嘩した。

 もう、別れよう。

 お金ないから無理無理。

 じゃあ、家庭内別居。

 好きな車で寝れば? サンルーフじゃないから、夜空は見えないけどね。


【お題】 車中泊と夜空

136 高価すぎて

 小学校高学年くらいだと思う。皆、同じ鉛筆を使っていたのにある日、変化が起きた。
 いちばん先に持ってきて自慢したのは誰だろう?
 産婦人科医院の息子か、薬屋の娘か、工場の娘。
 1本10円の鉛筆から、50円の高価なものに変わりすぎ。

 クラスで2割くらいが持つようになった。皆見せびらかす。50円の部類だと。子ども心に感じた貧富の差。
 子ども心にわかった。ねだれるものではない、と。

 だから、成績は負けたくなかった。10円の鉛筆でも。
 進学教室に通っている子にも。



 1958年、東京タワー竣工と同じ10月に、国産最高級鉛筆uniが発売された。商品名uniは、「ただ一つの」を意味するuniqueから名づけられ、鉛筆1本10円が一般的だった当時、1本50円という高価格だったが、予想を上回るヒット商品となった。
 輸入品の鉛筆と同じ1本50円で発売
 当時、普通の鉛筆1本が5~20円。大卒初任給は約13,500円。
 はがき1枚5円、かけそば1杯25円、週刊誌1冊30円、コーヒー1杯が約50円という時代だった。
 世界で最高のなめらかさを持つただ一つの鉛筆−uni
「Bの黒さでHの硬さ」という最高の品質と共に、軸色に、通称“uni色”と呼ばれる、日本の伝統色であるえび茶色と高級感のあるワインレッドを掛け合わせた、世界中のどこの国のどの鉛筆にもかつて見ることのできなかった色彩に決定した。(uniの歴史より)


【お題】 みんな持ってるから買って

137 弱いんです

 顔はいいし背も高い。女は思う。どうして、あなたみたいな素敵な人が介護なんか……と。
 新人の若い女はウキウキする。ずっと年上の女たちは口に出して言った。熟女キラー、と。

 仕事は真面目だ。きちんとしている。神経質だ。物が散乱しているのは我慢がならない。
 あいつもあいつも、雑すぎる。ドアは開けっぱなし、キッチンもトイレも汚い。洗濯機のフィルターも、いつもリーダーの僕が掃除している。気にならないのか?
 
 トイレは開けたまま排泄介助、入れ歯はリビングで入れている。おかずの盛り付けは不味そうだ。パジャマの上に服を着せている。何度注意しても治らない。しまいには、神経質な男、と思われる。
 リーダーなんてやりたくなかったのだ。
 ああ、体が痒くなる。食事も摂れなくなる。痩せていく。
 1日休んだら、他の職員にしわ寄せが行く。2日休んだら、冷え冷えとした空気。
 弱いんですね、と言われた。メンタルが弱いんですね。

 そして仕事に行けなくなった。

138 体感温度

 おはよう、寒いね、と皆が言う。ロッカーで着替えながら。
 私は半袖のポロシャツのままエレベーターに乗る。
 寒くないの? と聞かれる。皆、半袖の下に長袖のヒートテック。上着も着ている。
 
 もう、十年くらい寒さを感じない。ホットフラッシュは治ったけど、暑い。

 家に帰れば、南向きのマンションなのに暖房が付いている。
 夫婦で感じる温度が違う。

 姉のところは逆だ。姉は寒さで指先が紫色になる。義兄は靴下も履かず窓を少し開けている。だから、一緒に食事はできない。時間をずらす。

 同居していく上で最も重要なことは体感温度。

 どう締めくくろうか?

 お題から、昔読んだ本を思い出した。検索に時間がかかりましたが、ウイリアム・アイリッシュの『聖アンセルムス913号室』

 サスペンスの名手C・ウールリッチ(W・アイリッシュ)の短編集。ホテル<聖アンセルムス913号室>の宿泊者には自殺が多いことから<自殺室>と呼ばれるようになり、ホテルの雇われ探偵が調査を始めた。
 謎の913号室は<殺人室>との確信をもち、犯人を追いつめていく物語。
 名作『幻の女』が発表される前の品。
 
 連続殺人なんですけど…‥(ネタバレ)
 結婚したばかりの幸せそうに見えた裕福な男だけは自殺だった。
「向こうは涼しいから」
という書き置きが。

 奥さんと体感温度が……?


【お題】 寒い朝のこと

139 考えるために

 プレー中は、できるだけ歩きたいの。
 ウォーミングアップを兼ねて体を温めたいし。

 だって、カートに乗って、打って、乗って、打って、乗って、じゃリズムは作れない。

 歩くスピードとスイングのリズムには共通点がある。

 いいリズムで振れば、勝手にいいスイング軸ができる。

 歩くことで自分のリズムが生まれるの。

 リズムが良くなると、パターの調子も良くなる。

 フェアウェイを歩きながら、考える時間をもつことが大切なの。

 ゴルフは考えるスポーツであり、カートに乗ることで忘れてしまいがちだから。

 コースの攻め方、風、次打に持つクラブ……
歩いていると、ハッ! と思い出したりする。

 
 なあんて、言ってみたい。
 ホントは、飛ばないから乗れないの。飛ばないからクラブを4本も持って歩かなきゃならないの。走らなきゃならないの。

 それに、それに、
 免許がないから、カートの運転もしてはいけないの。

(ゴルフ初心者上達案内より)


【お題】 あえて歩く

140 最後に入れるものは

 インスタントラーメンは苦手。最近のは知らないけど、食べた時代には、独特の味がした。なんというか、薬っぽいような……
 50年以上前だから。

 今もあるけど、チキンラーメン。どんぶりに入れて湯を注ぐだけ。
 母は、栄養を考え、野菜をたくさん入れて、水の分量など無視して煮込んだ。出されたのは野菜スープの中に伸びた麺。
 だから、ラーメンの日はゲンナリ。

 夫は、ひとり暮らしのときには、酒を飲んだあとは必ずインスタントラーメンを。
 若いうちはいいんですが。40過ぎれば持病が出てくる、出てくる、出てくる。
 歳を取れば塩分制限。ラーメン一袋で、もうアウト。
 だから、余計に食べたくなる。

 この頃は出された薬が効いて、いいのか悪いのか、体重が減っていく。
 自力でダイエットできない情けないやつ。
 酒を控えられない情けないやつ。
 制限されるから余計食べたい。

 食べたい、食べたいインスタントラーメン。
 買い置きはしてないのに自分で買ってきて、痩せたからいいだろうと、自分で判断して、たま〜に作る。スープは残しているけど。
 作るからには究極のラーメンを、と、ネットで検索。たっぷりのニラも入れて、最後に別鍋で……

 ああ、いい匂い。
 なにやってるの?

 ラーメンタイムは至福のとき……だそう。
 残したスープをいただく。うわっ、なにこれ? ごま油はわかるけど。
 バター? バターでした。バターとごま油を熱くして上からかける。
 ごま油はいいけど、バターは良くないでしょ? 

 もっと良くないよ。
 次の日、ラーメン食べたこと、覚えてない……

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  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-02-27

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  1. 131 関白失格
  2. 132 言わないで
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  4. 134 あずきの思い出
  5. 135 最後だから
  6. 136 高価すぎて
  7. 137 弱いんです
  8. 138 体感温度
  9. 139 考えるために
  10. 140 最後に入れるものは