小学三年生の日記 / 栃池矢熊 作

   五月二日
 今日、せきがえでとなりのせきになった××に、バカって言われた。ウザかったからぶんなぐると、あいつもなぐってきた。それでカッとなってツバをはいたら、あいつはぼくをゆかにおしつけて、何ども何どもパンチしてきた。いたかったのでぼくがないたら、あいつはケケケとわらって、ぼくのかみの毛を引っぱってきた。ぼくはいたくてさけんだ。するとまわりのやつらが「もっとやれ!」と言ってきた。あいつはちょう子にのって、ぼくの顔の前でおならをした。とてもくさくてイヤだったので、ぼくはていこうした。そしたらあいつはおこって、ぼくのあそこをけってきた。ものすごくいたかった。みんなゲラゲラわらっていた。このあくまめ! あやまってもむだだ! ふくしゅうしてやるぞ!

 五月七日
 二時間目に、××がぼくの三角じょうぎを、うばったりたたいたりしてきた。「やめて!」って言ったのにやめなかった。だから、ぼくは二はつなぐった。そしたら、あいつは三角じょうぎでぼくをさそうとした。よけたけど、とってもイヤだったから、あいつをイスからつきとばそうとした。でもできなくて、ぎゃくにぼくがイスからつきとばされた。すると先生があいつをおこってくれた。あいつはぼくにあやまったけど、どうせゆるしても、また同じことをやると思ったから、ぼくは「イヤだ!」と言った。そしたら、こんどはぼくが先生におこられた。しょうがないからゆるしてやったら、つぎの休み時間にまたぼくの三角じょうぎをうばってた。ぼくが気づいてかけつけると、あいつは三角じょうぎをまっ二つにおってしまった。ゆるさない! ゆるさないぞ!

 五月十一日
 こんどは××に教科書をうばわれた。何とかとりかえしたら、らく書きだらけになっていた。そのせいで先生におこられた。ゆるさない!

 五月十四日
 三時間目に××がぼくにバカバカしいニックネームを言ってきたり、まわりのやつらといっしょに三人で、ぼくのふでばこやけしゴムをかくしてた。三たい一なんてひきょうだぞ! お前らだけはゆるさないからな!

 五月十八日
 休み時間にトイレに行こうとしたら、××に通せんぼされた。ぼくが「どいて!」って言ったら、あいつはなぐってきたから、ぼくもなぐりかえした。そしたらあいつは、ぼくをつきとばした。ほかの人は通していたのに、どうしてぼくだけ通してくれないんだ。あんなやつ、キライだ!

 五月二十三日
 ××がちょっかいを出してきた。ぼくは、もちろんはんげきした。そこに、ほかのやつらがわりこんできて、あいつのみ方をしてきた。そしてまた三人でまとまって、ぼくにおそいかかった。二人がぼくをおさえつけて、あいつはぼくのあそこばっかりねらってきた。あまりにもいたすぎて、大声でわめいたら、となりのクラスの先生に「うるさい!」っておこられた。ぼくはわるくないのに、どうしてみんなあいつらのみ方ばっかりするんだ。みんなキライだ!

 五月二十九日
 きのう、クラスの中で、だれかのなげたものが当たって、ないた人がいた。そしたらまわりの人があつまって、その子に「大じょうぶ?」と声をかけていた。なのに今日、ぼくが××たちにやられて、自分のつくえにつっぷしてないていても、だれも声をかけてくれなかった。じゅぎょうがはじまってからも、ぼくはずっとなきつづけたのに、先生は十五分ぐらいぼくをむしした。でもその後、先生はぼくに声をかけてくれた。だけどぼくの話をぜんぜん聞かずにさっさともどってしまった。なんでなんだよ!

 六月一日
 今日せきがえがあって、ようやく××がとなりじゃなくなると思ったのに、こんどのせきでは、あいつがぼくの後ろにやってきた。それからのじゅぎょうがひどくて、あいつはずっと後ろから、ぼくをこちょこちょしようとしてきた。がまんできなくて「やめろ!」とさけんだら、先生が自分のじゅぎょうのことを「やめろ!」と言ったのとかんちがいして、ぼくをものすごくおこってきた。どうしてこうなるんだよ! さいあくだ!

 六月五日
 ××がどんどんひどくなってる。今日なんか、あいつはぼくの後ろから、えんぴつでさしてきた。こんどは先生もあいつをおこったけど、まださされたところがいたい。イライラする。あいつなんて、大キライだ!

 六月八日
 ××たち三人がぼくをトイレにとじこめた。そのせいで、ぼくだけチャイムちゃくせきができなかった。もうイヤだ!

 六月十三日
 休み時間にみんなでおにごっこをやったら、おにをやっていた××が、ぼくをわざとつきとばしてタッチした。ぼくはころんで、右手と左のひざをケガした。ぼくはないたのに、クラスのみんなは、あいつがつきとばしたのはわざとじゃないって言った。あんなの、ぜったいわざとなのに。なんでぼくにさんせいする人がいないんだ。ひどいひどいひどい!

 六月十五日
 一時間目に図工ができなくて先生におこられた。そしたらつぎの休み時間に××がぼくに「図工の作ひんを見せて」と言ってきて、はずかしかったから、ぼくは「見せたくない」と言ったのに、あいつはしつこく「見せろ」と言ってくるから、ぼくは「いやだ!」って言ってなぐったら、むこうもなぐりかえしてきたから、またなぐってやった。そしたらクラスの人があいつのみ方をして、ぼくをなぐってきた。しかもその後先生が来て、「作ひんを見せないお前がわるい!」ってまたぼくをおこって、むりやりぼくの作ひんをあいつに見せた。こんなの、あんまりだ!

 六月十九日
 音楽のじゅぎょうで××がぼくの耳の近くでリコーダーをふいてきた。びっくりして、しんぞうがバクバクしたから、ムカついて、ぼくはリコーダーであいつをたたこうとした。そしたらまた先生におこられた。なのにあいつはおこられなかった。わけがわからない!

 六月二十五日
 きゅう食を食べる時、ぼくが牛にゅうをのもうとしたら、××が上から牛にゅうのビンをおさえつけてきた。そのせいで牛にゅうをこぼした。後かたづけが大へんだったし、お気に入りのふくがよごれた。こんどこそ、ゆるさない! おぼえていろ!

 六月二十六日
 また今日も、牛にゅうをのむのをじゃまされた。こんどは牛にゅうが、ぼくのはなの中に入ってしまった。そしたら××が「はなから牛にゅう~」と言って、ぼくをからかってきたので、あいつに牛にゅうをぶっかけたら、あいつはよけて、あいつの後ろにいた女の子に牛にゅうが当たっちゃった。女の子はないて、ぼくはまわりにいた女の子グループからおこられたし、先生からもおこられた。先生はゆるしてくれたけど、女の子たちはゆるしてくれなかった。わるいのはあいつなのに! あいつだけはぜったいにぜったいにぜったいにゆるさない!

 六月二十八日
 休み時間にトイレに行って、教室にもどろうとしたら、教室の中にいた××が前のドアをしめて、ぼくを入れてくれなかった。しかたなく後ろのドアに行ったら、あいつのみ方がドアのかぎをしめていて、こっちも入れなかった。もう一ど前のドアへ行って、あいつに「あけろ」と言ったら、「お前なんてこのクラスにいらないから出ていけ」と言われて、ムカついたので、思いっきりドアに体当たりした。そしたらドアがこわれて、あけしめができなくなった。あいつがじゃましたせいで、ドアがこわれたのに、もどってきた先生はやっぱりぼくしかおこらず、あいつらは何も言われなかった。どうしてぼくばっかりそうなるんだよ!

 七月二日
 休み時間に、××が後ろからぼくのいすをけってきた。はらが立ったから、ぼくはえんぴつを出して、あいつにおそいかかった。あいつがにげたから、ぼくがおいかけようとしたら、後ろからクラスの人たちにおさえつけられて、えんぴつをうばわれた。そのつぎの休み時間も、あいつに後ろからけられたので、こんどはリコーダーをもって、あいつにはんげきしようとした。そしたらこんどは先生に止められておこられた。しかたなくやめたのに、あいつがまたつぎの休み時間にもけってきたから、もうぼくはがまんできなくて、はさみをとり出してあいつを切ろうとした。先生に「やめなさい!」って言われたけど、むしして、ぼくはあいつをおいかけた。ぜんそく力で走ったけどおいつけなくて、ついに先生につかまってしまった。その後先生はじゅぎょうを一時間つぶして、ずーっとぼくをおこりつづけた。ぼくが何回も「あいつが先せいこうげきしてきた」って言ったのに、先生はあいつのみ方ばっかりして、ぼくしかおこらなかった。しかもぼくがおこられている間、あいつはずっとぼくにあっかんべえをしていた。あのやろう! 先生にひいきされやがって! どうせ先生にごまをすっているくせに! こんなやつとはもうかかわりたくない!

 七月五日
 今日せきがえをしたら、××からは、はなれられたたけど、となりの人が、この前牛にゅうをかけた女の子となかのいい女子になった。その女子と、さっそくけんかしていたら、後ろからあいつがわりこんできて、ぼくをなぐってきた。そしたら女子もなぐってきた。しかも女子は、あいつがどこかに行った後も、ぼくをなぐりつづけた。ぼくがなくと、さらにちょう子にのって、わる口を言いながらぼくをなぐった。こんなの、ひどすぎる!

 七月六日
 朝学校に来たら、いきなりとなりの女子にぶんなぐられた。理ゆうをたずねても、何も言わずにぼくをなぐりつづけたから、そこからにげて先生に言いつけたら、先生は「××ならまだしも、あの子がそんなことをするはずがない。お前がウソをついているだけだろ」と言ってぼくの話をきいてくれなかった。どうしてしんじてくれないんだよ!

 七月九日
 こんどもまた朝に、となりの女子になぐられた。たえられなくなって、また先生のもとへ行って、本当のことを話したのに、やっぱりきいてくれなかった。それどころか先生は、「お前はうそをついて、ほかの子をおとしいれようとしているのか!」と、十五分ぐらいずっとぼくをしかってきた。その後先生に教室まで引っぱられて、「こいつのようにウソはつくな」とぼくを見せしめにした。その時、××が先生にウザい声で、「ハイ。このクラスでウソをつくようなヤツはこいつしかいません」と言ったら、クラスのみんなも「そうだソウダ!」「こいつは人間のゴミだ!」「こんなヤツとイッショにするな!」「キモいから帰れ!」とさわぎ出し、やがてどこからともなく「カーエーレ」「カーエーレ」「カーエーレ」「カーエーレ」という合しょうになっていった。あまりくやしすぎて、ぼくはないた。みんなはギャハハハとわらった。ちくしょう、みんなあいつにセンノウされている! だったらクラスのみんなもぼくのテキだ! お前たちもキライだ!

 七月十日
 もう、このクラスにぼくのみ方はいない。そんなクラスなんか、なくなってしまえばいい。だから、××も、そのまわりのやつらも、となりの女子も、そのグループの女の子も、先生も、みんな殺すことにした。けっ行は明日。明日は朝一ばんに学校に行って、みんなをまちかまえて、教室に入ってきたところを、一人ずつ殺していく。にげてもむだだ。おいかけて殺してやる。かくごしろ。みんなへのふくしゅうがはじまるんだ。楽しみだ。






 日記はこのページで終わっていた。
 これを書いてから十年の月日が経ち、改めて読み返してみると、あまりの自分の馬鹿らしさに呆れてくる。まあ確かに××を始めとしたクラスメートは私をいじめてきた。だがそれは、いじめるだけの理由があったからである。つまり、それだけ私は嫌な奴だったのだ。当然自分の日記であるから、自分に都合の悪いことは書かないため、自分のしてきた悪行は記録されていない。だが、書かれていないだけで、本当はすぐに人の失敗をあざ笑い、バカとかアホみたいな悪口を連呼していたのである。実際、最初に××にバカと言われる前に、実は私の方が××の悪口を連呼していた。つまり、「先せいこうげき」していたのは私だったのである。そんなことを闇に葬って、ひたすら××だけが悪いように書いているクズみたいな奴なんか、いじめられて当然である。
 そして、あれだけ殺す殺すと言っていたあの計画も、あっさり頓挫した。あの日、私はいつもより早く登校してクラスに一番乗りしようとした。だが、そこには既に、一人で本を読んでいる子がいた。その子こそ、私に牛乳をかけられた女子であった。教室に人がいるとは思っておらず、予想外の事態に焦った私に、彼女は穏やかに「おはよう」と挨拶してきた。私は余計に頭が真っ白になり、返事すらできなかった。この様子を見た彼女は、私がまだ牛乳事件のことを気にしていると思ったのか、優しく「私、牛乳のことはもう気にしていないよ」と言った。それを聞いた私は、牛乳をかけた時の罪悪感がよみがえり、さらに気が動転した。相変わらず何も言えずにいる私に、彼女は不思議そうな目で尋ねてきた。
「ねえねえ、どうして今日はこんなに早く学校に来たの?」
 一番聞かれたくないことを聞かれた私は、完全にパニックに陥った。日記を書いている時にはあれだけ復讐に燃えていたのに、いざ人に会ってみると、肝の小さい私は、あっさり自信を失ってしまったのだ。そんな私が「これから皆を殺すんだ」などと、本当のことを言えるわけがなかった。適当にごまかして、本を読むために来た、ということにした。すると、彼女はこれに食いついてきた。
「そうなんだ! 私と一緒だね! もしかして、あなたも本が好きなの?」
 彼女の無垢な目を見た私は、首肯せざるを得なかった。とは言え、これは嘘ではなかった。一人ぼっちになることが多い私は、休み時間によく読書をしていたのだ。
「やっぱり! 私も本が大好きで、よく読むんだよ!」
 そう言っている彼女は、明らかに嬉しそうだった。だが私は、私が本好きであることに喜ばれる理由が分からなかった。そこで、どうしてそんなに喜んでいるのか尋ねた。すると、彼女はこう答えた。
「このクラスの人ってさ、私の友達もそうだけど、皆あんまり本を読まない子ばっかりだよね。だから、私と同じ趣味の人なんていないと思っていたんだよ。でも、私以外に本好きの人がいるのが分かったから、それがすごく嬉しいの! だって、私の趣味を理解してくれるからね! 本が好きな人同士、これから仲良くしようね!」
 そう言って彼女は笑った。ここにおいて、味方がいないから皆殺しだとかほざいていた大量殺人未遂者くんは、新たに味方を得たことにより、犯罪の動機がなくなり、せっかく持ってきた凶器(これがはさみであることがまた幼稚である)をランドセルから取り出すことはなかった。そして、教室に次々とクラスメートが来て、先生が来て、いつも通りの一日が始まったのである。
 それからというもの、私は少しずつ心を入れ替えた。まず、「本好き仲間」となった彼女を通して、先生にこれまでのことを謝った。あの人もいろいろと理不尽なところが多かったが、彼女の口添えのおかげで、何とか私の誠意を伝えることに成功し、クラスメートとの和解に協力してくれることになった。次に、私の隣の女子と話し合い、これからは隣同士仲良くしていくことで合意することができた。言うまでもなく、先生の仲介があってのことである。
 さて、残った××とは、なかなかうまくいかなかった。先生の仲介で、一旦は表面上だけ仲良くなっても、次の休み時間にはもう何かしらのいたずらをされている、ということの繰り返しだった。最初は約束を破った××に腹が立って私もやり返していたが、そのうち面倒くさくなって、反撃するのをやめた。だが、反撃するのをやめても、××は構わず私にちょっかいをかけてくる。こうして、××だけが一方的に私に攻撃し続けるという状況が完成した。すると今度は、無抵抗の私を嫌がらせ続ける××に対するクラスメートの目が厳しくなってきた。そしてクラスメートは、一つも反撃しようとしない私に同情し始めたのである。当初××と一緒に私を襲った子まで、気づいたら私の味方になっていた。そのうち××はクラスの中で孤立していき、ある日から彼は学校に来なくなった。引っ越したことを知ったのは、次の年の春である。「親の仕事の都合で」引っ越したらしいが、それが本当なのかは今でも不明のままである。

小学三年生の日記 / 栃池矢熊 作

小学三年生の日記 / 栃池矢熊 作

【少年は怒りを日記に綴り、何を思うのか。】 少年はごく普通の小学校三年生。だが、ある時から隣の席の男子に嫌なことをされるようになった。あまりにも理不尽な仕打ちに少年は激しい怒りを覚えながらも、力不足により反撃が通用せず、もどかしい気持ちでいっぱいだった。それならば、せめて隣の席の男子が少年に対して行った数々の悪行を書き残してやろう、ということで、少年は日記を書き始めた。しかし、そうしているうちにも、少年を取り巻く状況はどんどん悪くなり、ついに彼はある決断をすることになる。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-02-14

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