生きる

生きる意味を問う随筆

 二年前の夏、左胸にしこりを感じた。
 丁度勤めていた会社の契約が切れる頃だった。それに合わせて病院を予約した。
 検査の結果、左胸に硬い腫瘍があることが分かった。
 ドクターは言った。
 「三か月待ちますか?それで大きくなるようでしたら、針を刺して組織検査しましょう」

 それからの一か月、私は死に物狂いで小説を書きなぐった。
 暑さの盛りだった。窓から覗く息が詰まる程の緑の山。
 夥しい蝉たちの叫びが、炭酸のような夏空に向かって放たれている。体を震わせ、命を削り、生きる意味を歌い続ける。
彼らの生まれた理由が恋なら、私のそれは一体なんだ?
 書く文字が涙に歪んだ。
 
 私は三か月待てなかった。一か月後に組織検査をしてもらった。

 良性と分かったその日。
病院を出て見上げれば、高く乾燥した秋の空が広がっていた。もう蝉の鳴き声は跡形もない。
 あの山の木々の根元には、命を全うした蝉たちが、冷たく朽ちて行くだろう。
 私はしっかりと足を踏みしめて歩き出した。心臓には新鮮な血液が流れ、目は真っ直ぐに前を見据える。
 私は生きている、生きていられる!
 生きる目当てが青空の向こうに浮かんでいた。

                                          了

生きる

生きる

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-02-09

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