兵隊さんと夢とぼく

兵隊さんと夢とぼく

 兵隊さん、いつも有刺鉄線の向こう側、銃を手に、右へ左へ行ったり来たり。
 兵隊さん、いつも、難しい顔をしているよ。でも、時々、悲しそうに、空を見ている。
 満月を眺めて、何を想っているのだろう。ぼくには、分からない。
 けれど、怒りとか、憎しみとか、そういう怖い心では、なさそうだ。
 それは、きっと愛情の様な、顔なんだ。
 神様や仏様に、祈っているのだろうか。
 だとしたら、何を祈っているのだろうか。ぼくには、分からない。

 兵隊さんとぼくは、いつも、いつも、必ず夢の中で会う。
 でも、兵隊さんからは、ぼくの姿が見えていないみたい。
 それが少しだけ寂しくて、たまに、兵隊さんの目の前で手を振ったりする。
 すると、兵隊さんは必ず月や星空を見上げて、何かを思い出しているみたい。

 お空が、パッ、と明るく光ると、兵隊さんは、いつも地面に伏せて、じっと動かない。
「もう少し、命が続きますように」
 その時だった。兵隊さんは、珍しく独り言を呟いた。
 ぼくには、その言葉の意味が、分からなかった。
「なんとか、生きて帰りたい」
 どこかで、鉄砲の弾ける音が響いて、兵隊さんは仲間と一緒に、土埃の中を這う。
「絶対に、息子に、生きて会うんだ」
 そうか、兵隊さんには、子供がいるんだね。
 戦争のために、遠い国へ行くしかなくて、家族と離れ離れなんだね。
 実は、実はね、ぼくも、会いたくても、今すぐには会えない、お父さんがいるよ。
 お父さんも、この兵隊さんと同じ様に、海の向こうの、遠い国で、戦っている。
 お父さん、会いたい。会いたいなあ、お父さん。
 兵隊さんも、頑張って、生きて帰って、お子さんに、元気な顔、見せてあげてね。


 夢を、しばらく、見なかった。
 夢の中で、いつもの、あの兵隊さんに、会いたかったけど、夢を見なかった。
 静かな、ぼんやりとした朝が来て、お母さんと、芋を食べた。


 一週間ぶりに、また夢を見た。
 やった、兵隊さんに、会えたよ。
 兵隊さん、格好良いなあ、鉄砲を、バンバン、撃っている。
 大砲の弾が飛んできても、転んでも、倒れても、また立ち上がって、
 鉄砲を撃って、敵さんと戦っている。
 頑張れ、頑張れ、負けるな、兵隊さん。
 
 あっ。

 敵さんの、鉄砲に、撃たれた兵隊さん。倒れた。
 胸が真っ赤に染まって、眼が、ぼんやりと、ぼんやりとしている。
 兵隊さん、動けないみたい。大丈夫かな、大丈夫かな。
 そうだ、こういう時は、グンイドノにお願いするんだ。
 お母さんが、教えてくれた。グンイドノが、怪我を治してくれるんだって。
 でも、兵隊さんの周りでは、他の大勢の、本当に、大勢の兵隊さんが、戦っている。
 グンイドノが、お注射をしたり、包帯を巻いたり、できるのかな。

「おい、おい、在川ッ。しっかりしろ、在川……」
 兵隊さんの、友達の兵隊さんが、抱き起して、名前を呼んでいるみたい。
 そうなんだ、兵隊さんの、上の名前は、在川さんっていうんだね。
 偶然だね、ぼくも、在川って、言うんだよ。
 ぼくはね、在川良太って、言うんだよ。
 お父さんが、名前を考えてくれたんだ。

「りょ、良太、りょうた……りょうた……」
 在川さんは、ぼくと同じ名前を、繰り返し読んでいる。
 もしかしたら、在川さんのお子さんは、ぼくと同じ名前なのかな。
 ぼくと同じ、在川良太って、名前なのかな。
 頑張って、兵隊さん、死なないで。
 良太くんが、待っているんでしょ。
 生きて、会うんでしょ。
 死んだら駄目だよ、兵隊さん、兵隊さん。

兵隊さんと夢とぼく

兵隊さんと夢とぼく

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2024-02-08

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