加湿屋

深夜、最終電車に乗って帰ってきた。疲れ切った体を服も着替えず横たわった。寝そべったままエアコンの暖房を回し、布団をかぶる。
明日も七時出社。いや、やり残した仕事があるから一時間前には出社しておいて、一時間で本当に終わるか?いや行かないよりマシだ。とにかく五時半には起きよう。はぁ、あと数時間眠って。いや起きたらシャワー浴びることを踏まえたら五時半ともいかないよな、ええい五時起きだ。俺どうして管理職になっちゃったんだろう。実質土日なんかない。ここ数ヶ月ゆっくり眠ったのって数えるほどしかない。平日はいつも睡眠っていうか仮眠だろこれ。
なんて考えながらうとうとと目を閉じている。数日前に喉に感じた違和感は、今日会社を出た頃から痛みに変わった。
「加湿〜加湿屋っ」
「加湿〜加湿屋っ」
小さな小気味の良いジングルが聞こえてくる。疲れ切ってウトウトと幻覚でも見ているんだろうか。ふと顔を上げると手のひらに乗るほど小さな軽トラにひげのおじさん。荷台には小さなタオルと水の入った青いタンク。
「加湿はいかがですか〜」
「加湿器、濡れタオル、その他多様な加湿はいかがですか〜」
元気のいい声が眠りを妨げている。もしくは、いつもの「明日も早いのに眠れね〜と思っている夢」だろうか。

目が覚めると朝八時だった。小さなワンルームのカーテンレールには濡れタオルを掛けたハンガーが並び、玄関先で控えめな加湿器が水蒸気を吹き出している。
夢ではなかったのだろう。寝ぼけて買ったのだろうか。喉の痛みは数日前の違和感程度に落ち着いていた。
そして遅刻だ。最悪だ。

加湿屋

加湿屋

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-02-06

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