思い出料理店「きのや」

ここは、思い出料理店「きのや」。きっとあなたはまた笑える。そんな料理のお店です。

身体が重い。体重のせいじゃなくて。
ただ、歩いているだけなのに。
今日は本当に疲れてる。
会社帰り、いつも自炊派の私だけど
今日ばっかりは何か買っていや、
食べて帰りたい。でも、財布の中身は
2000円とちょっと。これをまだ週始めの
今日使う気にはなかなかなれない。
あぁ、でも料理する元気がない。どうしよう?
ふらふらとその場にもたれかかると同時に私は
何かに頭をぶつけた。かなりいい音だった。
「いで、なにこれ?「思い出料理店?」」
どうやら開店前のいや、開店直後の店の
看板にぶつけたようだ。
「いけない、いけない。帰って夜食用のラーメンでも、」
と、言った矢先、懐かしい香りが鼻先を刺激した。
「これ、この匂い!」
遅る遅る、店の引き戸に手を掛けてみた。
さっきぶつけた看板を横目にググってみる。
ない。「思い出料理店きのや」
全く情報がのっていない。
でも、さっきの香りは間違いなく、
私はえいやっと引き戸を引いた。
「いらっしゃい」
中では童顔の男性が1人で私を迎えてくれた。
店内はコの字型のカウンター席で真ん中が厨房と
いう昔ながらの型をしている。
でも、今の私にはそんな事はどうでもいい。
食べたい!今すぐあの香りの主を!
私は店内に入り、店主と思しき男性に
「おいなりさん、ください。」
と勝手に注文していた。
男性はなぜか、してやったりといったように
にやっと笑い、その口の端から八重歯が見えた。
この人、イケメンだ。
「おねえさん、おばあちゃん娘かい?」
「はい。この味大好きで。」
「飲み物は何にする?」
「緑茶ください。」
「あいよ。」
おいなりさんはすぐに運ばれてきた。
「いただきます。」
口に入れた瞬間、じゅわっとお揚げのあまじょっぱさが
しみわたり、後から具の入っていない酢飯の
でもしっかりとした酸っぱさが追いかけてくる。
美味しい。おばあちゃん、私今、
すっごく幸せ。
「おねーさん、本音は言わなけりゃ誰にも伝わんねぇぞ
察してくれってのも、ちょっと傲慢かもよ?」
うん、うん、そうだよね。私がやってる事
全部誰にも言ってないのに勝手にひねくれてた。
最後はきりりと苦い緑茶で締めくくった。
まるでお説教の後におばあちゃんがだしてくれてた
みたいに。
「おねーさん、美味そうに食うねぇ。」
「だってほんとに美味しいんだもん。」
「寂しくなったらまたおいで。俺は次郎。」
「私ほの香、笹沼ほの香です。」
私が次郎さんのファンになった夜のお話し。

思い出料理店「きのや」

思い出料理店「きのや」

今日も誰かが「きのや」を訪れる。店主の次郎のおもてなしの料理を求めて。誰もが持っている元気の出るあの味。 さぁ、開店ですよ。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-01-14

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