アンチ・ビリギャル

 今まで「受験」というジャンルでヒットした漫画やドラマは数多い。そして、その大半は暴走族や落ちこぼれが奇跡の難関校合格というパターン。ありえないような話ばかりなのだ。そして、大半の人がそれを信じてしまう。

 私などが言っても信用されないかもしれないので、林修先生の主張をご覧ください。

「林修オフィシャルブログ」より
 予備校講師でタレントの林修氏が、以前大きな話題を呼んだ「ビリギャル」を一蹴した。
 5日、『林先生が驚く初耳学』(TBS系)で、ハライチの澤部佑が『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』(アスキーメディアワークス)について意見を求めた。しかし、林先生は「僕はハッキリ言ってまったく感動していません」とバッサリ。
 その前には「あの話について僕はコメントしたくないんですよ」と、嫌悪感ともとれるような発言を加えていた。落ちこぼれ学生のサクセスストーリーなのだが、なぜそれほど冷たくあしらったのだろうか。
 林氏の話によると、この学生が合格した慶應義塾大学の「SFC」は、英語と小論文で出題されるため、徹底訓練を積めば合格できるという見解だった。小学校や中学受験で勉強していれば、高校の最後だけ勉強しても合格する可能性は十分だそうだ(東大は科目が多いので難しいとのこと)。

 一時期大きな話題となったこの「ビリギャル」だが、その”真相”には以前から多くの批判が巻き起こっていた。この主人公の女性は「もともと有名な進学校出身」「偏差値30はあくまで学校内でのもの」など触れ込みとはイメージと異なる部分が多く、林氏が指摘したように科目にも”カラクリ”が。
「所詮は商売」「フタを開ければこんなもの」という呆れ返るようなコメントが各掲示板に殺到した。本の話題性に乗っかって本人たちがメディア露出したのも悪印象だったかもしれない。終いには有村架純主演で映画化までされた。

 受験生を間近で見ている林氏が、この「ビリギャル」に冷淡な態度をとるのもうなずける。現実主義的な発言が多い林氏からすれば、無用に煽って受験を道具に使われたのは腹立たしい部分もあるのかもしれないし、受験生に不要な「夢」を見せることもやめてほしいのかもしれない。


 私は三重県北部で塾を経営しています。この地区の現実をお知らせすれば少しは納得いってもらえるかもしれません。

令和3年度、四日市高校合格者数
        人数   上位
 陵成中学校 16名   8%
 光陵中学校 15名   8%
 東員第一中  4名   3%
 北勢中学校  2名   2%
 員弁中学校  2名   2%
 藤原中学校  2名   5%
 大安中学校  1名   0.8%

令和3年度、四日市高校旧帝合格者数(現役生のみ)
       人数   上位
 東京大学   5名   2%
 京都大学  12名   6%
 大阪大学  12名   9%
 名古屋大  24名  17%
 東北大学   2名  17%
 北海道大   5名  19%
 九州大学   3名  20%

 以上のデータから分かることは「いなべ市」「員弁郡」に住んでいる中学生で「旧帝」に合格したい人は1学年100人程度の公立中学校に通っているのなら上位1番か2番でなければなりません。四日市高校に合格するレベルであることが前提です。


 そして、その四日市高校で「東大」「京大」に合格したかったら1学年320人中、上位の6%(20番)に入る必要があります。「阪大」「名大」でも上位17%(50番)に入る必要があります。 

 早期英才教育は「百害あって一利なし」


 私の塾にときどき
「業者テストを受けて県内8位だったから楽勝で東大でも京大でも合格できますよね」
 と言われて入塾を希望される方がみえます。三重県内で大規模な業者テストと言えば「エイスウ」が実施しているものでしょうが、受験者に尋ねると受験者数が県内同学年の1割にも満たないと言います。 


 だとすると、県内8位と出ても実態は10倍の80番くらいかもしれません。東大や京大どころか、阪大も名大も厳しいのではないでしょうか。もちろん、そこから頑張ってもらえば合格の可能性はゼロではありませんが。

 問題は
「自分は賢いのだ」
 と勘違いして油断してしまうこと。実際に難関大に合格する人は、以下の3点をクリアしています。


1,校内順位(四日市高校なら50番まで)
2,過去問の正解率(およそ65%の問題が制限時間内に解ける)
3,河合や駿台の冠テストを受けてC判定までに入っている

 中学生のご父兄の方で
「うちの子は公文で高校の数学まで終わっています」
 と豪語して塾にみえる方がいます。しかし、実際の名古屋大学の過去問を前にすると手も足も出ないことが普通です。


 あるいは、
「うちの子は小学校で英検2級に合格しました」
 と言って塾にみえる方もいました。大阪大学の英語の問題を見せたら全く手がつけられませんでした。
 ところが、その事実を前にしても
「そんな筈はない!三重県統一テストで県内8番で新聞(チラシ)にも名前が載った」
 と怒りの表情を見せる方が数名みえました。正直
「めんどうくさい」
 と思いました。自分の塾の指導が確かであることを主張するために、思いっきりヨイショをされてきた様子なのでした。

 すごい迷惑。私は、そういう“早期英才教育”を受けてしまった生徒の指導は断りたいです。ほとんどの子が自分を賢いと勘違いして傲慢になってしまう。謙虚な心が無い子の学力は伸びないことは明らかなのです。30年以上の指導経験から断言できます。

 思い込みの激しい親の子の学力は伸びない。

 私は数多くのモンスターペアレントに会いました。共通しているのは「こうすれば必ず学力が伸びる」という宗教のような信念をお持ちな点です。
「うちの子の指導は最初の5分は導入で、その後の30分は・・・」
 と、1時間くらい“理想の”指導方法のリクエストを述べられた方がみえました。


 あるいは、
「必ず国立大学医学部医学科に合格できる指導プランを示してください」
 と、言われる方もみえました。

 そういう必勝の勉強方法がこの世に存在すると固く信じているようでした。しかし、そのような勉強方法は存在しません。
「お前はテレビでやっている四谷学院の55段階を知らないのか?」
 と、軽蔑のまなざしを向けてこられた方もみえました。

 確かに、いくつかの予備校や塾は
「こうすれば学力が伸びます!」
 とか
「学力が伸びなかったら授業料を全額返金します」
 とか、あの手この手で集客をしようとしています。

 私は名古屋の河合塾学園や名古屋外国語専門学校など7つの大規模校で14年間英語講師をしていました。そこで多くの英語講師に出会いましたが、英検1級に合格している講師に会ったことも、京大卒の講師にも会ったことがありません。

 京大を受けて落ちたために同志社大学に行った講師が
「こうすれば京都大学に合格できます」
 と、保護者に自信たっぷりで語っているのを見たことがあります。英検準1級しか合格していない講師が英検1級合格の帰国子女を指導しているのを見たこともあります。もはや、ジョークのような状態なわけですが保護者の方はペテン師のようなセリフに騙されてしまう。

 自分もEランクの大学しか合格できなかったから、
「知名度が高い、大きなビルの塾の講師なら大丈夫」
 と、妄信してしまうらしいのです。

 仮説は実証しなければ真実とは言えない。

  私は50代の時に、京都大学を7回受けました。センター試験は10回受けました。Z会の「京大即応」を8年間受けて添削の方法を参考にしました。河合や駿台の「京大模試」も10回受けました。

 「受験英語」「英会話英語」「ネイティブ英語」のどのスタイルが高得点に結びつくか実験したかったのです。また、塾生や通信生の方に自分の英語力や数学力を実証して信用してもらおうと思いました。

 結果は以下のようでした。

 京大入試の成績開示

平成18年、20年(文学部)    正解率の平均  66%(受験英語)
平成21年、22年(教育学部) 正解率の平均  76%(資格英語)
平成24年、25年(総合人間) 正解率の平均  79%(ネイティブ英語)


 予想どおり、受験参考書に書かれている構文や語彙を用いた予備校講師が作る「模範解答」の評価が一番低かった。ECCのテキストや英検の教本に書かれているスタイルも駄目でした。

 アメリカで生活していた頃に使っていたネイティブの英語が一番高く評価されました。当たり前ですけどね。

 そのことを YouTube でひっそり語ってみました。

  すると、驚いたことに再生回数が4万8千回を超えました。また、東京のエール出版社から「私の京大合格作戦」に同じような話を漫画化したものが2019年版,2020年版,2021版と3年連続で掲載されました。分かる人には分かるらしいのです。


 その指導方法を塾生に使ってみたら9年連続で京大に合格する塾生が出てきました(そのうち3名は医学部医学科合格)。私としては十分に実証できたと思いました。

 しかし、大多数の方は
「田舎の無名講師の言うことなど信用できるわけがない」
 ということで、Z会の通信生がどんどん増えていくわけです。それは当然のことで、大多数の方は京都大学に合格したこともなければ、どういう基準で採点されているかも知らないわけです。


 ですから、駅前ビルにある知名度の高い予備校を信用するのは当然ですね。

 数ある動画の中から5万人近い人が私を見つけ、数あるブログの中から私を見つけてくれた。そういう人たちは、私を信用してくれて添削や得点推定を依頼してくれる。有り難いことだと思います。

  それだけで生活できるので大規模塾のようなマスメディアを使った宣伝など考えていません。タレントなどを使ったイメージ戦略をとると集まる生徒の質が落ちるのです。

 東大や京大を志望する子は宣伝などしなくても自分で本物を探します。Bランク、Cランクの大学は廃校の危機を感じるためハデな宣伝をしたり、トイレが美しいなどというアピールで集客する。塾や予備校も同じことなのです。

 推薦入試やAO入試を導入したら、大学の授業についてこれない学生ばかりになったという話をよく聞きます。大学で分数計算を指導しているという話は聞いたことがあると思います。


 私の出会った同級生について

 私は1970年代に四日市高校に通っていました。高校2年生の時は男子クラスで、隣にAくんという子が座っていました。このAくんは隣町出身の子でした。この子が私の出会った最初の生まれながらの才能を感じさせた子でした。

 数学、物理、化学などの理系が得意な子と思っていましたが、当時は珍しかったアメリカ留学帰りの子より英語の得点が高いのみならず、文系の古文・漢文、世界史、日本史など全ての教科が学年一番でした。

 私はたまに隣のAくんのノートをのぞき込みましたが、自分と同じように放物線を書いていたことを覚えています。しかも、体育祭では足が速く体育の時間ではクラスの誰より懸垂の数が多かった。

 当時は予備校の順位表は実名オンリーでした。Aくんは全国で4番とか自分ではありえない順位でしたが、私が驚いたのは
「Aくんのような奴が全国にはまだ4人もいるのか・・・」
 という点でした。Aくんは当たり前のように東大に現役合格していきました。

 私は悪友の陰謀で室長に推されたことがありました。勉強時間が削られるのが嫌なので
「私は赤面症なので、室長のように人の前で話す役職は辞退したい」
 と言ったことがあります。その時、Aくんが突然手を挙げて
「高木くんが嫌がっているのなら、そのとおりにしてやれば」
 と援護射撃をしてくれました。Aくんは学年一番の成績で他の生徒たちから一目置かれていたので反論する人はいませんでした。なぜ、彼が私に救いの手を伸ばしてくれたのか今もナゾです。

 もう一人、思いで深い同級生がいます。それは、名古屋大学で出会ったBさんです。彼女の第一印象は悪かった。地味で、どちらかというとダサいと言われていた名古屋大学の女子たちの中で彼女は目立っていました。

 それは、入学当初から化粧をしてファッショナブルな服装をしていたからです。また、当時としては珍しい自動車での通学をしていました。私などは貧相な服装で自転車通学をしていましたから
「金持ちか。ちょっと、ケバい」
 という印象だったのです。ところが、授業に出て印象が一変しました。フランス語の授業に出て数か月もすると、彼女はフランス人のネイティブとフランス語で話し始めたのです。

 また、当時としては珍しいコンピューターの授業でのこと。当時の記憶媒体は紙テープにパンチという状態でした。そのパンチされた紙テープからプログラムを書くような内容の授業だったと思います。私が途方にくれていたら
「高木くん、どうしたの?」
 と彼女がやってきました。事情を話したら、紙テープを伸ばして穴の空いたテープを見るなり
「これはね」
 と解説しながら助けてくれました。

 また、別の日には私が自転車のカギを誰かにかけられて鍵も見つからず車輪の回らない自転車を押しながら大学の構内を歩いていた時に隣に乗り付けた車がありました。
「高木くん、どうしたの?」
 と声をかけてきたのは、Bさんでした。事情を話したら
「じゃ、車で送ってあげるから自転車をあっちに置いてきたら」
 と言いました。私が遠慮して躊躇していたら
「早く」
 と言うので車で送ってもらいました。彼女が卒業する時に、大学院の入試も、一流の銀行の就職試験も、国家公務員試験第一種にも合格したと聞きましたが、当然だと思いました。

 彼女は名古屋生まれの名古屋育ちなので、通える範囲にある名古屋大学に来たのでしょう。学力的には明らかに東大や京大に行く人だったと思います。

 私は四日市高校と名古屋大学に愛校心は持っておりません。しかし、AくんやBさんに出会えてラッキーだったと思います。本当に賢い人がどういう人なのか体感できましたから。

 予備校の講師や塾講師はたくさん知っていますが、本当に賢い人に出会ったことがありません。無料の講習会で生徒を集めて、入塾後に高額の授業料で無料分を回収するなんて見え透いた作戦。賢い人は、そんなインチキはしません。

 生徒の多くも、そんなインチキに釣られていくのでどうしようもありません。

 私は、そういう塾経営者も、人生を舐めているような生徒にも関わりあいたくないので自分で塾を始めました。実証していない勉強方法を勧める講師。それに、実証していない勉強方法で反論する生徒と保護者。これでは、大声で罵り合いになるだけで結論は出ません。

 狂気の世界としか言いようがありません。そんな人たちに関わると精神をやられてしまう。鬱病に追い込まれてしまう。だから、私はそういう人と話すのを拒否しています。論理的な話ができる、冷静な人としか語る気持ちになれません。それだけで生きていけるので、無理をするつもりもありません。

 人と同じことをして人の上に行くことはできません。インチキなドラマや漫画を信じ、インチキな予備校や塾の作ったカリキュラムに乗っていれば京都大学に合格できると信じているなんて、ありえない。

 そんな人はAくんやBさんと競争して勝てるわけがないのですから。

アンチ・ビリギャル

アンチ・ビリギャル

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-01-12

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