ミステリアスな羽

 今日、旦那の車の助手席に乗っていて、特に意味もなく、目の前のダッシュボード(正確にはグローブボックスね)を開けてみました。ホント、なんの意味もなく、たまたま目に付いたので開けてみただけです。アレです、目の前にボタンがあったら、とりあえず押すじゃないですか。それと一緒です。
 さておき、グローブボックスを開けてみますと、中には何故か綺麗な鳥の羽が一本あったのです。

 何コレ? と思うや否や、考えるよりも先に旦那に「運転中にそんなとこ開けんとってよ」と怒られました。なので、咄嗟に「ごめん」と言いながら閉めたのですが、どうにも気になって仕方がありません。
 気になって仕方ないのは、何故運転中に開けてはいけないのか? です。いえ、それだけじゃないです。何故こんな所に羽を隠しているのか? という疑問です。
 そのまま30分ほど走ったでしょうか……あの羽は何だったのだろう? と、私の頭の中は疑問と好奇心と不思議に思う気持ち、そして、旦那に良からぬ事情があるのでは? という少しの不審感などで想像は膨らむ一方で、答の出ない思考は迷走し、どうにもスッキリしないままでした。
 と、その時、充電中の旦那の携帯が鳴りました。画面を見ると、大切な取引先からの着信です。たまたまコンビニの横を通過しようとするタイミングだったので、そのままハンドルを切って駐車場に入り、旦那は慌てて電話に出ました。
 こういう咄嗟の慌てた動きこそ、事故を誘発するのかもしれません。たまたま歩行者がいなかっただけで、危険極まりない動きです。この件は、また改めて、じっくりと説教しないといけないでしょう。

 話が逸れましたが、電話の要件は全然急ぎでも重要でもなかったようですが、「折角コンビニに停めたからコーヒーでも買ってくるけど、お前もいるか?」と言われ、「お願い、ブラックで」と答え、束の間、私一人で車内で待機することになりました。
 さて、羽を確認する絶好のチャンス到来です。私はグローブボックスを開け、羽を手に取りました。すると、どう見てもそれは猛禽類と思しき綺麗な羽で、トンビかミサゴ、いや、もしかしたら私の大好きなチョウゲンボウの可能性も? と喜んだものの、雉の可能性にも思い当たってしまい、それなら別にいらないなぁ、と思いました。
 いや、そんなことはどうでもいいのです。少なくとも、雀やメジロ、ハチドリなんかのしょぼい鳥ではなく、この羽は立派な体躯を誇る鳥に違いありません。雉だとしても。
 いや、そんなこともどうでもいいのです。問題は、何故こんな所に羽を仕舞い込んでいるの? ということです。どうしても訝しく思ってしまいました。私へのプレゼントのつもりだとしても、わざわざ購入するような物でもないし、裸で無造作に置いてあるのも不自然です。なので、拾ったと考えるのが一番理に適うでしょう。

 しかし、旦那は、私からの誘いで一緒に山に行くことは年に数回ありますが、基本的に山歩きはさほど好きな方ではありません。カブトムシやクワガタを獲りに行くことはあっても、基本的にそれは夜ですし、一人でトレッキングなんて考えられないのです。これは、何か裏がある……もしや、浮気か?
 いやいや、あの旦那に限ってそれはないでしょう。金も魅力もないですし、口下手で金もないし、一緒にいてもつまらない金もない男です。こんな男と結婚する馬鹿女がいたら、顔を見てみたいぐらいです。その時、何故か突然、私は無性に鏡を見たくなりました。
 どちらにしても、羽の謎は問い詰めないと気になって仕方ありません。でも、どうやって切り出せばいいのでしょうか?
 慎重に熟考を重ねる間もなく、両手にコーヒーカップを持った旦那が、謎に嬉しそうにコンビニから出てきました。そのまま車に乗り込み、ちょっと休んでから出発しよっか、なんて言い出しました。
 どうやら、機嫌は良さそうです。
 今か? 今聞いてみるか? 
 家に帰ると今日は息子がいますし、モヤモヤしたまま時間をやり過ごすのも嫌です。やはり、今がチャンス……私は、思い切って問い掛けてみることにしました。

「ねぇ、さっきの急ハンドル、あれ、マジでやめて!」
「しゃあないやん、大事な電話やと思ったし、ギリ間に合うタイミングやったし、一応、アレでも確認はしてるんやで」

 違う! 聞きたいことはそれやない!
「まぁ、事故らんかったから良かったけど、急ハンドル、急ブレーキ、急加速はホント気を付けてね」
「ごめんごめん、気を付けるわ」
「でな、なんか、ここに綺麗な鳥の羽があんねんけど……これ、どうしたん?」
 どさくさに紛れてズバッと本題を切り出すと、旦那は明らかに少しムッとした表情になりました。やはり、何か後めたい事情があるのでしょうか?
「はぁ? どうしたって、何言うてんねん、それ、お前が拾って持って帰るって言うてたやつやん?」
「え?」
「え? やないねん。茶臼山に鹿の角探しに行ったやん? 去年の春やっけ? あの時に、コレ猛禽の羽やと思う! ってアホみたいにはしゃいでたやん。チョウゲンボウかも! とか言うて持って帰るって言い張って。そのままそこに入れて忘れてたんやろ?」
「あっ、あぁっっ! そんなことあったかも……」
「で、その羽どうすんねん?」
「お家に持って帰る……」

 何とも情けない話です。スッカリ忘れていたのですが、羽をそこにしまったのは私だったのです。実物を見ても思い出せないぐらい、完全に忘れていました。
 でもまぁ、私の記憶力なんてハムスター並みですから、そんなものなのです。なので、その奥に一つ、松ぼっくりがあったのですが……聞かないことにしました。きっと犯人は私なんでしょう。
 で、そのまま帰宅したのですが……羽も松ぼっくりも車の中に忘れてきました。

ミステリアスな羽

ミステリアスな羽

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-01-10

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