ファンベース

 実は、数ヶ月前に佐藤尚之氏のYouTubeの限定公開による講演を視聴する機会があり、『ファンベース』という考え方を知りました。
 その後、氏の同タイトルの著作を購入しました。残念ながら、本の内容は講演でほぼ全て語り尽くされていたものをより詳しく突き詰めたもの(逆に言えば、それだけ素晴らしくまとまった講演だった)で、目新しいものはなかったのですが、手元に残す講演資料として有効な本だと受け止めています。

 さて、『ファンベース』とは何か? という話から始めます。これは、かなり乱暴にまとめてしまいますと、「広告には期待するほどの効果はない。それよりもコアなファンを大切にしろ」というビジネスの一つのコンセプトのことと言えるでしょう。かなり乱暴ですけど。
 例えば、ある企業が新商品を開発し、販売したとします。その為に、沢山の広告料を費やし、CMや紙面、ネット、アナログの看板など、沢山の宣伝を行うとします。その結果、例えば(分かりやすく)一億円の売上げが出たとします。
 しかし、ざっくり言ってしまうと、宣伝効果による売り上げは、その中の二千万円程度で、残りの八千万円は広告に関係なく、元々そのメーカーの商品が好きな人、そのメーカーの新商品なら試したいと常に思っている購買層なのです。
 しかも、売上げベースでなく、購買者数でデータを見直すと、前者は八割、後者は二割と逆転するのです。

 分かりますでしょうか?

 パレートの法則なんて言葉もありますが、商品の売上げにもこれが当てはまり、要するに、商品の売上の八割ぐらいは、約20%ぐらいのコアな「ファン」によるものなのです。
 もっと分かりやすく説明しますと、どんな商品の販売においても、お客様の20%ぐらいは、広告なんて関係なく元からそのメーカーや商品のファンであり、そんな彼等による売上げが全体の80%を占めている、ということです。
 この「ファン」層を大切にした戦略のことを『ファンベース』と呼ぶのです。

 つまり、広告や宣伝により、不特定多数の新規ユーザーを獲得しても、その層による売上げは二割程度しか見込めないのです。興味本位で手に取ることはあっても、一回切りだったりでリピーターにはなりにくいのです。
 しかし、残りの八割の売上げは、広告とは関係なく購入してくれる人たちによるものです。つまり、彼らはリピーターでもあります。なので、打率の低い広告を打つよりも、人数は少ないながらも今いる『ファン』を大切にし、『ファン』を増やす戦略の方が有効という考え方です。
 ちなみに、私自身を例に挙げますと、実は私はポテチが大好きなのですが、買うのは「K屋」と決めています。「湖◯屋」の新商品のポテチを見つければ、試しに買ってしまいます。それが好みと合わなくても、「湖池Y」への信頼は変わらず、いつも買っている定番の味に戻るだけです。
 一方で、「Cビー」のポテチはあまり好きじゃなく、たまに広告に誘われて購入しても、その時だけの一過性の浮気です。それ以外のメーカーだと、余程のことがないと見向きもしません。
 これを、単なる嗜好の問題でしょ? と言われればそれまでですけど、どっちにしても、私はポテチに関しては「K屋」のファンであることには違いありません。広告や宣伝に影響されて他メーカーのポテチを買うことがあるとしても、リピーターになる可能性は低いでしょう。
 それだけ、「ファン」の獲得は難しいのでしょうけど、「ファン」は一見客の何倍も売上げに貢献するのです。

 また、別の切り口からも『ファンベース』の大切さが分かります。
 例えば、欲しい物があるとして、でも何を買えばいいのか分からない時、消費者が一番参考にするのは広告ではなく、「身近な人物によるオススメ」だというデータがあるのです。しかも、圧倒的な数値です。
 具体的な数値を上げますと、2022年に実施された「推奨行動に関する調査」で、「あなたが『もっともおすすめを信頼できる』と思えるのは誰からの情報ですか(複数回答あり)」と聞いたところ、最も多かったのは「友人や親しい人」という回答で、何と65.4%、三人に二人という高い数値になりました。
 次いで多かったのが「家族」で、60.7%。数値は伏せますが、広告やネットの口コミはあまり信頼されていないのが実情です。ちなみに、近年影響力を増していると思われがちな「インフルエンサー」と回答した人は、わずか7.9%にとどまっています。

 これも、「ファンベース」の大切さの裏付けになり得るでしょう。どれだけの広告費を使っても、広告は既に日常の中に溢れ過ぎており、ほとんどは通過するだけなのです。要するに、一昔前ほど、広告には効果がないのです。

 そんな講演を視聴して、私自身、事業の考え方も改めないと、と考えるようになりました。
 もっとも、私なんて細々とした底辺フリーランスですけど、それでもネットや紙媒体による広告は多少は利用しております。しかし、実際にホームページやチラシなどの「広告」を経由した新規依頼なんて、年に数件あるかないか、といった感じです。
 一方で、お客様からの紹介は、ありがたいことにコンスタントにいただいております。そう、改めるも何も、無意識のうちに「ファンベース」の考え通りになっていたのです。だからこそ、広告よりも、今いる顧客を大切にする戦略に注力していくべきなのでしょうね。

 最近公開されたジブリの新作映画も、一切宣伝をしなかったことで話題になりましたね。これも、『ファンベース』そのものだと思います。
 それでも、ジブリが好きな人は観に行くだろうし、宮崎監督作品が好きな人も観るでしょう。そして、観て良かったと思った人は、家族や友達にお勧めするでしょうし、(その人が)良いと言うなら観てみよう、と考える人もいるでしょう。
 逆に言えば、ジブリは兼ねてからのファンを裏切らない、若しくは期待に応える作品を作りさえすれば、広告は必要ないのかもしれません。
 結果、売上げがどうなるのかは分かりませんが、少なくとも、従来なら数億円掛けていた広告費は掛からないのです。これ、もし上手くいくと、エンタメ界の広告産業は困ったことになりますね。

 また、先日開催した『54字の宴』というイベントからも、その傾向が窺われます。
 私のフォロワー数なんてたかがしれておりますが、それでも告知の投稿には沢山のアクセスがありました。いや、沢山どころか、私が過去にアップした記事の中では、一日のアクセス数はおそらく過去最高でした。
 しかし、実際にご参加くださった皆様は、元からのフォロワー様、若しくは、同じく告知にご協力くださったハミングバードさんやikueさんのフォロワー様ですから、告知そのものには「勧誘」や「営業」としての大きな効果はなく、「業務連絡」としての役割にしかなっていないのです。
 つまり、『ファンベース』の考えに近く、最初からフォロワーさんに直接お声掛けした方が効果的だったのかな? と思っています。
(でも、諸事情により、次回も同じような告知になると思います)
 もっと言えば、ご参加者をイベントの「ファン」と看做させていただきますと、今後は新規参加者の獲得の為の広告より、現在の「ファン」を大切にする運営の方が理に適うということです。
 ファンに満足していただくことが、結果的に次のファンを生み、イベントの発展に繋がるのかもしれません。

 勘違いしてはいけないことは、宣伝や広告なんて不要だ、という話ではないのです。あくまでも、マーケティングのターゲットを、コアなファンに向けるべき、という話です。
 繰り返しますが、不特定多数に向けた宣伝より、ファンに向けた方が効果的ではないか? という考え方を前提に、ファンを大切にし、ファンを増やす戦略が重要になってくる、という話なのです。

ファンベース

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  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-01-09

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