還暦夫婦のバイクライフ 26

ジニー昔工事中だった酷道439が気になる

 ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を迎えた夫婦である。
 暦は11月になったのに、温かい日が続く。テレビでバイク動画を見ていたジニーが、ふと思い出したようにリンに言った。
「そういえばリンさん。R439で一番の酷道部の、四万十市から大正町の区間って、いつ走ったっけ?」
「え~?あの時は私が免許取ったばっかりだったから・・・・10年前だね」
「10年前か。確か道広げる工事してたな。トンネル掘ってたし。もうできたかな」
「出来てるんじゃない?」
「出来てるよなあー。う~ん、あの区間好きじゃないんだけど、気になるから行ってみるか」
「行くの?じゃあ次いでにビオスおおがたでカツオ食べたいな」
「いいねそれ。じゃあ早速明日行こう」
ということで、11月最初の休日に四万十方面に行くことになった。
 11月3日、四万十に行くにしては随分のんびりとジニーが目を覚ました。どうやら二度寝したらしい。時計を見たジニーが動き始める。台所に行ってコーヒーメーカーをセットして、冷蔵庫から昨夜のおかずの残りを出す。ご飯をお茶碗によそって、お茶漬けの元をふりかけ、冷たいお茶をざぶざぶと注ぐ。おかずをつまみながらざざっとご飯を流し込む。食べ終わる頃に、コーヒが出来上がった。カップに注いで一口飲む。
「ふ~、寝すぎた」
そこへリンが台所に現れる。
「お早う。少し遅くなったね。何食べた?」
「お早うリンさん。お茶漬けと昨日の残り食べた。コーヒー入ってるよ」
リンはカップを取って、コーヒーを注ぐ。それをふうっと冷ましながら飲む。
「何着てこっかなー」
ジニーは春秋用ジャケットを取り出す。
「これにインナーつけるか。今日は寒くないけど、帰りは日が暮れるよなあ」
「ジニーそれにするん?ズボンは?」
「防風ジーンズ」
「私は皮ジャンにしよっと。今シーズン最後だ」
二人はあわただしく準備を済ませ、外に出る。ジニーがバイクを車庫から引っ張り出し、リンがバイクのセットをする。それからインカムをつないで、通話チェックする。
「ジニー出れるよ」
「了解。スタンド寄ってくよ」
9時に自宅を出発した2台のバイクは、いつものスタンドで給油して、R33へ向かう。
「ジニーどっち行く?天山?はなみずき?」
「うーん。天山行ってみるか」
ジニーとリンは南環状線から天山交差点に向かい、右折してR33に乗る。
「ジニー、これはしくじったね」
「うん。えらい混んでる。やっぱりこの時間こちらはだめだな」
「前もそんな事言ってたよね」
「・・・そうでした」
ジニーは指摘されてしょぼくれる。
 混雑したR33を何とか抜けて、砥部から三坂峠に上がってゆく。天気がいいので旧道を走る。前走車もなく、気持ちよく走ってゆく。
「ジニーどこまで走る?」
「草餅屋さんで休憩しよう」
「わかった」
三坂峠を越えて少し下り、バイパスと合流してR33を南下してゆく。普段より多めの車が列をなしている。その車列の一部となり、久万高原の街並みを通り抜け、美川の道の駅を横目で見ながら通過する。しばらく走ると、R440のループ橋が見えてくる。T字の交差点を左折してループ橋を駆け上がる。超軟水で有名な福地蔵の湧水を右に、八釜の甌穴入り口を左に見て走ってゆくと、、草餅屋さんが見えてくる。そこの駐車場にバイクを止め、休憩する。
「ジニー草餅やさん、閉まってるね」
「今年の営業は終了だと思う。来年の3月くらいに開くんじゃない?」
「ふーん」
ベンチに座って休憩している間に、バイクや車が通り過ぎてゆく。それを眺めながら足腰を伸ばす。
「リンさんそろそろ行こう。10時50分になった」
「オッケー、次はどこで止まる?」
「そうだなあ・・・道の駅あぐり窪川に止まろう。R197から県道19号経由でR56に出るルートで」
「この前走った道やね。わかった」
「この前みたいに間違えて高速乗らんようにせんとな」
「ジニー、そっくりお返ししますよ」
二人はバイクに戻ってヘルメットを被る。草餅やさんを後にして、R440を梼原町目指して南下する。
「リンさん、地芳トンネル寒いかな?」
「少なくとも暖かくはないと思うよ」
「寒いのは嫌だなあ」
ジニーが身震いする。やがて地芳トンネルが見えてきた。中に入ると、思ったほど寒くない。
「ジニー寒くない」
「よかったね~」
2台のバイクは、長いトンネルを走り抜ける。梼原町までの長い下りを快適に走り、街並みを通過する。町はずれのR197との交差点を左折して、建て替え中の道の駅ゆすはらを右に見ながら走り、新しく開通した新野越トンネルを抜ける。
「リンさん、このトンネルで少し早くなったね」
「私は旧道の峠道は嫌いじゃなかったよ」
「そうなん?まあ、走って楽しい道だけどね」
ジニーが以外そうに返事した。
 しばらくR197を走ると、右手に県道19号の入り口が見えてくる。その交差点を右折して、19号に乗り換える。途中狭い所はあるが、おおむね2車線で走りやすい。やがて県道41号にT字に合流する。そこを左折して、41号に乗る。峠を越えて、しばらく下ってゆくとR56に当たる。七子峠の南側だ。そこを右折してR56に乗り換え10分ほど走ると、右手に道の駅あぐり窪川が見えてくる。二人は駐車場にバイクを止めた。
「やーおなかすいた」
「ここは豚まんが売りだったな」
「それ行こう」
リンが売店へ向かう。ジニーも後から追いかける。二人で店内をうろついたが、豚まんが見つからない。
「おかしいなあ。あると思ったけどなあ」
ジニーが首をかしげる。
「もう少し探そう」
二人は道の駅を隅々まで探すが見つからない。仕方ない諦めるかと再び売店に戻ってお土産を物色していたら、レジの横に豚まん蒸し器が置いてあった。
「リンさんあったよ。これだ」
「名物だから、もっと大々的に置いてあると思った。コンビニと一緒だ」
リンは早速豚まんを二個購入する。外に出て、座る所を探す。
「ジニーあのせせりも一つ買って」
リンは焼き鳥の屋台にせせりがあるのを見つけていたらしい。ジニーは屋台に行って、せせりを一本買ってきた。ついでにお茶も買って、空いているベンチに座る。
「いただきます」
二人は豚まんに喰いつく。
「うまいなこれ」
「うん」
豚まんは、あっという間に二人の胃に収まった。リンはせせりの串を手に取る。
「ジニーいる?」
「僕はいい。全部どうぞ」
「おいしいよ~」
リンは遠慮なく一本平らげた。
 お茶を飲んで、一休みする。
「ジニーここからどれくらいかかるん?」
「う~ん、1時間以内かな」
「今何時?・・12時30分か。食堂閉まったら嫌だから、もう出よう」
「そうやね」
二人はバイクに戻り、ヘルメットを被る。
「リンさん、行きますよ」
「どうぞ~」
道の駅あぐり窪川を出発して、R56を南に走る。ひたすら単調な道を、車列の一部となってのんびりと行く。
「ふあ~あっ」
リンが大あくびした。
「眠い?」
「うん。単調過ぎて眠い」
「あと20分くらいだと思う」
「うん」
そう言いながら、ジニーも大あくびする。
「もう少しペース上がってほしいなあ」
スピードメーターが、制限速度の下をうろうろしている。随分な呑気さんが、前方にいるようだ。ひたすら我慢すること30分。やっと道の駅ビオスおおがたに到着した。駐輪場にバイクを止め、エンジンを切る。それからヘルメットを脱いだ。
「あ~眠かった。何の修行ってぐらい大変だった」
「眠かったなあ。遅いんだもん。せめて制限速度では走ってほしいなあ。呑気すぎるだろう」
ジニーが疲れた顔でぼやく。
「さ、早くご飯行こう。カツオだ~」
リンはさっさと施設に歩いて行った。ジニーがバックから出した帽子を、リンの頭に載せる。
「あ、ありがとう」
二人は食堂入り口で、しばらくメニューを見る。
「ジニー何にする?」
「僕は塩たたき定食」
「じゃあ私は、たたき定食にしよう」
食券を購入して、席に着く。店内は昼過ぎのためか、混んでいなかった。しばらく待って、定食が出てきた。
「うまそう」
リンが手を合わせてから箸を取り、早速食べ始める。
「うん、おいしい。塩たたきどう?」
「一つ上げるよ」
ジニーはリンの皿に、塩たたきを一切れ載せた。ジニーは自分のたたきを一つ、ジニーの皿に載せる。二人は食べ比べる。
「塩たたきもいけるね」
「普通のたたきも良いよ」
そう言いながらどんどん食べる。完食したころには、おなかがパンパンになっていた。
「ん~苦しい。そういえば豚まん食べてた」
リンがおなかをさする。
「おいしかったな」
「うん。ここのカツオは、案外おいしいんよね。なぶらも良いけど、私はここのが好きかな」
「ふ~ん。僕はなぶらも好きだよ」
満腹になった二人は、しばらく休憩してから食堂を出た。
「リンさん、R439だけど、四万十市の起点からじゃなくて、ショートカットして県道337号から入るよ」
「わかった。その前に、お土産買って帰ろう」
二人は売店をうろつく。
「あ、見つけた」
「何?」
「ほらリンさん、塩ポン酢。9月に中土佐道の駅で買えなかったやつ」
ジニーは好きなおもちゃを見つけた子供のように目を輝かせる。
「買って帰ろう」
ジニーは塩ポン酢を握ってレジに向かった。
 結局塩ポン酢だけを買って、二人は道の駅を出発した。R56を四万十市向かって走る。
「ジニー今何時?」
「えーと、14時35分」
「帰りが遅くなりそうね」
「そうだなあ。どのルートで行くか。R439抜けてから考えよう」
やがて県道337号の入り口が見えてきた。
「リンさん、あそこ右折しますよ」
「了解」
2台のバイクはR56から県道337号に乗り換える。二車線の快走路をしばらく走ると、道が細くなり、一車線のよくある山道になるが、路面はきれいで問題なく走れる。適度なワインディングを楽しく走り、R439に合流した。二車線の快走路を大正町方面に北上する。
「リンさん、これ、10年前より道が良くなってる」
「工事してたからねー。案外全線酷道じゃなくなってるんじゃないの?」
「いや、そんなことはないと思う」
ジニーが言った通り、しばらく走ると快走路は終わり、以前の酷道が現れた。
「きたよーリンさん」
「わあ、相変わらずなかなかな道だ」
ガードレールの無い路面の荒れた道を、少しスピードを落として走る。道はどんどん標高を上げてゆく。
「あ!ジニーここ見覚えがある。左側崖なのに、ガードレールも何もない所だ」
「リンさん大丈夫。前の時より木が大きくなってる。落ちても木に引っかかるよ」
「でも落っこちたら、自力では上がれんよ」
「うん。レッカー呼ぶしかないよね」
「電波来てる?」
「さあ?」
酷道はさらに登ってゆき、やがて杓子峠にたどりついた。
「ジニー止まって」
「ん?」
ジニーは道の端にバイクを止める。リンはバイクを降りて、周囲の写真を撮り始めた。ジニーもバイクを降りて、景色を眺める。
「リンさん、大正まであと9Kmだって」
「9Kmか。まあまあだね」
写真を撮り終えた二人は、再びバイクを走らせる。峠を越えてからはずっと下ってゆく。途中何台かの車とバイクにすれ違いながら、R439はR381と合流した。
「リンさん、すぐ右が道の駅四万十大正だけど、寄ってく?」
「いや、まだ大丈夫。次の道の駅まで行こう」
「時間も遅くなりそうだし、三間から高速乗って帰るか。ということは、次は四万十とおわで休憩だね」
「それでいいよ」
R381に乗った二人は、西に向かって走る。太陽は山の陰に隠れて、薄暗い。しばらく走ってゆくと、左に道の駅四万十とおわが見えてきた。駐車場に乗り入れて、片隅にバイクを止める。ヘルメットを脱ぎ、ホルダに固定する。16時を回っているせいか、人もまばらにしかいない。売店はまだ開いているので、のぞきに行く。
「ジニーおなかすいた。何かないかな」
リンは店内を歩き回って、わらび餅を手に取った。ジニーはカリーパンを3個買う。
「リンさんカリーパン食べる?」
「今はいらない、わらび餅でいいや」
「じゃあ、カリーパンはお土産にしよう」
二人は外のテーブル席に座って、わらび餅を食べた。自販機で暖かいほうじ茶を買って、二人でシェアする。
「ふう~一息ついたね。ジニー何時?」
「16時20分」
「何とか暗くなる前に、高速乗りたいねえ」
「どこかで給油しないと。松野町で給油するか」
「あ~じゃあ、すぐ出発した方が良いんじゃない?」
「何で?」
「閉店ガラガラになるよ」
「本当だ。それはまずいな」
飲みかけのお茶を飲み切って、二人は席を立つ。バイクまで戻り、お土産をバッグに仕舞う。時間は16時40分になっていた。
「リンさん、出るよ」
「どうぞー」
ジニーは出発し、リンが後に続く。R381を少し急ぎ目に走り、松野町の旧道に入る。
「このあたりにスタンドが・・・あった、けど閉まってる」
「あら~」
「次行こう。鬼北町の旧道にスタンドあるから。休日もやってるはず」
二人は松野町を抜け、R381を鬼北町へと向かう。途中でR441に乗り換え、町内に向かった。一件目は閉まっていたが、二件目のスタンドが営業していた。すぐに立ち寄り、2台とも給油する。2台合計20.6L入った。
「えーと、私のが10L入ったから、燃費は・・約24Km/Lか」
「いつも思うけど、なんでR750よりS750の方が燃料喰うんだ?」
「体重の差じゃあないですかあ?」
「だよなあ。それしかないなあ」
ジニーは自分の出っ張った腹を見る。
 17時15分、スタンドを出発して県道57号に乗り換える。そのまま三間町まで走り、三間I.Cから高速に乗った。日が暮れてだんだん暗くなる高速を走り、宇和町、大洲市を通過する。
「リンさん、内子P.Aで止まるよ」
「そうして。眠い」
すっかり暗くなった内子P.Aに、二台のバイクは進入する。駐輪場にバイクを止め、ヘルメットを脱いだ。
「うえ~眠かった」
リンがベンチにひっくり返る。ジニーが時計を見ると、18時丁度だった。
「すっかり暗くなったな。リンさんシールド見える?」
「何とか見えるよ」
「冬は日が短いから、シールド透明に変えとかんといかんなあ」
「そうだね~」
そんな話をしながら、リンは眠ってしまった。ジニーは自販機でパワードリンクを買ってリンの目覚めを待つ。20分ほどしてリンが目を覚ます。ジニーがドリンクを渡した。
「ありがと」
リンは半分飲んで、ジニーに渡した。ジニーは残りを飲み干す。
「さて、帰りますか」
「暗くなるまで走るの、久しぶりだね」
「そうだなあ。前ごろは夜まで走ってたけどね」
「年取ってから目が薄くて、暗くなるとよく見えんのよね」
「だよなあ」
二人はヘルメットを被り、バイクを始動する。内子P.Aを出発して車列の一部となる。松山I.Cで降りて市内を抜け、家に帰着したのは19時だった。
「お疲れさん」
「お疲れ」
バイクを車庫にかたずけて、家に入る。ジャケットを脱いで身軽になり、椅子に座る。
「結局、R439はどこまで整備されたんだ?」
ジニーは地図アプリを呼び出し、確認する。
「10年前は、川の向こうでトンネル工事やってたから・・・ここか。ん~リンさんこれ見て」
「何?」
「ほら、前はここから酷道だったんだけど、今はここまで快走路になってる。ひどいのは全体の1/3くらいだ。まだ伸びるかな?」
「あ~無理じゃない?ほら、一番奥の集落まで道が整備されている。この先は整備する意味がないよ」
「そうかー」
ジニーは納得したのか、地図アプリを閉じた。

還暦夫婦のバイクライフ 26

還暦夫婦のバイクライフ 26

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-01-04

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