夢見の端。

妄想。


視界に切り取られた、静かな水面に言葉が浮かぶ。
水は見飽きた青空より深く黒々と満ちた色をしている。
線の重ならない間隔で無数に言葉が連なっていて、
それが私を安らかな、軽やかな気持ちにさせていた。
盛衰も揺蕩も明滅もない言葉に、私は視界を動かした。
顔を上げることはなく、確かめたわけではないけれど、
源のない浅い光がここにもあったのだろう。
影も落ちないけれど目は見えた。

細心へ絶望を向け、知らない、見得ない、夢中のような心象を(にせ)る、
音のない理想的な安寧。

___、

押し込んだ体を更に押し込むように、
意識を持って息を吸い、
意思を持って息を吐いた。
それは、目標に対する行動として不適切だった。

転寝をしていた。

思い出した時、それらはあまりにも明々と見境のない色彩をしていて、
私は一言の侮辱の言葉でこの夢を吐き捨て終えた。
鮮やかな光の残像は、目を瞑れば浮かぶ黒い背景に、不快な強い色を残す。
瞳が、頭が、爪先が、咽頭が、肉体が、精神が、
膿んでいる。膿んでいる。
その悪臭で排他された。
"淡々と、いけるところまで。"
そう書かれた旗は、悪臭を放つ自らの体液で汚れている。
傷痕の上に作られた前提には予め歪んだ意図が乗っているように、
夢中のお前は、私という生害に、犯されて、犯されて、犯されている。


――――――


現実。


表皮の下、薄皮一枚を残した私の中身、私の肉が、波打つ感覚。
ひらめき、うねる。
うねっている、波打っている、その(さま)が、見える。


目を覚ました時、そこは現実ではなかった。
私は空を飛び、宇宙を翔ける列車と並走していた。

着いた家の中には、私に操られている人達で賑わっていた。
「今すぐに殺したい」と、知り合いの幼少期の姿をしたお前に言われた。
私は彼女の手を握り「本当にそう思うの?」と問い返した。
どうせ、自尊心ありきの嘘偽りしか言えない、言わせられていないだろうと思ったから。
案の定、彼女はそれっきり黙り込んだ。
他の声々も、全ては私に言わされていた。
すると、彼等彼女等は突然に歌い出した。
その歌詞は酷く私らしいなと思った。
きっと、私の為に私が歌わせているに違いなかった。
そう思ったこと憶えているのだけれど、肝心の歌詞はもう忘れてしまっている。
私はその歌が嫌になったのか、怖くなったのか、この家から出ようとした。
そして、裏口があるリビングにて、

"人間さん"と出会った。

"人間さん"は、黒人男性の姿をしていた。
正確には、出会ったその男性のことを"人間さん"だと思った、だろうか。
私は初対面のその人のことを、"人間さん"だと知っていたかのように、直感でそう呼んでいたのだ。
私は彼に「この歌を現実に持ち帰って歌ってもいいだろうか」と訊いた。
彼からは、「いいんじゃない?」と返ってきた。
そこから先は、もう景色は見えず、言葉と意味しか知覚出来ない状態になった。
そろそろ夢から引き剥がされるのだとわかった。
意識が途切れる直前、「歌入れしてみてよ」という声が聞こえた。
頷き返す首も、感謝の言葉を伝える喉も、もう残ってはいなかった。
私は、"人間さん"を、夢の主だと思っていた。


現実に目を覚ました。
きっとこれが最後だろう明晰夢を噛み締める。
快適な姿勢で寝直そうと身動ぎをした、その瞬間。

「あなたが」

そう、聞こえた。
どこからか、誰かの意思が、私に声を聞かせた。
息が掛かった女性の声だった。
私が遣う漢字ではなく、平仮名だと明確にわかった。
付けていないイヤホンから聞こえたのだと、何故かそう、明確にわかっていた。


全てを噛み締め、続きを見るべく、私は目を閉じて眠った。


神秘を見た。
水のない深海の奥、魚も海藻も掃け、露出した岩肌に犇めく"瞳"の群。
楕円の線が重なって、それは"瞳"に見える。
人外の意思が、そこには間違いなく宿っていた。
あまりにも巨大で、美しい。
まさに神秘を見ているようで、
私は咄嗟に掴まった岩から落ちないように体を抑えながら、
ここに来てはならなかったのだ、と、
この空間そのものに、抱えきれない畏怖、恐怖を感じた。
ここから離れるべきだ、いいや逃げるべきだ、一刻も早く!
それなのに体は動かず、震え、立ち、ただ見て、感じていた。
鮮やかなその彩色は、神が施したのではないかと思うほど見事だった。
"瞳"たちは、線を重ねるように、線を交わすように蠢く。
何かを見ているのか、そういう動きだけを許されているのか。
ゆらゆらと、ギョロギョロと、優雅に恐ろしく、蠢いていた。
見てはならないものが、知ってはならないものが、眼前にある。
そう、確かにわかった。
下を覗くことはしなかったけれど、底ない黒が見えるだろうとわかっていた。
掴まっている岩、"瞳"がいる周りの岩以外の場所は何もない暗闇だった。
影も落ちないけれど目は見えた。
見える範囲だけに景色が在った。
以上でも以下でもなく、在るそれだけが全てなのだと、現実への感想のような思いを抱いた。
畏れている内に、景色は過ぎ去った。



現実に目を覚ました。
全ては夢であり、幻感覚であり、幻聴であるとわかっていた。
それにしても、あれほど奇怪な感覚が、あれほど壮大で美しいものが、本当に私の夢だったのか。全く不可思議だ。
私は現実じゃない場所が大好きだ。強制的で安全な夢という刺激が、夢が齎してくれる、理由を述べなくて良い逃避が、大好きだ。
だから、遠足気分でもう一度行きたかった。
次は忘れずに感謝を伝えたい。

夢見の端。

夢見の端。

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-12-25

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