7 - 2 - 残りもの、全て。

害意をロンダリングして捨ててしまう。
―――それが作文だろ。
かつての手段を手放せないままでいるのだ。
だから、これが、ここが、血を流せない自己愛に満ちた私が行う、
精一杯の、殺意の表明。
―――向けられた殺意を、感じられていない。
―――私が送った殺意を。
殺意の表明。そんなことは出来ない。
自らの範囲内に痛みを持たないお前へ、
否定から嘲笑へやり方を変え、小賢しく続けるお前へ、
それは間違っている、と言うその言葉は、どの立場から出す言葉だろう。
都合の悪いことを考えることは億劫で、選ぶことを避け続けた。
惰性で続けてきた。
半端者が変換した言葉で、真似事を、終わりまで。
或いは、狂えるまで。

笑うのか、泣くのか、どちらを支持されたって私は信じない。
確信の手綱は、過去だけが握っているのだから。


口の中の唾液の味と温度の差が気持ち悪かった。どうして息を吐いていたのかどうして泣いていたのかどうして笑いそうに息を噴き出していたのかどうして鼻水がぐちゃぶちゃに音を立てていたのか、全部わからなかった。もういない、もういない、もういない、もういないと頭のどこかが唱えていた。感情移入が、重ねてしまう祈りが、呪いが、重ねてしまう選択と、妄想が、反転するまでもなく、両側に、全面に付いて、上手く知覚し得ないくせに頭が笑うことを選んだらしかった。上手く知覚し得ないくせに頭が泣くことを選んだらしかった。焦燥もないのに、まるでそれを感じながら走っているかのように、音を立てて吐く息を抑えられなくて、笑っているのか判別の付かないような呻き声が、目一杯閉じた喉から漏れてしまって、笑っている顔で息が出来ないみたいに泣いて、思考も意味も笑っていた。もう、それ以外の感情はないようだった。なかった。
簡単な話で、息がしづらかったのは、下りてきた鼻水が塞いでいたから。それを吐き出すことを考えずに、息を止めようと泣いたから。息を吐くような笑い方しか出来なくなっていたから。
水を二口飲んで、少し何かが引いてしまって、欠伸をしたら、一気に多くが倦怠感に変わった。もう一度、今度は上半身の伸びを伴わせて欠伸をしたら、全てが倦怠感に変わってしまったように感じた。口も鼻も目も閉じられ、煩く喚いたことは嘘だったと言う。吸った息が浅いところでどこかに抜けてしまうような、息が奥まで入らない感覚と、気化した水分に取り残された不純物の跡だけが残った。机と、積んである漫画や本に寄り掛かっていたから、シフトキーと眼鏡に残った斑点が一番汚かった。凪いだ後の呼吸の快楽が今回はなかったことに安堵した。主張の強さは比べるまでもなかった。

そのままの足で金槌を買いに行った。頭と記憶を叩き割る為に求めた。力を込められるように、重たいものを選んだ。お前は力がないから、ぐらぐらさせて信頼なく握っている。無様で、解釈一致で、そのこと全部に期待を持つだろうなと、少し前の私に倣って期待を持っている風に装おうと思った。
背景写真を灰色に直して、カーソルもデフォルトに直した。データもソフトもアプリもプラグインも思い出もアカウントも、少しずつ消している。部屋にある捨てたい物々も見繕いつつある。出来心に揺れることがあったりと、初期化まではまだ道のりがあるけれど、きっと最後の詩まで辿り着くことなく終えられる。幸運だった。中途半端な幸運だった。生温い自傷だった。その程度の痛みだった。

今日も特別字が滑る。お前が書いた文章以外を読めないから、作文をすることにした。ひとり善がりが、自閉が、保身が、甘く囁くまでもなく自然になった。望んでいたかどうかはわからないけれど、少なくとも、その加速度は甘受されていた。


どこかにいる、違う物語の人たちを知って、見て、
全面に、全ての位置に、自己移入を、してしまって、
向ける感情がわからなくなり、混乱に陥る。
私にはかなわないなと思う。
本当に、かなわない。
悔やむのか恥じるのか厭きるのか喜ぶのか悲しむのか嫉むのか恐れるのか諦めるのか願うのか、わかっていないまま、
残った感情全てが向かうような錯覚を覚える。
痞えた思考を模すように息が出来なくなる。
泣き出したまま笑ってる。
私はもう、君を、こんなにも薄めてしまったのに。
もういないのだ。
もう、いないのだ。
嗚呼、本当に、かなわない。
模した黒い服で受け止める。
受け止めようと、受け止めようとする。
私には力がない。
向かおう、掴み取ろうとする意志の力もない。
何も出来ない。
出来たって、過去に手は届かない。
泥濘に溜まっていく私。
ひとりきり、粘度が上がっていく。
確信が必要ないのは終わったことだけ。
君だってそうなのに、無理やり読み解く私がドブの色をしているから。
―――解釈の外し方を教えてくれ。
もういない。
君に手が届く場所に、私は、もういない。
孤独感を演じ続けたけれど、
だって、ひとりではないことを想定することは余りにも難しかった。
君以外の誰かを"君"と呼ぶなど、本当は、想定すら。
私は狂えなかった。
混ぜてしまった色の本当の姿を、もう一度見に行きたい。
縄を辿って。
君が、私のことを憶えている場所で、生きたい。
私は狂えなかった。
だから、最期まで、
ひとりであることを手放せないだろう。
私は狂えなかった。
私にはかなわない。
私には出来なかった。
死ぬ時もひとりだ。

7 - 2 - 残りもの、全て。

7 - 2 - 残りもの、全て。

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-12-24

Public Domain
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