近藤サヤカと井上マリカが治める学園生活。~反共産主義勢力との戦い~

とある女子生徒の日記

~過去作のURL~ https://slib.net/a/21882/ こちらを参照。
今作は https://slib.net/109567
「もしも、もしもの高野ミウのお話」作者「なおち」の続きです
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季節は3月。春になりました。私は昨年11月のロシア革命記念日(生徒会総選挙)
を無事に乗り切り、いよいよ2学年へと進級することができるのです。

私はまず自分の幸運に感謝したいと思います。
私がこの学園で初めて過ごす一年間で私が逮捕も粛正もされなかったということは、
生徒会の皆さんによって私が正しい生徒であると認められたようなものですから。

私は新生徒会長に就任した近藤サヤカさんのことを心から慕っております。
願わくば、私がここでの学園生活を無事に終えて卒業できることを。
そしてサヤカさんの次に就任する生徒会長もまた生徒を想う心優しき人物であることを。

私はこの日記を、誰のためでもなく自分自身の記憶をとどめておくために書き残しています。
共産主義の理想の達成のためにテロリズムと破壊と殺戮が横行する、
日本で最も危険な学園での生活を私は余儀なくされているからです。

私の書いている内容は、決して党の運営方針に反対しているわけでありません。
むしろその逆で、私の学び舎である学園は、生徒会の主導による厳正な統治が行われ、
資本主義者、帝国主義者、民族主義者を代表とする「反乱分子」をまず学生や教員から
排除することでこの学園のみならず国家を正しい方向へと導こうとしているのです。

私は改めてここに生徒会並びに党の運営方針に忠誠を誓いたいと思います。

マルクス・レーニン主義、万歳!!

万国の労働者よ、立ち上がれ!!
世界に巣を作る資本家の金の亡者どもを、打ちのめせ!!

私は毎日夜寝る前に1時間以上は経済学、社会主義、歴史に関する書物を読むことで
マルクス・レーニン主義的な教養を深めています。毎朝起きるたびに自分の思想が
より洗練され、卑劣なる資本主義者を打ち滅ぼすことにためらいがなくなるのを感じます。

……ところで、最近、学内で嫌なうわさが流れています。
というのも、近藤会長の時世はあまりにも波乱が少なくて逆に規律が乱れてきているのだと。
保安委委員部の在籍する外国人留学生たちが特にだらしがないと。

他にもあります。
中央委員部と昔から派閥的に敵対関係にあった広報諜報委員部との
関係がますます悪化してしまい、定例会議の時に両派閥の代表同士が
激論を戦わせ、時にはつかみ合いのけんかにまで発展するとか。

かつて大国として繁栄した国にこんな特徴があります。
強大な軍事力を持ち、外敵との戦争においてどこまでも強かったとしても、
いざ国の内部で分裂が始まると国家が衰退してやがては外敵に滅ぼされてしまう。

これはモンゴルの例です。フビライ亡き後に4人の息子が後継者をめぐって争いを続け、
それが原因となって大蒙古帝国は時間をかけて滅びてしまう。
人類史上最大の国土を誇った大国の滅亡の原因は政治だったのです。

同じことが、私たちのボリシェビキの先輩たちに起きなければいいのですが。

繰り返しますが、私の日記は決して偉大なるマルクス・レーニン主義を
否定しているわけではありません。私はこの日記を書いた後に、革命期に
レーニンが著した「なにをなすべきか?」を読んでから寝たいと思います。

マルクス・レーニン主義、万歳!!

万国の労働者よ、立ち上がれ!!
世界に巣を作る資本家の金の亡者どもを、打ちのめせ!!

会長と副会長の雑談

秋の生徒会選挙の後、晴れて会長に就任した近藤サヤカの時世は、当初の予想以上にうまくいった。
知的エリートである前に心優しい人格者である会長のことを多くの生徒が慕い、「サヤカさん」と呼ぶ。
普通、会長職に就く者は畏敬の念から「会長閣下」「閣下」と呼ばれるものだが、サヤカの場合は別だった。

サヤカは生徒会長に就任後、会長の権限で副会長に井上マリカを指名する。

これに一番驚いたのはマリカだった。
サヤカの所属する中央委員部から副会長を任命するのだと思っていたのに。
学内政治を行う上でも、将来的にもその方が中央にとっては都合がいいでのはないか。

マリカがそのことをサヤカに伝えると、

「マリカさん。私はね、諜報広報委員部や保安委員部との派閥争いなんて
 実はどうでもいいと思ってるの。それより大切なのは学内の治安を安定させることでしょ」

とサヤカは言った。サヤカは会長に就任してから髪型を変えた。
長い三つ編みにしていた髪をバッサリと切り、今は黒髪のショートカットになっている。

「本当は私よりマリカさんの方が会長にふさわしいんでしょうけどね」

「それは謙遜でしょ。現に選挙で選ばれたのはサヤカさん。あなたじゃない」

「私は公開討論会の時に無様にも頭痛で倒れてしまったから心優しい生徒たちに
 同情されただけだと思う。ぶっちゃけあの茶番がなかったらマリカさんに
 負けてたと思ってるわ」

「またその話を・・・・・・あなたって意外と自虐ネタが好きなのね。
 あなたがあの場で倒れたことは公式記録にも残ってないし、
 多くの生徒は、あの時は何もなかった。会長閣下は立派に最後まで
 ご自分の主張をしてくださったって言ってるのも知ってるんでしょ?」

「それでもね。私は決して自分が優秀だと思ってない。
 あの高野ミウにだって口で言い負かされてるんだから、本当に自分が
 この椅子に座っていいのかすらいいのかなって、毎日夜寝る前に思ってるの」

会長の執務室。対面式の高級ソファに腰掛けたサヤカとマリカが茶をすする。
濃いめの日本茶だ。サヤカはソビエト風の紅茶よりも和風な文化を好む日経ソビエト人だった。

「今日もひどい暴風ね」

と窓の外を眺めてマリカが言う。
小腹が空いたのでレーニンの顔の形が彫られたクッキーを張りながら。

「ええ。本当にひどい暴風ね。もう2月の末だけど外は真冬のように寒い。
 ここ最近の異常気象の影響で4月以降は猛烈に暑くなりそうで怖いわね」

「猛烈に熱いといえば、保安委員の人たちも・・・・・・ちょっとひどいみたいね」

井上マリカが色とりどりのクッキーが丁寧に並べられたお皿をサヤカに勧めるが、
今はダイエット中だからと手を横に振られる。サヤカは少し息を吐いてから続けた。

「彼らが支持していた高野さんが選挙で惨敗してから不満がたまりすぎて
 おかしくなってるんでしょ。今のところ反乱を起こしたわけで
 もないから取り締まりや捜査の対象にはなってないようだけど」

「来年度から何をしでかすか分からないわよ。4月から入ってくる新入生の
 留学生の多さに驚いたわ。1年生で50人以上もいるなんて最初は何の冗談かって思った」

「既存の学力的に未熟な留学生と違って、来年からは日本語や英語の読み書きが堪能な
 頭の良い子たちが入ってくるみたいなのが困るのよね。今から頭が痛くなる」

「あ、やっぱりサヤカ会長的にもその件はうれしくないんだ?」

「そりゃそうでしょ。特に英語が堪能なのは困るわ。
 私は暗記科目は得意なんだけど、外国語全般が苦手だもの。
 外国人の子たちに英語でこそこそ話されたら全然聞き取れないじゃない」

「サヤカさん、英語の平均点90点台だったはずじゃ」

「ペーパーテストはね。あれってただの暗記じゃない?
 あんなので高得点を取ったからって英語が話せたら苦労しないわ」

「そうなんだ。あなたのことだから英語だけじゃなくて
 フランス語が話せてもおかしくないと思ってた」

「ちょっとやめてよ。井上さんに比べたら私なんてぜんぜんよ。
 生徒たちからは慕われてるから秀才だってよく褒められるけどね、
 私はただ決められたことを決められたとおりにやるだけしか取り柄のない女よ。
 だから選挙戦の時も高野に馬鹿にされたのよね。
 くやしいけどその通りなので言い返せなかったな」

「ミウちゃんは人の弱点を突くのが上手いから」

「あの女、カリスマはあるわよね」

「それは私も認めてる。でもその頭を悪い方じゃなくて良い方に使ってほしい」

「ふふ。全くその通りね」

それから二人は午前中の時間を雑談に費やした。今日は特にやることもなく
平和な一日だった。前政権のアキラ時代だったら学内に潜伏する不穏分子の
取り締まりや実際に反乱を起こした生徒の鎮圧などで忙しかったが、
サヤカの時世では不思議なくらいに何も起きない。

執務室に備えられた緊急用の固定電話が鳴ることもなく、
扉の前で待機してる警備兵が慌てて何かを報告してくることもない。

お昼のチャイムが鳴る。

サヤカが卓上の小さなカレンダーを見てギョッとして言う。

「やばっ。今日は私の好きなパンがパン工房で売ってる日だった。
 早く行かないとなくなっちゃうわ」

「そう。なら早く行った方がいいわよ。私はいつも通り
 家で作ってるお弁当だからこの部屋で食べるけどね」

サヤカかは返事せずに駆けだしていた。

パン工房にて。川口ミキオ(高校1年)とサヤカ会長の会話

この学園には、パン工房がある。

栃木県内にある道の駅から出店してるパン屋さんだ。
栃木県内の農家で採れた小麦を使用している。
海外での勤務経験のあるパティシエが本格的に
調理したパンなので単価も高いが、ボリュームもすごい。

小食の女子なら、クロワッサンとサンドイッチを食べれるだけで十分にお腹いっぱいになる。
体系を気にする女子ならアンパン一つと栃木名産のレモン牛乳のパックを一つ買えば
もうそれで満足してしまうほどだ。

コロナやウクライナ戦争の影響によるインフレで多くの家計が苦しむ昨今においても
学生たちからパン工房の人気は絶えない。

サヤカが到着する頃には長蛇の列ができてしまい。仕方なくサヤカは
列の後ろの方に並んだ。彼女の執務室である生徒会長室はここから遠い。

A,B,Cの三つの校舎が並ぶ学園の中で、Aの校舎に一番近いところにパン工房がある。
生徒会長室は、校舎から見て離れの位置に建っており、
そこから歩くと工房まで7分くらいはかかってしまう。

「そこにいるのは・・・・・・サヤカ先輩じゃないっすか。
 来ると思ってましたよ。今週は先輩の好きな木曜のメロンパンの日っすからね」

「あら川口君じゃない。最近よく合うわね」

理系コースの1年6組において異端者とされる川口ミキオ。
彼は普段から普通の人と同じことをすることを嫌い、生徒会選挙中も各候補者に対して
生徒側の質問としてダメ出しをしたり、人に疑いの目を持ったりといつ粛清されても
おかしくない言動をしたために、諜報部から重要人物としてマークされていた。

だが彼は、サヤカが公開討論会の時にやった真摯な主張に胸を打たれ、多くの生徒と同じように
サヤカを慕い、気軽に「サヤカ先輩」と呼ぶ。本来の規則であれば、学校の最高権力者であり
ボリシェビキ勢力の頂点に位置する会長閣下を下の名前で呼ぶなど論外である。

前アキラ会長時代ならば即取り調べ(尋問と拷問)を受けてもおかしくないほどの
事案なのだが、サヤカは12月の末に開いた「立食パーティ」の際に、
参加してくれた多くの生徒にこう呼びかけた。

中央委員部では次々に法改正が行われていく予定で、まずボリシェビキと一般生徒の
間の優劣関係を少なくしていき、誰でも気軽に学内政治について語り合える場を作りたい。
その一環として、私自身すなわち近藤サヤカを神のように扱わなくていい。
名前も気軽に読んでくれて構わない。そんなつまらないことで取り締まりはしないと。

「し、しかし……近藤閣下がお優しい人なのはわかるけど……」
「あれだけの大物を気軽に下の名前で呼ぶなどできるわけない……」
「仮に近藤会長が許可してくれても諜報部の先輩たちがどう思われるのか分からないわ……」

そのパーティの中で、当時1年に過ぎない川口だけがこう言った。

「りょうかいっす。パイセン。今度からはサヤカさんって、気軽に呼ばせてもらいますね」

この発言に、周りの一般生徒が凍り付く。まさか本当に気軽に呼ぶ奴がいるとは。
ボリシェビキの先輩たちも唖然としていた。そこで笑い始めたのは
サヤカ会長の彼氏でありチャラ男で有名な山本モチオだった。

「がはははっ!! パイセン、だってよ~。なぁサヤカ~~、
 おまえ、下級生の男子にこんな呼び方されたの初めてじゃね~?」

「ええ。ええ!! うれしいわ。川口君がこんなにも親しげに私を呼んでくれるなんてね」

「あの、ついでに彼氏さんの山本委員のことも気軽に呼ばせてもらってもいいっすか?」とミキオ。

「おう、構わねえぜ、川口ミキオ君!! 何でも好きに呼んでくれよ」

「じゃあ、モッチー先輩ってことで」

「あはははっ、あんた、モッチー先輩って呼ばれてるわよっ!!」

「わはははっ!! 俺も結構後輩から慕われてるんだなぁ!!
 呼び方一つでこんなにも印象が変わるもんだなぁ!!」

その楽しげな様子を見て生徒たちの間で張り詰めた緊張が解かれていく。

嘘ではなく心からサヤカのことを慕っている女子生徒たちが勇気を出し、
「サヤカさん!!」「私たちもサヤカさんって呼びますね!!」と声を張り上げると、
サヤカは快諾し、ひとりひとりと握手をして名前を聞いて回った。

モチオに対しても特に男子生徒が気軽に接してくれるようになり、
彼のあだ名がモッチー先輩やチャラ男先輩とまで大変に砕けた内容にまで発展した。

この立食パーティ、12月24日に開かれた自由参加の会だったのだが、
その日は学校が休みだったはずなのに全校生徒の7割が参加してくれた。

こんなにも多くの生徒が参加することを当初想定しておらず、
生徒会側で料理の用意が間に合わなくなる珍事が発生した。
ソビエトではクリスマスなどキリスト教を否定するので24日をイブと呼称することは
固く禁じられ、宗教的な言動をする人は処罰の対象になる。無論それは教師も同じだ。

実はこのパーティは、サヤカの選挙公約だったのでその通りに実行したのだが、
結果的には多くの生徒との垣根を越えてボリシェビキと一般生徒との間の親睦を
深めることに成功し、また多くの生徒が「この人について行けば、自分は
粛正されずに無事の卒業できるかも知れない」と確信するようになった。



ミキオは一番乗りでパンを買っているのですでに買い物袋を手から下げている。
パン工房の行列がどんどん前へ進んでいく。同時にパンが人気順に売り切れていく。

「パイセン。残念っすけど、先輩の狙っていたクリームメロンパン、
 あの調子だとあと少しで売りきれっすよ」

「そっかぁ。本当に残念だけど会長室から工房まで遠いから仕方ないわね~。
 仕方ないから余ったパンを買うわ。
 ま、どれを買っても高いだけあって絶品なんだけどね」

「あ、言っておきますけど、俺のメロンパンはあげないっすからね。
 狙わないでくださいよ?」

「わ、分かってるわよ!!」

「会長権限で取り上げるのもなしっすよ?」

「私がそんな卑劣なことするわけないでしょ!!」

「ははっ。冗談っすよ」

「うふふっ。分かってるわよ。あなたも結構言うようになったじゃない」

「まあ無礼講って奴っすねw 俺も生徒会の偉い人とこんな風に
 砕けた会話ができるなんて思ってなかったす。あ、ところで
 先輩、俺もあとでボリシェビキの選抜試験を受けようと思ってます」

「へえ!! それは素晴らしいことだわ。あなたなら成績も優秀らしいから
 どこでも受かると思うわよ。で、どこを受けるつもりなの?」

「俺は数学が好きで計算がそれなりに得意なんで、第一志望は諜報部っす」

「ふーん。諜報広報委員部かぁ。確かにあなたなら向いてそうだけど、
 諜報かぁ・・・・・・」

「なんだかサーセンっすね。サヤカ先輩は昔中央にいたから諜報広報の人らのことは
 あまり良く思ってないのは知ってるんすけど、俺なりに考えた結果、
 自分の能力を一番発揮できるところにするべきだと思いましてね」

「それは気にしないで。あなたには未来の可能性がたくさんあると思うし、
 あなたが思った通りに行動するのが一番なのよ。ただ、高野には気をつけるのよ。
 あの女が諜報部の連中に何を吹き込むのか分からないもの」

「高野さんっすか? あの人なら転属になるみたいですけどね」

「転属?」

「あれ? 先輩、会長なのに耳に入ってないんすか?
 あの人は諜報広報委員部を辞めて保安委員部に入るって噂ですけど」

「えええ!? そんなの初めて聞いたわよ」

「それより先輩。もう順番来てるっすよ。
 購買のおばちゃんたちが困ってるんで、早くどれ買うか決めないと」

話に夢中だったのでサヤカの前に並んでいる人はいなくなっていた。
後ろに並んでいる生徒が苦笑いしている。

サヤカはもう適当に売れ残っている割高のビーフカツサンドとジャムパンを買った。
このカツサンド、肉の歯ごたえが最高で美味なのだが、単品で440円もするので
多くの生徒が買いたくても買えないでいた。

「さすが先輩。迷わずビーフカツサンドを選ぶとは金もちっすね」

「何言ってんのよ。むしろ質素な生活してるわよ。
 私なんて普段のお小遣いは毎月4千円。毎日家からお弁当持ってきてるけど、
 たまに贅沢したい日だけ購買部でパンを買ってるの」

「それ、俺も同じっすよ。普段は自分で弁当を作ってるんすけど、
 たまにここのパンが食いたくなる日が来るんすよね」

「そうそう。ほんとあなたとは気が合うわね。昔からの友達みたいに
 気軽に話せるわ。ところで高野の件についてもっと聴かせてちょうだいよ」

「いいっすよ。俺もそのことで先輩に相談したかったんで。
 もし良かったら俺もこれから会長室に行ってもいいっすか?」

「もちろんよ。さっそくいきま・・・」

振り返ったサヤカの先に、3名の女子生徒が立ちだはだかった。
最初は何事かとサヤカとミキオが身構えるが、

「あ、あの・・・・・・先輩」
「目の前にいると緊張するぅ~~」
「ほら。黙ってたら始まらないでしょ。さっさと言いなさい」
「う、うん。分かった」

何事かをひそひそと話し、

「近藤サヤカ先輩!! 実は私たち、生徒会選挙戦の時から先輩のこと、
 ずっと応援してたんです。でもこうして面と向かって先輩に言うのが恥ずかしくて、
 今まで黙ってたんです。今まで……ずっと陰から先輩のことを見守ってました!!
 公開討論会での先輩のご発言、ご立派でした。深く深く尊敬しています!!」

「ありがとう。そう言ってくれるのはうれしい。でも公開討論会で
 私は最後に過労で倒れちゃったわけだし、むしろ大恥かいたと思ってるわ。
 今でも私が生徒会長に選ばれたのが信じられないないくらいよ」

「何をおっしゃいますか!! 先輩は大変にご立派だったじゃないですか!!」
「そうですよ!! 倒れたのはそれだけ生徒のために頑張ってくださったからですよ!!」
「むしろ私たちは高野候補の卑劣な発言に対して、すごくすごく腹が立ちました!!」

そんな感じで彼女ら3名の一般生徒女子はサヤカのことを褒めちぎり、
サヤカは逆に恥ずかしくなり真っ赤になりながら握手を交わした。
こうして生徒たちと握手するのも彼女の仕事の一環となっていた。

特に下級生の1年生女子から絶大な人気を誇り、
ファンクラブなるものまで存在すると学内で噂になっているほどだった。
一部の男子生徒に熱狂的なファンがいる高野ミウとは対照的である。

『歴代の会長の中でもここまで生徒に慕われる人は珍しいんじゃないのかね?』

とは中央委員部の構成員でもある校長の言葉。彼は古参のためオールド・ボリシェビキと呼ばれる。
サヤカとは中央委員部時代からの付き合いなので特に親しい。
校長が前回の選挙の際にサヤカに投票したのは言うまでも無い。

生徒会室でのお昼休み

サヤカ会長と一般生徒ミキオが談笑しながら生徒会長室まで歩く。
会長室の中からは、おじさん特有のだみ声が聞こえてくる。

「というわけでだねぇ。きみぃ。適材適所という言葉は、本人の意思に関係なく
 その人が組織から必要とされる場所へと配置されるべきなのだよ。
 最初は本人が嫌がるかもしれん。拒否するかもしれん。
 だが結果的にはその方が全体的に丸く収まるものなのだよ」

「はいはい。もうその話は聞き飽きましたよ。
 私は人事については反対しないと言ってるでしょ。
 推薦したい人がいるなら組織部や中央部の人らと話し合って
 どうぞお好きにしてくださいな」

つまらなそうな顔で井上マリカ副会長が校長の話を聞き流していた。
すでにお弁当を食べ終えたマリカは、お弁当箱を流し台で洗いに行こうと
廊下に出たところで、ちょうどサヤカたちと出くわした。

マリカは嫌そうな顔で
「人事の話でおじさんがしつこい……。
 私はお昼休みは仕事のことを忘れてリラックスしたいのに……」

「お疲れ様。続きは私が相手するから散歩にでも行ってちょうだい」

とサヤカが笑顔で手を振る。マリカは、お昼ご飯を食べた後は必ず校庭
の花壇のあたりを散歩するのだ。日光浴と気分転換を兼ねてのことで、
誰の邪魔も入らないよう、難しい顔をしてワイヤレスのイヤホンをつけながら。

そんなわけでマリカ副会長がお昼に散歩してるのを見かけた生徒は
怖くて誰も近寄れない。この身長150センチに過ぎない小柄な女子生徒は、
気さくで優しいサヤカ先輩と違って、恐ろしく聡明だがちょっと近寄りがたい
存在として知られていた。

「先輩。お疲れ様っす」
「どうも」

とサヤカの隣にいるミキオは副会長と軽く挨拶を交わす程度に過ぎない。

入れ替わりでサヤカとミキオが生徒会長室に入ると、
校長が一人でさみしくカップ焼きそばを食べていた。

「井上君ときたらおじさんに対して態度が冷たすぎると思わんかね。
 まるでアナスタシア君と話してるような気分だったよ」

「校長。またインスタントですか。
 体に悪いからもっと栄養のあるものを食べるようにしてください」

「そうはいってもね。私の妻が本来なら弁当を作ってくれればいいのだが、
 まあその、なんだ。家ではいろいろあってね」

「奥さんに逃げられてるんでしょ」

「う。うるさいよっ。別居中なことは誰にも言うんじゃないぞ。
 ボリシェビキの評判に関わるのでね。それよりサヤカ君。
 今日は川口君と一緒とは珍しいではないか。彼に何か用なのかね?」

「ええ。その件で校長にも話しておきたいことが」

サヤカがミウの転属の件を伝えると、

「その噂はどうやら本当のようだね。高野君は最近諜報部の仕事の方は休みがちで
 暇さえあれば保安委員部の幹部連中とコンタクトをとっているようだ」

「やはりそうなのね……」

「やばくないっすか先輩。あの女、執念深そうですから
 保安に転属になったらまた反乱とか起こすつもりかもしれませんよ」ミキオ

「うん。そう考えるのが自然よね。あ~~もう腹立つわね、あの女。
 総選挙で負けたんだから、おとなしく裏方で事務仕事でもしてればいいのに」

「君たちの懸念は当然だ。おそらく多くの生徒は今でも高野ミウのことを
 潜在的な不穏分子として脅威に感じていることだろう。そこでだ。さっき
 井上君と話していたことにも重なるんだが、この学園の治安維持の強化のため
 中央と諜報にもっと優秀な人材を抜擢するべきだと思っているのだよ」

校長は、各委員部に推薦する生徒の名簿を手渡してきた。

サヤカが受け取ったその用紙をミキオも隣からのぞき込む。
そこには成績優秀な生徒の名前が並べられていた。

この学園では一般的な学業や運動での成績よりも、政治思想に対する理解の深さ、
強靭な体力、気力、目的意識の高さなど数字には見えない
「ボリシェビキとしての素質」が重要視されていた。

「ミキオくん。すごいわね。あなたの名前も載ってるじゃない!!」
「これってまじで俺の名前なんすか? 最初は同姓同名の別人かと思いました」
「そこに記載されているのは1年6組から唯一の選抜者。つまり君だね川口君」

どおりで会話したことのない自分の名前を校長が知っているものだとミキオは納得した。

「さっそくだが、選抜試験は今週末に行われるよ。
 これは井上副会長と組織委員部のナツキ君、中央委員部の山本君も同意のもとで
 決められたことで君たちに拒否権はない」

「ちょ……今週末に試験って言われても、確かに俺はもとから受験するつもりでしたけど、
 俺また勉強中なので問題なんて解けないっすよ!!」

「あーすまん。言い忘れてしまったね。正確には筆記試験はない。
 各委員部からの推薦なので面談だよ」

「面談なんすか!? それって、ちょっとコネっぽくないっすか。
 歴代の先輩が一流大学を受けるみたいな難問を解いて回ったのに
 俺らだけ面接だけで選抜試験をスルーできちゃうんですか」

「君たちの基礎学力はこの一年間ですでに把握している。
 通常通り勉強して筆記試験を突破できる見込みのある生徒のみを
 選抜させてもらっている。こちらは時間が惜しいのだ。
 採点などの手間もあるわけだし、いちいち筆記試験などやってられん」

「サヤカ先輩。校長先生はこんなこと言ってますけど、
 俺実際に面接で合格して、そのあと諜報部に入ったとしても
 あとで先輩たちに悪く言われたりしませんかね?」

「そうねぇ。私が思うにそれはないんじゃないかしら。
 どこの委員部も途中で辞めちゃう人とかいるし慢性的に人手が不足してるからね。
 今はどこも猫の手も借りたい状態だと思うから」

前回の文化祭での諜報と中央の派閥争いは特にひどかったね、と校長が皮肉を言う。

「まあまあ川口君。君は報告通り利発そうな顔立ちをしている。
 サヤカ君と仲良しなのも大変に好印象だ。どうだね。とりあえず試験を受けてみて
 入部してから最悪他の部へ転属することも可能だし、それに入部する前に
 職場見学もできるのでどこに入るのかは君が自由に決められるよ」

「そっすね。推薦されたこと自体は素直に喜ぶべきだと思うし、
 自分はやる気あるっすよ。高野さんの件もあるので諜報部に入って
 生徒の監視を強化したいと思ってます。何よりサヤカさんの力になりたいっす」

「そうかね!! いや実に素晴らしい若者だ!!
 さあさあ、君たちはまだ昼食を食べてないのだったね。
 その辺のソファにでも腰かけて食べたまえ!!」

と言いながら、校長は食べ終わったカップ焼きそばの他に
甘ったるそうな菓子パンを袋から取り出している。

「校長。ちょっと食べすぎでは?
 今年の春の健診でもコレステロール値で引っかかってたの忘れないでくださいね」

「まあそう言うなサヤカ君。私はこれでも忙しい身なので
 食うことくらいしか楽しみがないのだよ」

「くれぐれもメタボにならないように気を付けてくださいね。
 あと私のパンをにらみつけないでください。
 これ高いパンなんですから、あげませんからね?」

「なっ、私をまるで食いしん坊みたいに言うんじゃないよきみぃ!!
 私は質素倹約のボリシェビキ。
 近所のコンビニで買ったこの安いパンで十分なのだよ」

「また甘いアップルパイなんて買って。
 そのパンは鬼畜米国の文化だから買っちゃ駄目でしょうが」

「う、うるさい。たまには敵国の文化に触れることも勉強のうちなのだよ」

ミキオ、思わず笑ってしまう。
中央は筆記試験の内容が全委員部で一番難しいから所属している人数が少ないのだが、
その分みんな仲良しで楽しい雰囲気だと聞いていたが、確かにその雰囲気がこの人たちから感じられる。
それに校長とサヤカで年が3周りも離れているのにこの気楽な感じがすごく好きだった。

とある女子生徒の日記2

私は、ボリシェビキの皆様がなぜ米国のことを「鬼畜」「犬畜生」と呼ぶのか、
この学年に入学してからずっと疑問に思っていました。米国はその強大な軍事力をもって
世界を支配し、各地域の紛争を解決しては表向きの世界平和を実現しているのに。

その理由が、最近ようやくわかりました。

23年10月7日に生起したハマス戦争。
ガザ地区へのイスラエル軍の空爆と地上侵攻作戦を、米国は非難するどころか賛成し、
安保理で提案された停戦案に対しても議長国の中で唯一否決しました。つまり米国は、
罪のないパレスチナ人がたとえ何人殺されても痛む心などないと世界に宣言したのです。
(同じく鬼畜英国は拒否権を発動しました。英語を話す民族は畜生なのでしょうか?)

米国は悪の資本主義の理論から高度な軍事技術力を有しており、自国の軍需産業の
さらなる発展のため、湾岸戦争、イラン戦争、そして今回のウクライナ戦争やハマス戦争
への支援のように作りすぎた弾薬を消費する目的で外国人を殺しています。

これがこの学園の偉大なるボリシェビキの先輩たちが教えている「鬼畜米国理論」なのです。
アングロ・サクソン族の白人が支配する米英は、言語が共通なこともあり共に鬼畜です。
資本主義。帝国主義。白人至上主義。民族主義国。両国の特徴は19世紀から変化してません。

イスラエルがハマスから敵対心を向けられるのも、第二次大戦後に
イスラエルが無理やりパレスチナ人の領土を奪い、そこを自国の領土と主張して
現地民を虐殺したことが経緯。つまり悪いのは最初に手を出したイスラエルなのです。

鬼畜アメリカもコロンブスの代よりインディアンの住む大地を奪い
彼らを虐殺しておきながら自分たちは「正義の国」だと言い張る。
私のような無知な高校生の女子にだって
アメリカのやってることが悪なことは分かります。

イタリアやオランダでも極右政党の党首が首相任命されています。
スウェーデンやフランスにおいても極右政党が躍進の兆しを見せ、
世界は、確実に崩壊へと向かっているのです。

でも私たち、ソビエト連邦の人民は違う。

万国の民が、人種と国籍の違いを問わず結束し、いっそ国名すら排除して
ソビエト人として一致団結し連邦国家を作る。資本家による富の独占を廃して
富の均等な分配を目指し、贅沢はできなくとも人が人として生きる最低限の
社会保障を【全ソビエト人民に対して政府が実現する】

ボリシェビキの掲げる遂行な思想を、私はサヤカ先輩の公開討論会での
大演説をきっかけとして自ら勉強し、知ることができました。

私はこう思います。
全世界の帝国主義者、民族主義者、資本主義者は抹殺しなければならないと。
そして彼らの私有財産のすべてを人民による評議会【ソビエト】が
没収して全人民に分配をするのです。

堀太盛(ほりせまる)の日記。まもなく3年に進級する男子。2年A組所属。

日記を書くのも久しぶりだな。

なんでも収容所行きになった囚人たちは夕方には必ず
日記を書いてから帰宅する決まりになってるらしいので俺も真似してみた。
その日起きたことを文章として書くことで記憶が整理できて
心がすっきりするらしい。

そんなわけで俺は日頃の愚痴でもここに書いておこうかね。

最近、ミウの奴がしつこくて困っている。

俺が恋人のエリカといる時はおとなしくしてるんだが、エリカが中央委員部の仕事で
忙しくてクラスにいないには俺に積極的に話しかけてくる。俺とミウが会話してるだけで
クラス中の視線を集めるからすごく気まずいんだが、ミウは全然気にしないんだ。

最初は英国生まれだから略奪愛が好きなのかな?って思ったが、どうやら違うらしい。
ミウは俺のことを諦めてないことは確かなんだろうが、それ以上に周りの奴らの
反応をいちいち観察している。ミウの観察力はすごい。廊下を歩いてる時でも
常に周りに気を配り、さりげなく各教室をのぞき込んでは生徒たちの様子を見ているんだ。

「やべっ。廊下に高野さんがいるぞ」
「目を合わさないようにしましょ。後で何されるか分からないわ」
「あの人、なんだか雰囲気が怖いよね」

明らかに生徒たちはミウのことを怖がっている。
前回の総選挙で毒ガスや爆発物を使用するそぶりを見せたんだから評判は最悪だ。
教師でさえミウにびびって失礼の無いように細心の注意を払ってるんだから笑っちまう。

日本語の漢字が苦手なミウに対して国語の教師は、教科書の音読を
できるだけミウに当てないようにして頑張っている。クラスメイトの女子は
ミウを恐れて昼休みも休み時間もミウから距離を取っているようだ。
体育の時間でペアを組むときは誰がミウと組むか、
つまり誰が外れくじ引くかで軽く口論にまで発展するらしい。

結局誰もミウと組みたがらないのでクラス委員のエリカが代表して
ペアになってあげるんだが、雰囲気が最悪だ。お互いに無言でにらみ合いながら
球技の練習をするのでいつ喧嘩が始まるのかと先生もおびえているそうだ。

そのミウなんだが、面白いことに一部にファンがいる。
あの容姿だからな。危険な性格はともかく茶色の長い髪にぱっちりした大きな瞳、
背丈もさほど大きくもなく痩せ型。見た目は学園でもトップクラスの美少女だ。

高野ミウファンクラブの奴らに俺は何度か嫌がらせを受けたことがある。
ある日、マラソンの授業の後に校庭を歩いていたら背中がチクッと痛むので
何かと思ったら、吹き矢が俺の首の後ろに刺さっていた。

吹き矢といっても、先端が吸盤となってるので殺傷力は無い。
問題は手紙だ。矢についていた折り紙を広げてみると

『我々を怒らせるな』『それ以上ミウ様に近寄るんじゃないぞ』

と脅迫めいた言葉が並ぶ。これは明らかに正しい生徒の行いではないので
生徒会の皆さんに通報することもできるのだが、俺は事を荒立てたくないので
しばらく無視すればこいつらの嫌がらせも収まるんだろうと軽く見ていた。

まさかこの件でクラス裁判にまで発展するとはねぇ・・・・・・。
今日の日記はここまでだ。日記というか回想録みたいな風になっちまったな。

2年A組。クラス裁判開始。

井上マリカ副会長の選挙時のマニフェストであった常設委員部が設立された。

各クラスごとに男女のクラス委員が代表となってクラス内で不穏分子の摘発、
裁判まで行うことは、前政権の橘アキラ時代と同じ。
異なるのは、裁判の判決から服役を含む幅広い刑の執行までをクラス委員が決定できること。
前政権では刑の執行に至る決定権を握るのは、あくまで生徒会の幹部だったのだが。
刑の執行後に事後報告として中央委員会に書面を提出すればいいのだ。

常設委員とはすなわちボリシェビキの人手不足への対応だ。
日本人の人員の少なすぎる保安委員部では、全校2000人を超える生徒を取り締まることが
困難となってきており、また収容されている囚人の数もアキラ時代に激増したことから
囚人の管理だけで手いっぱいであり、事務仕事のほとんどを中央に頼っている。

慢性的な人手不足の中央委員部でも日々の仕事に忙しく、いちいち個々人の容疑者の罪まで
精査している暇がなくて困っている。唯一人員に余裕があるのが諜報広報委員部だが、
こちらはスパイ容疑者を摘発して逮捕するまでが仕事。

裁判の手続き、刑の執行、囚人の管理は彼らの仕事ではない。それは中央と保安の仕事だ。
そのためこの学園では反乱分子を発見するのだけは早いが、現実には反ソ連分子ではない
生徒であっても噓の密告によって収容所送りになっていることが多かった。

マリカはこう語る。
「私は一握りのエリートが学園を支配するべきだと思ってない。
 将棋で例えると歩。歩の力をいかにしてうまく使いこなすかがカギを握る。
 たった1人の急速な進展よりも100人での堅実な進展を望みたい」

末端の戦力をいかにうまく活用するか。
ニデック創業者の永守重信さん、京セラ創業者の稲森和夫さん、あのナポレオン皇帝も
また上記と同じ言葉を残している。若干高校二年生の娘にして
この言葉がすらりと出てくるあたり、マリカ副会長のカリスマは他を圧倒している。


3月の春休み目前。期末試験も終わり、
誰もが緊張から解放され大いに油断したこの時期において
2年A組にて「クラス裁判」が開かれようとしていた。

まことに空気を読まぬ判断である。
裁判を開くことを決定したのは橘エリカだ。

「同志クラスメイトのみなさん。ごきげんよう。私は皆さんも知っての通り、
 我がA組のクラス委員と中央委員部のお仕事を兼任させていただいております。
 今回の裁判の議題は、反乱分子と思われる高野ミウさんの今後の処遇についてですわ」

「ワッツ? 私について?」

壇上にいるエリカから指名されたミウが口を大きく開けて驚いていた。

「私は、高野ミウさんが資本主義日本、
 あるいは鬼畜英国より派遣されたスパイであると主張します」

「へ~~!! そうなんだぁ。私って日本かイギリスのスパイだったんだ。
 自分のことなのに驚いちゃったよ。それで私がスパイだなんて根拠あるの?」

裁判官役の「マサヤ(男子のクラス委員代理。クラス委員の太盛が参考人のため)」
が静粛にしなさいと言う。名称はクラス裁判と名付けられているが、弁護人も検察もいるわけでもなく、
中立の立場の裁判官が中央に位置し、原告と被告人との間で討論を戦わせる簡素な
形式となっている。つまりこの場ではミウとエリカの舌戦をクラスメイトが見守るのだ。

教室のレイアウトは、小学校でよく行われる学級活動の時間と同じ。
原告、裁判官、被告の三名が中央に位置し、
その周囲でコの字を描くように全員の椅子と机を配置する。

中央委員部の作成した、細かい規則や校則などが記載された厚さ400ページに
のぼる裁判の手続きにのっとり、最後はクラスメイトらが
陪審制度によって有罪か無罪かの意を示し、多数決とする。
被告人が無罪になるか収容所送りになるかはクラス内で判断するのだ。


マサヤ裁判官がミウに質問する。

「高野さん。あなたはカップル証明書の効力をどのように認識していますか?」

「カップル証明書は、そこの分厚い本に書かれてるとおりでしょ。
 そんな細かい内容をいちいちここで説明してたら日が暮れちゃうよ」

「では、そこにいる橘さんと堀君がカップルなことをみとめ…」

「はいはい認めまーす。 そんなこと否定して何になるの。
 それより話の本題は? ほら早くしないと同士クラスメイトたちが
 途中でつまんなくなってスマホをいじり始めるかも知れないよ」

そんなことは許されない。
裁判は厳粛に行うこととされており、裁判中のあらゆる言動は諜報部に映像と音声で
監視されている。もし途中でスマホをいじるどころか居眠りをしただけでも
「正しくない生徒」「不穏分子」として摘発される恐れがある。

そのためクラスメイトたちは、彼らの多くには
全く興味の無い三角関係の行方を真剣に見守るしかないのだ。

エリカが長い前髪をかき分け、大きな胸の下で腕組みをし、
威厳たっぷりにミウに言い放す。

「この場をお借りして私は高野さんに正式に苦情を言いたいのです。
 まず第一に、あなたは中央部によって私の正式な彼氏として認定されている
 堀太盛くんに特別な用もないのに親しげに話しかけていますね?」

「いや用ならいくらでもあるから。私と太盛君は同じ美術部の部員なんだから
 部に関することでいくらでも話し合うことあるでしょ」

「部活動ではそうでしょうね。私が言っているのはクラス内でのことです。
 私が中央部の活動でクラスにいない時期などを狙って
 休み時間に彼に親しげに話しかけていると多数の報告が……」

「ちょっと待って!! 私の記憶が正しければ、人間関係に関する校則第3条、
 第7頁以降にこのような記載があったはず。仮にカップルとして認められた
 男女に対してでも、学校の授業に関することや政治哲学に関する話題では…」

「異議あり。そもそもあなたは政治の話ではなく個人的な理由で話しかけてるのでは……?」

「だから太盛君本人が嫌がってるわけじゃなければ私を摘発する条件を満たしてないんだよ!!」

「ごちゃごちゃうるさいわね。あなたをスパイだと主張する理由は他にもあるのよ。
 あなた、部活中に彼にぴったり体をつけてるだけじゃなくて、自分の胸も触らせたって本当?」

「触らせたんじゃなくて、彼が触りたそうな顔をしてたから触らせてあげただけだよ」

衝撃の事実に教室内がにわかに騒がしくなる。

「なんですって!! 今事実を認めたわ!! それは浮気、不貞行為として認定されるわ!!」

「へえええ? 不貞なんだ。彼は楽しそうだったけど。それじゃ規則なら太盛君も収容所送りになるけど」

「は……太盛君が収容所送りですって!? あんた馬鹿も休み休み言いなさいな」

「馬鹿はそっちでしょ。基本的に男女間の性的な接触に関しては
 一概に男子の方が不利になるのは資本主義日本や鬼畜米英の法律でも同じことだと思うけど」

「太盛君は何も悪くないわ!! 
 あんたが美術部で二人っきりの時に無理やり彼に迫って胸を触らせたんでしょうが!!」

「触られたのって1回だけじゃないんだけど」

「はぁ~~!? なんですって!!」

いよいよ掴みあいの喧嘩になりそうだったので裁判官や他の生徒が止めに入る。
興奮して肩で息をしているエリカをイスに座らせるが、
怒鳴っていた割には妙に冷静な様子のミウには怖くて誰も近寄れない。

裁判官のマサヤが「では本人に訊いてみましょうか。堀君。立ちなさい」

顔面蒼白となっている太盛が立ち上がる。今すぐ倒れそうなほどに深刻な表情だ。

「事実確認ですが、あなたが高野さんの胸を触った件は本当なのですか?
 なお、この件に関して虚偽の発言があった場合は保安部において尋問の対象となります」

「恐れながら申し上げます。僕は、部活動中に、少なくとも3回以上は高野さんの胸を
 制服の上から触ってしまいました。すみませんが正確な数字は覚えていません」

教室内が大いにざわめく。同時に、この裁判の様子を本部で
中継していた諜報部からも驚きの声が上がっていたことをクラスの連中は知るよしもない。

「なぜ高野さんの胸を触ったのですか?
 美術部の部活動中にそのようなことをする必要がありますか」

「そ、それはですね……高野さんのことを侮辱するつもりはないのですが、
 部活動中に俺に絵のレイアウトのことや絵の具の調合など
 彼女が分からないことなどを聞いてくる際に、その、すごく距離が近いからです。
 僕はエリカと交際する前から高野さんの外見が好みだったこともあり、
 ついムラムラしてしまい、愚行に及んでしまいました。大変に申し訳ありません」

ぷっ。収容所行きの条件を完全に満たしてるじゃん……。
と女子の一部から声が上がったのでエリカがそちらをにらみつける。
女子の一部は、すぐに目をそらして黙ってしまう。

かつての太盛の親友でもある坊主頭のマサヤ裁判官が、

「なるほど。堀君は今自ら事実を認めましたね。次は高野さんに質問です。
 堀君に胸を触られたことについてあなたはどう認識しているのですか。
 この件に関して高野さんは被害者の立場からセクハラとして立証することが可能ですが」

「私ですか? 私は別に嫌じゃありませんでしたよ。胸を触られてもね。
 本当に嫌だったらこんな茶番をする前にさっさとセクハラで諜報広報に訴えてますよ。
 てゆーかさ私ってこれでも諜報部のメンバーなんですけど?」

「この場合、あなたの個人的な感情は重要ではありません。
 高野さんは自分の胸を触られても嫌ではないと言いましたね。
 それではカップル証明書の定義を正しく把握しておきながら、
 橘さんから彼を奪う目的で誘惑したのだと受け止められてしまうかもしれませんよ」

「そう受け取ってくれて構わないよ。だって私、今でも太盛君のこと好きだもん」

教室中がさらにざわめき、公衆の面前、しかも諜報部から全面的に監視されている中での
愛の告白をしたことにより、特に女子の間からは悲鳴すら上がり、逆にクラスの美女
2名(というか学園トップの美女)から求愛されている堀太盛に嫉妬する男子も多かった。

「ふ……ざたこと……言ってんじゃないわよ!! 
 この英国かぶれのエセ日本人!!
 恥知らずな資本主義日本のスパイめ!!」

「橘さん。静粛にしなさい。今あなたに発言の機会はありません」

「マサヤ君もこの女の発言を確かに聞いたわよね!!
 この女は、ボリシェビキで禁止されている略奪的恋愛をするって宣言してるのよ!!
 妻の目を盗んで人の旦那に色仕掛けなんかして、これは資本主義的な発想に違いないわ!!」

「ちょっと待ってくれる? 恋愛と資本主義の関連性が私にはさっぱりわからないんだけど。
 なんで略奪愛=資本主義につながるのか教えてほしいよ。
 それに太盛君が私の胸に興味を示したってことは、
 少なくとも女性的には私に興味があるってことの証に・・・」

「今あんたに発言の機会はないから黙ってくれる!!」

「うっさいな。どうせそのうち太盛くんに飽きられて
 捨てられるってわかってるから取り乱してるんでしょうが」

「この私が捨てられるですって・・・・・・?
 ふふ。何を根拠にそんなことを言うのよ」

「その必死な顔。図星なんじゃないの?」

「この・・・・・・本気で頭にきたわ!!」

「君たち!! 勝手な発言を慎めと言ってるだろうが!!
 公平な裁判をしなければ我々も処罰の対象となるのを忘れたか!! 
 ええい、同志たちよ。橘を抑えつけろ!!」

みんながエリカの肩をつかんで抑えつけなければミウの顔を殴る寸前までいっていた。
鬼気せまる形相のエリカが襲い掛かってきてもミウは涼しい顔をしており、
眉一つ動かさないのだから大物だ。そしてミウには怖くて近寄る人が現れない。

それ以降もミウとエリカの間で舌戦が行われたが、途中から
互いに罵り合っては途中でエリカが暴れだすのをみんなで止めるの
繰り返しになってしまい、時間だけが無駄に過ぎていった。

エリカが一応の落ち着きを見せてから裁判官が続ける。

「これにて今日の裁判を終える。夕方の4時から5時半までが裁判の時間と決められている。
 続きはまた明日以降、日程はのちほど私から全員に伝える。
 同志クラスメイトの諸君も陪審員として最終日には判決を下す立場になるわけだから、
 今日の裁判の内容をしっかりと精査しながら帰宅するように。以上だ」

同志クラスメイトたちは口々に感想を言い合いながら教室を去っていく。
実は男子のほとんどは裁判の内容に関心がないが、女子たちは楽しげだった。

「堀君、最低ね~」
「やっぱり高野さんの方が好みってことなのかな」
「つまんねえ裁判だったな。つーか学内政治と関係ねえじゃねえか」
「堀の野郎、なんであんなにもてるんだよ。マジ爆発しろし」
「規則だから仕方ないとはいえ、俺は早く帰って社会主義の勉強がしたかったのだが」
「あ、それ俺も裁判中にずっと思ってたわ。俺らの時間を無駄にするなよな」

「あんたら黙ってなさい。そんなこと言ってるといつか粛清されるわよ」
「へいへい。女子は学業以外のことにもまじめだな~」
「私はあの三人の関係、気になるなぁ~。堀君ってイケメンだよね」
「裁判中の堀君、かわいかったよねw」

以上の会話は、監視カメラと盗聴器の範囲の及ばない校舎の外で行われていた。
学生たちも2学年の終わりともなれば学園生活にも慣れたもので
盗聴器の仕掛けられてる位置を把握してるものだ。

この時点でA組の生徒たちは、自分たちがこの1年間、サヤカの指導の下
無事に学園を卒業できるのだと信じていた。
その証拠に今日クラス裁判があろうとみんなの帰り道を歩く顔は明るかった。

お昼休みの食堂での光景

サヤカはもともと人前に出るのが好きなタイプではない。
また虚栄心のために仕事をするつもりもなく、
ボリシェビキのみならず一般生徒の中にも自分よりも優秀な人がたくさんいると思っていた。

2学年時は主に中央委員部の仕事で忙しい中、
ペーパーテストの点数では難関私立大学に合格できるほどの学力を維持していたが、
「学生として当然のことをしたまで」と自らの成績を誇ることは一度も無い。
逆に教えを請う人には進んで勉強を教えてあげる優しさを持っていた。

3月の中旬。時は春休みを目前に控えた時期。
まもなく半日授業が始まろうとしていた。

校長がはげ頭を撫でながら言う。

「おほん。サヤカ君。お昼休みに君と是非食事を共にしたいと言ってる女子がいるようだが」
「分かりました。私は構いませんのでこちらの会長室に案内しましょうか」
「それなんだが、あいにくここは手狭だろう。女子の数がね、20人を超えるんだ」
「そんなに多いんですか!!」

「うむ。私も驚いているよ。しかも全員が1年生の女子らしいな。君は年下に好かれるようだね」
「あぁー・・・・・。言われてみれば確かに。どうしてかしら」
「おそらくだが、選挙期間中の高野君の騒動の時に君が1年生に優しく接したからではないかね」

「優しく・・・・・・? ああ、休んでた人に電話して回ったことですか。
 あんなの生徒を思いやる立場の人なら誰でもやることで当然のことだと思いますけど」

「ふふ・・・・・・。当然か。私にはそうでも無いと思うがね。
 人望があるのは素晴らしいことだ。さあ下級生を待たせては悪い。行ってきたまえ」

「彼女たちはもう食堂で待ってるんですか?」

「そのようだね。私は会長室で静かに食事することにしよう」

そうは言っているが、実はマリカもそこにいた。
マリカはセクハラっぽい発言をよくする校長のことを嫌っていたので
基本的に会話が続かない。二人きりの時は仕事の話でさえ盛り上がらないのだ。

マリカには特別に副会長室が用意されているのだが、マリカはなぜか
副会長室にいるのを好まない。というか、彼女は周囲の熱烈な推薦によって
ボリシェビキになったのであり、好き好んでなったわけではない。
家に帰ると副会長のバッジを制服から外してしまうほどだった。

サヤカがいなくなった後、マリカがぽつりと言った。

「ミウちゃんも、今頃は一人でお昼を食べてるのかな」

校長は高野ミウのことは話題にも出したくないほど
毛嫌いしていたので聞こえないふりをした。


サヤカが食堂に行くと、長テーブルに鎮座した女子たちのグループが
かしましくおしゃべりをしていた。サヤカがその集団に軽く会釈をすると

「サヤカ先輩だぁ!!」
「わー本物だ。やっぱり優しそうな顔をしてらっしゃる」
「せんぱ~い、普段はどこでお食事されてるんですか?」

サヤカを中心に輪ができる。女子たちは何でも気になることをサヤカに質問し、
サヤカもそれに親切に答えていく。個人的な質問に対しても嘘偽り無く答えてあげた。

「休みの日は家で何してるんですか?」
「会長の仕事ってやっぱり大変ですか?」
「暗記系科目が苦手なのでテストで役に立つテクとかあったら教えてください」
「先輩が長年付き合ってる彼氏さんについて聞かせてくださいよ~」
「えっ、先輩って彼氏いるんですか?」
「誰ですか!! 同じ学年の人ですか?」

下級生たちは女の子なので学内恋愛の話になると夢中になる。
「学園」は学校名に法人の設立者や地域の名前が入らない、日本で唯一の形態を取っている。
足利ソビエトという名の自治体が管理運営しているボリシェビキ養成機関である。

近隣地域では「太田ソビエト(群馬)」「日立ソビエト(茨城)」「鹿島ソビエト(茨城)」
「秩父ソビエト(埼玉)」などがあり、北関東一帯にソビエト共産党を母体とする
秘密の学園(自治体)が存在する。それら系列校では校内毎に細かい規則が異なるのだが、
共通していることはマルクス・レーニン主義を是正とし、教員を含む校内にいるあらゆる
反乱分子を摘発し、生徒に適切な思想教育を施し、将来の知的エリートを養成することである。

日本国の国家転覆を狙うためなら、反革命容疑者や不穏分子に対して
「暴力」「拉致、監禁」「拷問」「尋問」「粛正」「強制収容所送り」「国外追放」
をすることが推奨されている。
つまり反共産主義者として疑いのある日本人から人権を奪うことを
是正とする教育を施しているのだ。反乱分子の粛清にためらいがあってはならない。

これは仮定の話だが、もし日本で共産主義革命が起きた場合、
ソビエト共産党が日本政府から主権を奪ったとするならば、
国家単位で前述のことを実施し、概算で1,000万人以上の
敵性日本人(スパイ)を粛正することで国内の資本主義者を一掃する予定である。

また足利の「学園」では特に学内において青少年たちの恋愛を推奨する。
「カップル申請書」なる資本主義社会では聞き慣れぬ制度があるのもそのためだ。

かつてナチのドイツが、ナチズムを信じる男女のみの婚姻を推奨したように、
ボリシェビキもまた薄汚れた資本主義者や帝国主義者の血筋が交わらぬよう、
思想的に正しい男女のみが恋愛関係に至ることを理想とする。

「ボリシェビキ同士の恋愛って、かっこいいですね~」
「ロマンチックですわ。少女漫画のヒーローとヒロインみたいで素敵」
「せんぱーい。彼氏の山本さんのお写真を見せてくださいよ~」

サヤカは「別にいいけど、そんなにかっこいい男じゃないわよ?」

サヤカのスマホに移るチャラ男を見てみんながドン引きしている。
組織部のナツキ委員のような美男子を想像していたのに、
知性のかけらも感じられない野蛮な外見の男だったので無理もない。
外見は菅義偉元首相の息子の例の彼にそっくりだ(週刊文春が激写し当時話題に)

※興味のある人は「菅義偉 息子 チャラ男」で画像検索すること

「か、かっこいいですね~」
「なんか・・・・・・ワイルドで男らしいって感じですぅ」
「い、一緒にいると楽しそうですよね」

みな、気を遣っていた。
その中で頭のよい子が、サヤカがなぜその人を選んだのかと革新的な質問をすると、

「そうねぇ。自分にはないものを持ってる人だから、かな。
 私は知識はそれなりにある方だと思うけど、いわゆる頭でっかちで
 融通が利かないタイプなの。でもあいつは違う。なんでも自分の思い通りに生きて、
 本当に意味で自分の好きなことだけをやって生きてるモチオに憧れてたからだと思う」

女子の一人がキラキラ目を輝かせて言う。

「憧れ・・・・・・なんですか? それって好きとは違う感情なんでしょうか?」

「私にとっては、同じね。私は仕事人間でどっちかというと恋愛に
 あまり興味が無いタイプだからモチオと出会うことがなければ
 男子と恋愛関係になるってことはなかったと思うわ。
 たぶん高校三年間で彼氏なんてできなかったと思う」

女子たちが「へええ~~~~!!」とため息交じりに感心してしまう。
後でその彼氏さんをみんなで見てみようという話になったのでえ
中央委員部の職場もついでに見学していくようにとサヤカが勧めた。

「ただ、3月中はダメよ? 在校生だけでやる卒業式はともかく、4月は
 入学式と新入生の歓迎会があるから。ちょっと今年は部活動の勧誘とかで
 例年より忙しいから中央部は人手不足で困ってるのよ」

「中央の皆さんは人手不足で秋の文化祭の時もお困りでしたよね!!
 でしたら微力ながら私たちもお手伝いいたしますね!!」

「いいの? 中央の仕事は忙しい上にミスが許されないのよ」

「私たち、この学園でそれなりに知力を鍛えてますから平気ですよ!!」
「私たちもサヤカ先輩のお力になりたいんです」
「あのぉ。実は私、中央部に入りたいと思ってたんですけど・・・・・・」

サヤカは最後の子には直ちに入部試験を受けるように勧めつつ、
背後に誰かの気配を感じたので振り返る。

「パイセン。相変わらず2年に大人気っすね。食堂でアイドルみたいに目立ってますよ」
「あら川口君じゃない。誰かと思ってびっくりしたわ。今日は珍しいわね」
「俺は弁当作ってくるの忘れたんす。サヤカ先輩はもしかして、この子たちに食事に誘われたんすか?」
「まあそんなところよ。私って意外と人気あるのよね~。どう。うらやましい?」
「会長じゃなくてアイドルの方が向いてるんじゃないですかw」
「ちょっw何言ってんのよw」

いつものようにたわいもない話をしてから細身で長身の川口ミキオは去っていった。
1年生の女子たちは、唖然としていたのでサヤカが訳を聞くと、

「先輩。あの川口君とも仲良しだなんてすごいです。尊敬します」

「え、もしかして1年生の中で彼って変わり者だったりする?」

「変わり者なんてもんじゃないですよ。彼、普段はクラスの誰とも話しませんし
 そのくせ授業中に数学の先生とかに食って掛かるんですよ。
 やれ教え方が悪いとか、俺だったらこうやるとかで……」

頭は誰よりも切れるが、人と同じことをするのが大嫌いな皮肉屋。
彼と友達になれる人間は少なくとも同学年にはいないとまで評されたほどだ。
その彼からも近藤サヤカは慕われているのだからこれは本物の人格者だと、
女子たちがさらにサヤカを褒めたたえるのだった。

「うーん。褒められすぎても逆に恥ずかしいわね」

サヤカはメガネのずれを直しながら苦笑いをした。

とある女子生徒の日記3

今朝、NHKのニュースで信じられないくらいひどいニュースが流れてきました。
鬼畜米帝国が支援しているイスラエル軍による連日のガザ地区への空爆のこと
ではありません。自由民主党の不正献金の件です。

自民党は、政治資金パーティーとして10億円にもなる資金を受領。
収支報告書に記載せずに不正にお金を得ていたことが判明しました。
私は高校生なので詳しい内容までは分かりませんが、広報部から配布されたビラによると

「不正なお金」「完全なる脱税」「閣僚全員が資本主義の豚」「我らソビエト人民の敵」
「資本主義の限界」「共産主義革命の足音が聞こえるぞ」と簡潔に書かれていました。

広報諜報委員部が週ごとに配布してくれる「ビラ」は油絵で描かれた極彩色の背景に、
これまた色鮮やかな巨大な文字で資本主義への抵抗の文言が書かれています。

これは戦前にソ連邦で良く用いられ、
日本帝国内でも広く使われたポスターの手法(近代アート)
スマホの画面に流れてくる電子文字とは比べ物にならないくらいの迫力です。

ビラの裏には、さらにこう書かれていました。

「資本主義日本の国民が支払っているお金は、全額が政府のお小遣いとして使われる」
「国民は税金を払う。しかしその対価としての福祉サービスは永遠に得られない」
「資本主義の行き着く先は、貧富の拡大。破綻と混乱。略奪と暴行。貧困の連鎖である」
「何度政権が代わっても無駄。多くのクズの中から少数のクズを選別するのが衆議院選挙」

私は自民党の腐敗を、16歳の誕生日を迎えた今、確かに知ることができました。
悪は倒さないといけない。国民を悪から救い出さないといけない。
それには一人の力だけじゃだめだ。全国民が団結しないといけない。
警察、消防、自衛隊、各自治体の役人の参加は不可欠だ。
いっそ外国の軍隊を動員してもいい。

国民を資本主義の魔の手から救うため、日本の国家権力を外側からではなく
内部から崩壊させるための力を、私たちはじっくりと蓄えるのだ。

それがたとえ、30年50年先の未来になろうとも、
資本主義者をこの世から抹殺することをここで誓います。

3月15日の卒業式の後。堀太盛が橘の家に招待された。

卒業式は当初の予定通り問題なく終了した。

卒業していく3年生を在校生である1年生と2年生が見送るのはどこの学校も同じだ。
他の学校と違うのは、強制収容所1号室から3号室に卒業の時期まで収容されていた
囚人たちが解放され、社会に旅立つことだ。

一般性や生徒会(ボリシェビキ)に所属していた生徒は
専門学校や大学(ロシアなど外国含む)へ進学する人が多い。

彼らは共産主義国家建設のための基礎的教育を終了し、
いつか必ず日本の国家転覆を狙うために誠心誠意努力することを誓う。
そして教育訓練修了証明書(卒業証書)を受領する。

元囚人は思想的に不安が残るとされる。そのため彼らには教育訓練終了書は
発行されない代わりに、日本で人手が不足している農業や建築業の現場へ
就職させられる場合が多い。農業や林業を主体とした一時産業、建築土木関係の
仕事は、日本に無数に存在する「全国ソビエト農業組合」や「全国ソビエト保安委員会」
などが管理している。建築業に関しては、過去に自民党を解雇された議員の一部も働かされている。

自民党の他にも不祥事を犯したことで離党し行き場を失った議員は、
全国のソビエト当局によって秘密裏に逮捕され、
強制収容所の囚人として国家の生産活動に使役されていた。
以上の内容はマスコミが決して報道しないことである。

「無事に卒業式が終わって何よりだ。今日は天気も良いし実に気分がいいぞ!」

ウォッカの入ったグラスを傾け、喉を鳴らす橘アキラ18歳。
元生徒会長の顔はなんとも晴れやかで、以前のような厳めしさは感じられない。

「私も18になり、資本主義日本においては成人した年齢となった。
 よって今日から酒を飲むことにしたわけだが、度数の濃い酒は
 私のような若者には辛いね。足下がふらふらしてしまうではないかw」

「ふはは。私も昔はアキラ君のようだったのを思い出すよ。
 なに、すぐに病みつきになるさ。ソ連人と言ったらなんと言ってもウォッカだろう。
 私はビールもワインも焼酎もいける口だがねw」

隣の席に座るのは校長先生。昨年まで中央委員部の表向きの代表を務めていた。

ここは橘エリカの住まいである橘邸。小高い丘の上に建てられた洋館だ。
周りは林に囲まれており人影のない、典型的なお金持ちの別荘といった風の住まいだ。
アキラが、今日は卒業祝いということでボリシェビキ仲間の校長と
お気に入りの太盛を招待してパーティをしていた。

酔いが回ってきたアキラが、
「どうだい太盛君。君もいっぱいやるかね?」
と言ってウォッカのグラスを勧めてくるがが、
太盛は謹んで遠慮して濃い目のブドウジュースをいただいた。

「お義兄さん。俺はまだ高校二年生の男子ですよ」

「おっとそうだったねw 私も会長の重圧から解放されたせいか、
 君がまだ未成年だと言うことを忘れそうになってしまったよ。
 ぷはぁー。それにしても酒がうまいな!!
 おーいエリカ。もっとつまみを持ってきなさい」

下の妹のエリカは、「はい。ただいまお持ちしますわ」といって奥の方へ消えてしまう。

太盛がその様子を見て苦笑いしながら言う。

「お義兄さん、会長を辞めてから雰囲気がずいぶんと変わりましたよね」

「それはそうだよ、きみぃ!!」

とアキラではなく校長が笑う。下品にもテーブルに肘をついている。

「アキラ君はこれでも気が小さい方でね、会長の職務についてからは
 いつ反乱がおきるのかと肝を冷やしながら日々働いていたものだ。
 特に選挙期間中は高野毒ガス事件のせいで壮絶な修羅場だったからね
 会長の重圧から解放された今、羽目を外したくなるのは当然だろう」

「そう。その通りだ。ここだけの話だがな、わが弟太盛よ。
 私の高校三年間は冷徹無比な男として職務に当たってきたわけだが、
 今になって普通の若者らしい遊びがしたくなってね。
 1月の末頃からテレビゲームとやらを買ってみたのだよ」

「ゲームか。そういえば昨年の末にそんな話をしていたね。
 アキラ君が欲しがっていたのはマリオカートだったかね?
 君は任天堂の製品が好きなようだ。いかにも資本主義的な商品じゃないか君w」

「すまんw だがな、これがやってみるとなかなかに面白いんだ。
 ただ生真面目に勉強するのだけが学生ではないからな。
 高校最後の三学期はろくに授業にも出ずに家でゲームばかりやっていたのだよ」

エリカが、カマンベールチーズや生ハムが乗せられた上等なお皿を運んできた。

「お兄様ったら、家でテレビゲームなんてやってらしたのね。
 夜中お兄様の部屋から笑い声や叫び声が聞こえるものですから、
 使用人の方々が何事かと驚いていましたのよ」

「おっと、そうだったのかねw 私としたことが品がなかったなw
 普段の私は夜必ず読書をしてたものだ」

「お兄様も今まで生徒会のお仕事で大変なご苦労をされたのですから、
 卒業前に気分転換をされるのは結構なことだと思いますわ。
 ですが、私にはまだ学園での生活がありますの。ですから
 お兄様からも太盛様に対して例の件で真剣に相談に乗っていただきたいのです」

「例の件だと? エリカおまえ、例の件ってのは。ぷぷ・・・・・・まさかw」
「アキラ君。もちろん決まってるだろ。例のクラス裁判の件だよ。・・・ぶほっ!!」

校長と兄のアキラは、腹を抱えて笑い出した。
大人物のふたりが、大口を開けて馬鹿笑いをしている姿はシュールの極みだ。

「もう、お兄様!! 校長先生まで・・・・・・失礼じゃありませんか。
 私にとってはぜんっぜん笑い事ではありませんのに」

「エリカよ。そう怒ってくれるな。お前が彼のことで真剣なことはよく分かってる。
 私もアナスタシアもお前と太盛の件は結婚まで許可してる。だから俺は太盛と
 兄弟と呼び合う仲にまでなったのだぞ。だがな。それとは別の次元として、
 我が愛すべき弟の・・・・・・裁判中のこの死にそうな顔を見てみたまえよ・・・・・・」

「く・・・・・・だ、だめだ・・・・・・何度見ても笑いが止まらん!!
 裁判官に立つよう命じられ、高野ミウの胸を揉んでいたことを認めた彼の顔ときたら・・・・・・」

「ぼ、僕は、最低でも3回は高野さんの胸を揉んでしまいました・・・・・・だと・・・・・・!!
 くくくっ、クラス中のみならず諜報部の奴らも監視してる状態でこの発言・・・・・・!!」

「言うなよアキラ君・・・・・・。目の前に君の将来の弟がいるんだぞ……!! くくくっ…だめだっ」

「わが弟、太盛よ。君にこんな漫才の素質があるとは知らなかったぞww
 もてる男は辛いというが、あの選挙の後もまだ高野君に付きまとわれてるのかねwww
 今度サヤカ君に頼んでボリシェビキの中で修羅場系のドラマ撮影でも
 やってみたどうだねwwwきっと高視聴率間違いなしだっw」

「いや、その必要はないぞアキラ君!! この裁判な、女子の間で悪いうわさが
 広がりすぎて傍聴を希望する生徒が後を絶たんのだよwww
 学校中のあらゆるクラスから傍聴員の申し込みが来て定員割れだww」

「なにwwそうなのかwww」
 
「参加希望者が2年A組の教室に入りきらないのでww最初は廊下で待機させていたんだが、
 ついに廊下もいっぱいになってしまったwwそれでサヤカ会長の案で体育館に
 モニターを設置しておよそ270名の生徒が観戦することになってしまったww」

「すごい人数だwwwしかも観戦ってwwスポーツ中継じゃないんだぞww」

「もうスポーツってことでいいんじゃないかねww
 一部の女子の間では甲子園よりずっと面白いと評判だよwww」

「ああくそwww私も今すぐ陪審員として参加したいぞ!!
 いっそモニター越しの映像でも構わんwww
 裁判中に笑いをこらえるのが大変だろうがwww」

「アキラ君はもうOBだから裁判に参加なんて無理だよwww」

気分が悪くなったエリカは、鼻を鳴らしながらまたキッチンの方へと消えた。

当の太盛はというと、困り果てていた。

最初は裁判の件をエリカの実の兄上であるアキラ氏に相談した時に
説教されるくらいの覚悟でいたのだが、アキラ自身はもう学園関係者でなくなる
から他人ごとのようにしか思ってない。

『中央委員部でカップル申請書が通っている上に現会長はサヤカ君。
 どちらにせよ君とエリカが結婚する未来に変わりはないのだから問題ない。
 高野君に誘惑されようが、君は胸を張ってどんと構えていなさい』

アキラから太盛へのアドバイスはこれだけだった。

アキラはすでにOBになったとはいえ、自らが支配した学園の行方が気にならないのは、
自分の後任にあたるサヤカやマリカのことを全面的に信頼しているからといえるだろう。

(お兄様ったら会長を辞めてからすっかり人が変わってしまったわ。
 まるで小学生の頃に戻ったように家で好きなことをして遊んでばかり。
 こんな時、ターシャ姉さんがいてくれたら相談に乗ってくれたのに)

エリカは姉のアナスタシアにメールを送るが返事がいつも遅い。
アナスタシアはしばらく旅行に行ってくると言ったきり音信不通だ。

アナスタシアは生徒会幹部にしては珍しく進学を希望せず、高校卒業後は
世界中を旅して見聞を広めることにしていた。もちろんただの旅行ではなく
世界中の社会主義国を回って有力者たちとのコネを作りたいのだろうが、
好き嫌いが激しい彼女にとって自分に合いそうな大学が見つからなかっただけかもしれない。

3月26日。春休み初日。クラス裁判が続いている。

議事録の係を命じられている眼鏡をかけた理知的な男子が、
裁判官のマサヤに対して質問する。

「書面上は3年A組と記載した方がよろしいのか?」
「そうだ。春休み開始と同時に我々は3年に進級したことになる。その通りにしなさい」
「はい。ではそのように……」

議事録に正確なクラス名を書き残していく。
あとで中央部に提出しなければいけない一次資料なので
一言一句間違えぬよう記載する必要がある。クラス名を表記するのも間違いは許されない。

発言内容を書き残すための女子の速記係がついている。
この裁判にて音声による録音や盗聴は常に行われてはいるとはいえ、
昔ながらのアナログ式での記録術を身につけておくのも、
将来日本の内務省などに潜伏した際に役に立つ技能だ。


今日で裁判を行うのは累計7回目となってしまっている。
三学期中に終了しなかったので春休みまで延長となってしまったのだ。

クラス裁判とは本来の規定に従うならば、多くてもせいぜい2~3回程度で
話し合いの決着がつき最後は陪審員の多数決によって刑が決まるのだが、
その話し合いの決着がつきそうにないのが問題なのだ。

議事録の男子と速記の女子が、互いに耳打ちする。
(俺たちは今日から三年生になったな。まさかこんな形で進級を迎えるとは思わなかった)
(私なんて今日別のクラスの友達と出かける予定だったのに、
 それをキャンセルしてこの茶番のために登校してるのよ)

他の生徒の多くも同じように思っていた。特に修羅場系の恋愛なんて興味の無い
男子のクラスメイトは堀太盛に対して殺意すら抱くようになっていた。
皮肉なことに太盛のストレスと緊張で消耗しきった態度が
可愛いらしいと一部の女子の間で彼の人気が高まっていた。

この学園では、一学年時のクラス編成がそのまま3学年続くので
途中でクラスメイトの変更は原則としてない。ただしクラス内で
収容所行きになるなどして人数が減ることはよくあることだが。
つまりクラスの人数が減ることはあっても増えることはないのだ。


「おほん。これより裁判を開始する。では、前回の続きだが……」

マサヤ裁判官が手元の書類を読み上げている間、エリカとミウのふたりは
すでに視線で火花を散らしあっている。相手を攻撃するための
材料は家でたっぷりと考えてある。あとは交互に発言しあうだけだ。

「ではまず高野さんへの質問から入ります。前回の橘さんからの質問にあった、
 美術部の活動とは別に保安委員部との不自然ともとれる接触の多さを
 どう説明するのか。裁判が長引いているので簡潔に答えてください」

「だーかーら、前回までに結論は出てるはずじゃん。
 私は保安の仕事がどんなものか気になったから収容所とか執行委員の
 訓練施設を見て回ったの。ついでに外国人の人と英会話したりして
 楽しんだだけ。英語もたまには話さないと単語とか忘れちゃうんだよ。
 それに私、美術部員だから生徒会との兼任はできないじゃん?」

「兼任の件ですが高野さん。あなたは初回の裁判の時、堀君のセクハラ疑惑での質疑の際、
 自分は諜報部に所属していながらも美術部員だった旨の発言をしています。
 あなたは虚偽の発言をしたのではないですか。実際はどちらに所属しているのですか」

「美術部だよ。美術部。私は前の選挙で大敗したあと、
 諜報部にいるのが難しくなってきたので自分から辞めたの」

「あなたが美術部の部員なことは分かりましたが、裁判中に虚偽の発言は控えてください。
 もし今後も虚偽発言を繰り返すのようなら裁判後にあなたの立場が不利になりますよ」

「はいはい。気を付けまーす」

マサヤ裁判官はため息をつき、教室の周囲を見渡した。
もう誰も緊張感などなく、座ったまま外を見てる者、考え事をしてる者、
居眠りをしている者もいる。この裁判が人気だったのもせいぜい4回目くらいまでだ。

体育館で上映されていた頃は一人の男をめぐる修羅場の体だったので見ごたえがあったが、
結局はミウが彼を誘惑していたことを立証できるだけの説明力がエリカにはなかった。
ミウは反論の機会を与えられると中央委員部の作り上げたどんな詳細な
法律でもすらすらと口頭で述べてはエリカを論破してしまう。

ミウの口のうまさと頭の回転の速さにはあのサヤカ会長(学力だけなら学年トップ3)
でも勝てないわけで、もともと女子のクラス委員に過ぎないエリカの叶う相手ではなかった。

今は高野ミウが保安委員部と組んで学内で反乱を企ててるという、
荒唐無稽な主張をすることでしかミウを攻撃できないでいた。

(このままじゃまずいわ……。私の主張はあの女をスパイとして摘発することだけど、
 どんな理由をこじつけても立証することができない上に
 クラスメイトもこの裁判に関心がなくなってきている……ここまでね)

エリカの視線が床に落ちる。彼女が主張を取り下げればこの茶番が終わるのだ。

(エリカのあの顔、ようやく終わるようだな)

太盛は目の下のクマがすごい。春休み前から橘の自宅に泊まり込みで
義理の兄と夜遅くまでゲームをしているからだ。アキラはマリカーの他にも
マリオゴルフ、マリオテニス、スマブラなど定番商品を次々に買い込み、
太盛を対戦相手として遊んだ。太盛の方もゲームをまじめにやるのは中学生の時以来だ。

ちょうど二人の実力に差がないこともあり熱中してしまう。
ふたりで一緒に童心に帰り、たまに大声をあげながら大いに盛り上がっていた。
マリカーでは義理の兄の方が強く、テニスでは弟の方が強かった。
太盛はアキラがあんな楽しそうな顔で笑う姿を見たことがなかった。

(俺にとってこれが最善の結果だ。何かの間違いでミウが収容所送りになってしまったら
 俺は罪の意識で夜眠れなくなっちまうからな。俺だってミウのことが憎いわけじゃない。
 あの子にはあの子の人生がある。俺じゃなくて別の男を見つけて幸せになってもらいたいんだ)

ミウは胸の下で腕を組みがら鼻歌でも歌いたい気分だった。

(やっぱり私の勝ちか。こんなのやる前から分かり切っていたことだけどね。
 エリカは人手不足の中央委員部に所属してまった以上常に忙しい。
 私が美術部員でいる限り太盛君と接触する機会はいくらでもあるんだよ。馬鹿なやつね)

この裁判でミウは自分の弁舌の能力にますます自信をつけた。
膨大な量の校則の大半を覚えていることから、弁舌のみならず記憶力も
大変に優れていることが判明した。
このことから、ミウが実は本当に生徒会長になれるほどの
器だったことをクラスメイト達は知ってしまうのだった。

マサヤは、エリカの側にこれ以上発言したい内容がないことを察したので
裁判の終わりを告げようとしたのだが、

「ちょりーーーっすW」

来訪者の姿があった。

「ちょwwwあんたたち、春休み初日なのにがん首揃えて何してんの
 天皇。何してんのう!! なんっつってwwww ぎゃははははっはwww」

この教養のない米国人女性のような奇怪な話し方をする人物の名を横田リエという。
学年トップの秀才が集まるA組の担任を務めている。

「あ、みんなごめーんね★ 実は今日寝坊しちゃってさぁ。
 こんな時間に来ちゃったのよ。え? 朝の10時? やばっ。
 ちょっと起きるの遅すぎたかな? 朝ごはん作る暇ないから
 ちょっとその辺で済ましてきたので遅くなったのよね~~」

「おほん。ところで同志担任よ。
 あなたが手にしているその不愉快な紙袋は一体何ですか?」

「何ですかwwwwじゃねーよまじめな顔しやがってwwww
 なにマサヤ君、あんた今裁判官なの? 裁判官ごっこしてんのwwww
 くぅぅ笑いがとまらんwwww 私が持ってるのはマックの袋よ。
 ハンバーガーは歩きながら食べてきたけどまだコーラが入ってんのよねwwww」

「今、我々はにわかには信じがたい発言を聞きました。ソビエトエリートを育成するための
 この学園において、学年トップA組の担任ともあろう者が、
 我らが憎むべき敵性文化であるマクドナルドの商品を食べながら登校してきたと?」

「おいーっすwwww資本主義の象徴のマックでーす。ちな大阪ではマクドだからよろしく★
 私の趣味はぁ、東京ディズニーランドに遊びに行くことでーす☆
 株主なので優待券も持ってるし年パスも持ってるよ~ん」

「その発言からして同志横田は株式投資をしていることを自ら認めたことになります。
 株式投資とはすなわち資本主義そのものと言っても過言ではありません。
 またウォルトディズニーは拝金主義の退廃的文化だとソ連で認識されてます」

「退廃的文化……wwwwなんだそりゃwwミッキーの言葉かにすんなよおいwww
 つーかさ、今時証券口座持ってない大人とかいんのwww?
 他の教員たちも馬鹿みたいに低金利で貯金ばっかりしてないで金を増やす努力しろっつーの☆」

「……」

さすがのマサヤも顔が真っ青になってしまう。
議事録と速記係の男女も筆が完全に止まっている。

この担任は、いったい何をしに来たのか。
ボリシェビキの巣窟においてこの発言の数々。今更言うまでも無くA組は裁判中である。
仮にこの担任の女が人生に行き詰まり、ダイナミックな自殺をしに来たにしても度が過ぎている。

「う……やべ。昨日飲みすぎたせいで今になって気分が……
 う……おぼろおろろろっろろおろろろろRっろ」

横田リエ24歳は、あろうことか裁判官の机の上にげろを吐き出した。

クラス中が空襲を受けたように騒然となり、男子の怒号と女子の悲鳴が飛び交う。
ここでは責任者にあたるマサヤも真っ先に廊下に駆け出し、
緊急の事案なので保安委員部に通報した。

まさか担任が反乱分子だったとは思わなかったエリカは急いで
中央委員部に出向いて事の次第を報告することにした。

横田リエは、吐くだけ吐いて楽になったのか、教室の床の上で大往生した。

横田によって壊滅的な被害を受けた新三年生のこの教室において、
まだ残っている生徒がふたりだけいた。高野ミウと堀太盛だ。
横田がもどした時、太盛もマッハの速度で逃げようと思ったのだが
ミウが制服の裾をつかむので逃げられなかった。

げろの酸味が効いた激臭が漂う中でミウは顔色一つ変えていない。
太盛は吐きそうになるのをこらえるためハンカチを鼻に当てていた。

「ねえ太盛君。今日で裁判が終わるみたいだからさ、春休み中も美術部の活動しよっか?」
「今日の午後からってことか?」
「うん」
「ミウ……あんなひどい裁判があったばかりなんだから自重してくれ」
「どうして? 部活することは校則違反じゃないことは裁判で証明したばかりでしょ」
「それでも世間体ってもんがあるだろ。俺たちは下級生たちからも注目され…」
「どうしても、ダメなの?」

(うっ……)

太盛は、思わず胸の奥がが暖かくなってしまう。
ミウが大きなキラキラ瞳で上目遣いをしてくるものだから、
その小動物的な愛らしさに胸がときめいてしまうのだ。

(ダメだ。こんな感情を抱くなんて俺は最低だ。俺はエリカと結婚するって
 義兄さんたちとの誓ったんだぞ……なのになんで俺は……)

「太盛君。少しだけまじめな話をさせてくれるかな。
 4月9日に新入生歓迎会があるでしょ。それまでに美術部でたくさんの準備を
 しておかないといけないの。もし私たちの代で新入生が一人も入らなくなっちゃたら
 どうするの。最低でも5人以上の人数がいないと部が廃部になっちゃうんだよ」

「それは確かに大問題だが……」

「美術部は前にいろいろな事件があったから部員が今は私たち二人しかいないでしょ。
 上級生はエリカが原因でいなくなっちゃったし、下級生は私が制裁しちゃったからね。
 何も知らない新しい学年の人を確保しないと、次の文化祭がピンチだよ」

「前の文化祭の時は暇な美大の学生さんたちに絵を頼んだくらいだったからな」

「そうそう。その件で近藤の奴、理事長閣下に叱られてたもんね。
 私たちが美術部をしっかりと存続させることは学園にとっても重要なこと。
 この学園は運動部よりも文化部に力を入れるのが伝統だもんね」

「はは。君には一生口で勝てそうにないや。わかったよ。
 今日は部活をするよ。でもお昼の用意がないぞ」

「それなら大丈夫。春休み期間中はどこも部活はやってるし、
 歓迎会の練習期間でもあるから食堂はいつも通り営業してるんだよ」

「ミウは本当に何でも知ってるんだな」(^_^)ノ""""ヨシヨシ

「えへへっ」(*^-^*)

「あ、ごめっ」

「なにが?」

「ついノリで君の頭をなでちまった!!」

「別にいいんじゃない? 友達なんだし」

「いやまずいだろ!! 生徒会の皆さんが俺らのことを常に監視されてるんだぞ」

「どこの部も入学式と新入生歓迎会の準備で忙しいから
 この時期はたぶん誰も見てないと思うよ。」

「で、でも監視カメラで見られてるんじゃ・・・・・・」
 
「それも大丈夫。諜報部は生徒の監視よりも広報活動に必死だから。
 それに春休み期間中に下手なまねをする人なんて普通はいないよ」

とある女子生徒の日記4

諜報部の先輩から例の自民党の不正について詳しい話を聞きました。

不正受給したお金の正体は、経団連すなわち大企業からの献金。
会社の利益から出たお金を労働者には分配せず、自民党に支払っていた。
その見返りとして、企業は法人税って名前の、本来支払う必要のある税金の額を減らしてもらった。

その企業の株式を保有するお金持ちの人たちは、株を持つことで得られる権利、
配当金の額が多くもらえるようになった。これは、本来なら労働者の皆さんに
払われるべきお金を、株主の人たちに支払っていることになる。

私には難しい話ですが、広報部の先輩方が冊子にして配ってくださったので
すんなりと頭に入りました。諜報広報部の皆さんは本当に頭脳明晰なだけでなく、
私のような政治のことなんて何も分からない小娘にたいしてもわかりやすく丁寧に
説明してくださるので、ボリシェビキのエリートの皆さんを心から尊敬します。

私、決めました。
4月の新入生歓迎会で自分から諜報広報委員部の入部試験を受けてみようと。
私のような何の取り柄もない小娘では筆記試験に合格できないかもしれません。
それでも、もし二次試験まで行けたらですけど、
最終の面接試験だったら誰にも負けるつもりはありません。

私も万国の労働者を資本家からの搾取から救いたい。
私にも先輩方と同じように心からの熱意があるのですから!!

3月27日。春休み。ミウと太盛の部活動

「ここなら監視カメラはついてないから安心して。来て・・・・・・太盛君」

「そりゃ美術準備室にまでカメラはついてないだろうけどさ、
 こんな密室でふたりきりになったら規則違反になっちまうんじゃないのか」

「規則のことはいいの。今は私のことだけ見て」

正面から、ぴたりとミウが体をくっつけてくる。
手をつないだわけでもないし、抱き合ってるわけでもない。
ただものすごく互いの距離が近いだけだ。相手の顔に吐息がかかるほどに。
太盛は167センチでミウが154センチなのでそれなりに身長差がある。

「太盛くん、顔が赤いよ?」
「ミウだってそうだろ……」
「私は胸がドキドキしてるよ。触る?」

太盛は、ミウの胸がまたもみたくなってしまう衝動を何とか抑えた。
それだけでなくスカート越しにお尻を撫でてしまいたくもある。

「ミ、ミウ。君は本当に保安委員部に入るつもりはないんだな?」
「太盛君まで私の反乱を疑ってるなんてショックだよ」
「違うよ。そういう意味じゃなくて君は3年になっても美術部の部員を続けるのか?
 学園の規則では生徒会の仕事と部活動の両立は不可能になってるだろ」

「私は今も昔もずっと美術部の一員だよ。だってあなたが誘ってくれた部活だから」
「もう終わった話になっちまうが、君は生徒会選挙に立候補したほどの野心家だったじゃないか」
「あの時は、本気で近藤を倒してやろうと思ってたからね。一時的なヒステリーみたいなものだよ」

ミウが「はぁ~」とけだるそうな息を吐く。それが妙に色っぽかった。
太盛は彼女の人形のように美しい顔立ちと唇に目が釘付けになってしまう。

「やっぱり学校じゃ話しにくいこともあるよね。
 ねえ太盛君。今日は午後の活動は休止にしようか?」

「えっ何で急に……」

「午後から私の家で話の続きをしようかと思ってね」

「なっ……ミウの家って・・・・・・それは自殺したいと言ってるのと同じじゃないのか!!」

「しっ。隣の部屋に盗聴器が仕掛けれてるんだから静かにして」

ミウの人差し指が、太盛の唇に触れる。
興奮して殺気立つ太盛と、冷静なミウ。対照的な二人だった。

耳を澄まさなくても管弦楽部の金管楽器のブラスが鳴り響く。
新人歓迎会を目前に迎えた時期の管弦楽部の気合の入った練習に
在校生の多くは尊敬を通り越して委縮してしまっている。
秋の文化祭前の雰囲気が構内に漂っており太盛たちには懐かしく感じられた。

金管楽器の人たちは朝から屋上に位置しており、
トランペットやトロンボーン隊がアンサンブルの練習をしている。

この学園では毎年優秀な新入生を生徒会を含む各部が奪い合うのが常となっている。
入学式自体は実はどうでもよく、その後に予定されている新入生歓迎会を重要視していた。

この時期になると従来から派閥争いが激しかった
諜報広報委員部、中央委員部の間で喧嘩になることが多い。
諜報部はその独自の調査方法によって中学の段階で優秀な生徒を正確に把握しており、
優秀な人材を中央に取られないよう、あらゆる手を尽くして勧誘して引き込む。

その結果、毎年諜報広報部に所属する人数は全学年で平均70名~100名。中央は20名以下。
中央部の試験内容が特に難しいことも影響はしているが、あまりにも人数に差がありすぎる。

ボリシェビキ政権にとって最も貴重なのは等を運営するためのお金ではない。
革命的情熱に燃える優秀な人材だ。
【人こそが最大の資産だ】以上はスターリンの名言。

「おーい、誰かおらんのか?」

美術部のドアは通常の引き戸だが、ミウがしっかり施錠していた。
そのドアをコンコンと遠慮がちに叩く者があったのだ。

「私は諜報部に所属している広木だ。
 美術部室にはどうやら鍵がかかっているようだが、
 中央の者どもから今日は部活動をやる予定だと聞いているぞ。
 部員は中にはおらんのか? それとも用があり外出中か?
 ならば部員が戻ってくるまで廊下で待機させてもらうがよろしいな?」

声からして威厳がある。末端のボリシェビキではなかろう。
太盛は(逮捕される!!)と恐慌状態になり、頭を抱えてぶるぶる震え始めた。
だがミウは涼しい顔で準備室から出て部室のドアをためらいなく開けてしまう。

「はーい。どちら様ですか~?」
「高野さんか……いるのは君だけか?」

広木と名乗る3年生の男は、わかりやすいほどに落胆していた。
ミウと話したくないのが態度に出てしまっている。
広木の隣には小型のIPADを手にした女子生徒もいる。
おそらく同じく諜報部のボリシェビキだろうとミウは察した。

「あいにくだが、我らは部長の堀君に用があってきたのだよ」
「彼ならそこで頭を抱えてうずくまってますよ」
「??? 彼は具合でも悪いのか。もし体調不良なら保健室に連れて行こうか?」
「彼は体調不良じゃなくて、自分があなた方に逮捕されるんじゃないかと思ってるみたいです」
「逮捕だと……? なんのことだ? 今日は彼に頼みがあって来ただけだぞ」

自分が逮捕されるんじゃないと知ってから太盛は急に元気になり
血行が良くなった。さきほどまで髪の毛に白髪が混じるほどの恐慌状態だったのだが。

「こんにちは。俺が堀です。えへへ。何の御用でしょうか。委員さん」
「先に名乗らせてくれ。俺は広木だ。広木浩二(ひろきこうじ)。俺の隣にいるのは……」
「宮下です。宮下楓(みやしたかえで)新2年生で広木先輩と同じく諜報の所属です」

諜報部から派遣されてきた二人が深々と頭を下げてくるので太盛も恐縮して例をする。
ミウだけは頭を下げず冷静にその場を観察していた。

「恥ずかしい話だが俺は説明があまり得意ではないのだよ。詳しいことは宮下から頼む」
「はい。説明しますね。ずばり結論から言うと、先輩方に絵画作成の依頼をしに来ました」
「絵画ですって……?」

宮下と名乗る身長150センチに満たなそうな小柄な少女は、濃い茶髪のショートカットで
目元が隠れるくらい前髪が長く、フチなしの眼鏡をかけていた。いかにも優秀そうな委員だ。
広木も小柄で背丈は太盛と変わらない。高校生にしては少し頭がはげかかっていて
頭皮が後退している。黒髪だ。こちらも眼鏡をかけていた。

「では説明します。これから広報部で新入生歓迎用の冊子を作成するのですが、
 広報部には絵が描ける人材が不足してるのです。
 そこで美術部の方に我々が考えたレイアウトで絵を描いていただけないかと。
 我々が広報の部員と話し合った結果、
 専門的な分野は専門家にお任せした方が早いとの結論に至りましてね」

「その前にちょっと質問させてください。諜報広報って全体で70人はいますよね。
 諜報と半分ずつって考えても、広報部だけで少なく見積もっても
 30人以上はいるんじゃないかと。そちらで人数足りないんですか?」

「広報部は少ないですよ。現在の部員数は6人です」

「少なっ。そんなに少人数とは知りませんでした!!
 ってことは、諜報広報部ってメンバーのほとんどが諜報部の人だと?」

「そういうことです。我が部では広報の所属は本当に少ない」 

「人数が少ないのは分かりましたけど、
 その6人の中で絵を描ける人がいないってわけなんですか」

「残念ながらその通りです。
 今まで絵に関することは、すでに卒業されてしまった先輩に任せていたんです。
 昨年の3年生には絵の達者な方がおりましたから。その高梨さん、
 ああ、失礼。つまり女子の先輩だったのですが、その方がいなくなってから
 まともな絵をかける人材がいなくなってしまいまして」

「なるほど。今から絵を描くにしてもすでに春休み。
 4月に予定してる歓迎会までに練習する暇もないってわけだ」

「堀先輩のお察しの通りです。それと私たちに対して敬語はいりませんよ」

「えー、でも悪いし恐縮しますよ」

「いえいえ。お気になさらず」

「うーん、委員殿のお願いならもちろん聞いてあげたいんだが、
 俺らも学内の廊下に張り付ける絵をたくさん描かないといけないからなぁ。
 校門付近や校舎の壁に張り付けるのは前と同じで美大の学生に依頼してあるけど、
 俺とミウの担当してる廊下の絵画が今の段階で完成度が半分くらいだ。
 部活動をするのは時間帯が決まってるし、ちょっと難しいかなぁ……」

太盛がぽりぽりと頭を書いていると、広木と宮下の両委員が、彼の隣を凝視していることに
気が付いた。なんとミウが挙手をしているのだ。宮下が「どうぞ」と手で促す。

「あなたたちに依頼されているのは冊子に使う小さな絵だね。
 これは絵画じゃなくてイラストだよ。私と太盛は水彩画や油絵は
 それなりに詳しいけど、イラストとなるといちからの勉強になるので
 少し時間がかかるよ。で、私から提案というかお願いがあるんだけど」

「どんなことでもおっしゃってください。
 お手伝いが必要なら美術部に人員を派遣します」

「ううん、お手伝いはいらない。下手に素人を呼ぶよりも私と太盛君だけで
 やったほうが効率的。むしろ作品の質は上がるよ。
 私がお願いしたいのはね、あなたたちから預かった仕事を家でやっても
 いいかなってことなんだけど」

「……? イラストのお仕事をご自宅でやられることに問題などありませんが」

「だから、私の家でやるんだよ」

「??? それがどうかしましたか? 
 学校で終わらない仕事を自宅でやるのは我々諜報部でも当たり前のことです」

「そうじゃなくて、太盛君を私の家に呼ぶってことなんだけどね」

「な……」

頭の回転の速い宮下委員はすぐに察した。高野ミウは、生徒会からの
依頼を口実として太盛と自宅でふたりきりになろうとしているのだ。確かに春休み期間中は
ボリシェビキも多忙であり、一個人の恋愛になどかまってる暇がないことは確かだ。
現にエリカも中央の仕事で忙しすぎて彼氏の太盛とメールする暇すらない。

「い、いいんじゃないのか? うむ、その方が仕事がはかどるなら
 我が諜報広報部としても問題ないはずだ。そうに決まってる!!」

と広木が拍手する。宮下が彼を見て目を細める。
そこで広木が「すまん。少しだけ時間が欲しいので待っててくれ」と言い、
いったん廊下に出てから宮下と小声で話し合いをしている。

5分ほど経過した。宮下が咳払いをしてから結論を告げる。

「我々は高野先輩の考えてることは大体把握しています。
 今回は特例として、堀先輩とのご自宅での共同作業を許可します。
 この件に関しましては諜報部の責任者にも話を通しておきますので、
 どうぞ、気が済むまで絵の完成のために尽くしてください」

「ふふーん。ありがと。あなたたち、広木君と宮下さんだっけ。
 なかなか話が分かりそうな子たちで助かったよ。
 あ、ところでいくつか確認したいことがあるんだけど」

「なんでしょうか」と宮下。

「私と彼の共同作業中にさ、途中で私が具合が悪くなって彼に寄りかかったりするかも
 しれないし、絵の描き方を教えてもらうときに【たまたま】手や体が振れ合うことも
 あると思う。他には【遅くまで作業した場合】は夕食を私の家で
 食べてもらうこともありえるよね?」

「はい。【たまたま】でしたら不可抗力なので仕方ないと思います」

「他にもあるよ。たまに彼を家に泊めちゃいたいと思うんだけど」

「そ、それはさすがに・・・・・・婚姻前の男女が同衾するなど校則に反してると思われますが」

「誰が同衾するなんて言ったの。下品ね。彼には別の寝室を用意してあるんだよ。
 私のマンションには専業主婦のママがいるから変なことなんて起きようがないし、
 どうせなら同じ家で寝泊まりして絵の作業をした方が効率的だと思わない?」

「しかし・・・・・・それはあまりにも大胆が過ぎませんか」

宮下と同じように広木も顔色が青ざめていく。

「高野さん、美術部に仕事を頼んでる立場上言いにくいんだが、それはやり過ぎじゃないか。
 まず誤解の無いように言っておきたいんだが、我々諜報部は堀君を巡る三角関係に関心は無いし
 多少の問題が起きても逮捕するつもりはない。問題は相手側の橘エリカだ。
 彼と寝泊まりするなど橘さんに喧嘩を売ってるのと同義だし、隠してもいずれ知られる。
 橘さんは近藤会長のお気に入りでもあるから最悪、中央部を敵に回してしまう恐れがある……」

「あなた、近藤なんかが怖いの? 私に選挙活動中に言い負かされていたあの女が?」

「ああ。怖い。はっきり言って怖い。
 今回の会長は中央部の出身だ。我々諜報広報は肩身が狭い。
 派閥争いもある関係で中央の奴らに弱みを握られるわけにはいかないのが現状だ。
 それに高野さんだって7回にも及んだクラス裁判があったばかりだ。
 高野さんの精神的なタフさは尊敬に値するが、そろそろ自重してくれないか」

宮下も真剣な顔で頭を下げてくる。

「我々の顔を立てるためにも、どうか寝泊まりすることだけは遠慮していただけませんか。
 夕食を一緒に取ることまではこちらで認めたいと思ってます。
 いっそ後輩のワガママだと思って納得していただけませんか・・・・・」

「俺からも頼むよ」

広木も頭を下げてきた。名誉ある委員部の人間が
ここまで頼んでくるのだ。さすがのミウもしぶしぶだが了解するしかない。

「いいよ。納得してあげる。任されたからには学園のためにお仕事頑張るよ。 
 午後からちょっと広報部のみんなと顔合わせしたいんだけど」

「顔合わせというと・・・・・・絵に関する打ち合わせですか」

「そうそう。いちおう貴方たちから書面での依頼は受け取っているけどさ、
 紙に書いた文書よりも本人たちと直接絵の方針について語り合いたいんだ」

「それはもちろん構いませんが、話し合いになればいいのですか」

「どういう意味? もしかしてエリカみたいに性格のひねくれた奴の集まりだったりとかする?」

「いいえ。そうではなくて、あまりにも自己主張をしない人の集まりなんですよ。
 広報部の人間ではなく我々が代理でここに来ていることにも事情がありましてね」

くわしくは昼食を食べてからにしましょうと言うことで、
いったんお昼を食堂で食べてから広報部の部室(職場)へと向かった。
太盛とミウがペアで注文したカツカレー(大盛)の食券代は広木が出してくれた。

3月27日。午後の広報部の訪問

ミウは食堂で食べたカツカレーが思っていたより美味しかったので機嫌が良かった。
太盛と体をぴったりと肩をくっつけながら歩いている。手をつないでるわけではないが。
すぐ後ろに話の分かる諜報委員ふたりが歩いているからイチャイチャに遠慮は無い。

校舎内をずいぶんと歩き、C棟の三階部分に諜報広報委員部の本拠地があった。
内部は中央のような広大な事務室かと思いきや、異様な雰囲気だった。
広大なのは同じなのだが、証券会社のトレーディングフロアのような
薄暗い照明の中で無数のパソコンが置かれている。

iPadを持ったまま部屋を歩き回る男子、ワイヤレスヘッドセットをつけて
電話をしている男子、電子メモ帳に何かを書き続けている女子、
リクライニングチェアに座ってクッキーを食べてる女子など様々な人がいた。

「なんだこれ・・・・…。これほんとに学校なのか?」

「ふーん。諜報部ってこんな感じの部室なんだね」

「何でミウが驚いてるんだ。ここは君の前の職場なんじゃないのか?」

「私は所属は諜報だったけど元々アーニャの秘書だったでしょ。
 アーニャの部屋はこことは全然違う場所にあって校長室の隣の部屋だった。
 選挙活動中はよく科学部に遊びに行ってたから、ここに来たことは一度もないよ」

フロア内は、各課ごとに場所が分かれている。
モニタールームと呼ばれる一角には、24面の巨大なモニターが壁に設置されており、
学内の各クラス、廊下、昇降口などあらゆる場所が数分ごとに順番に映し出されている。
モニタースピーカーやヘッドホンを使って盗聴器から聞こえる音を委員が確認する。

ここが諜報課の職場。生徒と教師を監視するのだ。当番の生徒は朝の7時にはここに来ている。
諜報課では生徒の個人情報を遠い親戚まで把握している。
生徒の親親戚兄弟の詳細までをデータベースに入力して管理しているのだ。
将来の資本主義者を逮捕、粛清、銃殺、強制収容所送り、国外追放するために。

他には、過去作【ママエフ・クルガン102高地~川口ミキオの物語~】に登場した
サイバー・セキュリティ課(ネット上の個人情報や金融資産の強奪、スパイウェア、ウイルスの作成)
資産運用課(学園の財産運用。金融市場の分析。あえて資本主義的なことをする)がある。
前作のミキオの所属はサイバー課だったので金融の知識が必須だった。

今作で初めて登場するのは、
秘密警察課(反乱分子を尾行し証拠をつかみ逮捕する。場合によっては銃殺する)
スパイ養成課(日本政府や大手銀行の中枢部に潜入するためのスパイの教育)
外国語課(あらゆる外国語を習得して外国から機密情報を得る。国外ソ連との連絡)

大まかに分けるとこうなる。
(科学部・化学科は前回の選挙後に生徒の反発を招いたために廃部となった)

デスクワーク主体の諜報課、金融担当のサイバー課と資産運用課、
潜入捜査や容疑者追跡をするための警察課やスパイ課である。
外国語課の人間もまた、卒業後は欧米の大企業や政府期間に潜入してスパイ工作を行う。
ようはどこの課もに似たようなことを将来やるわけだが、課ごとに学習内容が異なるのだ。

皆高校生で若くて体力気力に満ちるとはいえ、未だ社会に出たこともなく
親に扶養された学生の身分では知恵熱が出るのを通り越して修行に等しい仕事内容だ。
これらは、実際のソビエト連邦の少数エリートによって運営されていた
実務教育の一環を学園が模倣したものだ。

史実では、この諜報部ではスパイ養成課、外国語課に当たる組織を
卒業した「リヒャルト・ゾルゲ(モスクワ大学卒)」が
日本帝国に侵入してスパイ工作を行い、のちの太平洋戦争を引き起こす原因を作り出した。
スパイ・ゾルゲに関しては過去作「斉藤マリー・ストーリー」に
書いた気がするが5年以上前に書いたと思うので詳細は忘れてしまった。

諜報課に在籍する少数エリート学生は、高校生の若い時代から政治経済金融などに
関する詳しい知識と実務経験を学び、将来は日本国の内務省や外務省に潜入して
日本国を内側から破壊するためのエージェントとなるのだ。

以上の内容を、委員の広木と宮下がざっと説明してくれた。

「なんてエリート組織だ・・・・・・次元が違いすぎる。
 俺なんて絵を描くくらいしか能が無くて恥ずかしくなるぜ」

「私なんて定期テストの成績が太盛君よりずっと低いんですけど・・・・・・。
 アーニャってこんなすごい組織のトップだったの?
 今まで自分のお姉さんみたいな感じで気軽に話してたのが恥ずかしい」

太盛とミウが仲良く圧倒されているのを見て、広木と宮下は鼻が高かった。
宮下がいかにも上機嫌に話す。

「アナスタシア・タチバナ閣下は、代表に昇進される前は外国後課のご出身だったんですよ」
「へえ。あの人ロシア語がペラペラだもんね。宮下さんはどこの課の所属なの?」
「諜報課ですよ。そこにいる広木さんは私と同じ部署の先輩なんです」

「そうなんだ。お昼ご飯を食べてる時にも話したけど、広報部の人たちは
 内気で人見知りだからあなたたちを美術部までお使いに出したんでしょ?」

「お使いと言われると少し不本意ですが、意味は同じですね。
 彼らは部屋にこもりがちなので基本的に人前に出ることはありません」

「早く彼らの職場に行こうよ。ここにいるといかにも頭の良さそうな人ばっかり
 視界に入るから自分がすごい馬鹿みたいに思えちゃうじゃん」

「そんなことないと思いますけどね。高野さんは英国育ちで
 なまりのないBBC英語を話されるので外国語課でしたら即採用になるかと」

「それって褒めてるつもりなの?
 逆に言うと私には英語しか取り柄がないって風にも聞こえるよ。
 それより早くしてよ。どこの部屋にあるの。その広報部って」

「はい。ではこちらに」

広木委員は仕事があるというので途中で別れた。
太盛とミウは、宮下委員に連れられて職場のど真ん中を通り抜けていく。

広報部に所属する知的エリートの男子たちは、油断のない顔で来客を観察していた。
「あれって間違いなく例のあの二人だよな」
「何でペアでいるんだ? エリカさんと破局して高野さんと付き合い始めたのかな」
「俺は他人の色恋沙汰なんて興味ねえけどな。職場見学にでも来たんじゃねーのか」
「高野さんって写真で見るよりずっときれいな顔立ちしてるんだな」

女子たちは声を出さずにひそひそ話していたのがミウにとっては余計に不愉快だった。
ミウが一番に嫌うのは女子の陰口だ。

「こちらが広報部の部室になります」

扉には「広報部・広報活動課」と書かれていた。そのまんまだ。
宮下が愛想笑いをしながら扉を開ける。

「同志たちよ。今日もお仕事お疲れ様です」

返事がない。部室には確かに6人の部員がそろっているのだが。

「今日は美術部のお二人をお連れしましたよ。高野さんの希望で
 あなた方と今後の絵の方針について語り合いたいとのことでしたので」

ガタッと椅子が転げる。何が起きたのかとそちらに注目すると、
小柄で小動物のようにか細い女子生徒が、高野ミウをみておびえていた。
ミウは初対面でそんな反応をされたのが不愉快だったので口調が荒くなる。

「私まだ名乗ってもないんですけど。もしかして私のこと怖いの?」

「あっ……その……ごにょごにょ」

「え? 何か言った? 声が小さくて全然聞き取れないよ~」

「わた……わたしは……お仕事中に……誰か来たので……驚いて……」

「はぁ? 私たち、今目の前で話してるんだよね?
 なんかすごい遠くから声が聞こえてるみたいな感じなんだけど」

「で、ですから……わ。わたし……ごにょごにょ」
 
「ちょっと!! そういうのいいから普通に話してくれる?
 何言ってるのか聞き取れないんじゃ会話すらできないじゃない」

「ひぃ!!」

その女子は自らの顔を手で覆い、すすり泣きを始めてしまった。
他の5人の部員はどうしていいかわからず。とりあえず泣いてる女子に対して
ポケットティッシュを手渡している。みんな見るからに覇気がなく自信なさげだ。
諜報部の自信満々でエネルギッシュなエリートたちとは別の人種のようだ。
女子が5人で男子が1人と女子比率が高い。

理解の追い付かぬ事態にミウが固まっていると、太盛が彼女の肩にポンと手を置く。

「なあミウ。どうやら評判通りのようだぞ。ここの人たちは極度の人見知りで
 しかも大変に内気だ。普段はこの部屋に籠りがちで文章ばっかり書いてるんだろ」

「堀さんのおっしゃる通りなんです。彼女らはいわゆるクラスで浮いてしまう
 変わり者が集まった集団なんです。歴代の先輩たちも口数が少なく、おとなしい人ばかり
 そろっていたようで、自分から率先して人を引っ張ったりするのが苦手なんですよ」

「でもそれっておかしくない?
 広報部の作ってくれた先月号の冊子を読んでて思ったんだけどさ……
 あっ今私のカバンの中にその冊子が入ってるよ。
 資本主義の悪党を打ち滅ぼせって、すごい男らしくて立派なことが書いてあるじゃない。
 連載中のソビエトの歴史小説がすっごく面白くて私は毎月楽しみにしてるんだけど、
 それをこの人たちが書いてるんでしょ?」

「それはうちの部の人たちもみんな言ってることなんですよ。
 自民党の政治批判や共産主義への賛美は刺激的なことを書く癖に、
 それに対して書いてる本人たちがあまりにも気が弱すぎてギャップがすごいと……」

「あ、私今分かったことがあるよ。中央の人らから文化祭の準備中に臨時派遣委員を出せって
 文句言われたことあったよね? あれって暇そうな広報部から人員をよこせって
 ことだったと思うんだけど、この子たちを派遣させるわけにいかないよね」

「そうなんですよ。中央の人たちは学内最強のエリート集団ですから
 プライドが高くて性格悪そうですし、それに校長のセクハラも有名ですからね。
 この子たちをおいそれと中央部に派遣させるわけにいきませんよ」

「中央委員の人たちは広報部の詳細を知ってるの?」

「知らないと思いますよ。彼らが把握してるのは組織委員部と共同で管理してる
 名簿だけ。つまり個人の名前と所属だけ知っているけど個人の性格までは知らないかと」

「なるほど」

「でもこの子たちは悪い子じゃないんですよ。言われたことはしっかりとやってくれるし、
 暇ができた時は諜報部で雑用などやってくれます。フロアのお掃除や日用品の買い出しとかね。
 ただ自分から率先して動くのが苦手な指示待ち人間が多いので
 こっちから、ああしろ…こうしろ…って指導しないといけないんですけど」

「ふーん。へーえ。なるほどなるほど。こんな組織がうちの学園にあったのね。
 ふ~~~ん。ちょっと面白いかも。ねえ君たち?」

ミウが腕組しながら一人一人の部員の顔を確認していく。
ミウが遠慮なしに顔を近づけてくるものだから、みんな生きた心地がしなかった。
宮下はあえて言わなかったが、この学園でミウを恐れてない人などいない。

前回の生徒会長選挙にこそ敗れはしたが、毒ガスや爆弾、生物化学兵器を持ち出すことに
ためらいを見せないあの姿勢に多くの生徒が恐怖し、学校を休む人が続出した。
それはもちろん広報活動をしてる彼女らも同じであり、できれば卒業するまで関わりたくなかった。
その高野ミウがなぜか自分たちの聖域に入ってきてしまっているのだ。

「みんな性格はあれだけど、いかにも頭よさそうな顔してるじゃん。
 あまり人と関わりたくない研究者タイプって感じなのかな。
 うん。決めたよ。宮下さん。私と太盛君は今日からしばらくこの部室に遊びに来るからね」

「遊びに来るとは……どういう意味なのでしょうか」

「言葉通りの意味だよ。気が向いたらこの部屋に顔を出しに来るの。ダメ?」

「……」

「そんな難しい顔しないでよ。別に私がこの子たちを取って食べるわけじゃないんだからさ。
 新入生に配る重要な冊子の表紙と挿絵を任された身としては、もっとこの子たちと
 わかりあってからじっくりと絵の内容を考えたいと思ったの」

「高野さん、先輩に対して大変に失礼な物言いになることをお許し下さい。
 堀太盛さんはともかく、高野先輩に対してあまりよい印象を持っている
 委員はこのフロアにはほとんどいません。先輩が頻繁に広報部に出入りするとなれば、
 また学内でよからぬ噂が広がることになるかと思われます」

「んー、私にとってはどうでもいいよ。
 人に悪く言われるのは慣れてる。私は2年生の春に収容所2号室に
 収容されたこともあるし今さら怖いもんなんて何もないかな」

「そうですか。高野先輩のお気持ちはよくわかりました。
 では堀先輩はどうでしょうか?」

「俺? 俺は……ミウに従うよ。俺は2年の時にミウに悪いことしちまったからな」

「太盛君? どうしたの急に?」

「いやさっきミウが収容所2号室の件を言ったじゃないか。
 あれってよく考えたら俺のせいなんだよな。俺がミウに告白しておきながら
 エリカをちゃんと振ってなかったから話がややこしくなり、あんなことに
 なっちまった。改めて今ここで謝らせてくれ。あの時は……本当にごめんなさい」

太盛は何を思ったのか、ここが広報活動課の職場(部室)だと知っておきながら
ミウに対して土下座を始めた。宮下も広報課の委員たちも衝撃を受けて固まっている。
ミウも同じようにショックで動けなくなっていたが、すぐに正気を取り戻して

「太盛君!! ちょっと土下座なんてやめてよ。みんな見てるじゃない」
「すみませんでした。高野ミウ。俺は君と同じクラスになってからずっと迷惑ばかりかけてました」
「迷惑って何のこと? 私は君に迷惑なんてかけられた覚えないよ!!」

「ミウが学内で評判が悪くなったのだって、もとはと言えば俺のせいなんだ。
 俺が体育祭の時期からミウに冷たい態度をとってからすべてがおかしくなったんだ」

「だから何言ってんのよ!!」

「生徒会選挙の時もそうだ。あれだってみんなはミウが悪かったみたいなこと言ってるけど、
 その原因を作ったのは俺だ……全部俺が悪いんだよ……本当は気づいてたさ。
 だけど誰にも言えなかったんだ。俺は生きてる価値がない。ただのくそ野郎だ」

「ねえ太盛ってば!! 聞いてる?」

「全校生徒の皆さん……。俺みたいなクズが生きててすみません……。
 A組がクラス裁判で俺たちが全校のさらし者になったのだって俺が原因なんだ……」

「ここは広報部の部室なんだよ!? もういい加減にしなさいよ!!」

パシーン

太盛が吹き飛ぶほどの勢いでビンタが決まる。ぶってしまった後で
ミウは激しく後悔した。大好きなはずの彼を叩いてしまったのだ。衝動的に。
土下座してる体制から無理やり胸倉を持ち上げて顔を殴ったのだからすごい光景だ。

「あ……ごめっ……せまるくん」

「……」

「太盛……君? 泣いてるの?」

「いいんだ……。もういいんだ……」

「何がいいのよ。そんなひどい顔して。ほっぺた赤くなっちゃったね。
 宮下さん、ちょっと廊下でハンカチを水で濡らしてきてくれないかな?」

「はい。ただいま」と宮下が言い終わる前に、広報部の女子の一人が
全力疾走で廊下まで駆けてからハンカチを濡らしてきて、それをミウに手渡した。
物書きを専門とする委員とは思えぬ俊敏性だった。運動不足のためか息が切れている。

「はぁはぁ……どうぞお使いくださいませ」
「あ、ありがとね……」

ミウは彼の頬にハンカチを押し当てながら、今日はこの辺で退散することにした。
宮下は、まるでエイリアンを見るような目でこちらを見てくるし、
それとは対照的に広報部の人たちはキラキラした瞳でこちらを見てくる。

ミウは心の中で盛大な溜息を吐きながら老人のように動かなくなった
愛しの彼を引きずりながら広報部の部室を後にして例のトレーディングフロアに。
ここから抜け出すには、広大な諜報部の大広間を通過しないといけない。
(広報部の部室は、その大広間の一角にある扉付きの部屋。執筆作業用のため完全防音)

その間もエリート委員たちの視線がすごかった。
ミウは恥を通り越して少し泣きそうになってしまう。

(初対面なのにとんだ失態を見せてしまったよ。
 これから毎日広報部に通うどころか、
 今日が最初で最後の訪問になっちゃったみたい)

3月28日。美術部の課題に取りかかる

(はぁ……)

午前9時。春休み期間中だがボリシェビキや部活動のある生徒を中心に学内は賑わっている。
美術部と同じ文科系の部活が集まるこの棟で管弦楽部の甲高い演奏が響くのは日常の風景。
たまに指揮者と思われる男の怒声が響くのが大変に不快だ。

ミウは絵を描くのに集中するためソニー製のワイヤレスイヤホンを装着した。
曲目は父親が好きなバッハの協奏曲の名曲集。
バロック時代に流行した通奏低音のリズムが心地よい。

コンコンと、扉がノックされる。なんとなく控えめなので女子かなと思う。

「鍵は開いてるのでどうぞ」
「はい。失礼します」

諜報部の宮下委員だった。
今日もしっかりと眼鏡をつけており生真面目そうな雰囲気だ。

「今日はおひとりですか。堀先輩はどうされました?」
「彼は朝寝坊しちゃったから今日は午後からゆっくり登校したいってメールがあったよ」
「朝寝坊ですか……。あの方は昨日の様子がちょっとあれでしたが大丈夫ですか?」
「彼はたまにああなることがあるけど、立ち直るのも早いからほおっておけば大丈夫」

「わかりました。ではこちらの要件をお伝えします」

「うん」

「昨日の一件の後、広報部の子たちがですね、
 ぜひ高野さんと堀さんとお会いしたいと言っているんです」

「Give me a second.
 それって日本語がおかしくない? 昨日の一件って完全に私たちの失態だったよね。
 それなのに広報部の子たちが私たちに会いたがるってどういうことなのよ。
 私は大恥かいちゃったんでむしろ会いたくないんだけど。」

(今、とっさに英語が出ましたね。データ通りです)と宮下は感心しつつ、

「いえいえ。むしろ逆なんですよ。目の前で男女の真剣な恋愛模様を
 見せてくれたのでその後の展開に興味津々だとか。
 仕事というか個人的な理由でおふたりともっと話をしてみたいと言ってますよ」

「ちょっと。恋愛って、今確かに恋愛って言ったよね?
 私と太盛君が恋愛関係にあるってことを認める言い方をしたら規則違反になっちゃうよ」

「そうでしょうか。私は問題ないと思います」

「ええっと……?」

「高野さんが堀先輩のことを好いていることは全校生徒が知っている、
 いわば周知の事実ですよ。あなた方は超が付くほどの有名人ですからね。
 学園のアイドルか芸能人みたいなものです」

「アイドルって言われると少しだけうれしいけどさ、もしかして馬鹿にしてないよね?」

「まさか。純粋な誉め言葉です。橘さんが中央に無理を通して例の申請書を
 出したことをうちの部では把握してます。その時の行動が監視カメラに写ってますから。
 高野先輩があの方のことを好きでいることはなにもおかしいことではないと、
 諜報部ではみんながそう思ってますよ」

「それ本当!? 私の味方をしてくれる人がここの部にいるってこと?」

「おそらくたくさんいると思いますよ。私の意見を言わせていただきますと、
 好いた惚れたは人の自由なのですから、高野さんが仮に堀さんと付き合うようになった
 としても、それもまた自然の流れでいいと思ってます。
 でも中央の人たちは頭が固くて規則規則と口うるさいんですよね」

「そうそう!! 中央委員部の奴ら、陰険だし裁判で人を罰する立場だからって
 偉そうなのが腹立つんだよね。近藤の奴も今でもすっごく腹立つよ!!」

「うちの部の先輩たちも私が入部したころからずっと同じこと言ってますね。
 基本的に諜報と中央は犬猿の仲ですから、あちらが決めたことに
 こちらはなんでも噛みつきますよ。あとこれも高野先輩は知らないと思いますけど、
 先輩のマニフェストだった中央委員部の廃止を陰で支持してる人もいたんですよ」

「へーそうなんだ。確かにちょっとだけ私に票が入ってたんだよね。
 自分でもめちゃくちゃなこと言ってた自覚はあるから不思議だなって思ったけど、
 私も生徒から全く支持されてないわけじゃなかったんだね。
 選挙中に全校生徒相手に毒ガスとかで脅迫までしたのにね」

「毒ガス脅迫事件の件も、我々の部が当事者ですからそんな秘密兵器などなく
 ただの脅しだったと全員が知ってましたからね。あれはもとはと言えば中央の人間が
 過剰反応してしまたったことが原因で恐怖が蔓延したんですよ」

二人の会話が盛り上がっていく。ミウは褒められて良い気分になっていたが、
エリートボリシェビキ宮下の方には打算もあった。まずこの先輩だけでも
広報部の手伝いをするように仕向けないと冊子の仕事が完成しないのだ。

諜報広報委員部には歴代の規則がある。

・納期厳守。仕事は確実に速やかに終わらせる。
・助け合いの精神。
・油断慢心こそ最大の敵。初心を忘れるな。

他にもたくさんあるが、今のはそのうちの一部だ。
冊子は作り終えてから相当な部数を印刷する必要がある。
それを計算に入れたうえで作業を終わらせないといけないのだ。

デジタル全盛のこの時代に印刷かと思われるかもしれないが、
デジタルになれた若い世代だからこそ、
紙を手に取り読む楽しさを知ってほしいとボリシェビキは思っていた。

色のついた紙面でイラストを見るのはデジタルとは違う感動があるのだ。
ソビエト連邦建国時よりビラやポスターによる宣伝は繰り返し行われてきた。

宮下は早速ミウを連れて広報部の仕事部屋へ足を運ぶ。

「高野せんぱーい」

と女子たちが集まってくる。昨日と違ってみんなニコニコしてる。
部に一人だけいる男子は少し離れた場所で必死に愛想笑いをしていた。

「みんな、おはよう」

「「「おはようございます」」」

「昨日はあんな恥ずかしいところを見せちゃったのに呼んでくれてうれしいよ。
 時間もないからさっそく仕事の話をしようか。本当は自己紹介をしてから
 にしたいけど仕事中にみんなの名札を見ながら名前を覚えていくね。
 まず私の書いた原案がいくつかあるんだけど最初に謝らせて。ごめん。
 これ実は昨日家で1時間で描いたものだからしょぼいと思う」

まずミウが描いたのは、広報部の人気小説「突撃。魔女飛行隊!!」
(独ソ戦におけるソ連邦女子航空隊の壮絶な生涯を描いた小説を参照にした作品)
のキャラクターイラスト。

ミウは古典的な絵画が得意な太盛とは逆に
愛らしい少女のイラストを描くのが得意なので
「艦これ」(敵国、日本帝国の艦船)を参考に史実のソ連邦英雄の
リディア・リトビャク、マリーナ・ラスコーヴァなどを描いた。

史実の英雄の顔が、今風の大きな瞳と短い手足で
デフォルメされた容姿がなんとも愛らしい。
彼女らの搭乗機も同じように小型化して、戦争に興味がないであろう
新入生らでも抵抗なく戦争の世界に没入できるように工夫がされている。

ミウは大きなスケッチブックにそれらのイラストを多数掲載した。
また冊子の表紙の飾るための広報部のキャラクターの原案も書いてくれた。
いずれも、えんぴつでの下書きの段階だが完成度は高い。
グラデーションはしっかりと行っているし、
特に強調したい部分にだけ色鉛筆で着色している。

宮下が眼鏡のずれを指で持ち上げながら感心している。

「これは・・・・・・上手ですね。同人として出展したら十分にお金をいただけるレベルかと」
「こんなの売りに出したら笑われるよ。太盛君の油絵に比べたらお遊びレベル」
「でもすごいと思いますよ。私は絵に関しては素人ですけど素人目に見ても上手だと思います」

ミウは褒められたのでついうれしくなる。

「部のみんなはどうかな? これはあくまで案だから、改善とかダメ出しとか
 あったら遠慮なく言ってくれていいよ。注文されたとおりに直していくから」

部員たちはふるふると首を振った。

「直すとこ、ないです」
「これで色を塗ってくだされば、完成すると思います」
「私も同意します」
「私もです」

部員は新2年生から3年生まで含まれているが、ミウと同学年の人まで
ミウに対して低姿勢で敬語を使ってくれる。ミウはまさか一発目でオーケーをもらえると
思ってなかったので驚いた。みんなが自分のイラストを気に入ってくれているのだ。

にっこりと笑い、

「良かった。変にダメ出しとかされなくてほっとしたよ。
 今日は時間取らせちゃてごめんね。私がここにいると邪魔だろうから
 続きは美術部に戻ってから仕上げちゃうから、ちょっと待っててね」

「あの先輩。お茶が入りました……」

「え? お茶? ありがとね。君、男子なのにお茶出してくれるなんてめずらしいね」

男子の部員は、ニコニコしている。口数は少ないが、これが彼なりの精一杯のお礼なのだ。

「高野先輩、バタークッキーです。どうぞ」 と女子の一人が紙皿を差し出す。
「クッキーもくれるの? 気が利くねえ。ありがと。私バタークッキー好きなんだよね」
「知ってます……」
「ん?」
「諜報部の……データベースに載ってます。高野先輩のお好きなお菓子のこと……」

ミウは自分の個人情報が改めて知られていることに寒気を感じたが、
それ以上にこの子たちなりの感謝の気持ちが伝わるのでうれしくなった。

「クッキーもあるなら紅茶でも飲みたくなるね。なーんて」

「いま……先輩のお好きなダージリンを淹れてるので少々お待ちを……」

「ちょ……あのさ。気持ちはすごくうれしいんだけど、私には仕事があるんだよね。
 1枚のイラストを色付きで完璧に仕上げるのに書き直しも含めて
 3時間くらいはかかるから、今すぐ取り組まないと時間なくなっちゃうんだよ」

「ここで……やればいいのでは……」

「Even if you say that, 
 ここはあなたたちの仕事場なんだし私なんかがいたら邪魔にならない?」

部員全員が首を横に振る。

「いとうぃるびぃおうけい」
「ようあうえるかむ」
「絵に必要なものがあれば私たち、運びます」

「書くのに必要なのは鉛筆と色鉛筆だけだから運ぶものは特にないよ。
 今回のは本格的な絵画じゃなくてイラストだからさ。でもありがとね。
 それじゃ、お言葉に甘えてここで仕事しちゃうね」

ミウはクッキーを少し食べてから真剣にイラストを描いていった。

4月1日。生徒会の予算委員会

予算委員会とはただの名目だ。新年度予算は昨年の時点で完成している。
今日の委員会で議題に上がっているのは「新人ボリシェビキの所属」をどう配分するかである。

「あー、なんつーか、
 毎年同じことを議題に挙げちまって恐縮なんだがな、まずこの表を見ていただきたい」

中央委員部の代表に昇格したモチオが、隣に座るエリカと共にパネルを持ち上げる。
(エリカは昨年の生徒会選挙以降、正式に中央部に所属した)

「これは過去5年間のオリエンテーション(歓迎会)のあとの生徒会への新入生の
 加入実績だぁ。収容所の管理人である保安委員部が毎年多いのは当然だとしても、
 主に頭脳労働を担当する学園の中核、中央委員部と諜報広報委員部の間で、
 明らかに数字が違うことがわかる。これを見て諜報部の代表から言いたいことが
 あったらぜひ聞いてみたいと思ってな」

「……? さあ。なんのことだ。言いたいことなど何もないのだが」

「とぼけんなよ高木。俺は今わかりやすくここの数字を指して発言してんだぞ」

「だから何のことだと言っている」

「毎年中央部に入る人間の平均が22名。
 てめえらの部に至っては80名近くに及んでいる。およそ4倍の差だぞ。こら。
 しかも中学時代に生徒会役員や学級委員、部活の部長などを経験した指導力のある
 生徒ばかりそちらに引き抜かれているのも気のせいってことでいいのか? あ?」

「ふむ。なるほど。つまりそれだけ我が部に入りたいと思う
 優秀な若者がいたことを示す内容のデータだと思うが違うのか?」

「っざけんな。喧嘩売ってのかよ……」

「喧嘩を売ると言われても、俺にはなんのことだか分らんな。
 今やってるのは予算委員会の審議であろう。俺は審議をしているつもりだ」

この高木というに男、学園トップのエリートが集う諜報広報委員部において
部内の推薦によって代表の座を勝ち取った3年生だ。
冷静沈着でプライドが高く教師に対しても尊大な態度をとることで有名であり、
モチオの最も嫌いなタイプの人間だった。

「おい2年の宮下ぁ。おめーからも何か言いたいことはねーのかよ?」
「すみませんが、質問の意図がよくわかりません」
「ああ!?」
「ですから、山本代表の質問の意図が分かりませんので私には答えようがありません」
「ちっ……これだから陰険集団の奴らは・・・・・・いつもいつも話を長引かせやがる」

陰険集団と言われれた瞬間、宮下は目つきが鋭くなるが言い返しはしない。
この宮下、広報委員部の次世代の代表候補なのでここに呼ばれていた。
昨日までにミウと太盛にはその話は一切していないが。

「もういいわよモチオ君。私が代わりに言うわ」とエリカが立ち上がる。

「はっきり言わせていただきますけど、
 生徒会の各部のおける人員配置の公平性を保つためにも、
 諜報広報委員部だけが優秀な学生を独り占めするような
 卑劣な真似は、今年からは辞めてくださらない?」

それに対して高木が返す。

「橘エリカさん。あなたは我が部のやり方を卑劣だと発言されたな。
 でしたらあなたの主張の根拠を示していただきたい。
 新人の学生諸君らは自らの意志で我が部に毎年入部している」

「それは本当に彼らの意思なのですか?
 実際に強引な勧誘が過去に何度も行われていることが
 我々中央と組織委員部との合同調査によって明らかになっております」

「その根拠はあるのか?」

「はい。あります。詳細は組織部の高倉代表から説明を」

指名された高倉ナツキ(過去作~チベットを旅する~の主人公。高校3年生)が
僕から説明するのか・・・事前の段取りと違うじゃないかと小言を言いながら席を立ち上がる。

「我々は昨年度より生徒会に加入した新入生全員に聞き取り調査を行っています。
 諜報部の勧誘にあった経験のある新入生が、いわゆる茶菓子などを振る舞われ接待を
 受けたり、中学時代より学業優秀な生徒に関しては筆記試験を省いて簡単な面接と
 作文だけで合格にしているとの報告が上がっておりますが、
 これらに関して高木代表は何か身に覚えはありますか?」

「・・・・・・少なくとも俺は知らんな」

「高木代表。あなたは事実を認めないとおっしゃりたいのですね」

「認めないとは言ってない。俺がそうだと認識してないと言ったのだ。
 そちら側が詳しく調べたのなら、もしかしたらそういった事実があったのかもしれない」

「そうですか。では宮下さんは、ただいまの件に関してどうように認識していますか?」

「私も高木代表と同じです。そのような接待などを直接見たことはありませんが、
 そちらの調べが正確だとするなら、そのような事実はあってもおかしくないと思います」

「まるで二人が事前に示し合わせたかのような答弁をしているのが気になりますね」

「それに対して答える義務はありません」

「ほう? 今のは僕の感想に過ぎないかもしれないが、
 僕の感想に対して答える義務がないと断言されるのですか?」

「・・・・・・いえ、すみません。言い直します。
 答える義務はないのではないか? と一瞬だけ疑問に思っただけです」

と宮下が目線をそらす。嘘つきの目だなとナツキが思う。

これも毎年のことなのだが、予算委員会において中央部側から
ぶつけられる質問に対して、諜報部では以下の受け答えをすることが推奨されている。

・こちらの不祥事に関しては知らないと答える。
・参加者全員が口裏を合わせる。
・ゆっくりしゃべる。答える時間を長引かせて時間を稼ぐ。

これは皮肉にも資本主義日本の自民党が、予算委員会などの審議で
野党からの追及を逃れるために行っているテクニックだった。

しかしこうなってしまうのも仕方ないことではある。
相手側の中央委員部が学園の少数エリートで構成されているのだ。

文系生徒の最頂点に位置する中央部のメンバーは各学年のA、Bクラスから
主に構成されている。この両クラスは特別選抜クラスであり、
AとBにしろ学力に差がなく適当に割り振られて各学年毎に合計70前後が在籍している。

橘エリカと井上マリカ副会長はAクラス、
近藤サヤカ会長、山本モチオ代表、高倉ナツキ代表はBクラスの出身だ。
今年の生徒会の幹部も毎年の例に漏れず、文系の最優秀クラスから選出されているのだ。

(奴らとまともに舌戦をして勝てるわけがない・・・・・・)
今年の諜報広報委員部の高木代表は、歴代の代表と同じくそのように認識していた。
どちらもエリート学生あることに変わりは無いが、諜報側は学力面での劣等感を感じていた。

中央委員部のエリートたちは記憶力が並の高校生のレベルではない。
この学校に関する規則の総数は、収容所の管理や裁判の執行までを含めるなら
軽く500を超えるが、中央部の人間ならその全て空で言えてしまう。

彼らは読み書きのみならず弁舌の能力も十分に鍛え上げられている一方、
理系出身の生徒が過半を占める諜報広報部の人間の多くが議論する能力に乏しく、
仮にこちらが把握してない細かい法律を出されて反論されたら即敗北する。

「おい高木。さっきからそちらの代表で一言も話してないのがいるよな?」
「広報部の代表のことか?」
「そうだよ。そこの女、おめーだよ。さっきから下向いて知らん顔してんじゃねえぞ」
「ひっ・・・・・・」とおびえる少女。この少女が広報部の代表だ。

広報部も一応「部」である。上役の組織の諜報部に比べたら小規模に過ぎないが、
各部の代表が集まる会議で広報だけが出席しないわけにはいかない。

(ここでの発言は議事録に残ってしまう。杉本よ。
 失言をして揚げ足を取られないよう気をつけるんだぞ・・・・・・)

と高木がヒヤヒヤするのも当たり前で、今年の広報部の代表の選任に関して
全員が断固辞退したので最後はくじ引きとなってしまい、
結果2年生女子の杉本が選ばれた。彼女は他の例に漏れず気弱で弱虫であり、
山本モチオの荒々しい口調にすでにおびえきっていた。

「そこのおまえ、杉本って名前なのか?」

「は、はい・・・・・・」

「さっきの質問にお前だけ答えてねえよな。おまえらのお仲間の諜報部でコネ採用してる
 って件について、杉本の意見は? まさか広報部までコネ採用してんじゃねえだろうな?」

「えっと・・・・・・そのですねぇ・・・・・・ごにょごにょ」

「あん? なんだって?」

「ですからぁ・・・・・・ごにょごにょ・・・・・・」

「おい高木よぉ、少し確認したいんだが、こいつはふざけてるわけじゃねーんだな?
 もし審議を妨害する目的で漫才をしてるとしたら規則に抵触することになるぞ」

「大切な審議中にうちの人間が迷惑をかけていることに関しては認めるし謝罪する。
 しかし見ての通り杉本はこういう性格でな。杉本は広報部に入部した当初からこんな感じだ。
 俺のつたない記憶力による知識で恐縮なのだが、
 この学園では弱者に対して思いやりを持つ人が良い生徒だとされているはずだ。
 山本君も名誉ある委員ならば下級生の女子をいじめるような真似を遠慮した方がいいと思われる」

「そうかい。なら杉本さんに質問するのは時間の無駄だな。
 俺だって話すのに向いてねえ女子をネチネチいじめる趣味はねえよ。
 次からは杉本さんが発言する順番は飛ばしちまっていいか?」

「むしろこちらからお願いしたいくらいだ。副会長殿もそれで許可していただければ助かりますが」

会議の議長である井上マリカ副会長は「それは今回だけは構わないが」と腕組みしながら言い、

「甘く見るのはあくまで今回だけだ。
 仮にも部の代表を名乗る者が会議の場で発言ができないのは組織としては論外である。
 高木代表は部の責任者として杉本さんの指導を後でしっかりと行ってもらいたい。
 それでよろしいな?」

「は、はい。副会長閣下!!」

「あとであなたたちの職場に視察に行くから、そのつもりでいること。いいな?」

「分かりました!! 閣下!!」

副会長に対してだけは高木の尊大な態度が消える。マリカを恐れている証拠だ。
生徒会のみならず、全校生徒の共通認識としてマリカより頭の良い生徒はいない。
マリカは副会長に就任してから貫禄が高校生のそれを遙かに超越し、
一国の大臣か独裁者のようになってしまっている。

「なあマリカさんよぉ。こいつらの不正の件は確実に黒だと思うんですけどね。
 今回はどういった判決を下すので?」

「山本代表。今は審議中です。私のことは副会長もしくは議長と呼びなさい」

「へいへい。それで副会長殿のご意見は?」

「不正勧誘の真相についてはともかく、過ぎ去ったことよりも新年度の
 ことを考える方が有意義だ。高木代表と宮下委員には、4月のオリエンテーションでは
 不正と疑われるような事案が起きないことを約束してもらいたい。約束できるか?」

「はい。約束します」
「私も約束します」

「中央委員部の繁忙期における臨時派遣制度についても話し合わないといけないが、
 それは次回に回す。今回は予定時間を7分も超過しているためこれにて解散とするが、
 宮下委員と杉崎委員だけここに残りなさい。以上だ」

女子二人に指名がかかったことに対し、高木と山本モチオは少しだけ固まったが、
すぐに退席した。マリカに残れと言われた杉崎はもはや生きている心地がせず、
生まれたばかりの子鹿のように震えていた。
もしかしたら何世代か前の祖先は鹿だったのかも知れない。

2年生になったばかりの宮下も眼鏡のずれを直す指先が震えている。
こちらは恐怖と緊張によって憔悴し若干16歳なのに老婆のように老け込んだ。

予算委員会の終了後、マリカが諜報部を視察する

高木は、午後2時半頃に自分の部室(職場)へと戻ってきた。

高木の帰りを待っていた諜報部のみんなが出迎えてくれる。
男子や女子の委員が次々に質問を浴びせていく。

「おう高木、お帰り。そしてお疲れ!! 今日の会議はどうだった?」
「うむ。ただいま戻った。会議は無事に終わったよ」

「高木君。うちの不正(優先採用)の件は会議でどう処理されたのかしら?」
「副会長殿により不問となった。ただ次やったら確実に処罰されるそうだ」

「おまえすげー疲れた顔してんぞっw ほら。紅茶でも飲めよ」
「すまん。中央の奴らと議論するのは重労働だ。何度か心臓が止まりそうになった」

「あなたを代表に推薦したのは私たちなんだけど、いつも大変な役割を任せちゃってごめんね~」
「いや迷惑ではない。みんなが俺を支えてくれるから責任者として頑張れる」

「クッキー食べるでしょ? さっき広報部の子たちが高木君用に買ってきてくれたの」
「いつもすまんな。あの会議に参加するには適切に糖分を取らないと正直やっていけん」

高木は、自分の職場で3年間苦楽を共にした仲間、信頼できる後輩たちに囲まれ、
ここが家族のように温かみのある場所に感じられた。高木はまじめ人間で笑うことが
めったになく顔には出さないものの、みんなと一緒にいて確かな幸せを感じていた。

本当は代表などやりたくもない。それは仲間たちも同じだった。
ここでは知的エリートがそろってはいるが、どちらかというと任された仕事を
完ぺきにこなすことが得意な人が多く、人を指導したりするのは苦手な人が多かった。
その中で推薦によって高木は代表に選ばれた。

高木は、自分を支えてくれる仲間のためを思うことで
恐ろしく頭の良い中央部の連中との会議にも臆することなく出席することができるのだ。

黒髪ショートカットの女子の委員がマカロンを食べながら、

「ねえねえ高木君。さっきから気になってたんだけど宮下さんは?」
「宮下は……まだ会議室にいる」
「ええ!? それってまさか……」
「俺にも理由は分からんが、会議終了後、副会長閣下に会議室に残れと言われてな」

「それってどういうことだ……? やばいことになってんじゃねえのか?」
「ちなみに杉本も一緒にだ」
「杉本もかよ!? 言動があれだから説教でもされてるのか、いやそれとも美術部と関わった件で……」
「残念なことに俺にも理由はわからん。大事になってなければいいが」

この件で諜報部の各課へ恐怖と焦りが伝染していった。会議自体は
無事に終わったはずなのだが、居残りを命じられた宮下と杉本の身の安全が保障されていない。

この学園の会長と副会長は、革命裁判所 裁判官の地位を有するので
独自に罪人を裁く権利を持っている。井上マリカの怒りを買うことで
宮下と杉本が収容所送りになる可能性も否定はできない。

会議室に対して監視カメラをつけることは禁じられているから、こちらからモニターできない。
何より心配なのは杉本のことだ。広報部のみんなは仕事を納期までに余裕をもって終わらせるので
暇な時間は知識を得るために読書ばかりしているのだが、諜報のみんなに気を使って
お茶菓子の買い出しに行ったりもしてくれる。そのためみんなに可愛がられていた。

「なあ高木よ。杉本の件はまだ広報のみんなには教えない方がいいと思わないか?」
「俺もそうするべきだと思う。あの子たちが知ってしまったらパニックになるだろう」

他の委員たちも口々に感想を言い合う。

「私もそう思うわ。本人たちが戻ってきた時に内容を訊けばいいんだしね」
「しっかし副会長に目をつけられた理由が気になるよなぁ。今日は仕事が手につかねえや」
「なーにぬかしてんだ。おまえなんて仕事中ゲームばっかやってんだろw」
「うっせーw 仕事はちゃんと終わらせてるんだから気晴らし程度にだよw」

諜報広報委員会は冷徹な警察組織だと広く認識されている。
確かに職務の上では反乱分子に対して一切の容赦がないが、
仲間内では思いやりと人間味にあふれる良い人たちの集まりだった。

過去作【ママエフ・グルガン102高地~川口ミキオの戦い】
で描かれた川口ミキオがそうであったように、ここに入部した新人たちは
すぐに先輩たちの暖かい雰囲気が好きになるので
辞める人が少ないのも特徴だった。離職者が多い保安委員部とは対照的だ。

「た、大変だぞー!!」

とモニター係(交代制)の男子が叫ぶ。

「この廊下の映像を見ろぉぉ!! 
 ふ、副会長閣下が宮下たちをつれてまっすぐこの部室に向かってる!!
 あと5分もしないうちにこの部屋に入ってくるぞ!!」

職場は一瞬でパニックになった。高木も一瞬で老け込んでしまう。
副会長殿は先ほどの会議でいつかこちらへお邪魔する話は
されていたが、まさか今ここに来てしまうとは。

何よりまずいのは、上級者を出迎える準備がまったくできてないことだ。
委員たちはいつものお茶タイムでまったりしていたのだが、これがまずかった。
中央部の作った規則でボリシェビキは職場での食事を禁止されている。
茶菓子は論外。持ってきていいのはマイボトルかペットボトルの飲料で水が推奨されている。
要するに職場に水以外は持ってくるなということだ。

諜報部では、紅茶や日本茶のティーパックがどっさりと買い込んであり、
お店並みの品ぞろえのインスタントコーヒー、和洋問わず大量のお菓子が用意してある。
大昔に先輩たちがストレス解消のためとお茶菓子を持ち込んだのが始まりであり、
みんなで朝と夕にお茶会をするのが存外に楽しいので今もこの文化が続いている。

基本的に中央の人間がこちらに視察に来ることはなく、仮に会長など権力者が
視察に来る時は事前に連絡があるのでどうにか対処できる。しかし今回は不意打ちだ。

ドアがノックされる。もう逃げも隠れもできない。
高木は意を決して小声で全員に指示した。

「みんな。聞け。この状況で不要物を完璧に隠すのは不可能だし余計に罪が重くなる。
 ここは代表の俺が謝罪することにするから、何もせずそのままにしていろ。いいな?」

みんなが無言で頷く。ドアが開かれる。

「突然の来訪ですまないな」
「いえ。同志副会長閣下。わざわざこの部室までご足労いただいて恐縮であります」

前話で登場した会議室や中央部の本部は、昇降口付近、校長室のすぐ隣に位置しているが、
諜報広報部の部室はそこから真反対の位置。2個隣の棟の3階にあった。
早足で歩いたとしてもここまでくるのに15分はかかるだろう。

「早速職場を見学させてもらおうか」
「は、はい。こちらでございます。私がご案内をさせていただきます」

マリカは大胆にも護衛をつけずにここまで来ていた。マリカの後ろに
宮下と杉本がいる。ふたりとも特に緊張した様子もなくいつもの調子だ。
ということは、何か悪いことがあったわけじゃないのだなと高木や他の仲間が安堵する。

マリカは明らかに不要物が視界に入っているのにそれらをスルーしながら歩いていた。

「モニターがたくさんあるようだ。あれで普段は学内の監視を?」
「さようでございます」

「この部室には資産運用をする専門部署があるそうだな?」
「向かい側のPCデスクが彼らの職場となっております」

「外国語課では英語以外にどの言語を学んでいる?」
「共産主義の総本山のフランス語やロシア語を学ぶ委員が多いです」

マリカは大広間の一角にある広報部の扉を開けた。

部員たちはおとなしく専門書の読書をしていたが、
マリカが急に現れたので仰天している。

「「「・・・・・・ど、同志閣下に敬礼!!」」」

「我々は軍隊ではないのだから敬礼は不要だ」

「「「はいぃ、すみませんっ、すみませんっ」」」

みんな恐縮しすぎておかしくなっている。
井上マリカは同伴させている杉本に仕事内容の説明をさせることにした。

「ここの人は全員で読書をしているようだな。今は休憩中か?」
「これも・・・・・・しごと・・・・・・なんですぅ」
「本を読むのが仕事?」

「お仕事を早めに終わらせて自由時間を作り、たくさん本を読む・・・・・・。
 そうしないとぉ・・・・・・楽しい記事が書けないのですぅ・・・・・・」

「つまりインプットの時間というわけだな?」
「そうですぅ。休みの日は地元の政治集会にも参加して偉い人とお話ししてます」
「なるほど。新鮮な知識が無ければ宣伝記事が書けないのは道理だ」
「はい~・・・・・・」

「ところで」マリカの目が光る。

「ソビエト機関誌(プラウダ)に連載している【突撃!!魔女飛行隊】の作者はここにいるか?」
「はい。わたくしですけど・・・・・・」
「そうか。君だったのか。名前は?」
「篠原(しのはら)と申します・・・・・・」
「機関誌に書かれているのはペンネームではなく本名だったのか」
「うちではペンネームを使うのは禁止されてますので・・・・・・」

「そうか」マリカは難しい顔をする。
「は、はいぃ」

篠原は、自分が文化的検閲を受けているのではないかと思った。
自分の書いた小説に何か思想的な誤りがあった場合は反革命分子とみなされ、
保安委員部で尋問を受けるのでは?と想像してしまい、ますます震えが止まらなくなる。

「実に素晴らしい作品だと思う」

「すみませんでした!! って、はいぃ?」

「女子が書いてる作品だと思っていたが、やはりそうだったのか。
 女性目線で描かれている小説なので感情移入がしやすかった。
 戦時下のソビエト女性兵の苦悩をよく描けてている名作だと思う。
 連載の続きを楽しみにしている」

マリカは篠原の肩をぽんと叩き、それで部屋を後にした。
一同が平伏する。

マリカは諜報部の広大なフロアに戻ってきた。
委員たちは生きた心地がせず、椅子に座ったまま青白い顔をしていたが、
マリカが来たのですぐに全員が立ち上がった。

「あなた方も日々の仕事で疲れているだろうから座ったままでいい。
 ただし体だけは私の方に向けて欲しい。
 これから何人かに質問するので正直に答えてくれ」

マリカはわざと足音を立てながら歩く。
まずはサイバー課のデスクに置いてあるチョコチップクッキーの箱を手に取った。

「そこの男子委員。これは職場に必要なものか?」
「申し訳ありません」

続いて女子が多い外国語課のデスクに置いてある、
飴玉が満載してあるカンの蓋を開けてしまう。

「頭脳労働の職場にはつい飴がなめたくなるとでも言いたげだな。そこの女子委員?」
「すみません。同志閣下」

次は資産運用課。デスクの引き出しに携帯用ゲーム機が挟まっていた。
ひどいことに床には漫画雑誌も落ちている。

「そこにいる男子に問う。我が校ではゲームをするための委員部が存在するのか?」
「いいえ。存在しません。大変に申し訳ありません。閣下」

そんな感じで次々に不要物を見つけて回る副会長。
委員たちは恐怖を通り越して気分が悪くなってきている。

「いいか、今から私が話すことをよく聴きなさい!!」

マリカが演説口調で声を張り上げる。

「君たちは、実在したソビエトの歴史では国家保安委員部の諜報課、防諜課に類似する組織である!!
 学内から厳選れた生徒で構成されており仕事内容に間違えが決して許されぬ職場だ。
 君たちの普段の働きぶりは大変に優秀だと中央から報告は受けている。
 だが仕事だけ完璧にこなせば学内の規則を破っていいことにはならんだろう!!」

(マリカの発言が続く)

「なるほど。仕事の合間に茶菓子を食べてリラックスしたい気持ちも分かる。
 ならば陰でこそこそやらず、まず中央委員部に相談するなどしてから実施しても
 良かったはずだ。陰でやってる小さな悪事などいつか裁かれるものだ。
 それと君たちがつまらぬ派閥争いを大昔から続けていることも知っているが、
 だからといって中央部に本来入るはずだった人員までこちらで奪って良いのか?」

「私は予算委員会での審議では不要な派閥争いを避けるために
 あえて公言はしなかったが、今ここではっきりさせておきたい。
 この部では過去に新人の不正採用はあったのか、なかったのか。どちらなんだ?
 もし不正採用がなかったと主張したい者がいるなら、この場で挙手してみなさい」

当然、誰も手を上げない。

「なるほど。よくわかった。この件は私の胸の中に締まっておこう。
 次回の会議でも話題には出さないので安心しろ。さて。ここからが本題なのだが」

マリカは大きく両手を広げ、さらに声を張り上げる。

「私から見て、この職場は人員に余裕があるためにたるんでいる。
 仕事自体はきちんとこなしているので評価はするが、問題は気の持ちようだ。
 同志諸君。諸君らはボリシェビキの一員でありボリシェビキは鉄の規則を守ることが第一の義務だ。
 中央委員部は人手不足の折、規則に反することなく精一杯努力して日々の仕事をこなしてる。
 まさに模範的な生徒の集まりだが、諸君らは気が緩んでいる。
 不正採用の件は、本来なら厳罰に処する対象だということを忘れるな」

「同志諸君。顔が暗いぞ? そこの男子は今にも倒れそうな顔をしているな。
 そこの女子は声を押し殺して泣いているのか? すすり泣く声が聞こえる。
 普段は自分たちが学内の反乱分子を逮捕する立場でありながら、
 自分たちが叱られる立場になった気分はどうだ? 
 同じ気持ちを君たちに捕まった生徒たちも味わっていたのだぞ。
 情けないと思わないか。こんな精神薄弱者の集まりで春に新入生を迎えられるのか!!」

バターンと音がする。
なんと本当に倒れてしまう者が出てしまったのだ。倒れたのは資産運用課の2年の男子だった。
彼はもとから貧血気味でしかも昨夜は遅くまでゲームをやっていたので
体調があまり良くなかった。またマリカのあまりの迫力にここにいる何人かが
首になるのではないかと思い、緊張が限界に達したのだ。

「彼を今すぐ保健室に運んであげなさい」
とマリカが命じると、男女の委員のペアが彼に肩を貸して急いで廊下へ消えていった。
女子のすすり泣く声がさらに大きくなった。泣いてる女子が何人もいる。

(このままお叱りを受け続けたら、本当に首になる者が出るかもしれん・・・・・・)

高木はもう自分が謝るしか無いと思ったのでマリカの前に躍り出た。

「恐れながら同志閣下に申し上げます!!
 今般の失態の数々、まことに返す言葉もございません!!
 我々は学園ボリシェビキの恥だと正しく認識し、自己批判します!!
 これら一切の責任は、代表を任されているこの不詳高木にございます!!」

「……」マリカは驚いた顔で固まっている。

「代々の不正勧誘の件について弁解いたします!!
 我々は人数こそ多いのですが、末端としては優秀でも
 頭になって人に指示をする側の人間が不足していることから、各中学から
 優秀な学生をピックアップして優先的にこちらに配置することで部の質を
 保ってきた経緯がございました。まことに言い訳がましいことは承知しております」

「……」

「茶菓子の件も、初めは先輩たちが始めた風習でした。最初は少し気分転換に
 お茶の時間を楽しむ程度のものでしたが、いつしかそれが我が部の伝統となり、
 そのままの流れで現在まで続いてしまいました。私がもし本当に正しき生徒ならば
 私の代でこの風習を終わりにするべきでしたが、愚かな私にはこれができませんでした」

「そうか。茶菓子の時間は気分転換になっていたのだな」

「他にも漫画、雑誌、ゲームなどたくさんの不要物を持ち込むことを最終的に
 許可していたのは私です。彼らは私が甘いがためにそれでいいと思ってしまったのです。
 彼らが悪いわけではないのです。どうか、どうか彼らを処分することだけは
 勘弁していただきたいのです。この体たらくでは説得力が皆無でしょうが、
 皆一人一人が本当に優秀な人材の集まりでして、かけがえないない仲間なのです」

「諸君らの優秀さは昨年の実績から知っていると言ったはずだが?」

「はっ。大変に恐れ多いことです。繰り返しになりますが、今回の件は私がすべての
 責任を取ります。私は今日限りで代表のみならず部自体を辞めようと思います。
 新学期からは一般生徒として周りの皆さんに迷惑をかけぬよう学園生活を送ります。
 ですからどうか、彼らのことだけは……どうかお願いします。
 もし閣下がお気に召さないのでしたら、いっそ私を収容所送りにしていただいても結構です」

高木は腰を深く曲げてお辞儀している。土下座するくらいの勢いだ。

「高木代表。そこまで思い詰めているとはな。私は別に…」

「恐れながら同志閣下!! 私も今日でクビにしてください!!」
「俺もです!! 高木だけを辞めさせるわけにはいきません!!」
「私もお願いします!! 彼のような優しい人だけが解雇されるのは納得いきません!!」
「俺も収容所送りにしてください!!」

3年生が次々に手を挙げていき、最終的には3年生28名全員が辞める事態にまで発展した。
みんなが高木の誠意に胸を打たれて涙を流しながら手を挙げている。
これにはさすがのマリカも動揺を隠せない。

「ほ、ほ~う。そこまでの覚悟がある者がこんなにもいるとはな……しかも3年生ばかりだが」
「私も責任を取ります」
「宮下……? あなたもなのか」
「はい。私は来年の代表候補に選出されています。高木さんが辞めるのなら私も辞めます」

残される運命となった2年生たちは、どうしたらよいかわからず、
おろおろしながら涙を流している。3年の先輩たちは
「俺たちがいなくなってもお前たちは優秀だから大丈夫だ。
 新しく入ってくる人と仲良くやれよ」と別れの言葉を言う。

気が早いもので後輩に仕事の引継ぎの話をしている先輩もいた。
女子の先輩後輩は抱き合いながら最後の別れを告げている。

マリカは「ふぅ~」と息を吐いて、手を二回叩いた。

「さきほど私の話が途中で遮られてしまったので続けたいのだが、よろしいな?
 君たちに知っておいてほしいのは、私は今日副会長としてここに視察に来たのであって
 人員整理をするために来たのではないということだ。
 よって君たちに対する処罰などない。そんなこと考えたこともない」

「なっ……閣下……?」

「高木君もいつまでも頭を下げなくていい。普通にしていなさい。
 今回の視察で君たちに対する評価はますます上がったよ。
 君たちは良いチームなのだな。仲間を想う代表。その代表を慕う仲間たち。
 先輩と後輩の絆も深い。2年生の宮下の覚悟も大変に立派だった。私は誇りに思う」

「閣下、しかし我々は数々の規則違反を……」

「今までは確かに規則に反していたな。だがこれからは適法にしてしまえばいいのだ。
 私は中央部出身の近藤会長から多大な権限を任されている立場である。
 私の権限を持ち、ただ今の時間をもって諜報広報委員部内での
 軽飲食、ゲームや漫画での気晴らしを、仕事内容に支障が出ない程度の範囲で正式に許可する」

委員員たちは、感動のあまり震えた。

「もちろんこの件に関して中央を通じて法案化することは不可能だ。
 あくまで私の権限化において許可をするということを忘れないように。
 私が退任した後、つまり来秋の選挙後以降はどうするのか考える必要があるが、
 それまでの間は君たちの間で存分に気晴らしをして交流を深めなさい。
 時間を取らせてしまったな。今回の視察は以上とする」

マリカが去った後も委員達はしばらく立ち尽くしていた。

4月2日。中央委員部のお仕事。新入生歓迎会の準備

中央委員の仕事内容は幅が広い。
反革命容疑者の締まりのための法律の制定や改正。革命裁判の実施から刑の執行。
学内で行われる各種行事の運営。収容所の管理の補助。学園予算の管理までやっている。
社会での仕事で例えると総務、経理、会計、教育、司法、立法、企画立案などが該当する。

この学園には100名を超える教師がいるが、教師は軟弱な資本主義者であり、
大卒者の学力と社会人としての経験はあっても共産主義的な教養に乏しく、
多くが自立思考のできない典型的な日本人(資本主義者)のため、
中央委員部が作成した指導要領の元に職務を遂行している。

ところで、収容所に関することは本来ならば保安委員部部の仕事なのだが、
ほとんどが日本語のわからぬ外国人の集まりなので事務仕事で全く役に立たない。
十分なネット環境の整ってない後進国出身の構成員すらいるのだ。
おそらく共産主義の理念すらまともに理解していないだろう。
そのことでサヤカは中央の負担が増えて頭が痛いとよく言っていた。

「まったく、うちは今年も人数が足りないときたもんだ。
 気を抜く暇が無くて困るよ」とM字はげの校長が毛のない頭を撫でる。

今年の校長は役職なしの委員として中央委員部に所属している。
学校教員の中で唯一のボリシェビキにして古参。彼の通称はオールドボリシェビキ。
このオールドにはいろいろな意味がこめられている。

「文句ばっかり言っててもしょうがないでしょ。
 今年はちゃんと働いてもらいますからね校長」

腕組みする近藤サヤカ。制服の襟に会長のバッジが光る。
春休み期間中、サヤカ会長は中央委員部に付きっきりだった。

4月9日に予定されている午前の入学式。
午後の新入生歓迎を迎えるにあたり、スケジュールの調整をしなければならない。

新入生達はメインイベントの歓迎会にて各部活動から勧誘を受け、
最大で2週間は各部を自由に回って見学し、最終的に自分の入りたい部活を決めるのだ。

ここまでは普通の学校と似たようなものだが、
「学園」にだけある特徴として、入学式の後に直ちに勧誘活動が行われる。
また入学式に父兄(保護者)の同伴は禁止されている。

名目上は学生の完全なる自立を教育目標とするためとされているが、
実際は学園の暗部である警察組織や収容所を見せるわけにいかないからだ。
もちろん入学式の段階では学生に対してもそれら闇の事情は伏せておくものだが、
万が一という可能性もある。隠ぺいしておいて損はない。

学園の規則では部活への参加が強制されているわけだが、
その際に「部活動への参加届」を提出する。この用紙を中央委員部へ
期日までに提出しないか、あるいは脱走してしまった場合は「取り調べ」の対象となる。

取り調べとは「尋問」の一歩手前。諜報部の委員によって思想の検査を受けることになる。
「尋問」は、保安委員部の仕事でありこちらは拷問など肉体的な指導を含む。
尋問を受けた生徒は高い確率で自白の強要をさせられ(例:私は日本のスパイです)
反省室(収容所)送りになる。前作ではミウが生徒会の尋問を受けて収容所2号室送りとなった。

「今年は下手な口実を作って逃げたりしないから安心したまえよサヤカ君。
 私も今年は末端の委員だから君たちの指示におとなしく従うよ。ところで君、
 またずいぶんと女子に人気のようだが、その子たちは派遣委員なのかな?」

校長が指さしたのは、サヤカの周囲を護衛するように取り囲んでいる4人の女子だった。
みんなが新2年生を示すピンク色のリボンをつけている。

「えへへー。こんにちは。校長先生」
「私たちはぁ、サヤカ様の親衛隊でーす☆」
「私たちは一般生徒なので臨時派遣委員じゃないですよ~」
「サヤカ先輩のお手伝いがしたいと思ってここに来たんですぅ」

以下にも頭の軽そうな女の子たちだなと校長は思ったが、さすがに口にはしない。
この際使えるものは何でもいい。使うだけだ。

「で、サヤカ君。この子たちには君が指示を出すのかね?」

「そうしたいんですけど、会長の立場では部の行動を監視するのが仕事になっちゃうので
 実務に関わるのがNGなんです。かといって校長も今年は普通の委員ですからね。
 指示が出せるクロエやエリカさんが戻ってくるのを待とうと思うんですが」

「あのふたり、午前中に外に出ててからずっと戻ってこないようだね」

「はい」

「あのふたりどころか、他の連中も全員いないようだが・・・・・・」

100人の教員が収容できる職員室並みの広さを持つ中央委員部の職場は、
すでに業務が終わってしまったのではないかと思うほど人気がない。

「人手不足なのでそれぞれがそれぞれの役割を果たすため校内を駆け回ってるんでしょうね。
 はぁ……。毎年のこととはいえ、本当に今年も猫の手も借りたい状態ですよ」

サヤカはモチオのパソコンでスケジュールの進捗を確認した。
今のところ、各部のグラウンドの使用手続きは完璧に作られている。
グラウンドは広いが部活動の数が多すぎて手狭になるので場所取りに苦労する。

各部の部長や部員に反革命主義者がいないか。かつて逮捕歴がないか。
お決まりの覚醒剤や大麻、タバコなどの所持がなかったかの確認。
中央の規則により過去の汚職経験者は問答無用で解雇される。

特にソビエト伝統の体操、水泳、バレーなどは歴史的文化的に重要視される部活だ。
文化部でも同様の検閲を実施してからでないと歓迎会に参加させることはできない。
新入生を迎えるにあたり、在校生の反革命容疑者が部内で活動していることは避けたいのだ。

入学式前に市議会との連絡も密にしないといけない。足利市議会は
日本政府を欺くために表向きは資本主義者を装っているが、その中身は
ソビエト共産党員の集まりだ。市議会の幹部には入学式で来賓としてあいさつをいただく。

入学式には当然学園の理事長(ロシア系ソビエト人)が来るので
理事長に対して校内を一層綺麗にしておかないといけない。
サヤカは前回の文化祭の準備で失態をして理事長の不評を買ってしまったばかりだ。

「せんぱ~い。何か手伝うことありませんかぁ?」
「私たち、さっきから何もしないでここで立ってるだけですよぉ?」
「私はPCが得意なのでデータ入力の仕事とかありませんかぁ?」

校長は、親衛隊女子の語尾を伸ばす若者特有の話し方にイラっとした。

「う~ん。困ったわね。さっきも言ったけど、本当は指示したいんだけど、
 会長になるとできないのよ。校長、エリカさんを携帯で呼び出しますか?」

「いやそれはまずいよ。今繁忙期なのでエリカ君は相当に気が立っている。
 私なんて仕事中に話しかけただけなのに怒鳴られてしまったよ」

「あちゃー。それはまずい。エリカさんの場合は
 イライラの原因が仕事っていうか愛しの彼のせいなんですよね」

「最近は高野君に自分の彼氏を独占されてるそうだからね。
 うちの部では間違っても堀君のことは話題にはできんよ。
 次は雷が落ちるだけではすまなそうだ……」

「だったら校長が私の親衛隊の子たちに指示してあげてくださいよ」

「うむ。気は進まんが、そうするしかないか。
 ではいいかね君たち。今から私の説明をよく聞きたまえ」

校長は、委員のデスクの一つを指さした。そこにバインダーに挟まれた名簿が載っている。
各運動部員の正式な登録データだ。とりあえず、これをPCのデータベースに入力してほしい。
途中までは委員がやってくれたのだが、最後まで終わるまえに別の仕事が入ってしまったのだ。

例えば野球部であれば各部員の顔写真から簡単な経歴。
自己アピールなどが描かれている。それをPCに入力しておけば、
生徒は後でスマホの専用アプリから各部活の情報が得られるので
入部希望の部活が探しやすくなる。

なおこれは生徒会アプリ(通称ボリシェビキアプリ)という名前で中央が
管理されており、在校生以外が使用することは高く禁じられている。

「それとハンコを押したことのある人はいるかね?
 そこから2個隣の机には書類の山が積んであるだろう?
 収容……ではなく反省室で使う備品発注に関する決裁書類なんだが、
 内容は読まなくていいからすべてハンコを押した状態にしてほしい」

しかし、親衛隊の女子から返事がない。

「ん? 君たち。聞いているのかね?
 こちらは指示してるんだから『はい』とか『わかりました』など返事くらいしたまえよ。
 別に難しいことを頼んでるわけじゃないと思うんだがね。
 手の空いてる人はエクセルを使用して会計簿もつけてくれると助かるよ。
 新人用の書き方の見本が・・・・・・確かエリカ君の机の中にあったかな?」

校長がぽりぽりとお腹をかきながらエリカの机をあさる。
すると、2段目の引き出しには、事務用品に混じって彼の大事な写真がしまってあったので
ものすごく気まずくなった。見るからに高そうな光沢プリントの写真だ。
勝手に開けたことがエリカに明らかになったらまた雷が落ちるだろう。

「ぷっ・・・・・・」
「くすくす」
「おもしろーい」

なぜか女子たちは鼻で笑っている。

「君たち? 急に笑い出してどうしたんだね?」

「ぷっ・・・・・・どうしたんだね?・・・・・・だって」
「校長のしゃべり方、変わってるよね。昭和の親父って感じ」
「こち亀の両さんと同じ時代を生きた人なんじゃない?」
「なんか女子に対してすっごい上から目線でむかつく~~」

校長は察した。この頭の軽そうな女子たちは、
近藤サヤカの熱烈なファンであってそれ以上でもそれ以下でもないのだ。
つまり校長が何を頼もうと初めから従うつもりがない。

(仮にも私は学園の校長であり理事長閣下とも懇意にさせていただいている身なんだよ?
 私に対するこの生徒たちの態度、本来なら極刑ものだと分かっているのかね)

サヤカの手前、いつもの調子で怒鳴り散らすことはできないが、
いい加減腹が立つので追い返してやろうかと思う。その時だった。扉が開く。

「みんな、ごめーん。戻るのが予定よりずいぶんと遅れちゃったよ!!
 えーもう1時半? 私まだお昼食べてないんだけど!!」

騒がしく話すのは中央委員のクロエ・デュピィ3年生。フランス出身のボリシェビキ。
人形のように美しい顔立ちをしており、東洋人風のお化粧と東アジア圏のお菓子の研究が趣味。
日本語や韓国語を含む多言語話者でユーチューバーチャンネルも持っている。

「・・・・・・何あの人?」
「誰あの外人?」
「知らなーい」

突然現れた芸能人並みのルックスの3年生を見て親衛隊は驚いている。

「ん~~? なんか知らない子たちがいるね? 校長。この子たちは派遣の人?」
「派遣どころか、年上に対する口の利き方も知らない残念娘たちだよ」
「なにそれぇ? 校長。また女子に嫌われるようなこと言ったの?」
「そうじゃないんだよクロエ君。そうじゃないんだよぉ・・・・・・」

「あはは!! 校長が泣きそうになってる。面白いからからかってやりたいけど、
 今は繁忙期なのでパスね。んでサヤカはそこで何してんの?」

「私は、会長として中央部が心配だから視察にしているのよ」

「でもサヤカはこっちの仕事はしちゃいけないルールなんだよね?」

「そうよ。残念ながらね」

「見たとこ、そこの女子はあんたのファンクラブってとこでしょ。
 その子たちをちょっと借りてもいい?」

「もちろんよ。ちょうどあなたに指示役をお願いしようと思ってたところだったのよ。
 さっき校長がこの子たちにデータ入力をお願いしたんだけど断られちゃってね・・・・・・」

「ええ~~。これからもまだまだ書類が増えるんだしさぁ。
 データ入力はどんどんやってくれないと困るよ。今年もうちは意地の悪い諜報の奴らと
 喧嘩してるから臨時派遣委員さんには期待できないんでしょ?
 だったらその子たちに手伝ってもらおうよ」

「だそうよ、あなたたち? クロエもこう言ってることだし、
 さっき校長に言われたとおりのことを今からやってくれるかしら?」

親衛隊たちは
「部活動メンバーの経歴なんて興味なーい」
「会計簿ってなんか難しそう~~」
「数字と漢字ばっかで目が疲れちゃいそう」
「でも先輩の頼みだから断れないよね~」

先ほどは自分から手伝うと言ってた割にはこの言い草。
さすがのサヤカもイライラが顔に出始めたので

「さ、さあやろうか!!」
「お手伝い頑張るぞ~」
「お~~っ!!」
「始める前から眠たいけど、やるぞ~」

彼女らも空気を読んで仕事に取り掛かるのだった。

校長は固定電話で市議会の幹部との長電話をしている。
クロエは親衛隊たちの仕事ぶりを監視しながら幕の内弁当(コンビニ)を食べている。
サヤカは眼鏡の手入れをしながら食事中のクロエと近況の報告をし合っている。

1時間が経過した。その間に何人かの委員が職場に戻ってきては
また仕事を見つけて去ってしまうを繰り返した。常に人気の無い職場だった。
電話も頻繁に鳴ったが、サヤカかクロエが受けては本人が不在のため折り返しにする。

校長は1時間以上も電話を続けている。楽しい話題でもあるのか、たまに大きな声で笑う。

「部活動の入力が終わりましたよ~」との報告が。
「かいけいぼ、も言われたところまで終わりました~」
「はんこも押しましたよ~」

クロエがさっそく確認する。

(う・・・・これはちょっとひどすぎる・・・・・・)

漢字の変換ミスが多く、数字の入力は桁間違いもある。
ひどいのは部活動のプロフィールの写真データだ。
野球部では捕手と野手が間違えて張られている。クロエたちは職務上、
全部部活に所属してる部員の顔と特徴を記憶しているので間違えようがない。

よせばいいのに、部員の自己アプール文章の最後に勝手に
星やハートのマークもつけている。公的な文章の書き方を知らないのだろう。

「どうかしましたかぁ?」 と首をかしげる女子。
こいつは、決裁書のハンコ係だった。ハンコが、曲がってる。
それだけならいいのだが、印字が薄すぎる。これでは最初からやり直しだ。
中央委陰部で使用している決済印は長年の伝統がある備品なので
このハンコを適当に押す者など、かつて誰もいなかった。

(やっぱりうちの部は厳選採用しないとダメなんだなぁ)
とクロエは思いつつ怒りを静めるため拳を握る。
本当なら厳しく叱りたい。だがこちらは手伝ってもらってる身なのだ。

「ちょっとサヤカ・・・・・・こっち来てくれる。こっちへ」
「・・・・・・これは・・・・・・うん。そうしたほうがいいわね」
「・・・・・・じゃ、これとこれは、そんな感じで」
「・・・・・・うん。うん。悪いわねクロエ。後で私からも言っておくわ」

クロエはサヤカ会長と小声で相談した後、親衛隊に向き直る。

「どうもありがとう。今日のお手伝いはここまでで大丈夫よ」
「え。もう終わりなんですか? まだ仕事たくさんあるってハゲ校長が言ってましたよ」

(本人がここにいるのによくハゲって言えるわね。校長と親しくもないくせに)
クロエは普段から校長をからかってはいるが、大切な仲間であることに変わりは無い。
部外者から仲間を悪く言われたので妙に腹が立ってしまう。

「そういうわけじゃなくてね、次の仕事はすごく難しいので私たちじゃないと
 できないってことなのよ。本当に今日はありがとうね。
 一般性生徒は校内にいてもすることがないでしょうから気をつけて帰りなさい」

「私たちぃ、サヤカ先輩と一緒にいたいので最後まで残りますよ~」
「そうですよぉ。サヤカ先輩の護衛なんですから~」
「私たちが一緒にいると毎日が楽しいっておっしゃってたじゃないですかぁ」

(ばっかじゃないの。みんな私よりずっとチビで弱々しそうなくせに
 会長の護衛なんて務まると思ってんの? 過去に会長の護衛で死にかけた
 保安の人もいるのに、冗談でもそんなこと言って欲しくないわ)

クロエは笑顔の裏に怒りを押し殺し、

「みなさ~ん? 良い子だからお姉さんの言うことを聞きなさい。
 サヤカはこの後、事前の打ち合わせをしないといけないことがあるから、
うちの代表の生徒(モチオ)が来るまでこの職場にとどまります。
 分かった? いつまでもサヤカサヤカって言ってないで先輩の話を素直に聞きなさい。
 私だってこれでもベテランの中央委員なのよ」

「ベテランですって~!!」
「その割には役職を示すバッチとかつけてないような?」
「クロエさんって末端の委員さんなんじゃないの?」

クロエは本気でこいつらの頭を叩いてやろうかと思った。

この子たちは生徒会の絶対権力であるサヤカのお供をしているので
自分たちが逮捕されることはないのだと慢心してしまっているのだ。
少なくともクロエが過ごした高校生活で、中央部の委員に対して
遠慮なしに喧嘩を売ってくるのは、例の諜報部の頭脳集団を除いて他に知らない。
無知故の命知らず。若さ故の過ちである。

「こら、あなた達!! 先輩に対して失礼な口をきいてはダメよ!!」

サヤカが声を張る。

「あなた達は今、役職がどうだとか言ったわね? 役職? 地位?
 そんなものには何の価値もないのよ。私だって自分が会長であることを誇ったことは
 一度もないし、自分の地位を利用して人を陥れたこともない。いいこと? 
 よく聴きなさい。クロエも校長もここでは立派な委員として働いている。
 それは私が保証する。それに比べてあんたらはどうなの?
 今から私があなた達の至らなさを教えてあげるわ」

サヤカは「本当は黙ってるつもりだったけどね」と小声で言いながら
先ほどのお手伝いの結果を発表していく。細かいミスの内容から
仕事に対する誠実性のなさ、注意力のなさ、実務能力のなさをくどいくらいに
説いてあげた。すると親衛隊の女の子達はみるみるうちに泣き出していく。

「悔しくて泣くのね。悔しいと思うならそこから這い上がってきなさい。ここは中央委員部。
 実務能力に優れた優秀な生徒が集まっているの。まあどっちかっていうと
 諜報部の人らの方が私たちより頭がいいし優秀な人がいるんでしょうけどね。
 委員になるための試験の過去問はネットで自由にダウンロードできるわ。
 中央でも諜報でもどっちでもいいけど、少なくとも試験問題を簡単に解けるレベルになってから
 クロエのことを評価しなさい。クロエはフランス人だけど日本語のテストをパスしたのよ」

女子達はめそめそ泣きながら、一応はクロエに頭を下げて謝ってから帰って行った。

校長が深くため息をはいた。
「まったく、やれやれだね。最近のゆとり教育はここまで深刻なのかね?」
「校長先生。ゆとり教育なんて今や死語ですよ。今は日本のどこの学校もやってませんもの」
「あーいう子達ってさ、卒業してから社会で本当にやっていけるのか心配になるね」

中央委員会のお仕事2。エリカが広報部の部室を訪れる

(まったくあの女ときたら……どこまで私の邪魔をしたら気が済むのよ……!!)

エリカは肩を怒らせながら校内を歩いていた。そのまがまがしいオーラに
すれ違う生徒たちが悲鳴を上げながら道を開ける。

(美術部の人数が足りないから広報部の人と共同で作業をしているですって?
 彼と一緒にいるための口実づくりには最高ね。諜報の偉い人たちに許可を取ったうえで
 広報部の人たちと一緒に作業しているなら私たち中央も下手に口出しできないもの)

廊下の曲がり角を曲がる。
反対側から小走りしていた女子生徒がエリカにぶつかる。

「そこのあなた、どこを見て歩いてるの。邪魔よ」
「す、すみませんでした、委員様!!」

ぶつかった際に女子生徒が持っていた書類が床に散らばっているのだが、
エリカは拾おうともせずその場を通り過ぎてしまう。

エリカはまっすぐ校長室に向けて歩き、中に誰がいないことを確認すると
隣の中央委員部の部室に入る。
生徒会長のサヤカが代表の椅子に座って難しい顔をしていた。

「エリカ。ずいぶんと遅くなったようだけど、その様子じゃまた何かあったの?」
「サヤカ……いたの。ええ、それはもう、いろいろ不愉快なことがあったわ」
「そ、そう。で、何があったのかしら。他のみんなは仕事中なので私が代わりに訊くわ」

ここからはエリカによる回想となる。

エリカは今日の午前中、検閲も含めて文科系の部活のあいさつ回りをしていたのだが、
最後に寄ったのが美術部の部室だった。鍵もかかっており中には誰もいないようだった。
ご丁寧に扉の前に張り紙がしてあり「美術部は一時的に広報部の部室で活動しています」
と書いてある。意味が分からぬままエリカは行きたくもない広報部まで足を運ぶ。

「よ、ようエリカ。久しぶりだな」

いた。彼氏の太盛はキャンバスの前に立って色を塗っていた。
なぜか広報部の部室に美術部の道具一式を持ち込んでいる。

エリカが鋭い目つきで部屋を見渡す。
女子のおとなしい委員たちはエリカを見ておびえている。
高野ミウもいるが、できるだけ視界に入らないようにして話をつづけた。

「太盛様ぁ。なぜここで絵を描かれているのか、正直に答えてほしいのですけど」
「いちから説明すると結構長くなるけど時間は大丈夫か?」
「ええ。時間ならいくらでも。ぜ~んぶ私にわかるように説明してくださいな」

太盛は絵の具で汚れたエプロンを外してからエリカと部屋の隅に移動し、
小声で話をした。わざわざ移動したのは、この話にミウを加わらせないためだ。
エリカはかなり怒っている。ここでミウがしゃしゃり出てくると間違いなく修羅場になる。

「・・・・・・そこまでして絵を書く必要があります?」
「・・・・・・だから、うちは本当に人数が少なくて困ってて」
「・・・・・・人手が足りないのなら近所の美大生に頼めばよろしいのでは」
「・・・・・・それこそ部が存在してる意味が無くなっちまう」

太盛が説明した内容は嘘ではない。入学式と歓迎会用の絵を描くのに
広報部の人たちにアシスタントをしてもらっているのだ。諜報部の提案により、
どうせならここに画材一式も持ってきてしまえということで広報部に出張してきた。

アシスタントといっても広報部のメンバーに絵を描く能力はない。
道具の準備や後片付けなど雑用をしてもらう。気が利くので定期的にお茶も淹れてくれる。
お菓子も出してくれる。室内は画材を置いても余裕があるくらいに広く、
自分たちの仕事場に絵の具の匂いがすることにも文句を言わない良い子達だった。

「エリカ。仲間がいるってのはいいもんなんだぞ。俺とミウが二人だけで
 あの美術部で絵を描いている時は、それはもう心細かったもんだ。
 だがここには仲間がたくさんいるのでもう寂しくなんてないよ」

「我が中央の規則によりますと文化部の部活動は原則部室でやることになっております。
 太盛様はご自分が部長の立場なのに今まで知らなかった……とは言いませんよね?」

「俺とミウは諜報部の人たちに気に入られてるのでここへは顔パスで入れることになってる」

「??? 諜報の委員たちはこの学校の規則を作る立場の人間ではないのに、
 太盛様は彼らが許可したからといって勝手に美術部の部室を移動しても大丈夫だと?」

「俺はそうは言ってないだろ。ただ、今は春休み期間中でしかも短い期間だけだから
 諜報広報に所属する皆さんのご厚意に甘えてもいいかなって思ったんだ。
 俺が言ってるのは規則原則じゃなくて人の気持ちだよ。
 なあ、いいだろ? このくらいの規則違反は見逃してくれよ」

太盛はエリカの肩をつかみ、真剣な顔でお願いをした。
大好きな彼の琥珀色の瞳にエリカの心がぐっと引き寄せられてしまうが、
女心は複雑なものでエリカが本当に文句を言いたいのは、
そんな細かい規則に関することではなかった。

「ダメです。ダメに決まっていますわ。太盛様」

「エリカ・・・・・・・おまえは」

「すみません。勘違いさせてしまいましたね。
 私がダメと言ったのはそのことではありません。
 私が気に入らないのは、そこにいる女のこと・・・・・・」

エリカは、ミウのことを指さした。
ミウは広報部の作業机に向かって一生懸命に二次元キャラの下書きを書いている。

「あの裁判があったのはつい最近。それなのに高野さんが私の彼氏と
 一緒に何事もなかったかのように部活動を続けている。
 あまりの無神経さにあきれてしまいますわ」

ミウは黙って鉛筆を動かしている。

「ねえ高野さん? 私が仕事で忙しい中、人様の彼氏を勝手に独占しようと
 したことについて私にも文句を言う権利はあると思うんだけど、いかがかしら?」

ミウは聞こえないふりを続けている。

「あなた、もしかして耳が聞こえなくなったのかしら。
 人が話しかけているのに無視するなんて正しくない生徒の典型ね。
 ふっ。都合が悪くなると聞こえないふりをするだなんて子供なのね」

エリカはツカツカと歩き、ミウの机から下書き用の紙を奪ってしまう。

「うわ・・・・・・なにかしら。このセンスのないキャラクターデザインは。
 資本主義国で流行ってる萌えキャラの一種? こんなのを作品として
 提出するつもりなの? センスを疑ってしまうわ。」

「それ、返してよ。広報部の子達の依頼で描いてる大切な作品なんだよ」

「何が作品よ。落書きの間違えでしょうが」

「落書きじゃないよ」

「は? 落書きでしょ」

「だから、落書きじゃないって言ってんだよ」

二人の美人の女子生徒は、しばらくの間にらみ合いをした。
間もなくつかみ合いの喧嘩が始まってもおかしくない。
3年A組のクラス裁判の再現だ。

太盛は緊張とストレスにより、35年の住宅ローンを組んだばかりの亭主のような顔をしている。
せめて広報部の子らだけでも避難させようと小声で「隣の部屋に行ってなさい」と言った。
だがみんな楽しそうな顔をしており、誰も逃げようとしないのが悲しかった。

「エリカ。私はもうあんたと議論しないって決めたから」
「なぜ?」
「時間の無駄だってことが前の裁判で分かったからだよ」
「確かにあれは結果的に時間の無駄だったわ。でもその原因を作ったのはあなたよね」
「分かったからもうあんたの職場に帰ってよ。私は今仕事してるの」
「何言ってるのよ。私だって仕事で検閲に来てるのよ。立派な仕事だわ」

「はいはい。今日も見回りご苦労様です。委員様」
「今私のこと馬鹿にしたわね?」
「だったら私のこと反革命容疑で逮捕すれば」
「そんな権限は私にないわ。あなたバカなの? 逮捕するのは諜報部の仕事よ」

「だったらなんでいつまでもそこにいるの」
「あなたが私の彼氏と陰でイチャイチャしてるのが気に入らないからよ」
「美術部の課題を仕上げてるのがイチャイチャに見えるなら病院に行きなよ」
「むしろあなたが病院に行って頭の中身を見てもらいなさいよ」
「は? ごめん。よく聞こえなかった。じゃあそろそろ帰ってね。はい。さよなら~」
「話はまだ終わってないわよ。私があなたに言いたいことはねぇ・・・・・・」

二人の喧嘩がどんどん盛り上がっていき、仕舞いにはエリカが
大きな声を出しながら机を拳で叩き始める。これはまずいと思った
太盛が隣の部屋に移動し、諜報部の人たちに助けを求める。

しかし、諜報部の人たちも困り果てていた。
彼らは広報部の様子を監視カメラでモニターしているから状況は把握している。
しかし相手が橘エリカ。中央部では幹部クラスの人物だ。

みんなが口々に勝手なことを言う。

「堀君。すまねえな。助けてやりたいんだが、橘さんのあの迫力に勝てる自信は無いよ・・・・・・」
「私らの職場で修羅場るのやめてくれない? マジ迷惑なのよ・・・・・・」
「俺は面白いけどなw リアル修羅場なんてなかなか見れるもんじゃねーしw」
「だなw まじ楽しいわw もっとやってくれw」
「よしなさいよ。うちらは高野さんに仕事を手伝ってもらってるんでしょうが」

太盛は代表の高木に対しても助けを求めるが、
「すまないが今回の件は俺も専門外だ。男女の恋愛のもめ事など処理した経験は無い」
とのこと。彼は部の関係者以外で女子とまともに話したこともない仕事人間だ。

すると隣の部屋からすごい勢いで罵声が聞こえてきた。

『もういい加減にしつこいんだよ、早く帰れよ!! このロシア女!!』
『あんたは人の男を陰で奪おうとする最低の女よ!!』
『先に奪おうとしたのはそっちでしょ!! 太盛君は2年の時に私に告白してきたんだよ!!』
『あれは一時の気の迷いだったと、何度も何度も彼が裁判中に説明したはずよね!?』
『あんたが無理矢理彼に言わせただけだ!! あんな無駄な裁判なんてさせてさぁ!!』

『高野ミウ、あんたは新学期を迎える前に退学しなさい!! あんたはこの学園にふさわしくないわ!!』
『はぁ? おまえが退学しろよ薄汚いロシア女!! その方が学園がずっと平和になるよ!!』
『ロシア女ですって!! 私の祖先はグルジアだと何度言ったら分かるの!!』
『Damn it !! Both are not that different. I don't care where you're from !!』
『はぁ? 今なんて言ったの!! 学園では日本語を話しなさいよ、この鬼畜英国のスパイが!!』
『I'm a native Japanese, so why do I have to be treated like a spy!? haa!?』
『だ、か、ら、日本語を話しなさいって言ってるの!! 浮気性のエセ日本人!!』

ドコン、バコンと物が飛び交う音がする。
「きゃ~~」と広報部の子達の小さな悲鳴も。

諜報部はもう仕事にならず、全員が固唾をのんで隣の部屋のやりとりを見守っていた。

「お、おい、どうすんだこの状況・・・・・・?」
「なんで美術部の人と中央の委員さんがうちらの職場で暴れてるのよ・・・・・・」
「そんなの知るかよ・・・・・・俺が聞きたいくらいだ」
「広報の子達、怪我してないかしら・・・・・・」
「もし怪我でもされたらシャレにならんな・・・・・・」
「高野さん、途中から英語で怒鳴ってたわね。さすが英国育ち」
「おーい、たかぎー。うちの代表なんだからここはおまえがなんとかしろよ~」

他の委員と同じくオロオロする高木に対し、ひとりだけ冷静なのは2年の宮下だった。

「みなさん。落ち着いて状況を確認しましょう。
 中央から検閲に来た人が問題を起こしているわけですから、
 中央委員部に電話をかけて責任者の方にこの現場へ来ていただくのはどうですか?」

「それは名案だ」と高木が手を叩き、早速後輩の委員に電話をするように指示する。

しかし後輩は額に手を当てて困っている。

「あの~高木先輩。すみませんっ。俺・・・実は奴らの職場の電話番号を知らないんですよ~」
「俺も知らん」
「はい!? 何で先輩が知らないんすか? 代表なのに!!」
「我が部では伝統的に中央部と電話でやりとりすることがないからだ。メールならできるが」
「この危機的な状況をメールをポチポチ打って伝えるって無理がありませんか!?」
「むう・・・・・・しかしこれはどうすればいいのか」

高木は少し考えた後、自分が修羅場会場に出向くことにした。
中央との予算委員会よりも気が進まないが、もう仕方が無い。

「お、お話の最中に失礼する」

広報部の部室では、エリカとミウが互いの胸ぐらをつかみながら言い争いを続けている。
高木が黙って彼女らの様子を見ていたのだが、やがてエリカが彼の視線に気づき、
暴言を吐くのを辞める。ミウはまだ怒鳴っていたが、こちらも高木に気づいて自重する。

「おほん。橘委員殿。本日は部活動の検閲のお仕事ですかな? ご苦労様です」

「・・・・・・ごきげんよう。代表様。検閲のお仕事はもう終わりましたわ。
 諜報部の皆様の職場でみっともないところを見せてしまってごめんなさいね」

言葉遣いこそ丁寧だが、エリカの猛獣を思わせるような迫力に、
代表である高木は本能的にひるんでしまう。

(やはり中央部は恐ろしい人間の集まりだ・・・・・・)
彼女に下手に近寄ると何をされるか分からないと思うほどだった。

扉が開き、今度は眼鏡少女の宮下が入ってきた。
萎縮して足が震えている高木に代わり、宮下が話を続ける。

「橘先輩。本日もお仕事お疲れ様です。
 今日起きたことを我々は何も見てません。口外も一切いたしません。
 諜報部の誇りにかけて誓わせていただきます。
 そういうことで今回の件はこれで終わりにしていただきたいのです」

「そう・・・・・・そうね。そうしてくれたほうが私も助かるわ。
 うちの部はまだまだ仕事が残ってるし、いつまでもここで時間を
 無駄にするわけにいかない。宮下さんは話の分かる子のようね」

「ではお互いに納得したということで、今日のところはお引き取りくださいませ。
 お帰りはあちらになっております」

宮下が出口を指してから深くお辞儀をした。
エリカは、最後にミウを射貫くような目でにらんでから部屋を後にするのだった。
幸いなことに広報部の子達にけが人は出なかった。

中央委員部のお仕事3。派遣委員が到着

エリカは中央委員部に戻ってからサヤカに愚痴を言い続けていた。

「だいたいね、高野は資本主義帝国の英国育ちってだけでも怪しいと思っていたのよ。
 途中で突然英語を話し始めるのも一体何のつもりなのかしら。腹が立つわ。
 奴の家族を徹底的に調べて資本主義者であることを立証してあげてもいいのよ」

「わかった。わかった。もう十分に分かったわよエリカ。
 高野さんへの不満はその辺にして、午後からの仕事のことを考えましょうよ」

13時40分を過ぎたところだった。クロエと他の委員で手分けして、サヤカファンクラブの
無能女子らが残していった仕事の訂正をしている。仕事の手直しは時間がかかる。
なにせ自分がやったミスではないのでどこに訂正箇所があるかをまず把握しないといけない。
校長は疲れているのか机に突っ伏して寝ている。M字ハゲである。

エリカの仕事は外回り。今日は美術部の件で時間を無駄にしてしまい、
まだ文化系部活の検閲(監視)が終わってない。
次は合唱部や管弦楽部など音楽系の部室に行く予定だ。

実は昨日の午前中にラグビー部内で薬物の所持が明らかになったのと、
サッカー部の連中でスマホでFX取引(外国為替証拠金取引)に夢中になっていた
のがいてすでに尋問室に送られている。いずれもエリカとクロエで発見したものだ。
現在は保安委員によって体罰(拷問)を伴う取り調べが行われているだろうが、
最後の処理(刑罰の決定)はこちらでしないといけない。

この処理に時間がかかる。反革命容疑(正しくない生徒)に該当する事実の確認、
法律どの罪に当たるのかを調べて公正に処罰しないといけないのだ。
また不正に関与した部員を全員さらしだして連帯責任にする必要もあり、
こちらの捜査にはライバルの諜報部にメールで依頼しないといけない。

もうめんどくさいから全員強制収容所2号室に送ってしまえばいいと思うが、
そうもいかない。ボリシェビキたるもの、どんなに忙しくて仕事は完璧にこなすのだ。

『中央委員部は資本主義で例えるとブラック企業』
と中央委員の間でブラックジョークが毎年流行しているほどだ。

(無能な馬鹿ども。この忙しい時に余計な仕事を増やさないでよね……。
 どうして運動部の奴らって悪いことばっかりするのかしら)

これから向かう管弦楽部もやっかいな人が多い部活で有名だった。
昨年の文化祭では指揮者と部員の衝突があってサヤカを大いに困らせた。
今年は部内での恋愛が原因で一部の女子部員がもめているとのこと。

生徒会の中で管弦楽部の評判は大変に悪く、普段は優秀でコンクールで
入賞する常連なのに、学内のイベントの直前になると何かしらのトラブルを
起こすやっかい集団と呼ばれていた。

コンコン。
扉がノックされる。

(この忙しい時にいったい誰よ!!)

エリカがイライラしながら扉を勢い良く開けると

「ようエリカ。元気か?」
「まあ・・・・・・太盛さまでしたの・・・・・・」
「俺に何か手伝えることないかな。今日も仕事がたくさんあるんだろ?」
「それはもう猫の手も借りたいくらいですけど」
「だったら俺に手伝わせてくれよ」
「太盛様は美術部の課題が残っているのでは?」
「実はもう完成してるから後は絵を運ぶだけなんだ。残りはミウたちに頼んである」
「太盛様。うれしい・・・・・・。私のために来てくださるなんて」
「はは・・・・・・。エリカ。俺たち最近は全然会う機会が無かったからな」

そして抱き合う二人。ここは中央委員部の本拠地なのだが、
サヤカも他の委員も見て見ぬふりをして仕事に没頭していた。
どちらにせよ人の恋愛など構ってる暇など無いのだ。今は一分一秒が惜しい。

エリカが太盛に密着し彼の肩に頭を乗せながら歩き出す。
仕事ではなくデートしてるようにしか見えないが、
足取りはしっかりと管弦楽部の部室へ向かっている。

太盛とエリカが消えたので職場が静かに鳴った。
クロエたちはパソコンで仕事を続けている。
校長は目が覚めたのでトイレに行くことにした。
校長室でタバコを吸ってからまた部屋に戻ってきて携帯で電話を始めた。

校長の仕事はその立場上、外部の共産主義者とのやりとりが多い。
今回は岡山ソビエトの責任者と話している。
あまり話したことのない相手なのか、校長の口調がものすごく丁寧だった。

モチオが戻ってきた。サヤカと一緒に入学式の段取りと、
会長と副会長の挨拶の内容について相談する。
次に保護者向けの学園紹介用のHPについて確認を行う。
HPは毎年春に更新されるので春休み終了前には更新作業を終わらせないといけない。
HPには収容所や拷問などに関することは伏せて平和で楽しそうな学園をアピールしている。

卒業生のイワノフが抜けた後の保安委員部の代表がまだ決まってないことに
ついては、サヤカが暫定の代理を務めることにする案を定例会議に出すことにした。
この件は急ぎなのだが、時間が無いので後ほど会議で話し合う。

サヤカは会長だが、実務の上では副会長のマリカの方がはるかに優秀なので
彼女に仕事をどんどん任せており、結果的に会長が暇になることが多かった。
そのため名義だけでも保安部の代表を兼ねても
問題ないと判断した。もちろん新学期が始まってから正式な代表を決めるのだが。

14時15分になった時だった。

「ごめんください」

出前でも来たのかと思った。今時の資本主義者ならウーバーイーツなどと名乗るのだろうが。
誰しも来客対応がめんどくさいので中央部の扉が開くことはない。
校長やサヤカたちの話声と、パソコンのキーボードのカタカタ叩く音だけが響く。

「ごめんください」

扉の主は諦める様子はない。

クロエが「はぁ~!!」とイライラしながら一応笑顔で扉を開ける。

人が、たくさんいた。

数はざっと30名を超えるだろう。廊下に入りきらないほどの人が集まっている。
見慣れた我が校の制服に「諜報広報」を示すバッジがつけられている。

「私は諜報部代表の高木です」
「同じく諜報委員の宮下です」
「あ・・・・・・ど、どうも。こんにちは」

向こうが丁寧にお辞儀したのでクロエも日本風のお辞儀を帰す。

「クロエ・デュピィ委員殿、中央委員部は現在大変にお忙しいと伺っております。
 そこで我々の中で手の空いた者があなた方のお手伝いに参りました」と高木。

「て、手伝いぃ!? 私らを嫌ってるはずの貴方たちが・・・・・・?
 あ、やべ。これは失言だったね。こんな大人数で手伝ってくれるんですか?」

「はい。総勢で63名おります」と宮下。以下の受け答えは宮下が行う。

「63人!! うちの全メンバーの3倍以上もいるじゃない!!」

「どうしても職場を離れることのできないモニター係や電話番を残して
 あとは全員が臨時派遣委員としてこちらに参りました」

「それはうれしいけど、一体どういう風の吹き回しなのかしら。
 ライバル部署の人にこんな大人数で来られたらこっちだって少し怖いわよ」

「信じてもらえないかも知れませんが、他意はありません。
 以前に私と広報委員の杉下が、副会長殿にもっと中央委員部とも連携して
 仕事をスムーズに終わらせるようにと貴重なアドバイスを頂きまして。
 我々は副会長殿には色々とお世話になっている身なのでぜひとも
 これを良い機会に中央部との親睦を深めるチャンスにさせていただきたいのです」

「その時副会長に何を言われたのかすっごい気になるけど、今はいいや!!
 分かったよ。貴方たちが嘘をついてるわけじゃないのはよく分かった。
 じゃあさっそく、二手に分かれて仕事をしてもらうよ!!」

クロエはモチオやサヤカと相談しながら、この大量にいる派遣委員を
主に二つの部署に分けることにした。半分は事務所の中で内勤。
地味だが時間のかかるデータ入力などの処理をするのだ。

資産運用課の人たちは複式簿記ができるので会計簿を速やかに正確に作ってくれる。
各運動部員のデータ入力もブラインドタッチなので指の動きが見えないほどだ。
ひとりが入力した後、他の者がチェックして二重確認までしてくれる。

電話番も一時受けなら派遣委員がやってくれるというので、
クロエや他の委員は固定電話から解放されて他の仕事に専念できるようになった。

もう半分に分けたメンバーの役割分担は学内の外回り。
すでに逮捕者が出てる運動部員達が
現在保安部でどのような取り調べを受けているかを見に行く。
彼らの具体的な犯罪内容や他に協力者がいないかを調べて欲しいとのことだが、
これはもともと秘密警察課の仕事なので造作も無いことだった。

めんどうなのはその報告書を作ることなのだが、
これも諜報部の優秀な委員が作ってくれることになった。
やり方を軽く説明しただけですぐに理解して仕事を始めてくれる。

決裁書の担当となった派遣委員は、サヤカ親衛隊がダメにしてしまった決裁書の
再印刷の仕方を中央委員に教えてもらう。こちらも速やかに学習して仕事を進めていく。

途中でプリンタのインクが切れる。彼らにとっては初めて来る部署の備品なのだが
予備のインクの場所を見つけてさっさとインクを交換してしまう。
予備の印刷用紙の場所も、教えてもらう前に自分から探して発見した。

決裁書の他にも保安部から提出されていた(というか中央部が自作自演した)
稟議書の山も置いてあった。机の上に乱雑に放置してあった書類を分野ごとに
仕分けて効率化。印刷する係、必要事項を書く係、はんこを押す係に分担する。
時間がかかるので中央委員が後回しにしていた大量の書類仕事が1時間で終わってしまう。

派遣委員達は、いちいち優秀な人間の集まりだった。
分からないことは作業をする前に必ず質問し、
持参した電子メモ帳にメモする。3年生と2年生の連携もスムーズだ。

質問の内容には無駄がなく、一度聞いて分からなかったことを
あやふやのままには絶対にしない。実際に仕事を始めてからも
「これで本当にあってますか? もし間違いがあったらすぐに教えてください」と
確認を取るのを忘れない。よって書類に不備があったとしてもすぐ判明する。

電話係をしている女子の派遣委員が対応する。
「はい。足利の学園の中央委員部です。いつもお世話になっております。
 はい。銚子(千葉県。ちょうし市)ソビエトの立岡様ですね。
 ただいま校長と代わりますのでお待ちください」

まるで中央部で働いたことのあるような洗練された対応だった。
いちおう電話マニュアルは机に貼ってあるのだが、
この女子は練習もせずに完璧にやっている。相手とも初めて話すはずだが。

この精鋭部隊の中でも
特に頭の回転の速い宮下は顎に手を当てながら、

「なんとなくここの仕事の流れが分かってきました。要するに、
 中央委員部は学内で起きたあらゆるトラブルの最後の処理をする部署なんです。
 逮捕、反乱、脱走など、反革命容疑者が出るたびに事務処理をするので仕事がどんどん増える。
 しかもそれをやりながら年間の全ての行事を運営しないといけないので忙しいんですね」

この冷静な分析に、サヤカとモチオは驚いて口を挟めない。

「革命裁判を行うのも相当な手間でしょう。この学園ではいつ犯罪者が発生するか
 分かりませんし、えん罪は許されないので裁くにしても膨大な法律の知識が
 必要になる。記憶力の高い文系の人が選ばれる職場なのは間違いないですが、
 それ以上に突然振ってくる膨大な量の仕事に冷静に対処できる人じゃないと
 勤まらない。まさに選ばれたエリートによって運営される組織なのですね」

宮下は仕事を始めたばかりなのに、もう中央部の本質を見抜いていた。
恐るべき洞察力の高さである。
サヤカは、思わず宮下を次期生徒会長に推薦したくなった。
モチオは、宮下をこちらの部に勧誘したくなった。宮下に話かける。

「なあ宮下さん。この前の委員会ではその……失礼なことを言っちまってすまなかったな」
「いえ。私は何も覚えてませんので。山本代表殿」
「……しかしすげえよな」
「……?」
「諜報部ってまじで優秀だったんだな。君らの仕事ぶりを見るのはこれが初めてだ」
「私たちは普段通りの仕事をしているだけです」
「いや優秀な人間って普通はこんな集まらねーから。無能なのがひとりもいねーじゃねーか」
「別に。普通ですよ。優秀なのはむしろそちらの委員さん達でしょう」
「そうだろうか・・・・・・? 少なくとも俺はPCの修理なんてできねえぞ」

モチオが指さした先、サイバー課出身でPCの自作が趣味の派遣委員が、
長らく壊れたままで放置されていた中央部のノートPCを直してしまう。
原因はCドライブのデータ容量が多すぎたことによる熱暴走。
ドライブの最適化と不要なファイルを捨ててCPUの負担を減らすことで
熱暴走が止まる。念のため分解して内部を清掃。放熱ファンの回転音が静かになった。

「クロエさん。今度からは定期的に不要な動画や画像は処分した方がいいですよ」
「……そういえば私、動画を撮影しまくってるのに一度もデータを消してなかったよ」
「もしまたPCの動きがおかしくなった時は俺に教えてください」
「うん。ありがとね。うちはPCに詳しくない人ばっかりだから助かるよ!!」

広報部からも全員が来ていて、気弱な女子達が「ちょっと汚れてるところをお掃除しますね」と言い、
ホウキやモップを持って床をきれいにしていく。使われてない机や機材をぞうきんで拭いてくれる。
普段から忙しくて掃除する暇も無かった中央部の委員にとって最高にありがたい存在だった。

夕方になり、外回り組が戻ってくる。
運動部で逮捕された生徒達に対する裁判は後で中央部がやる必要があるのだが、
裁判に必要な犯罪者の経歴や罪状を派遣委員が詳細にメモしてくれたので
後はスムーズに仕事が進むだろう。
まもなく新入生を迎えるにあたって保安委員部本部と各収容所の見回りを済ませ、
施設の状態や備品の在庫のチェックなどもしてくれた。

さすがに派遣派遣の人数が多すぎて全員に仕事があるわけではなかったが、
それでも各人が何か自分にできる仕事はないかと探し求めてくれる。
その日の夕方の5時までに今日までに溜まっていた事務仕事は全て終了した。

これで今回の臨時派遣は終わりとなったわけだが、
モチオは最後に手伝いに来てくれた諜報部のみんなに頭を下げた。

「いや、まじで助かった。みんな、まじでありがとな!!
 みんなのおかげで入学式まで時間の余裕ができた。
 俺らもゆっくり休むことができるぜ。ここまでしてもらったお礼に
 俺らの方からもあとで必ずみんなの手伝いとかさせてもらうから、
 もし何かあったら遠慮せず言ってくれよな!!」

高木が恐縮しながら返す。
「礼には及ばない。こちらは派遣委員制度に則り当然のことをしたまでだ。
 それと手伝いならこちらは人数が足りているので問題は無い。
 気持ちだけいただいておく。とにかく仕事が無事に終わってほっとした」

宮下も少し笑いながら
「正直、素人の我々が職場にお邪魔して迷惑にならなければと思ってましたが、
 結果的に喜んでもらえたのでこちらとしてもうれしいです。
 また次の行事がある時に是非お邪魔させいただきたいと思ってます」

別れ際に中央と諜報広報の人々が握手をしあい、時には抱き合いながら
感謝の言葉とお礼を述べた。たった1度だけ、中央の仕事を彼らが手伝っただけで、
あんなに険悪だった関係が嘘のように改善したのだ。
学園ボリシェビキによる美しい友情の物語である。

宮下はその日の日記にこう書き残している。

『我々ボリシェビキの中に悪人なんてどこにもいないんだと思った。
 私たちは所属は違ってもマルクス・レーニン主義を信じる同志に違いはない。
 大昔の先輩方の代から、互いのライバル意識で始まったとされる中央との派閥争いも、
 結局は何が原因だったのかも分かってないのだ。だからこそ、
 そんな無意味な派閥争いを終わらせるように副会長閣下は我々を諭してくれた。
 私たちは今未来へ向けて正しい方向へ進んでいるのだと思う』

4月8日。入学式前日。保安委員部の代表の選任に関する会議

今日の会議には会長と副会長、各委員部の代表とその補佐1名ずつが出席。
前回の予算委員会とほぼ同じだ。
(前回の委員会ではサヤカが欠席していた。今回は組織部のナツキが欠席)

各委員部から責任者を出席させる決まりなのに保安委員部からの出席者は常にない。
その理由は、前の章でも述べたようにロシア系ソビエト人のイワノフ代表が卒業してから
後任の人物が決まらず、サヤカ会長が適当と思われる日本人の委員を指名しても
すぐに辞めてしまうという始末。次の人を指名しても2週間も持たずに辞めてしまう。

そんな感じで次々に代表が辞任していくので入学式を迎える前になっても
代表の引き継ぎが完了していない唯一の委員部となっていた。

なぜすぐに辞めてしまうのかとサヤカが聞いて回ると、
このような答えが返ってきた。

「自分はとても責任者の器じゃないと思う」
「使う側ではなく、使われてる側の方が楽だ」
「うちは外国籍のソビエト人が多くて言葉の壁がある。指示が出しにくい」
「自分たちはPCの操作が苦手だ。繁雑な事務仕事が多く処理しきれない」

(最近の若者は人の上に立って働くことを嫌がる人が多いって聞いてはいたけど、
 うちの学生がそんなのばっかりだったら将来の国家転覆なんてどうやって目指すのよ)

サヤカは思わず頭痛薬を飲みたくなってしまう。
安易に薬に頼ると依存症など後遺症が怖いので飲まないようにしているが。

「サーセン、本題に入る前にちょっと話したいことがあるんすけどいいっすか?
 うちら中央から新年度から開始する新しい規則を作ったんで、
 この場を借りて発表しておこうと思ってるんだけどよ」

とモチオが挙手する。議長のマリカがすぐに許可する。

「あざーっすw んで、新しい規則なんだけどよ。諜報部の高木と宮下。
 お前らにとって特になる内容だと思う。言葉で説明するのがだりーから
 書類で渡すわ。ほらよ。列の左から順番に全員に手渡してくれねーかな」

「こ、これは・・・・!!」高木
「なんとっ・・・・・!!」宮下

ふたりの委員が書類を手にして目を見張る。

信じられないことに諜報部のみならず、全委員部において
休憩時間中のみ、職場内でお茶菓子や遊戯(囲碁、将棋、トランプ、ゲームなど含む)
を用いて仲間内で交流を深めることが規則改正によって許可されることになった。
もちろん仕事に支障が無い程度との但し書きはある。確かに過去の実績からして
広報委員部がリラックスの時間があるからといって仕事をいい加減にしたことはない。

宮下が驚いた様子でモチオに声をかける。
「あの、これの規則は一体・・・・・」
「ん? 見ての通りだ。今後はこそこそせず堂々とお茶会を楽しんでくれや」
「どうして我々のためにここまでしてくださるのですか」
「まあそれはよ・・・・・・」

モチオが恥ずかしそうに茶髪のロングヘアーをかく。

「実はお前らが派遣で俺らの仕事を手伝ってくれた後、
 なんであそこまでしてくれたのか仲間内で気になっちまってモンモンとしちまってよ。
 いよいよ気になって仕方なかったんでクロエが代表して副会長殿に事情を聞いてくれたんだ。
 水くさいじゃねえか。仕事の休憩中にティータイムがしたんだったら
 もっと早く言ってくれればいくらでも許可したのによぉ」

「前回の派遣委員のみなさまの貢献に対し、
 この程度のささいなお礼ではまだまだ足りないと思っておりますわ」

とエリカが笑顔で続ける。エリカはあの日、
太盛と一緒に仕事ができたので大満足しており、お肌がつやつやしている。

高木は「大変に恐れ多いことです。
中央委員各位のご厚意に感謝いたします」と頭を下げる。

宮下も続いて「本当にありがとうございます」と言って頭を下げた。
影が薄いが一応出席している杉本(広報部)も頭を下げる。

マリカ議長が「おほん」と咳払い。
「話はまとまったな? 中央と諜報広報が親睦を深めることは大変に結構なことだ。
 しかし今は会議中。親睦は会議が終わった後にでも存分に深めてもらいたい。
 さて本題の保安部の代表の選考についてだが、それについて会長より提案があるそうだ」

サヤカがくだけた口調で続ける。
「私が説明する前にもうみんな知ってると思うんだけど、私がしばらくの間は
 臨時で保安部の代表を兼ねることにするわ。規則では会長が他の委員部の
 代表を兼ねることは許可されているしね。こんなことすると新入生から
 独裁者っぽく見られてしまうから本当はすごーく嫌なんだけどね」

マリカが言う。
「時間が無いので多数決で決めることにする。
 会長のこの案に反対のある者がいなければだが」

諜報の2名、広報の1名は「会長のご提案に賛成いたします」と粛々答える。
エリカが「うーんでも・・・・・・」と顎に手を当てる。

「同志議長様。決して反対ではないのですが、少し質問したいことがありますわ」

「どうぞ。橘エリカ委員」

「ありがとうございます。サヤカ会長が保安部の代表を兼任することで
 サヤカ会長の仕事の負担が増えてしまうことが心配です」

「うむ。当然の疑問である。それについては問題ない。まず保安委員部の仕事自体が
 各クラスに常設委員を設置したことによって負担が大幅に軽減している。
 また副会長の私が本来会長がやるはずの仕事の大半を負担しようと思っている」

「なるほど。同志副会長様は実質的に会長のように働いておりますものね」

モチオが笑いながら「ちょwおいサヤカっw お前より井上さんの方が優秀だって言われてんぞw」
サヤカも苦笑いしながら「うっさいわねw 会議中なんだから軽口叩いてんじゃないわよw」

多少のイチャつきを見せるこの二人の雰囲気のおかげで会議中の緊張が解けていく。
このようなやり取りをしているところを見るに、彼らは一流のボリシェビキである前に
10代の学生であるのだなとしみじみと感じさせる。

「つーかサヤカwおまえ普段は何してんだよ。仕事あまりねーんじゃねえのかw?」
「はww何言ってんの。これでも私忙しいのよw」
「いっつもファンクラブの女子と校内を歩いてるよなw あれ正直うざいだろw?」
「あの子たちねーw 春休み中なのに学校に来るから困るのよね~~w」

サヤカは実は仕事がすごく楽だった。井上マリカが何かと気を使い、率先して学内の
もめ事を解決してくれるので会長にまで問題が上がってくることがほぼないのだ。

先ほどの中央と諜報の派閥争いの解決もその一つだ。
サヤカにとって迷惑に感じてることがないわけでもない。それはファンの女の子たちだ。
ファンにも頭の良い子からお馬鹿な子まで色々いる。前回の派遣のように
知恵の足りぬ愚かなフアンだけでなく熱烈なボリシェビキも交じってはいるが、
本当に優秀な人ほどあまり表には出てこないのは皮肉なものだ。

「サヤカ会長と山本代表。世間話はそれくらいにしておくように」
「へいへいw さーせんっしたww」
「ごめんなさいね。副会長。ったく、モチオと話すといつもこうなるんだからww」

部下が優秀すぎると上に立つものは実に楽なものだ。
企業経営においても社長が暇な会社ほどうまくいってるとされている。
現在の学園運営における会長の立場とは、まさにそんな感じだった。

4月9日入学式当日。マリカ副会長の大演説(ウラジーミル・レーニンに匹敵する)

よく晴れた日だが体育館内は肌寒い。午前中に行われた入学式について
これといって特筆するべき事項はなく、多くの日本の学校と同じく学校の責任者達が
挨拶をしていくだけだ。入試での学業最優秀の新入生が代表して挨拶をするのも常だ。

生徒会を代表してのサヤカの挨拶は大変に立派なものだったが、
新入生達は実質的なトップがサヤカではなく、
副会長の井上マリカであることを知る由もなく。

入学式の様子は、この式に出席することを禁じられている保護者向けに
インターネットで配信している。この時点で学園側は「ソビエト」であることを
世間に隠すのでほとんどの保護者には普通の私立学校にしか思えぬことであろう。

新入生達は、各教室で持参した昼食を食べたあと、そのまま自宅へ帰ることは
許されず午後から新入生歓迎会を受けるために再び体育館へ戻る。

午後からは雰囲気ががらりと変わる。なぜだか体育館には保安委員部の生徒ら(ほぼ外人)が
出入り口付近を囲っており、ただならぬ雰囲気である。午前は壇上にあったはずの
『入学おめでとうございます』のプラカードは外されており『同志諸君を歓迎する』に
変わっている。同志とは何か。日常で聞き慣れぬ言葉に多くの新入生が困惑する。

校長、サヤカ、マリカ、モチオ、高木、杉下、ナツキと学園を代表する
ビッグネイム(大物ボリシェビキ)が壇上に立つ。

校長がマイクを手にする。
「あー、あー、マイク入っているかね? 新入生の同志諸君。
 入学式ではあえて説明しなかったんだが、我が校は他の多くの私立高校とは異なり
 我が校独特の規則があってだね。我が校では階級や地位の差を排してるので
 君たちのみならず我ら教員との間でも同志と呼び合うことが推奨されている」

(校長の話が続く)

「いきなり脅かすようなことを言って悪いんだがね、君たちはすでに包囲されている。
 体育館の周りを見てみたまえ。体育館の中だけではなく校庭や校門にも
 保安委員部の執行委員達がいて君たちを取り囲んでいる。保安委員部とは何だ?
 君たちが聞きたいのはずばりそこだね? その疑問にズバリ答えよう。
 保安委員部とは、反革命分子である生徒や教員を逮捕するための組織だよ」

ざわざわ・・・・・・
  ざわざわ・・・・・・
     ざわざわ・・・・・・

「あのハゲたおっさん、何言ってんだ?」
「今逮捕とか言ってたよね? ここって警察学校とかなの?」
「包囲されてるってどういうことだよ……? 俺たちもこれから逮捕されんのか?」
「なんかこの雰囲気やばくね? あいつら宗教でもやってんじゃねえのか」

15歳の若者の間でざわつきが広がり、恐怖が伝染し集団パニックの様相を見せていく。

サヤカ会長が校長からマイクを丁寧に受け取る。

「若い同志たちに今から衝撃的な事実を教えてあげましょう。
 この学園を運営しているのは我々生徒会です。教師ではなく生徒会です。
 我々生徒会は一般生徒ではなくボリシェビキです。
 みなさん。ボリシェビキとは何でしょうか。初めて聞く言葉ですよね。
 ボリシェビキとはロシア語で少数派を意味する。1914年のロシア革命の際に
 同志レーニンを筆頭として組織されたソビエト共産党左派を意味する言葉でした」

(サヤカが続ける)

「今日から卒業するまでの3年間、
 皆さんから今の日本で保障されている基本的人権をはく奪します。
 皆さんは今日から党の指導に従って学園生活を送っていただきます。
 総合コースを選択した一般生徒の皆さんは日々の学業や部活動に精を出し、
 正しい生徒として過ごすこと。専門家コースを選択した人たちは我々ボリシェビキの一員となり、
 遠い未来に日本を国家転覆させるためのエージェントとしての訓練を受けていただきます」

ざわざわ・・・・・・
  ざわざわ・・・・・・
     ざわざわ・・・・・・

あいつら、狂ってる。何言ってんのか全然わかんねえぞ……
 この平和な日本でロシア革命とか頭おかしいんじゃねえのか・・・・  
  つーかレーニンって誰だよ。入る学校間違えたわ。さっさと転校しよーぜw

しかし、新入生達は逃げ出すことはできなかった。
体育館の出入り口付近には執行委員が武装して待機している。

ここは日本なのに執行委員が当然のように
自動小銃を持っていることに多くの生徒が恐怖を感じた。
執行委員の多くが日本人と異なるあざやかな色の
瞳の色をしていることが恐怖を一層あおる。

入学した初日なのでほとんどの生徒が赤の他人であり、
満足な人間関係も築けていないこの状況では
生徒同士で連携して脱走をすることなど不可能。

誰しも混乱の極みにあり、さてどうすればこの危機を脱することができるのかと
幼いながらも知恵を巡らしている時、威勢が良く吠える男子あり。

「何勝手なこと言ってやがる!! ふざけんじゃねえぞ!!」

その怒声たるや体育館を震わせるほどにして衆目を集める。

「ボリシェビキだとぉ……!! くっだらねえ!! まじくらだねえよ!!
 おおおおい!! みんなぁ!! 他の奴らも俺と同じこと思ってるぜおい!!
 俺は少なくともこんな宗教じみた奴らの集まってる学校で学園生活なんて
 送りたくねえ!! 今日が入学式だが関係ねえ俺は今日限りで退学する!!
 頼むから体育館の包囲を解いてくれよおお!! 銃を使って新入生を脅すなんて最低じゃないか!!」

彼の声に従い、他の新入生達も「そうだそうだ!!」「人権侵害反対!!」
「警察に通報しましょう!!」「こんな奴らに誰が従うもんか!!」
威勢が良くなる。それらの声に背中を押され反対勢力がにわかに増える。

ドゴオオオオン!!と壮大な地響きがしたので生徒が悲鳴を上げる。
ただいまの轟音は副会長のマリカがパイプ椅子を床にたたきつけた際に生じた音である。

「生まれたばかりの赤子に過ぎない同志諸君。このまま中途半端な人間として退学するのか、
 それとも学園生活を続けるのか。人の話を最後まで聞いてから判断しなさい。
 我々の最終目的は、世界中から資本家を抹殺することです。
 この世界は、資本家によって富と生産手段を独占されているのです」

マリカの大演説が始まった。

マリカは、中学時代までに好成績を収めた新入生らに対して、
専門的が過ぎる内容を理解がしやすいように嚙み砕いて説明する。
理性ではなく感情に訴える演説手法は、かつてアドルフ・ヒットレル総統が
独逸国民に対して行ったことと同様である。

「~~であるからして、日本における一日12時間を超える長時間労働、残業代の未払い、
 賞与の減額、定年制の廃止、退職金の廃止の方向は大問題だ!! 
 それだけでなく健康保険制度の破綻!! 年金制度の破綻が未来に実現してしまう!!
 皆さんが一般的な学校を卒業しているのに待っているのは、ただただ破滅の道のみ!!
 同志よ。君たちは、学生でいる間は親の保護下で守られているが、社会に出てから
 ひとりの例外もなく地獄が待っている。それは、賃金奴隷として死ぬまで働かされる未来だ!!」

(マリカの大演説が続いている)

「賃金奴隷!! この言葉をよく覚えておきなさい!!
 労働者階級の日本人は全体の94%を占めている!!
 労働者達は、資本家より時間と労働力を搾取され続け、少子高齢化のせいで
 政府にさらに多くの税金を搾取され、老後には1円の預金もない状態で満足な社会保障も受けられずに、
 飢えて死ぬ。病気になっても医療費が払えずに死ぬ。苦しんで苦しみ抜いた末に死ぬ!!」

「日本ではひとり親で子供を育てている人が激増している!!
 非正規の派遣労働者の数も激増している!! 今や市役所員の半分が非正規で
 最低賃金で働かされている!! 貧しい労働者が全体の半分以上を占めようとしている!!
 彼らは、多額の税金や住居費を払い、満足に貯金もできない状態で働かされ続けている!!」

「だが自民党はどうだ!? 君たちはニュースを見ているか? 不祥事を起こした大臣4人が
 同時に交代する!! 大臣の解雇とは、この学園で例えると今現在壇上にいる我々が
 全員入れ替わるのと同じことを意味している!! これはまさしく国家の非常事態である!!
 彼らの不祥事の原因は、資本家の最たる大企業からの献金!! つまり労働者の労働によって
 得た会社の利益を、労働者には還元せず、日本政府のクズどもに払っていたことを意味している!!」

「労働者階級がどれだけ働いても、1日12時間働いてもやっと住宅ローンや家賃を払えているのが
 日本の労働市場の現状だ!! みんなのお父さんお母さんもフルタイムで働いてる人が多いだろう!!
 日本では男も女も老人も関係なく、死ぬまで働かされても最低限の生活しかできないのだ!!
 過去30余年にわたる財政赤字の拡大、実質賃金の低下、GDPの下落の推移からその危機感を
 感じてもらおう!! いずれの数字もG7と呼ばれる先進国の中で最悪の統計数字となっている!!
 また自殺者の数も先進国の中でトップだ!! 我が国は国家として破綻しつつある!!」

「断言しよう。君たちが高校三年間、普通の高校で過ごして卒業したとする。
 君たちは大学や専門学校を出てから適当な就職口を見つけたとする。 
 その後、どうなる? 結婚して子供を作るか? それともすぐに離婚するか。
 どちらにしても破滅するぞ。ここに一般的な大卒者の初任給の平均がある。
 FPの試算に基づいて、都内で一人暮らしをしながら奨学金を返済した場合の例だ」

マリカの背後にある巨大なスクリーンに映し出された内容は衝撃的だった。
なんと、新卒の社会人が、一般的な中小企業で働いたとしても毎月の可処分所得が
たったの1万5千円(月給手取り19万円)しか残らないのだ。
年2回のボーナスがもらえるとしても微々たるもの。
その労働者が少しでも贅沢な暮らしがしたいと思えば経済的に破綻する。
好きな物を買ったり、友達と飲みに行ってしまったら毎月の収支が直ちに赤字になる。

「新入生の同志諸君。君たちは今親に税金を払ってもらっている。だが卒業後には君たちが払うのだ。
 君たちは国民の義務として税金を払い、給料の半分を失うが、その見返りとして社会保障などの
 サービスを受けられることは永遠にない。なぜなら、現在、君たちの親が支払っている
 税金は、1円残らず全金額が日本国政府のお小遣いとなっているからだ。なぜそうなる?
 その理由を考えてみろ。税金は国の予算として使われてない。ただの罰金だからだ!!」

【税金とは罰金である】
【日本国政府及び自民党議員は国家反逆者であり、もはや外国のスパイである】
【GDP比率の財政赤字は2.5倍で先進国最大。革命前夜のフランス王国と同等の比率である】 
【自民党議員が他国のスパイであるとしたら、我が国への破壊工作は見事に成功している】

マリカは別のパネルのデータも見せてあげた。
第二次安部政権から続く無数の不祥事。森友カケ問題から桜の会の問題で累計13億円。
統一教会から議員ひとりあたり200万を超える献金を毎年もらっていた。
安部元首相の銃殺事件。現代の226事件であり加害者の功績はあっぱれである。

現在の岸田政権の不正献金の総額と、収支報告書に
記載しなかったために生じた所得税の未払い額が推定5億円以上。
不祥事のオンパレードであり週刊文春などの週刊誌にネタを毎年提供している。
「次はどの大臣が不祥事を起こすのかな」記者はワクワクしながら待っている。

「これは一例に過ぎない。探せば他にもたくさんあろうだろう。
 労働厚生委員会での野党側の報告によると、外国人労働者が時給210円で
 働かされている例もあった。ブラック企業の社員は残業代はなく毎日12時間働かされている。
 16時間のところもある!! 実質の時給で換算すると600円程度の場合もある!! 
 これは労働基準法違反だ!!しかし、自民党の議員の平均年収は4,500万から8,000万円の間だ!!」

「諸君。これでは諸君は卒業後にどうなるのだ?
 運が悪くブラック企業に入ってしまったら収容所に入ったのと変わらないぞ?
 なに? そんなところに就職したら辞めればいいだと? そんな簡単ではないぞ。
 新卒後に直ちに離職した場合は次への就職に影響するので簡単には辞められない!!
 さきほどの実質ベース(物価変動率控除後)での時給600円の意味が分かるか? 
 君たちが一日12時間働いても一日の給料が7,200円にしかならないという意味だ!!
 休憩時間を除いて朝8時から夜の10時まで働いてこれだ。これでどうやって生計を立てるのだ!!」

マリカは大演説の最後に、この言葉を付け加えた。

「資本主義日本の社会でサラリーマンとして働く。それは自らの意思で卒業後に北朝鮮の強制収容所に
 入るのと何ら変わりが無い。諸君らはどうしたいのだ? 卒業後に賃金奴隷になって
 自分が100歳になるまで低賃金の長時間労働をするか? それとも今のふざけた制度を変えるために
 抵抗する革命の獅子となるか? 道は二つに一つだ。まずは資本家を粛正しよう。
 そして、資本家の家族と親戚から全ての財産を没取して国庫に蓄え、国民に均等にお金を分けてあげよう」

大演説が終わったのが14時過ぎ。予定時間を大幅に超越してしまう。
新入生らの間に生起しつつあった反対主義者どもは沈黙した。
もちろん全員が納得したわけではないことは承知しているが、
とりあえずボリシェビキを名乗る人たちの話をもっと詳しく聞いてから
退学の判断をしてもいいのではないかと思うに至る。

こうして体育館での挨拶が終わる。実は学園の歴史の中でも
この行事(真の入学式)が何事もなく終わることは初めてのことだった。
なぜなら体制に不満を持つ新入生が暴れたり脱走したりことが常だったからだ。

4月9日。午後の新入生歓迎会

体育館を出た後、無垢な新入生達は校庭に集められる。
校庭には無数のテントがずらりと横並びで設置してあり、
そこには運動系から文化系の部活まで計41の部活動の先輩方がいる。
それぞれが用意していた勧誘用の冊子を新入生に配っていく。

校庭の周囲はやはり完全武装した保安委員部の執行委員達が並んでいるのだが、
勧誘活動をしている先輩達はそんなこと気にもせず楽しそうな様子だった。

「うちの男子サッカー部は人数が不足してるのでいつでもレギュラーが目指せますよ!!」
「我が校伝統の女子バレーです。根性のある人を求めます!! 目標は全国大会出場です!!」
「全国でも珍しい女子のボクシング部でーす!! 興味のある人はぜひ部活見学してください!!」
「水泳部は男子女子合同で勧誘を行っています!! どうぞ冊子を手に取ってください!!」

各部活動は、具体的な活動内容や活動の記録をまとめた便利な冊子を配っていた。
所属してるメンバーの顔写真も載っている。生徒達は家に帰ってから
持ち帰った冊子を見て気になった部活の詳細を知ることができる。

実はこれを作るために中央委員部が忙しい思いをしていたのだ。
今回は臨時派遣でエリートの諜報広報のメンバーが手伝ってくれたので
誤字脱字などミスが一切無く完璧なパンフレットが完成していた。

新入生達は、周りを取り囲む保安委員部の先輩を恐れながらも、
いつしか楽しげな夏祭りのような雰囲気に飲まれていき、
勧誘する先輩達の説明を熱心に聞いて回る。
各テントの前に用意されたパイプ椅子に座れば納得するまで説明を聞けるのだ。
質疑応答の時間も用意されている。

総合コースを選択した生徒たちは校庭へ集められているが、
専門コースを選択した生徒は校内へ案内される。彼らは100人以上の大人数で
一塊になり、中央、諜報広報、保安、組織員など各委員部の職場を順番に見学させられた。
彼らは中学時代より成績優秀者なので初めから一般生徒とは別枠で考えられている。

今日の予定は説明会と冊子の配布のみで1時間半。
これが終わると16時前になるので最後は各クラスに戻りHRを受けて帰宅となる。

生徒達がぞろぞろと行列を作り一斉に校門から出て行く。
中央部が製作した「生徒手帳」を読みながら歩いている顔に悲壮感漂う。
この生徒手帳は、各クラスで担任の先生から配布されており絶対に捨てるなと厳命された。

手帳に示された校則の基本となる内容は次の通り。

【学校で起こったことを、家に帰ってから家族に話す必要はありません。
 親戚、友人、知人に話す必要もありません】

【皆さんの制服の襟には校章がつけられています。
 これにチップが内蔵されており、諜報部がGPSで24時間皆さんの居場所を監視しています。
 もし校章を道ばたに捨てるなどした場合は厳罰に処されます】

【学園の許可なく転校したり足利市外へ出ることを禁じています。
 脱走と判断された場合は足利警察がパトカーとヘリコプターを出動させて追跡します】

【警察は足利市議会の管理下にあるので警察に通報しても逆にあなたが逮捕されます。
 警察に通報した場合の罪は重く収容所送りになる可能性があります】

【学校関係者以外の人間とみだりに電話することを禁じます。
 皆さんのスマホアプリ(生徒会アプリ)にスパイウェアが仕込んであり、
 これによって皆さんのスマホの捜査履歴が直ちに判明します】

【栃木県内の市役所、警察、司法当局などの行政機関は
 栃木ソビエト社会主義共和国(宇都宮)によって秘密裏に管理されています。
 みなさんは表向きは日本人として、学内では日系ソビエト人民として
 振る舞うことが推奨されています。生徒が外国籍の場合もソビエト人です】

生徒手帳は分厚い。
手帳の中には新入生用に広報部が作成したビラが挟まっており、
実際の逮捕者がどうなったかの事例が丁寧に書かれている。

・逮捕者の例1
在校生が家族との旅行を装って夏休み中に茨城県へ脱出を図るも日立ソビエトの職員に逮捕される。
家族4人は連帯責任で現在も日立ソビエト(茨城県日立市)の強制収容所に収容されている。

・逮捕者の例2
在校生が自らが在籍するクラス内で反乱をあおり、生徒会に反旗を翻そうとするが
計画を実行する前に諜報部によって逮捕される。クラスメイト全員が連帯責任で
強制収容所2号室に送られて現在も服役中。収容所では肉体労働を含む強制労働あり。

・逮捕者の例3
在校生が実は資産家の子息だった。入学直後は一般的な家庭と自らの経歴を偽り
諜報部を欺いていたが、入学後の言動などから中小企業を経営するの社長の息子だと判明。
彼の家系は資本家であるため逮捕。革命裁判の結果、日本のスパイだと自白し銃殺刑。

・逮捕者の例4
在校生同士の恋愛が発覚。組織委員部にカップル申請書を提出せずに
資本主義的な自由恋愛をしていたことが明らかになった。カップルは逮捕。
尋問室での取り調べの後、収容所1号室にて思想教育を受け、のちに一般生徒へと復帰。

校則や規則に対する質問に答えるホットラインとして
組織委員部にイズベスチヤ(報告)するための電場番号が書かれている。
責任者の名前は3年生の高倉ナツキとなっており顔写真もついている。


とんでもない学校に入ってしまった、騙されたと多くの生徒が思うのは
毎年のことだ。日本の各地にソビエトが存在し、その詳細は日本政府の関係者であっても
正確に把握していない。まず間違いなく全国の都道府県に存在するのだろうとされている。

相手がどこに潜んでいるかわからぬ恐怖は想像を絶する。
下手に脱走した場合は自分のみならず、自分の家族や親せきの
身の安全が保障されないゆえに在学生は党の運営方針に従うしかないのだ。

この学生たちは、入学と同時に家族を日本に無数に存在するソビエト人民共和国によって
人質に取られたようなものであり、やがてこの不条理に納得できなくなる生徒らによって
反乱を起こすことになるのが毎年のパターンだ。

これが少し頭の回る生徒ならば、下手に反乱を起こして収容所送りになるよりも
表面上はおとなしくソビエト共産党に従ったふりをして卒業するのが最善だと気付く。
そうなるのにだいたい半年以上はかかるのだが。

4月28日。強制収容所見学ツアーの申し込み。組織委員部にて

入学式から1月近くが経過する。この頃になると新入生達も学園の雰囲気にも慣れてくる。
入部した部活で先輩達から学園での過ごし方の心得などを親切に教えてもらったり、
クラス内で友達ができたりと人間関係が固まってきた。

今年入学した1年生に対し、強制収容所を見学する行事の開催が決定された。
参加資格は1年生なら所属に関係なく誰でも可能。
副会長マリカが発案した、このとんでもない見学ツアーに対し申し込みが殺到した。

見学ツアーの申込書は組織委員部に提出することになっている。

「お兄様。ツアーの定員80人に対して申込者の数が軽く見積もっても200名は超えてます。
 より正確に集計したら300名かもしれません。一体どうするおつもりですか」

校舎から離れた位置にある組織委員部の本部(2LDKの事務所兼住宅)にて、
ナツキ代表の1学年下の妹、高倉ユウナが書類の山をみてあきれている。

ユウナは昨年の生徒会選挙への立候補を途中で断念したことで
居づらくなってしまった諜報委員部を辞めて兄のいる組織委員部へ移動してきた。

「そう焦ることでもないだろう。学校の施設に興味のある若者が
 これだけいたのはむしろ誇らしいことだ。
 詳細はあとでマリカと話し合いたいと思ってる」

「そうじゃなくて、お兄様の意見は?」

「僕の意見?」

「私はお兄様の意見が聞きたいです。お兄様ったら、いつも重要な決定を
 人に任せてしまう癖があるでしょう? ですから私はお兄様の意見が聞きたいんです」

「ふ……僕の意見なんて。次の定例会議でみんなで話し合った末の結論を採用すれば
 いいだろう。我がボリシェビキメンバーの幹部は過去最高レベルで優れた人材が
 そろっている。あの会議の席で自分の意見なんて言う気にならないよ」

「またそんな退屈な言い方をされて。私の前でも意見を言ってくれないんですか?」

「ユウナ……」

ユウナが真剣な目で見つめてくる。ナツキはコーヒーカップをテーブルに置いた。
ユウナは2年生になってますます綺麗になった。ウェーブのかかった長い髪。
白い肌。目元が特に美しく芸能人やアイドルのようにぱっちりとしている。体つきは
ややふくよかだが、それも含めて女性らしい愛らしさを体現したような外見をしていた。

ナツキも長身でデスノートの八神ライトのような美男子だったので
女子からの人気がすごい。美男美女の兄妹で学内では有名だった。

「一人でも多くの生徒が収容所を見ることは大いに意義のあることだと思う。
 そこで参加者の定員を増やすべきだと僕は思っている」

「なるほど。参加者の選考はどうになさるのですか?」
 
「適当でいいだろう。抽選を導入してみるのも面白いな。
 今回の抽選に漏れてしまった子はかわいそうだが、
 来月以降も見学会を開催することにして次の機会に当選してもらえばいいだろう」

「さすがお兄様。私もお兄様の意見に賛成します。
 次の会議でもそのように発言されたらよろしいのでは」

「僕が意見なんて会議で採用されると思うのか?」

「はい。きっと採用されます」

「……そうだといいんだが。
 ユウナはいつだって僕の味方をしてくれるな。ユウナもここの所属なんだから
 代表の出席する会議には僕の付き添いで出席してくれよ。僕ら組織員部だけ
 代表の僕だけが出席してるんだぞ。本当はもう1人出席枠があるのに」

「いやですよ。あの会議、井上さんが仕切ってるんでしょ。
 私あの人のこと、あまり好きじゃないんです。すごく高圧的で怖い」

「マリカも昔はあんな感じじゃなかったんだけどな。
 副会長になってからわざと高圧的な態度をとってるんだろう。
 それは前の会長のアキラさんも同じだったよ。人は地位を得ると
 変わらざるを得ないんだよ。お前もボリシェビキなら察してやりなさい」

「はい。お兄様がそう言うんでしたら」

ユウナは、ナツキの腕を胸に抱いた。
恋する乙女のキラキラした瞳で兄を見つめる。

「ユウナ……。早く彼氏を見つけなさいといつも言ってるだろ」
「私には彼氏にしたい人なんて、いません。あなた以外では」
「そういう冗談はよしてくれないか」
「冗談? 私は冗談なんて言ってませんよ」
「ほら。誰か来たら困るからそろそろ離れなさい」
「キスしてくれたら離れます」
「・・・・・・」
「ねえいいでしょ? ナツキだって私のこと嫌いじゃないはず」
「少しだけだぞ」

唇がそっと重なる。ここには諜報部の監視カメラはないが、
いつ誰が扉を開けて入ってくるか分からないので緊張する。
その緊張感のせいで余計に情熱的になってしまうのだから困ったものだ。

とろけてしまいそうなユウナの美しい顔を見ていると、ナツキの方も
だんだんとその気になってきた。自分の妹が学内でトップクラスの美女だと
評判が高いことも知っている。身内びいきをしても宝石のようにきれいだ。
はち切れんばかりに膨れた胸元に視線が行く。
思わずブラウスを脱がせてブラジャーを見てしまおうかと思った。

「同志たちよ!! 突然失礼いたします!!」

この怒声である。ナツキとユウナは心臓が口から飛び出そうになった。
やってきたのは相田(あいだ)トモハル。ユウナと同学年の二年生だ。
過去作では諜報広報の代表を務めた経験もある、
元1号室の囚人だった野球部員だが、今作では組織委員部に所属していた。

「こ、これは同志達よ・・・・・・そこでなにをなさっているので?」
「な、なんでもないのだよトモハル君。用件を言いなさい」
「はっ、井上副会長殿より伝言を預かっております!!」

「よろしい。申せ」

「はっ!! 収容所ツアーに関する一切のことは、組織部が主導で決めて欲しいとのことです。
 組織部が決定した内容に対して保安委員部の他、
 全ての委員が従うことにすると副会長の権限において決定されました!!」

「そうか。これを僕に対する信頼と取るか、あるいは保安部を統括するサヤカさんが
 忙しいからこちらに丸投げしたと取るべきか」

「何を弱気なことをおっしゃるのですかっ!!
 今回の件は副会長閣下は、ナツキ殿のことを信頼されている証拠ですぞ!!」

「ふむ。まあプラスに考えた方が得なのは確かだ」

「報告はまだ他にもあります!!」

「まだあるのか」

「はっ、これも同志副会長殿からなのですが、新学期になってからナツキ殿の携帯に
 連絡が取りにくくなっていると。なにやら頻繁に電源が切れているために
 副会長から電話をかけても繋がらないことが多いそうです!!」

「そういえば、なぜか充電が切れてることが多いな。朝家を出る前に
 100%まで充電してるはずなんだが、すぐバッテリー切れになってしまう。
 帰宅後に充電してからマリカからの不在着信に気づくことがよくある」

「そろそろスマホの買い換え時ですかな?」

「そうかもしれないな。
 うちの学園では仕事用のスマホは無償で支給されるので
 あとで中央のモチオくんに頼んでみるか」

実はスマホを新調する必要は無かった。ナツキのスマホのバッテリーを
意図的に放電させているのはユウナだったからだ。理由は単純。
ナツキがここで仕事している時にマリカからよく電話がかかってくるからだ。
しかも話の内容が仕事以外の雑談が多い。相思相愛の恋人同士の会話にしか
見えないそれを阻止するために、ユウナがちょっとしたイタズラをしたのだ。

「私がこうして伝令に来たのもっ!!
 副会長閣下からナツキ殿の携帯がつながらないためであります!!」

「それは迷惑をかけてしまい申し訳ないな。
 トモハル君もよかったらここでコーヒーでも飲んでいかないか?」

「大変に恐縮なのですが、これから副会長の命により
 1年C組に視察に行かねばらないのです!!」

「1年生の教室にわざわざ君が? いったい何があったんだ」

「なにやら取り調べの対象にしたい生徒がいるとのことです」

「反乱でも企んでる子がいるのか?」

「いいえ……むしろその逆かもしれませんぞ。
 とにかく時間がないので私はこれで失礼いたします!!」

トモハル委員は、よく走る。
生徒会の中では【競走馬のようなボリシェビキ】とあだ名されていた。
彼は副会長のお気に入りだ。忙しい副会長に代わって学内で問題がありそうな
現場をところどころ回ってくれる。彼は伝令係と現場の視察を兼ねているのだ。

組織委員部は会社で例えると人事を担当する総務部。基本的に内勤なのだが、
野球部出身で同じ場所にとどまっているのが我慢ならない彼は、
「学内警備」と称して自分から進んで校内を見て回ることにした。

彼は本部にいて電話やメールをするよりも、直接人と会って話をすることを好む。
実はこれはマリカも同じであり、話し合いや聞き取り調査をする時は
本人と面と向かって行うことを理想としていた。よってマリカの目に彼が止まったのだ。

トモハルは学内のどこにいても現れるので、彼のことをよく知らない
他の委員たちからは「あの人はどこの所属なんだ?」とよく言われる。
彼が組織部の一員だということを知ってるのは一部の人だけだ。


トモハルは、1年C組の教室の扉を開けた。

「失礼いたしますっ!!」
「ひっ・・・・・・委員様!!」

若い男性教師が、震える。時刻は15時45分。ちょうど帰りのHRの最中だった。

「おっと、これは失礼いたしました。まだHRの最中でしたか!!
 私はここの生徒に用がありますので、
 HRが終わるまで廊下で待機させていただきますぞ!!」

「恐れ入ります委員様っ!! すぐに必要事項だけ伝えて終わりにしますっ!!」

男性教師が早口で生徒に説明をしていく。生徒達は廊下にいる委員のことが
気になって先生の言うことがまったく耳に入らない。

(1年C組か……)

トモハルは、自分が1年生だった去年のことを思い出す。思えば自分は
野球部の先輩の不祥事(薬物所持)が原因で連帯責任で1号室へ送られ、
そこで模範囚として過ごして3か月の刑期を終え一般生徒へ復帰。
組織委員部へ立候補して現在に至る。

ところで、この学園では少し変わったクラス分けをしている。
各学年ごとにクラス番号の読み方が異なるのだ。
今の在校生では、3学年と1学年がアルファベット順。2学年は数字で呼ぶ。
例えばエリカたちのクラスは3年A組。川口ミキオのクラスは2年6組だ。

多くの学校と同じように学年ごとに女子の制服のリボンの色を分けている。
男子に違いはない。よって初対面で学年を知りたいときは女子の制服を見るのだ。

急いでHRを終えた教師が頭をぺこぺこ下げながら廊下に出てきた。
入れ替わりでトモハル委員が中に入る。

「1年C組の同志諸君!! 私は組織委員部所属の相田トモハルであります!!
 皆さんとは1学年しか違いませんので気軽に接してくれて結構ですぞ!!」

1年生達は緊張しすぎてそれどころじゃない。
生徒会の人が教室に入ってくる時は逮捕者が出ると部活の先輩達から聞かされている。

4月28日。トモハル委員の訪問。1年C組のブライアン・ジョーンズ

「このクラスに、留学生のブライアン・ジョーンズ君はいますかな?」

全員が、クラス内で異彩を放つ金髪の男子生徒の方を向いた。
その方向には確かにロン毛の少年がいた。

「ブライアンは俺だ」

「そうか。君でしたか。組織委員部のデータによると
 国籍は英国でウェールズ出身とのことですが、間違いありませんな?」

「ああ。そうだ。俺はウェールズから来た」
「ところで英語は話せますな?」
「話せる」
「よろしい。ではこれから来て欲しい場所が
 あるので私の後を付いてきてくれますかな」

クラス委員長の男子が挙手した。

「トモハル先輩!!」
「ん? 何か質問でもあるのですか。でしたら遠慮無くどうぞ!!」
「いきなり話しかけちゃってすみません」
「いえいえっ。私は全然気にしてませんぞ」
「あの、うちのクラスのブライアンは逮捕されるんですか?」
「逮捕? なにをおっしゃるか。そのようなことはありません」
「では、どうしてブライアンを?」
「同志会長閣下より直々の呼び出しです」

ざわざわ・・・・・・
ざわざわ・・・・・・
ざわざわ・・・・・・

「今の聞いたか。呼び出しだってよ……」
「やっぱり逮捕されんのか」
「裁判にかけられて強制収容所行きになるのかしら……」
「会長から呼だしなんて普通じゃないよね……」

恐怖がクラス中に伝染していく。これはこの学園ではよくある風景。
トモハルは意味もなくおびえている下級生たちを見てむしろほほえましくすら思う。
そう。入学したばかりの学生にとってボリシェビキほど恐ろしいものはないのだから。

一度人を疑い始めると、もう何も信じられなくなる。

トモハルは息をスーッと吸ってから声を出す。

「C組の同志諸君!! 先に申し上げておきますが、ブライアン君は収容所行きになど
 なりませんぞ。それは委員であるこの私が保障いたします!!
 彼はサヤカ会長閣下よりボリシェビキのメンバーにならないかと、お誘いを受けているのです。
 むしろ会長に興味を持っていただいているのです。わかりましたね?
 最後に、今日あったことをクラスの外で話す必要はありませんよ!!」

「もういいよ委員さん。早く行こうぜ」

「むぅ……。そうですな」

「委員さん。その前にクラスメイトに別れの挨拶がしたいんだ。いいよな?
 クラスのみんな。短い間だったけど世話になったな。
 俺はこの通り日本では外人でしかも白人だ。ここでは異端者のはずの俺を
 C組のみんなは友達として扱ってくれたのがうれしかった。
 日本の人たちがこんなにも暖かい人の集まりなんだって知ってたら、
 もっと前から日本に来てればよかったって思ったよ」

ブライアンは、悲しそうな顔で手を振った。

「じゃあな。みんな元気でな」

彼もまた学園特有の疑心暗鬼に陥っており、トモハル委員の説明なんて
鼻から信じていなかった。今日で自分が収容所送りになるんだと覚悟していた。

そしてクラスの全員も同じように思っていた。
入学初日に配布されたビラに過去の恐ろしい逮捕事例が記載されていた。
あれを見せられた後にボリシェビキの言うことをやすやすと信じるわけにはいかない。

今や今年の春に入学した新入生で生徒会に反抗する人は皆無となったが、
このクラスでは無事に三年間、粛清されずに過ごすにはどうしたらいいのかと
考えるようになった。つまり先輩たちと同じ次元に達してしていたのだ。

ウェールズで生まれたブライアン・ジョーンズ15歳。
彼は頭が良くあらゆるジャンルの音楽に詳しかった。
外国暮らしの話題も豊富で当然英語も堪能。
外人として差別されるどころかクラスの人気者だっただけに、
みんなが彼との別れを惜しんだ。

「ブライアン君。さようなら。元気でな」
男子のクラス委員が涙ながらにそうつぶやいた。

C組は今日は解散し、全員が喪に服したような顔をしながら帰り道を歩いた。
男子の委員は、なぜ彼を救ってやることができなかったと自分の愚かさを悔やんだ。
自分が悪いのではないとわかってはいるが、この口惜しさは何とも言い難い。


ブライアンは、トモハル委員に連れられて会長室へ出頭した。

「失礼いたします!! 会長閣下!! ただいまこちらに例の彼をお連れしました!!」

「声でかっ!! あーはいはい。連れてきてくれてありがとね。 
 あとはこっちでやっておくわ。もう帰ってよし!!」

「了解いたしました!! それでは失礼いたします!!」

「あ、待って。扉は静かに開け閉めしなさいね~?
 あんたの力だと扉が壊れちゃいそうなのよっ!!」

「はっ、申し訳ありません。以後、気をつけます!!」

サヤカは「やれやれ・・・・・・」と言いながら眼鏡のずれを直す。
ブライアンは部屋を入ったところで立ち尽くしている。

「わざわざ呼び出しちゃってすまないわね。君がブライアン君で間違いないわね?」

「間違いない」

「今日あなたを呼び出した理由から説明するわね。
 ちょっと長くなるから、このソファに腰掛けて紅茶でも飲んでちょうだい」

「いや結構だ。俺は大切なクラスメイトとの別れの挨拶も済ませている。
 もう普通の学園生活に未練は無いよ。生徒会長のサヤカ。
 俺を収容所送りにするなら早くしてくれないか」

「え・・・・・・なに? 収容所ってちょっと何言ってるのか分からないわねぇ」

「あんたらは生徒をいきなり呼び出して逮捕し収容所に送るのが仕事なんだろう」

「違うと思う」

「なに?」

「確かに時と場合によっては収容所送りにはなるわ。でもブライアン君は
 入学したばかりでまだ何もしてないのに収容所に送る根拠がないのよ。
 それともあなた、我々生徒会に刃向かったことが今までにあった?」

「それはない。神に誓ってない」

「神・・・・・・」

「おっと失礼。この学園はスターリンやフルシチョフの支配していた
 ソビエト・ロシアと同じ政治をしているので
 イエスや神の名前を出すと処罰されるんだったな」

「ブリテン連合王国で生まれた人なら神の名前が出ちゃうのも仕方ないと思うわよ。
 その程度のことで処罰なんてするつもりないから安心して」

「どうやら本当に俺を粛正するつもりはないようだな」

「だから初めからそう言ってるじゃない。うーん・・・・・・やっぱり私相手だと
 日本人女性だから警戒されちゃうのかしら。だったらあの子を呼んじゃおうかな」

サヤカは、ブライアンに紅茶を淹れながらも携帯でクロエを呼び出した。
クロエは運が良く暇だったので5分もしないうちに来てくれた。

「よーっすサヤカ。私を呼び出すなんて珍しいじゃん。どしたの。まさか私も収容所行きw?」
「そのジョーク、中央で流行らすのだけはやめてよねw 今日は新人の勧誘をやってるのよ」
「新人ってそこにいる男の子のこと? へー。結構かっこいいね。外人の子か」
「私が日本人だから警戒されてるみたいなのよ。クロエから話してもらった方がいいかなって」
「そういうことね。オッケー。任せてよ」

背が低くフランス人形のような容姿をした仏国人のクロエが、
緊張で顔が引きつってるブライアン君に話しかける。

「How is your school life? Are you enjoying your life in Japan?」

「この学園自体は好きじゃないが、クラスメイトのことは好きだ。
 それと足利は田舎なので俺にあってる。日本は良い国だ」

「Brian Jones is the same name as the leader of the Rolling Stones.
 Could it be that you are its reincarnation?」

「そうだ。俺は27歳で死んだストーンズのリーダー、ブライアン・ジョーンズ本人だ。
 正確には俺は転校したのではない。栃木県の足利市で生まれ変わったのだ」

「mensonge? Est-ce que je viens de dire ça pour plaisanter ?
 Si vous êtes vraiment réincarné, essayez de jouer d’un instrument.」

「今のはフランス語かイタリア語か。俺には英語と日本語以外は分からない」

「ごめん。今ちょっと頭の言語回路が変わっちまった。
 今のはフランス語。私これでも7カ国語が話せるからね」

「フランス語だったのか。なんと言ったんだ?」

「本当にブライアン・ジョーンズの生まれ変わりなら楽器を弾いて見せてよ」

「いいだろう。ギターはあるか?」

サヤカが手を伸ばし、「その必要は無いわよクロエ。その子は間違いなく、
あのブライアン・ジョーンズの生まれ変わりよ。今のクロエとの会話で確信が持てたわ」

「本気で言ってるの?
 サヤカはボリシェビキのトップなのに非科学的なことを信じるんだね」

クロエは小声で本物のブライアンの生まれはウェールズじゃなくて
イングランドのはずでしょ・・・・・・と言った。
どちらにせよグレイトブリテン連合王国(日本語では英国)に違いはないが。

「確かにボリシェビキとしては転成なんて信じるのはNGだと思うけど、
 彼が生まれ変わってると思える証拠がいくつもあるのよ。
 この報告書を読んでくれるかしら」

「んーと、なになに。ブライアン君は・・・・・・管弦楽部、合唱部、軽音楽部など
 あらゆる部活に体験入部してはあらゆる種類の楽器を使いこなし、
 しかもその技量は先輩の部員たちをはるかに上回る。最後はどの部にも入部せず、
 表向きは書道部に入部。入部して早々に幽霊部員となる・・・・・・。ふーん」

クロエがさらに読み上げる。

「彼の言動は変わっていて、60年代に起きたキューバ危機、
 ケネディ大統領の暗殺についてその時代を生きた人以外は知り得ない情報を
 いくつも知っている。また同年代のミュージシャン、ビートルズのポールやレノン
 に関することにも詳しく、ギタリストのジミ・ヘンドリックスやボブ・ディラン
 のについてもまるで直接会ったことのあるような話し方をしている」

「どう? クロエだってこれが偶然とは思えないわよね?
 こんなにも生前のブライアン・ジョーンズと重なる人なんているわけ無いわ」

「奇跡が起きたか。足利にいる7人の神様の仕業か」

「七福神のことね」

「サヤカ。彼が偉大なミュージシャンの生まれ変わり
 だってことは信じてあげてもいいけど、あなたは彼をどうするつもりなの?」

「保安委員部の代表候補に推薦するのよ」

「・・・・・・ぷるこあぱ(なんで)?」

「ま、いきなりこんなことを聞いたら驚くわよね。その理由は・・・」

ブライアンは、紅茶のカップを乱暴に起きながら

「ちょっと待ってくれないか!! サヤカ会長、今あんたはなんて言った?
 俺を保安委員部の代表候補に推薦するだと?
 俺はこれでも中央部が配布してる生徒手帳は一読している。
 保安委員部が何をする組織なのかも知っている。あんたは、
 俺に強制収容所で囚人達を虐待する仕事を任せたいと言っているのか?」

「まあまあ。落ち着きなさい」

「そもそも俺は入学したばかりで1年生だ。組織のリーダーになんてなれる器じゃない」

「でもリーダーならやっていたんでしょ。
 あなたが作った伝説のロックバンドザ、ローリングストーンズで活動していた時は」

「俺は自殺する少し前にミックやマネージャーに頼まれて
 リーダーを解雇されたんだ。あんただって俺の歴史は知ってるんだろ!!
 ミュージシャンとしての俺と、共産主義勢力の幹部候補と何がどう関係する?」

「カンよ」

「はぁ?」

「女のカンってやつね。今はどの生徒ともやりたがらない
 強制収容所の管理を任せられるのはあなたしかいないと思っているわ」

「非科学的な・・・・・・あんたは狂ってるぜ」

「そうかもしれないわね。あなたの好むと好まざるに関わらず、保安委員部の
 見学にだけは出てもらうわよ。これはすでにスケジュールを組んであるから
 残念だけどあなたには拒否権がないの。分かるかしら?」

「・・・・・・もし俺があんたの誘いを断ったとしたらどうなるか、それを先に聞かせてくれ」

「別にどうももしないわ。C組の生徒に戻ってもらうだけ」

「その言葉、信じていいのか」

「もちろん。私はボリシェビキ。約束は守るわよ」

ブライアンはその日は帰宅させられた。保安委員部へ見学に行くのは明日になった。
彼にとって皮肉だったのが、見学日当日が、例の強制収容所見学ツアーの日程と
重なっていることだった。

強制収容所の見学ツアー当日

「見学者は必ず1列に並んでください。
 今日は人数が多いので隣の人とぶつからないよう距離を取ってください。
 それと施設の備品に足を取られたりしないよう足下に気をつけてください」

組織委員の代表にして見学ツアーの添乗員をかねるナツキが
拡声器を持って語りかける。ツアーの参加者は1年生のみだ。

参加者はキリのいい数字で100人までに絞った。
最終的に参加希望者が400人(1年生の総員670名)
となり、生徒会の想定をはるかに超える規模となった。

参加者達を3つに分け、先頭グループをナツキ、次のグループを妹のユウナ、
最後列をトモハル委員が手分けして案内をすることにした。

まずは教室を案内する。本校(母屋)とは別に、少し離れた場所に建設された特殊な校舎だ。
巨大なバリケードに覆われた刑務所にそっくりな造りになっており、入り口付近に警備員や
武装した執行員が並んでいる。とても学校とは思えない雰囲気だ。

見学者達が思い思いのことを口にする。

「あれは教室か?」
「見た目は俺らの教室と変わらねえんだな」
「本当ね。教室の広さも同じだし黒板や机もあるわ」
「思ってたよりも普通だね」

この刑務所としか思えない建物の中に、いくつも教室があった。
今日彼らが案内されたのは軽犯罪者の1号室、重犯罪者の2号室だった。
2号室用に割り振られた部屋の方が圧倒的に多い。全部で教室が10個もあった。

ナツキ委員が拡声器で語りかける。
「今は放課後なので囚人達は帰宅しています。よって施設内に囚人はいません。
 囚人は午前中は皆さんと同じように教室で授業を受けています。
 ただし囚人なのでソビエトの歴史や政治に関する内容を重点的に学びます。
 午後からは特別授業を屋外で行います。屋外での授業内容の見学は、今から現地に
 行くのは時間がかかりますので隣の展示室にある資料をご覧ください」

見学者の先頭集団がぞろぞろと展示室に入る。
30名を超える生徒が入ると展示室はすぐに手狭となった。

「すげえ古い写真。これ画像がアナログの写真だ。昭和時代に撮影したって書いてある」
「ここに展示してあるのって土木作業で使う道具よね。スコップや一輪車にツルハシ」
「農作業で使う道具も多いな。これと同じのが俺のじいちゃんちの納屋に置いてある」
「あそこを見て。囚人達が書いた日記があるわよ。何が書いてあるのかしら」
「私もすごく興味あるわ」
「俺も俺もっ」
「うわあぶねえ、後ろから押すなよ。怪我するだろ」
「おーい。みんな落ち着けよ。みんなで一緒に読もうぜ」

1年生達はみなが興味津々だ。この展示室ごとスマホで写真撮影したい衝動に駆られるが、
そんなことをしたら重大な規則違反で自分も収容所送りになってしまう。
かつて、収容所の写真を勝手に撮影して外部に送信しようとした執行委員がいた。
彼は尋問室で前歯が全て折れらるほどの拷問を受け、最後は銃殺刑になった。

「囚人達は恐ろしい環境で労働させられてるんだな・・・・・・」
「そうね」
「俺らだったら1日でも耐えられなそうだ」
「これからも卒業するまで正しい生徒でいないといけないって改めて思ったわ」

今日はC組のメンバーも10名以上が参加していた。実は各クラスの中で
最も当選率が高いのがC組だったことを彼らは知らない。
これは生徒会が仕組んだわけではなく、ただの偶然だ。

男子のクラス委員、加藤がナツキに話しかける。

「同志高倉委員殿。質問がしたいのですが。許可していただけますか?」

「君はクラス委員をやってる男の子か。もちろんオーケーだよ」

「この展示室の内容から察するに囚人の皆さんの強制労ど・・・・・
 屋外授業はかなりハードだと思うんですけど、
 屋外授業が原因で過労死したりする人はいないんですか?」

「しないよ。屋外の授業は1日3時間までと規則で決められている。
 屋外での作業は午後からだし、日の出ている時間しかできないからね。
 やってる内容はごく一般的な農林高校の生徒さんと同じだよ」

「同志。恐れながら申し上げます。
 囚人で死んでしまう人もいるって、入学式の日に生徒手帳と一緒に
 配られたビラに書いてありましたが・・・・・・」

「あのビラの内容は、脱走したり反逆を試みたりした結果、裁判で
 銃殺刑になった人のことを記している。僕が把握している限り
 過去に屋外授業が原因で死んだ人はひとりもいないはずだよ。
 ここはあくまで教育機関だから過労死させるほどの過酷な労働は
 させないよ。過労死って君、それは資本主義日本の話じゃないのかね?」

「す、すみません同志!! 僕は別にそんなつもりじゃ・・・・・・」

「くくくっ。僕は気にしないが、他の委員の前で過労死って言葉を使うのは
 避けた方がいい。この学園ではどこで誰がその言葉を
 聞いているか分からないんだよ。同志」

「はっ、肝に銘じておきます!! 同志閣下!!」

ナツキは微笑み「君は真面目な生徒だね。これからも頑張りなさい」と彼の肩を叩く。
1年生達は、3年生の高倉ナツキが典型的な冷徹なボリシェビキのイメージとは違い、
優しいイケメンであることを知る。

ボリシェビキに支配されたこの学園の生徒は、1年間の高校生活で
他の学校の3年分の成長をすることになる。そのため1年生と3年生、
そのうえボリシェビキの幹部が相手となれば、10歳くらいの年の差があると考えていい。

見学会に参加している後ろの集団から『同志たちよ!! 会長閣下がお越しになったぞ~~!!』
と執行員の声が響いてくる。1年生達がざわつきながら廊下のはしに身を寄せて道を作る。

C組の生徒達は、
「後ろですげえ騒ぎになってんな。会長閣下が来たとか言ってる」
「会長って・・・・・・サヤカさんって呼ばれてる学園の最高権力者でしょ」
「やばいぞ。早く道を空けないと殺されちまう」
「こわっ!! 急いでここからどくのよ!!」

ナツキは、そんな後輩たちの様子を見て笑ってしまう。

「同志諸君。これから資料室から出て廊下に1列に並ぼうか。
 焦らなくて大丈夫。サヤカさんは今日は見学会の視察に来たんだろう。
 君たちは知らないだろうが、サヤカさんは生徒に対して僕以上に優しい人だよ」

ナツキが微笑みながらそういうものだから1年生達の緊張がにわかに解かれていく。

『同志会長閣下に敬礼!!』

執行委員が横一列に並んで銃を持ったまま敬礼する。
しかしその様は無様なものであり、銃を持つ角度や敬礼の角度がそれぞれ曲がっている。
ひどい者ではヘルメットすらきちんとかぶれていない。
外国人留学生が多い保安委員部の執行委員は規律が保たれていなかった。

「はい。今日もお勤めご苦労様」

サヤカに愛想はない。会長の立場になると執行委員達のだらしなさが
よく分かる。中央部の報告によると、彼らは日中に仕事をさぼって
カードゲームをしたりスマホをいじったり居眠りをしたりとやりたい放題。
たまに理由もなく囚人を殴打してストレスの解消をすることもあると報告を受けている。

サヤカの後ろには、例のブライアン・ジョーンズがいる。
今更だが、あの伝説のロックバンドの創始者でありリーダーの
ブライアン・ジョーンズがこの作品に登場していることに違和感を感じてしまう。

「ブライアン君。収容所内の様子はどうかしら?」
「思ってたよりは普通だったかな。俺も昔麻薬所持で刑務所にぶち込まれたことがある」
「そのときの刑務所とここは似てる?」
「いや、こっちの方がだいぶましだと思う」

サヤカ会長が、先頭集団の列に達した。ナツキを筆頭に1年生達が挨拶をする。
その時だった。C組の加藤クラス委員達の目にブライアンの姿が映ったのは。

「ブライアン君!? なぜ君が会長閣下と一緒に収容所内を歩いてるんだ!?」
「加藤・・・・・・? 加藤なのか。それに他のみんもないるのか」
「ブライアン君・・・・・・まさか君はボリシェビキになったのか?」
「そんなわけないだろ」
「じゃあ、そのバッチはなんだ!!」

ブライアンの制服の襟には『保安委員』を示すバッチが光る。
彼はまだ正式に加入していないが、今日は会長の付き添いで収容所の視察を
するのに一般生徒の1年のままでは警備の執行委員がいらぬ誤解する可能性がある。
そこでとりあえず形だけでも「保安委員」になってもらうことになった。

保安委員とは頭脳労働。執行委員は肉体労働。
保安委員とは指示を出す係になるので執行委員の上役を意味する。

「ちょっと待ってくれ。君たちは勘違いしてると思う。
 俺は保安委員になったわけじゃない。
 今日はサヤカの付き添いでここに来てるだけで俺は別に・・・・・・」

C組の生徒達の視線が冷たい。他のクラスの1年生達も同じだ。
みんなが、化け物を見るような目でブライアンを見ている。

(ブライアン君、会長閣下のことを下の名前で呼んでるわ・・・・・・)
(もうそんな仲にまで発展してんのかよ)
(会長のお気に入りってことでしょ。彼、金髪の外人でイケメンだから)
(というより会長がストーンズのファンなんじゃねえの・・・・・・)
(あの人、意外とロック好きなのかな)
(おい、こそこそ話すのやめろ。会長に聞かれたやばい)

これがこの学園特有の疑心暗鬼。人間不信。悲観主義。

(弁解しても無駄か・・・・・・)ブライアンは、静かに目を閉じる。

サヤカはナツキの前で足を止める。

「見学ツアーは順調のようね。ご苦労様。ナツキ君」
「そちらこそお疲れ様。1年生の子達は素直で良い子ばかりで安心しているよ」
「ふふ・・・・・・そうね。みんなまだ社会のことを何も知らないもの」
「そこにいるブライアン君は君のお気に入りなのかい?」
「そんなところよ。彼は優秀なボリシェビキになる素質を持っているの」

「サヤカさん。君が新入生をそこまで気を遣うとはめずらしい」
「いずれあなたにも彼の良さが分かると思うわ。それじゃ、私たちは他にも回るところがあるから」
「了解した。同志よ」
「あ、最後に一つ。またトモハル君をお使いに出すと思うからよろしくね」
「それは一向に構わないが、いっそ彼を君専属の副官にしてしまえばいいのに」
「そうかもしれないわね。検討しておくわ。それじゃ」
「ああ。気をつけて」

サヤカはブライアンを連れてさらに歩みを進める。

ブライアンの職場見学。1年E組の熱烈な共産主義者

「ブライアン君。ここが中央委員部の部室よ」
「へえ。いかにもインテリの奴らが集まってそうな職場だな」

ブライアンは、別に知的エリートを目指してるわけでもなく、
また学園の管理の責任を負う立場になるつもりもないことを改めて説明した。
次に諜報広報の職場も見学したが、いっそう嫌悪感を示した。
そのどちらの職場にしても自分のようなバカには勤まらないと言った。

「ブライアン君から見て中央と諜報のどちらがより高度な仕事をしてるように見えた?」

「そうだな・・・・・・諜報の方じゃないのか? 
 あっちは外国語、プログラミング、高度な金融知識が必要になるだろう。
 普通の高校生に勤まるレベルの仕事じゃないことは確かだ」

「そうよね。私もそう思うわ。でも諜報の人たちに言わせたら
 中央の方がよほどエリートの集団に見えているそうよ」

「できる人間同士ってのは、そういうもんじゃないのか?
 生前の俺たちだってビートルズには一生勝てないと思っていたが、
 ビートルズの奴らもストーンズに対して同じようなことを考えていたみたいだぞ」

「さすが大物は言うことが違うわね」

「よせよ。それであんたは俺にどうして欲しいんだ?
 俺はあんたの計画通りに三つの職場を見学したわけだが、
 俺はどこの部にも所属するつもりはないぜ」

「そう。それは残念ね」

「俺を元のクラスに戻してはくれないのか?」

「戻りたいのなら戻ってもいいけど、やりづらいと思うよ」

「それは・・・・・・確かにな。それもこれもあんたが俺を勧誘したのが原因だろ」

「そのお詫びとしてしばらく私の副官になりなさい」

「副官ってのはあんたの付き添いか、秘書になれってことを言ってるのかい?」

「そうよ。秘書って言った方がいいかもしれないわね。
 会長や代表の地位にある人は、自分の補佐してくれる部下を直接任命できるのよ。
 諜報部にいる2年の宮下さんが高木代表の補佐をしてるようにね」 

「俺は構わんぞ」

「あら意外ね。てっきり嫌がると思ったのに」

「俺はすでにC組のみんなに不信感をもたれてしまった。
 今から彼らの誤解を解くのは不可能だと思う。
 だったら、いっそあんたの元で働いた方がいいと思っただけだ。
 ……打算もある。あんたの部下なら俺は粛正されない」

「あなた、いいわね。自分の思ったことを素直に包み隠さずに
 正確に伝えてくれる。ミュージシャンって人に自分の思いを
 伝えるのが仕事だもんね。うん。気に入ったわ。
 あなたを私の副官として正式に任命してあげる」

「そいつはどうも。だがその前に確認したいことがある。
 俺は1年なのに特別な地位に昇進したことになるだろ。
 他のボリシェビキの先輩方からやっかみとかはないのか?」

「もしあったとしても私がなんとかするわ」

「あんたの彼氏さんはどう思うかな」

「あいつはそんな小さなことは気にしないわよ」

「サヤカの親衛隊の女子は?」

「あの子達は明日から解散ね。正直ウザくて仕方なかったのよ」

「そんなことしたらやっかいなことにならないか?
 会長の評判が悪くなるし、あいつらが俺に嫉妬して嫌がらせとするんじゃないのか」

「大丈夫よ」

「ふっ。何を根拠に・・・…」

「本当に大丈夫よ」

「俺の心配事はまだまだたくさんあるんだぜ?」

「それも大丈夫よ」

「俺はまだ何も言ってない」

「ブライアン君。私はあなたを私の副官に任命すると言ったわよね。
 あなたは素直に『はい』と返事していればいいの。おわかり?」

「っ……はい。すみません」

「私は会長の地位にあることを威張るつもりはないけど、
 これでもそれなりの責任を負わされているプレッシャーもある。
 私がただ優しいだけの人間ではないことをまずは知って欲しい。
 私はこれからあなたの前では気取らずにひとりの人間として接するわ。
 だからあなたも今まで通り私に接して欲しい。敬語も敬称もいらないわ。
 いいわね?」

「分かったよ。サヤカ」

サヤカがこの顔を副会長のマリカ以外の前で見せることはなかった。
ブライアンは、こんなに恐ろしい女性を見たのは生まれて初めてだった。
ミュージシャンとして活躍していた生前でもこんな経験は無い。

この時ブライアンを見つめるサヤカの瞳は、冷酷な殺人鬼のそれだった。
サヤカはもともと2年生の時までこの目つきをよくしていた。
だが人気を得るのが仕事の会長を目指すために冷徹な自分を
押し殺していた。それを、今日ブライアンの前で初めて見せた、

ブライアンは形式上はサヤカの副官となるが、今後サヤカの逆鱗に
触れることがあれば身の安全の保証がされないことを悟ってしまう。


その次の日。会長室に毎朝出勤することになったブライアンは、
井上副会長と校長とも知り合うことになった。
彼らと自己紹介と挨拶を済ませてからサヤカから指示をもらう。

「もうすぐ組織部のトモハル君がここに来るから、
 彼と一緒にとあるクラスの視察に行ってほしいの。
 1年E組。体育会系の子たちが集まるクラスね」

「そうか。視察する理由を教えてくれ。不穏分子でもいるのか?」

「むしろその逆ね。このクラスで革命的情熱が高まりすぎて
 クラス委員が常設委員であることを理由に大手をふるい、
 クラス内から反革命主義者をさらしだして逮捕しまくってるそうなの」

「気でも狂ったのか。ようはクラス内でのいじめみたいなもんか」

「いじめなんて生易しいもんじゃないわよ。
 そのクラスのクラス委員の名前なんだけど…」

サヤカが説明している最中にトモハルが到着してしまう。

「おはようございますっ!! 同志閣下!!
 到着予定より4分ほど到着が遅れてしまい申しわけありません!!」

「あーうるさっ。心臓止まるわ。もっと音量下げて話しなさいよね!!」

「はっ!!自分では抑えてるつもりなのですが!!」

「仕事の内容は昨日メールで伝えた通りよ。
 ブライアン君はまだ不慣れだから、トモハル君が彼を引率してあげて」

「かしこまりましたっ!! 同志閣下よ!!」

トモハルはなぜかナチ式の敬礼を完璧にこなし、
ブライアンを連れて部屋を後にする。

その様子を黙って見ていたマリカがつぶやく。

「サヤカったら、意外とショタコン? あんな若い子に興味があるのね」
「私は個人的な感情で彼を選んだわけじゃないわ」
「あら失敬。聞こえてしまったわね」
「それより常設委員部の制度を悪用する生徒がいるのは困ったものね」
「そんなに難しく考える必要ある? 図に乗ってる子たちは逮捕すればいいでしょ」
「私のカンなんだけど、今回の件は早めにつぶしておかないとやっかいなことになるわ」

校長は「副会長。サヤカ君。カンはよく当たるんだよ。それに新しい制度を作ったら
何かしらのトラブルが起きるのが世の常だ。ここは慎重に事を勧めようじゃないか」と語る。
マリカは「そうですね。E組の男女のクラス委員のことは諜報部で捜査させます」とそっけなく返す。

サヤカは乱暴に椅子に座り、保安委員部へ送るメールを書き始めた。
マリカは「用があるから」とすぐに退室し、校長も煙草の箱を持ってから退室してしまう。

1年E組で学級崩壊が起きていた。

この学園では入学時の偏差値や得意な科目別に応じてクラス編成が行われている。

ブライアンの学年を例にすると、
文系コースがA、B、C、D。成績ではAとBが最優秀。CとDが次点。
理系コースがF、G、H、I。学力分けは上に同じ。
それらの中間点に位置するコースがある。それがEクラスだ。

(ミキオの2学年は数字で1組2組と読んでいく数字読みとなる。
 英語読みか数字読みかは入学した年度(学年)ごとに異なる)

Eは、中学時代までの部活動(運動文化問わず)で優秀な成績を収めた生徒が
集まるのだが、学力も一定程度考慮されているから決して運動馬鹿ではない。
得意な部活の能力に特化した人間の集まりなので変わり者が多いクラスだった。

その日、朝のHRは教員ではなくクラス委員の男子が行っていた。
この学園の規則では、一応は年長者で大学も出ている教師がHRを初め
各授業を担当することになっているのだが、E組ではそれすらままならなかった。

「E組の同志諸君!! この学校の教員は、教育者としての資格は持っているし
 我々に対して指導する立場にあることは確かだ!! しかし資本主義の犬として
 公務員の地位に甘んじている者どもに対し、我々真のボリシェビキを目指す
 正しい生徒達が、彼らの行うHRなど聞く必要があるのだろうか?」

「必要ないぞー!!」
「教師なんていらないんだー!!」
「連絡事項があるならそれが書かれた紙をクラス委員に渡せばいいんだ!!」
「打倒公務員!! 打倒資本主義!! 学生ボリシェビキばんざーい!!」

担任の教師は、朝から廊下に閉め出されていた。彼(27歳。四年生の私立大学卒)が
持っていたIPAD(生徒の出席確認と連絡事項が記載)は生徒に奪われてしまった。
よって彼はクラスにいる意味が無いとして生徒から罵倒されている。

1時間目は数学の時間だ。初老の男性教員が入ってくてきた。
いつものように授業を始めるが、生徒達から間もなく罵倒が飛んでくる。

「教科書に書いてることをそのまま話してるだけじゃないか!!」
「この計算問題は具体的に将来の何の役に立つのか!!」
「こいつも他の教師と同じだ!! 決められたことをしゃべってるだけだ!!」

生徒達から鉛筆や消しゴムが飛んでくるので数学教師は廊下に退避した。

「お、おのれぇ、ガキども。調子に乗りおって……」
教師にも当然プライドがある。自分の半分も生きてない生徒たちに
一方的に馬鹿にされて腹が立たないわけがない。

入学式が終わり一か月が経過した。5月のGW前にもなると学生達も
学校にも慣れ、人間関係が形成され、クラス内での上下関係が決まる。
1年E組ではマリカの大演説に影響を受けすぎた生徒達が自らボリシェビキに
目覚めてしまい、目に見える全ての反共産主義者を一掃するため熱意を燃やしていた。

トモハルらがE組の廊下の前でふてくされている老教師の前を通りかかる。

「なるほど。噂通りのひどいクラスのようですね」

「これはっ、組織部の委員殿でございますなっ。本日もお疲れ様です」

「はっ!! 教師殿こそお疲れ様であります!! これから
 我々生徒会メンバーがそちらのクラスを視察しますが、よろしいですな!?」

「それは是非ともお願い足します。私などまともに授業もできない有様でして」

「了解であります。教師殿は廊下で待っていてくだされ」

「はっ!! 同志よ。生徒の指導をよろしくお願いします!!」

トモハルがガラッとクラスの扉を開ける「失礼いたします!!」

「おおっ!! 生徒会の先輩がお越しになったぞ!!」
「すげえ。本物のボリシェビキの人だ!!」
「同志クラスメイトよ!! 盛大に拍手して出迎えてさしあげろ!!」

ものすごい勢いで歓迎されたのでトモハルが動揺してしまう。
付き添いのブライアンは(ロックスター並みの扱いだな…)と冷ややかな様子だ。

「えーおほん。E組の同志諸君。私の名は、相田トモハルであります。
 所属は組織委員部。3年の高倉ナツキ委員が代表をされている部署であります」

生徒たちが歓声を上げて拍手する。

「まずは結論から申し上げる!! E組の同志諸君!! 
 諸君らはすでに会長閣下から素行に問題のあるクラスとして認識されている!!」

一転して静まり返る。

「では何が問題とされているのか? それをこれから教えて差し上げよう!!
 ずばり言おう!! 諸君らは、この学園の教師による授業をたびたび
 妨害して学級崩壊を引き起こしているのだ!!」

「ちょっと待ってください!!」

とクラス委員が手を挙げる。男子の委員の名前は【星野:ほしの】という。
体育会系が多く集まるクラスの人間とは思えないほど小柄でしかも細身であり肩幅が狭い。
前髪が長く目鼻立ちがシャープな美少年だ。一見して母親似なのだと分かる。

「同志閣下に対して、僭越(せんえつ)ながら申し上げます!! 
 委員殿は今、僕たちが授業妨害をしているとおっしゃいましたよね!!
 僕たちはそのようなつもりは一切ありません!!」

「ほう。では何か? 正義のために教師を罰してるとでも言われるつもりか?」

「その通りです!! 僕たちは軟弱な資本主義に毒されている教師どもを
 教育してあげているのです!! 教育機関から渡された教科書をただ
 そのまま僕らに対して教えるだけの、機械仕掛けの人形のような授業の進め方は
 間違っていると、そう申しているのです!!」

「我が校で使用している教科書は、一般的な私立や公立高校で使用しているのと同様。
 諸君らがいずれ大学に進学する際の高校卒業までの基礎的教養として必要不可欠なもの。
 その内容自体に生徒である諸君らが口を出すのはいかがなものかな?」

「我々はボリシェビキを目指してるんでしょう!?」

「そうでありますな」

「でしたら一般的な大学に入るのに必要な基礎教養なんていらないと思うのです!!
 これは僕だけではありません。クラスの総意です!! 日本史や世界史なんてひどいですよ。
 無駄な年号暗記なんかさせて中学から何も変わってないじゃないですか!!
 英語も同じです。こんな読み書きの訓練ばかりじゃ一生英語が話せるようになりません!!」

「しかし、それが日本の一般的な教育システムなのだ。
 諸君らは革命が起きるその日までは、一般的な大学に進学して一般的な企業に
 就職してその時が来るのを待たねばならない。諸君らが将来日本の中枢に
 潜入して革命工作を行う際に教養面で世間と外れてはいけないのですよ」

すると、クラスから口々に反対の声が上がる。

「俺たちはボリシェビを目指してるんじゃないのか!!」
「中学時代と同じ勉強なんてしたくなーい。授業クソつまんないです!!」
「革命っていつ起きるんですか!! どうして卒業生は革命を起こさないんですか!!」
「つーか資本主義者の先生方に従うのんがまず嫌なんですけどぉ?」
「先生方、偉そうにしてうっざーい★ まじめに死んで欲しぃなぁ★」

トモハルは「ふぅ……」とため息をはく。元野球部のエースなのでこの程度の
子供の駄々に気負いをすることはないが、最近の教職員は生徒間のいじめ、
モンスターペアレンツなどが問題となって「うつ」になる人も多いという。
トモハルから見てもその気持ちが分からなくはない。

「お前らなぁ!! いい加減にしろよ!!」

ブライアン(会長副官)が吠える。

「学校では授業は真面目に聞いてテストで良い点を取ることが
 正しい生徒だとされているだろうが!! 
 そんな基本的なことすら分からない馬鹿なのかよお前らはよ!!」

「何だと貴様!!」
「てめえだって1年くせに!!」
「生徒会のバッジつけてるからって態度でかくない?」
「誰あの外人。白人のスパイ?」

それらヤジに元ミュージシャンのブライアンがひるむことはない。

「年長者を敬うのは人として当然のことだろうが。
 教師どもは確かに堕落した資本主義者の集まりに過ぎないかも知れない。
 それでも教員免許を持っているプロの教員だ。俺たちはまだ高校生で
 世の中のことを何も知らない。教師の言うことには従うべきだ」

「その発想が資本主義なんだよ!!」
「既存の資本資本主義体制に対して反対の意を示すのが正しい生徒だろ!!」
「尊敬に値しない人を尊敬するなんてできるわけないわ!!」

ブライアンに消しゴムや空のペットボトルが飛んでくる。
このクラスでは良くある光景だ。生前にコンサートのステージに立ってる時の感覚を
ブライアンは思い出した。もっともあの頃はイングランド人のかわいい女の子達の
黄色い悲鳴ばかり聞いていたものだが。(実際に彼は彼女に困ることはなかった)

「お前らが望むようにもしこの学園から教師がいなくなってしまったら、
 俺たちはどうやって勉強する? 自主学習で済ませるつもりか?
 そんなわけにいくか。教師達はあれでも頭を使って試験の範囲を考え、
 その範囲内の中で毎日授業のコマを進めている!! 
 きちんと計画的に勉強をすれば定期テストで点が取れるようにできている!!
 そんなことまで学生だけでできるか? 不可能だ!! 無理に決まってる!!
 教育に関することは、専門家の教師に任せるのが最善だろうが!!」

「ち……」
「なによあいつ……」
「私らと同じ1年のくせにね」

と口々で言いつつ、ブライアンの正論にやがてクラスの空気が飲まれていく。

「もっと別の仮定の話をしようか。
 明日、日本で共産主義革命が起きたとする。
 与野党の国会議員を全て逮捕し国外追放したとする。ソビエト日本になったとする!!
 それでどうやって国家を運営する? 日本に潜入している全世界のソビエト共産党の
 人たちは、国家の運営経験がゼロで何も知らない。少なくとも国家運営をスムーズに
 行うためには、各大臣や事務方の部下達を一定数残して、そいつらに
 仕事内容を教えてもらわないと仕事の引き継ぎができず、国家は破綻する!!
 東日本大震災の時、その引き継ぎができなかったから民主党政権は短期で崩壊したんだ!!」

クラスは沈黙している。

「この学園だって全く同じ話なんだぞ!! 
 俺の論理は決して飛躍してない。この二つは同列で語れることだ!!
 我々ボリシェビキはまだ社会に出たことがない学生に過ぎない!!
 もちろん教育学部なんて出ていない!! だから教育は専門家に任せるんだよ!!」

星野クラス委員長が苦し紛れに反論する。

「仮に貴様の理論の通りだとしたら、この学園でボリシェビキの教員を雇えばいいじゃないか」

「バカ言え。全国にいる日本人のボリシェビキの数は少ないんだ。卒業後に
 資本主義に目覚めて海外逃亡する人もいるし、海外機関に潜入捜査をしている人もいる。
 彼らが仮にこの学園で教員をやったとしても、教える内容は資本主義社会の
 ふざけたシステムにどうしても縛られちまう。ここの教員と変わらん。
 だったら彼らには外部でスパイ活動や秘密の政治活動に専念していただいた方が党のためになる!!」

もうクラス内で反論もヤジも飛んでこない。
ブライアンの論理は、E組の生徒達の反対意見を抹殺してしまった。

ボリシェビキとは独裁政治を好むようでいて話し合い(民主制)を大切にする。
とある問題でどうしても解決しないことがあっても徹底的に話し合うのが特徴だ。

議論、研究、哲学、思想。ボリシェビキに必要とされる最低限の要素だ。
多くの資本主義日本人は、普段は会社によって与えられた仕事を
こなすだけの日々を送り、仕事に疲れ果てて政治に体して考える余裕すらない
賃金奴隷と化している。そこから生まれてくる子供もまた資本家の奴隷となる。

ソビエト社会主義共和国連邦の主要な構成員であるボリシェビキは、
たとえ10台の若者であっても自分の頭で政治について考える。
この点が日本人の若者との違いだ。

ソビエト連邦の建国後、人民委員会議(レーニン内閣)にて
初代国防人民委員会議に任命されたレフ・トロツキーの言葉。

『多くの一般大衆は自立思考するだけの頭を持っていない。
 支配する側としてはその方が都合がいい。
 無知な大衆は、一部のエリートの指導によって正しい道へ導かれるべきなのだ』

トモハル委員は、若きボリシェビキの金髪の少年の功績を称え、盛大に拍手した。

近藤サヤカ会長。問題の1年E組を訪問する。

ブライアンの大演説が終わったタイミングで
サヤカが教室に入ってきたのでクラス内は騒然とした。
生徒会長本人をこんなにも近くで見るのは多くの生徒が初めてのことだった。

「E組の若き同志のみなさん。おはようございます。どうやら話はまとまったようね」

みんなの視線がサヤカの襟元に集中する。【生徒会長】【革命裁判所裁判官】
【保安委委員部代表(仮)】など特権階級を示すバッジが並んでいる。

この学園では名目上は生徒や教師間の地位の差をなくすとしながらも、
実際は普通の学園以上に支配的な地位にいる者と
そうでない者との間で優劣が生じてしまっているのが皮肉だ。

「会長さま~」
「なに?」
「失礼ですが、お話は全然まとまってないと思いますよぉ」

今クラスの注目の的になっているは、会長に対して意見した女子のクラス委員。
雨宮夢美(あめみや ゆめみ)だった。

茶色のショートカットが肩に掛かるあたりでくるりとカーブを描く。
パーマをかけているわけではなく地毛でこうなのだ。
瞳はやや斜視気味で垂れ目が特徴である。
語尾を長く伸ばすのはサヤカ親衛隊の女子らによく似た特徴だ。

「雨宮さんはどうしてそう思うのかしら。このクラスでの教員に関する不満や
 授業のサボタージュについてはブライアン君の話でみんな納得してるみたいだけど」

「我がクラスの授業放棄の件についてはブライアン君が正論だと認めます。
 でもぉ。ゆめみはぁ、もう一つの疑念がまだ解決してないと思います♡」

「その疑念はなに?」

「革命ですよ。か★く★め★い★ さっきこのクラスで発言してる人がいましたけど、
 この学園を卒業された先輩はいつか起きるはずの共産主義革命に参加するために
 資本主義社会に潜入して普通の社会人として生活をされているんですよねぇ?
 それでぇ、いつ革命が起きるのかなっ……てゆめみは思っちゃったわけです」

「あなたと同じ疑問を持つ人は毎年いるわ。
 雨宮さん。国家の転覆を狙うのって簡単なことじゃないのよ。私たちが目指しているのは
 公平な選挙の末に議席を獲得することじゃない。既存の野党も含めた国会議員全員と
 その一族の抹殺よ。この日本から立法府である国会を壊滅させることを目的にしているの。
 そのための準備はたくさんあるわ。たくさんのことをしなくちゃならないの」

「国会議員の皆さんを皆殺しにするなんてすごいですねぇ。
 その壮大な計画は実現可能な見込みなんですかぁ?」

「今の段階ではまだ不可能ね。まず世論。今の有権者で投票してる連中の大半が老人。
 年金欲しさのシルバー選挙だから自民党の悪事には目をつむっている。
 若者は国政政党の名前すら知らない人が多いわ。年金受給世帯の老人が全員
 亡くなった後、現政権に不満を持つ若者が増えるのを待たないといけない」

「その若者たちの間でいざ革命の機運が高まったとしても
 はたして私たちボリシェビキを味方だと思ってくれるんでしょうか」

「我々の味方にさせるのよ。確実に味方にさせる。
 そのために私たちは学生の段階から高度な教育を受けている」

「私、先月の歓迎会の時に中央委員部の先輩に色々話を聞いて回ったんですけど、
 国家で革命を起こすためには次の条件が必要だと聞きました。
 ①国の暴力組織である軍隊や警察の過半数を味方につける。
 ②軍と警察を使用して国内の反対主義者を取り締まる
 ③革命後の日本を国際社会に認知させる。
 ここまでは問題ありませんよね?」

「うん。続けて」

「フランス革命やロシア革命の時は、今とは時代の背景が異なります。
 今は国連なんて便利な組織がありますけど、昔はそんなのありませんでしたし、
 列強同士が国の存亡をかけて争う世界の戦国時代でした。今はウクライナ戦争や
 ハマス戦争などの地域レベルの小競り合いを除いて大国同士の戦争は起きてません。
 この状態の日本で革命なんて……本当に起こりますかね」

「今はまだ表面上に現れてないようだけど、左翼政党のれいわ新選組が
 一定の議席を獲得しているように、貧困層の若者が将来を悲観して反自民統制力の
 一員になる動きが活発化している。それにこの国の労働者の働く環境はひどいものよ」

「うふ♡ 我が国の労働環境の過酷さなら存じておりますよぉ。
 ゆめみの父親が大きな病院で医師をやっておりましてぇ、
 それこそ私が幼稚園の頃から父からいろいろとひどい話を聞かされてされて育ってますから」

老人大国と化した日本では全国的に患者数が大幅に増加する一方、
常勤の医師や看護師の数が圧倒的に足りない。

以下はNHKで紹介された総合病院に勤務する内科医の例。
朝の8時から職場に入り、休憩なしで働き、お昼休憩は15時過ぎとなる。
わずか15分間の休憩でお昼ごはんを食べ後は、午後の診察が始まる。
18時過ぎの診療時間の終了のいっぱいまで患者の数が減ることはない。
その後、残った仕事を終えて病院を出るのは夜の22時を過ぎる。

今時の若い医師は17時が定時だと言いはり、さっさと帰ってしまう人がいる。
人の命にかかわる仕事をしている医師に定時などないのだが。
緊急外来の患者が病院を訪れるのは(緊急搬送)夕方以降に発生することが多い。

その日に来院する患者の数も事前に把握できないのだ。
病院を訪れた人を順番に処理していくしかない。
結局、責任感がなく長時間労働を嫌だと思う若者は
医師になったところで早期に離職してしまい、さらに人手が不足てしまう。

これはあくまで医師の例。

他に人手不足が深刻な仕事はたくさんある。

・建築現場(人手不足から仕事量が多く、日本語の分からぬ外人が多い)
・トラックドライバー(長時間運転により事故多発。24年問題あり)
・農林水産業など一次産業(個人農の平均年齢68歳、各産業の担い手なし)
・介護(奴隷と変わらぬ低賃金で3交代勤務。離職率が高い)
・保育士(保育士1人あたり、5~6人の子供の面倒を見る地獄)
・中学校の教員(土日も部活動で無償労働。残業代未払い。モンペの対応。うつ病多発)
・システムエンジニア。プログラマ(納期厳守で繁忙期は翌26時まで残業。自殺率が高い)
・保険のセールス(生保レディは契約を取るために男性客相手に枕営業までする)
・その他、派遣労働など非正規雇用の職種の全般

夢美は医師の例を紹介したが、年長者のサヤカはさらに別の業種の話まで
教えてくれた。その話を聞いたE組の生徒らに絶望が広がっていく。

「マジでこの国終わってるわ……」
「都内で働くと月の残業が100時間超えが珍しくないんだってよ」
「マックやコンビニの店長、トヨタの社員も過労死が多いらしいぞ」
「だからよくネットで転職サイトのCMが流れてんのね」

「転職サイトにのってるのもブラック企業ばかりらしいけど……」
「お前、バカだな。ブラックだから常に人手不足で求人出してんだろ」
「バカとは何よ!! 失礼ね!!」
「わ、悪かったよ。そんなに怒るなよ……」
「栃木県のハロワもブラック求人しかないらしいぜ」

「まじで俺ら将来どうするんだよ。まともな就職先なんてないだろこれ」
「派遣で働くと残業しなくて定時で帰れるって私のお父さんが言ってたよ」
「でも派遣だとボーナスとかないんだろ。家族をどうやって養うんだ?」

「働いてる人の4割が非正規って今の状況やばいんだろ?」
「給料が安いならダブルワークすればいいのかな」
「ダブルワークは体壊すらしいよ。普通の人間が一日12時間以上働くなんて無理でしょ」
「俺たちは資本家と政府の奴隷となって働けってか? こんな狂った国出ていこうぜ!!」
「どこの国に逃げるんだ? 外国は日本よりもっとひどいんだぞ」

夢美が「みんなさ~ん。まだお話の最中ですよ。
取り乱したりしないで静粛にしましょうね?」と言うと、
クラス中がたちまち良い子になってしまう。

彼女は決して大声を出したわけではないのだが、
アイドルのようによく通る声でみんなに語りかけると怒鳴る以上の効果があるのだ。

「革命なんて起きるかどうかも分からないものを待っていたら、
 その前にゆめみたちの卒業の時期が来ちゃいますよ。
 私はこのクラスのみんなのように早急に革命を起こすべきだと考えてます」

それにサヤカが返す。

「残念ながら時期尚早ね。この国の国民は自民党によって生殺与奪の権利を
 握られている。この悪の根源を絶つのは容易じゃないわ。
 雨宮さんは聡明な子だからそんなことは分かってるはずでしょう?」

「ええ。今は無理でしょうね。今は」

「……」

「ところで近藤先輩」

「なによ」

「この学園の規則ではクラス委員をやりながら生徒会に所属することって可能なんですよね?」

「可能だけど、忙しくなるので自分のクラスのことは完全に放置することになるわよ」

「それで構いませんよ☆ うちのクラスには優秀な委員長の星野君がいますから。ね、星野君?」

指名された星野君は、豪州に生息するカンガルーのような顔をして驚きを示した。
カンガルーの状態では満足に受け答えはできない。
他のクラスメイトも似たような顔をしている。
ここにいるのはE組の生徒ではなくカンガルーの集団だった。

「同志クラスメイトたちに告げます。
 ゆめみは今日、近藤先輩とお話をしてる最中にある結論に達したのです。
 その結論を……うふ。同志クラスメイト諸君。知りたいですかぁ?
 ゆめみは中央委員部の入部試験を受け、ゆくゆくは生徒会長を目指そうと思います」

カンガルーらは、今度は豪州全域に何万年も前から生息するエミュウ(鳥)の顔に変化した。
それだけ衝撃が大きかった証拠となる。エミュウ状態の同志達は返事ができないのが問題だ。

「クラス内で特に反発も無いようですので、近藤先輩も許可していただけますか?」
「許可も何も。中央はいつでも新人は歓迎するわ。でもテストは難しいわよ」

「うふ♡ ゆめみはぁ、中学生の時からオープンスクールに参加してますので
 この学園のことは詳しいですし、中央の過去問は何度も解いてますよ。
 中学を卒業するまでにそれなりに成績も上位でしたから、
 運が良ければ一発で受かったりしてぇ♡」

「あなたの頭脳は並の高校一年生のレベルじゃないことは認めるわ。
 中央委員部、向いてると思うわよ。受かるといいわね」

「ありがとうございま~す」

生徒会長と1年生の女子は、固く握手を交わした。
とんでもない新人の登場に顔が引きつっているサヤカと、
終始余裕のある笑みを崩さない夢美の姿が対照的だ。

満面の笑みの夢美は、両手のひらを胸の前で合わせ、クラスみんなに語り掛ける。

「みなさ~ん? そういうわけですから、これからも私の応援よろしくお願いしますねぇ」

これにも返事はないが、クラスメイト達は首を縦に振って同意の意を一生懸命に示した。
彼ら1年生は、最後はアフリカ沿岸のマダガスカル島に生息するキツネザルのような顔をしていた。

太盛とミウの会話。ミウの自宅のマンションにて

「いらっしゃい太盛君。紅茶でいいかしら? 
 ママは若い子達の邪魔はしないからゆっくりしていってね」

学園の支配者候補として恐れられたミウの母親、高野カコだ。
40代だが見た目はまだまだ若い。
茶色の豊かなショートカットにふちなしの眼鏡をかけている。

「ありがとうございます。でも今日はミウさんと
 一緒にテスト勉強をしにきただけなので夕方の5時過ぎには帰りますから」

「あら、つれないわねぇ。いっそ泊まっていってくれても構わないのよ?」

「はは……ご冗談を。うちの学校は男女の恋愛に関することは
 校則で特に厳しい決まりがあるんですよ。お気持ちだけ受け取っておきますね」

カコは「最近の子供は真面目なのねぇ」といいながら自分の部屋に消えてしまう。
カコはトレーディングルームと称する自室で今日の株価の終値をチェックする。
表向きは専業主婦とするこの奥さんは、裏では株式トレーダーとしての顔を持っていた。

16時過ぎとなると欧州の外国為替市場が開くのでそちらも注視する。
この家は父親が証券アナリストで東京の証券会社で勤務しているので
完全なる資本家の一家だった。

この件がボリシェビキに知られたらミウは即逮捕されてしまうのだが、
父親は都内で単身赴任中としか書いてないから詳細は奇跡的に知られていなかった。
今となってミウは諜報広報部のお気に入りになっているので、
たとえ真実が知られたとしても広報部のみんなが必死にかばってくれるだろうが。

「ママ、行ったよね?」
「ああ」
「太盛君。今私たち、私の部屋で二人っきりだよ」
「ミウ……わかったよ。たまたま唇が触れ合ったことにしよう」
「うん。たまたまだから仕方ないよね」

どちらともなく抱き合い、キスをした。
太盛は気持ちが盛り上がりミウの小さな胸をたくさん揉んだ。
いっそ胸が直接見たくなってしまったので彼女のブラウスのボタンを外す。

「あん……」

太盛が直接胸を触るものだからミウの吐息が漏れる。
愛おしい彼女の顔を、太盛は強く抱きしめながらまたキスをした。

「ミウ。好きだ。俺はやっぱり君のことが好きだ」
「私も大好きだよぉ。せまるくぅん」

すぐ隣の部屋にはミウのママがいる。二人が学校ではできないことを
するのはこの辺で自重することにして、テスト勉強を始めることにした。
「カップル申請書」の件があるから太盛は表向きエリカと付き合っていることに
なっているが、裏では高野ミウと浮気するという、とんでもない関係となっていた。

なお、この件に関しては諜報部で公認されている。
ミウは2年の宮下に対しこう言ったのだ。太盛君に自分の苦手な現代国語を教えて欲しいのだが、
学校では何かと気が散ることが多く、仕方なく自宅のマンションでやることにしたい。
これは漢字の読み書きが苦手な自分にとって学習効率を上げるため仕方ないことであり、
他意は無いので特に諜報部が操作する必要も無いと思う。

宮下はこう返した。
「帰国子女の高野さんの国語の成績を上げるためなら、仕方ありませんね」

もちろん本来なら言語道断なのだが、広報部の子達もこのふたりの
恋愛を応援する側に回っていたのでただちに賛同してくれた。

「やっぱり漢字を覚えるには書いて行くのが一番なんだね」
「そうだ。俺らだって小学生の時から書いて覚えたんだからな」
「同じ漢字をノートに10個ずつ書いていくのね」
「口に出しながら書いていくと覚えやすくなるぞ」
「さすが太盛君。教え方がうまい」
「ははっ。俺は普通だよ」

ふたりは絨毯の上に置かれた白い丸テーブルを囲って座っていた。
太盛は、にこにこしながらミウの漢字の書き取りを眺めていた。
もともとミウの容姿は好みだったので二人だけでいることに不満などない。

しかし太盛に罪悪感がないわけでもない。スマホのバイブが鳴る。
義理の兄になる人からメールだ『我が弟よ。最近私の遊び相手をしてくれないので
さびしいぞ。またマリオテニスで遊ぼうじゃないか。任天堂のゲームにも
飽きてきたので今度はプレステ5を買おうと思うのだが、おすすめのソフトはあるかね?』

すぐに返信しないとアキラに悪いのだが、今この状況では返事がしにくい。
異常にカンの良いミウが、「太盛君。今誰かとメールしてるでしょ?」
とスマホを取り上げてしまう。太盛は悲鳴を上げそうになる。

「アキラさんって、前の会長のことか。ふーん……。エリカの兄上と太盛君は
 一緒にゲームするほどの仲良しさんなんだぁ。私全然知らなかったよ」

「ミ、ミウ。これはだな」

「アキラさんと仲良しになったきっかけって、君が去年の文化祭でエリカのお見舞いに
 行ったからだよね。あの時私のことは学校に置き去りにしてくれたよね。
 本当は一緒に前夜祭でダンスを踊るはずだったのにさ」

「ごめん……」

「今はもう気にしてないよ。こっちこそ空気を悪くしちゃってごめんね。
 でもあの時私は結構イラついたから口にしちゃっただけ」

「やっぱり俺なんていない方がいいよな。俺なんかいたら
 周りのみんなが不幸になっちまう。ごめんな……ミウ…・…」

「だから!! もう気にしてないってば!!
 そうやってマイナス思考になるのは太盛君の悪いところだよ。
 私が嫉妬深いせいで太盛くんに迷惑かけちゃったね。仲直りしよう?」

ミウは立ち上がり、太盛のそばに移動した。ミウがそっと自分の手を
彼の手に重ねる。見つめ合う。二人とも絵に描いたような美男美女であり
ルックスに差は無い。再びどちらともなく唇を重ね合う。

「私たちの関係は、ただの友達ってことにしておこうよ」
「友達なら規則違反にならないもんな。それに美術部員だ」
「そうそう。ものは言い様だよ。理由なんて後でなんとでもつけられる」
「ミウの体って暖かいんだな。なんか安心して眠くなってきたよ」
「少し寝る? 私が膝枕してあげようか」
「じゃあ少しだけ……・」

太盛は1時間くらいのつもりで寝たのだが、信じられないことに
目覚めたら夜の8時過ぎになっていた。実に4時間も昼寝をしていたことになる。

「やべえ!! 寝過ごしてしまったか!!」

体に布団がかかっていることに気づく。それにこの匂い。
枕から確かにミウの髪の毛の匂いがした。ここはミウのベッドだ。
この部屋には誰もいない。太盛は急に申し訳ない気持ちになり
今すぐ帰り支度をしようと思った。

「起きたの太盛君? 今日はシチューを作ったのよ。
 あなたの分まで作ったのだから食べていきなさいな」

とカコ。美人の娘の母だけあり年の割には十分に魅力的な女性だ。

「で、でも俺は」
「太盛君の家の人には電話しておけばいいじゃない」
「そうですね……。じゃあ夕食をごちそうになってから帰るってことで」
「のうのう。おうちの人には泊まるって言っておきなさい」
「ママさん!! 俺は高校生でしかも男なんですよ!?」
「ふふっ。そんなの見れば分かるじゃない」

食卓に大盛りのシチューやイタリアンサラダが並ぶ。
太盛は寝起きでお腹がすいていたのでお腹が鳴ってしまう。

しかし泊まることだけは避けようと思っていたのだが、
その時ちょうどミウがお風呂から上がってこちらにやってきたのだ。

「太盛君。起きてたんだね。私は今日は少し早めに入浴してたの」
「ミウ……君は……」
「真剣な顔してどうしたの?」
「その、綺麗だなって思って」
「え!!」
「やっぱりミウは美人だよ」
「ちょ、いきなり何言ってんの。うれしいけど……」

ミウは自分が美人だと自覚したことは一度も無いのだが、
彼氏に面と向かって真剣な顔で褒められたのでさすがに舞い上がる。
湯上がりで茶色の髪の毛が湿っているミウは、それはもう天使のように美しかった。

太盛は学園生活を通じてアナスタシアやその妹のエリカ、斎藤マリエやクロエなど
数々の美少女をその目にしてきたが、やはり自分にとって一番好みなのは
高野ミウなんだと気付かされてしまう。本当にバカみたいな話だが、
この時ミウに改めて惚れてしまったのだ。

深夜の会話。ミウのマンションでの出来事の続き

太盛は夕食をご馳走になった後、ママの誘い通り泊まることにした。
家には男友達の家に泊まると適当に嘘をついておいた。

ミウの家に彼が泊まることは規則違反を通り越して
即収容所行になるくらいの案件なわけだが、ミウは
「明日は私の家から通った方が距離的に近くて合理的だから」ともはや
理由にもなってないことを説明する始末。太盛は考えるのをやめた。

どうせ諜報部が味方に付いているのだ。
サヤカ会長とモチオ中央部代表と太盛は懇意の関係にあるから
大事には至らないだろうとの打算もある。

太盛はお風呂にも入らせてもらい、パジャマはミウの父親が
マンションに残していたものを使わせてもらった。
替えの下着は歩いて3分のところにあるコンビニで買ってきた。

23時過ぎ。ふたりは同じベッドに横になる。

「ミウっ!! 俺はもう我慢できないんだっ」
「ああん。キス以上のことはしちゃだめよ。私たちはまだ学生なんだから」
「泊まれって言ったのは君じゃないか。こんな気持ちじゃ眠れないよ」
「じゃあ眠くなるまでお話しよ」
「まあそうするしかないか……」

「太盛君は知ってる? 例の1年生の話」
「金髪の男子のことかい? 名前はブライアンだったか」
「そっちじゃないよ。そっちも有名だけど、1年の女子の方」
「最近中央委員部に入った子のことか。確か名前は……」
「雨宮っていうんだよ。雨宮夢美。1年E組でクラス委員もやってるそうだよ」

「あの子、とびっきり優秀らしいな。中央部の試験を一発で合格したんだって?」

「そうらしいね。普通の学生なら中央の試験は何回も落とされてね、 
 それでも諦めずに受け続けて1年の秋ぐらいに合格するのが普通らしいんだけど、
 雨宮さんの場合はまだ1年の春なのに一発で合格だもん」

「相当な逸材だな。会長を目指してるって話も聞いたけど、
 そんなに優秀なら本当になれるんじゃないのか」

「うん。なれるかもね。でも思想がちょっと変わっててね。
 これは諜報部の宮下さんに聞いたんだけど、雨宮さんには
 中央部内であだ名があって、高野ミウ2号って呼ばれてるんだって」

「ミウ2号ってなんだよそれ。ポケモンじゃないんだぞ」

「保守的な人が多いボリシェビキの中で新しい風を吹かせてるから
 浮いた存在になってるそうだよ。昨年の秋の時の私もそんな感じだったもんね。
 ミウ2号って呼ばれてるのもなんとなく分かるかも」

「ミウ……。あの時のことはもう忘れようよ」

「ううん。私は忘れないよ。結果的に私は負けてしまったけど、
 私の人生であれが最初で最後の生徒会総選挙だったんだから、
 その結果がどうであれ貴重な経験だったことに変わりは無いよ」

「ミウはプラス思考なんだな」

「うん。だってプラスに考えないと人生つまらないじゃない」

太盛は、ミウに腕枕をしてあげていた。
ミウの毛先の細い髪の感触を太盛は腕越しに感じてドキドキした。
ミウは大好きな彼の琥珀色の瞳がすぐ目の前にあるので暗闇の中でも高揚していた。

「ミウ。教えてくれ。君がもし本当に生徒会長になったとしたら、
 この学園をどうしようと思ってたんだ?」

「ノウプランだよ。私の目的はただひとつ。あの近藤を生徒会長の座から
 転げ落としてやることだけだった。そして学内政治は他の人に任せて
 私はさっさと会長を辞めてしまおうと思ってたんだ」

「俺と一緒にいるために?」

「そう。今はもう夢が叶ってるけどね(笑)」

「もうひとつ教えてくれ。君はどうして選挙演説の時に毒ガスを使うなんて
 言ったんだ? 結果的にただの脅し文句だったとは言え、あんなことを
 言ってしまったら取り返しの付かないことになるって分かってたんだろ?」

「少しだけ実験したの」

「実験?」

「この学園の生徒を支配するのに最も効率のいい方法は何か?
 私が以前アキラ会長に聞いたことがあったんだけど、アキラさんは
 こう答えたんだよ。目に見えない恐怖と不安だって。それって化け物みたいな
 存在のことですかって私が聞いたら、違うんだって。答えは全員の潜在意識」

「どういう意味だ?」

「つまりね。学生みんなが将来○○となるだろうって恐怖を感じる心理のこと。
 実際にそうなるかどうかはぜんぜん重要じゃなくて、ほぼ確実に未来が
 破滅の道に向かってるとか、クラスにスパイが潜んでるに違いないって思うことで
 集団心理を操作することができる。集団は常に安心と安全を求めている。
 指導者に求められている役割は、彼らに救いの道を示すこと」

「それはイエス様やムハンマドと同じだ」

「そう。結局は共産主義もキリスト教も本質は変わらないんだよ。
 こういう道を歩めばあなたは奴隷にならず救われますよ、って道を
 多くの国民に示しているに過ぎない。よく学者の中で宗教と共産主義を
 同一化する人がいるけど、私は間違ってないなって生徒会選挙の時に思ったの」

「ミウは本当に頭がいいんだな」

「私なんて全然頭良くないよ。今でも多くの生徒に嫌われてるし」

「ミウの言いたいこと、なんとなく分かるよ。
 1年生の雨宮って子が危険人物だってことだろ?」

「ぴんぽーん。正解」

「しかし俺たちは3年だから今年で卒業するんだ。
 いずれ雨宮さんが生徒会長になったとしても俺らには関係ないんじゃないのか?」

「太盛君。生徒会長には1年生でも立候補できるんだよ。
 この学園の規則では各委員部の代表も1年生がやっていいことになってる。
 その1年生が有能ならばってことだけど。次の選挙が今年の11月だね」

「仮に雨宮さんが次期会長になったとしても時期が11月なら俺らは卒業間近だけどな」

「今1年生の子の間で革命的気運がすごく高まってる。
 今年はマリカちゃんが作った常設委員制度のおかげで
 各クラス毎にクラス委員の権力が強まってて、ほとんどのクラスで
 反乱分子の粛清が行われてる。5月時点までに粛正された1年生の人数を知ってる?」

「10人くらいか?」

「63人だよ」

「ろくじゅ……いくらなんでも多すぎないか!? 
 今年の1年の総数って約670人だよな。
 全体の1割近くがすでに粛正されたってのか?」

「うん。それも反乱分子の摘発は、進学コースから音楽や美術の専門家コースまで
 幅広く実施されている。それを先導したのがE組のクラス委員雨宮だって言われてる」

「なるほど。1学年の常設委員(各クラス委員)を裏で操ってるのが雨宮って訳か。
 入学したばかりなのにずいぶんと大手を振るってるんだな」

「あの子、入学する前から共産主義者だったみたい。
 小学6年生の時から社会主義の勉強をしてたエリートなんだって噂だよ」

「生粋のボリシェビキってわけか。とんでもない1年生が入ってきたな」

「ねえねえ太盛君。あとで一緒に雨宮のこと見に行かない?」

「いやだよ。俺はそんな危ない奴と関わりたくない」

「私は個人的に興味があるんだよ。だって近藤の前で堂々と
 生徒会長を目指しますって宣言したんだよ。これって下剋上っぽくない?」

「ミウ……。君はまだサヤカさんのことを嫌ってるのか」

「うん。大っ嫌いだよ。うふふ」

「はぁ……分かったよ。あとで雨宮の顔だけでも見に行こうか。
 遠くからそっと見るだけなら目をつけられることもないだろうしな。
 そ、それに俺の愛するミウの頼みだから断れないしな?」

「…・…」

「おーい? ミウ?」

「……」

「寝ちゃったのか? 俺もなんだか眠くなってきた。ふわぁ。寝るか」

雨宮夢美が共産党大会で演説する。ヨシフ・スターリンの亡霊

5月のゴールデンウィークに突入した。
ボリシェビキの支配する学園でも祝日はカレンダー通りに休みになるのだが、
学園では伝統行事の「共産党大会」が開催されていた。
一般性生徒は自由参加。ボリシェビキは強制参加となっている。

開催場所は今作の舞台となっている足利の学園。
「太田」「秩父」「鹿島」「日立」「銚子」など北関東ソビエトから共産主義者を集める。
それらボリシェビキの幹部が体育館に集まり、
各自が順番に壇上へ登り、学園の運営方針の説明や政治批判をする。

今年は遠方の「岡山」からも参加者が来ていた。校長が岡山からの
来場者に丁寧に挨拶をし、もてなしていた。来年は「鳥取」からも招待する予定だ。

北関東や中国地方から集結したボリシェビキらが壇上で大演説をしては
会場から喝さいを浴びる。どこの学園も足利の「学園」と似たような
組織の代表や生徒会長が訪れていた。

さて我らが栃木県足利市の「学園」からは、サヤカ会長が演説をした。
当たり障りのない彼女らしい内容だったが、会場からは温かい拍手で包まれる。

演説を担当するのは、各校から2名までとなっている。
サヤカの番が終わったので次は当然副会長のマリカ(トロツキーの再来)が
やるべきなのだが、今年の参加者は例外的に夢美となっていた。雨宮夢美は1年生であり
中央部では新参者の扱いではあるが、本人の強い希望により演説担当に選ばれる。

「おほん。全国から集まった誇り高きボリシェビキのみなさま。
 ごきげんよう。わたくしの名前は雨宮。雨宮夢美でございます」

制服を完璧に着こなし、お辞儀をする彼女の仕草は実に洗練されており、
ロシア宮廷出身の貴族がそこにいるかのようであった。

「本日は発言の機会を頂いたことを感謝申し上げます。
 さて。これから日本政府すなわち自由民主党の政治の腐敗ぶりについて
 語りたいところですが、それでは他の皆様の発言内容と重複してしまい、
 皆様を退屈させてしまうことかと思われます。
 そこで今回は一風変わって我が学園の先輩たちの批判をさせていただきたいのです」

会場がにわかにざわつき始める。

「まず断言させてください。私の学園の先輩方は、すでにボリシェビキとして
 堕落しています。彼らはボリシェビキを名乗ってはいますけど中身は偽物です」

まさかの爆弾発言に一瞬だけ会場が沈黙した。
足利はもちろん。その他の地域出身者も互いの顔を見合わせて小声で話し始める。

「いきなり何を言うのか貴様~っ!!」
とトモハル委員が吠えるが、夢美はまゆ一つ動かさない。

「勘違いしないでいただきたいのですが、私は今自分の意見を表明しているだけで
 決して反乱を起こす意図はありません。私がしたいのは先輩達の政治への
 批判であってそれ以上でもそれ以下でもありません。ですから心優しい先輩方は
 これを後輩からの親切なアドバイス、あるいはボリシェビキ特有の
 おせっかいだと思っていただければ幸いです」

会場は騒然としている。校長や中央委員部の委員は小声で相談をしている。
広報部の高木代表と宮下も、あの1年生を今すぐ降壇させるべきかと話し合っている。

マリカ副会長は「よしなさい。主張したいことがあるなら最後まで聞くべきだ」と
冷静に腕組みする。サヤカも頷く「私はどんな批判でも聞き入れるわ。好きにさせてあげなさい」

夢美が満面の笑みで続ける。

「我が学園の先輩ボリシェビキのみなさ~ん。みなさんは何をするために学校に
 来てらっしゃるのですか? 中央部や諜報部のように仲良しごっこをするためですか?
 それとも学園の規則に則り、学校運営に問題が無いように不穏分子を取り締まりながら
 自分自身も無事に卒業することですか? それは結構だと思いますけど、それでは
 我々ボリシェビキの絶対目標である革命はいつまで経っても起こせないと思いませんかぁ?」

(発言をつづける)

「はっきり言って、皆さんの仕事ぶりは官僚的なんですよ。
 毎日決まったことを決められたとおりにこなしているだけ。それで
 学園の規則を守っているつもりなんでしょうけど、それでは発展はありません。
 現に卒業生の方々も過去30年間で一度も革命を起こせていないじゃありませんか。
 確かにバブル経済のような好景気に革命は必要ないかも知れませんが、
 平成から続いた大不況の中でも一度も共産主義が日本では浸透しない。なぜですか?」

「その理由は簡単です。日本人は先天的に自主的に物事を考えるのが苦手なのと、
 この国の民族は祖国防衛の危機にでも立たされない限り平和主義者で暴力を
 嫌うからなんです。過労死なんて言葉がまかり通るように労働者の中には
 離職や職務放棄を選ぶよりも自殺を選択してしまう人が一定数存在する。
 これは神風特攻を組織的に行っていた戦時中から日本人の潜在意識が
 変化してないことを意味しています」

「私たちの老後に待っている未来は、どちらにせよ同じなんですよ。多くの人が
 100歳になるまで働いたところでたいした公共福祉サービスを得られずに餓死するでしょう。
 それは政府の債務残高が記録的な水準にまで膨れ上がり、国民の実質賃金が
 下がり続けていることから明らかなんです。人口減少の統計が証明しているんです。
 すでに我々の未来は絶望だと確定しているのに、今から具体的な行動を起こさないと
 すぐに手遅れになることが、私の先輩方にはどうしてか分かっていただけません」

「かつてソ連のスターリンは若い頃に銀行強盗を7回も繰り返して党の資金集めをしましたよね。
 同じようなことを我々にしろと言われても不可能でしょう。それは精神的に弱いからです。
 やるまえから失敗すると決めつけてしまう負け犬の集まりからです。政治でも経営でも大切なのは
 何が何でもやり通すと決める意思の力だと私は幼い頃より父親に教わりました」

「どうでしょう? 皆さんにはその意思の力がありますか? 強い意志が?
 僭越(せんえつ)ながら、私は超難関と言われる中央委員部の筆記試験を一度で合格しました。
 私はこれでも12歳の時から社会主義の勉強をしておりましたのでそれなりの知識はあります」

夢美はそれからソ連の偉人について騙り始めた。まるで昔ソ連の閣僚会議に
いたのでは中と思われるほど具体的な内容が述べられ、会場の聴衆を圧倒した。
彼女のソビエトの歴史に関する知識の量は、一般的なボリシェビキを超越していたのだ。

また現在のウクライナ戦争における鬼畜欧米諸国の軍事支援の限界と
各国の財政赤字の拡大を、金融市場の国債利回りの上昇(不安心理)の面からも指摘した。

「戦争においてもしっかりと戦うための準備をして、何が何でも最後まで戦い抜いて
 自分の主張を押し通すと決めた国家と国民が最終的な勝利者となる。これはアフガン紛争時に
 ソ連の防衛大臣の地位にある方が述べた言葉ですが、我が学園にも当てはまります。
 足利全域において政治的には陰で社会主義体制が敷けても経済のレベルでは
 まるで浸透してない。我らの住む地域は、お金のレベルでは資本主義に支配されているのです」

「さて皆さん。私は今まで散々自分の学園の政治に対する不満を述べてきました。
 しかしその私から見ても、真のボリシェビキとしてふさわしい人物がただ一人だけ
 存在することを認めたいと思います。またその人のことを皆さんの前で紹介したいと思います」

ゆめみは魔女の顔でこう続けた。

「その方の名前は、高野ミウさんです」

演説中のレーニンのまねをして、夢美がそちらを指さす。
会場にいる100人以上の視線がそちらに集まる。

そこにいたのは、党大会見学者の高野ミウと堀太盛。
仲良く一緒にいるので一見するとカップルに見えてしまうだどう。

「え? 私?」
「なんだこれ……おい。なんだこれ……」

かつてこの作品の主人公を担当したことのある3年生の二人は
さすがに事態が飲み込めず、おろおろする。

ふたりは雨宮をこの目で見る目的でのんきに共産党大会に参加したのだが、
まさか演説中にミウが指名されてしまうとは。

「そこにいらっしゃる高野さんは現在は一般生徒でありますが、
 もちろんただの生徒ではありません。昨年は生徒会選挙に立候補されましたが、
 惜しくも落選してしまいました。しかし彼女のような優れた人間が、
 今はボリシェビキではなく、いち美術部員として日々の学園生活を謳歌してらっしゃる。
 なぜですか。なぜなのですか。高野先輩。私はあなた様に憧れてこの学園に入ったというのに」

この衝撃的な発表によって、この会場に集結したボリシェビキエリートらの顔つきが、
一斉に変化してしまう。彼らは福岡市動物公園にいる子供のカンガルーの顔になってしまった。
校長だけは例外で野生のアライグマのような顔をしていた。

「高野先輩こそが……」

いきなり夢美の声のトーンが落ちる。

「いえ、ミウ先輩。ミウ先輩は我ら足利の学園の生徒会長のみならず
 我が国の指導者にふさわしいということが、なぜ他の皆さんには
 わかっていただけないのでしょうか。私にはとてもとても残念でなりません」

この発言は、少なくとも諜報委員部には反乱の兆しと認識されてしまう。
中央委員部にも激しい混乱が生じているが、保安委員部だけは妙に冷静なのが不気味だった。

マリカが不快そうな顔をして親指の爪を噛む。
サヤカは、ただ黙って話を聞いてるだけで表情に変化はないが、
内心は穏やかではない。同学年の高野ミウ。
前回の生徒会選挙では最後まで激戦を繰り広げた不倶戴天の敵である。

「ミウ。帰ろうぜ」
「うん。そうだね」

共産党大会がまだ終わってないのに堀と高野のふたりは出口へ向けて
歩き出してしまう。もちろん出入口には執行部の委員が何人もいるのだが
ミウが怖い顔で「邪魔だからどいて」と言うと、わずか3秒で道を空けてしまう。

『私の演説は以上で終わります。
 学園関係者ならびにご来場の皆様、ご清聴ありがとうございました』

太盛とミウの歩く速度が速くなる。もう体育館で何が起きて用が関係ない。
これ以上余計な騒ぎに巻き込まれる前にさっさと帰りたかった。
そもそも今は連休中なのだ。一般性生徒は党大会に出席する義務はないので
学生らしく休みの日は愛し合う二人でデートでもしたかった。

「せんぱ~い。お待ちになってくださ~い」

明らかに、何者かが追ってきている気配がある。
構うものかとミウは歯を食いしばる。彼氏(表向きは友達)の手を
強き引き、体育館から出て校門までの道をまっすぐに歩く。
この学園は敷地内が広いので校門から外に出るまでが大変だ。

「せんぱ~~~い♡」

声が、離れる様子がない。
ミウは走ることにした。太盛も一緒に走る。
ソ連なのに英国風の作りでアーチ状になってる噴水のある庭を抜け、
まもなく校門が見える。門ではなく軍の検問所そのものなのだが、
そこいる警備員に学生証を見せれば帰宅が許可される。

「いけませんな。党大会の最中に抜け出したりしては」
「はい?」
「高野さんと堀さん。あなた方はまだ帰ってはいけませんよ」
「なんでよ。私たちは一般性生徒で今日は党大会を見学しただけだよ」

「失礼ですが、党大会の模様をこちらの警備室からモニターしていたのですが、
 先輩方は夢美様のお話の最中で出て行ってしまわれた……。
 そう。まるで逃げ出すかのように」

警備員の正体は、1年生の男子生徒だった。
彼の制服の襟(えり)にはE組のバッジが光る。

「……はぁはぁ。先輩方ったら、以外と足が速いんですのね。
 ゆめみはあまり運動が得意な方ではないので急な運動はこたえます」

ミウはもう彼女を無視することはできなかった。
警備室から同じ1年生と思われる男女がぞろぞろと出てきて周囲へ集まる。
口角を上げ、勝ち誇った顔の1年生の夢美が魔女のように思えた。

ミウと太盛が1年生の教室へ連行される

「うふ☆ ゆめみたちはぁ、憧れの先輩たちとお茶でも飲みながらゆっくりと
 お話がしたいなって思っていたんです。よろしければティータイムでも
 ご一緒いたしませんか? もちろん場所は私たちのクラスになりますが」

「あなたたちのクラスってE組でしょ」

「まあ高野先輩。ご存じだったのですか」

「私だけじゃなくて学校関係者ならみんな知ってると思うよ。
 雨宮さん。あなたは学園の有名人だから」

「まあまあ。そんな呼び方はあんまりですわ。
 ゆめみのことはぁ……ゆめみって呼んでくださいませ。ミウ先輩?」

「そうだね。そのほうがしっくりくるよ。
 私のこともそのままミウって呼んでくれていいからね」

「はい!! とっても素敵なご提案、ありがとうございます♡」

来た道を歩いて戻る。ミウと太盛が途中で脱走しないように
怖い顔をした1年生たちが周りを取り囲みながら。
途中で体育館を横目に見ながら進む。

体育館では演説が続いている。
【我々岡山のソビエト労働委員会は!! 
 資本主義打倒のために岡山県内の農民と労働者が一致団結し
 暴力革命も辞さない覚悟でこれを打ち砕くことをここに誓う!!】

ミウがつぶやく。
「岡山ソビエトの人たちも結構過激なこと言ってるね」

「でもねミウ先輩。そうでもないんですよ。
 彼らは全国で初の労農赤軍を組織はしていますけど、
 軍事的行動に出たことは一度もありませんもの」

「暴力革命も辞さないって言ってるのに?」

「口だけ……なんですよぉ。まともな人ならわかることです。
 少人数の農民や非正規の労働者が蜂起して資本家を殺したとしても
 すぐに警察に逮捕されます。我々では日本の警察組織に勝てるわけありませんもの。
 仮に岡山の警察を倒すことで来ても、次は東京にいる警察庁から派遣さる
 別の部隊がやってきて一網打尽にされますよ。岡山ソビエトに徹底捜査が
 入れば、全国に潜んでいるソビエト共産党の同志たちが全員逮捕されちゃうんです」

「あなた、本当に1年生なの? すごい知識だね。
 私より年上の人と話してるみたいに感じちゃうんだけど」

「お褒め頂いて光栄です。でもゆめみ的には真のボリシェビキを目指すものなら
 これくらいの知識は持つべきだと思います。むしろこの程度の知識もない人は
 ボリシェビキ指導者の最低条件であるインテリゲンツァを名乗ることできませんよ」

「イッテリゲンツァって何? 英語のインテリのロシア語?
 じゃあ私はバカだから一般生徒でいいや」

「またまた。ご冗談を」

「いや冗談じゃないから。私より雨宮さんの方が勉強できるでしょ」

「またまた~☆ ご謙遜なさらないでください」

「はぁ……なんかあなたと話してると疲れそうだよ。
 説明したいことが山ほどあるんだけど、もうめんどくさくなってきた」

彼ら一行の背後から「お~い」「待ってくれよ~」と男子の声が聞こえる。

一行は足を止め、振り返る。追手の正体は2年生のトモハル委員と
会長の副官ブライアン・ジョーンズだった。しつこいようだが、彼は生前に
伝説のロックバンド【ザ・ローリング・ストーンズ】のリーダーをやっていた。

「ゆめみたちに何かご用ですかぁ?」

「用も何も、雨宮殿は党大会の途中で勝手に抜け出しておいて、
 あろうことかそちらの先輩方をどこにお連れしようというのか!!」

「相田先輩。ゆめみは勝手なことなんてしてませんよ。
 ちゃんと中央の先輩に許可は取ってあります。
 私は演説の当番が終わりましたので教室に移動している次第です。
 会長や責任者達は最後まで体育館にいないといけないんでしょうけどね」

「では、高野さんと堀さんをどこにお連れしようとしているのか答えよ!!」

「わたしたちのクラスですけどぉ?」

「……」

「どうしました?」

「私はこれでも組織委員部に所属しています。組織委員部とは人手が不足する 
 中央委員部の人事や生徒の管理に関する仕事を手伝っている部署であります。
 生徒の管理とは広義の意味で使われる言葉であります。
 私の言っていることが分かりますな? 雨宮委員殿」

「ゆめみを反革命容疑で逮捕しますか?」

「あなたは先ほどの演説で何を言っていたか忘れたわけではあるまい。
 あの演説は今後の学園生活で波乱を巻き起こしますぞ。
 あなたを直ちに逮捕することはできませんが、その覚悟はしておいた方がいい」

「ご忠告ありがとうございます♡ でも説得力がありませんねぇ。
 ぷっ……。先輩ったら、足が震えちゃってますもの」

「ば、馬鹿な……誇り高きボリシェビキの委員であるはずのこの私が……・」

「ほら。やっぱり震えちゃってます。ふふ。かわいい♡」

トモハルの周りに、表情を亡くした1年生の執行委員達が取り囲んでいるのだ。
その数、20を超える。怒りでも悲しみもなく、機械のような無表情でトモハルに
近づいてくるから不気味だ。彼らは決して武装してるわけではないのだが、
トモハルが余計なことを言ったら何をされるのか分からない危険な雰囲気だ。

「相田先輩は組織委員部さんですよね。ゆめみはぁ、中央だけじゃなくて
 自分のクラスのクラス委員もやっております。つまり常設委員部にも
 所属してるってことです。井上マリカ副会長さまが作られた新しい規則に
 よって各クラスの自治は認められていますから、我がクラスに関することは
 先輩だってノウタッチじゃないといけませんよ? さもないと……」

「ひっ!!」

夢美の手が、にゅっと伸びてきたのでトモハルは反射的に距離を取った。
さすが元野球部のショートだけあって華麗なるバックステップだった。

「あらあら。避けられちゃいましたね。
 あと少しで先輩のほっぺたをこれで切り刻んであげることができたのに」

「う、うあぁ」

ゆめみの細い左手に握られているのは、折りたたみ式の超小型ナイフだ。
ナイフの切っ先がギラリと光る。人に斬りつけようとしたのに夢美の顔は笑みのままだ。

「実はゆめみは代々医者の家系なんです。
 そのせいか、ゆめみの刃物の扱いは得意でしてぇ。うふ。護身用ってところですかね?
 この学園では不穏分子による反乱や蜂起が日常茶飯事らしいので自分の身は
 自分で守らないといけません。ね。相田先輩?」

「く、狂ってる。あなたは狂ってますぞ。私はもうあなたとは関わりたくない。 
 あなたの今後のことについてはボリシェビキの幹部達が決めることであろう」

トモハルは新人のブライアンを連れて逃げることにした。
ブライアンはこの狂気の中で一言も話すことができなかったが、
最後に夢美とミウのことをしっかりと目に焼き付けた。


ゆめみとその配下による一行は、E組に到着した。

いるいる。E組の生徒だけではなく、1年の他のクラスからも夢美主義者が
集まっていた。E組には入りきらないので廊下にまで人だかりができていた。

「高野先輩と堀先輩がお越しになったぞ~!!」
「高野さんは我が学園の英雄だ~!!」
「同志諸君!! 盛大に拍手してお出迎えしろ!!」

「え……私たち、なんで歓迎されてんの?」
「俺にもさっぱりわからん……・」

「きゃ~~先輩方、近くで見ると本当に素敵です!!」
「高野さんは可憐でお美しい。堀さんは俳優のような美男子だ!!」
「我らのリーダーにふさわしい美男美女だ!!」

割れんばかりの拍手と怒号と悲鳴に包まれる。
この熱気はまさにロックスターがコンサート会場へ現れた時のそれだ。

「はいはい。みなさ~ん。こちらの事情を何も知らない先輩方が
 萎縮しちゃってますので、はしゃいじゃうのはその辺にしましょうね?」

一転して全員が静まりかえる。
これは夢美の支配力が入学してわずか1ヶ月にもかかわらず絶大なことを示す。

「先輩方のお席はこちらですわ。どうぞお座りになって」
「う、うん」
「大人数に見られてるとなんか緊張するな」

教室のど真ん中に二人の分の椅子が用意されているので取りあえず着席する。
その対面に夢美が座る。これではまるで在校生同士で三者面談をしているかのようだ。

「突然ですが、高野ミウ先輩」

「な、なに?」

「これからちょっと革命を起こして生徒会長に就任していただけませんか?」

ミウは衝撃のあまり気を失いそうになる。

「堀太盛先輩にはぁ、副会長になっていただきたいと思ってるんです」

太盛にいたっては池田動物園(岡山県)で飼育されているマントヒヒの
顔になってしまう。彼がマントヒヒになってしまうのも無理もないことだ。
(余談だが岡山市を調べたら駅周辺が大都会になっていて驚いた)

「やだよ。なんで私が生徒会長なんてやらなくちゃいけないの」

「ミウ先輩は生徒会長にふさわしい存在だからです」

「さっきも言ったけど私はあなたや近藤と違って成績優秀なわけでもないし、
 学園の統治なんてやる気はぜんぜんない。
 生徒会長ってやる気のない人がやれるほど簡単な仕事じゃないでしょ」

「ではなぜ昨年のロシア革命記念日に行われた会長選に出馬なされたのですかぁ?」

「そうだね。それをあなたに説明したかったの。ちょうどいい機会だから
 ここにいる生まれたばかりの子羊ちゃんたちにも教えてあげようかな」

ミウが立ちあがり、「今から大事なこと話すからちゃんと聞いててね」
といつもの軽い調子で言う。全クラスから革命的情熱によって
集合した1年生たちから歓声が上がる。そもそも今日は連休中なのだが
彼らは学生らしく遊ぶことを放棄して自主的に登校してきたのだ。

「私はまず、あなたたちの誤解を解いておきたい」

ミウが右手の人差し指を顔の前で掲げる。
美人の3年生なので1年生からしたら女優のCM撮影シーンに感じられる。
入学したばかりの1年にとって3年生の女子は大人に感じられるものだ。

「去る11月。私は生徒会総選挙に立候補し近藤に敗れた。
 そのことはみんなも知っての通り。
 こっちが説明してもないのに何で知ってるのかは謎だけどね。
 みんなは私の選挙公約が中央委員部の破壊だったことも知っているのかな?」

「知ってます」「知ってますよ」と皆が口々に言う。
ミウの演説の様子をスマホで撮影してる女子が何人もいる。

「なら話が早いね。この私高野ミウが、中央委員部を破壊して生徒会の全権力を
 諜報広報委員部に集約しようとした目的は、この学園のためじゃない。
 私個人のとある目的のため。その目的が何なのか、それはそこにいる私の友達。
 堀太盛君と一緒に楽しい学園生活を送るため。ものすごく私的な理由。恋愛だよ」

ミウが、愛しの彼の肩をそっと叩く。

「私が起こした一連の選挙騒動は、学園中を恐怖に陥れた。当時中央委員部の代表代理だった
 近藤サヤカは、学園中に仕掛けられていると断定した爆弾や毒ガスを警戒して学園中に
 警戒を呼び掛けた。当時の1年生、今の君たちの先輩たちは死へのストレスと消耗によって
 欠席する人が多くなった。中には精神の病気になる人もいた。しかし選挙が
 終わった後、爆発物や生物化学兵器は発見されず、私の発言がブラフであることが判明した」

(つづける)

「断言したい。あなたたちは私のことを勘違いしていると。
 私は言葉で人を脅すことはできる。だけど心から人に死んでほしいと願ったことはない。
 私はそこまで人を憎んだことなんて一度もないんだよ。だけど彼氏を守るためなら
 たまに必死になることもあるけどね。過激派のあなたたちが求めている指導者ってのは、
 革命遂行のためなら反対主義者を拷問して収容所送りにしても痛む心なんてない、
 本当に冷酷な主義者のこと。少なくとも私はそうじゃない。それを知ってほしかったの」

そこでミウの発言が終わる。言い終わった後に少し恥ずかしくなり、
小声の英語で「thank you for listening, everyone」と言ってしまう。

しばらく会場は静かなままだったが、
その中の一人が小さく拍手をし始めると、他のみんなもつられて拍手する。
夢美が「素晴らしいご発言でした」とほめると、さらに拍手が鳴り響いて大喝采となる。

「さすが高野先輩だ~~!!」
「我らが指導者ばんざーい!!」
「なんてわかりやすいご説明だ。昨年の歴史がすんなりと頭に入った!!」
「高野先輩、美人さんだし素敵でーす!!」
「先輩の演説を初めて聞きました!! 感動しました!!」

ミウと太盛は、この子たちは日本語の通じない外人なのかと思った。
確かに一部外人も混じって入るが、多くは生粋の日本人に違いない。

「待って。ちょっと待ってよみんな」

しかし騒ぎが大きすぎてミウの声がかき消される。
あまりのうるささにガラス窓が割れてしまうのではないかと心配になる。
1年生が実に100名以上も周囲に集まり大声で奇声を発しているのである。
太盛は鼓膜が破れると思って耳をふさいでいた。

「はいはい。そろそろ静まりまさいね~~」
と夢美が手を叩くと静寂に戻るのはいつものパターン。

「うふ♡ ミウ先輩が先天的な殺人鬼じゃないことはみ~んな知ってますよ。
 私たちはミウ先輩に関することはな~んでも知ってますから。
 普段は温厚な先輩だけど、今お隣に座っている彼氏さまのためにならなんだってする。
 そういうことを言いたかったんだと思うんです」

「あなた……もしかして私を脅すために太盛君に手を出そうとか考えてる?」

「それは我々にとっても最悪のパターンです。
 ミウさまが愛してらっしゃる彼氏さまをゆめみたちが傷つけるなんて、
 そんな悲しい未来を想像させないでくださ~い」

「私が生徒会長になるって言わなかったら、私の彼氏を人質に取るつもりなのね!!」

「うふふ。彼氏だと認めましたね。
 今この瞬間も私たちは監視カメラと盗聴器によって諜報部に監視されてますのに」

「それがどうしたの。諜報部のみんなは私の味方……そうか。
 中央のエリカに知られちゃったら面倒なことになるね」

「今ここに集っている我々1年生の精鋭は、ミウさまと太盛さまの恋愛を
 心より応援したいと思ってます。中央の山本代表や橘先輩の反応には関係なくです。
 なぜならおふたりはすでに完全なる相思相愛。昨夜も同衾されてましたものね?」

「な、なに言ってんのよ。私まだ高校生なのに同級生の男子と
 一緒の布団で寝るなんてそんな不潔なことするわけが……」

夢美が、制服の胸ポケットから数枚の写真を取り出した。
太盛と高野親子が夕飯を食べてるシーンが映し出されている。

……いつ撮られたのか? 
そしてなぜミウが彼氏と同じ部屋で寝たことを夢美が知っているのか。
常人離れした冷静さを持つミウでさえ背中に冷たい汗が流れ始める。
太盛は絶望のあまり頭を抱えてしまっている。

「せんぱ~い♡」

夢美がミウの耳元で語り掛ける。

「他にも勉強中に手をつないだり、キスしたりしてましたよね。
 とっても楽しそうなお顔で。すごく幸せそう。うふふ。いいですねぇ。
 大好きな彼氏さんと楽しい夜を過ごされたようで」

「……」

「そんなおびえた顔しないでください。夢美はこの件について
 みだりにしゃべらないよう、みんなには伝えてあります。だって中央部の
 人たちに知られてしまったらまたクラス裁判になってしまいますものね。
 クラス裁判、7回も続いてしまってお疲れ様でした。私たちは途中からですが
 見学しておりましたよ。ミウさまの弁舌はそれはもうお見事でした。
 橘先輩のような凡人では相手にならないくらいに」

「……そこまで知られてるなら私は逆らえないね。
 そっちの言うことを聞いてあげる。
 でもね。年上の人を脅すなんて恥を知りなさい」

「脅すだなんて人聞きの悪い。ゆめみたちはお願いをしているんです。
 ミウさまには私たちのリーダーになっていただきたいと繰り返しお願いしているんです」

「その話はもう分かったよ。それより先の具体的なことが聞きたいんだけど、
 生徒会長選挙をもう一回やれっての?」

「それはさすがに難しそうですね」

「私は来年には卒業するんだけど、今すぐリーダーになるってどうすればいいの」

「ミウさまにふさわしい地位でしたら、我々があとでゆっくりと
 考えてから用意させていただきたいと思ってます。
 今日はあなたをその気にさせるのが目的で勧誘をしましたので♡」

「おかしな話だね。3年の私が1年生の子たちに勧誘されるなんて」

「むしろその方がこの学園にふさわしい政治活動ではないですかぁ?
 年齢も学年も関係なく、真に実力のある者たちによって
 この学園は管理運営されるべきなのです」

太盛はこの話し合いの最中、終始マントヒヒの顔をしていたので
発言することはなかった。どちらにせよ彼にも拒否権はない。

この日を持ち、ミウと太盛は本人らが望むと望まらずにかかわらず、
1年生らの描く巨大な組織の中に組み入れられることになった。

人が、人であり続けることがこんなにも難しいのは
日本全国の高校を探してもこの足利の学園くらいであろう。

6月5日。サヤカが非常委員会を開催する

【チェカ】 英語風の発音ではチェイカー。
ロシア非常委員会の略称でロシア革命での革命政府の警察機構。
反革命の取り締まりにあたった。

1917年12月、ソヴィエト政権を反革命から守るために設置された
「反革命・サボタージュおよび投機取り締まり全ロシア非常委員会」の略称。
議長はジェルジンスキー。

サヤカ会長が「非常委員会」を設置するのには意味がある。

5月の党大会での雨美夢美の問題発言は学内を揺るがすほどの大事件にまで
発展してしまい、今では夢美を指導者とする1年生の革命組織の数が
激増し、その数は軽く300名を超えると言われている。

もっとも2、3年生の生徒はサヤカ支持者が99%とまで言われている。
彼らはサヤカと共に昨年の選挙戦で毒ガス女ミウとの熾烈な戦いを潜り抜けた戦友でもある。
あの時はひどかった。全校生徒と全教員が毎日死ぬのを覚悟しながら登校したものだ。

サヤカ生徒会長の代が始まり2か月が経過したが
この学園の狂った規則はともかくとして、(雨宮を除いて)サヤカ個人を
批判する人は今日まで現れなかった。人間的に優れているサヤカを
批判する理由がそもそもないのだ。
2年生と3年生合わせて囚人を除けば1200人以上の生徒がいるから
単純に数の上ではこちらが有利だ。

しかし、夢美の支持者はまだ他にもいる。
保安委員部の人間とそこで管理されている100人を超える囚人たちだ。
保安委員部はボリシェビキ最大の部署で250人を超える人数がいる。

そのうちの大半が実践の訓練を受けてる執行委員。
今年は留学生が50人以上も入学したので人数が大幅に増えた。
彼らの多くは知性に乏しく感情的で血に飢えた野獣だ。
彼らは合法的な理由で人を痛めつけたりするのが大好きなサディストの集まりだ。

サヤカの代で学園に一時的な平和が訪れたことを、彼らの多くは
好ましく思っておらず、また夢美の革新的な演説を聞かされてからは
夢美を新しい指導者として迎え入れる土台が出来上がりつつあった。

もともと各クラス内での自治を強化するための常設委員部は
保安委員部や中央委員部の負担を減らす目的で作られた組織だが、
それが現在では裏目に出てしまっていることを発案者の井上マリカが認めるに至る。

「この私、井上マリカは、自ら作った新制度が有効に機能しないどころか、
 新たな反革命勢力を作り出す原因を作ってしまったことを認める。
 私は今回の失態を自己批判する。みなには多大な迷惑をかけてしまい、
 大変に申し訳なく思う。このとおりだ。本当にすまなかった」

井上マリカが、各代表の前で頭を下げる姿を初めて見た委員たちは唖然とする。

会議に集まっているのはいつもの責任者の面々だ。
今日は欠席者はいないので全委員部から2人ずつ出ている。
組織部からは高倉兄妹が出席している。

物語の進行をスムーズにするために出席者の名前を念のため書いておくと…

サヤカ、マリカ、高木、宮下、モチオ、エリカ、ナツキ、ユウナ。
今年は役職についてないが年長者の校長も含めて計9名とした。
彼らが全校生徒2200名を超える学園の最高意思決定機関である。

「いえ。副会長閣下だけの責任ではありません。どうか頭を上げてください」
「私もそう思います。今回の件は我々諜報部の責任でもあります」

高木と宮下が一生懸命にフォローするが、他の面々の顔つきは重苦しい。
今となっては常設委員など作るべきでなかったことは事実だろう。
しかしマリカがいかに秀才とはいえ、雨宮ほどの逸材が常設委員部を
巧みに利用することなど想像の範囲外であったことも事実。

校長が言う。
「この会議は誰かに責任を押し付けるための席ではない。
 これからどうするか。どうやって我々の政権を維持するのか。
 それを考えるべきだろう。我々には時間がないのだよ」

「そうだ。校長の言う通りだ」

とナツキ。危機的状況にある時にこそ彼の頭脳は冴えわたる。
高倉家は元エリートの父親が離職後に10年間も無職であったことが原因で
お金の面で苦労してきた経緯がある。彼は普通の高校生の倍も苦労してきたのだ。

ナツキが続ける。
「現在、学園の勢力は完全に2分されている。
 我々現状維持を望む保守派、別名サヤカ派。
 国レベルでの革命遂行を直ちに望む過激派、こちらは夢美派と呼ぶべきか。
 サヤカ会長。保安部の状況はどうなっているんだ?」

「残念ながらお手上げね。保安部はすでに私では制御できない状態になってるわ。
 会長をやりながら保安部の代表の掛け持ちはけっこう辛かったわ。
 最初は舐めてたけどね。離職者の多いのがなんとなくわかった気がする」

「保安部の管理は具体的にどう難しいんだ?
 部下が言うことを聞かないってことなのか?」

「そうねぇ。まず日本語が通じない人が多いのと、人を殴ったり殺したり
 するのが好きな犯罪者みたいなのが多いから学内が平和なのが気に入らないみたい。
 学園ボリシェビキ始まって以来の人格者とまで呼ばれる私のこと、嫌ってるのよ」

「ひどいもんだな……歴代の代表が2週間以内で辞めてるのはやはり理由があったか。
 辞める人も何も言わないで勝手に辞めてしまうからこちらも真相がわからないままだったんだが」

そこでモチオが挙手する。

「なあ……ぶっちゃけ今日の会議ってよぉ。非常委員会なんだから
 こちらもそれなりに過激なことを検討するってことでいーんだよな?
 まずサヤカやマリカさんの意見が聞きたいんだが、実際どーすんだ。
 1年の奴らを一斉に逮捕して粛清しちまうのか?」

サヤカは長考するが、井上マリカ副会長はすぐに答える。
「奴らを逮捕するのは最終手段だが、その手段が我々にはない」

マリカがそう言い切ったので全員に緊張が走る。
法律家を父に持つマリカはあやふやな言い方は絶対にしない。
嘘もつかない。日常会話で冗談すら言わないくらいに真面目なのだ。

「手段がねえってのは、奴らに保安部を実質奪われてるからか?」
「それもある。だが一番の問題は高野ミウがあちらについていることだ」
「高野ミウか……」
「高野ミウは前回の選挙からこの学園最大の危険人物として周知されている。
 ミウが敵の側に回っていること自体が上級生たちの恐怖を増大させている」

「あの女、ボリシェビキを辞めたはずなのにまた俺たちに牙をむくのか。
 そりゃ一般生徒の奴らは怖いよな。代表をやってる俺だって怖えよ」

「人は恐怖に弱い。
 その恐怖の心理こそが学園を支配する原動力となる。
 1年にしてそれを知る雨宮は相当に賢い。
 おそらく入学する前から相当に政治を学んでいたのだろう」

続いてエリカが挙手する。

「同志副会長閣下のおっしゃる通りだと思いますわ。
 現に我々は1年生の雨宮派に対して恐怖を感じてしまっている。
 学園の最高意思決定機関である我々が機能不全に陥ろうとしている」

「まあまあ。悲観的になりすぎるのは良くないぞ。橘君。
 奴らに対処する方法がないわけではないのだよ」

「校長……。ではどのような案がありますの?」

「増援だよ。現状、武装勢力の執行委員を雨宮派に抑えられている以上、
 我々には行政の執行能力が失われているので何をやっても負ける。
 そこで市の秘密警察から増援を呼ぶのだ。これは緊急事態の対応だがね」

「最後はそこまでしてしまうのですか。
 確かに訓練された大人の人たちを動員すれば直ちに逮捕できると思いますけど。
 それでは一般生徒たちにどう思われるのか心配ですね」

マリカが次に挙手した。

「私はそう簡単な問題ではないと思う。というのも、雨宮派を逮捕する正当な
 理由が我々にはないのだ。1年生たちが今までに我々現政権に対して
 反乱を起こしたわけでもないし、彼女らの主義主張の根幹にあるのは
 我々と同じマルクス・レーニン主義だ。しかも1年生の多くは自らが
 ボリシェビキの思想に目覚めて活動を活発化させている」

「しかしだねぇ。副会長。雨宮派はいつ蜂起を起こすかわからない状態だ。
 最悪明日にでも我々中枢の人間を暗殺するかもしれないのだ。
 政敵となりそうなものを見つけたらやられる前にやってしまうのが
 ボリシェビキの鉄則なのだがね……」と校長が返す。

「もし奴らを倒すとしたら、組織の頭となってる各クラスのクラス委員と
 高野ミウ、堀太盛の二人、そして雨宮本人を粛正することが必要になる」

「もしそうしたらどうなるか、ってことを君は言いたいんだね?
 結果はわかり切ったことだね。雨宮たちを殺された恨みで生き残った生徒が
 立ち上がり、学内は壮大な内乱状態になり多くの生徒が殺しあうことになる」

「そうだ。今年の1年生は将来の進路や就職先に悲観している子が多く、
 例年より政治意識の高い子が集まっている、いわば自発的なボリシェビキの
 集団だ。これは例年にはない傾向であり、彼らを全員逮捕するのは不可能だ」

「言っちゃ悪いんだがね、新入生たちを政治的に賢くしようと言ったのは
 副会長の君だったよね? 井上君の政策はズバリ成功した。いや成功しすぎた。
 もともと偏差値の高い学生たちに入学初日から適切な政治意識を
 持たせた結果がこれ、というわけだね」

「その件に関しても自己批判をします」

「いや別に君を批判してるわけではないよ!!
 頭を下げないでくれ。君のような人間に頭を下げられると
 こっちが悪いことをしてる気分になるから不思議だよ」

1年の時からマリカと仲良しだったナツキもフォローする。

「よって副会長の教育能力の高さがむしろ証明された結果とも言えるでしょう。
 どんな政策にもプラス面とマイナス面があるものです。それより次の対策ですが」

兄が言い終わる前に妹のユウナが挙手した。

「ナツキ代表が最後まで言い割ってないのにすみません。
 でも私のような末端の委員がこの席で発言してもいいものか……」

「それは構わないよきみぃ。我々には常に意見に飢えている。
 既存メンバーと異なる視点からの意見は大賛成だ。どんどん発言してくれたまえ」

「ありがとうございます校長先生。では言います。
 平凡な意見だと笑われてしまいそうですが、雨宮さんの人格に期待して
 話し合いを粘り強く続けるはどうでしょうか?」

「ほう。話し合いかね?」

「雨宮さんは冷酷なイメージが持たれていますけど、あの子だって
 高校一年生の女子にすぎません。昨年の高野ミウの毒ガス事件の際もそうでした。
 血も涙もない殺人鬼と思われた高野ミウにも…、あっ橘先輩には不愉快な話になってしまい
 恐縮ですが、堀先輩の前で見せる笑顔がある。あの女でもあんな顔ができる。
 やはり人間なので乙女の顔を持っている。だからこそ……」

「最後は雨宮君の人間性に期待したいってことだね?」

「はい。無謀かもしれませんが」

「その話も分からんではないよ。むしろ着眼点はいい。さすがナツキ君の妹さんだ。
 それに美人だね。…おほん。容姿のことは会議と関係なかったね。
 君の意見をさらにまとめておこう。まず雨宮が真にやりたいことを我々が知ることだね。
 奴が生徒会長に就任して何がしたいのか。高野を利用している件は彼女のやりたいこと
 とはおそらく無関係だろう。雨宮がどんな人間なのかを詳細に把握する必要があるね」

2年の宮下が手を挙げた。

「雨宮の個人的な事情について我々が調べたことをお伝えします。
 まず雨宮の父なのですが、すでに自殺しています」

「な、なにぃ?」
「自殺してんのかよ……?」
「そんな家庭の事情があったとは……」
「私もそれは知らなかった」
「私も初めて聞いたわ」

学園のビッグネームたちが驚きを示す。
あのマリカでさえ口を大きく開けていた。
宮下が語る。

「自殺の理由は過労です。自殺した当時、雨宮の父親は栃木県内におらず、
 転勤先の三重県内の総合病院にて外科医として勤務しておりました。
 月200時間を超える残業、60日間の連続出勤など過酷な勤務状況が重なり、
 娘である雨宮夢美が小学校5年生11歳の時に自殺。
 以後、雨宮は精神に異常をきたし、過労死自殺を取り締まろうとしない
 厚労省や労働基準監督局への恨みから、共産主義への道を歩みます」

(宮下が続ける)

「雨宮がこの学園に入学した目的として考えられるのは、昨年高野ミウが
 選挙公約としていた学園政治の実現かと思われます。雨宮が高野ミウのことを様付で呼ぶなど
 神格化していることについて我々がさらに調査をしたところ、雨宮は昨年の時点から
 高野のことを知っており、学内で秘密裏に実施された選挙のことも正確に知っていることが判明」

「昨年の選挙の結果に強い不満を持っていることは確実。いずれ自分が
 生徒会長になるにしても、まずは過激派の筆頭の高野ミウを生徒会長に就任させ、
 学内がどのように反応するのかを影の支配者として実験したいと考えている模様」

続いて諜報広報部の高木代表が手を挙げる。

「対話をするうえでこちら側から雨宮派に譲歩する方法が一つあります。
 それは高野ミウの選挙公約を実現してしまうことです。
 中央委員の皆様にはお叱りを受けてしまうことは覚悟の上での発言に
 なってしまいますが、その……中央委員部が我々諜報部の下につくという例のあれです」

「あ~、懐かしいな。あの女、んなこと言ってたな」
「そうね。私もすっかり忘れてたわ」
とモチオとエリカ。今となっては仲良しの高木に怒るわけがない。

「その案、なかなか面白いわね」サヤカが珍しく発言した。
「私もいいと思う」マリカも賛同する。

校長が禿げ頭をなでながら
「表向きは中央部を廃止し、諜報部の下に中央部を組織させるというわけだね。
 まるで子供の考えたような幼稚な発想だが、あれでも高野君の公約だったからね。
 そんなものを実現したところで我々の行政に支障はまったくないね。
 中央部の人間をそのまま諜報の中に組み込んで以前と同じ仕事をすればいいのだから」

高木が遠慮がちに口をはさむ。
「いえ、例の公約ですが、中央の皆さんをいったん解雇してからという話でしたが」

「それも問題ないよきみぃ。中央の仕事がこなせる人間が他にいるのかね?
 まず試験にすら合格できまい。あっちがどう考えようと実務能力のある人間でないと
 中央委員部は運営できないのだから、既存のメンバーに頼らざるを得ないのだよ」

「なるほど。校長閣下のお話に納得しました」

ナツキもうなずく。
「しかし一つでも要求を呑んでしまうと、また次の要求も突き付けてくるでしょうね。
 次に考えられるのが高野ミウの生徒会長の就任ですか。
 堀太盛君を副会長にしたいって話も聞きますね」

サヤカ
「んなことしたら2年生と3年生が逮捕されるのを覚悟で全員が退学しかねないわね。
 自分で言うのもあれだけど、私の影響力ってものすごいのよ。
 私が会長だったからこそ今日まで最高に平和な日々が続いているってのにね」

宮下
「雨宮の暴走の根幹にあるのは父親の死です。
 お父さんの死の悲しみを、今は怒りという形でしか発散できてない」

ユウナ
「あっ、いまピーンときました。雨宮も恋愛すればいいのでは?
 あの高野ミウだって好きな人とイチャイチャしてれば性格が治りましたよ」

全員がポカーンとしてユウナを見ていた。
ユウナは自分の失言が猛烈に恥ずかしくなり、頭を下げて謝罪しようと思った時、

「それね」
「それな」
「素晴らしい着眼点だ。さすがナツキの妹」
「よせよマリカ。むしろ恥ずかしいぞ」
「恋愛か。ふーん。私じゃ考えもしなかったわ」
「美人なだけでなく頭も切れるようだね」
「さすが組織委員部の方々は素晴らしい人材をお持ちで」
「私もそう思います」

みんなから拍手されてしまう。

今回の会議の結果は、雨宮の様子見で決まった。
諜報部が中心となり雨宮のことをさらに徹底的に分析することにしたのだ。

とある女子生徒の日記5

(現在執筆中)

・名誉カップル(ソ連の法律で学生結婚。6月に結婚式。エリカが寝込む)
・中央部の廃止(諜報部との合併。保安部は常設委員部に吸収)
・中央部の部室を常設委員部(1年の革命勢力)が使用
・ミウの神格化(肖像画の政策)科学部(名称変更:特殊兵器開発部)の再編成。海外との連携
・会長室での三者面談
・常設委員部。ラジオ放送開始(ゆめみ)
・ミウに対する暴言の取り締まり

近藤サヤカと井上マリカが治める学園生活。~反共産主義勢力との戦い~

近藤サヤカと井上マリカが治める学園生活。~反共産主義勢力との戦い~

以前は「なおち」名義で活動していました。 「なおちー」「モンゴル」で検索すると過去作がヒットします。 今作は共産主義勢力によって支配された栃木県足利市にある学園にて、学生たちの生き死にを描く 「学園生活」シリーズのスピンオフであり、前作「もしも、もしもの高野ミウの物語」の続編になります。 作品に登場する主人公(学生)らは学園を支配する生徒会(ボリシェビキ)に 粛正、制裁、監禁、拷問されぬよう、細心の注意を払いながら 意中の相手と恋愛したり無事卒業することを目指します。 ※注意 強い政治的思想(共産主義や革命思想) 政治、金融、経済、法律の専門用語多数あり。 資本主義の否定。お金持ちの抹殺、国外追放 ソビエト社会主義連邦。共産主義。全体主義。反革命分子の粛清。強制収容所。 以上の内容に抵抗のある人は読まない方がいいと思います。

  • 小説
  • 長編
  • 恋愛
  • サスペンス
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-12-09

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Copyrighted
  1. とある女子生徒の日記
  2. 会長と副会長の雑談
  3. パン工房にて。川口ミキオ(高校1年)とサヤカ会長の会話
  4. 生徒会室でのお昼休み
  5. とある女子生徒の日記2
  6. 堀太盛(ほりせまる)の日記。まもなく3年に進級する男子。2年A組所属。
  7. 2年A組。クラス裁判開始。
  8. お昼休みの食堂での光景
  9. とある女子生徒の日記3
  10. 3月15日の卒業式の後。堀太盛が橘の家に招待された。
  11. 3月26日。春休み初日。クラス裁判が続いている。
  12. とある女子生徒の日記4
  13. 3月27日。春休み。ミウと太盛の部活動
  14. 3月27日。午後の広報部の訪問
  15. 3月28日。美術部の課題に取りかかる
  16. 4月1日。生徒会の予算委員会
  17. 予算委員会の終了後、マリカが諜報部を視察する
  18. 4月2日。中央委員部のお仕事。新入生歓迎会の準備
  19. 中央委員会のお仕事2。エリカが広報部の部室を訪れる
  20. 中央委員部のお仕事3。派遣委員が到着
  21. 4月8日。入学式前日。保安委員部の代表の選任に関する会議
  22. 4月9日入学式当日。マリカ副会長の大演説(ウラジーミル・レーニンに匹敵する)
  23. 4月9日。午後の新入生歓迎会
  24. 4月28日。強制収容所見学ツアーの申し込み。組織委員部にて
  25. 4月28日。トモハル委員の訪問。1年C組のブライアン・ジョーンズ
  26. 強制収容所の見学ツアー当日
  27. ブライアンの職場見学。1年E組の熱烈な共産主義者
  28. 1年E組で学級崩壊が起きていた。
  29. 近藤サヤカ会長。問題の1年E組を訪問する。
  30. 太盛とミウの会話。ミウの自宅のマンションにて
  31. 深夜の会話。ミウのマンションでの出来事の続き
  32. 雨宮夢美が共産党大会で演説する。ヨシフ・スターリンの亡霊
  33. ミウと太盛が1年生の教室へ連行される
  34. 6月5日。サヤカが非常委員会を開催する
  35. とある女子生徒の日記5