ふゆぞらスパ

 真っ白な湯煙と硫黄の香りの中で空を見る。なんてぜいたくだろう、貸し切り状態の露天風呂で、星を心ゆくまで眺めていられるなんて。部屋に戻ってからの夕食も楽しみだし、星も私の久し振りの休暇を祝福してくれているみたいにまたたいている……というか、山あいのここに街明かりは届かない。空気が澄んでいる季節というのもあって、最近観察したリアルの空でも一、二を争う美しさだ。
 冬の空は天体観測向き、とはいっても、雲がちだったり降雪量が多かったりすると、とたんに星は見えなくなる。とくに今年は、例年よりも荒れた天気が多い。改めて来られて良かった、見られて良かった、と思いながら肩までお湯につかる。とろみがあるお湯は熱すぎず、まさに身体を芯から温めてくれる。心地よさを堪能してから、再び顔を上げた。
「……はくちょう座だ」
 ふだんよりゆうゆうと翼を広げているように見えるのは、私の心象風景の投影だとしても。シンプルなそのかたちはやはり存在感がある。
 夏の大三角を形づくる星座だから、季節外れな印象があると言っていたのは誰だったか。少し前に来館したお客さんだったっけ。空の真ん中にギザギザ型のカシオペア座を見つけたら、そこから少し西の方を見る。すると特徴的な十字型は、冬の入りにも観察できるのだ。
 人工的な星空は、職場で毎日のように見ているけれど。リアルの空には他の何にも代えられないものがある。―冬の繁忙期を前に(そろそろ家族連れやカップルがプラネタリウムにやって来る時期なのだ)、思い出すのは大忙しだった今年の夏の出来事だ。
 私が当たり前のように見上げている空は当たり前ではないことに気付かされた。本物の星をのぞめない日常を送りながら、それらの光に惹かれ続けている人……プラネタリウムという場所を、好きでい続けている人に出会った。
 食事や睡眠とは違って、星を見ることは生活に必須ではない。それでも私たちは天文現象に魅せられ、その魅力を誰かに伝えたくて仕方がないのだ。
「だから―帰ったら、また頑張れちゃうんですよねぇ」
 もう一度、大きな鳥の姿を目に焼き付けてからお湯を出る。
 あの人にこの宿を自慢、もとい、お勧めしよう……真面目で休み下手らしいあの人も、星がきれいなところならきっと、良い休暇を過ごせるだろう。

ふゆぞらスパ

ふゆぞらスパ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-12-02

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