19 - 2 - 救世主妄想。

一緒に生きることが救うってことだった?
一緒に生きることが救われることだった。
一緒に生きることが救うことなんだから、
きっと私はひとりしか救えない。

相互主義は理想だったわけではなくて、
現実と私で選択肢を潰していって残った、最後のひとつだった。
そのことに、ずっと後になってから気が付いた。


救いたい、だなんて。
誰より弱いお前が、何を。
誰より弱いお前が。
「助け合いたい。」すら言えなかったお前が。


最初に私に近寄ってくれたひとりを未だに離すことが出来なくて、
空っぽの相互主義と、空っぽの心臓置き場の奥にある、
成立しない篤実、不平等な天秤、擦り切り終えた感情の骸を抱き抱える私は、
一切、何があろうと、誰ひとり、救えないだろう。


―――私が救いたかったのは、救いたかったのは、


――――――――


私の方が恵まれていたから、助けないとと思ったのだろうか。
私の方が恵まれているのに、それに感謝することも考えずに。
私の方が恵まれているから、君の痛みをわかれることはなく、
恵まれたまま生きてきたお前を恨んだ。

全て隠すことで平穏を保とうとして、破綻するのは私が先だった。
裏切りへの忌避すら考えられないほど、自己防衛に走った。
別れの言葉も告げない、その身勝手な離別は、私の一方的な裏切りだった。
それなのに、それなのに君は、
_______________。
私はどこまで恵まれていた。
救われたのも、私の方だった。


「人を支えるには、まず自分が強くなければダメなのよ。」

一番最初の、一番大きな裏切りと後悔のあと。
ひとりのリビングで、深夜。
無断で観ていたアニメに出てきた台詞だった。
ベランダに駆け込んで、必死に声を殺した。
ああ、だから、救えなかったんだ、と初めて簡潔に自覚した。


強くなろうとしたらしい。
少ない有り物を不当に喰らって、これから役に立つものに変えようとしたり。
杞憂を杞憂に閉じ込めに行く、強引で独り善がりな行動を許していたり。
年相応の自己陶酔的な期待から間違って、憧れをなぞって声を上げてみたり。
誰にだって近付けて、誰だって近寄れるように、行動全てが自然体になったり。
―――少ない人数なら手が届くだろうかと、そんなことでも考えていたのか。
たまにそんな形跡を記憶やメモ帳の中で見かけて、
その多くは間違っていることに笑いながらも、思い出としてまだここにある。
けれど、贖罪というものが存在しないように、今更、何かが出来たって。


目の前に、翼を広げずに空を飛ぼうとする誰かがいます。
お前は止めたいと思いますか?
そして、止めますか?

―――はい。止めます。


何が出来たって過去の君への意味なんてないけれど、
それが今、手を伸ばしてみない理由にはならないだろ。
これまで誰も救えなかったからといって、
それが今、手を伸ばしてみない理由にはならないだろ。
苦しんでいる全員を救えないからといって、
それが今、手を伸ばしてみない理由にはならないだろ。
死にたいお前に他人を止める権利なんてないけれど、
それが今、手を伸ばしてみない理由にはならないだろ。
ありがた迷惑にしかならないとわかっているけれど、
それが今、手を伸ばしてみない理由にはならないだろ。
薄情にも、一緒に生きましょうと言えなくても、
それが今、手を伸ばしてみない理由にはならないだろ。
本当の意味で救い続けることは出来なくても、
それが今、手を伸ばしてみない理由にはならないだろ。
画面越しじゃ、きっと責任すら背負えないけれど、
それが今、手を伸ばしてみない理由にはならないだろ。
何も見ないように何も聞かないように日常を過ごして、
薄情という言葉では表せないほどに今更だったけれど、

それが今、手を伸ばしてみない理由にはならないだろ。

どうせ救えないとか、どうせ失敗するとか、どうせ半端にしかとか、
私もそう思うよ、心底お前に同意する、けれど、けれど、
それが今、目の前の人に手を伸ばしてみない理由にはならないだろ。
偽善だろうが逃避だろうが、どんなに醜い胸中だろうが、

行動だけが全てだ。


それなのに、
何もしなかった。


―――なぁ、どうしてだよ。どうしてだよ。


救世主(メサイア)妄想家は、妄想だけで満足するようになっていた。


遠く離れた、世界の外から観ていることしか出来なくて。
遺されたものを見詰めて、
手を伸ばそうとすらしなかったことを、心から恥じた。
私も後から続くから、永遠のある場所で必ず謝りに行こうと強く思う。
そんなのに意味なんてなくても。意味などない場所へ行くのだから。

ごめんなさい。
私の時間が終わるまで、考え続けることだけは止めません。
必ず、また逢いましょう。


――――――――


誰も泣かないで欲しい。
全員を救いたい。
地球の裏側から、
平面の内側まで、
全員を救いたい。
全員を救いたい。



誰も救えなかった、そう言って、救世主妄想家は死んだ。

19 - 2 - 救世主妄想。

19 - 2 - 救世主妄想。

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-11-25

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