迎えにきて

 夏休みも終盤に差し掛かったある昼下がり、幼なじみの環から着信があった。

「おう環、どした?」

 宿題を解いていた手を止め電話に出るが、環の返事はない。電波が悪いのだろうか、そう思い再度尋ねてみる。

「もしもし?」

それでも環の声は聞こえない。耳を澄ますと、電話口からはかすかに水が流れるような音がした。ザーッと絶え間なく続くそれは、川が流れる音に似ている。

 その後も何度か呼びかけたが、やはり反応はなかった。一度電話を切ろうと思ったそのとき、突然電話口から声が聞こえた。

「馨ちゃん?」

 声の主は環だった。俺はもう一度スマホを耳にあてがう。

「馨ちゃん、馨ちゃん。聞こえる?」

「聞こえてるよ。お前どこいんだ?」

 環はいつも通り抑揚のない声色で俺の名前を繰り返す。その間も、環の声に混じって川の音が聞こえていた。

「なあ馨ちゃん、迎えにきてよ」

「え?だからどこにいんだよ」

環が答えないので、なんだか俺は不安になってきた。

「わからない。けど馨ちゃんなら、頼れると思って…」

環の背後では川の流れが強まっているようだった。おかげでどんどん声が遠ざかっていく。それとも、環自身が川に近づいているのか?

「迎えにきて」

ゴーッと凄まじい音がして電話が切れた。俺は環の家に走った。


 チャイムを鳴らすと、出てきたのは環本人だった。

「おう馨ちゃん、どした?」

環は拍子抜けして立ち尽くす俺を不思議そうに見る。

「お前、どこいた」

「家にいたけど。さっきまで昼寝してた」

息を整えながら環の顔を見てみると、頬にくっきりと寝跡がついていた。おまけに頭には派手な寝癖まである。

「お前からおかしな電話があったんだよ」

握りしめたままのスマホを開くと、そこにはたしかに着信履歴が残っていた。俺は環の名前と通話時間が表示された画面を見せる。それをしげしげ見つめたあとで、環は口を開いた。

「そういえば俺、夢見たんだよね。全然知らないところ歩いててさ、周りは川とか田んぼばっかですごい暗いの」

川と言われた瞬間、最後に聞いた大きな水音が耳に響く気がした。環の話に俺はただ相槌を打つ。

「公衆電話がひとつあって、そこから馨ちゃんに電話かけた。小銭もないし番号なんか覚えてないのに、どうやって繋がったんだろうね」

 環は神妙な面持ちをしていたが、そう言い終えると歯を見せて笑った。

「でも馨ちゃん、ほんとにきてくれた」

持つべきものは馨ちゃんだな、環は高らかに笑いながら俺の肩をバシバシ叩いた。
ものすごい馬鹿を見せられた気分だが、同じことが起こったとき俺はこいつを迎えにいくだろう。叩かれた分を倍にして返すと、環が本気で驚いたので俺も笑った。

迎えにきて

迎えにきて

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-11-14

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