夕方、家路についていると道に大きな石が落ちていた。立ち止まって見ると、私の手のひらほどの大きさがある。

 石は柔らかな三角形で平たく、暗い灰色をしていた。全体が藍鼠の斑点に彩られ、よく見ると中央のあたりにだけ黒い模様がある。それはどことなく人の顔に見えた。

 石には不思議な愛嬌があった。細められた目、小さな鼻、つんとしたおちょぼ口。頬にあたる部分に細かい斑点があるせいか、気恥ずかしそうに顔を赤らめ俯く乙女を彷彿とさせる。

 この石が車や通行人に弾かれたらと思うと心が痛んだ。そこで私は道の端、電柱の陰になる場所に石をよけて帰った。

 その日の夜、夜中に一雨くると聞いた私は、植え込みを玄関にしまうため外に出た。いくつか鉢を運んだあとだ。ふと庭先を見たとき、塀の向こうに何かが立っているのに気が付いた。

 それは薄灰色の人影だった。妙に背が高く細身で、所々青みを帯びている。真昼の蜃気楼のように揺らめくそのシルエットは女性に見えた。影は何をするでもなく、じっとこちらの様子を窺っているようだった。私が驚いて目を見開くと、影は大げさに身体を揺らし、それからおずおずと頭を下げて暗闇に消えた。

 なんとなく、あれは夕方に出会った石なのだと思う。道の端によけた私にわざわざ礼を伝えに来たのだろうか。石はおろか人影にすらもう会うことはなかったため、真意についてはわからないままだ。

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-11-14

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