DANCE TO YOU

DANCE TO YOU

El mundo hay que fabricárselo uno mismo, hay que crear peldaños que te suban, que te saquen del pozo. Hay que inventar la vida porque acaba siendo verdad

世界はあなたで作らなければいけない。あなたが登る階段を作らなければいけない。そして自分を井戸から助けてあげなければいけない。そしてあなたは自分で人生を切り開かなければならない。なぜならそれは少しずつ現実になっていくから。

Ana María Matute(26 de julio de 1925-Barcelona, 25 de junio de 2014)

酷く且つ烈〈はげ〉しく降っていた雨も、朝を迎える頃にはもうすっかり止んでしまった様で、クーが此処から汽車で三十分の場所にある小さな町の家具屋にて、ついひと月前に購入をしたばかりの深碧〈しんぺき〉色のカーテンを開けると同時に窓を開けると、柔らかな朝陽が森全体をそして湖面を静かに照らしていた。
時刻は午前六時半。
庭先ではディズニー映画に出て来そうな色とりどりの鳥達が庭に植えられた大きな籾〈もみ〉の木で羽休めをしているらしく、各々特徴的な鳴き聲を周囲に響かせている中、もう既にトレーニングウェアに着替えて独り黙々と柔軟体操に勤しむモクレンの姿が其処にはあった。

おはよう、モクレン。

部屋の中からクーが朝の挨拶をすると、モクレンは身体を動かすのを止め、淡々とした口調で、あぁ、おはよう、と返事をし、又身体を動かし始めた。
『スターレス』があった街を去り、此処に辿り着いてから早三年、二人は此のやり取りをもう数え切れない程交わして来た。
化粧品類を綺麗に並べた洗面台から流れる冷たい水で顔を洗い、鏡の前で寝間着からモクレンが羽織っているトレーニング・ウェアの色違いに着替えたのち、瑞西〈スイス〉製の壁掛け時計がコチ、コチ、と正確に時を刻む中、阿蘭陀〈オランダ〉製で青藍色の高価なグラスに注いだ昨日の晩、作り置きしておいた自身の分のバナナ・ジュースを勢い良く飲み干したクーは、口の中にバナナ・ジュースの円やかで甘い香りが湖面に広がる霧の様に広がるのを感じ乍ら、此の小さな家に住む事を決めた時点で既に備え付けられていた根岸色の靴箱の中から、此れ又モクレンと色違いのランニング・シューズを取り出し、しっかりと紐を結んでから其れを履いて外に出た。
紺碧色の扉の備え付けられた玄関の扉をガチャリと開けると、初秋の風がクーの両頬を撫で乍ら茶色く染まった木々の木の葉を音立てて揺らし、ひんやりとした空気が足元に漂うのを感じた。
玄関の鍵を閉め、鍵の付いた束を紺色のショルダーバッグの小さなポケットに入れ、軽く背伸びと深呼吸をし、庭へ赴くと、モクレンは靴を脱いだ状態でタダ同然で譲り受けたと言う経緯を持つ茅色のガーデニング・チェアに腰掛け、鳥達の囀りに耳を傾け乍ら、ぼんやりと空の雲を眺めていた。

今日の調子は?。

まるで子供の玩具よろしく、足元へ無造作に置かれたランニング・シューズを綺麗に揃えた後、クーがモクレンの側へと近付き、整ったカタチをしたモクレンの唇へ朝の挨拶の口付けを落とすと、モクレンはひと言、上々と答え、準備が終わり次第走るから、とクーに告げた。
クーはショルダーバッグを自身が腰掛ける為のガーデニング・チェアにゆっくりと置くなり、其れから二十分、入念な準備運動をこなした。
其の間モクレンはクーのショルダーバッグの中から葡萄味のタブレットを取り出し、其れを口に入れた状態で自身のスマートフォンの電子書籍のアプリを起動させ、『ギリシャ神話集』に眼を通していたのだが、クーの準備が終了した事を確認するや否や、脱いでいた靴を履き乍らスマートフォンをショルダーバッグの中へと放り込み、いくぞ、と言って颯爽と走り出した。
クーはモクレンから受け取ったショルダーバッグを肩に掛けると、風に煽られて溢れ落ちた木の葉が舞い散る中、凛々しさと情熱の漂うモクレンの後ろ姿を追いかけた。
二人の目的地は湖の畔にある観光客も含めた湖を訪れる人間達の憩いの場であるステージ付きのレストラン『ヴァーグ』〈仏蘭西語で「波」の意〉で、『ヴァーグ』から徒歩で十分程の距離にある町からぞろぞろとやって来るランナー達、或いは散歩者達に混ざって湖畔の周囲に造られているコースを陽光を浴び乍ら走ったのち、『ヴァーグ』に於いて朝食を嗜むのが二人の習慣であり日課であった。
でもって家を出てからは勿論の事、コースを走っている間、お互いに交わす言葉は全くと言って良い程無く、精々道行く人間達から挨拶をされたら其れに反応をする位なモノであり、湖を眺め乍ら食事が嗜める窓際の席に腰掛けて食事を始める迄、二人の間に淡々とした空気が流れるのが常だった。

いらっしゃいませ。
お好きな席へとどうぞ。

ランニングを終え、火照ったまゝの身体を冷ます様に呼吸を整え乍ら歩いて店内に入った二人にそう聲を掛けて来たのは、つい最近此の土地へやって来たばかりらしい、琥珀色の照明の下で金髪が良く映える新人の女性店員だった。
店内に設置された木製のスピーカーからポール・ハモンの『サンデー,マンデー,オールウェイズ』が流れる中、さり気なく互いの手を繋いだ状態で窓際の席へと移動をすると、窓の外では湖の方からボートに興ずる者達の姿があり、聴こえて来る会話の言葉から察するに、其れ等の人々は皆他所からやって来た観光客らしかった。

早速ですが御注文は?。

クーのショルダーバッグから取り出した揃いの青磁白色のフェイスタオルを使い、二人が額に浮かべた汗を黙々と拭っていると、先程の女性店員が伊太利亜語訛りの英語で聲を掛けて来た。
無理に英語で喋らせるのも酷な話だろうと思ったモクレンは、使い終えたばかりのフェイスタオルをクーに手渡しつゝ、パラパラッと捲ったメニューに記載されているパンの項目を右手の人差し指で指差すなり、伊太利亜語で、此処に載っているパン全部、サーロインステーキ、南瓜スープ、生ハムとアボカドのパスタ、サーモンとディルのサラダ、チキンパエリア、飲み物はカプチーノ、デザートはカッサータ・シチリアーナ、今言ったメニューが私の分、でもって私の戀人には鯛の柑橘風味カルパッチョ、たっぷり野菜のミネストローネ、ガーリック・トースト、フリッタータ(伊太利亜風オムレツ)、飲み物は珈琲、デザートはパンナコッタを其々一つずつ、と新人の女性店員に流暢に告げた。
東洋人と思われる人物から流暢な伊太利亜語で喋られた事に対して驚きを隠せなかったらしい女性店員は、必死になって浮かべていた
作り笑顔を解き解し、夏の日の向日葵を彷彿とさせる笑顔を浮かべつゝ、優しい雰囲気の聲色で、畏まりました、と返事をし、メモを片手に奥へと引き上げて行った。

良く言ったモンだね。
雀百迄とは。

畳終えたばかりのフェイスタオルをショルダーバッグに入れ終えたクーは、モクレンが女性店員に施した咄嗟の優しさに対し、そんな反応を示した。
自身が文字通りの流民として日本へやって来たばかりの頃の事を思い出し乍ら。

本末転倒だからな。
喋る事ばかりに気を取られていては。
だから私なりに手を差し伸べた。
ただ其れだけの事だ。

あっけらかんとした表情でそう述べたモクレンは、其の儘物憂げな表情と視線を外へと向けた。
暫くすると其々の飲み物が運ばれて来て、其れを皮切りに次から次へと注文した料理が運ばれて来たのだが、モクレンは淡々とした表情で次から次へと其れを平らげ、あっという間にデザートに迄到達した。

此の後の予定なんだけれど、町の雑貨屋にでも寄って行こうよ。

レモネードを半分飲み干したクーが言った。

何か買うのか?。

二皿目のカッサータ・シチリアーナを食べ乍らモクレンが質問をすると、クーは右手に握りしめたグラス越しにモクレンをじっと見つめ乍ら、まぁ、其の積り、と答え、グラスを真四角のテーブルに置くなり、窓から差し込む陽光を浴びて銀色に鈍く光るスプーンでパンナコッタをひと口掬って、モクレンの口許迄其れを運んだ。

良いだろう。
私も欲しい物が見つかるかもしれない。

そう言って最後から二つ目のカッサータ・シチリアーナを右手で掴んだモクレンは、先程の御返しとばかりに、ん、と其れをクーの口許迄運んだ。
クーは其れを咀嚼し乍ら、有難う、と返事をするや否や、気付けば最後のひと口となったパンナコッタと共にレモネードで胃腸の中へと流し込んだ。

新しく入って来た子に優しくしてくれたんだってね、さっきチラッと耳にしたんだが。

所謂電子決済に於いて朝食の会計を済ませたのち、モクレンに向かって黒縁の眼鏡を掛けた赤毛の蘇格蘭〈スコットランド〉人が言った。
彼は初めて二人が此処へ来店して以来、良く話しかけてくれる人物の一人だった。

訊く所によれば彼女、ダンサーの卵らしい。
若し力になれる機会があれば力を貸してやってくれないだろうか。

見返りは?。

檸檬味のガムを噛み乍らモクレンが言った。

デザートの試作品を作った際、君と君の戀人を招待しよう。
所謂「特別審査員」として。

大きく出たな、「特別」とは。
分かった、今度の週末の夜にでもレッスンしてやろう。

良かった。
では今日も良い一日を。

あぁ、良い一日を。

モクレンは鸚鵡返しをするなり、後で彼女に手渡しておいてくれ、料理美味かった、と言って高額のチップを手渡し、レストランの外へ出た。

何か話し込む事でも?。

駐車場に停車している色とりどりのレンタカーらしい数台の車両を眺め乍らクーの側へとやって来ると、たった今横切ったばかりの赤色の自販機で購入をしたらしい未開封のミネラルウォーター二本をショルダーバッグに詰め込み乍らクーが言った。

我々の接客を担当してくれたあの女性にダンスを教えてやってくれと依頼された。

で、引き受けたみたいだね。
其の満足そうな表情から察するに。

あぁ。
向こうから提示をされた、二人して試作品のデザートの「特別審査員」として招待すると言う見返りを呑んだ上でな。

クーが差し出した右手をそっと握ったモクレンは、町へ向けてゆっくりと歩し出した。

役割を果たせるかは兎も角、メンバーに加えて貰えた事は迚も名誉なお話だね。

メンバーと言えばお前もレッスンに参加して貰うからな。

何処迄やれるか分からないけれど、お手柔らかに頼むよ。
無論、彼女にも。

相変わらずの強引さに対し苦笑いを浮かべたクーは、了承の意味も込めてモクレンの左手をぎゅっと握り返した。
目的地の雑貨屋『オラツィオ』〈葡萄牙語で「祈り」の意〉は築四十年の駅舎の側にあった。
カランコロン、と言うベルの音を響かせ乍らクーが扉を開けると、先祖は其の昔、露西亜革命の際に革命勢力からの弾圧を逃れ、国外へ逃亡した没落貴族だったと言う経緯を持つ白髪の店主は加奈陀〈カナダ〉製だと思われるロッキング・チェアに腰掛け、見るからに高価な英國製のスピーカーとレコード・プレイヤーからセロニアス・モンクの『スウィート・アンド・ラブリー』を流し乍ら、英訳された吉川英治の長篇小説『新平家物語』を読み進めていたのだが、客がやって来た事に気がつくと、咥えていた仏蘭西製の紫煙を安っぽい鉄葉〈ブリキ〉製の紫煙の上でぐちゃぐちゃと揉み消し、本に自作の栞〈しおり〉を挟みつゝ、二人に対し、いらっしゃい、と呟く様に言った。
広さ十畳程の店内には小さい物はアクセサリーから大きい物は壺迄置いてあり、天井に設置されたシーリングファンからの暖かい風がクーとモクレンの髪をふわりと揺らす中、ああ、此れだよ、此れ、と言い乍らクーが立ち止まったのは、其の気になれば何処にでも売っていそうな純白の衣装を纏った脚の長いバレリーナのオルゴールの前だった。

此れ、何処に飾るんだ?。

クーの干支である兎の箸置きを手にしたモクレンが言った。

そうだな、寝室になんて如何だろう。
セレナーデにぴったりだと思うんだけど、君のお昼寝の際の。

そう言ってクーは店に入る迄モクレンの左手を握っていた右手でモクレンの頭をポンと撫でた。
其の様子はまるで母親が育ち盛りの子供の頭を撫でる様に似ており、頭を撫でられ乍らモクレンは、何とも言えぬ気恥ずかしさを感じ乍ら、あゝそうだな、と言った。

良い商品を選ばれましたな。

レジに商品を持っていくなり、店主が二人に向かって言った。

知り合いの鑑定士曰く、此のオルゴールはさる大家のお嬢様が自身の二十五歳の誕生日の際に拵えさせた物らしく、此のオルゴールを拵えた若い職人は其れがキッカケでお嬢様と結婚する事が叶い、末永く幸せに暮らしたと言う言い伝えがあるそうで。
以来此のオルゴールは俗に言うベストセラー商品なんですよ。

へえ。
まるでお伽噺みたいだ。

クーの指定により、紫色のリボンで結ばれたオルゴールを受け取り乍らクーが言った。

因みに私が家内と結婚出来たのも、此のオルゴールを家内が手に取った事がキッカケでしてねぇ。
正直な話、其の頃は商賣の事で何かとてんてこ舞いだった事もあり、其の忙しさに感けてオルゴールの事は勿論、言い伝えの事もすっかり忘れていたのですが、言い伝えも莫迦には出来んなぁ、と思わず感心をしたものですよ。

其れは素敵なお話だ。

生憎とあなた方二人が如何言う御関係かは深く存じ上げませんが、お幸せに暮らせますよう祈っております、誠に微力乍ら。

有難う御座います。
オールゴールと箸置き、大切に扱いますね。

クーが御辞儀をすると、其れに釣られる様にしてモクレンも、店主に対し、箸置きの入った袋片手に静かに其の頭〈こうべ〉を垂れてみせた。

又何か買いたい物があれば、何時でも此処へお寄り下さい。
日曜日は勿論の事、晴れの日も雨の日もそして雪の日も店は開いておりますから。

雑貨屋を去った後、二人は元来た道をゆっくりと歩き始めた。
湿度が高い日本だと、自分達も含めて半袖を羽織っている訳だが、此処は湿度が低く何より山が近いと言う事もあり道行く人々の殆どは皆早々と夏服から秋服へと衣替えを済ませている様子だった。

短い秋が終わったら、直ぐに冬がやって来るね。

箸置きとオルゴールの入った白い紙袋を左手に持ったクーが言った。

今年も一段と冷えるだろうから、秋服と一緒に冬服を出さなきゃ。

後コタツもな。
アレが無きゃ冬は過ごせないし、況してや楽しむ事も出来ない。

新しい檸檬味のガムを噛み乍らモクレンがそう呟くと、温まると言えば、薪の方は大丈夫だよ、此の前業者さんに注文をした分が山の様に積んであるから、とクーはモクレンに報告をした。
モクレンは此の土地で迎えた初めての冬と聖誕祭〈クリスマス〉の晩、クーと一つの毛布に包まった状態で事前に用意をしたワインとお摘みを嗜み乍ら、チャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』、フィリップ・ヴァン・ドーレン・スターンの『素晴らしき哉、人生』、ヴァレンタイン・デイヴィスの『三十四丁目の奇蹟』と言った古典的な聖誕祭映画同様、聖誕祭映画の名作として誉れ高いクリス・コロンバス監督作品『ホーム・アローン』シリーズ、ノーラ・エフラン監督作品『めぐり逢えたら』『ユー・ガット・メール』と言った所謂定番の戀愛映画を観た事を思い出し乍ら、今年の聖誕祭はスケートリンク場に赴くのも良いかもしれない、クラシックを聴き乍ら氷上を滑るのは迚も気分が良さそうだ、と聖誕祭デートの提案をした。

スケートか。
最後に滑ったのは皆んなに送別会をして貰った時だったよね。

「皆んな」とはカスミ、柘榴、玻璃、青桐、と言ったチームCのメンバーの事で、クーとモクレンが日本を旅立つ一週間前、各々忙しい中何とかスケジュール調整をし、スケート場に赴いたり、或いは雪合戦をして皆んなして雪に塗れたり、そして夜は居酒屋のワンルームを貸し切って名残の酒と肴を嗜んだり、と言った様な送別会を彼等四人の奢りで楽しんだと言う大切な想い出がクーとモクレンにはあった。

身体が感覚を思い出す迄、とことん付き合ってやるさ。

あっけらかんとした口調と表情でモクレンがそう「宣言」をすると、君がただ単に滑り倒したいだけだろう、と苦笑いをしつゝ、楽しみにしているよ、君の個人教授、と言った。
其れと同時にクーは、其のデートの際に新しいマフラーをプレゼントしようとも考えた。〈終〉

DANCE TO YOU

DANCE TO YOU

季節は巡る。想いも巡る。 そして今、新しい物語が幕を開ける。 そんなクーモク小説。 ※ 本作品は『ブラックスター -Theater Starless-』の二次創作物になります。 ※腐向け要素,独自設定あり。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-10-25

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work