仕掛けて仕損じなし

仕掛けて仕損じなし

はらせぬ恨みをはらします
許せぬ人でなしを消します
いずれも人知れず
仕掛けて仕損じなし 
人呼んで仕掛人
ただしこの稼業
江戸職業づくしには
載っていない

『必殺仕掛人』より

ねぇ、旦那。
今度は何時遊びに来てくださるんです?。

そうさなぁ、今度の縁日の夜にでも遊びに来てやるさ。

そんなら簪でも櫛でも構わないから、土産物を買って来てはくれませんかねぇ。
姪っ子達が遊びに来た時にお土産を持たせてあげたいから。

おやおや。
裏の世界じゃ般若と恐れられる程、情け無用が売り物のおめぇの口から、そんな殊勝な科白を聴く日が来るたぁな。
香典の準備でもしとくとするか。

何を縁起でも無い事を。
そっちこそ闇夜に足を取られて、なぁんて無様な真似は止してくださいよ。

無様な真似・・・か。
確かに儂〈わし〉の様な十手持ちがあっさりとくたばるのは無様な真似だな。
ま、お互いに長生きをしようぞ。

般若のお峰と八丁堀同心・斎藤源八郎が、此の様な他愛無い会話をお峰が万事全てを仕切っている小間物屋『美濃屋』の別宅の玄関先にて交わしたのは、いよいよ藤の花が咲き乱れようかと言う暖か且つ穏やかな季節の事であった。
そこそこに名の知れた小間物屋の別宅へ、八丁堀が無闇矢鱈に且つのこのこと出入りをする。
其れも夜分遅くに、である。
本来ならお咎めを喰らってもおかしくは無い筈の不適切な行為。
併し乍ら、天下が金の回りもの、などと言う文句が堂々と罷り通る世の中では、其の気になれば金を使って幾らでも誤魔化しが利く事も相俟って、此の行為を咎めるどころか、陰で羨ましがる者すら居るのも又、事実であった。
源八郎を見送ったのち、お峰は喉の渇きを潤す為、表向きの顔は口入屋、裏の顔はタチの悪い女衒達の「お頭」として裏の世界に於いて幅を利かせている自身の父・戸田屋数右衛門を通じて雇った新しい住み込みの女中のおゆきに対し、寝所へ酒を運ぶ様命じた。
そして自身はついひと月前、知り合いの大工の若棟梁が花札でこさえた十両もの借金を肩代わりしてやる代わりに、相場よりもうんと安価な料金で雨漏りがするのを修復させたばかりの厠〈かわや〉へと足を向けると、月明かりを頼りに、軽い足取り且つ鼻唄混じりで庭を横切った。
いずこで打ち鳴らすか遠寺の鐘がお峰の耳に入ると同時にお峰が慣れた手付きで厠の扉をひょいと開けた瞬間、お峰の身体は暗澹〈あんたん〉たる厠の中の闇に潜んでいた人物の左手によってグッと力強く引き込まれたかと思うと、其の人物が口に咥えていた針がお峰の綺麗な頸〈うなじ〉にグサリと刺さり、其の瞬間、お峰は静かに息絶えた。
闇に潜んでいた人物がお峰が息絶えた事、そして扉の隙間から周囲に誰も居ない事を確認するや否や、素早い足取りで其の場から姿を消した丁度同じ頃、源八郎はもう一人の別宅に住み込みで働いている女中のお仲が用意をしてくれた提灯の僅かな灯〈ともしび〉で地面を照らし乍ら、物寂しい川沿いの道をお峰よりも歳の若い馴染みの女郎の居る岡場所へ向けて独りとぼとぼと歩いていた。
別宅にて髭を剃ったばかりの両頬を暖かな夜風がサッと撫でる中、道の向こうから自分と同じ様に提灯を持った人物が此方へやって来る事に気が付いた源三郎は、何時もの癖で身構え乍ら歩みを進めていたのだが、件の人物が何かと手柄に執着をしない事で有名な同僚の豊岡蘇鉄である事に気がつくと、警戒心を解き、仏像の様にニコニコと柔らかな笑みを浮かべ乍ら、やぁ、どうも、御見廻りご苦労様です、と蘇鉄に聲を掛けた。
其れに対し蘇鉄は、彼独特の何とも言えぬ冷たさを含んだ笑みを源三郎に向けて静かに浮かべつゝ、なあに、其方こそだいぶ「お盛んな」御様子で、と如何にも此の男らしい聲の掛け方を源三郎にしたので、こゝろの中で源三郎は思わずムッとした気持ちになったものの、其れを何とか押し殺し、いやはや、手厳しいとは此の事じゃ、と言って其の場を其の場を立ち去ろうとした。
が、其の際源三郎はすっかり失念していた。
蘇鉄に対し、自身の背中が「がら空き」である事を。
そして蘇鉄がお上から十手捕縄を預かる身乍ら、実は闇の稼業に手を染めているのではないか、と言う「噂」を以前、自身の仲間でありお峰の弟分にあたる盗賊の鬼一郎の口から聞いた事を。
提灯の火を吹き消して、其れを夜露に濡れた地面へと置いた蘇鉄は、素早く自身の刀を鞘から抜くなり、源三郎の背中めがけ、勢いよく刀を振り下ろした。

ぎゃ…ッ!。

悲鳴とも叫びともつかぬ音を響かせた源三郎は、提灯を手に持った状態で、其のまゝ川縁を転がり落ちて行き、そして死んだ。
蘇鉄は懐紙で刀にべっとりと纏わり付いた血を丁寧に拭き取るや否や、紫煙を吸う際に使う火打ち石で今一度提灯に火を点けると、源三郎が歩いて来た方向へと道を急いだ。

『美濃屋』の親爺、内心はほくそ笑んでいる事でしょうな。
何せお峰を後添いに迎えてからの四年間、生かさず殺さずの隠居生活を「みっちり」強いられていたのですから。

時は流れてお峰の初七日もとうに過ぎた縁日の晩、蘇鉄とお峰を仕掛けた人物は、「仕掛人」の元締である伊勢屋久兵衛の招きに預かり、日頃久兵衛が自身の隠れ家として使っている料亭『やまぶき』の離れにて、ささやかな酒宴を催していた。

元はと言えば、お峰の表の顔にすっかり騙された親戚連中が何の相談も無しに持ち込んで来た望まぬ後添い話。
況してや当代の『美濃屋』さんは先代の肝入りで婿養子に迎えられたは良いものの、先代がお元気だった頃から、何かにつけてお飾り扱い、冷や飯食いを強いられて来た御立場の人物、其の辺りの内情を良く知る商賣人達は皆口々に、今日に至る迄、さんざっぱら虐め抜かれて来た『美濃屋』の旦那からしてみれば、涙を流すどころか、清々したこゝろ持ちでしょうよ、と陰で噂しているそうな。

久兵衛は蘇鉄がお猪口に注いでくれた酒をゆったりと味わうと、右手に握ったお猪口をお膳に静かに置いたのち、久兵衛曰く、相場よりも倍の値段を支払って拵えさせたのだと言う大内塗りの箸で挟んだ鰹節の載った豆腐を口に運んだ。

口の悪い輩の中には、二度ある事は、と宣うのも居るらしいが、三度目の正直と言う言葉もある、今度こそ良い嫁御を御引き当て為さる事だろうよ。

そう言って久兵衛は、紺色の小鉢に添えられた胡瓜〈きゅうり〉の御漬物へと箸を伸ばすや否や、其の歯応えを楽しむかの様に、バリボリと咀嚼音を響かせ、蘇鉄が新たに注いだ酒を今再び勢いよく呑み干した。

『美濃屋』の話はもう其の辺りにして、次の仕掛けの話をしてくだせぇな、元締。
まさか、退屈な世間話をする為にあっしら二人を此処へ呼び出したって言う訳じゃあ無いんでしょう。

痺れを切らしたと言わんばかりに会話の輪の中へと勢いよく飛び込んで来たのは、柱に凭〈もた〉れ掛かり乍ら胡座を掻いて酒を呑んでいた表向きの顔は役者で通っている市川黒曜であった。

はっはっは。
いやいや、悪かった、悪かった。
さてと、お前さんの言う退屈な世間話は此処いらで御開きにするとして、「お待ちかね」の次の仕掛けに就いて話をしておこう。
次に仕掛ける相手は黒曜さん、お前さんの同業者の大沼助五郎、助五郎を取り巻いている連中の中でもいっとう力と銭を持っている上州生まれ上州育ちのやくざ者の天狗山安右衛門、表向きは助五郎の御同輩、裏じゃ押し込みを働く事で名の売れている大宮玄九郎、流山清十郎、真砂七郎次、葛飾金四郎、時津弁之助。
とまぁ、今ズラズラッと名前を並べた連中が今度仕掛ける連中になる訳だが、どうだ、やってみる気はあるかね、此の大仕事。

役者にやくざに白浪か。
まるで年の瀬の大掃除ですな。

腕組みをし、眼を瞑っていた蘇鉄が眼を見開き乍ら言った。

前金で百両、後金でもう百両。
無論此れだけの大仕事だ、幾ら腕の良いお前さん達でも骨が折れるだろうと思って、助っ人と言ってはナンだが、新しい人間を雇う事にしたよ、もうそろそろ、此処へ来なさる筈さ。

久兵衛の言う所の「新しい人間」が、『やまぶき』で働く女中達の中でも、古株に当たる女中のお島の案内で三人の前に姿を現したのは、久兵衛がそう言い終えると粗同時の事であった。
昼間は勿論、夜道なら尚更目立つであろう紫色の着物に身を包んだ其の人物は、神妙な顔つきで一堂にこうべを垂れたのち、鶴屋木蓮と申します、と自身の名を名乗った。
そしてお島が用意をした座布団の上にゆったりと腰掛けると、急ぎ足で此処へやって来た事の証と言わんばかりに額へ浮かばせていた汗を、懐から取り出した紺色の手拭いでそっと拭き取った。

お料理、直ぐにお持ちいたしますから。

お島が其の場を去ると、見ての通り、野郎ばかりの味気ない席だが、どうぞ気を楽にしなせぇ、と久兵衛が木蓮に聲を掛けた。

へぇ。
役者を名乗っていて、其の名を知らねえって奴ぁ、モグリだトウシロだって揶揄われる位〈くれ〉ぇ、名前〈めぇ〉の知れた鶴屋御一党の御曹司が、御仲間だったとはね。
世間様は広いようで案外狭いたぁ、正に此の事ですな。

先程迄柱に凭れ掛かっていた黒曜は、まるで熊が動き出す様に其の場からのっそりと立ち上がって木蓮の側へ近付くと、ご挨拶がてらと言わんばかりに木蓮が右手に握ったお猪口へ酒をちょぼちょぼと注いだ。

世間様同様、御曹司、と囃し立ててくれるのは大いに結構だが、私とて所詮は一人の人間に過ぎぬことをお忘れなき様。

そう言って木蓮は釘を刺す様な目付きで黒曜に視線を送り、注がれた酒を一気に飲み干しした。

此奴ぁ、頼もしい。
元締、良い買い物をなさいましたな。

黒曜がニヤリと笑みを浮かべ乍ら、今一度柱に凭れ掛かる様にして腰掛けると、ま、何にせよ役者は揃った訳だ、一つ頼むぜ、と言って久兵衛が差し出した百両を受け取るや否や其れを懐に入れ、むくりと立ち上がった。

おや、もうお帰りの時刻かね、蘇鉄さん。

久兵衛が言った。

明日も朝から駆けずり回らねばなりませんでな。
何かあれば直ぐにお伝えします故、では拙者は此れにて退散仕る、御免。

蘇鉄が部屋を出て行くのと入れ違いに、お島が料理を運んで来た。
そして誰に言うともなく、相変わらず掴み所に欠けるお方ですわねぇ、蘇鉄さんと言うお方は、あんな呑気な御性格で宮仕いが務まるなんて、御奉行所と言う所は我々が思っているより数倍も働き易い場所の様で、と皮肉交りに呟き乍ら、下手に音を立てぬ様に配慮をし乍ら、空になったお銚子と食器達を朱色のお盆の上へと載せていった。
尚、用意された料理は穴子と採れたての山菜の天麩羅、炙り鰹、大根おろし、蒲鉾、白菜の漬物、冷奴、味噌汁、白米、と言う簡素乍らも味わいの深い料理ばかりであった。

まぁまぁ、そう毒づいてやりなさんな、お島さん。
あゝ見えて案外真面目なお方なんだから。

久兵衛はそんな風にして遠慮無しなお島の事を宥め賺〈すか〉すと、そう言う事にしておきましょう、そう言う事に、と軽い口調で言ってから、お島は今一度奥へと下がった。

あの様な口の利き方をして、酷く無遠慮な女だとお思いに為っただろうが此の年寄りに免じて赦してやってくれ。

お島が出て行った後、久兵衛はそんな事をモクレンに言った。
モクレンは久兵衛の言葉を聞き乍ら、色々な人間あっての「こちら側」ですから、と良くも惡しくも悟りきった言葉を述べると、腹が減って堪らないと言わんばかりにばくばくと眼の前の料理を平らげ始めた。
其れを見た久兵衛は黒曜に黒曜の分の前金百両を手渡すと、見合いの席みたいな事を言う様で悪いが、後は二人でごゆっくり、とまるで長屋の隠居の様な別れの挨拶を述べてからさっさと部屋を出て行った。

さてと、飯を喰らっている最中で申し訳ねぇが、「本題」に入らねぇとな。
実は此れから一つ「片づけ」に出向こうと思っているんだが、着いてくるか?。

黒曜の言葉を聞いた瞬間、木蓮は表情を役者の顔から殺し屋の顔へと変えた。
其の様子を垣間見た黒曜はゾクゾクとさせられると同時に、木蓮が単なる伊達や酔狂で自分達の仲間になったのでは無い事を直ぐに悟った。

行く。

木蓮は二つ返事で黒曜からの「御誘い」を了承するや否や、茶碗の白飯を茶漬けにして素早く腹の中へ流し込み、壁に耳あり障子に目あり、話は店の外で、と言って、スクッと立ち上がった。
流石は売れっ子の役者で且つ日々身体及び体幹を鍛えている事もあってか、「一応」の同業者である黒曜の眼から見ても、ただ其の場に立っているだけできっちりと絵になる役者とは正に此の事か、と想わせる或いは感じさせる美しさそして凛々しさが窺えた。

天狗山の旦那、今夜はめっきりツキがありませんでしたねぇ。
おらも粘ってはみましたが、ついぞ取り返す事は出来ませんでしたよ。

久方ぶりに本気の勝負と洒落込んだ花札に於いて、良い結果を導き出せなかった天狗山安右衛門に対し、慰める様な口調でそう述べたのは、此処最近、安右衛門の子分になったばかりの吉太郎と言う百姓暮らしに耐えかねて故郷の村を出て行ったのち、江戸に出て来て博打うちの真似事みたいな事をしていた所を安右衛門に拾われた若干二十三歳の若輩者だった。
彼等は上州生まれ或いは上州育ちの人間だけが参加を許された三ヶ月に一度、嘗ては名のある御旗本が所有をしていたものの、其の御旗本が今をさる事丁度十年前の今時分、巷で言う所の「しくじった」結果、御役目御免と相成って以降は誰も手をつけない土地扱いになっていたのを安右衛門と其の仲間達が裏で色々と手を回し買い上げたのだと言うこじんまりとした庭付きの屋敷に於いて酒盛りがてら花札博打に興じた其の帰路にあった。
本来であれば数人の子分達を用心棒代わりに引き連れ歩くのだが、世間の眼を憚って集まる以上、人目に付く事は罷りならない為、提灯持ちをさせる人間にしても、「やくざ」らしからぬ顔立ちと身体つきの人間を態と選んでいるのだった。

莫迦野郎。
二回りも歳が離れていて、尚且つ駆け出し者〈モン〉のお前さんに慰められる程、此の天狗山安右衛門、耄碌〈もうろく〉した憶えはねぇや。

へへ、流石はおらが見込んだ旦那だ、そう来なくっちゃ張り合いがねぇってモンだ。

けっ、洒落臭いにも程があらぁ。

安右衛門がそうボヤくと、暖かな春風が頬を撫でた。
少々乍ら酒を呑んでいる事もあり、安右衛門は思わず、良い心持ちだな、と呟くと、紫煙が吸いたくなって来た。
此の男は大の紫煙吸いで、何かと言うと紫煙を吸わずには居られない部類の人間だった。
安右衛門の聲に気が付いた吉太郎がへい、と懐から使い古しの火打ち石を取り出そうとした其の瞬間、吉太郎の眼から見て死角となる曲がり角から飛び出して来た人間に思い切り体当たりを喰らわされ、ガクッと其の場に崩れ落ちた。

畜生。

自身の眼の前で何が起こったかを直ぐ様悟った安右衛門は、直ぐ様其の場を駆け足で逃げようとしたのであるが、吉太郎に体当たりを喰らわせた人間とは又別の人間に弁慶の泣き所と顔面を蹴り飛ばされ、あっと思った瞬間には頸に針、喉笛に扇子に仕込んだ刃、と言う具合に攻撃を与えられ、呆気なく斃れた。

此れで先ずは一人片付いた、と。

骸になった安右衛門の丸顔に対し、片手拝みをし乍ら、用心の為と称し、手拭いで顔を隠した黒曜がそう述べると、木蓮はボヤボヤしているとお前も殺すぞ、と言い乍らまだ火の消えていない吉太郎の持っていた提灯の火を勢い良く吹き消し、七日後の夜、吉興〈きっこう〉寺の門の前で会おう、其の時には例の八丁堀も連れて来い、では、と言って底知れぬ闇の中へ姿を消した。
博奕打ち達の間では勿論の事、所謂表稼業の世界に於いても其の名を轟かせていた人間があっさりと「闇討ち」された事は、世間を騒がせると同時に風紀を乱すと言う意味で「眼の上の瘤」扱いをしていた奉行所にとっては吉報だったらしく、安右衛門配下の子分達は勿論の事、安右衛門と関わり合いを持っていた人間達は、例え野良犬紛いの乱暴者であろうと或いは物持ちだろうと片っ端から捕縛され、良くて追放又は島流し、悪くて市中引き回しの上即日磔獄門と言う具合に裁きを下される事に為るのだが、追放と為った人間の中には吉太郎の姿もあったとかなかったとか。

併しまぁ、人の眼を避ける為とはいえ、こんな時刻にこんな場所へ人を呼び出すたぁ、良い趣味してやがるぜ、彼奴も。

だだっ広く且つ巨大な吉興寺の門の側に腰掛けていた蘇鉄がそうボヤくと、杓子定規で生きている人間にゃ向いてねぇ世界で生まれ育った人間だ、此方の都合に合わせろって言う方が酷な話だろうよ、と同じく腰掛けていた黒曜が述べたのは、久兵衛に依頼され、去年の夏頃から安右衛門の身辺を探っていた黒曜の手引きによって木蓮との「共同作業」を経て安右衛門を仕掛けた晩からきっかり七日経った晩の事である。

妙な所で肩を持つじゃないか。
さてはお前、御曹司の色香に迷ったな。

蘇鉄がそんな風に黒曜の事を茶化すと、黒曜はほんの少しだけバツの悪そうな顔を蘇鉄の前に晒し乍ら、悪い癖だぜ、人の事をとやかく言うのはよ、と言って、煙管から紫色の煙をぷかぷかと吹かせた。

相変わらず姦〈かしま〉しいな。
お宅ら本当に殺し屋か?。

そう言い乍ら駆け足でやって来た木蓮に対して蘇鉄は、軽薄な生き方を選んでいるからこそ仕掛人なんて言う危なっかしさしかねぇ商賣に首を突っ込んで居られるのさ、と言い返した。

御二方、御巫山戯〈ふざけ〉は其処迄だ。
さっさと話し合って帰ろうぜ。

木蓮は黒曜が会話を仕切る事に対し、ほんの一瞬だけ苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたが、此処で又話を混ぜこぜにする訳にも行かなかったので、鐘が鳴り響く中、門の太い柱に身体を凭れた状態で話し始めた。

今日から五日後の晩、助五郎が取り巻きを連れて偸みを働く計画らしい。
場所は此処から数軒と離れていない場所にある両替商の『朱雀屋』で、連中の狙いは土藏の中で眠っている三千両の大金だ。

そう言って木蓮が懐から取り出したのは、嘗て『朱雀屋』で手代として働き、現在は芝居小屋の大道具を扱う立場にある幸吉と言う人物の証言を頼りに作らせた『朱雀屋』の地図で、木蓮は巻物でも扱うかの様な丁寧な手付きで地図を黒曜と蘇鉄の前に広げてみせた。

見ての通り『朱雀屋』の敷地の広さは武家屋敷程の広さだ。
が、所詮は呑気な面構えをした女好きの二代目が仕切る店だけあって、肝心の戸締まりは素人の眼から見ても穴だらけと言って良い様で、連中、其処に眼を付けて『朱雀屋』を狙う事にしたらしい。

となると誰か内通者が居たんじゃねぇのか。
後、藏の鍵を拵える腕を持つ人間が。
此れだけの大仕事、幾ら腕の良い白浪達だろうと、てめぇ達の勘だけで、と言う訳にもいくめぇ。

解り易い様赤い丸で囲まれた土藏の所に視線を向けた黒曜が言った。

其の件に関しちゃ、思い当たる節があるぞ。
ひと月程だったか、腕利きの鍵職人だった藤三郎と『朱雀屋』で働いていたと言う女中のお絹と言う女の心中事件があったんだが、お絹と同じ頃に店に入って親しくしていたこすずと言う女中が言うには、お絹と藤三郎は確かに仲が良かったが、二人とも心中なんて真似が出来る程の度胸は無い、きっと誰かに唆されて死んだに違いない、だそうな。

蘇鉄は淡々とした口調で自身の持ち合わせている「駒」を披露すると、紫色の煙を燻らせ
た。

使い倒すだけ使い倒して、目星がつきゃあ後は用済みってか。
良くある話と言えば良くある話だな。

兎にも角にも目星は付いた。
では又五日後、『朱雀屋』で会おう。

話したい事は話し終えたと言わんばかりに地図を畳んで懐に入れた木蓮は、此処に来る迄被っていた玄色の笠の顎紐を結び直すと、何時ぞや同様、素早い駆け足で深い靄〈もや〉の中へと消えて行った。
紫色の煙越しに黒曜が木蓮の後ろ姿を眼で追い掛ける中、小半刻〈こはんとき:三十分〉を告げる鐘が鳴った。
其れと同時に其の場で大きく背伸びをした蘇鉄は黒曜に向かって、良いのか、追っかけなくても、と揶揄う様な事を言うと、左手に持っていた煙管を漆黒色した上等な造りの紫煙入れの中へと納め、慣れた手付きで紫煙入れを懐に戻した。
黒曜は静かに煙管の火を消すと、そんじゃ御言葉に甘えて、と言って煙管を懐に捩じ込むなり、急ぎ足で蘇鉄の前から姿を消した。

人の恋路を
邪魔する奴は
馬に蹴られて
死んじまえ、か。

巷で流行りの都々逸を独り呟いた蘇鉄は、欠伸を噛み殺したのち、自身の家の方向へと歩き出した。
軈て五日後の夜がやって来た。
其の日『朱雀屋』の戸締まりを担当したのは一番番頭の時次郎以下五名の男達で、時次郎は兎も角、五名の男達は此処の所、酒は勿論の事、良い女にも縁が無いらしく、何となく覇気が感じられ無いまゝに戸締まりを済ませて、自分達の寝床へと入った。
時次郎が一番頼りにしている職人上がりの重太郎以外は。
重太郎は他の者達が寝床に入ったのを確かめるや否や、密かに纏めていた自分の荷物を持って忍び足で外へ出向き、一旦閉じた裏口の鍵をゆっくりと開けた。
春の嵐が額に汗を浮かべた重太郎の身体を吹き抜け、側に植えられた樹木の枝を音立てて
揺らす中、外からやって来たのは偸賊の姿に身をやつした助五郎一味だった。

中の様子は。

たった今此の瞬間、自分は長年勤めて来た店を裏切ったのだと言う罪の意識に苛まれている事が、誰の眼にもあからさまに分かる表情を浮かべた重太郎に対し、宝の山を前にして怖気づくなと言わんばかりに重太郎が羽織っている黄褐色の着物の襟首をぐいと引っ張り上げつゝ、偸賊の頭らしく矢鱈ドスの効いた低い聲で重太郎に質問すると、蛇に睨まれた蛙よろしく怯え切った様子の重太郎は、聲を震わせ乍ら、誰も彼も疲れ切って寝ちまってる、とだけ答えるしか出来なかった。

良いか、今日からお前は『朱雀屋』の奉公人でなく、別の世界の人間になるんだ。
分かったらさっさと失せろ。
そして絶対に後ろを振り向くんじゃねぇぞ。

助五郎から勢いよく且つ乱暴に別れの言葉を投げつけられた重太郎は、感傷に浸る間も無く一目散で其の場を去った。
其れと同時に小走りで藏迄の道を進んだ助五郎一味は、狙い定めた藏の扉の前へとやって来た。

おい、鍵を開けな。

助五郎の命に従い、大宮玄九郎が懐から取り出した鍵を挿し込むと、一味の耳に鍵が開く際のガチャリ、と言う音が響いた。
笑みを浮かべたくなる気持ちを抑えつゝ、そっと藏の扉を開けると、天窓から差し込む月光が数日前の朝、計画の協力者である重太郎の手引きによって此の藏の中に運び込まれたばかりの三つの千両箱を照らし出していた。
天窓から光が差し込む場所へと箱を設置させたのは、幾ら普段穴だらけの戸締まりとは言えども、万が一持ち込んだ明かりが原因で偸みを気取られる様な真似があってはならないと言う助五郎の考えからだった。

良いか、忍び込んだは良いが中身が空っぽじゃあ格好が付かねえ。
一度中身を改めようぜ。

そう提案したのは一味の中で最も頭が切れる人物と目される流山清十郎だった。

よし、さっさと中身を拝んでずらかろうぜ。

各々が固唾を呑んで見守る中、一味の中でも一番手先の器用な真砂七郎次が懐から鍵を取り出し、そして鍵を開けた。
中身は確かにあった。
が、其れは芝居用の贋金で、有り体に申してしまえばただの石ころも同然だった。

しまった、あの野郎に嵌められた・・・!。

助五郎が悔やんでも悔やみ切れないと言った様な聲を響かせた其の瞬間、不意に何かが暗闇の中で動き、ドスンと言う音、そして喉笛を切り裂かれた際の呻き声と共に七郎次が斃れた。

助の字、襲撃だ!。
逃げるぞ!。

助五郎を筆頭に藏の外へと一目散に飛び出した瞬間、待っていたとばかりに姿を現したのは蘇鉄で、今回の計画を成就させる為、七郎次と共に裏工作に奔走をした葛飾金四郎、そしてお絹と藤三郎の二人を死に追いやった張本人であり、一味の中でいっとう歳の若い時津弁之助を今宵の仕掛けの為、改めて稽古をしたと言う得意の居合い抜きであっという間に二人を斬り捨てた。
其れから返す刀で襲って来た清十郎を勢いよく袈裟懸けにバッサリと斬殺した。
血の匂いが周囲に漂う中、自分でも一人生き残ってやろうと顔面蒼白のまゝ駆け出した助五郎は、気がつくと屋敷を飛び出し、そして橋のたもとに転がり込んでいた。

こんな筈では・・・!。
何処で計画が狂ったのだ・・・!。

そんな叫びがそして思いが助五郎の頭の中をぐるぐると鳴門の渦巻の如く、強烈に音立てて渦巻いていた。
若し此の際、助五郎に冷静さが残っていたのであれば、今日に至る迄飽きる程演じてきた御芝居よろしく、自身の背後から漂う殺気と気配を素早く感じ取る事が出来たのであろうけれど、生憎と此処は舞台では無く、紛れもない現実であり、闇の底だった。

地獄で会おうぜ、助五郎。

助五郎が最期に聴いた音は、嘗ては自分と舞台を競い合った仲だった黒曜の聲であった。

まさかお前が助五郎と仲が良かったとはな。

後始末も含め、総ての事が済み、後金の百両を久兵衛から受け取った際の帰り道、最初に口を開いたのは木蓮だった。
道中黒曜に買わせた炒り豆をボリボリと齧り乍ら。

裏に回って危なっかしい事をしていると知った上で、な。

黒曜は腕組みをしたまゝ、呟く様に言った。
此れが人殺しの眼と思う程、如何にも売れっ子の役者らしい輝きと美しさを兼ね備えた木蓮の眼には、其の行為がまるで遠い過去から背を向けんが為の黒曜なりの「やり方」の様に映って仕方なかった。

道を違〈たが〉えた理由は何だったんだ。
まぁ、教えたくなきゃ其れは其れで構わんが。

畜生働きの片棒を担がされそうになったのを断った。
ただ其れだけの事よ。

其の代償が首の傷と言う訳か。

ま、そんな所だな。

気がつくと二人は藤棚の前に立っていた。
暖かで爽やかな風が吹く中、不意に黒曜は木蓮に向かって、踊ってみろよ、今此処で、と
提案をし、そっと木蓮の頭を撫でた。
最後のひと口となった炒り豆を齧り終えた木蓮は、今晩奢れよ、と言うなり、空になったばかりの袋を黒曜に押し付けると、黒曜から受け取った二枚の懐紙で口元と両手を拭き取り、くしゃくしゃに丸めたモノを袋同様に黒曜へぐいと押し付けた。
そして扇子をパッと広げるなり、木蓮の性格同様、何の縛りも無く、非常に軽い足取りで木蓮は踊り始めた。
季節はもう直ぐ春から夏へと移り変わろうとしていた。〈終〉

仕掛けて仕損じなし

仕掛けて仕損じなし

世の為、人の為にならぬ人間を、容赦無く闇から闇へと葬る裏稼業。 暴力と謀略が渦巻く時代劇な黒モク小説。 ※ 本作品は『ブラックスター -Theater Starless-』の二次創作物になります。 ※腐向け要素,独自設定あり。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • アクション
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-10-21

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work