ベルリンの風

ベルリンの風

これぞベルリンの風、風、風、
かぐわしいフレグランスで
生き生きとした魅力を失わない
これがベルリン気質(かたぎ)を生みだす
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(短いけど訳が難しくて、プラシド・ドミンゴがマイクを持って歌った年の、英語の字幕も参考にした。)

パウル・リンケはベルリン生まれのオペレッタの作曲家。特に有名なのは行進曲「ベルリンの風」である。

この曲は、ベルリンフィルの夏の野外コンサートで必ず最後に演奏され、観客が指笛を鳴らしながら楽しむ。元音楽監督のサイモン・ラトルは、オーケストラの指揮を別の楽団員に任せて、シンバルの人と話しながら隣の大太鼓の横に座って太鼓を叩いていた。

グスターヴォ・ドュダメルはコンマス席に座ってバイオリンを弾いていた。指揮はやはり別の楽団員。

小澤征爾の指揮はゆっくりで、どの年も手持ち花火かペンライトがベルリンの夜に揺れていた。花火はどれも同じデザインだから、売っているのだろう。食べ物やトイレもたくさんあり、行きやすいようだ。

ベルリンフィルの夏の野外コンサートは、ベルリン郊外にある「森の劇場・ワルトビューネ」(約22,300人を収容する施設)で一日だけ行われる。2022年と2023年は6月だった。6月の夜だからやはり少し冷えるみたいで、聴衆の多くはジャケットを羽織っている。

ベルリン中心部からはSバーン(近郊列車)とバスで行くことができ、最寄り駅はピッヘェルスベルクである。元来は1936年8月に開催されたベルリンオリンピック会場跡に作られた野外劇場で、第二次大戦後に各種の催しに使用された。

ベルリンフィルが毎夏、ゲストアーティスト(かつて小澤征爾も指揮をした)を招いて野外コンサートを始めたのは「東西ドイツ再統一」後の1992年からである。

2022年6月のデータだが、
入場:18:00 (午後6時)
開演:20:15 (午後8時15分)
入場料:35~67ユーロ

以下は2023年のベルリンフィルのコンサートの案内ページより、
持ち込み許可されているもの:
自分用に持ってきた食べ物と飲み物
(一人あたり0.5リットルのリサイクル可能なペットボトル)、
透明ケースに入った料理、
40 cm x 40 cm x 35 cmまでのサイズのピクニック用バッグ、
小型のハンドバッグとウェストポーチ、麻袋、DIN A4サイズまで(21 x 29.7 cm)、
木製またはプラスチック製のカトラリー、
折りたたみ傘
毛布
(ワルトビューネの中には座席がないので、内部席チケットを買った人は毛布を持参することを推奨。また、クチコミによるとベンチ席も硬くなるので、シートクッションがあると良いそうだ。)

もちろん、上記のサイズを超えるものなど、持ち込み禁止の物もある。

しかし、コンサートの案内にDIN(ドイツ工業規格)が登場するあたり、技術立国ドイツの面目躍如である。

コンサートは100分、つまり1時間40分ほど続く。

2023年のワルトビューネの夏のコンサートは6月24日土曜日午後8時15分に開演した。テーマは『英雄と伝説』で、指揮者はラトビア出身のアンドリス・ネルソンス、北ドイツ出身のテノール歌手クラウス・フローリアン・フォークトを迎える。フォークトは、リヒャルト・ワーグナーの歌劇『ローエングリン』のタイトルロールが特に有名。ちなみに2023年現在のベルリンフィルの音楽監督はキリル・ペトレンコ、ロシア出身の指揮者である。

「ロシアとウクライナの人々の間には歴史的および文化的なつながりがあり、ロシアの侵略を正当化する理由はどこにもなく、今起こっている悲劇は、今世紀最大の道徳的失敗と人道的災害の一つです。これらの恐ろしい出来事に応え、私は平和が回復するまでロシアでの仕事を中断することに決めました」
とペトレンコは語っており、ロシアのプーチン大統領には組みしない姿勢のようだ。

2023年秋にはベルリンフィルを率いて来日も決まっており、どうせ天文学的なチケットの値段だろうから、私はテレビでやれば見るつもり。

フォークトの『ローエングリン』のタイトルロールを動画サイトで聞いてみると、ワーグナー歌手なんて凄い圧倒的な声を出すと思いきや、静かな部分はリリックテノールのようにきれい。もちろん声の量にはたっぷりした余裕も感じられる。

フォークトのリヒャルト・シュトラウスの歌曲が良かった、と潮見は思った。彼がモーツァルトの『魔笛』でタミーノのアリアを歌う動画を見たが、ワーグナー歌手というより、美しい声の、まったくのリリックテノールだった。

チケットを取るのが難しかったので、舞台前の土間席ではなく、舞台が小さなペンケースみたいに見える後ろの席だったが、舞台横の二台の大スクリーンで演奏のようすも見ることができて良かった。

(さとる)がワルトビューネのクチコミを読んで、シートクッションを持ってきて正解だ。なんだかドイツ的に硬いベンチだ、と潮見は感じた。

売店でペンライトを買って、笑いながら高校生みたいに聡と揺らしたのもいい思い出だ。

何よりコンサートが8時過ぎに始まって、10時頃に終わるのだが、始まる頃はまだ明るいのに、舞台の後ろの森に、だんだん日が落ちるのを見るのがドイツぽくて楽しい、というのが潮見の感想だった。

「ベルリンの風」では、指揮者のネルソンスはトランペットを、元ホルン奏者の歌手フォークトはホルンを演奏した。
フォークトは1988年から1997年までハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団でホルン奏者を務めていた。

指笛と花火とペンライトが日の落ちた会場に舞い、みんなピクニック気分で夏の日の夜を楽しく過ごした。

潮見はじっと聡の横顔を見た。なんてきれいなんだろう、そしてなんて愛おしいんだろう。暗闇で聡は潮見にそんなにじっと見られていることになかなか気がつかなくて、やっと気がついてにっこり笑いかけた。

恋は余計に愛したほうが負けだ。
潮見は自分がこの小さな若者にまったく負けているのを感じた。
「ベルリンの風」演奏中のどさくさに紛れて、潮見は聡をしっかり抱きしめてくちびるにキスをした。
どうかこの時間が、末永く続くようにと。

ベルリンの風

ベルリンの風

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-10-18

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