恋した瞬間、世界が終わる 第10部 書き残したシナリオ

恋した瞬間、世界が終わる 第10部 書き残したシナリオ

第10部 書き残したシナリオ 編

第70話「もう分け隔てのない窓」

第70話「もう分け隔てのない窓」


タクシーの運転席のヘッドレストには、広告が飾られていたーー



   22時から0時
   エネルギーの消費を抑える為
   低速な行動要請を敢行する
         
          new leaves




「new leaves?」

「おかしな名前ですよね」

タクシーの運転手はバックミラー越しに表情を読み、会話の応答をする

「ところでお客さんは、タバコを吸う人ですか?」

運転手は、ほのかに香ったタバコの臭いに気づいたようだ

「運転手、喫煙者はこの時代では厄介者なんだよ」

「そうですね、喫煙者はもう人口の1割を切っています
 それに、場所によっては犯罪者扱いされますね」

運転手は胸ポケットから葉巻を取り出し、後部座席の僕に見せた

「灰皿ある?」

僕は反射的に今では珍しい灰皿を要求した

「お客さん、タバコですか、珍しいですね」

カーンと響きそうな灰皿を後ろ手で渡され、そういうあんたは葉巻とかいうもっと珍しいものだろう?と言いたい口を咽頭の内で言葉の液体としたものを空気に気化した

「吸う?」

「では、一本」

ジュッ

一本の煙草の内で、フィルターを通じて四大元素の火と空気と、土から生まれたリンネによって分類された植物の葉、そして空気中に含まれる水分があり、それらが上手くかみ合ってケミストリーを起こしている。
そういう現象が喫煙という行為だ。

そして、ひとときの間――ここで僕は自分のことを改めて考えてみることにする


膵臓癌と、診断されて
そう、ステージ4で
で…何だっだか?
放射線治療はもう効果がないといわれ、やめて
抗がん剤は拒否した
余命は3か月と言われた
父親も癌で亡くなった、ステージ4で6か月程だった
家系という遺伝なのか、現代病なのか
いつも手遅れで気づかされることがある
世の中のことを考えた
天変地異が多くなり、食糧問題、戦争
人類の末期だと思った、僕の人生もちょうど末期だった
何かにここで出会うことが大事だった
なにかが起こらなければ、もう自分の人生は終わりだと思った
で…そう、裁判があった
裁判? なんの?

「ところでお客さん
 このまま走ってとのことでしたが、どちらまで?」

後部座席の僕の窓から見える景色と

運転手がいるバックミラー越しに見せる景色

「とりあえず…ってのは、その場しのぎの対応のことだ
 求めているのは現場の、現実への着手としての回答
 それぞれで見えている景色は違う、大きな窓と小さな窓がある
 窓越しに見た回答では不十分だ」

そう、妻は? 子供は?
僕には家族がいた

タバコを灰皿に押し付けた

「ここで、降りるよ」


自宅は残っていた

カギ穴に合うカギ
なつかしい開錠音
逃げ出すようにか、飛び出すように、家の中から記憶がわっと出た後
それは空気となって、静かな音もない空間だけになった
誰もいない

リビングのテーブルに、古いノートパソコンが一台



世界は荒れていた
朝、起きた時
ノートパソコンは起動していなかった
TVを点けると、新しい大統領の名前が

そう、僕は裁判の後、死刑になって安楽死を選び、カロドポタリクルを服用したはずだが…?
最後まで地上に残ったということか?
煙は? 彼に受け継がれたのだろうか? 
……彼?
カーテンから射し込む光は淡く
音色を失った物陰に誘い出す子供の声はない
カーテンの隙間、ヴェールが開いていた、その外はーー

窓を開けると、外と中が一体となった
隔たれていた空間の溝が埋められ、ある記憶と記憶が照応する

――ある科学者によって、人類は「機械である」ことが結論づけられた
マニュアルにより、人は種を残す必要がなくなってしまった
人類は、環境に適応するために変わらなければならなかった
過酷さの中に、耐えられる体が必要だった
「機械である」ことが結論づけられてから、機械を埋め込み、同化することが加速されていった
なぜなら、好きなこと、したいこと、など自分のやりたいことを選択できるようになったから
必要なものは、アバターに残せばいいのだから
というのも、それは誘導であって、頭の良い人間は、半分、人間である部分を残して、こっそりと生きた


「人を愛して、共に、子を育てる」


妻は…子供は……


テーブル上の古いノートパソコンを開いた
記憶だけでは生きられない
思い出だけでは不十分だ
で、結局
振り出しに戻されて
書きかけのままの物語が星になって、夜空に流れて、朝になった
フォルダの中のファイルを開いた
ここで、羊文学の“more than words”
とっくにダメになっていたはずの体
もう使い物にならないはずの
ポンコツが
見えない力に動かされたとしか、思えない

家の外へと出た


「あれ、あなたは?」

「昨日の、お客さんですね。奇遇ですね」

開け放たれた窓の外に、昨日のタクシーの運転手が立っていた。
玄関前の駐車スペースには昨日のタクシーが止まっている。
空にある雲は、昨日のタバコの煙。

「思い出しましたね」

他人の敷地内で葉巻を吸っているこの男は、奇遇ですねとかいう便利な言葉を使っている

「ところで、僕は何でまだ生きている?」

「はあ…生きている理由ですか?」

僕は……そう、頼まれていたんだ
あの人が、書き残したシナリオがあった

「まあ、いいよ」

後部座席のドアが開き、乗り込んでから考える

このタクシーの運転手は知り合いだった

「あんたは確か…」

「お客さん、どちらまで行きます?」

「ああ、あの娘に会わなければならない」

僕は、タクシーの窓越しに映る自分の姿を確認したあと

「…喫茶店に行こう」

「お腹空いたんですか?」

「人間、落ち着いてみたら、お腹が空くんだよ」



運転手とのモーニング、エスプレッソのダブルを一杯
起こり得る夜までは時間があった
その時までは、近いようで遠く、ニアイコールのような場所へと行くのには時間が掛かる
だから、その間は思い出話しに
週末だった
時間は慌ただしそうな空気がなく、穏やか

タクシーの窓は少しだけ隙間が空いて、タバコの煙は、もう分け隔てのない窓から失われた時間へと消えていく
僕はタバコを吸って、運転手は葉巻
今は9月の末頃
空気中の濃度に変化があり、木々は赤みを選ぶ
赤が来る
秋の気配が始まっていた
寄るべき場所へと寄り、徐々に夜へと寄る
時間の回転は、時間泥棒に盗まれることなく、錬金術もない
信号が赤色を点灯させ、停車する
分け隔てのない窓の縁に赤トンボが止まった

第71話「ファミレス、午前0時の確かな音」

第71話「ファミレス、午前0時の確かな音」


そうして君は、
 一つの印象から得たものを突き詰めてゆくーー


ーーファミレスの午前零時


 店内のBGMは、アストル・ピアソラ が夜の喧騒をドラマチックに表現し伝えたあと、THE BEATLESの“Now And Then”
時代の円環の終わりか、新たな時代のファンファーレを聴かせ始めました


わたしが今、対面しているのは、見覚えのある客の顔。
彼が、わたしの眼、【左眼】を捉えて離しません。
もう、彼の存在から眼を逸らすことの出来ないわたし。
彼は、テレパシーのように伝えたいことを訴え、響かせるのです。


 
 ことめいこさん

 伝え方は、様々だよ
 恋愛に掛けたり、教訓的にしたり、寓意的にしたり
 何を言いたいかは、暗示的にする
 そうした方が、うまくいく

 システムのことはあまり深く拘らないでいい
 何かが訪れるように通り道を作ること
 それに専念するんだよ

 詩を、物語を描くなら

 これは、シンボルを作る作業だよ

 これは、シンボルを作る作業だよ



わたし自身が真ん中で半分に裂けられてゆく感覚の中、その傍らで死につつあるわたしの“右眼”は、午前0時の喧騒に抗い闘う精神力を求められていました。
例えば、午前0時からの仕事にこれから行くとして、その前に仮眠してたなら、目覚まし時計の音で無理やり目が覚めて、でも中途半端な睡眠の質を感じて脳がシャキッとしない。身体も何だかポワッとしてる。なおかつ、日頃の疲労が蓄積して眠たい身体を引きずらないといけない。起き上がることが出来ない。
遅刻する、代わりはいない、起き上がりたくない、あと5分、ああ、もう少し眠れたなら……それなら、わたしは動けるのに!
そんな午前0時との闘い、どうやって勝つのでしょうか?
半側空間に急な気配を感じて、わたしの右眼が、神懸かりの状態になりつつあるあの娘の姿を映しました。
あの娘ーーわたしの代わりになってくれる人? でも…でも、わたしにはわたしの役目がある。わたしの代わりを作りたくない。
転送が始まり、皿洗いの先輩たちがいつの間にか周りを取り囲んで、悪魔崇拝になって取り憑かれたように仄暗い言葉で祝詞を唱え始めていました。
儀式が始まっていることに気づいたわたしは、どうにかしてあの娘を助けたいという気持ちーー気持ちが、わたしのCOREを、本能のわたしにアクセスして目覚めさせ、身体を動かし、午前0時の重たい空気をついに突き破り、あの娘に駆け寄ることを選んだのです! わたしは絶対、遅刻しない! 仕事に遅刻したことはないの! シフトは、守ります!  
そのとき、左眼に、幻覚のような痛みが走りました。
山盛りポテトフライと150gのサーロインステーキを頼んだ総摂取カロリー上昇中のあの客が、わたしをナイフで切りつけたのです。
男の手には、見たことのない黒い石のようなナイフがあり、先端が赤く光って、血を垂らしています。
そのナイフは、わたしの喉元を目掛けて切りつけたようですが、わたしはとっさに避けて…いやいや、左眼のまぶたをかすめて傷つけましたよ!


ーーその頃、あのタクシーの車内


街灯、静けさ、方向指示器の点滅。
これまでに何度も見て、見飽きたような夜。
ただ、それでも見たことのない闇夜に隠された部分。
今日は、夜のまとまりが巨大な塊になって見える。
そこに目を向けてしまうと、その隅や、縁。 暗く薄暗い部分について、何があるのか?と人を誘う。
それは危険を秘めているのかもしれないが、そこにこれから向かう。

夜が来て、穏やかな時間は終わった。
僕はこれからに備えて、タバコを灰皿に押し付ける。

「ところで、その広告の22時から0時、エネルギーの消費を抑える為、低速な行動要請を敢行するっていうのは、0時を過ぎたら、スピードを出して運転してくれるということかい? もう0時になるけど」

車内の暗がりと、運転席の真摯なドライバーの姿。
法定速度を守る、静かな運転手。

「…お客さん」

「はい?」

「…スピード出しちゃっていいんですね?」

「ああ、いいけど…?」

車内のラジオが、0時の時報音を鳴らすーー

「こうしますね」


 “ガコン”


振動を伴った何かの切り替えの音が聞こえた。
身体をシートベルトがギュッと締めつけたあと、座席がマッサージチェアのように身体を包んで固定していった。

「少し、飛ばしますね、いいですか?」

あー…待って、僕の荷物…ああ、こうなって、そうなって、こう?


ーーその頃、ファミレス


床に垂れる血、【左眼】を押さえるわたし。
総摂取カロリー上昇中の男に、不味いことをしてくれたなと厳しい眼を向ける、見覚えのある顔の客。
左眼を傷つけそうになったことが不味かったようです。
おかげで、わたしが巻き込まれそうになった儀式は中断になったようです。
あの娘は我に返って、わたしの表情と流れでる血を見てあたふたしてる。
でも、この先どうしたら良いの? 血が出てるのよ? 血が! 痛いし!
それよりも、冷たい目で見られている総摂取カロリーの男が、あはれ、かも。
ーーなんて心配してたら轟音が聞こえて、スローモーションで店内の窓ガラスが割れて崩れていったの。崩れてゆくガラスの一面一面に光が乱反射して、何処かに巣食っていた悪霊たちの魂が悶えて苦しんでいる姿が見えたの。んー何だか見たことがあるのよね? こういうアトラクション。あーそうそう、あのタクシーよ。ほら、あの軟弱な顔、あの運転手だわ。あらら、後ろの席に座っている人、キョトンとしちゃってるんじゃない? 戸惑ってるんじゃないの? 人に迷惑かけちゃダメよ? それと、よく見てね。店内の吹き抜けになっている空間には、大きな窓があったの。全部割れちゃったんじゃないの? ほら、あなたのタクシーのボンネットが、店内まで入って来ちゃってるわよ? あなた大胆なことしてくれたわね? 皿洗いの先輩、飛んで行って割れた皿の枚数をどうにかして数え始めているわよ? あら? あらら……大きな窓の前にいた見覚えのある顔のお客さんは壁の方まで吹き飛んでいるわ……総摂取カロリーの人は助かったのね。ん? 乗ってけって? え? あの娘も? そう、
細かいこと考えちゃダメよね!



ーーわたしが行ったのは、改竄(かいざん)ではありません


ココとの共同生活の時、ココの漫画にこっそりと手を加えたように
わたしの“声”をただ、入れただけです

それは、こんな漫画の脚本でしたーー


 「名前もつけなかった犬(記憶の宝石より)」


 で、どう見つけたの?

 飼い主を探している犬がいるって
 誘われて行ったの
 
 遠くはないけど、普段は足も運ばない距離で
 
 こんな路地裏があったの
 ここまで進むと、こんな街並みで
 知らない人ばかり
 出会ったことのない人ばかり
 そんな新鮮さがあったの
 
 近所の親しい友達に付き添って行ったの
 誰だったかは…思い出せないの
 
 確か、マンション
 マンションの一室だったの
 子犬を抱きかかえた人物が見えた
 
 家の車庫で、1日だけ預かったの
 餌は…あまり思い出せないけど、牛乳とかあげたと思う
 ダンボールに何匹か詰め合わせて
 
  記憶

 どこまでが正確かなんて、もう
 分からないの
 だから、それを大切にするかどうかだと 
 思うの

第72話「この世界の暗さを、スローシャッターで」

第72話「この世界の暗さを、スローシャッターで」

 
 
 フロントガラスを遮る雨脚、スローシャッターの瞬きの間
 高速で進むタクシー、雨の粒線が、瞬間瞬間を貼ろうとする



わたしの視界を、雨脚に混じった都会のネオンたちが、電気信号のような残像を遺しながら、通り過ぎてゆくーーこの世界の鮮やかさーー無数の明かりが思い思いの発光の仕方で増幅したり、減少したりしてゆくーーシャッタースピードが流線的な速度を描くーーそんな中、縁にあったであろう暗く薄暗い部分たちーー色んな、大切な記憶ーー忘れ去られるように掻き消されていって、
わたしは、その明かりの処理に気を取られるーー


 誰かの計画の中の、わたしたち
 何かの計画の中で、思い思いに生きる
 わたしたち

 わたしたち、何も知らないままを生かされる

 少しずつ蝕んでゆく何かを知らないままで
 増幅してゆく
 愛を感じようと、愛そうとしてみる
 減少してゆく
 線状の時間たちが、唐草模様の蔓になり
 伸びて、伸びて、この速さを浄化しようとしてる
 わたしたちの世界と、わたしたちモドキの世界と
 
 もう、手遅れになっている
 もう、手遅れから、自分たちの後始末を考える
 集積された思い思いの執着や、責任
 知らぬ間にカルマを作らされて、気づいたら、もう
 知らないクレジット
 誰かのクレジットまで払わなければ
 子供は、親のそのまた親の親の親…蓄積された埃を払う
 線状に伸びてゆく、等しさという罪の線
 独占禁止と、自由経済
 誰かの身体(魂)まで再利用する始末
 くたびれたそれが、また働かされる、奴隷契約
 時間的束縛の中で、空間だけを取り残す
 
 不意に、雨脚の粒が強まって、鋭い言葉を線状に引いた

 ースローシャッターの中に、ハイスピードが入り乱れるー

 相手を刺す前に、自分を刺す、雨の線
 
 引っ掛かることのないまま、掛かる場所を求める、雨の線
 
 止まって

 そして、粒状の時間となって、地平線に落とされる


 フロントガラスを遮る雨脚を、瞬きの間を、ワイパーが追いかけ、祓う


 誰だって、どこかで分岐点がある

 それまで抱えていたことを下す決断を迫られる
 二つのうちの方向性のどちらか

 自然と論理
 対立的に近い、異なる方向性

 というのも、誰にだって「時間」があるから
 残された時間を考えてゆく

 ただ、それがなくなれば、対立もなく、異なるものなど必要ないのかも

 でも、それはどちらかが喰って覆い尽くしてしまう方法なのかも

 こういった雨の音が、わたしに響き、痛む
 誰かに届くことのない部屋の痛み
 孤立した窓からの日差しの暖かさ
 誰かが遺してった、痛み

 鋭い言葉を磨いて
 相手を刺す前に、自分を刺す
 何処かに引っ掛かることのないまま
 無駄になった時間たち
 しゃぼんだまのようになって、地平線を飛んで描いてく

 人間らしいというか、わたしらしい選択

 終わってしまった祭りの景色
 
 しゃぼんだま、飛んだ

 後片付けが待っているの
 
 踊り、踊り終えたあと、残された時間
 
 しゃぼんだまに入った、時間の粒たち

 ぱんっと割れて

 音色は消え
 
 恋人たちが去って

 残された熱

 感慨深さの後始末


不意に見ていたものが血で染まるーー左眼の傷の痛みーー痛みで、意識が返ってくるーー痛い、あの男が何かを遺したーー何を? でも、わたしはもう一度、振り返って、気持ちに応えてみることなどはしないーーシャッター速度が、わたしたちの世界の速度に戻ってゆく、粒状になった時間雨は、徐々にフォルムを崩しながら、また留まることのない雨となって、地上に脈を打ちつつ、周囲の灯りはフロントライトの視界の分だけーーラジオが電波を受信して、ビル・エヴァンスの“We Will Meet Again”が車内に流れました


左眼を、誰かの温もりが包み、あの娘がハンカチで止血する。
わたしはその手に手を重ね、あの娘が無事であったことに安堵しました。


遠く離れた場所に来た後、タクシーは通常運転に変わりましたーー

後部座席には、端から、わたしと、あの娘と、男の人。
3人が窮屈になって、肩を並べて、爽快?なアトラクション後の感想を述べる…なんていう雰囲気ではないです。
疲れた顔した3人が、並んでいます。
あの娘は見知らぬ男の人と肩を並べています……可哀想です。
車内の密度が高いです…男の人が助手席に移ってくれないかな……眼でどうにかできないかなと思うけど、痛くて睨みも利かせられない。
一息つきたい。


「それで、連れてきた“その娘”は何者なんだい?」

見知らぬ男が、あの娘の顔をよくよく見ながら言いました

「この娘は……」

わたしが言い淀んでいると、あの娘が言葉を紡ぎました


「初めまして、私の名前はココ」



 

第73話「Re:あの娘の名前を覚えているか?」

第73話「Re:あの娘の名前を覚えているか?」

夢を見る


昔、よく見たパターンの夢だ


それは学校ーー

 昔、毎日のように顔を合わせた同級生たち
 もうすぐ卒業の時期が近づいている
 “今”が変わってしまうという寂しさ
 私は一匹狼のユルグのよう
 休み時間になったら
 自分の片割れを探している

 場面はコロコロと変わってゆくんだ



 「ーーくん。小説、好きなの?」


 前の席に座っていた女の子が話しかける

 白昼夢のように
 白っぽい雰囲気の中で

 彼女は私の存在に気づいてくれた

 顔は霧に包まれたように見えない

 誰なんだろう?と

 私を捉えて離さない、この青い孤独の正体のように

 失った私の半身の記憶、この世は痛みで溢れている
 
 なぜ、私が“陰”なんだ?

 なぜ、陽ではなかったんだ?

 双子の片割れの悪い方

 マルドゥクで、セトで、ニニギで、ババイで、キュベレーで

 カーテンがいつも
 眼の前で仕切られていた

 だけど、それが祓われてゆく


 ーー眼が覚める



夢の中の時間は少しずつ進んでいる


その物語は編み物のように紡がれている


そして、物語の“卒業”の時期が近づいている


これから冬、そして、春になる

そして、吹雪がまたそれを見えなくするーー



 あの女の人生を、なんとか復元したい

 それが、GIのーー

第74話「思い煩うゴジラ」

第74話「思い煩うゴジラ」


「君は、あの“ココ”なのかな?
 それとも、別なココなのかい?」



男は真に迫るような眼差しで、あの娘にそう訊ねました

「ココを知っているんですか?」

わたしは注意深く、男がココを知る理由をまず確認したいと思いました

「ああ、知っているよ」

そう短く返したあと、男は云いました

「君が、ココと共同で行った物語制作について話してほしい」

この見知らぬ男は、どこまでの込み入った事情を知っているの?
わたしとココとの繋がりを知る人物を頭の中で羅列していきました。
迷ったあと、ひとつ、聞いておかなければならないことがありました。


「……GIのことも知っているんですか?」

「ああ」


ーーGIのことーーそれから思い起こされることーーそれは体ーー体の外側から、触覚としての体のざわめきーーGIに喚起された欲求が駆け抜けるーー器官としての体を潜り抜けて、あの黒いオートクチュールのドレスを身につけたわたしが何処かにいるーーマンションの地下の教会のような場所で、わたしとGIは接吻をしているーー記憶が、“新”淵にまで達しているーーGIの肌ーーあの右手ーーわたしの身体の奥に欲求がまだ疼いているーー聴いた覚えのある曲ーービリー・ホリデイの“I'm a Fool to Want You”ーーダメになる前に、話さなければならないーー
わたしはココとの物語を話すことにしますーー


「アイディアや方法は、具体的に様々な物語を作りながらもそこから喚起されるものを重要視して、模索されていきました」

「それらの中の結末では、ハッピーエンドとバッドエンドで書き分けられたね」

「はい。でも、せっかくのアイディアたちも、長くは続かず、ほとんど採用されないままでした」

「ただ、作り替えられて、ビルドアップさせていったよね?」

「はい。使い回しではありません。トランスフォームというよりも、ココはそれらを成長させていこうとしたのです」

「行き着くところまで?」

「たぶん、そうです」

「ココは、その物語の原型を“誰に”預かったのだろうか?」

「それは…」

白い服の女の人が思い浮かびました

「思い煩うゴジラみたいなものでしょうか?」

タクシーの運転手が会話に入ってきました

「なんだって?」

「何言ってるの?」

冷たい視線の中を掻い潜る運転手

「世界を必死に庇(かば)おうとするゴジラの姿です」

「庇う?」

運転手は、ガサゴソと運転席の周囲を手で探っていました

「何を探しているの?」

わたしは運転手の挙動には少しの不安があるので、まず確認のための質問をすることを心掛けてみました

少しの間があり、わたしの不安は増したので、改めて確認をすることにしました

「何をしているの? そこにスイッチでもあるの?
 ゴジラでもいるのかしら?」

「ああ、ゴジラ!!」

「え、ゴジラ!?」

ゴジラの起動スイッチでもあるのかしらと思ってみたあと、さすがにそんなものはないよね…と、思い直すも、何かしらの不安が残っているわたしと、あの娘と、男が何かを察したように張り詰めた瞬間ーー

「とりあえず、みんなでビデオでも観ましょうか?」

そう言うと、運転手はカーオーディオの操作を始めました

「……ビデオ? こんな時に?」

わたしは、ひょっとして面白くない頃のゴジラを観るのかなと躊躇う

「まあ、ビデオデッキがあるところまで行かないと」

見知らぬ男は、どのゴジラを観ることにも何の躊躇いもない口調

「あのう…ゴジラって、面白いんですか?」

あの娘は、ゴジラをかつて古代シュメールに存在した怪物と云っても納得しそうな尺度のないものである口調。
でも、ギリシャ神話には怪物が出てくるのよね…神話の方が現実離れして、わたしたちの物差しでは測れない世界観があるから、古代ギリシャ人ならゴジラを空想に思わずに受け入れて敬って、神殿でも作るのかしら? 戦うのはテュポーンかしら?

「それがここにあるんですよ、お客さん」

「古代シュメールにゴジラの神殿が!?」

「何を観るんですか?」

思ったよりも現実的な尺度のあの娘が訊ねました


「メトロポリスです」

第75話「向こうから来る」

第75話「向こうから来る」


あの頃ーー雨を身近に感じられる建物(庵)があった


屋根の薄さや弱さなのか、雨音が近く、空間を集中的に包(くる)む。
空間の薄情な耳打ちに似た、小さな雨粒が大きな集まりとなって際立たせる。
不揃いの拍子での一体感があった。
その屋根の上で、全て形を変えながらーー出逢いーーその声を聞きーー初めて交わした会話がありーーきっかけーー心が通いあう瞬間ーー瞬く間の幸せーー口づけーー愛したと分かる時ーー心が跳ね返ってーー粉々に割れるー別れーー
遠ざかったはずの季節の雨が、ここまで辿り着き、再び、タクシーの屋根を打ち、映した。


 水のおとーー


  (余韻)


余韻として開けると、何を、開けるのか

それとも、その場を空けるのか 

千年に一度の一滴を拝む


ーー  空ける音  ーー



  粒来に 声を埋める 閨の奥


粒は雨、来は往来を意識したこと
声は反響するもの全て 
閨(ねや)は芭蕉や日本的な感性にとって重要な『闇』という字の持つ厳かであるものへの稜威、深淵にある隠されたものの静かさ 
奥は屋根の屋(おく)という読みを含め、閨は根屋でもあり、闇というものを伺えさせている、喚起させると云っても良く、闇を覗くという行為に
声を深める だと、遊び心を失う
声の届かぬ だと、安っぽい
声後ずさり とするのも良い
こういう時、何を言いたいのか、何を伝えたいのか、自分の感覚を追ってゆくのも良いが、それよりも、出てきた言葉の風向き自体を反らすのではなく、沿ってゆくことに焦点を当てるこのこと

しかし、それを 声空けて見る とすると
日本的感覚を集約させたものになる
空ける 開く というその間であり魔と真を伺わせることができる
見る とすることで、いったん、自分が何を言いたいかを置いたはずが、
再び、自分に帰り、それから、一体自分に訪れた(往来した)ものは何だろうか? それを見てみよう、取り出して見ようとする、いや、見てみたい
という自分に気づく

これって、一体何だろう? いや、何“だった”だろう? そう言う懐かしむこと

そう言う『帰り(還り)』のこと
リバースという感覚、両面性、転生
自分をあえて転ばせて見る、こと
自分に返り、見ること


 粒来に 声空けて見る 閨の奥

 (つぶらいに こえあけてみる ねやのおく)



先ほど、自分に返り見ることを伝えましたが、さらにここから先があるのです。
それを説明するかは…今はやめておきます。

「運転手さん、さっきから何を言っているの? メトロポリスのビデオは観ないの?」

わたしは、運転手の独り言をそのままにしておくのも可哀想で傾聴の仕草を見せました

「いえいえ、まあ、言えることは、これは今の私たちの状況を表そうとした句であり、情景の描写で、そこからの追加として、短歌化させて見ようと思うのです」



粒来に 声空けて見る 閨の奥 後ずさるきみの 顔を見るかな



字余りですが、これも良いと思えるのです
自分だけだったものに、別な人が立ち現れてくる
自分を見ていたはずが、それは別な誰かを見ることでもある
そう言うことに気づいてくる
それもまたリバースで、両面的なもので
向かう方向のことだと
こうやって、文章をループさせることはできる
立ち返らせることができる
荒ぶり、鎮め、荒ぶり、沈め

黄泉(よみ)を読むこと

黄泉にあるものを読む、こと

そして、闇の中では自分も他人もなく、内混ぜである

その闇を潜って、出て来たものが自分ではなく、他人だったとしたら


「運転手さん、わたしの眼が見えるうちにビデオを観せて下さらないかしら?」


「さあ、みなさん、お待たせしました
 メトロポリスを観る時間ですよ」




閨の奥


黒いマリア

古代ギリシャからの魂が

何かを感じました

それはサッポーと答えました

念のようなものが飛んだ

古代ギリシャとつながる

時空を越えた何かと

「あなたは誰?」

第76話「メトロポリス1-羅針盤-」

第76話「メトロポリス1-羅針盤-」

ーー頭脳と手の仲介者は心



日々繰り返されるシフト労働って、現代と同じね。
これは、労働がテーマなんですか?
チャップリンのモダンタイムスみたいなテーマもある。
エンデのモモも連想させるのよね。
上層階との比喩は、エデンと、地獄とを思わせるよね。
最初のフレーダーの表情には狂気が浮かんでいるわ。
そこに偽りのエデンであることを認めさせる。
そこにマリアたちが入ってくるのよね。
純白の象徴としての鶴?もいる。
マリアの表情のアップと、フレーダーの自分を守るための表情。
フレーダーは、マリアに偽りのエデンにはないものを見てしまうのね。


 
 “優れた機械は下に、労働者たちはそのさらに下”


機械よりも、人間の地位が下になっているということ。
そこに何故か簡単に迷い込んでしまったフレーダーは機械化した人間たちを見る。


フレーダーは、エデンという上層から、下界に降りる弥勒菩薩みたいなものなのかしら?
そして何故か簡単に一人の労働者が欠陥を生んでしまう。
嫌味よね。
フレーダーはモレクをそこに見て、かつての古代にあったモレクに捧げる生贄の儀式が、ここでは機械に人間を捧げる儀式になっていることを見てしまう。
モレクの口に向かう大量の機械人間は、代替えできるということでもあるわ。
これはいけないと思ってなのか、父親のところへフレーダーは向かうのね。

幻覚があるけれど、モノクロ映画の特に初期の頃の良いところは、水墨画のようにそれを表せられるところよね。
遠近感が出て、輪郭がはっきりしないというのか、チープさはあるけれど、そこに暗喩が発生して、奥深さになる。
幽玄さというものかしら?


父親の元へと来たら、モレクという悪魔の別な極面のような、使用人たちに神のような立ち位置で指示を送る父親がいることを見て、そこに厳格さも見る。
このモレクと、父との対比というか、同じものという流れがよくできているわ。
神のような存在の父に圧倒されたフレーダーは秘書に事故?というか犠牲のことを打ち明けるのよね。
良心の葛藤を感じたということ?
それを聞いた父は、それはただの事故として処理するのだけど、まさに社会の運営としての必要な生贄という感じだ。
父が秘書にフレーダーが機械室に入れた理由を問うけど、とばっちりよね。
秘書がかわいそう。
フレーダーは、下に降りた理由として、父に兄弟たちを見たかったからと言う。
キリスト教の香りがまたするのよね。
さらにフレーダーは、この大都市が造られたのは「人間」たちの努力であったのに、その彼らが、カーストの序列で機械よりも下になっていること。
街などの造型物というか「偶像」たちが上にいること。
自らが作り出したものよりも下になっていること。
まるで、現代ではSNSやらに隷従し、自らの行動や考えが定められてしまっている私達のようね。
そして、父親はそれがふさわしいことだと言うのね。
フレーダーは、いつか彼らと敵対したらどうするのかと父親に問うのだけど、背中を向け合うカットとしても表されているわ。
そこに緊急の要件があって、一人の労働者が通され、ある図が出回っていることを報告する。
労働者の男は、事故で亡くなった2人が持っていたと報告するわ。
これを聞いた父親は、それは秘書の手落ちであるとアクロバティックなパワーハラスメントを極めて、秘書を解雇するの。
フレーダーは、ドン引きの後退りをするのよね。
重たそうなドアにも何か暗喩があるのかしら?
重たいドアから出て行った秘書は、極まったパワハラ効果で心と身体の力が抜けて、足の筋トレ後の階段を下りるような不安定な足取りを見せた後、ピストル自殺をしようとしたら、止めに入ったフレーダー。
そんな秘書に手を貸してくれないか?と、新たな役割を与える声かけをするフレーダーさん。
秘書の顔が一瞬で明るくなったのは、居場所や役割という依るべきことが人が生きる支えであることを示唆しているわよね。


シーンは飛んで、フレーダーは再び機械室?へと足を踏み入れる。
このシーンの前は何かがカットされたのかしら?
そこで再び、機械のコマとして支配される人々を見るの。
羅針盤のような何かの制御装置の管理を身体いっぱい使っての操作で担っている人物を目にする。
太極拳をしているかのような動きに見えるのよね。
羅針盤というものの表すところも何かを伝えたいようにも見えるわ。
操作していた男が疲労で倒れかかったところをフレーダーが助ける。
男は、誰かが監視しなければと言うと、僕が見るからと言って、男との役割を交換するの。
如何に、社会の役割というものに取り憑かれてしまっているかを考えさせられるわ。

急遽、大都市の真ん中に古い家があったという話題になり、発明家が紹介される。
その発明家の古い家に、あの父親が訪問するの。
発明家は、ついに発明の準備が整ったと告げる。それは人間の形をした機械で、疲れ知らずで、間違いも犯さないと、狂気に憑かれた表情で伝えるわ。
そして、生ける労働者など必要ないとも。
それを聞いた父親の表情は、どう解釈したら良いのだろう?
労働者を切ること、人間が不必要になることへの迷いがあるということなの?
完全に、機械が全てを担うことへの懸念なのかしら?
発明家は螺旋階段を昇って、発明した機械の下へと案内する。
螺旋階段には、象徴的なDNAの二重らせんや呪術的な何かを想像させられるわね。

いよいよ、発明された機械が姿を表すのだけど、最初はアップではなくて、やや遠目でのカットなのよね。
この距離感は、異質さや特異さを醸し出すことに繋がってる。
近すぎると吊り上げている線か何かが見えてしまうリスクを避けたのかもしれないけれど、却ってこれが良かったのね。
それにしても、この機械のデザインは異様なものだ。
あの父親も恐れ慄いている感じだわ。
さらっと、発明家が右腕を代償にしたことを話しているけど。
発明家は、未来の労働者を作ったと言っているけど、この機械は、だたの人間が担っていた労働の役割を交代するだけのものだと思っていたのかもしれない。
まだ、その上に支配層としての人間が成り立つと錯覚していたのでしょうね。
あと24時間で完璧な機械人間に仕上がると、時間のリミットを知らせる。
これが、父親や人間に残された考える時間という訳ね。
機械室にいるフレーダーが、羅針盤の管理をしているカットが入るのが物語っている。

唐突に、父親が発明家の下に来る理由は、何か助言を求めるときであり、今回は出回っている地図についての助言を求めてのことだと告げるの。
再び、機械室の羅針盤のフレーダーのカットが入り、足下に落ちている地図に気づく様子が描かれるわ。
そこにタイミングよく降りてきた労働者が、羅針盤に悪戦苦闘しながら地図を拾うフレーダーに2時に彼女の会合があると告げる。

発明家が地図の解読をするカットに移り、父親が腕時計でタイムリミットを確認するかの様子が映り、また、フレーダーが羅針盤を操作するカットに流れる。
これは、心理的な展開を見せているのね。
10時間労働の過酷さを身をもって知るフレーダーは、10という十字架になってゆく。
シフトの交代の時間になり、解放されるフレーダー。

シーンは変わり、発明家が古代の地下墓地の地図ということを解読する。
それは、労働者の街(優れた機械は下に、労働者たちはそのさらに下)より地下深くに存在すると父親に告げるの。
黄泉の国を連想させるわ。
意外なことに、メトロポリスという映画は、未来的な、機械に支配された話の中に、過去という機械の支配と離れた時間までも汲んでいる。
次のカットでは、その古代の地下へと降りてゆく労働者たちの姿になったわ。
この映画では、上の階層と、下への階層との行き来が重要な暗喩であることがわ分かるのね。

なぜ彼らはそこに関心がある?と、父親が発明家に訊ねる。
発明家は、その理由をと、父親を地下へと案内するわ。

恋した瞬間、世界が終わる 第10部 書き残したシナリオ

見えない力に動かされて

恋した瞬間、世界が終わる 第10部 書き残したシナリオ

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  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-10-14

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  1. 第70話「もう分け隔てのない窓」
  2. 第71話「ファミレス、午前0時の確かな音」
  3. 第72話「この世界の暗さを、スローシャッターで」
  4. 第73話「Re:あの娘の名前を覚えているか?」
  5. 第74話「思い煩うゴジラ」
  6. 第75話「向こうから来る」
  7. 第76話「メトロポリス1-羅針盤-」