平和軸 一虎くんに彼女がいたら 番外編
番外編「眠り姫を助けにきた王子様・一虎くん」
14世紀頃、ある遠い国にプリンセスが誕生しました。名は梨奈姫。栗色の髪に夕焼けのような濃いオレンジ色の瞳が印象的です。
梨奈姫の誕生を祝して、国では朝からお祝いモード。お城でも国をあげてのパーティが開かれています。
パーティには姫の婚約者や魔法使い、妖精の姿もありました。
「良き妖精、キャンベル」
司会者に呼ばれたキャンベルは姫の前に光の粉を舞わせながら現れます。
「かわいらしいお姫様。私から3つの贈り物を差し上げます。1つ目は美しさ、2つ目は美しい歌声、3つ目はーー」
3つ目の品を紹介する時でした。城の入り口から強風が吹き、大きな笑い声が聞こえてきました。
「ハハハハハハハハハハハッ!」
「悪い魔女の声だわ!」
悪い魔女・アレクサンドルが現れました。
「呼ばれてないようだけど、何かの手違いかい?」
「手違いじゃないわ、あなたなんて呼ぶわけがないもの」
キャンベルが言う通り、国からの招待状はアレクサンドルにはありません。呼ぶわけがないからです。
「じゃあ、押しかけたってわけかい?それはそれは悪かった」
アレクサンドルが水晶が付いた杖に右手を翳します。
「私から姫にプレゼントをやろう。16歳の誕生日に糸車の針に指を刺して死ぬであろう」
アレクサンドルのとんでもない発言に怒りを覚えた国王は叫びます。
「其奴を捕えろ!」
大勢の兵隊がアレクサンドルに縄を掛けて捕えようとしますが。アレクサンドルはまたけたたましい笑い声を上げて逃げていきます。
その夜、心配する王妃のためにキャンベルは姫に魔法をかけます。
「これは3つ目のプレゼントです。お姫様は糸車の針では死にません。長い眠りに就くだけ。愛する人のキスで目覚めるでしょう」
しかし、それでも心配する国王は国中の糸車を燃やし尽くしてしまいました。
「国中の糸車を燃やし尽くすなんてことしても、アレクサンドルの呪いからは逃れられないわ」
そこでキャンベルは国王と王妃を説得し、深い森の奥で姫を16年間育てることにしました。
国王と王妃は涙を流しながら姫を見送ります。
それから16年後、梨奈姫は「あんず」と名を変えて暮らしていました。
あんずはキャンベルの魔法通りに美しく育ち、歌声も美しい娘です。
あんずが歌えば小鳥たちが囀り、泣いていた空も晴れてしまうほど。
あんずの誕生日にキャンベルは彼女をお城へ連れて行くためのドレスを考えていました。
(165㎝はあるはずだから、彼女の頭身が活かせるドレスが良いわね)
「おばさま、何を考えているの?」
部屋の掃除を済ませたあんずがそこにいました。
「今日のディナーの献立を考えているのよ。さあ、いちごでも摘んできてちょうだい」
「いちご?いちごは昨日摘んできたばかりよ?」
「いちごがいっぱい必要なのよ。さあ、行ってきて。知らない人と話してはダメよ」
外に出されたあんずは歌を歌いながらいちごを摘みます。あんずが鼻歌をう歌うだけで小鳥たちが囀りながら飛んできました。
「ラララ〜♬」
「ピュロロ〜♬」
気がつけば後ろからウサギやリス、フクロウまでもがあんずについてきていました。
歌いながら着いた先は大木の下。あんずはフクロウたちと会話を始めます。
「この前、素敵な方にお会いしたの」
動物たちは目を輝かせながらあんずの話に耳を傾けます。
「夢の中でね。ハンサムでロマンチックな方だったわ」
あんずは夢の中で王子様に会っていました。黒と金の服を纏い、王冠を被った虎の目をした王子様。
「それでね、別れ際にハグをしてくれたんだけど、そこで目が覚めちゃったの」
動物たちはしゅんとします。しかし、リスが何か見つけ、どんぐりを投げつけて指示を出しました。
黒と金の帽子とマントを身につけたフクロウがあんずの前に現れます。
「まあ、夢の王子様だわ」
あんずと夢の王子様は踊り始めました。
「ラララ〜ラ〜♬」
その歌声に惹きつけられた男がひとりいました。黒と金の髪に黒と金の服……まさに、夢の王子様そのものの男が。
(すげぇ歌声聞こえんな……人間か?)
男は帽子とマントが盗まれていることに気づきます。
「あれ?!俺が寝てる間にどこに行った?!」
しかし、美しい歌声が気になって探しているところではありません。
「歌ってるやつはどこだ!」
男は歌声がする方へと馬を走らせます。そして、ようやく見つけた先には……。
(あいつか?!)
あんずが動物たちと踊っていました。あんずが歌っている隙に男は動物たちを退かします。
「〜♬」
あんずが振り向くと、そこにはあの夢と同じとらの目をした王子様がいるではありませんか。
「まあ!あなたはその……どなた?!」
「もう忘れたのかよ?今歌ってたじゃん、“夢の中で会った”って」
あんずの頭の中が混乱しています。夢の王子様がこんな森の中にいるわけがない。しかし、ちょっとチャラい口調まで一緒なのです。
あんずは手を伸ばして王子様と一曲踊ってみることにしました。すると、王子様はあんずの歌に合わせてワルツを踊ってくれました。
「やっと思い出してくれたか?で、名前はなんていうの?」
「名前?……名前は……」
普通ならここで答えてしまいそうですが、あんずは答えません。なぜならーー。
『知らない人と話しちゃダメよ』
キャンベルとの約束があるからでした。
「まあ、いけない!私帰らなくちゃ!」
あんずは慌てて帰る支度します。
「ちょっと待てって!明日会えねぇか?明後日でも」
「会えないわ!さようなら!」
あんずはその場から走り去って行きました。
♡
森の奥の小屋に帰ると、美しいラベンダー色のドレスがあんずを待っていました。
「まあ!」
「お誕生日おめでとう、あんず。ちょっと話があるからそこにお座り」
「はい」
ダイニングテーブルの前の椅子にあんずは腰掛けます。
「実はあんず、このドレスを仕立てたのにはわけがあるんだよ」
「わけって?」
「あなたはこの国のお姫様、梨奈姫だからだよ」
「え?私がお姫様?!そんなわけ……」
「そんなわけがあるんだよ、梨奈姫。さあ、今からお城に行って婚約者である王子様と結婚するのです」
「そ、そんな!あんまりだわ!知らない王子様と結婚だなんて!私、恋してるのに!」
「恋ですって?!」
「そう、虎の目に、黒と金の髪の王子様」
キャンベルは頭を抱えます。虎の目をした王子様だなんてこの世に存在するのかとーー。
「と、とにかく梨奈姫、お城に向かう準備をするのです」
小屋を後にした2人は暗い森を抜けて城に到着しました。
「梨奈姫、これが最後の贈り物です。王族の証である冠です」
冠をかぶると梨奈姫は泣き出してしまいました。
「ひとりにしておきましょうか」
キャンベルは梨奈姫をひとりにするべく、部屋の扉を閉めました。
「少しでも落ち着いてくれたら良いのだけれど」
しかし、落ち着くどころか、部屋ではアレクサンドルが来ているではありませんか。
「梨奈姫、おいで」
アレクサンドルの声に導かれるように梨奈姫はどこからともなく現れた階段を昇って行きます。
「梨奈姫!」
異変に気づいたキャンベルが来た頃には梨奈姫はもういなくなっていました。
「梨奈姫、もう少しだ。その針にお触り」
アレクサンドルの誘導に従い、梨奈姫は糸車の針に指を刺してしまいました。
「梨奈姫!」
キャンベルが見つけた時には梨奈姫は倒れていました。
お城の奥の部屋に梨奈姫を運び、寝かせます。
「愛する人のキスがあればこの子は目覚めるのに……」
キャンベルは思いつきました。
(しばらくみんなにも寝ててもらいましょうか)
キャンベルは城中の人々を魔法で眠らせました。
♡
その頃、王子様は馬に乗りながら考えていました。
(どうしたらまた会えるんだよ……あの美人に)
夢の中でも、森の中でも会えた美しい彼女は名前すら知りません。ん?夢の中でも……?
そう、王子様も夢の中で梨奈姫に会っていたのです。
彼女のことを考えていると、森の奥に小屋を見つけました。
「人住んでんのか?」
王子様が中に入ると、そこには見慣れない魔女がいました。アレクサンドルです。
「王子様かい?これはこれは光栄ですこと。お前たち、捕えろ!!」
豚鼻の醜い小人たちが王子様に縄を掛けて捕らえます。
「何だよお前ら!爪剥がすぞ!!」
「あらやだ、“爪剥がすぞ”ですって。物騒な王子様だねぇ」
“爪剥がし”が得意な王子様を攫った先は、アレクサンドルの城です。
王子様は手足に拘束具が付けられ、お得意の爪剥がしですらできない状態。王子様はどうすべきか考えているとーー。
「王子様、王子様!」
小声で王子様を呼ぶ声がしました。キャンベルです。
「私は王子様を助けに参りました、キャンベルです」
「お、おう」
突然現れたキャンベルに驚きを隠せない王子様。キャンベルは拘束具を魔法で解いていきます。
「さて、王子様にはお願いがあって来たのです」
「お願い?金なら無いぜ?」
「お金じゃないのです。姫様を助けて欲しいです」
そう言ってキャンベルは魔法で真実の剣と美徳の盾を出しました。
「時間はありません。今から姫様がいるお城を目指して走りますよ!」
「おう!」
剣と盾を持った王子様とキャンベルは走り出しますが、すぐに醜い小人たちに見つかってしまいます。
「さあ、戦うのです!王子様!」
その一言で王子様と小人たちの戦いが始まりました。
爪剥がしが得意な王子様でしたが、剣術を学んでいたのですぐに小人全員を倒してしまいます。
「さあ、次はあの吊り橋を渡りましょう!急いで!」
馬の拘束具も解いたので馬に跨った王子様。すぐに吊り橋も渡ることができました。
と、ここでアレクサンドルが気付きます。
「王子様がいないじゃないか!」
すぐにキャンベルの仕業だと気づいたアレクサンドルは怒りを露わにし、梨奈姫が眠る城の前で巨大ドラゴンになりました。
「まあ、なんてことでしょう!」
「この大きさは……でけぇ爪が取れるな」
「そう言ってる場合ですか王子様!さあ、真実の剣を心臓目掛けて投げつけてやるのです!」
王子様は身構えるとダーツの要領で剣をアレクサンドルに投げつけました。
「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
アレクサンドルはけたたましい呻き声を上げて谷底へと倒れていきました。
♡
アレクサンドルを倒した王子様はすぐに梨奈姫の元へと階段を駆けていきます。
「姫!助けに来たぜ!」
美しい梨奈姫を前にして緊張する王子様。実はファーストキスです。
ーーチリン
耳飾りの鈴が鳴ります。
(緊張するぜ)
王子様のキスで目覚めた梨奈姫と共にお城の本当の両親の元へと帰ります。
「帰ろうぜ」
本当の両親の元へと帰って来た梨奈姫と共にダンスをし、キスをします。
「好きだぜ」
と、そこで2人の夢は終わりました。え?2人って?そう、梨奈と一虎です。2人は運命の赤い糸で結ばれているのでした。
ー番外編•完ー
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