BNE二次創作小説 <<初詣と年賀状>>
本作品はPBW『Baroque Night-eclipse』の二次創作小説です。本作品に登場するキャラクターの性格や行動は実際のゲームと多少異なる場合があります。
物語の始まりは拙作の<<一日目>>からでございます。何卒。
ゴーン……
かがり火に焦がされる夜空に、ゆっくりと音が溶けてゆく。
つい先日と思っていたけれど、この寺に訪れたのももう昨年の秋のこと。
この街に越してからはとかくやらねばならぬこともやりたいことも山積で、瞬く間に日々が過ぎてしまったな、と思う。
秋には黄色く染まっていた空も今は炎に焦がされる星空にかわり、参道には鐘の音に惹かれて集まった姿形も多様な人々が少し歩けば肩を触れ合うほどにひしめき合っている。
日付を越えて新年を迎えたその瞬間には声も上がりはしたものの、今の境内はただただ雑踏が渦を巻く静かな高揚に包まれている。
人の多い所が苦手なステラは、秋にここを訪れたその時同様に人の群れからは少し離れるように石段の上に立っていた。
今日は先日とは違って夜の事、本を携えてきてはいない。
そして傍には姉さんも立っていて、こちらは何がそんなに嬉しいのかほんのり楽しそうな笑みを浮かべて人の群れを眺めている。
私が人混みが苦手なのは何も心理的に人が嫌いという理由ではないし、ましてや潔癖症で他人の体に触れたくないからでもない。
ひとつに私は客観的に見て背が低い。そんな私が人混みの中に埋もれると他の者の望むと望まざるとに関わらず私の存在は見落とされがちで、ぶつかられるだけならともかく危うく押しつぶされたりしかねない。
もう一つは私の羽の事がある。私はそれを常人には見えないようできるから、人に姿を見せる分には何ら問題無い。だがそれゆえに、ああいった人ごみの中で羽は認識されないままもみくちゃにされてしまうのだ。
そういうわけで、私と姉さんはこうして人の群れが少しばかり濃度を減らすのを待っている。
右手には来る途中にふらりと立ち寄った店で売っていた柚子餡の餅をぶら下げて、左手は姉さんの右手にぶら下げられて。『私が迷子にならないように』としきりに言うので根負けして繋いだ掌は、雪の降らないこの土地でも充分に寒い冬の夜にはずいぶん温かく感じる。
ゴーン……
幾度目かの鐘の音。
強かに打ちつけられた槌の響きが鐘の内側からこぼれ出ては人々の頭上を渡って来る。
口を閉じ瞼を下ろせば頭の中に届いたこの音が逃げ出さなくなるだろうかなどと考えて、目を閉じる。もちろんそんな事は起こらず、脳に響いた音はゆるゆると薄れて行った。
実のところ、私の育った村には小さな神社はあったが寺は離れた所にしか無かったから、これほどに深く低く響く鐘の音を間近で聴くのは新鮮なのだ。
こうして聴き入っていると、煩悩を飛ばすと称される所以も解らなくもない。
下ろした瞼の裏に映るのは、病床の祖父に始まる波乱の一年の記憶。
入院先の病室の、窓辺に居を得た桜の枝と、随分細った祖父の手首。
夏の宵に告げられた、私たちの行く先の話と障子に映った風鈴の影。
色彩を増し始めた森を背景に、黒白の布を透かして昇る細い煙の道。
この街に来てからの事よりも前の村の事ばかり思い出すのは時があまりに近過ぎるゆえか、これもひとつのホームシックとやらか。
カコン
近くの篝火の中から燃え落ちた木が地面に当たって音を立てる。
すん、と小さく鼻をすすりあげて眼鏡をはずす。右手の中で折りたたみ、そのままビニール袋の中に落とし込んだ。
こっちの方が空の星は良く見える。
近くの明かりが強すぎるのだろう、村の空よりは少ないけれど。
上げていた視線を人ごみに戻してぼんやりと見知った顔がいるかどうか眺めていると、不意に左手が引かれるのを感じた。
一拍置いてひだりから、ふああ、と小さなあくびの音。
右手を引いたのは口を覆おうとしたからだろう。代わりの左手が口許に添えられている。
「ステラは眠くならない?」
左に送った視線が少し高い所から降りてきた視線とかち合うと、姉さんはさっきまでとは違う意味の笑みをこぼして言った。
確かに、普段なら姉さんはもうとっくに眠っている時間だ。一方私はこの時間、眠っていることの方が珍しい。
「いや」
小さく首を振って付け加える。
「でも、そろそろ人も減ってきたようだし帰ろうか」
実際、年を越した瞬間にいた数の半数程度とはいかないまでも、境内の人の数は随分減っている。
ゴーン……
鐘の音が、おそらく返事をしたのだろう口から音を奪い去る。
姉さんはもう一つのあくびの後、ひときわ大きく頷いた。
左手のぬくもりを確かめる。
今年は良い年で、ありますように。
声に目を覚まして居間に足を運ぶと、既に食卓には朝食代わりの雑煮が湯気を立てていた。
白味噌の甘いにおいがする。
「あけましておめでとう」
台所に立つ姿が少しばかりのからかいを込めて笑いかけて来る。
昨夜――日付上は今日だが眠る前の事――既に新年の挨拶を交わしてはいるのだが。
そう思いながら答える。
「あけましておめでとう」
「新年初の朝は寝坊ね、今年一年この時間じゃダメよ」
確かにこの時間に起きていては学校に間に合わない。でも。
「姉さんもエプロン裏表反対」
「えっ」
あわてて腰についている筈のポケットを確かめようとして裏地に触れる手に、姉さんはぺろりと小さく舌を出した。いや別に責めている訳じゃないのだが。
姉妹揃ってのんびりな新年なのは間違いない。
昨夜は結局家までたどり着いた後、新聞屋さんのバイクの音が街を回遊する時間くらいまで起きていた。
特に何をしていたという程でもない。
柚子餡の餅と玄米茶を前にしながら、姉さんとふたり今年の事について話したりしていただけだ。
「今年の目標は――ステラは何?」
「当面は学業と依頼に慣れること。アークの仲間がそれぞれどういう思いで足を進めているのか、もしくは足を留めているのか、もう少し知りたいと思う。姉さんは?」
「わたしは……何かおしごと始めようかなぁ。戦うのはやっぱりあんまり好きじゃないから、どこかお店で働くか、内職か。このあたりじゃ農家さんの仕事は少なそうだもんね」
「ここの北は畑もあったが?」
「うーん、なんだか大きな畑は少なかったわ。ひと畝にいくつかのお野菜を育てているところもあったから、個人菜園が多いんじゃないかしら」
「そうなのか」
「「ずずっ」」
玄米茶。
「書き初めはどうする?」
「道具も揃えていないし、年賀状に使った筆ペンも味気ない。やらなくていい」
「うーん、でもほら、なんとなく、ね」
「わかったよ。また今度ね」
「ステラは何書くの?」
「また今度ね」
「もう……」
「そういえばこの街の年賀状はいつごろ届くんだろう。前は随分早かったが」
「そうねぇ、人もたくさんいる街みたいだから、お昼過ぎたりするのかしらね。でも、そんな時間まで寝てちゃダメよ?」
「――ちゃんと起きるよ」
「うふふ、ステラはペンなら几帳面な字を書くけれど、筆は苦手よねぇ」
「……」
「「ずずっ」」
玄米茶。
「明日のお買い物はステラも一緒に行く?」
「福袋か……行っても良いが、別行動になるぞ。TVで見るような人波に押しつぶされるのは嫌だ」
「近くの洋服屋さんと商店街の洋裁屋さんに行ってみるだけだから、きっと大勢の人はいないと思うよ?」
「それなら少しつきあおうかな。けれど中心街の方にも挨拶しておきたいところがあるから時間が許せば」
「ああ、公園のそばの喫茶店ね。クリスマスプレゼントも頂いたみたいだし私もご挨拶に」
「いや来なくていい」
「ステラちゃん、冷たぁい」
「甘えてもダメ」
「おこづかい減らし」
「脅してもダメ」
「うえーん妹がいじめる」
「泣き真似してもダメ」
「もう……」
「……」
「「ずずっ」」
すこしぬるくなった、玄米茶。
私はともかく姉さんの話題が眠気にとっ散らかるようになってようやくお開きにした。
「年賀状、届いてたよ~」
私が着替えている間に一階のポストまで下りていた姉さんが戻って来た。
どうやら予想と違ってお昼は過ぎなかったようだ。
「送っていない人からは来てない?」
もう出かける支度はほとんど終わっている。今から年賀状を書くのは億劫だ。
「来てるわ」
「えっ」
誰だろう、と思う。
私は村でも友人と呼べるほどの間柄の者は少ないから、去年の暮れに年賀状を書いた先にはさほど親しい相手でないものも含まれている筈なのだが。杖術を教わった師匠の教え子の中でも顔しか知らない相手や、村で唯一ビリヤード台を置いている酒場で知り合った者にも出してある。
「どれ」
尋ねた目の先に示された年賀状にずでんと居座っているのは、犬かハムスターかモルモットか。とりあえず今年の干支でないことは確かだ。姉さんが指先を滑らせると、同じ図柄の年賀状がもう一枚姿を現した。
「姉さんにも?」
手にとって、読んで、得心が行った。
「アークさんには、送ってないわよねぇ」
無言で頷く。
年賀状は余らせていない。今日の買い物が、一つ増えた。
BNE二次創作小説 <<初詣と年賀状>>
原作⇒『Baroque Night-eclipse』 http://bne.chocolop.net/top/
ゆっくりと、ゲームをプレイしつつ書き進めて行きたいと思います。
ゆっくりしすぎてもう一週間経ったよ!てへぺr