浜辺の帰り道

「ニンゲン…か、久しぶりに聞いたよ」


彼はそう言うと、海のある方へ向き直った。


澄み切った空の(もと)、穏やかな浜辺には彼の他にもニンゲンがまばらにいて、どれもクラゲのように柔らかく半透明で、大きな体を砂浜の(くぼ)んだ所に(おさ)めて横たわっていた。


「そう呼ばれた時代もあったんだ…」


寄せては返す波を眺めながら、彼はポツリと(つぶや)く。

それから体を小刻みに震わせてにゅっ、と体を起こした。「そういえば、最近のペンギンは魚を()らないそうだね」

食料(ゼリー)を食べているからね」

彼のすぐ(そば)には一羽のペンギンがいて、クチバシで()(づくろ)いをしながら答えた。


かの時代より時は流れ、すっかり暖かくなった南の大陸の海辺には、砂浜が現れはじめた。


ペンギンたちは朝日と共に目覚めると、それぞれの場所で思い思いに過ごしている。

海を泳いで遊ぶ者、仲間と話したり、浜辺で波の音を聞きながら(たたず)む者……



このペンギンはもう何度も、彼のしなやかで薄く白みがかった身をクチバシで()いて食べているが、彼に痛みはないらしく、嫌がる様子もなく黙って身を任せていた。そして、水をすくっても水面(みなも)がへこまぬ様に、傷はすぐに消えて無くなるのだった。


「なかなかの味だからね、みんな魚を食べなくなったのさ」


今は食料(ゼリー)と呼ばれる、かつてのニンゲンたち…


彼らの身はペンギンたちにとって、とてもよい香りがして、飲み込むと(かす)かに甘く感じられ、喉を(うるお)し腹を満たすのだった……

ペンギンは羽繕いをやめ、彼をまじまじと見つめた。


「いつもありがとう、ニンゲンさん。美味しい食料(ゼリー)を与えてくれて」

「どういたしまして、後継者(ペンギン)さん。私をもっと食べますか?」

「残念だけどもう、お腹がいっぱいなんだ。でも、もっとニンゲンのこと、知りたくなったよ」

いつからか、ペンギンたちが彼らを見つけて、少しずつ(ついば)むうちに、それがただの食料ではなく、かつてこの星を支配していた、種族の末裔であることを知ったのだった。

正確には、末裔の残した遺伝子(メモリー)

ニンゲンの記憶が詰まった食料(ゼリー)を食べると、様々なものが受け継がれる。


話すこと、笑うこと、仲間のために泣くこと……

未来を夢見て、過去を懐かしむこと……

歴史と文化、文明による繁栄と安寧(あんねい)……

やがて魚を捕らなくなったペンギンたちは、浜辺で食料(ゼリー)を食べ、言葉を交わし、(ねぐら)への帰り道を、思案しながら歩く事が日課になっていた。

「私も、懐かしい話が聞けてよかった」
「自分の体験じゃないのに、何でもわかるのは不思議だね」

彼はふたたび身を震わせると、今度はすっと立ち上がる。

「今日は私も歩こうか」


日が(かたむ)くと食料(ゼリー)と言葉を交わしていた他のペンギンたちも、ぞろぞろと列を成して歩き始める。



“今日、食料(ゼリー)に頼まれて、仲間の数を増やしてきたよ”

“それはすごいね、どうやって増やしたんだい?”

食料(ゼリー)をちぎった()(はし)を、(いく)つか作ってあげたんた。あとは潮風(しおかぜ)を食べて、自然に大きく育つんだってさ”

“それなら私たちも、食べるものに困らないね!いい事だ”

“そうだね、楽しみだよ”



“ニンゲンとは(なん)でしょうか?”

“ニンゲンとは心を持った生き物です、彼らは私たちが知らないことを教えてくれます。我々ペンギンの繁栄の(ため)には、ニンゲンと協力することが必要なのです……”



浜辺には仲間同士で楽しく話に花を咲かせたり、自分たちの将来について議論を重ねるペンギンもいた。しかし、大抵のペンギンは(みな)、神妙な面持(おもも)ちで、ただ黙々(もくもく)と歩いている……


「知ることは厄介なものだよ、悩みのタネも生まれるからね」


前を歩くペンギンたちを見ながら、彼は体を波打つ様にうねらせて進んでいた。

「そうかな?僕は楽しいけどね!」

さっき話したペンギンが、尻尾(しっぽ)を揺らしながら彼と並んで歩いている。

周りにいるペンギンたちの中には、動く食料(ゼリー)が珍しく、振り返る者もちらほらいたが、それより自分のことに夢中になって、すぐに関心を無くすのだった。


やがてペンギンたちは、各々(おのおの)巣のある方へ一羽、また一羽と去って行った。


「きれいだねぇ」


ふたりだけになった浜辺。金色(きんいろ)に輝く、空と海の向こうで、太陽が沈もうとしていた。


「とても懐かしい景色だ…」


彼は、感慨深げに、夕日を見送っている。


「太陽って、こんなに大きいんだなぁ」


両翼(フリッパー)を広げたペンギンが、太陽の光に包まれる。

その姿を見た彼は、ある事を思い出した。



「…あいつは、今ごろ元気かな……」


「元気だよ!」


唐突に、顔を近づけるペンギンに驚いて、彼は思わずのけ反ったが、あらためてペンギンと向き合った。


「…ま、まさか…お前なのか?」

「そうだよ、今やっと思い出した」


太陽は、いよいよ今日最後とばかりに雲を染め、水平線の彼方まで光を伸ばすのをやめない。


「いつか地球に帰れたら、また一緒に夕日を見ようって、言ったじゃないか」


「そうだったな、私も思い出したよ。しかしお前は変わったな、まるで別人(・・)だ」

「それはお互い様だろ?」


ふたりはどっと笑った。




空がすっかり暗くなり、ペンギンたちが寝静まった頃、海から潮風が吹き込んできた。

浜辺の帰り道

浜辺の帰り道

【ニンゲン…か、久しぶりに聞いたよ。】 魚を食べるのをやめた、未来のペンギンたち。暖かい南極で、今日もゼリーと会話する。 ペンギン 人間 ニンゲン 終末後 ※間接的な人食いと若干の捕食描写あり

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-08-31

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