「赤いつげ櫛」

 赤いつげ櫛両手で握り
 胸にうずめて頬で縋る
 おそれ わななき ふるえる渦の中
 女はひとり 真っ赤なつげ櫛を抱いている
 落ちた椿の
 星を呑む哀しさ いぢらしさ そしてやりきれなさ
 雫に溶かした赤いつげ櫛
 しとしとと濡れて
 ひとしお潤むその姿…
 せめて窓の眺めを見れたなら
 しじまの湖に帰れるものを
 激しき渦のよどみの内に
 細いかひなをぎりっと睨む
 女は我が身を睨む
 などて無力に 生まれたと
 声すら出せず
 咽が捻れて
 痛苦の涙したたる音もない
 渦の轟音は心を扼して
 悲鳴も助けも言えやしない
 宵闇に灯る薄くなったカンテラの火
 照すは洋墨に黒く湿したペン先と
 痛々しく白い便箋の一部
 誰に宛てるのか分らない
 されど女は
 赤いつげ櫛を抱いている
 抱くしかない
 あゝ文明の利用などもどかしい
 月の光にのって
 はやく はやく来たれ
 女の涙が絶えぬ内に

「赤いつげ櫛」

「赤いつげ櫛」

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-08-29

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