習作

短いプロローグ

「結局生命維持から切り離されて実験的に放り込まれているわけだがここに現実と夢想との差はあるのかい?」
「現実と夢想との差はもはやないよ。なぜならば生命維持というのは結局現実においても夢想でしかないからだ。もう少し説明を加えると生命維持が不可能になった時にもはやそこに現実は無い。だから夢想でしか生きる術がないのだよ」
「だったらなぜ我々は生命維持を目指すのですか、こちら側とあちら側に差はもはやないのでしょう」
「こちら側とあちら側に差がなければこちら側とあちら側という区別もないのだよ。みててごらん、すぐそれはわかるから」

本編

私は荒涼とした大地、いやそこはもはや海であってそれらの差などは我々には分からないという事が最も正しいとされる事柄なのだが、そこに1つ孤島のように建つハンバーガーショップでハンバーガーを複数個頼み胃袋をバックパックのようにしてそれらを積み込んでいる。
そこに作業と娯楽の差は無いのだが。
「最後の晩餐ですか」とあなたは問うでしょう。
いえ、実際に問われました。
「いえ、私には意味があります」
あなたは訝しそうな顔をする。その顔は確かに曇っているように見える。あなたには私を心配する必要は何も無いのに。
あなたの目の奥で歯車が回っているように見える。
「歯車が止まったときにあなたの歯車をもう一度治しにいきます。きっとあなたは生き返るでしょう」
あなたはまた訝し気な表情を浮かべる。それが事実かどうかは別として僕はその表情として咀嚼したものをまたその中に訝しいという感情を咀嚼する。その味を確かに味わっている。その味が本当なのかはわからないまま。
「実は夢を見たんです。あなたがそこには居ました。そこでは振り向いてもくれませんでした」
あなたはもう行きなさい、と言った。
僕はそこに悲しみを感じた。それか感じたかったのか。
暗い環境、そこには環境しかない、を寂寞として歩み始める。ハンバーガーショップの明かりはもう見えない。嗚呼あれが夢だったかのようだ。明かりなんて最初から無かったのかもしれない。
目がすっかり慣れてきて踏みしめる足取りをしっかりと知覚する。どんな環境も進みゆけるブーツを履いてしっかりズボンとブーツの間はベルトで縛ってなかになにも入らないようにした。背中に背負った重い袋がその足取りに重みを含ませる。分からない。静寂、寂寞。
僕の歩いている方向からラクダに乗った商人風の人物が向かってきているのが見えた。私は目を合わせないようにしたが彼の方から目を合わせてきたので仕方がない。彼は私が目をそらす暇もなく手を振って合図を出した。
彼は、正確には彼じゃないかもしれない、何者かすらも分からない、口を開いて「何を探しているんですか」
「私は清廉な泉を探しています。オアシスとも言います。オアシスを探しにこちらの方向へ歩いています」
「この先にオアシスはありませんよ。オアシスどころか何もありません。大王も黄金も斜塔だってありませんよ」
「いいえ、少なくともそこには意味があります」
「あなたは何を言うんですか、ここから先にはなにもありません。すなわち何もありません。お戻りなさい!」
彼の口調は強くなったがそこに怒りはなくてただ厳然とした事実がそこにあるようにそういう叫び方をした。しかし僕には事実に圧倒されている暇はないので、頑張ってその迫力に仰け反りながらも耐えた。僕は背中の袋の不必要性を感じた。「ええ、何も無いのでしょう。そこには意味があります。良ければこの袋をあなたが持って行ってください。あなたにはこれは有用ですが私には持っているだけ不利になっていくものです」
商人はその袋を受け取ってラクダに載せた。僕の背中は軽くなってとてもいい気分だった。
「あなたはよく分からない人だ。だがあなたの欲しいものを一つだけ取り出そう」と言って商人はラクダから降りてくっついている箱を取り外し中身をガチャガチャやり始めた。
「何が入っているんです」
「私の要らないものだ」
「写真はありますか、ここまでもそしてあなたが言うにはここからも何も無くて寂しくて」
「写真ですか。東方の写真のようなものはあります。しかし時が来るまでは見てはなりません。ほら、ここの中に入っています」と巾着袋を取り出しその中身を触ったら確かに一葉、写真があるような感触がした。
「なんの写真ですか」
「私は知りません。見てもないです。なぜなら意味が無いからです」
「興味は無いのですか」
「見てしまったらみてしまったという事実が残ってしまいます」
僕はその写真をポケットに入れてまた歩き始めた。
寒い暗さが少しずつ明けてきた。日は歩くごとに登り始めた。僕は歩いて日は登った。僕が歩くのを辞めると日が登るのを辞めるような気がして痛む足を必死に動かした。日がだんだん頭上に登ってくるのを感じた。
あなたは今の僕のことを面白いと言うでしょう。しかしこの僕を本当に面白いと思っているのですか。いやそんなことを聞く勇気なんてどこにも無かった。あなたが僕に面白くないなんていうはずもない。しかし本当に面白くなかった時、その事が僕に告げられた時に時間より先に全てを破壊することが分かっているからだ。時間が破壊するものほど緩やかな破壊は無い。時間ほど優しいものはない。
でも時間はいま、分からない。僕は不安だった。不満だったのだ。

正午か残滓

伸びていた影が縮み始めた。
僕は考えても出ない答えをずっと探し続けた。
いやこの方向に向かうのは意味がある。意味が無いという意味がある。希望がある、悦びがある、期待がある、望みがある。何も分かっていなかったのはあなたか僕か。
でも出ない、いや出さない方が良い答えなんて最も意味が無いのかもしれない。
影が無くなった。
あぁ正午、正午、正午、正午!!!正午だ!
僕は叫んだ。その時ぽとっとポケットから何かが落ちた。巾着袋だった。私はその巾着袋を丁寧にいやそれは言語化されない!言語化されないほどに解いて中身の写真を見た。あなたの写真だ。
あなたは
「歯車をもう一度はめ直しても私は戻らない。機械じゃないもの」と言った。
「いや戻るかもしれないけどそれはあなたが"歯車を治す"と言い聞かせた私じゃないわ。歯車は錆び始める、永劫なんてものはないもの。あなたは勝手に永劫を感じていただけ。多幸感で、それが永劫のように感じたのでしょ」

「教えてくれ、僕はあなたの微笑に意味を感じてきた」
僕はもう一度叫んだ。声はもう枯れていた。何度も叫んだ。
その写真に微笑はなかった。

習作

習作

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-08-24

Copyrighted
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  1. 短いプロローグ
  2. 本編
  3. 正午か残滓