祀ってはいけない

 私は霊感が強いほうだ。これまでも、この世のものならざらぬものと何度か対峙してきたが、この間少し変わった体験をしたのでここに記したいと思う。
 ある夜、近所のアパートの知り合いを訪ね、彼女とアパートの駐車場の入り口で立ち話をしていた。そのアパートは駐車場の上に5階まで居住スペースがある。駐車場の入り口からは、左右に別れた各階の階段の踊り場がよく見える。
 話している最中、ふと、5階右の階段の踊り場に誰かいることに気づいた。おかっぱ頭、白い着物に赤い袴姿、両手を胸の前で交差させている。これで小首でも傾げれば、日本舞踊とかでありそうな仕草だ。今どきそんなポーズする子がいるのかと思った。その子はこちらをじっと見つめている。
「ねぇ…あの娘…」
そう言う私の目線の先を、知人が追う。
「あの娘って?」
言い終わらないうちに、知人は大声で叫んでいた。一瞬意味が分からなかった。「狐だ!」と叫んだのだ。彼女は悲鳴を上げながら、反対の方向に走っていく。私も慌てて後に続いた。いい年齢の大人が二人、悲鳴を上げながら逃げるってどうかと思うが、そのときは必死だった。
 ちょうどその時、自転車に乗った人が通りかかって、何をしているのかと声をかけられた。見ると塾帰りのうちの娘だった。母親と知り合いのおばさんがキャーキャー逃げているのを目撃して、目を丸くしている。
「お化けが出たんだよ」と私が言うと、娘は一瞬ポカンとしたが、すぐ真顔になり尋ねた。
「どこに?」
私は黙って指を指す。
「何もないよ…」
「いたんだよ。二人とも見たんだから…。ねぇ、いたよね?」
「いた。女の子」
知人が加勢してくれる。私は普段から冗談を言ったり、人をからかったりするタイプではない。娘は私に霊感があることを知っているが、それでも半信半疑のようだ。
「見間違いじゃないの?」
「今どき着物着た子供とかいる?しかも白い着物に袴姿だよ」
「二人とも見るってある?見間違いじゃないよ」
私と知人は反論した。
 いつまでもそこにいても仕方ないので、私たちは解散することにし、知人は一人怯えながら帰った。
 後日、知人が何故そのお化けを狐と言ったのか謎が解けた。
 前のオーナーが屋上でお稲荷さんを祀っていたのだ。オーナーが変わって、そのお稲荷さんの祠はきちんとお祀りされることもなく放置されていた。怪奇現象が起こり始めたのはその頃で、夜遅くドアをノックされるということが何軒かの家で起った。ドアを開けると誰もいないという。住人の間で、あれは放置されたお稲荷さんが怒ってしているのではないかと噂するようになった。知人はそれを聞いていたが経験することはなく、いきなり本体を見てしまったと思ったらしい。私が見たのは着物を着た女の子だったが、お稲荷さんの化身だとするとあの古めかしい感じも納得がいく。それとも、お稲荷さんが祀られなくなって、変なものが出てしまうようになったのか?そもそもお稲荷さんって思っていたけれど、一体何を祀っていたのか?本当のところは分からない。
 人間は約束を違えたりもするが、人外のものは聖なるものも邪悪なものも約束を決して違えないという。一度神様をお迎えしたのなら、きちんとお世話する責任がある。お迎えした時点で神様と契約したようなもので、自分がお祀りすることができなくなって、他の人にも託せないなら、神様にお帰りいただく儀式をすべきだった。自分の願望のために神様を軽々しく祀っておいて、無責任に放り出すと、怪異を生じることになるのだ。
 結局あの祠はそのままだ。私はあのマンションの前を避けて通らないようにしている。娘も怖がって昼間でも近づかない。
 今でも怪奇現象が続いているのかどうか、知人が引っ越してしまったので分からない。

祀ってはいけない

祀ってはいけない

ホラー短編。いいのか悪いのかあんまり怖くはないです。

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-08-22

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