テン・セカンズ

大変光栄なことに、この作品が「TOPO ON THE RADIO 800文字のショートストーリー 第1回コンテスト」のグランプリを頂きました。ご評価ありがとうございます!
https://shirasu.io/t/topo/c/topo/p/20231106

2023.11.6
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これは2023年5月22日のシラス番組 (https://shirasu.io/t/topo/c/topo/p/20230522) で朗読をしていただいた掌編です。もしよかったら読んでみてください。

2023.8.18

 号砲が鳴ると、スターティングブロックから8つの肢体がしなやかに伸びあがった。俺はアイツよりも前に出た。前傾姿勢から上体を持ち上げると、みぞおちから脚の付け根までバネのように伸びる。蹴り上がる脚に余計な力は入っていない。全ての運動が胸を前へ押し出す力になっている。後ろに伸ばした脚を前へ引き寄せながら、腕を振ってこんどは反対の脚が繰り出される。安定した上体から振り放つ四肢が、地面に反発する力を確実に捉えていた。俺はフットプレートの設定を変えながら、苦しい練習をしてきたんだ。これまでスタートで前に出られず、得意の追い上げでもアイツを捉えることができなかった。しかし今日はいける。
 いや、それでもアイツは並んできた。速い。30メートル付近でアイツが前に出た。浅い呼吸に血流が悲鳴をあげた。だがこんなの予定どおりだ。全身の筋肉にまだ余力がある。ここからが見せ所だ。本当の敵は自分だ。俺はアイツをいっかい忘れよう。今出せる全てを絞り出して、それで抜けなければ負けるまでだ。だがこの差ならいける。スタートで稼いだ分、後半の伸びで前に出られるはずだ。訓練の成果は全身に沁みわたっている。血管が腫れ上がり、筋肉がちぎれるまで走ればいい。あとのことは考えない。
 おかしい。いつもと違う。風を切るというよりも、風を纏っている感覚だ。ふんわりと柔らかい。動きがスムーズだ。速い。俺は速い。気づくとあと、20メートルだ。アイツが真横にいた。しかし抜けない。アイツも後半に、備えてきたんだ。あと10メートル。俺は慌てなかった。風を纏っている。前に出た。あと3メートル。持ち前の伸びで、ぐいと引き離した。やった。青空が広い。誰も前にいない。勝った。勝ったんだ。俺は勝った。ここ一番の大勝負だ。アイツが抱きついてきた。やめろ。汗がまとわりつく。俺はフィールドの、ちくちくした芝生に倒れた。太陽の匂いだ。何も見えない。もう真っ白だ。

(了)

テン・セカンズ

テン・セカンズ

大変光栄なことに、この作品が「TOPO ON THE RADIO 800文字のショートストーリー 第1回コンテスト」のグランプリを頂きました。ご評価ありがとうございます! https://shirasu.io/t/topo/c/topo/p/20231106 2023.11.6

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-08-19

Copyrighted
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