「哀しい面影」

 歩く人がいる
 何処でもいい
 歩く人が一人いる
 顔を俯向けて
 自らの足の少し先を見つめながら
 歩く人
 その人の耳は獣の耳
 ピクピクと よく動く
 眼玉は橙の色
 ピタリ 固まったまま

 歩く人の横に
 誰かが立った
 耳は鋭く尖り
 眼は真っ黄色になった
 とおくから 三日月の睨む
 しろがねの牙猛り
 赤に染まった口内ちらつく

      誰も    いない

 口は閉ざされ
 牙は溶け
 空に月の光無く
 呆気のないエンディングを映した火燈(ランプ)の眼
 映写機をまねて
 まばたきばかりを繰り返す…

 全神経を震えに震わせ
 胎児のごとく頭でっかちなその人
 紅い枯葉を胸ポケットにしまって
 黒い外套の襟かきあわせ
 また 何処かを歩き出す
 自らの哀しい影を道連れに…

「哀しい面影」

「哀しい面影」

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-08-07

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted