名前の無い鳥

鳥たちは、鳥飼いに飼われており、山に放たれて獲物を狩ってくる。
鳥によって獲物は様々だ。

茶色いその鳥は大きな獲物は狩れないが、小さなキノコや丁度良い木の実などをコツコツ運んだ。休まずコツコツ働いた。

鳥飼いは大きな獲物を狩る鳥には、それなりの扱いをした。時には肉の餌をやり、時にはたっぷり休ませたり、立派な木を切りしっかりとした止まり木を作ってやったり。
コツコツ働く鳥に対してもそれなりの扱いをした。毎日決まった量の餌をやり、休ませることなく休んだ鳥の分も働かせ、丸太を通しただけの止まり木を置いた。
コツコツ働く鳥はそれで充分だと思っていた。けれどある日、鳥飼いが「こいつもそろそろいいか」と言うのを聞いた。そう言われた鳥が、数日後居なくなるのをコツコツ働く鳥は知っていた。どこに行くのかは知らない。
数日間、コツコツ働く鳥は考えた。もしかしたら、山に放されるのかもしれない。もしかしたら別の場所で、ただ生かされるのかもしれない。もしかしたら、殺されるのかもしれない。
コツコツ働く鳥は決めた。
もうコツコツ働くのはやめよう。そしてここを出ようと思った。そう決めたら、ここを出るための計画を練るしかない。そうして、鳥飼いの隙をついて脱出を試みた。
うまくいったと思った。
けれど、飛び立った時に振り返ったのが良かったのか悪かったのか。鳥飼いが逃げた鳥に向かって矢を放ったのが見えた。放たれた矢を避けることはできなかったが、矢を羽根に受けたまま飛ぶことはできた。けれど、矢を放つ鳥飼いを見てしまったことで、逃げた鳥の心の中に、鳥飼いに対する憎しみが生まれた。
振り返らずに飛び立っていたら、まともに矢を受けて飛べずに落ちたかもしれない。振り返ったせいで辛うじて助かったが、憎しみの気持ちを背負うのはとんでもない重荷だと思った。どっちが良かったのかは、逃げた鳥には判らなかった。

逃げた鳥は自由になった。
けれど周りのものは逃げた鳥を遠巻きにした。
「矢が刺さったままなんて」「もうそのうち…」「きっとピリピリしてるはずだ、近づくな」
逃げた鳥は遠巻きにするものたちを放っておいた。そんなことより自由が嬉しかった。

ある日、若い鳥が近づいてきた。体が黄色く、まだ飛べない鳥だった。
「それ、なぁに?」と、逃げた鳥の矢のことを聞いてきた。逃げた鳥は「何だかわからないけど邪魔なんだ」と言った。黄色い鳥は「じゃあ取っちゃえば?」と言った。
逃げた鳥は「取れればいいんだけど」と答えた。すると黄色い鳥は「ふ〜ん」と言い、もう矢には興味が無くなったようだ。そして「飛び方の相談にのってほしい」と言う。
きっと飛べるはずなのに、仲間が飛んでいるところを見たことがないと言う。逃げた鳥は、この黄色い鳥は大きくなっても飛べない鳥だと知っていた。それを教えるべきか考えた。とりあえず「飛ぶことよりも大事なことがあるはずだ」と言ってやった。黄色い鳥はその意味が判ったのか判らないのか「う〜ん」と言って考え込んだ。そして「大事なことの方を考えてみるよ」と言って仲間のところに帰っていった。黄色い鳥は、逃げた鳥が考えていたよりも利口なようだった。

逃げた鳥が自由を楽しんでいると、また黄色い鳥がやってきた。
飛ぶよりも大事なことを考えてみたけど思いつかない、と言う。仲間の鳥もやっぱり飛びたいと言い、大きくなったら飛べるんだと闇雲に信じているという。そして、逃げた鳥に
空を飛ぶ感じはどんなものか聞いてくる。それなら答えられるかと思い、逃げた鳥はぽつりぽつりと話してやった。黄色い鳥はしつこくしつこく聞いてくる。それにいちいち答えてやっていると、逃げた鳥は黄色い鳥にすっかり懐かれた。

懐かれた鳥は、自分がしていた仕事の話も黄色い鳥にしてやった。黄色い鳥は仕事に興味を持ったようだった。そして仲間の鳥の心配をしていた。大きくなったら飛べるものだと
闇雲に信じている仲間の鳥を黄色い鳥は本気で心配していた。どう思う?と聞かれて、懐かれた鳥は「キミたちは大きくなっても飛べない鳥なんだ」と教えてやった。
懐かれた鳥は、黄色い鳥がやがて白くなり、もっと体が重くなって決して飛ぶことはないことを知っていた。黄色い鳥がそれを受け入れたのかどうかは知らない。
けれど懐かれた鳥は、もう懐かれたままではいられないのだと思った。飛んだことのある鳥は、飛べない鳥のことは理解できない。一度でも飛ぶことができたなら、きっと黄色い鳥も、いつか飛べるのかもしれない。でも、もう飛ぶことを諦めてしまった鳥は飛べないのだろう。
懐かれた鳥は、また自由になった。

自由になった鳥は、川辺で誰にも見つけられない場所で、ひっそり死んでいる鳥を見た。その羽には矢が刺さっていた。

自由になった鳥は、鳥飼いへの憎しみを思い出した。もう自由になった喜びよりも、鳥飼いへの憎しみの方が強くなってしまった。
その憎しみは、自分の羽に刺さった矢の痛みをも強くした。その痛みは自由になった鳥を苦しめるようになった。
ある時、ふと、その痛みが消えた。自由になった鳥は考えた。あまりの痛みのせいで鳥飼いへの憎しみも消え、もはや何も感じない。そうすることで痛みが消えるのだと思いついた。自由になった鳥は思った、そうか、何も思わなくなれば、何も感じなくなれば、この痛みは消えるのだと。そうして何も思わなくなる努力をした。
痛みは無くなった。けれど何も思わなくなった鳥は、他の鳥を傷つけることにも何も感じなくなっていた。
何も感じなくなった鳥は、自分が何も感じなくなっていることに気づいていなかった。
憎しみが痛みになり、その痛みを消すために、心を消した。楽になったから、それが最良の方法だと思った。けれどそれは、心を失うことだった。

心を失いかけた鳥は、自分と同じような鳥を見つけた。
その鳥は、黄色い鳥を狙っていた。心を失いかけた鳥は、それに気づかなかった。
自分と同じような鳥をよく見ると、羽に、向こう側の空が見えるほどの大きな穴が空いていた。矢で撃ち抜かれた後、刺さった矢を抜いたのだろう。そしてその鳥は、鳥飼いと同じ目をしていることに気づいた。
鳥飼いと同じ目をした鳥は、黄色い鳥を連れ去ろうとしていた。それを見て、心を失いかけた鳥は、気がついた。憎しみを消すために心を消すことは最良の方法なんかではない。
心を消せば、他のものを傷つけても何も感じなくなるのだ。

心を消すのをやめた鳥は、痛みに耐えながら黄色い鳥を助けた。黄色い鳥は仲間を心配していた。でもそれは無用な心配だった。黄色い鳥たちが成長した体の大きな白い鳥は空は飛べなかったが、仲間を守る力は絶大だった。集団で、心を失った鳥を追い払った。

空なんか飛べなくても、できることはたくさんあるんだ、と黄色い鳥は呟いていた。
心を取り戻した鳥は「そうだな」と、その独り言に答えた。
黄色い鳥が大きくなり、白い大きな鳥になったその先のことは、とても言えない。ただ、解ることは、黄色い鳥の世話をしている鳥飼いは、自分が知っている鳥飼いとは違う目をしていることだ。黄色い鳥の世話をしている鳥飼いは、いつも黄色い鳥たちの様子を気にかけていた。そして時々とても優しい顔をして黄色い鳥たちを眺めていた。
白い大きな鳥たちの世話をする時の鳥飼いも、どこか楽しそうに見えた。でも時々、白い大きな鳥の世話をする鳥飼いが、痛みをこらえるような顔をしていることがあった。そしてそんな時はいつも「俺たちのために、ありがとう」と呟いていた。
心を取り戻した鳥は、こんな鳥飼いが居ることを今まで知らなかった。

黄色い鳥は、心を取り戻し再び自由になった鳥に「どうして矢を抜かないの?」と聞いた。自由になった鳥は「いいんだ、このままで」と言った。

「でもその矢、なんか小さくなってるよ。折れたんじゃない?」
そう言われて、自由になった鳥が、羽を広げてみると、以前は長く邪魔だった矢は折れて短くなっていた。これならもう少し遠くまで飛べそうだと思った。
黄色い鳥は「やっぱり飛べるのはいいな。うらやましいよ。空を飛べるのは幸せでしょ?」と言った。

自由になった鳥は白い翼を広げて「そうだね」と答えた。

名前の無い鳥

名前の無い鳥

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-08-05

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