The smell of loneliness

The smell of loneliness

「今日で何回目の誕生日だって?」
 ネクタイを緩め、そいつは嫌味なほどくつろいだ様子でグラスを傾けた。今日が俺の誕生日だってことを知ったのはついさっきなくせに、まるで自分が祝いの席を用意したかのような口ぶりだ。
「もう数えるのも嫌になったよ」
「そう言うなって。お祝いのキスをしてやろうか」
「ああ。それならとびきり濃いのをたのむよ」
 酒臭い舌が絡みついてくる感覚が体を熱くさせる。酒もキスもすぐに足りなくなって、もっともっとと強請ることを止められない。
「まったく、この年になってもお前とf*ckしてるなんてな」
「何言ってる。俺が何のために毎日トレーニングしてると思ってるんだ? お前の相手をするためだよ」
「そりゃありがたいね」
 再び重なった唇はさっきよりもずっといやらしい音を立てている。その間器用に外されたネクタイが音も無く床に落ちた。
「せめて髭は剃ってもらえると助かるんだが」
 キスの合間にシャツのボタンを外しながらこいつは言う。俺は作業つなぎの前を開け、上を脱いだところだった。
「おいおい。俺の大事なアイデンティティだぞ」
「馬鹿言え。ナカの形ほど正直なものは無いぜ」
 あっという間に身ぐるみを剥がされて、思わせぶりな指先が入り口をなぞる。期待していることを悟られないように、俺は言う。
「入れる穴を間違えて、鍵の方の形が変わってないといいんだが」
 ふん、とひとつ鼻で笑ってから、妻も子供もいる男とは思えないほど淫らな指使いで、こいつは俺の体を開いていく。明らかに妻以外の女にも、もしかしたら男にも触れている手だ。
 妻、というのを俺も三回ほど持ったことがあるが、どれも二年と経たずに終わった。この世にはどうやら俺の子供もいるらしいが、顔を見たことも声を聞いたこともない。いまごろ俺ではない誰かをパパと呼び、満ち足りた生活をしているんだろう。それを思うと、俺は自分の子供にさえ嫉妬してしまう。まして会ったこともない子を愛せと言われても、どだい無理な話だ。心配しなくたって、そんなことを言ってくる奴も、世間話を振ってくる奴も、俺にはいないんだが。
「考え事とは余裕だな」
「……っ」
 指の動きが大胆になった。こいつほど俺の体を理解している奴はいないだろう。だが心の中までも明け渡してなるものか。俺は漏れ出る声を抑え、力一杯シーツを握る。
 どうせ誰と一緒にいても上手くやれないなら、いっそ独りでいた方がいい。だが予告も無しにやってくる虚しさをどうやって埋めればいい? 気まぐれに現れては俺を慰めるこの男を手放すことを、誰よりもこの俺が許してくれない。かりそめの満足で埋めるたび、虚しさはさらに深さを増すというのに。
 空っぽな俺のいちばん空っぽな場所が、暴力的なほどに膨らんだ熱で満たされていく。このまま時が止まればいい。盛りのついたサルみたいな格好で下品な汗を額に浮かべたまま、俺もお前も終わってしまえばいい……だがそれは叶わない。早鐘のように、体に打ち付けられるリズムはどんどん速くなる。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……」
 事のあいだ、こいつはずっと悪態をついている。大人しい顔をして若い男をはべらせている妻に、仕事を押し付けてくる上司に、無理難題ばかり要求してくる嫌な客に、ドラッグに溺れている息子に。なあ、俺たちどこで間違っちまったんだろうな。
 また一つ終わりがきて、また一つ空虚が増えた。広がった穴はなかなか塞がらない。俺はそのままベッドにうつ伏せる。安モーテルのシーツは、煙草と汗と、底知れぬ淋しさのにおいがした。

The smell of loneliness

The smell of loneliness

  • 小説
  • 掌編
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2023-07-20

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