氷霜

疲れたとき。どっちに進めばいいのか分からない。
けれど、倒れても、今を踏みしめる。

極寒でも、灼熱でも、這いつくばって行く

 雪原。
 果てしなく広がる白の世界。深い雪に埋まった両足。このまま突っ立っていたら、頭まで覆われそうな世界。綿のように軽く、雪上を進むものを嘲笑うように地下へといつの間にか引きづり込む。
 僕は片足を引き上げて、進まんとした。幻覚のように踏む床は一気に下がる。体が揺さぶられて、たったこの一歩で息が煙のように吹き上げる。励ましなのか、それとも悪戯なのかそれは乱反射して煌めいてゆく。
 しかし太陽が思いのほか痛い。上からも下からも顔面に突き刺さってくる。顔がやたら火照っているんだ。だから冷風のせいじゃないだろう。どっち付かずのはた迷惑なことだ。いっそ全身が凍えるほど冷えるなら、みの虫のごとく着込むのに、こうも一部が熱くては、着込むのもためらう。
 口から汽車のように煙を吹き上げつつ、次の一歩を出す。僕はどこへ向かって足をあげているのか、分からない。目印もなにも定められない、この真っ白な世界では方角なんてものは失っているのだから。ただひたすら、底の知れない白で覆い隠され消されないように、進んでいるだけだ。いつかくるであろう春を心の支えにして。それはこの無慈悲な真っ白な世界をとかして、辺りを表情豊かにしてくれるはずだから。
 どれだけ、僕は進んできたのだろう。振り返っても太陽の眩しさでよくわからない。僕はそれでも顔の火照りと、歩を進めたおかげで次第に体全体が熱くなってきていた。服の中は恐らく、汗でぬれている。首筋を拭うとしっかり指に汗がついて見えた。けれど一瞬にして凍り付いてしまう。僕には冷たいものだ。
 体も疲れが出て来た。何かに腰をかけたい。けれどそうしたらば、すぐにこの白の怪物に喰われてしまう。もう一つ、何かがほしい。いつかくる春のほかに。そう、どこへ向かっていけばいいか、方角の指針だ。向きでも分かれば、幾分も違う。
 僕はなぜ今まで忘れていたのか。懐に忍ばせていた方位磁石があったじゃないか。常に持っていたじゃないか。それに気づいた僕は、自嘲して懐をまさぐった。意外と深い所で、ほぼ肌にあたる位置にあった。さぁと意気込み、平行に掲げた方位磁石は、僕の一縷の想いを繋ぎはしなかった。自身の内に秘め、汗にまみれていたそれは、外に出した瞬間に凍り付いてしまっていた。急いでふるってもさすっても、もう遅かった。
 僕はどっと疲れを感じた。いきなり豪雪が肩に積もったように重かった。朦朧とする意識。足を進めるにも、本当の幻覚であるように雪に足をとられ続けた。綿のように振る舞っているくせに、積もってしまえばこんなにも重くのしかかる。何を僕が突き動かし続け、口走るのかもう分からなかった。
 ついに僕は前のめりに倒れ込んだ。さすがに火照った体には冷たくて気持ちいい。と思っていた。しかし熱せられた鉄のように、熱かった。太陽は真っ白の雪でさえも、こんなにも熱くさせるのかと揺らめく世界を眺め思った。
 弱々しい思考が自動的に張り巡った。そんなわけがあるまい。すると体が悟って訴えてきた。見える世界は真っ白なままだったが、肌に触れている感触は、雪の冷たく滑らかなものではなく、ざらついた砂のようだった。消え行く意識で、僕は悟った。ここは雪原広がる冬でも、息吹広がる春でも、踊りめく夏でもなく、太陽という明だけを求め続けたゆえに、色も干涸びて白い砂と化した不毛な砂漠にいたんだと。そして静かに小さな砂煙が太陽のもと上がっていった。小さな粒子のそれは煌めきを残して。

氷霜

いつだって、この境地にいる。誰だって。鈍感でなければ。
挑むものは、才能とかそんなものではなく、諦めないことが一番強い指針(心力)。

氷霜

寒いのか暑いのか分からない凍てつく雪原。そこを春を支えに、一歩一歩踏みしめて進んでいく。 進んでいるのかすら分からないけれど、一歩を出す。雪の深さに足をとられ、疲労はたまる一方。コンパスのような羅針盤のような指針さえあれば。 けれど、そんな誰かが作ったものの明かりは、直に凍てついて使えなくなる。 その他力に寄ってくだけて、倒れて、そこで気がつく今の居場所。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 青春
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-06

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