人狼(ラフ)

あらすじ

『あなた』は人狼なる生き物が起こした騒ぎに巻き込まれた。

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登場人物

 ①主人公:イア・ウェール
             ……共有役。いざ旅に出ようとしたら領主に旅立ち前の最後の仕事を押し付けられて萎えている。全員人狼ってことにして殺しちゃダメかと考えている。勇者の子孫。
 ②人狼A :マイティシヴ(フロー・)=ノイタディウクイル
              ……人狼役。兄。故郷で殺されかけて逃げてきた。最後に人間を食べたのは3ヶ月前。最近この町に越してきたばかりの人間、という設定。
                     裏を取られたら一瞬でバレる。
 ③人狼B :レーンス(フロー・)=エルエウ
              ……人狼役。弟。故郷で殺されかけて逃げてきた。人食に忌避感があり、吐くのを我慢して食べていたほどだがもうそろそろ生命的にも限界だった。最後に人間を食べたのは一昨日。村娘になり代わったが、その日を境に表情がおかしい。
 ④町人C    :デイ=ピュトス
              ……村人役。なぜか『人狼』という言葉とこの状況を聞いてから全員の主導権を握ろうとしてくるようになった。周りが見えていないのか非人道的な提案をして周りの信用を無くしていることに気づいていない。状況を大体悪化させていく。
 ⑤町人D     :エルクロ=イデム
               ……村人役。ただ流されているだけ。
 ⑥町人E:イトリス
               ……村人役。行商人。この村にやってきたばかりで、アリバイがあることを主張し、人狼の正体を知っていると言う。
 ⑦死霊術師:リヴィエ 
                  ……霊媒師役。やけに胡散臭く、この状況を楽しんでいる。『その気になれば』人狼が不意打ちして来ようが殺せる。悪ノリがひどい。
 ⑧騎士:サギン 
           ……狩人役。変わった口調の中年女性。『人狼』に対して何か思うところがあるようだ。『その気になれば』全員瞬殺できる。頑固すぎる。

 ⑨占い師:名乗らない
             ……占い師かつ共有。主人公に送り込まれているため人狼ではないことが確定している。誰が人狼であるかを占えるが金を払わないとしゃべらない。
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1


広場に置かれた急拵えの長机の周りに、9人の男女が等間隔に座らされている。
その上座に座った女がため息をついた。

「おや、代官様。どうされたんですため息なんぞついて」
「そりゃあため息もつくだろ、今日『勇者の旅』に出る予定だったんだぞワタシは」
「昨日の壮行パレード凄かったですもんね、剣を掲げてる代官様かっこよかったですよ」
「やめろ、あそこまでやって今日ここにいるのってのがなんか恥ずかしく感じるから」

話しかけられた代官は机に肘をつき、天を仰ぐ。空は太陽が中天に差し掛かるところ。
呑気に燦々と光っているそれを恨めしそうに睨みつけている。
『あなた』は、代官に自身の隣に座っていた優男が気さくに話しかけるのを見ていたら、優男がこちらに気づいた。

「私の顔に何かついてます?」
「いえ、随分と楽しそうだなと思って」

これから死ぬかもしれないのに、と続けようと思ったところで『あなた』はその優男に覚えがあったことに気づく。遠目でしか見たことはないが、確か彼は二つ先の通りのお屋敷に孤児たちと住んでいる慈善家のお大尽さまで、名前は、

「リヴィエです、よろしく」
「どうも、レーンスです」

『あなた』はリヴィエから差し出された、すらりと細い手を握り返して返答する。それを見たリヴィエはおや、とかすかに驚いた顔をする。あなたがどうしたのかと聞くと、いやあ、と一呼吸おいてから彼は話し始めた。どうもこの男、話す前に一呼吸置く癖があるようだ。

「『握手』なんて南の方じゃともかく、ここら辺じゃあ随分珍しい挨拶でしょう。私はこの文化が好きでいつも反射で出してしまうのですが、大体不思議な顔をされちゃって気まずくて。あなたも南部の方で旅などしたことがあるんでスカ?」
「いいえ、全く無いですが、てっきりこういう物だと思って」
「ああ、いや、疑ってるつもりじゃあないんです。すいませんね。話題のチョイスを間違えちゃって」

アハハなどと朗らかに笑っているリヴィエに『あなた』は笑い返しながらも内心ではこの男に『油断ならない嘘つき』のレッテルを貼った。
もうすでに疑いあいは始まっているようだ。周囲を見れば、各々近くにいる人を味方につけようとしているのか。あるいはその逆に、周囲の人間の誰が『そう』なのか探っているのか。各々が積極的に話しかけ、すでにいくつかのグループに分かれているようだ。

彼らを一人ずつ見回しているうち、『あなた』は斜向かいに座っている幼馴染の青年と目が合うが、なぜかすぐに目を逸らされてしまう。
『あなた』は青年に話しかけた。

「おいピュトス、なんか昨日から調子悪そうだけどさあ、大丈夫か?」
「えっ!」
「本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ!元気だよ、本当に……」

『あなた』はそこで引き下がったが、どうも心ここにあらずといった様子のピュトスのことは本当に心配に思った。
確かに、この周囲の区画から隔離された状況で不安になるのは当然だし、ピュトスの隣に座っているもう一人の幼馴染のエルクロなんかピュトスの腕にひし、と抱きついて俯いている。
だが、ピュトスの様子を見た『あなた』はちょっとした引っ掛かりを感じていた。少なくとも、彼は状況に恐怖ではなく緊張を感じているように見受けられる。
その違和感の正体が何から来るものなのかを考える前に代官が立ち上がり、長机を腰に下げた剣の柄で乱暴に叩いて全員の目を自身に向けさせる。

「手短にやろう。昨日から一晩明けたところだが、この中で今の状況がいまだに分かってない者がいたら素直に手を挙げてくれ。怒らないからな」

そうよく通る声で代官が言うと、エルクロが遠慮がちに手を挙げる。それに追従して、もう一人代官様の隣に座っている、いかにも気弱そうな壮年の男も手を上げた。『あなた』はその男に見覚えがなかった。それらを認めて頷いた代官は手元の羊皮紙を手で叩きながら話し始めた。

「まず、最低限この部分はお前たちも理解していると思うが、一応言っておここう。昨日の昼、この区画の地面から『人間の首から下の内臓』が一セット発見された。内臓は判別を避けるためか野犬かまではわからないが、グチャグチャにされていた。だが、それがまだ新しいこと。その特徴的な『残し方』から我々はこの地域に『人狼』が紛れ込んだと断定、即座に周囲一帯を封鎖した」

「すいません、そもそも、その人狼……って何ですか?まさかよく御伽噺に出てくるアレのことじゃないでしょ」
「いいや、それだ」
「そうだっ……て言われても、そしたらもう誰が人狼かなんてわからないじゃないですかそんなの」
「実際そうだし、ワタシは今でもそう思ってる」

二の句が継げないエルクロを一瞥して代官が話を続ける。

「元々、この区画に人狼が混じっていると分かってから、完全にアリバイのあるもの等を排除し、最後に残った8人がお前たちだ。ぶっちゃけると、お前たち8人を殺せばこちらとしては決着が着く。実際、昨日の夜まではそういう話になっていた」
「な、そんなの横暴だ!」
「ワタシもそう思うよ、この町の官吏は現場が見えてない」

ピュトスが思わずといった様子で椅子から立って大声をあげる。それにあっさり同意した代官に対し肩透かしを喰らった顔の彼の腹を隣に座っていた、全身を鎧に包んだ大柄な人が軽く叩いた。

「もし全員殺して終わりにするんだったらここで状況説明などしないであろう、もう少し代官の話を聞こうじゃないか」
「……はい」

そのくぐもった声を聞くに、何と鎧の中身は女性らしい。彼女は、ピュトスが息を吐いて席に座り直し、その背中を「まあ落ち着きなよ、今からそんなんじゃ疲れてしまうぞ!」などと言いながらバシバシと背中を乱暴に叩いていた。そのあまりの強さに咳き込んでいるピュトスの向こうで、『あなた』は、代官がその中年の女性の一挙一動を注視していることに気づいた。代官は足を開き、かすかに腰元の剣にその手のひらが向いている。

「まあ、『全員殺して』の頭数のなかに彼女を含めているとしたらここの官吏はだいぶ阿呆かもね」

リヴィエが小さくつぶやく。『あなた』の知る限り彼女はたまに町を警らしている普通の兵士であったような気がするのだが、実はすごく強かったりするのだろうか。周囲が落ち着いたのを見計らって代官が手元のスクロールを開き、そこに目を通す。

「実際、ワタシたちの領主は今回の出来事に心を痛め、このようにワタシに仰られた。『市民全員の殺害は人倫にもとる。イア・ウェールの名の下に町民たちの中に紛れた人狼を全て見つけ出したと宣言した場合、この布告によって区画の管理を終了すべし。』つまり、お前たちはこれから自分自身で話し合い、『人狼』なる人に化ける魔族を見つけ出し、自らの潔白を証明する以外にここを生きて出ることはできないと言うわけだが、」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

さっき手を挙げていた中年の男性が泡を食った様子で挟んできたのに全員が目を向けた。

「私はどうなんです!この国に来たのは昨日で、それからギルドで露天の営業許可の話し合いをしていたからアリバイも完璧でございます!」
「あんたはここ数日で唯一の余所者だったからな。変なことに巻き込まれて運が悪かったと諦めてくれ」
「そんなあ……」
「まあ、そう言うわけだ。ワタシは君たちのことを全員昨日の面談で知っているが、ひとまず全員自己紹介をしてくれ」

そう言い終えると代官は自席に座って手元の書類の束を読み始めた。
全員一様に沈黙が落ちる。

『あなた』は緊張した面持ちのピュトス、今にも泣き出しそうなエルクロをその視界に認めながら、机の下で拳を握り、決意を新たにした。
生き残らなければならない。



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『調書1:町人マイティシヴの弁明』

【ここに世界観説明を兼ねてマイティシブがボロを出す様子を書く】

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2



「じゃあ、まず俺から紹介をさせてもらって、そこからこう、こっち周りに一人ずつ自分の名前と職業。あと自分の『超能力』も教えて欲しい」
「超能力もかい?」
「ええ、その、何が役に立つかもわからないですから」

『あなた』は少し意外そうな目でピュトスのことを見つめた。彼はこう言う時、イニシアチブをとろうとするタイプではなかったはずだが、こう言う土壇場でリーダーシップが芽生えるタイプだったようだ。その『あなた』の顔を見て少しだけ微笑んでから彼は自己紹介をした。


「俺の名前はデイ=ピュトス。職業は大工で、使える超能力は一言で言うと木工」
「木工?」
「こう言う感じです」

 なんだかんだでこちらの話を聞いている代官の疑問を受け、ピュトスが机に手をつくと、ただの一枚板でできたそれにゆっくりと切れ込みが入り、蔦の装飾がゆっくりと彫られ始めた。

「もしかして君、『へんてこピュトス』か?」
「うっ」


リヴィエに声をかけられてピュトスが恥ずかしそうに呻く。

「そのあだ名は好きじゃないんですけど、はい。そうです」
「あの球の中に入ってるみたいにぐるぐる回転する遊具作ったの君だろ?ウチの子たちが面白いって喜んでたよ」
「そうなんですか!ありがとうございます」
「まあ全身遊びすぎてその場でゲロ吐いたらしいけど」
「ええ……?」

その場の何人かがどんな遊具なのか想像がついていないのだろう、怪訝な顔で腕を組んだりしている。
まあ、あれは実際に見ても遊び方の想像がつかないだろう、とあなたは思った。
彼が作った、大中小三つの輪っかの中に人間を縛り付けて縦横無尽に回す遊具は何なら完成時に呼ばれて第一号として遊んだ時、『あなた』もゲロを吐いた記憶が苦い思い出として残っている。

 「まあ、いま我々が直面している問題の解決には貢献できませんが、一応紹介は終わりです」

なんだかんだ自分の作品を褒められて嬉しかったのか、はにかみながらピュトスは座った。少し緊張も解れたようだ。
続いて、彼の隣で縮こまっていたエルクロがピュトスに促されて立ち上がる。

「あの、その、アタシ」
「落ち着いて、ゆっくり」
「う、うん。アタシはエルクロ=イデム。職業は、そこの酒場で働いてて、その、超能力は『音を分けれ』ます、それだけ……」
「音を分ける?」

さっきから代官が変なところでつっかかってくる。立場が上の人間に恐縮しながらエルクロは能力を実演する。

「ピュトス、レーンスちゃん。適当な言葉をなんか同時に喋ってみて」

名前を呼ばれた『あなた』はピュトスと一瞬だけ目を合わせて、

「シャックルルの塩焼き」
「ウサギのパイ包み」

「なんで料理名……」
「じゃあもう一回同じ感じで話してちょうだい」

「シャックルルの塩焼き、ウサギのパイ包み、エール三つ!」
「何で代官様まで……」

何か今回来た代官ハズレな気がするな、と『あなた』は思った。
ともあれ、この能力がどう言うものかは代官も納得したらしい。

「なるほど、同時に聞こえてくる音を順番に並べさせることができるのか、面白い超能力じゃないか」
「ど、どうも、アタシはこの能力があるから忙しい店内でも注文を間違えないんです、それ以外何の役にも立たないですけど」

それを聞いて、隣に座っているリヴィエが『あなた』に耳打ちをしてきた。
「あの能力結構やばくないですか?」

 それに首を振って『あなた』は同意した。あの超能力はやりようによっては他人のセリフを封殺したり、逆に強制的に議論の形式を取らせることができる。と言うより、酒場の諍いを止めたりするのにそのような使い方を彼女は頻繁に使用しているが、それを大したことと思っていないのだ。
あまりにも当たり前に使いすぎて近くにいるピュトスもそこらへん気づいていないようだ。『あなた』もそのことを彼女たちに言う気はない。
 超能力は『分を超えた能力』だから超能力と呼ばれるのだ、と酒場にいた詩人が嘯いていたことがあるが、そういう点で彼女は非常に賢明な女なのだ、と常々『あなた』は思っているからだ。

 特にそれ以上言うこともないので、エルクロはさっさと座った。
 
 そして、その隣の顔をフードで覆った男が微動だにしない。気まずい空気が流れる。

 「あの……」
「あー、待った。そいつはワタシの知り合いで、ちょっと性格が悪いんだ。」

 代官は少し苛立ち始めたピュトスを制すると、足元にある袋から何かを取り出し、その男に向かって放った。それは綺麗な放物線を描き、男の前に音を立てて落ちた。紙幣である。

 「ルルエイの不換紙幣じゃないか」

 兜の中から驚いた声がする。内心、『あなた』も同じくらい驚いていた。我々がルルエイという地名を人生で最初に聞くのは、親から叱られるときのこんなフレーズからである。

『次悪いことしたらルルエイに置いてっちゃうからね』

普通、こんな話はいくらでもバリエーションがあって、長じてから御伽噺の中のお話に過ぎないと当時の親の子供騙しに苦笑するのが関の山だろう。ルルイエを除いて。物の分別がある程度着くようになって、この国が実在し、しかも今我々のいる国から見えるあの大きな山を一つ超えたすぐ先にあるのだと知った時、この話は子供に伝えるべきだと我々は思うのだ。

魔族魔物の国。ルルエイ。倫理のない化け物どもの国、悪魔たちの住処。魔王の座すところなどと言われるその国は、百年前に勇者と魔王が一つの取り決めをするまで人類との全面戦争状態にあったその国にこの代官は赴こうというのだ。

つまり、この代官は少なくとも只者ではあるまい、と『あなた』が自身の頬に冷や汗を垂らしている間、端にいるその男は紙幣を高速で数え終わると、もったいぶった口を開いた。

「名前は言わない。職業は占術師。超能力は秘密だ」
「いやそれはダメでしょ」
「何が」

【ここに適当な諍いを書く】

 代官がまた紙幣を1束、彼に向かって投げると、それを数えた男は自身の持ち込んだバッグから何故かランチョンマットと木皿を取り出し、机の上に置いた。そして、その上で手を振るとその木皿の中に豆と角切りにされた根野菜の入ったスープが湧いて出てきた。それをじっと占術師は見つめた後、グッと飲み干し、

「うまい」

とだけ言って驚くほどの笑顔を見せながら舌で唇を小さく舐めた。

 今のは何だ、と『あなた』は思ったが、今のスープは確か酒場のメニューであることを思い出し、その能力に見当が付き、背中に氷柱をいれられたかのような戦慄を覚えた。

 さっきまで呆気に取られていたピュトスの腹がなる音がし、全員が彼の方を見る。

「あ、いや。昨日の夕飯に食べたスープそっくりだったから、つい……」

とへんな言い訳をする彼をよそに、代官が紙幣をまた一つ投げ渡しながら言う。

「この男は対象の人間が最後に食べた食事を再現できるという超能力を持っている。汁物限定だけどな。まあ、今回はそれで十分だろう」
「そうか、じゃあ彼に全員の食事を見せて貰えばそれで終わりじゃないか!」
「それがそうでもない。1日1回限定だし、今の話を聞いて人狼が人間の飯をスープだけでも食べればご破算だからな」
「いや、それはどうだろうか」

リヴィエは声をあげた。

「人狼は人間以外を食事と看做しているのか?という点については微妙なものがある」

【ここに人狼は人間以外を食べるが、そうするとそのまま餓死する設定を入れる】

『あなた』の順番が回ってきた。あなたは立ち上がって、周囲の反応を窺いながら話し始めた。

「私の名前はレーンスと言います。職業は代書業を営んでおります。超能力は、お恥ずかしいのですが『手から甘い水が出せます』」

そう言うと、端から木皿と紙幣が一枚机の上を滑ってきた。
見れば、男が顎をしゃくって入れろ、と促している。

「まあいいですけど……飲むんですか?」
と言って、自身の右手を木皿の上に差し出し、

「注ぐところはちょっと気持ち悪いでしょうから……『スイ』」

瞬間、手のひらの上を伝って水が瀬音を立てて木皿に注がれていく。

「魔法が使えるのか!」
「ちょっとだけですけどね」

代官が小さく驚いているのに軽く返事をして、まあまあ量が溜まった木皿を男のところまで持っていき手渡す。
男は、ルーティーンなのかその皿の中にある水をまじまじと見た後、グッとそれを飲んだ。

「飲むんだ……」

エルクロが顔を顰めながら言うのに同意しながら、彼が飲み干すのを待つ。ごくっごくっと音を立てて水を飲み干すと、

「うすい」

と言いながら手元から紙幣を2枚、追加で差し出してきた。まあ、貰えるものはもらっておこうと『あなた』は思った。

そうして自席に戻った時、リヴィエが急に私の手を取ってきたので反射的に払った。

「何ですか急に!」
「いや、ちょっと確認何だけど、今のって本当に彼女の超能力?」
「え、そうですけど……」

エルクロが答え、続いて目を向けられたピュトスも不思議そうな顔で首肯する。

「ふーん、そう」

リヴィエはそう言って引き下がったが、『あなた』に今の質問を乗り切った安堵は訪れなかった。
この男、『人狼』について明らかに他の人間よりも詳しい!

『あなた』は隣人に十分な注意を払いながら、水で流れ切らず、手のひらに少しだけ残っていた白い粉を机の下で音を立てないように拭った。



「じゃあ僕の番だ、代官様、昨日の発言の用紙って今持ってますよね?」
「あ?ああ」
「あれみんなに回してもらってもいいですか?」
「ええ……秘匿資料なんだけど」

まあいいか、と言って代官は筆を取り出し、何箇所かを黒塗りにした上で全員に紙を回し始めた。




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『調書2:死霊術師リヴィエとの雑談』


ここ、座っても?……どうも。
しかし、これは、うーん、流石に参った。

(人狼に殺されるかもしれないからか、と質問)

 ああ、いやですね、僕。こういう『職業』してるでしょう。だから近所で事件が起きた時なんか、取り敢えず僕が疑われることが多いんですよね。当然、大体無関係なんですけどね。特に近所で盗みが起きた時なんか、ゾンビを操って夜な夜なものを盗ってるんじゃないかってーー。

(疑われるようなことをしているのか、と詰問)

 そんな、いいえ!もちろん禁忌に触れるようなことは何も研究しておりません!
僕がわざわざ死霊術師と名乗っているのは、『そういう危険な研究をしていない』って世間に示すためでもあるんですから。

(そういう、とは何かを質問)

 ふふ、わかっているでしょ。でもまあ、この面接、いや尋問かな。これって公的な書類になるんですよね?

(首肯)

 ならちゃんと宣言しておきましょう。いつか何か役に立つかもしれませんし。
 
 『私、死霊術師リヴィエは知的生物の死者蘇生、不老不死、魂の実在性に関するあらゆる研究に現在着手しておらず、今後もすることはありません』

 ……書いてくれました?

(首肯)

 ありがとうございます!もし事件が解決したら写しを一部下さい。

(同意、また、先ほどの宣言が真実であるか確認する)

 はい勿論!まあ当然、興味はありますよ?『魂』もそうですけど、特に不老不死なんか、死霊術師じゃなくっても皆一度は憧れるものじゃないですか?

(否定)

 そうかなあ。屋敷に住まわせてる孤児のみんなに聞いても大体欲しいっていうんですけどね。
 研究を許してくださっているお国には悪いですけど、こればかりは嘘つきません。逆に誰かに強要されたって研究は致しませんが。もしバレたら裁判すっ飛ばして死刑じゃあ本末転倒ですよ。
 ああ、そりゃあ今も同じか!

(笑い)

 ひどいなあ、自分だけ絶対殺されないからって余裕で。そりゃあ代官さまじゃあ人狼『ごとき』に襲われたって絶対負けないでしょうけど。僕も負けないですけどね。
 ……すいませんね、横道に逸れてばっかりで。

(むしろもっと話を聞きたいと促す。これは、官吏より死霊術師のリヴィエに違法研究の疑いありとの報告、及び要請に基づいた尋問の目的に依る)

 官吏さんに頼まれました?

(同意する)

 そんなあっさり(笑う)。じゃあついでにお願いなんですけど、僕が変なこと言ったら調書から消してくれませんか?
 
(否定。上手く話せ、と顎をしゃくる)

 ですよね(大きく笑う)。でも本当に変なことはしてませんよ?
 さっきの宣言は、死霊術師とこの国との間での基本的な約束事ですし、僕はそれを心から尊重しているつもりです。だって、上の約束事をする理由が、「みんなが生き返って死ななくなったらご飯と土地が足りなくなってむしろ人口が減るから」だなんて随分あけすけでしょう!
 じゃあ仮に「ご飯と土地が無限に生産できるようになったら死者蘇生の研究をしていいのか」って直接王様に聞いたことあるんですよ。
 王様なんて言ったと思います?「そうなったら逆に全力で研究しろ」ですって!
 その日のうちにここに家買っちゃいましたよ。
 
 好きですねぇ、王様。フランクだし。
 まあ、あの人。明らかに人間のことを自分のおもちゃか何かと思ってる節はありますけどね。
 流石に『地獄』で隔年過ごしてるだけはある。今回も『無用な犠牲を無くすため』って言ってましたけど、多分仲間内で誰が生き残るのか賭けてる気がするんですけど、どう思います?

(肩をすくめる)

 うわ、それ書き残しちゃうんですか。すごいなあ。



(ここから以下黒塗りの工夫をする)

(他の七人のなかで誰が人狼だと思うかを質問する)

ああごめんなさいね、自分の話ばっかりしちゃって。誰が人狼だと思うか、ですか。ふむ。あー、直感で申し訳ないのですが、やっぱりマイティシヴさんじゃないでしょうか。なんていうか、雰囲気?立ち振る舞いが人狼っぽいんですよね。

(ここから以上黒塗りの工夫をする)


(人狼に詳しいのかを質問する)

 別に詳しいわけではないですけど……。(数秒沈黙)ま、いっか。昔、人狼のコミュニティで生活してたことがあるんですよ。ああ、いや全然人狼じゃないですよ僕は、毎日人間のご飯を美味しくいただいてますとも。
 だって、人狼って食べた人間の記憶だけじゃなくて人格まで引き継ぐんですよ。それって一種の死者蘇生じゃないですか?

(それは死者蘇生の研究にあたらないのか、並びに、全然さっきの宣言を守ってないじゃないかと呆れてみせる)

 この国に来てからはやってないからいいんです!それに、人狼の生態も当初思っていたのとは違いましたしね。
 
(違う、とは?)

 人狼って人間か魔族しか食べれないんですよ。で、人狼って魔族でしょ?だから彼らが住んでるところだと結局人間しか食べれないんですよ。人間(注:本人は僕たち、と言ったところを書き換え)くらい弱いのに。しかも大体の人狼はなんか優しい性格してるんですよね。自分たちが食べない畑耕してたりして。損な性格してるっていうか。
 まあそれはいいとして、人狼は代官さまも知っての通り、食べた人間の人格と記憶を受け継ぐんですが、時間が経ってからはともかく、食べた当初は完全に本人と自分の二重人格になるらしいんです。
 例えば僕が食べられたとして、目の前に死者蘇生の方法が書かれた紙なんか見せられてその場で腹を切れば教えてくれる、って言われたら人狼はすぐ腹を切っちゃうでしょう。脳の裏で人狼の人格がやめろって言っても聞かないんですよ。矛盾してますよね。
 だから人狼は子供の頃から自分を俯瞰するように育てられることが多くて、そういう部分が■■■■■■さんには出てるように感じましたね。
 
 おや、でも。そうするとおかしいか?

(何がおかしいのかと聞く)

 だって、件の人狼は門から入りもせず、わざわざこの国のなかで人を殺して成り代わったんでしょう?とんでもない快楽殺人鬼じゃないですか。門番に言えば最低限の人肉を用意してくれるはずでしょう。そうでなければ無知か。まあそんな気の狂ったことしてるのうちの国だけですし。
 でもそうだったら面白いですよね。

 (何が面白いのか聞く)

 人狼は食べた人間の記憶を受け継ぐんですよ?食べた瞬間に門番に素直に人狼です、って言ってれば無罪だったって知るんですよ。面白いでしょう!今殺されかけてるのに。可哀想ですけど、なんか笑えますよねえ!

(同意する)

でしょう!そうだ、もし人狼が広場以外のタイミングで見つかったらその時どんな気持ちだったか話を聞きたいので是非教えてください。人狼は軍だと死にかけの魔族を食べて伝令とか遺言を正確に伝える役をやってますから、遺言聞いてみたいですね、逆にね。
……それに、もしかしたら知り合いかもしれないし。
すぐ飛んで行きますよ!



ああ、そうだ、代官様。今は畑の空間を引き伸ばして、病気に強いゾンビ作物の研究をしてるんですが、出資するつもりとかーー。

(以降無関係な会話が続くので略)

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「じゃあこれを読んで僕と知り合いですよーって人狼の方は挙手をお願いしまーす」

『あなた』は冷や汗が止まらない。何だこいつは。とんでもない地雷が埋まっていたことに『あなた』の気分は底にまで沈んだ。

「そういえばあなたの超能力は何です?」
「そりゃあ死霊術ですよレーンスくん」
「そ、それって例えば死んだ人間が人狼かどうかって判別つけることはできませんか?」
「そりゃあ死霊術ですからできますよ」 
「も、もしかして殺して聞けば人狼が誰かわかるって話をしてる?」

怯えるエルクロに、いや、人狼ゲームっていう遊戯があって、と慌てて説明をするピュトス。
聞けば聞くほど絶望的な情報が出てくることに『あなた』は平静を保つことで精一杯になった。
おそらく、さっき『あなた』にだけ超能力が虚偽でないかの確認をしたのも、『人狼』が超能力までは食べた相手から奪うことができないという性質を熟知しているが故のことだろう。はっきり言ってもう王手一歩手前まで積まされていると言って過言ではない。
が、その一方で、その最後の一歩にこの優男が踏み込んでこないのは何故か。

そのことだけを不思議に感じ、虎穴に入らずんばとこの優男に話しかけるかどうか迷っている間に、リヴィエの次に自己紹介をするはずであったマイティシヴを飛ばして行商の男が挙手をし、ピュトスの反応を待たずして話し始めた。


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『調書3:行商人イトリスの証言』

初めに呼んでいただきありがとうございます、代官様。
私めはイトリスと申します。行商を営んでおりますが、この町には定住先としての家を探しに参った次第でございます。
 まず第一に私が代官さまに申し上げたいこととしまして、私めは今回の人狼騒ぎに無関係だということでございます。私がこの地に参りましたのはつい先日のこと。人狼に食べられた人間の証拠であります『首から下の内臓だけが綺麗に残った死体』が出るまでの間、露天を出す許可をもらいますためにギルドに詰めておりまして、その間備え付けの宿から出ておりませんから。
 宿屋の婦人とギルドの受付の、えーと、エセル様でしたかな?聞いていただければ証言してくださるとは思います。

 さて。そして第二に申し上げたいことといたしましては、これが重要なのですが私は人狼が誰か目星がついているということでございます。
 『マイティシヴ』と名乗っている男が今隔離されている者の中におりましたでしょう。彼奴が人狼でまず間違いございません。

 ええ、ええ。もちろん、なぜかというのも言わせていただきたく存じます。
 私はしがない行商人ですが、この歳まで長く仕事をやっていけていますのには秘訣がございまして、秘訣の一つに、一度会ったお客の顔を忘れないというものがございます。

 あの男、最近越してきたなどとほざいておりましたが、あの顔忘れません。少なくとも4ヶ月半前までは別の町の住人でございます。『可侵条約』に悪名高い、『あのルルエイ』を越えた先のある小さな町で盗みを働いて半年の労働刑に処されておりますはずです。

 なぜそんなことを知っているのかって?あのカスがこの私の馬車から!物を盗んだからです!
……失礼。

 そうですね。確かに労働刑程度であれば金を積めば保釈される可能性もなきにしもあらず。何ならばあの男が心を入れ替えて真面目に労働をして、何か成果を残せば刑期も短縮するかもしれません。しかしあの典型的なごろつきがそんなすぐに改心するとは思えませんし、物理的にも現実的ではございません。
 何より、あの男、叩っ斬ってやった右手から先がなぜかあるのです!これが人狼の擬態でなくて何なのか!
 ーーあ、いえ、違います。当時雇っていた護衛がです。すいません、私がやったわけではありません。私はこの通り惰弱な一般人で、このようなことに巻き込まれて怯えるばかりでございます。
 犯罪者の出国手続きというのは思いの外厳しいものです。逆に何かさらに悪いことをして追放刑に処されたとして着の身のままでぐるっとこの国まできてしかも犯罪者とバレずに入国することなど不可能です。敢えてこの国まで来る理由もないですしね。

 山を越えて最短距離で来るなんて、あのルルエイがある以上自殺行為ですから。

 しかし、人狼なら話は違います。ルルエイは魔族の国。堂々と通行できる国民であれば話は全く別になります。人狼のことはあまり詳しくありませんが、まさか人間の見た目をしているからといって自分の国には入れないといったことはないでしょうし。

  まあ、この話もデラエスの刑吏に伺えばすぐにこの男が行方不明になったということがわかるはずです。少しお時間はかかりますが、是非確認していただきたい。
 なに、仮に間違っていたとして奴は不法侵入に殺人の罪も犯しているわけですから、殺して文句もないでしょう。

 ああ、もし代官様がよろしければ私めに昼の話し合いで後押しをさせていただきたいのですが。
 なに、お手を煩わせるつもりはございません。私めのいうことにその場で「うん」と頷いてくださるだけで良いのですーー。

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イトリスと名乗った男が代官様にもお話しいたしましたことですが、と前置きをしてそのようなことを話したのち、ピュトスとエルクロ、そして何より『あなた』は呆然とした。



「しょ、証拠はあるのか」

【ここでイトリスとピュトスの言い争いを書く】



 ピュトスは人狼ゲームの知識が邪魔をしているのか、この状況の目指すべき目標を『8人の人間の中から人狼を全員見つけること』だと勘違いしているようだが。
 当然、実際のところは違う。騎士、死霊術師、『行商人』。あの様子だと占術師もそうだろうか。この四人が人狼であるかどうかという議論は代官にとってする意味がそもそもないのだ。代官の視点では、まず、騎士と死霊術師にはおそらくこの場の全員を殺せるだけの実力がある可能性が高い。が翻って我々と代官が面談をしている最中に何のアクションも起こさず、こんな不利な場に出て来たと言う時点で逆説的に彼らを人狼と疑う意味は薄い。もっと言えば彼らが人狼であった時点で、何らかの奇跡が起こらない限り我々は死ぬのだからそうなったらそもそも代官はこの場に出てこないのではないだろうか。占術師はもはや代官と繋がりがあることを完全に隠していない。金を払うのは指示出しのパフォーマンスか何かに違いない。

つまり、実質的に人狼であると疑われているのは、『あなた』とピュトス、エルクロ、そしてマイティシブの四人のみ。そして、そのうちピュトスが占われ、人間であることが証明された。一日一回、という占術師の超能力の制限がブラフでないのなら、人狼に残された今日を入れてあと最大であと2日しかない。


ここで、『あなた』は誰の名前を書くべきなのか。
そういう無限にも思える苦悩は結果から言って全くの無駄であった。

イトリス:5票。
マイティシブ:3票。
ほか0票

「……は?」

イトリスは何が起きているのかわからず、その場に立ち尽くした。

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『調書4:騎士サギンの請願』

 単刀直入に言う。あの行商人は偽名だ。本名はヴァラス。かつて我輩が所属していた騎士団で吾輩の姉である団長を裏切って逃亡した男。
 明日、広場で殺したい。人狼は全て我輩が引き受けるから、一芝居打ってくれないだろうか?

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「証拠はあるのか?」

イア・ウェールは代官としての立場、すなわち領主からの命令を一瞬だけ忘れて目の前の女に質問をしていた。

「ない!」

といっそ爽やかに言い切り、吾輩のいうことを信じてもらうほかにない、と言い、彼女は自身の顔を覆う兜を脱ぎ捨てた。
そして頭を低く下げ、そのまま地面に蹲りさえした。

「頼む」

と言って震える彼女に慌ててイア・ウェールは慌てて駆け寄り、立たせ、後ろの椅子に改めて座らせた。

その後、彼女は長い昔話を始めた。


【色々書く】




投票の結果が通告されたのち、イトリスはひどく動揺してしまい、まるで怒鳴るように代官に言った。

「な、代官様、これは不当だ!」
「そうだな」
「そうだな、って」
「この国は決闘の法的な効力を認めていないが、人狼を処刑するにあたって仕方なく戦闘が発生した場合は別だ」
「だからこれは不当だと」
「サギン、ここまでがワタシの権限でできることだ、君がワタシとの約束を果たすために必要なことはわかっているな?」
「勝つことだ」

もはや全員が蚊帳の外に置かれ、彼女たちの趨勢をただ見守るばかりであった。

「な、嘘だ、この私が一度見た顔を間違えるわけがない!お前なんて知らん!」
「お前も偽名を使ってるようだが、吾輩も偽名を使っているというだけだよ、ヴァラス」

そうサギンが言った瞬間、イトリス、もといヴァラスの顔色が一転し、彼の声が震える。どうやら、サギンの正体に彼は心当たりがあるようだ。
それを否定するようにヴァラスががなる。

「いくらなんでも体型が違いすぎる、もっと背が低かったはずだろ!」
「鎧に仕掛けがある」
「一人称だって、そんなへんな喋り方もしてなかっただろう、声だってそんなしゃがれてなかった!」
「それくらいすぐ変えられる、声は喉を上手く潰したの」
「何より顔が違う!」
「顔は自分で切って顔を変えたのよ、私は世界で一番剣の扱いが上手いって知ってるでしょヴァラス」
「違う、お前は」

そう言い合いながら、ヴァラスは一歩ずつ引き下がり、逆にサギンは一歩ずつ前に出ていく。
そのサギンの横に代官は立つと、自身が腰に下げている剣を鞘ごとサギンに渡した。それを少しだけ引き抜き、中身を確認したのち腰に備え付けた。

「素直でいい剣ね、さすが代官どの、特に何か特別な力が宿っていたりとかは?」
「そんなものはない、ただの素晴らしいだけの剣だ」
「いいじゃない」

剣を受け取ったのち、サギンはいよいよ歩調を早め、ヴァラス

「ヴァラス、あなたほど注意深い男がこの場に武器を持ち込んでいないはずがない、出しなさい」
「な、わ、持ってない!私は丸腰だぞ!」
「嘘ね、この場に持ち込める剣なんて姉から盗んだ『アレ』しかないんだ。出せよ」
「そんなに言われても持ってないものはない、無いんだ」

ヴァラスのセリフを無視し、サギンが腰の剣に手を当て、腰をグッと落とした。

「出せ!」
「クソが!」

ヴァラスが、咄嗟に懐に手を入れ、そこから剣の持ち手を引き出す。

「遂に出したなその剣を!我が姉ローレルクロックの仇!その罪、見事に清算してみせろ!」

(あれが剣!?)

『あなた』はここまで呆然と状況を見守るばかりであったが、ヴァラスが取り出した武器を見て正気を取り戻した。
剣とサギンが呼んで尚、どこをどう見ればアレが県に見えるのか。
まず懐から出てくるはずがないほどの”だんびら”がぬらりと出てきたということにも驚いた『あなた』は、その完全に長方形をした刀身に刃がついていないことを確認した。そして何より、その磨き上げられた刀身は『あなた』にはある別物に見えていた。

「鏡……?」

ヴァラスは中天を過ぎた太陽に向け、その刀身を向けた。

「バカが!知ってて来るのは自殺行為だろうが!」

太陽がぎらり、と刀身に写った時、『あなた』は刀身が鏡のように光に溶けていく錯覚に陥り、目が眩む。
そうした次の瞬間、何故かサギンの持つ剣の腹に大きな切れ込みが入っていた。

「ワタシの大事な剣が!」

ガーン、と音がするほどショックを受けている代官は置いておくにしても、場を見守る者どものうち、何人かは少なからず驚いていた。
ヴァラスは全く武器を振っておらず、かなりの距離をサギンからとっていた。にもかかわらず、
常識では考えられない状況が起きていた。

「超能力か?」
「いや、どうだろう。もし超能力であそこまでの威力を出せるならこの土壇場になってやる必要はなくないかい?」
「そうだな」

リヴィエと占術師が呑気に戦況を予想している。


「なるほど、どんな剣だかわからないわけだ」
「なんで今のを弾けるのか俺には不思議でならないんだが……」
「しかし今ので仕掛けは見切った、その剣、光が剣に変わるのか」

どこか嬉しそうにいうサギンに観念したように、ヴァラスは嫌な顔をしながらネタをばらす。

「ああ、そうだよ。この剣はな、『反射した光と剣を交換できる』魔法剣だ!」
「魔法剣!あれがか!」

【勇者と魔王とおっさんの三人が使っていたとされる三本の剣の話を入れる、さやえんどう(鞘厭刀)、勇者の剣、drowsword(ときさめのつるぎ)

「だが、内詳細のわかっている2本の剣のどちらにもあの剣の特徴は当てはまらない。唯一詳細のわかっていないアレが『ときさめのつるぎ』なのか!」

そう言って、ヴァラスがきらり、きらりと刀身を傾けるたびに不自然な形に広がった刀身がまるで鏡の中から出て来るかのように伸びてサギン向かっていくのが今度は『あなた』にも確認できた。何と非現実的な光景だろうか。

「何でこの剣が時雨剣と言われているのか知っているか?」
「ふん、知っているならぜひご教授願いたいわね」
「これが理由だ!『スイク』!」

ヴァラスは魔法を唱え、鏡の剣に氷の鞘を作った上で太陽に翳した。そうした剣に入った光は剣の中で乱反射し、一瞬の溜めを持って『あなた』たちを含めた全方向に向かって刃が迫ってきた!

「う、うわ」
 「これが俺の氷魔法でできたレンズと組み合わせた、光そのものを切り分けることで全ての方向を無限に切る『天使の階段』だ!顔面スライスハムになって死ね!」
「遅い」

混乱の中、まず剣を鞘に収める音が一拍のうち2回響いた。
次に、『あなた』に迫る刃がその方向を僅かにそれ、あなたの肩を掠めて地面に落ちていった。
最後に、空に掲げたヴァラスの手首がだるま落としの頭のようにぽろりと取れ、「え?」その剣から放射状に伸びた無数の刃がそのまま彼をあっさりと斜めにスライスした。
ヴァラスが握りしめていた手から剣が離れ、まるで最初からなかったかのように刃が霧散する。

長年、この町でサギンと呼ばれていた何者かはその無惨な仇の死体を見て、ふう、と短く息を吐いた後こちらを向き、

「これで一見落着ね!」

と弾けんばかりの笑顔とともにのたまった。

『あなた』は生を諦めた。



その日の夜。未だ隔離が解かれていないにもかかわらず、『あの』サギンに守られているという安心感から、枕を高くして面々は寝静まっていた。
ある人間はきっと事態が明日には解決するはずだという期待を夢に見、ある人間は報酬が思いの外安価に終わってしまうことを悔しがっていた。
だが彼らは明日、今日以上の衝撃を受けることになると気づいていたものは一人としていなかった。


次の日、彼らが広場に集合して見た光景は、血濡れになりぐちゃぐちゃの肉塊になったサギンの死体と、その横で自分の両腕を縛り上げ、堂々と自席に座っている人狼の姿だった。


昨日までのイタディウクイルなどと呼ばれていた男の面影は全くない、体中を毛に覆われた醜悪な化け物が大人しく木の椅子に座っているという事実があまりにもアンマッチに感じたのか、リヴィエが失笑している。

【一旦、諸々略】
【流石のサギンもあの戦いの後疲弊したらしく、不意打ちをしたら勝てた。しかし、もう逃げきれないと思って自首した、という微妙に信じきれない自
白】
【死霊術師が明らかにグチャグチャのサギンの死体の容積が足りていないことに対する気づき】
【ここで合理的に考えて『あなた』が占われるはずなのに何故か死霊術師が占われる描写】
【ピュトス視点だと、人狼が来た当日にエルクロと一晩一緒に過ごしているというアリバイの開示】
【ピュトスがイタディウクイルが明らかに誰かを庇っていることに気づいた描写】



『あなた』、いや『わたし』は、最早自分の家の、扉から一番遠い場所で頭を抱えて丸まって恐怖に怯えていた。
部屋の向こうでは、小さくノックを繰り返す音が聞こえ、それが誰なのか見当がついていた。

「おーい、開けてよ、聞きたいことがあるんだ。……勝手に開けちゃうよ」

小さい破裂音が聞こえ、扉がぎい、と開く音が聞こえてきた。おそらく閂を壊されたのだろう。

「わっ!」
「うわ」
「おっと、夜は声がよく響く」

無邪気なリディエの悪戯に、パニックのまま叫び声を上げようとした『わたし』の口が鉄くさい何かに塞がれる。
苦しさにその鎧をばしばしとたたくと、その手が『わたし』の口から離れた。その腕の先を目で追うと、そこにはあのサギンの全身鎧が力なく立っていた。

「別にすぐ始末しようとしてるわけじゃないんだ。この椅子、座っても?」

人の家に押し入って、腰を抜かしている家主をよそに自分だけ椅子に座る傍若無人なその男は、その通り勝手に喋り出した。

「あのサギンの性格なら、人生のキャリアハイに入った時点でそのまま人生をやめちゃうかもな、とは薄々感じてたよ」
「まさか、見てたんですか?昨日の夜、何があったのか」
「いや全く?でも予想はつくよね」

「人狼は一人を食べると前の人は消去されちゃうはずだよね。これは僕が人狼コミュニティにいたときに実際に確認した事実だ、間違いない。でもさ、サギンの死体、明らかに量が足りてなかったよね?わざわざもう一人、人狼がいることをバラすようなリスクを犯す必要がどこにある?」

カンカンと彼の後ろに立つサギンの鎧を叩きながらリディエが自身の考えを話す。そのうち、『わたし』はその鎧から言いしれる美味しそうな匂いが漂ってきていることに気づきました。まさか、嗚呼……、

「昨日の昼、占術師が他の人間から見て相対的に怪しいところがある君を占わなかった後、明らかにあの死んだ人狼の態度が柔らかくなったし、考えられないけど可能性はこれしかないと思ったらいてもたってもいられなくなってきちゃったんだ」


「君、何人まで食えるんだ?意識は?消化するまでの期間は?僕に教えてよ!ねえ、ねえってば!」

この男は狂っている。





「多分君明日助かるんじゃないかな」
「そうかも、しれません」

灯りをつけ、死霊術師と『わたし』は向かい合っていた。

【諸々略】
【人狼が兄弟であったこと】
【魔族の国がいつも人間と合法的に戦争を繰り返しているばかりなこと(人間から魔族の国に攻め入る義務『可侵条約』)】
【『わたし』がどうしても人間を(不味過ぎて)食べれず、吐き戻してたこと】
【人間の感情と末期の記憶が味、恨みつらみ、恐怖が受け付けない味であったこと】
【『わたし』がこの国を山を越えて逃げてきて、山にいた山賊を頑張って食べてそれでもほとんど戻していたこと】

「それで、この国に来て急に人間を食べれるようになったのはなんでなんだ?」
「それは、この国に来て遂に限界が来たワタシが、人間を食べようと路地裏に引き摺り込んだある少女のおかげなのです」


【狂人:レーンスと『わたし』の共同生活の回想を入れる】

「わたしがレーンスさまを食した時、視界が弾けたと思いました。側にいた兄のことどころか、我を忘れて彼女を貪り食った。」
「『わたし』が彼女から感じた味はあまりに複雑で美味でした。『わたし』という存在に会えた歓喜!人狼という種族に対する強烈なまでの同胞意識!痛みに反比例するかのような解放感!そして罪を償えなかったという罪悪感ーー」
「流れ込んできた記憶は彼女の転生者としての異質な知識の数々、この世界で学んできた全て、そしてその人生通して常に『レーンス』という少女に対して感じていた狂気的なまでの罪の意識が余すところなく詰められていました」
「彼女は、レーンスという人間の人生を自分という人格が『食べてしまった』と常に責めていたのです」


【以下のようなサギンの回想を入れてサギンが同情でレーンスに食われた描写をする】

人格と記憶、そして吾輩の剣技を全て受け継いだ何者かがいるとして、その者はその時点で吾輩を上回ることができなくなるのではないのか?
吾輩の優れた剣技ですら、これが長所である保証はない。
吾輩が語らいたいのは、吾輩の下らない人生のことではないのだ。
吾輩がこの世に残したいのはこの、戦場に立つための剣技ではないのだ、間違いなく。

人狼(ラフ)

人狼(ラフ)

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-07-08

Copyrighted
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