真夜中の缶蹴り

 星の煌めく音まで聞こえてきそうなほど、静かな夜だった。
 音にもならないような足音が近付いてきている。気配だけがひしひしと感じ取れる。暗闇で視界が塞がれているだけに、その他の感覚が研ぎ澄まされているようだ。
 緊張が張り詰める。唾を飲み込むことすら許されない。どこから来る。どこからでも来い。
 秀和は木陰に隠れるように背を伸ばす。そして、足音を聞く。ほんの僅かな、アリの足音ほどの地面を踏み込む足音が耳に届いてくる。近付いてきているのは確かだ。どうする、退くか、それとも先制攻撃を仕掛けるか。息を飲み込む。
 その時だった。右斜め前方の草むらで、ざわつく気配を感じた。健人だった。その草むらから一気に仕掛けていくつもりなのか。いくらすばしっこい健人とはいえ、焦りすぎだろう。
 すると健人は、まるで森の中を駆け巡るリスのように、草陰から草陰へと素早い動きで移動を始めた。あいつは動物か。見ている秀和は呆れてしまう。そうして瞬間移動を何度か繰り返し、健人は確実に標的へと近付いていく。
 息苦しい。秀和は息を飲み込んだ。暗闇のせいか、目に異様な力がこもっている。眼球が飛び出してしまいそうだ。それを何とか鎮めようと、瞬きをしたくなる。が、瞬きをしている隙はない。集中力を研ぎ澄ます。そして足の裏で精一杯、地面に踏ん張る。いつでもいいぞ。覚悟は決まっている。
 すると、一瞬だった。草陰に身を隠していた健人と目が合ったような気がした。それと同時に、雄叫びを上げながら健人が草むらから飛び出してきた。
 「うぉぉぉっ!」
 腰を水平にまで折り曲げ。極端な低い姿勢で標的へと向かっていった。
 「うわぁぁぁぁ!」
 秀和も、ここだと勘付き一気に駆け出していく。
 が、しかし、
 「健人!」「秀和!」
 罵声ともとれるような叫び声と共に、標的の番兵をしていた雄介も、歯を食いしばり標的へ向かって走り出した。
 それぞれが鬼のような形相で一心不乱。それぞれが、それぞれを、視野に入れながらも目指す先は皆一緒だった。
 その時だった。ものすごいスピードで走り抜ける白い物体に、三人の視線が一斉に向けられた。そしてその白い物体は、すごい勢いでそこら中を駆け回り始めた。
 「あぁ、ポチだ」
 白い物体の正体は、秀和の愛犬ポチだった。突然のざわめきに、動物の本能が騒ぎ出してしまったようだ。そしてポチは標的であるはずの「缶」を咥えて、そのまま何処へともなく走り去っていってしまった。
 「あぁあ」
 一同、呆れ顔。これで今夜の缶蹴り大会は終了。
 「秀和、ちゃんとポチは繋いでおけよな」
 「来週も、雄介が鬼だな」
 「じゃぁ、また来週な」
 公園の街灯が、標的を失ったその場所をぼんやりと照らし出していた。自転車の軋む音が、夜に響いていた。

真夜中の缶蹴り

真夜中の缶蹴り

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-07-05

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted