明けない夜

 隣から身じろぎを感じ、フラーは目を覚ました。

「陛下……?」
「ああ、フラー。起こしてしまいましたか」

 起き上がっているレライエはそう言うと、フラーの髪を撫でる。月明かりしか入らない暗がりの中では表情はよく見えないが、きっといつもと同じように微笑んでいるのだろうとフラーは感じた。

「明かりをつけましょうか」
「いいえ、その必要はありません。フラー、眠りなさい」
「陛下は……?」
「少し、考え事をしたら私も眠りますよ」
「考え事……ですか」

 レライエの声は穏やかな音をしていて、これまたいつもと変わらない。フラーは思う。レライエがその穏やかな微笑を崩したことは一度も見たことがないと。例えどんなことであっても、激情を出すことは見たことがないと。いつだって優雅で余裕を持っていて、フラー、と優しく名を呼んでくれる。そんなレライエを愛していた。だからこそ、深夜に目覚めさせるほどの考え事をしている彼が気になった。フラーもまた半身を起こし、レライエの背中にとんと自分の額を当てた。薄い寝間着越しに伝わるレライエの体温が、フラーを安心させた。

「わたくしにお話してくださいませんか。陛下」
「……」
「……聞きたいのです。陛下の声が。きっとあなたの声を聞いたらよく眠れるかも」
「そう言うのなら、仕方がないですね。面白い話ではありませんよ」
「ええ、構いません」

 レライエはフラーに背を向けたまま。フラーはレライエの背中に頭を預けたまま。レライエはすうと息を吸い、話し出した。

「夢を見たのです」
「夢」
「真っ暗な中で、そこで聞きました。怒りの声を、嘆きの声を」
「……王たちの、声?」
「はい」

 レライエは淡々と語る。フラーはその声に感情がこもっていない気がした。王の話をする時のレライエは、微笑んでいても温かみを感じなくて、フラーは少し苦手であった。

「千年分の悲しみを、私は背負っているのです。だから、早く事を進めないといけない。フラーもわかっているでしょう」
「はい。この世界を神に返すと、それが陛下の願いだと」
「これは私の使命です。もう二度と、この世界に争いが起こらないよう。魂だけの存在になり、皆が一つになるのです」
「陛下……」

 私の使命だ。そう言うレライエにフラーは心を痛めた。たったひとりで背負っているように、いつも感じているからだ。だがレライエは自分にも、誰にも、背負わせる気はないのだろう、自身で全て背負ってしまうのだろう。レライエがそういう人間であることを、フラーは知っている。

「神を目覚めさせるためには世界を大きく動かさなければならない。戦争が必要です。……最後の戦争が」

 知っているからこそ、フラーはただレライエの剣となることを決めたのだ。レライエの考えが変わらないように、フラーの考えも変わらない。ただレライエの心が穏やかであるならばそれで良い、それがフラーのたったひとつの思いであった。

「陛下、陛下はひとりではありません。わたくしは陛下に全てを捧げます。何でも、お申し付けください」
「ありがとう、フラー。あなたの魂にも、必ず安寧が訪れます。私が神の元にあなたたち民を導きます、私を信じて」
「はい、陛下。……陛下」
「何でしょう」
「……いいえ、何でも。愛しております、陛下」

 あなたがあたしたちを導くならば、誰があなたを導くのだろう。ひとりではないと言ったけれど、王であるあなたはいつだってひとりだ。……そうフラーは言いかけて、飲み込んだ。背中から額を離せば、それはひどく細く儚く見えた。この背中が、世界の運命の全てを背負っている。そう考えると、フラーの喉からは嗚咽が漏れそうになった。この背中が急に消えてしまいそうな恐怖心に襲われたが、いつか消えるのは、自分なのだ。肉体が無くなった世界で、彼に触れることができるのだろうか。それができないような気がして、フラーは一抹の寂しさを、恐れを、愛の言葉で紛らわした。そう、彼の心が穏やかであれば、それでいいのだ。そう自分に心の中で言い聞かせた。

「私も、あなたを愛していますよ」
「……嬉しい」
「さあ、もう寝ましょう。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」

 再び寝台に体を埋めた。王としての使命などではなく、この人の本当の幸いは何なのだろう。それがわからないままの自分では、この人に何も与えられない気がする。フラーはそう考えながら、目蓋を閉じた。

 夜は未だ明けない。

明けない夜

明けない夜

天地の星王、本編前の話。レライエ王とフラー王妃

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更新日
登録日
2023-06-27

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