猿人樹海監獄

 ジャングルで目覚めて、辺りを見渡すとゴリラがこちらを伺っていた。直ちに襲ってくる気配はないが、身の危険を感じずにはいられなかった。遠くでは数匹のゴリラが集まっていて野球を楽しんでいるようだった。しばらく近くのゴリラと睨みあった後に、機を見出して逃げ出した。野球場の向こうにうっすらと森の切れ目が見えたので、そちらへ向かってひたすらに走った。野球場を横切る時になってゴリラが襲いかかってきたので、腰に隠してあったナイフで咄嗟に何匹か殺したものの、あえなく捕まってしまった。その際にゴリラたちに傷つけられることはなかったことに驚いた。もしかしたら彼らには自分を害する意思はなかったのかもしれない。そんな漠然とした後悔に身を包まれながら、車のような乗り物に乗せられて、ジャングルの奥深くまで連れて行かれた。そこは巨大な樹々の上に築かれた木製の都市であり、僕は学校と呼ばれる監獄に収容されることになった。多くの人間の子供たちが生活し、鉄格子の檻で囚われていた。彼らの多くは誘拐され、その過程でこの社会における罪人となったのだ。だがそういった実状に反して、この学校は自由に重きを置く校風であり、概ね人権は尊重された。檻に囲まれている以外は、普通の学校と違いはなかった。教師も人間だった。数年間ここで学べば、卒業後は無罪となり、ゴリラの社会で働けると聞いた。多くの子供たちがそうであるように、僕も数年経って卒業して、ゴリラの社会で働くようになった。不思議なことに大人になる頃には人間の社会に戻りたいと思わなくなっていた。多分他の人たちも同じなのだろう。足元に広がる樹の下の世界には自由と懐かしさを感じたが、それ以上に落ちることへの恐怖を感じた。いつの間にか慣れてしまったし、諦めてしまったのだろうか。それに生活に不満はなかった。人間の友達も多くいたし、ゴリラたちは優しかった。僕たち人間は差別されることなく、何不自由なく生活し、ゴリラと共存できていた。初めはゴリラは凶暴な生き物だと思っていたが、それは間違っていたと思う。むしろ人間こそが凶暴で残酷で無慈悲な生き物だと思うようになっていた。ゴリラの社会にいじめや差別や暴力沙汰などはなかったが、僕たちのいた学校には少なからず存在した。
 いまとても幸福だが、仕事終わりに酒を飲みながら、森の彼方へと沈みゆく夕焼けを眺めていると、なぜここに囚われているのかと、時折思い悩むようになった。もしかしたら人類は既に滅んでいるのかもしれない。

猿人樹海監獄

猿人樹海監獄

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-06-25

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