純粋少女監禁

 君は金属質な陰翳の湖を泳ぐ人魚みたいな美しさだった。ぼくはそれを閉ざして冷然な燦きを守護しようとしただけなのだ。
 もし君の肌理のこまかい肌が乳白色の硬い陶器であったのなら、その領域を閃光を曳いて流れる青い彗星が君の血だったのだろう。それは或いは聖性ともいえるもの。ぼくは君の歪とみまがうが迄の少女性の美しさを愛していた。硬質で頸いダイヤモンドさながらの果敢なさに憧れていた。そしてその象牙と銀とオニキスで構築された冷然な美貌がほしかったのだ。君の美はまるで才能だった。天より恵まれし、まじりけなき、純粋にして冷然硬質な美。つまるところ冬子。君は唯純粋に「少女的である」と謂う美一点において少女王国の天上の玉座に腰をかけ、少年のそれめくその一条に滴るほそく締まった滝のような脚を組んで俗世という足場に裸足をなげだし、軽蔑に澄みきる壮麗な眸から残酷な月光をなげかけていたのだった。
 それというのに冬子、君がぼくを拒むのはどうして? どうして?
 ぼくたちは中学時代友人同士で、お互い相手以外に話すひとすらいないという一種甘美にして悲痛な関係性にあった。
「どうして佐希ちゃんは、」
 と冬子が訊いたことをおぼえている。
「自分のことを”ぼく”だっていうの? ジャンダーに反抗したいのかしら、けれども佐希ちゃんは、そういう思想をもっているタイプにだとは想えないわ」
「ぼくは少年的でありたいから、」
 とこたえた。
「愛する美しいものを守護する為に、それを抱き締めて背を折りまげて濁流に足を浸すんだ。少年は無き領域に佇んで実在を守り、少女は実在に跳びこんで不在を獲得する為に争う。だってそうでしょう?」
「美しいものってなあに?」
「それはね、」
 とどぎまぎしながら、もしぼくの気持が晒されてしまったらどうしようという不安ともいえぬ期待ともいえぬ何かに照り耀く眸の光を後ろめたげに地へおろし、ぼくはいう。
「冬子のことだよ」
 冬子はすべてを理解していないくせしてすべてを抱いたような笑みを浮べた。慈愛というものほどに冷酷なものはない。みんなを愛しているひとは、誰だって愛しちゃいないのだ。──けれどもぼくが愛したものってなんだろう?

  *

 君の静脈。君の静脈。
 君の静脈の美しさを憶えている。君の肉に秘められる禁じられた青薔薇が、硝子の造花として光を外界へ噴出させるような君の青い静脈。まっしろなアイボリーの天空に架かる失念の星霜を曳く、蒼翳に濡れた天の川。君の聖なる少女なうごきを上澄と浮ばせる夢の月影。君の静脈。
 君が悪いんだよ。君が、ぼくたちの愛した詩人を卒業するだなんていうから。かの詩人はぼく等を淋しさのペアリングで結びつけた救われることなき恩寵を降らされた犬死詩人。青春の証。君がその詩人の批判をしはじめた。ぼくの登校拒否をなじるようになった。挙句の果てには受験勉強を頑張って上京するんだなんていうから。ぼくという不在の神経に佇む騎士の守護から翔びたつみたいなことをいうから。

  *

 湖上の月。腕。月影のゆらめき。ナイフ。悲鳴。嬌声。くずおれるわたし。銀。どぎつい音楽。反映。煌く抑圧、流される犠牲。愛──愛? 何処にあった? いずこにある?
 わたしの記憶の淡い水平。ふしぎと熱い、紅薔薇の落ちる音。はや少女のそれでなき叫び。むごたらしいわたしの声。銀。燦爛。空の青。爪で剝がし落したくなるような他人行儀の絶景。冷然硬質な聖性。美。蒼穹というそれ。無。久遠という不在。刹那は久遠。久遠は空無の不在の暗み。君が欲しかった、君が欲しかったよ。

  *

 ねえ、冬子。
 わたし、いま何処にいるの? 此処は寒い。冷たいし淋しいよ。怒声。管理の暴力。いやなの。わたし、こんな理不尽はいやだよ。
 わたし、あなたの美しさのない世界に生きる意欲なんてないの。あなたの美しさは翳としてうつろにわたしの胸に不在と満ちるだけ。それはや監禁。純粋少女の投影の監禁。わたしのわたしの内部のわたしの意欲によるわたしのみのそれ。生きる勇気なんてもの、初めからありません。わたし、かの幻影のふるえる青い湖へ身投して、アイボリーを陰翳とうつろわせる金属へ熔けこんで、無へと消えてしまいたいの。そのほかの希の、悉くを奪ったの。貴女の美が。貴女の美が。
 あんなにも絶対的なものと憧れ監禁していた君固有の美を砕き剥いだ。すればすべてが──毀れた。憎悪のままに爪を立てたわたしの指の間からは此の世のありとある美しく善く正しいものがわたしの肉から離れるように洩れ落ちている。

純粋少女監禁

純粋少女監禁

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2023-06-18

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