裏と表、そしてその間にある膜。
二つの短編は別々だが、確かに繋がっている。
人が人として生きていくことの不安と恍惚を描きたかった。
少しでも。



「これは、イルカたちからの別れのプレゼントなんだよ」ウォンコは低く静かな声で言った。「私はイルカを愛し、研究していた。いっしょに泳いだり、魚を与えたりした。イルカの言葉を学ぼうとした。イルカたちはどうも、私がかれらの言葉を憶えるのをわざと邪魔していたようだ。いまならわかるが、その気になれば人間の言葉を完璧に操れたはずなんだから」



 ――――『さようなら、今まで魚をありがとう』ダグラス・アダムス著/ 安原和見 訳



 1



 それは飢餓であった。
 孤独という名の空腹であった。
 子供の頃にイルカと泳いだことを絵流真(えるま)は思い出す。
 エメラルドグリーンの水の中から太陽を見上げた。あの夏の日の思い出だ。
 当たり前だけど海は塩辛かった。口に入ってきたあの日の塩辛さはあれから何年も経った今でもなぜか鮮明に憶えている。
 海の塩辛さ――――それは味だけに留まるものではないからかもしれない。塩の匂い、磯の匂いともいえるあの独特な香りが口の中を駆け巡り、逃げ場を求めるようにして鼻腔を抜けていく。塩水というよりは、四角い形の塩が、水に融けきらずにそのまま舌の上で転がるような味だった。
 目に焼き付いている海の景色もまた鮮烈だ。
 その頃の水はまだ透明でなかったし、太陽も白くはなかった。エメラルドグリーン、緑色に見える水や、透き通るような青色が水の色だど思っていた。太陽は黄色だったし、夕日は赤いものだと思っていた。紫や青色、赤色が入り混じった混沌とした落日の、燃えるような美しさは解さなかったし、雲は単なる綿菓子だった。まだ自分の体にも無頓着だった。骨もなければ筋肉もない。正しいとされる動かし方も分からない。手を伸ばせばあらゆるものに届き、あらゆるものが掴めると確信していた。実際、全てを掴んでいた。境界が曖昧だった。息の仕方だって考えてたこともなかった。呼吸なんてものはしなくても忘れても生きていけた。
 憂愁や感傷、センチメンタルそして情緒――――そういうものがまだはっきりとなかった。数字の一が出てくる前の時代だった。自分と他者が存在しない。数字の一が生まれる前のいや、生まれる前夜、生まれる瞬間の、今まさに生まれ出る――――、奇跡のような一刹那だった。
 何も知らない代わりに、何でも知れる。
 知よりも未知が常識。未知のほうが安心する時代だった。
 そんな時分に、絵流真は海でイルカと泳いだのだ。
 どういう流れでそこにいたのかは分からない。たぶん、家族旅行かなにかだったのだろう。
 絵流真は海のど真ん中にいた。
 周りには何もなかった。前を向いても海、後ろも海、右も左も海だった。
 不思議と恐怖はなかった。考えてみれば不思議でも何でもなく、あの頃の自分に恐怖などあるはずがないのである。
 もし――――今の自分が同じ状況になったらきっとパニックになっているだろう。そんな海のど真ん中に放り出されたらきっと、すぐにでもスマホを取り出して助けを求めようとするだろう。スマホが海の中で使えないことに気が付いて絶望するのかもしれない。
 とにかくそのときの絵流真はそんなものは全く感じなかったのだ。
 静かな海だった。
 波がほとんどなく巨大な緑色のゼリーの中にいるかのようだった。
 ぱしゃりと手を海面からあげれば水が粘着性を持ってまとわりついてくるようだった。
 そんな海にザブンと潜るとイルカがいた。
 しかも一頭だけではなくたくさんのイルカたちがいたのだ。
 黒い影がまだら模様になって絵流真の周りをくるくるとメリーゴーランドのように回った。
 つるつるとした灰色の肌に、海の色が反射していた。絵流真にとってゼリーのように抵抗のある海の中を、イルカたちはするするとなんの抵抗もなしに自由自在に泳ぎ回るのだった。
 絵流真もそれを真似しようとするが、水は絵流真の周りを粘ついてうまく真似することが出来ない。
 でもそんなことは関係なく、体をイルカたちのしているように動かし続けた。
 次第に息が苦しくなってくる。
 ぱしゃん。と海面から顔だしてまたすぐに潜る。そんなことを繰り返していたら、イルカが面白がって絵流真の下に潜り、水面へと押し上げてきたのだ。
 あれは面白かったな、と思い出してにやけてしまう。
「キュウイキュウイ」とかん高い鳴き声とつぶらな瞳で、絵流真を頭にひょいと乗せる。そうしてイルカの頭の上でジャンプするのだ。
 水しぶきをと共にグリーンの海を突き破って太陽の下へと飛び出すのだった。
 太陽の光を寸毫ほど独り占めにして、ばっしゃんと大きな音を立てて、海に帰る。
 イルカたちと一緒にケラケラ笑いあったのだった。
「……」
 どうして今、そのこと思い出していたのだろうか――――。奥底に眠っていた蜃気楼のようにおぼろげな幼少期の記憶――――。ふとした瞬間に――――それは例えばマドレーヌの匂いやラベンダーの香りを嗅いだときだ――――思考の端をぽんと走り抜けて形にならずに消え去ってしまうような記憶。
 分かっている。
 そう、分かってはいるのだ。
 しかしながら、――――荒唐無稽なのだ。理性的に考えればあり得ない、しかし直感がそう告げているのだ。
 目隠しをされて両手両足をインシュロックで拘束されていても分かる。
 伝わってくる体温。
 息遣い。
 あの肌の質感。
 気配。
 立てる物音――――。
 そして何より海の匂い――――潮の香り。
 全ての情報が克明に告げていたのだ。だが、それら全てを繋ぎ合わせて導き出されるものはどこまでも荒唐無稽だった。
「ねぇ? 私を誘拐したのはイルカさんなの?」
 ――――星崎絵流真はイルカに誘拐されていた。


 2



 星崎絵流真、二十一歳。
 職業、女優。
 好物は海鮮せんべい。
 絵流真は八頭身で、その上美しかった。絵流真には色んな血が流れていた。母親はバングラデシュ人とのハーフで、父親は中国人とのクォーターだった。
だから、なんとはなしに異国の薫りが漂っていた。でも彼女はあまり気にしたことがないし、それを鼻にかけたこともなかった。豚肉も平気で食べたし、お酒だって嗜む。でも、水はいっぱい飲んだ。一日三リットルくらい。
 自分が人と違うと思ったことはあまりなかった。
 ただ――――自分の顔が人より整っているということはなんとなく察していた。身長も周りから頭一つ大きいのもコンプレックスだったのだけども、どうせならそれを活かそうかなくらいに思って女優でもやってみることにした。
 そしたら、あれよあれよと言う間に、端役のオーディションに受かり、映画の脇役になり、舞台の主役をやり、CMにも出演し、朝の連続ドラマ小説で主演女優になりあっという間に人気俳優になっていった。
 自分ではない誰かを演じて、誰かに観られるというのは、どこか異質だった。自分に才能があったとは思えない。もちろん、努力はした。だけど、努力はみんなしていたし、私より美人はたくさんいた。ただ運と良い出会いに恵まれただけだ――――とそう思う。
「絵流真、そうは言うけどお前の演技はすごいよ。お前はどんな役を演じていてもその役に呑まれることはないよな。いつも第三者の視点で客観的に見れてる」
 俳優仲間に言われたことがあった。
「……でも、それを観ている人に気づかれちゃ駄目じゃない?」
「バカヤロー、俺だから気付けたんだよ。あのヘボ監督とか、お茶の間の連中には気付けないさ」彼がベッドに入ってきてキスをする。
「またそういうことを言う」顔は良いのに、毒舌のところが彼の欠点だった。「俺だけが絵流真をちゃんと見れる。本当の姿を……俺だけが知っている……」
 絵流真は彼が中に侵入してくるのを感じながらぼんやりと思う。
 彼の言うことも的を得ている。よく役が降りてくるとか、憑依するとかそういう話を聞く。だが、絵流真はそれとは真逆だった。完全に役に成り切ることが出来なかったのだ。その代わりに徹頭徹尾自分でいれた。どんな役を演じても、その役に、呑まれず自分がいるのだ。
 快活な少女を演じても、嫉妬深い悪女を演じても、心の強いブレない女性を演じても、どこかそれを眺めている絵流真自身がいた。
 絵流真がなぜか女優としてうまくやれた理由は――――自分を空から俯瞰してみるという特技というか悪癖というか、そういうものがあったからだ。役に入りきれないという欠点を、自分を客観視するということで補ったのだ。
 絵流真流にいうならば、―――『幽体離脱』である。
 初めてそれに気が付いたのは小学六年生の歯医者に行ったときだ。診療台に寝かされて口を開き虫歯の治療をしているときにふと自分の姿が下にあった。
 自分自身の肉体は確かに口を開けて治療を受けているのに、それを真上から、ほとんど天井近くから見ている自分がいた。
 恐怖に耐えるようにして手を握りしめていて、額には汗が浮かんでいた。大きく開けた口の中に歯医者さんの持つドリルが差し込まれ、ギュイーンギュイーンと歯を削られていた。
 かなりおぞましい光景であったが自分がそういう風にやられているのを見るのは不思議と何の感情も湧いてこなかった。
 ああ、なんか歯を削られてんなー、みたいな感じだった。
 あぶら汗を流し恐怖する自分とそれをただただ眺めている自分。それぞれに矛盾した感情と感覚が同時に存在していた。
 かなり奇妙な感覚だった。
 最初の頃の幽体離脱は意識せずに突然やってきた。
 授業中に居眠りしそうになった時とか、初めての彼氏とカラオケに行ったときとか、何かの拍子にひょいと魂が抜けるようにして幽体離脱が起こった。
 魂と肉体の分離。
 ――――絵琉真はそう思った。
 自分は魂が人より抜けやすいのではないかしらと本気で思ったことがあったが、魂というものが絵琉真にはなんとなく信用ならなかった。
 魂。
 人間に、生き物に、人によっては、――――特に日本人の血が流れる人々は――――長く使った物や服、石や木の自然にまで魂があると考えている、しかし絵流真にはそれが心の底からは信じられなかった。
 もし魂なんてものが本当にあるのなら、世界はもっと平和でもいいんじゃないか? と考えてしまうのだ。
 では、自分の幽体離脱は魂が抜け出して起こっているのでなければなんなのか、肉体から何が抜け出しているのかと考えたときに一番しっくりとくるのは意識というものだった。
 意識と肉体。
 意識と肉体は別物なのかもしれない。それは寝ているときに意識はなくとも肉体は存在しているからも分かる。意識がなくとも肉体が存在するならば、その逆――――肉体がなくとも意識は存在するのではないか。或いはそれを魂と言ってしまえるのかもしれないが。ただ、これにも難点があって眠っているからといって意識が存在しないことにはならないところだ。意識と肉体は分離できるものではなく互いに不可分な存在なのかもしれない。
 そこまで考えるとむぎゅむぎゅと頭の中がむず痒くなってしまう。
 とにかく幽体離脱。それが意識的に出来るようになったのは女優活動をして、演技をするようになってからだった。
 客観視、第三者として自分を見る視点。
 それが演技をすることにおいて武器になることに気が付き、演技中は自分を俯瞰で見ることに注力していた。
 いつしかそれを自在に行えるようになっていた。
 どんなときでも自分を俯瞰して見られるようになったのだ。
 そうして喘ぎ声をあげながら彼と性交渉している自分を幽体離脱して見るのである。
 気持ち良くて体をくねくねとよがらせている自分。
 こんな演技ばかりうまくなっていく。
 自分の喘ぎを冷めた目で見つめるところからゆっくりと目隠しをした暗闇の中に帰ってきた。
 さて、幽体離脱だ。
 イルカと泳いでいた頃の自分には出来なかった芸当。
 それを今やる。
 目隠しをされ、両手両足を縛られ椅子に拘束された状態で、絵流真は幽体離脱を試みた。
 しかし――――出来なかった。
 いや、出来ないことはなかったのだ。ただそれで見えてきたのは、真っ暗闇の中で椅子に座られた自分がいるだけだった。ここはどこかとか、犯人がどこにいてどんな顔なのか――――本当にイルカなのかそれとも人間なのか確かめようとしたのだ。
 しかし、やはり幽体離脱――――といっても本当に魂と肉体が分離していた訳ではなかったのだ。自分が見たり聞いたり触れたりした情報を繋ぎ合わせて、周囲を俯瞰して見ていただけだったのだろう。だから何の情報もない今の状況でそれを試みても、ただ暗闇に自分が縛られている姿を見るだけなのだ。
 はからずもこんなことになって初めてのしれた訳だ。
 魂など存在しないと。
 少なくとも、自分が幽体離脱だと思っていたものは幽体離脱などではなく、単なる身体感覚の延長にあったのだと。
「余計なことはするなよ」と頭の中で声が響いた。


3


 星崎絵流真の初体験の相手は映画のプロデューサーだった。
 おおー、これが噂の枕営業かーと、肉体から抜け出して、ことをしている自分を天井から眺めていた。
 そうしてことが終わったあと、吐いた。
 なんで吐いたんだろうな。
 分からないもんだね。人間て。
 エリンギみたいなペニス。
 初めて舐めたコンドームのきついゴムの匂い。そこからデロンと、垂れたぶよぶよの性液。ぷーんと香るスルメみたいなしょうもなさとグロテスクな形をして、喉奥に貼り付いた生命への執着心。
 生命を吐瀉物として吐き捨てる、不快感。
『余計なことはするなよ』――――頭に響いた声の気持ち悪さはあの時の不快感にそっくりだった。
 胃の中がひっくり返って、中身を全て吐き出した後の目から涙が滲むあの酸っぱさ。とにかく酸っぱい。あの感じ。
「イルカさん? 今のはなに? 酸っぱくなるんだけど」
「ここは海じゃない」とまた頭に響いてくる。「だから、念を送るしかない」
 絵流真は吐きそになる不快感を必至で抑え込んだ。頭がぐるぐる回ってガンガンそこら中の壁にぶつけられている感覚だ。そして後味が限りなく酸っぱい。
「念? ……ってか海の中じゃないって……ねぇ、私、イルカは超音波で会話してるって知ってるわ。つまりそういうことなの?」
 絵流真の問いに答えはなかった。
 ザァァーーと遠くに水の音を聞いた。
 波? いや――――雨だ。
 これは雨の音だ。ここは海ではない――――イルカらしき生物はそう言った。というか頭の中に直接念じてきた。イルカというのはテレパシーを使えるのだろうか? 使えてもおかしくはない。以前観たテレビ番組でイルカやクジラは人には聞こえない可聴域の超音波を発し聞くことが出来るという。それどころか、自身が発した超音波が周囲の物体に反射した音を聞き分け周囲の状況を認識する、エコーロケーションというものも出来るらしい。もしかしたら、その延長で頭の中に直接声を響かせるくらいのことは出来でも不思議ではない。
 不思議だけど。
 ここは海ではない――――イルカさんがそう言ったのは真実だろうと思う。
 少なくともここは海の中ではなさそうだ。
 なら、ここは陸だ。
 陸にイルカがいる。そんなことあるのだろうか?
 いや、彼――――聞こえてきた声は男性のもののように聞こえた――――本当にイルカなのだろうか。
 けれども、それについては奇妙な直感があった。さっきから絵流真の中では行ったり来たりしていたが、それは所詮、常識や論理が絵流真を惑わせているだけだ。
 イルカだ。
 少なくとも人間でないことは間違いない。
 イルカだ。
 私はイルカに誘拐されて、手足を縛られ、目隠しをされているのだ。
 どうしてこういう状況になったのだっけ?
 朝、家を出るときはいつも通りだった――――気がする。
 その辺がいまいち判然としない。自意識があるかないか位の小さい頃のことや元カレとの情事、初体験が思い出せて、どうして今日の朝あったことが思い出せないんだ?
 記憶の中にある確かな欠落を、絵流真は感じていた。
 必死に今朝からの記憶を手繰り寄せようとしてもうまくいかない。チカチカとモヤがかかっている。
 どうしたんだ私は? まさか耄碌したわけじゃあるまいに――――そこまで考えたときであった。
 ぶるるっと体を震わす。
「……」
 そのとき、絵流真はとうとう我慢していたものを、今まで目を逸らし続けたものが眼前に迫っていることを予感した。
 遠くに雨の音。
 ザァァァと水の流れる音。
「イルカさん? 聞こえる? ねぇ?」
 尿意であった。
 先程から絵流真は体の奥で感じていた尿意をずっと耐えていたのであった。
「私、トイレにいきたいんだけど……」
「問題ない」
 ガツンと頭を揺らすような声が聞こえてきた。尿意と吐き気が絵琉真を容赦なく襲った。
「問題ない……?」
 答えはない。
 問題ない?
 それはどういうことか? この拘束を今すぐ解いてトイレに連れてってくれるとうことか? いや、違う。そういう意味ではない。
 このまま催しても問題ないとそうイルカは言っているのだ。
「わ、わーお」
 思わず声を出してしまう。
 確かに大自然、大海原で暮らすイルカであれば、そのまま垂れ流すのは何の問題もないだろう。むしろそれが自然である。しかしながら、絵琉真は人間である。文明社会に生きてきたのだ。ましてや自分は女優である。しかも最近は名前も売れてきた、新進気鋭の
女優などともてはやされ始めている。その自分が、こんな場所で――――お漏らしをするなんて、そんなものは倫理的に許されるものではない。
 それとも――――
「私のおっしこしてるところみたいのかな?」
 絵琉真は震える声で言った。
 突如。
 雨が降ってきた。
 雨はずっと降っていた。
 それが、絵琉真の上に降ってきたのであった。
 同時に、押し留めていたものが決壊して流れ出した。
 そういうこと? と絵琉真は思った。
 雨が体を濡らしていく。
 ぽつりぽつりと雨が絵琉真の体の上を跳ね回って踊っていく。
 ちょろちょろと生暖かいものが股の間を流れていく。その流れが徐々に強くなっていく。止めようとしても止まらない。雨の中を誤魔化すようにして湯気を放ちながらそれは地面へと流れているのだろう。
「ふふ」なんだか笑えた。「イルカさんて変態なんだね」
 真っ暗な闇の中で絵流真は言った。
 排尿が終わると雨がやんだ。
 ぶるると雨に濡れ、尿が出ていったことで下がった体温を上げようと再び体が震えた。
「雨が止んだね」それは短い雨だった。音姫の代わりみたいな雨だった。用をたす時にだけ流すカモフラージュの音、それと同じ雨だった。
 カモフラージュの雨だった。
 ああ、昔、こういう雨にあったことがあったなとふと鼻の先に記憶が薫った。
 秋だった。
 そうだ、あれは確かに秋だった。
 木が揺れていた。
 木というのは風に揺れるのである。何を当たり前なと思うかもしれない。
 しかし――――絵流真が思っているよりももっとずっと繊細に、ごく僅かな、体で感じ取ることができないぐらいわずかな微風でその体を揺らすのである。
 そのことに彼女は感動を覚えていた。映画の撮影で訪れた田舎町、その日の撮影は午前中で終わってしまい、手持ち無沙汰になったので散歩をしていたら、ふと雑木林に行き着いた。
 普段、街の雑踏の中では見過ごしてしまう――――生活の中でなくしてしまった――――その微妙な揺れ、動き。大きくもなく広くもなく、目立たない小さく微かで静かな揺れ。
 スマートフォンを開くと色鮮やかでうるさい世界ばかりが広がっている。自分もそういうビジネスの一端にいる。カラフルな世界。
 その対局にある。色素の薄い世界。
 色自体の数は変わらないのかもしれない。ただ音の形や色の形が心地いい。圧迫感やこれみよがしな作為的なものがない世界だ。
 発見してくれ、触ってくれ、タップしてくれといううるささがない世界。
 ただある。
 静かにある。
 そこにある。
 そういうものに触れられた気がしたのだ。
 田舎で暮らしたいとまでは思わないし、木訥や牧歌を好く方でもない。ただこういうものもいいなと思う。ただそういう小ささ、見過ごしてしまう、忘れてしまうものもいいなと思ったのだった。
 するりと手を伸ばして、黄色くなった木の葉に触れ、しゅるっと中指と親指を滑らせてつるつるとした感触を楽しむ。秋の匂いが薫ってくる。そのまま枝に触れる。ガビガビと乾いた感触の中に瑞々しい生命力を隠していた。
「あ」
 ぽつんと指先のに冷たさが落ちてきた。
 聞き取れないくらい小さな音が葉の上にも落ちる。
 あっという間にそれは雨となって、森一面で大合唱を奏でた。
 雨だ。雨だ、と引き返そうとして、雑木林を抜け出したところで、それはピタリと止んでしまった。
 不思議なほどピタリと止まったのだった。
 オーケストラの曲の最後に指揮者が指揮棒を止めると、ピタリと他の楽器も一斉に音が止まり、残響さえも消失するあの瞬間にそっくりだった。
  彼女の上に降ってきた雨は彼女の排尿行為という指揮棒が止まった瞬間に、ピタリとやはり止まったのであった。
「この雨もイルカさんの仕業だったり?」
 また何の反応もなかった。
 そうしてそのまま何時間が経った。
 何時間――――少なくとも絵流真の中ではそれは長時間だった。時計もなく暇つぶしもなくただ拘束されていると当然時間感覚というものは曖昧になっていった。
 一分を一時間に感じたのかもしれないし、一時間を一分に感じているのかもしれない。自分が何時何分にいるか分からないというのはなんとも不思議な心地だった。
 或いはそれは当たり前のはずだったのに。
 これだけ長い時間スマホに触っていないのも久しぶりだった。
 誘拐なうと呟こうとして、スマホに触れもしないと気が付いたときにはひどく絶望した。辟易するものがあった。
 外は雨が降っていた。それだけが救いだった。
 目隠しをされていても、雨の中で太陽が沈んでいくのを感じた。
 それに――――絵流真は驚いたのだった。
 口を付けた紅茶が思っていたよりも熱かったときの衝撃にそっくりだった。
 そのまま砂糖のように意識が融けていった。


 4


 
 悪夢は見ない。
 絵流真は生まれてこの方、悪夢というものを見たことがなかった。夢というものを見るということもあまりなかった。
 何かを見たような気がしても、翌朝起きたときには忘れてしまう。そういうことが多かった。
「夢に色がある方? それとも白黒?」
 一緒に舞台をやった女優にベッドの中で訊ねられた。綺麗というよりかわいいという印象を与える顔で絵流真を見る。
「夢ってあんまし覚えてないんだよね」
「そうなんだ。ちなみに私は白黒」
 その女優は絵流真と同い年の二十一歳だった。絵流真という人間が生きているときに二十一歳というのは人生で一度しかない。
 この同い年の女優は違うような気がした。まだ二十一歳ではない。そんな印象があった。まだ十七歳くらいでそこで時が止まってしまったかのような呪いを受けているのだった。
 この女優が喋るごとにその呪いは周囲に影響を及ぼす。
「へー、白黒だと何か良いの?」絵流真は言った。
「うん? なんかカラーテレビが登場する前はみんな白黒だったんだって。でもカラーテレビが出来てからみんなカラーの夢を見るみたい」
「アンタ、いくつ?」
 ふふと彼女は怪しげな笑みを作った。
「八百比丘尼って知ってる?」
「人魚の?」
「そう」と彼女は口を釣り上げて笑った。
「しかし、その理論で行くと江戸時代の人の世界は白黒だったのかね?」
「ん? 世界なんていつもどどめ色でしょ?」
 さらりと彼女は言った。
 だから絵流真はキスをしてそれを塞いだ。はみ出さないように。
「ねぇ」と彼女は言った。
 十五秒口づけをした後だった。
 体が少し硬直していた。
「なに?」と絵琉真は答えた。
「八百比丘尼伝説――――人魚の肉を食べた人は不老不死になる」
「え? やけにこだわるじゃん。唐突に」
「昔、私、死にたくなかったんだよね」
「そりゃあ、誰だってそうだよ」
「昔は死にたくなかったけど、今もやっぱり死にたくない」
 彼女は当たり前のことを言った。なんとなく絵流真はそれがとても深いことを言っているような気がしたので茶化さずに黙っていた。
 死にたくない――――。
 それでも彼女の世界はどどめ色なのだから。
 絵流真は幽体離脱しそうになったけどなんとか堪えた。それは失礼な気がした。この女優の横顔を絵流真は、いや世の中の人間は何度も見ている。
 お茶の前に流れるCMで、渋谷の街の巨大広告で、雑誌の表紙で、SNSで、しかし絵流真が見ているこの横顔こそが彼女の本物の横顔のような気がした。
 そう思いたいだけなのかもしれない。
 それは否定できない。
 偽物も本物もないことくらい二十一年生きれば誰でも知っている。
 それとも――――どちらでもあるのだろうか。本物でもあり、偽物でもある。
「だから、不老不死?」
「不老不死ってでも考えたらやばいよね」と彼女。まあねと頷く。チラリと絵流真を視界の端に捉えて言う。「大切な人が死んでも自分は生きてるってなんかやだよね」
「それもそうだし。自分だけ不老なのも嫌じゃない?」
「ねー、確かに好きな人が老いていくのは嫌だな」と言ってから「好きな人だけがかな。好きな人とは一緒に歳を取りたいよ」と付け加えた。
「でも死にたくないんでしょ?」
「死にたい人なんているの?」と彼女。
「え? そりゃあ――――」とまで言いかけて絵流真は言葉を失ったてしまった。言いかけた言葉、考えていた言葉が中に消えてしまった。
 言葉の幽体離脱だった。
「生きたくない人なら、たくさんいるのかも」ボソリと呟いた。何かを思い出しているかのように。
「あなたは?」
「そりゃあ、生きたいよ。死にたくないし、生きたくない。人魚の肉を食べて八百比丘尼になりたいくらいさ」
「私さ」と絵流真は言った。「夢は見ないんだ」
「絵流真はそういうやつだよね」と彼女は楽しそうに笑った。「そういえば人魚の肉ってさ」
「なに?」
「人間以外が食べたら不老不死になるのかな?」
「え? どうだろう?」
「なんかさ、4百年とか生きたサメがいなかった? もしかしたら人魚食べたのかもね」
「そうだねー。ってか鮫ってそんな生きるの?!」
「なんか代謝がすごく遅いんだって」
「はぁー、代謝かー」
「あとイルカとか」
「え?」
「人魚を食べて不老不死になったイルカとかいるかもしれないじゃん」
 彼女の顔が融けていく。
 マーブル模様に混ざっていく。
 絵流真の見ていた夢はカラーだった。


 5
 

 そういえば、と絵流真は夢の中でふと思った。
 自分はバングラデシュにも中国にもまだ行ったことがないなと。
 生まれて育った日本以外の国。異郷の地。
 格段行ってみたいとは思ったことはなかった。
 海は、海は繋がっているのだろうか? きっと繋がっているような気がする。
 泳いでいけばもっとずっと遠くへ行けるはずだ。ここじゃないどこかに、今じゃないいつかに、辿り着くはずだ。
 キラキラと光を反射する海の上に乗っかった地平線。
 絵流真は海を泳いでいく。
 エメラルドグリーンの水を掻き分けていく。
 それは海を掻き分けていくのとは違った印象だった。絵流真と海、その間にあるものを掻き分けていくようだった。そうしてそれは海に限った話ではないのだった。
 絵流真と誰か――――彼だったり、彼女だったりイルカだったり。
 絵流真と何か――――海だったり自然だったり、スマホだったり幽体離脱だったり。
 自分と私――――絵流真だったり意思だったり、魂だったり肉体だったり。
 漕いでも漕いでも、泳いでも泳いでも終わりがなかった。
「あ」
 それは関係と呼ばれるものだった。
 常に誰かと誰か、何かと何か、自分と他人、自分と物、自分と体、肉体と意思、外部と内部。
 ここは関係と呼ばれる海だったのだ。
 そうだ。
 昔、イルカと共に泳いでいた海。
 イルカたちはするすると泳いでいた海。小さい頃の自分はうまく泳げなくて何度も息継ぎをしていた。
「ああ――――」
 今の私は長く息を止められるのに、あの頃より泳ぎが下手くそになっている気がする。
 たぶん、きっとそうだ。
 海の底に肉が、あった。
 ぶよぶよとした肉。魚の肉だろうか? 鱗が付いている。
 恐怖があった。
 それは飢餓であった。
 孤独という名の空腹であった。
 孤独。
 執拗低音として誰しもが痛感する孤独。
 絵流真はぷかぷかと浮かんでいるそのぶよぶよの肉を食べたくてたまらなくなった。だけど、――――。それは何か悪魔的な誘惑であるような気がした。
 知恵の実やパンドラの箱。そういった類のものであるような。
 ここで食べてしまったら全てが台無しになるような気がした。
「こんなの耐えられないじゃないか」
 口からダラダラとよだれがたれてきた。それは海のとろけて消えてしまう。腹が空いた。ぐーぐー音がなっている。苦痛がどんどん大きくなる。呼吸がどんどん早くなる。
 夢なのか、現実なのか分からなくなっていく。
 今なのか過去なのか未来なのか分からなくなっていく。
 繋げたい。
 たくさん繋げたい。
 繋がりたい。
 関係。
 そう、自分と海の間に、世界と自分の間の膜を取り除きたい。そんな欲求が生まれてきた。赤ん坊のとき、まだ自分と世界との間が――――関係が――――なかったときに戻りたい。腹が減ったと叫ぶのは自分であり世界のすべてだった、自分にミルクを飲ませてくれる乳房は自分の体だった。優しく頭を撫でて優しい声をかけてくれる人は自分自身だった。握りしめたあの太い指は自分の指だった。
 いつしかそれが消えて、世界に膜が出来た。
 関係が出来た。
 泳いでも泳いでも、漕いでも漕いでも、食べても食べても辿り着けなくなった。意思を肉体から離してみても、それは変わらなかった。
 乳房は母のものであり、あの手もあの声もあの指も、自分ではない他人のものだった。全て自分のものだったのに。
 戻りたい。
 繋がりたい。
 たくさん繋がりたい。
 関係をなくしたい。
 関係なんてもものを消し去りたい。
「この海を飲み干さなければいけない」
 そのぶよぶよした肉を絵流真は空腹に任せて食べた。
 むしゃむしゃと永遠の孤独を食べ続けた。暗闇の海の中、一人で。いくら食べても空腹は満たされず、ぶよぶよした肉は無限に膨らみ続けた。
 泳いでも泳いでもどこにも行けなかった。
 食べても食べても飢餓は消えなかった。
「飲むぞ」
 今度は飲んだ。
 海の塩水を全て飲んでやろうとした。
 塩辛い。
 とても飲めたものではない。
 すぐに顔が歪む。
 不味い。
 飲む。
 不味い。
 飲む。
 食べても飲んでも焼け石に水だった。
「なんでよ! どうしてよ!」
 絵琉真は泣き叫んだ。
 ポロポロポロポロと涙を流して、それがまた海の水を増やしていった。せっかく飲んだ海の水が却って増えてしまった。
 そのまますすり泣いているとずるりと夢の中を、とうとう彼が泳いでやって来た。
 深い海の中を、深い夜の中をずっと一人で過ごしていた孤独は彼のものでもあった。それは絵流真のものであるし、同時に彼のものでもあったんだなと思った。
「夢とか記憶とか」
「そうだ」と彼は言った。頭の中に響いてきたけど酸っぱくはなかった。夢の中だからだろう。
 優しい目をした彼。
「あなたとだけは膜がないんだ」
「忘れたのか?」
「え?」
「初めて会った日、お前は魂だけだった」
「魂?」
「この海に来て一緒に泳いだだろ?」
「魂ってあるの?」
 彼はこれみよがしにため息をついた。
「魂があるかないかで悩むのは人間くらいのものだ」
「あのとき、キミは――――」
「飲んだんだね」
「ああ」
「あの海はキミの一部だったんだ」
「違う、海の一部が俺なんだ」
「キミは人魚の肉を食べたイルカなんだね?」
「イルカを食べた人魚の肉さ」
 彼は笑った。
 絵流真も笑った。




「生きているかー?」やっと声がした。ちゃんと耳から聞こえた。しばらくぶりの感覚だった。
 目隠しが外された。突如、光。
 目をすぼめる。
 白い世界。
 ぼんやりとした景色。
 それが徐々に輪郭を取り戻していく。
「ああ――――」やっぱりだと口の中で呟く。「こんにちはイルカさん」
「イルカ?」
「あなたはイルカさんでしょう?」
「どうやらキミは……」
「もうヒトリボッチにしない」
「衰弱している……」
「一人にしないわ」
「いいかい? キミは誘拐されたんだ。だから、……とにかく犯人はもう死んだんだよ。溺れたんだ、海で。ね? キミは助かったんだ」



 6


 それから何ヶ月かが経った。
 冬が来て、春が過ぎて、まだ夏が居座る初秋。 
 絵流真はどんな服装にするべきか悩んでいた。半袖だと寒い。下手な長袖を着ると暑い。
 結局悩んで、半袖の上に薄手のシャツを羽織った。
 家から出て、駅へと向かう。
 足取りは軽かった。駅までの道はもう何回も繰り返し歩いた道だった。
 空を見上げる。白色の光。うろこ雲。昼下り、時間はのろのろと過ぎていった。
 駅につき、スイカをピッと鳴らして改札へ入っていく。
 間髪入れずに電車がやって来て、プシューと扉が開く。
 絵流真は自分の目的地も分からないまま乗り込んだ。
 昼下りのこの時間の電車空いていた。
 大学生のような人や、ベビーカーをひく主婦、杖をついた老人がまばらに座っている。
 絵流真はなんとなく座る気になれずに吊り革に捕まって立っていた。
 ほどなくして窓の景色が流れ始めた。どどめ色ではない。カラフルな街だ。たしかにアスファルトの灰色が目立つ景色ではあるけども、そんな風に思った。
「あ〜、あぅ〜」と可愛らしい声がした。
 ベビーカーに乗った赤ん坊が何やら楽しそうに周りを眺め、手をわちゃわちゃさせている。
 赤ん坊の黒目が絵流真を捉えた。
 優しい目だった。
 絵流真は、ゆっくりと微笑んだ。
 赤ん坊は絵流真を見つめたままきゃっきゃっとはしゃいだ。
 胸の奥がじんと温まった。
「また会おうね」小さく手を振った。
 赤ん坊とその母親は次の次の駅で降りた。
 電車は走り続けた。
 終点の駅に着き、絵流真は電車を乗り換えた。ここまで来て、ようやく自分がどこに向かっているのかが分かった。
「そうだよね」と口の中で呟く。
 当たり前だ。
「海か」
 絵流真は言った。
 景色が流れていく。
 海に着いたのは夕暮れになってからだった。
 真っ赤な太陽が重力には逆らえずに地平線へと沈んでいく。影がぐんぐん大きくなって、黄色の居場所を奪っていく。海は赤かった。地平線の周囲だけが綺麗に紫色になってチラチラと黄昏を反射していた。
「んー」と伸びをする。どうして今日なのか? と自問自答する。理由はたぶん考えても分からない。電車の中の赤ん坊は今頃どうしているだろうか? そんなことが気になった。
「あの子は誰だったんだろう?」
 絵琉真は靴を履いたまま、海へと入っていった。
 歩く。
 歩く。
 水。
 歩く。
 水。
 水。
 ずんずん歩いていって、とうとう足がつかなくなる。
 構わず進み続ける。
 とうとう顔まで海の中だった。
「やっぱりな」と海の中で喋る。
 呼吸をしなくてもいい。
 苦しくない。
 ずっと止めてられる。
 私は息をしなくても生きていける。
 絵流真は深く深く海に沈んでいく。
 どこまでも深く、深く、深く。
「ヒトリボッチにしないで」


 7



 
 ベビーカーに乗せられていた彼はまだ夢と現実の区別がつかなかった。
 自分と他人の区別がつかなかった。
 彼は海で泳いでいた。綺麗なイルカたちと夕日の海の中を泳いでいた。
 はしゃいで自由自在に海を泳ぐ。
 実際、彼はまだイルカだった。彼にはまだ思考がなかった。だからあらゆるものなれた。あやゆる場所に行けた。
 中国もバングラデシュも、日本も、海も宇宙の果ても。
 まだ膜がなかった。
「また会おうね」





 了
 

 

念じる

念じる系



"そしてまた、彼女が剝いでくれる柿の味は彼氏にまかせておくがよい。 柿は日本固有の、日本独特のものと聞いた。柿に日本の味があるのはあたりまえすぎるあたりまえであろう。


みんないつしよに柿をもぎつつ柿をたべつつ"


 ――――"草木塔"(種田 山頭火 著)より引用



 1


「幸福な家庭は皆似たようなものだが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である」
 トルストイの小説の一節であった。
 じっと闇の中で座っていた。
 目を開いても闇。
 闇の色というのはなんと表現するのだろう。黒でもなければ、紺でもない、ほのかに赤があるような気がする。闇色の世界。
 そこに、毒島隆史はいた。
 見えるのは闇。
 だが、自らの内側にメラメラと燃えているものがあるのを彼は感じていた。体を内側から斬り裂こうとする刃物の形をした炎だ。闇の中でその炎が燃えている。この炎に何度も頭から爪先までねじくられ、焦がされてきた。
 人々は、この炎を嫉妬と呼んでいる。
 だか、隆史にとってそれは嫉妬というにはあまりにざっくりし過ぎていた。
 恨み――――と言った方が適切であろう。
 似たり寄ったりな当たり前な幸福な家庭――――隆史はそれをみるとたまらなくなる。
 闇の中で炎が大きくなる。どんどん身を焦がしていく。
「幸福な家庭は皆似たようなものだが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である」
 繰り返す。
 まるで念仏のように繰り返すのだった。
 憎い。
 恨めしい。
 幸福な家庭を見る度に、隆史の中の炎が闇の中で燃えるのだ。
 幸福な家庭――――母親がいて父親がいて、子供がいる。きゃっきゃっはしゃいでいる。公園で、デパートで、家の前で、楽しそうに、幸せそうに――――ああ、憎い。
 ああ、恨めしい。
 ああ、全て壊したくなってくる。
 破壊したくなってくる。めちゃくちゃにしたくなる。壊したくなる。
「幸福な家庭は皆似たようなものだが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である」
 彼は自分を落ち着けるためだけに唱える。そうでもしないと嫉妬の炎に恨みの炎に自らが焼かれそうだったからだ。内側から破裂しそうだったからだ。
 念仏。
 呪文。
 呪術。
 祈祷。
 思念。
 祈りは人に届くのだろうか?
 念は人に届いてしまうのだろうか?
 神や仏に?
 或いは悪霊や悪魔?
 分からない。だが事実として、俺は――――。
 幾度なく壊してきた。家庭の幸福を。他人の幸福を。
 そう指先一つ触れずに。
 自分は今まで壊し続けてきたのだ。
 念じるだけで――――。
 闇が深くなる。
 毒島隆史は闇の中で微笑んだ。
 そして光――――。



 2


「念じるだけで人を殺す?」
「ああ、念じる系キューチューバーというヤツらしい」
 キューチューブというのは世界最大の動画サイトだ。動画の再生数に応じて、広告収入が動画主に入るために、再生数を稼ぐために過激な発言で炎上したり、迷惑行為をするものたちが、炎上系、迷惑系キューチューバーと呼ばれ社会問題になったりした。しかし、念じる系とは。
 遊上は自分で言いながらも鼻白んでしまう。
「遊上先輩、まぁたそんなクソネタですか。令和のこの時代にオカルトって……念じるだけで人を殺せる訳ないじゃないですかぁ」
 後輩の菱田も同じように思ったのだろう。どこか小馬鹿にしたような不審な目を向けてくる。
「ああ、俺もそう思うよ。だがな、実際に死者が出たらしい。そういうのは菱田、若いお前の方が詳しいんじゃないのか?」
「いやー私、オカルトとか仕事だけで充分な人間なんで。キューチューブはもっぱら動物に癒やされてますよ。カピバラとかいいですよ、カピバラ、ヌボーっとしてて」
 この菱田もご多分に漏れずやる気がない。遊上と菱田の二人はとある小さな雑誌社のネット記事を書いているライターであった。
 取り扱っているのはほとんどがゴシップかオカルトという部署だ。ネットで話題になっている都市伝説や怪奇現象、はたまたアイドルや声優の枕営業の噂、恋愛関係、炎上騒動、不祥事、人様の失敗をメインにあげ、そういうものがなければ、自分が宇宙人だとか予知能力者だとか名乗る頭のおかしな連中の記事を毎日のように書く仕事だ。
 今から一年後に未知のウィルスが蔓延し、何十万人も死者が出るとか、大物俳優がが多目的トイレを本当に多目的に使っているとか。
 記事の正確性にはなんの興味もなくインパクトのある見出しとセンセーショナルな内容であればどうでもいい。そんな適当な記事が案外読まれるし、売れるのである。
 だから、書いてる内容はほとんどでっち上げなようなものでも許されてしまうし、読者も真実や正誤性に興味なんてなく読んだ瞬間だけ、自分よりクズな人間や不幸に巻き込まれた人間を見て満足するのだろう。自分の方がマシだと。
 正直遊上は呆れてもいた。自分が書いたオカルトじみた、ソースもエビデンスも曖昧な記事を思考停止して信じる奴らがこれほどたくさんいるとは、世の中には馬鹿しかいないのだろうか。それとも書いた人間を馬鹿だと嘲るためだけに読んでいるのか、どちらかだ。どちらにしても救いようがない。
 そんな記事を書く職場だから、この部署にいる人間は、課長を除いて全員がやる気がない。いや、課長でさえ、上からのせっつきがなければやる気があるようには見せないであろう。要するに全員やる気がないのだ。
 ただ他に仕事がなかったし、探すのも面倒くさい、しかも、お金がなければ食べていけない。だからやっている。そういう奴らばかりだった。たまに何を勘違いしたのかジャーナリズム魂とかいうものに、目を輝かせた新人がやって来ることもあるが、そういう奴は三ヶ月保たずに辞めるか、魂を売り渡して死んだ魚のような目になるかどちらかだ。
 遊上は胸底に浮かんできた雑念を振り払うかのようにプシュっと音を立てて缶コーヒーを開け、一口飲んだ。
「まあ、俺もネット動画はエロ動画しか観ないからな」
「遊上先輩、それセクハラっすよ」後輩はジト目を向けてくる。コンプライアンス、コンプライアンス面倒な世の中になったもんだと遊上は砂糖がたっぷり入った缶コーヒーに再び口をつけて飲み干す。そのうち脂質や甘さも規制されるんだろうな。「で、先輩、取材するんすか?」
 菱田の問いに遊上はポリポリと頭を掻いてフケを撒き散らした。
「ああ、一応、その『念じる系』とかいう奴ら何人かにアポ取ったら一人だけ連絡が返ってきてな。記事(モノ)になるかどうか知らんが、今から会って話だけでも聞いてみるつもりだ」
「了解っす」と敬礼のような返事だけして後輩はポチリポチリとスマホを弄りだした。遊上は腰に手を当て大仰に溜め息を吐いてみせる。
「了解っすじゃねぇーんだよ。お前も行くんだよ」
 えー!? と素っ頓狂な声を上げ、これからフェスがー、魔法石がーと不貞腐れる菱田に、やる気がなさ過ぎるのもやはり問題だなと自嘲せずにはいられなかった。



 3



「ほら、これから取材する相手の動画と資料だ。一応、頭入れとけ」
 え〜と菱田はまたもやぶつくさと文句を言いながらも、スマホを操作して動画を再生し始めた。
 社用車で、待ち合わせ場所の喫茶店へ向かう途中であった。
「えっと……【鳥肌】念じる系キューチューバー、毒島隆史が念じて人の悩みを○す瞬間【閲覧注意】ねぇ……なんか、うちの記事の見出しみたいすね……ん? ハジまた……何これ、真っ暗じゃないですか」
 遊上も何本か試しに観てみたが、念じる系キューチューバー毒島隆史の動画は、いつも真っ暗闇の場面から始まる。真っ暗闇の部屋の真ん中にポツンと人影があって、座禅を組んで座っているのが薄っすらと分かる。闇の中に人の気配があるのである。
「しかもこれブツブツなんか言ってます? お経みたいな」
 そうしてその闇の中で男がまさしくお経のような文言を唱え続けるのである。「え、これずっと続くんすか?」
「そだよ、だって念じる系だから」
 暗闇の中で男がひたすらにお経を唱えながら念じる動画が十分くらい続いた後に、ようやく画面が明るくなるのである。
 苦虫を噛み潰したような顔をする後輩に言ってやる。
「そこは飛ばしていいよ。十分辺りからが本編みたいなもんだから」
「はぁ、良かった。寝るかと思った」
 菱田が動画下のナビゲーションバーを操作して一気に動画を飛ばした。すると大音量で、スマホゲームの広告が流れた。「うわ、うっせー」と慌てて音量を下げる。
「急に広告入るとめちゃくちゃ音量でかくてビビるときあるよな」
「なんすか、それ。エロ動画あるあるっすか?」
「おめぇなー。さっき俺のこと切って捨てたクセに蒸し返すかね?」
「お、なんかハゲのおっさんが出てきた」
 後輩は、遊上の苦情を無視して動画の続きを観出す。部屋の電気が点けたのだろう、スキンヘッドで黒い作務衣を着た男が、ほとんど何も家具がない部屋に座っている。「この男が噂の念じる系キューチューバーの……どくじま……」
「毒島(ぶすじま)だよ。毒島隆史。年齢不詳、職業不詳……というかキューチューバーってことになるのか?」
 「けっこうなチャンネル登録数すねー。この動画も何十万も再生以上されてるし。こりゃあ、稼いでますなぁ」ニタリとしたり顔を作る。
 毒島隆史――――画面の中のスキンヘッドの男の目は落ち窪んでいて生気が感じられなかった。細い眉毛の下に切れ目があってその中にガラス玉を嵌め込んだような目だった。色素の薄い、黒というよりは薄茶色の、光一つ宿さない目。部屋が明るくなったことで瞳孔がぎゅっと小さくなったのだろう。かなりキツイ目つきであった。念じるというよりは睨みつけるだけで人を殺せそうな眼力はある。顔の真ん中にすっと高く鼻梁が張られており、その下にあるのは刃物のように薄い唇、ラグビーボールのような楕円形のスキンヘッド頭からピンと伸びた三角形に近い耳、どこか悪魔的なものを感じさせる人相であった。
「お坊さんじゃないですよね。目つき悪いし」
「ああ、だろうな」
『皆様、こんにちは毒島隆史です』と動画の中の毒島が口を開いた。『なかなか世間というのはままならないもので、皆さんも日々の生活の中で色々なものを感じているのではないでしょうか? つい先日も白人の警察官が黒人の罪なき人を射殺したとかでニュースになりましたね。痛ましい事件です』毒島の声はどこか神秘的な響きを持っていた。優しい声色でゆっくりと喋る。しかし、口の中で自分の声をこもらせるように喋るのでとにかく聞き取りにくい。こういうところにも人を惹きつける何かがあるのだろうか? と勘ぐってしまう。『この動画ではそういった皆様のフラストレーションを私が念じることによって発散するというのが目的です。特定の個人を攻撃するためのものではないということをご了承下さい』と手をついて頭を下げる。
「はーん、一応、コンプライアンス的な?」
「まあ、釘刺しとかないと名誉毀損とか脅迫罪とかそういうんになっちゃうんじゃねぇの? 知らないけど」
『では、今日のお悩みです』と画面の向かって左上にスパチャの表示がされる。スーパーチャット、スパチャ――――視聴者がライブ配信中の動画主にお金とコメントを投げ入れるシステムだ。『近所のコンビニの店員に、調子に乗ったやつがいた。接客態度が悪かったので注意すると舌打ちをして態度も直らなかった。どうにかして下さい』
『親に結婚を反対されています。どうすれば親を説得できるでしょうか?』
 などの日常の悩みがコメントで投げかけられ、毒島はそれを読み上げると目を瞑り淡々と念仏を唱えるのであった。「先輩、なんすかこれ? 悩み聞いて念じてるだけじゃないすか。完全にサムネ詐欺じゃないですか。っちゅーかやってること完全に宗教じゃないすかね? お布施して神頼みというか」
 菱田の感想ももっともだった。
「なぁ、退屈だよなー。質問もしょぼいしよ。どうでもいいというか。アドバイスとかそういうのせずに念じるだけってのが受けてんのかこれは?」
「私に聞かないで下さいよ、ってか死人が出てるとか先輩言ってなかったでしたっけ?」
「ああ、それな。当該動画はなんか削除された臭くて今観れねぇんだけどよ。ちょっと前に話題になっただろ? 上級国民だなんだ、逮捕されなかったなんだぁって」
「ああ、ありましたね。あの太っちょのおばさんの」
「そうそう、で、あのおばさん、死んだだろ?」
「あー、みたいっすね。なんか入院中の病院で倒れてとかなんとか。あれこの人の仕業なんすか?」
「そー
みたいよー。あと俳優の星崎絵琉真(えるま)ね」
「あー、少し前に突然死した新進気鋭の若手女優……。えー、あれ、念じられたから死んじゃったんですか? 嘘でしょ?」
「さあな、なんか名指しで念じて、次の日、死亡報道があったらしいが――――偶然とは言い切れないんだよな」
「偶然じゃないすかー? 適当ぶっこいてたまたま死んだだけっすよ」
「例えば、今、観ていたコンビニの店員が云々ってやつな。で、菱田、お前がコンビニに行ったときに態度の悪い店員がいたとして、そいつが目の前で倒れる可能性はゼロじゃないだろ? 視聴者の誰かがそういうのを目にすれば、それはこの毒島の力だと錯覚してもおかしくない」
「まあ、そんなアホがいるとは思えないですけど」しかし世の中はそんなアホばかりだと遊上は思っている。が、わざわざそれは口にしなかった。「でも先輩、それは偶然ですよね?」
「ああ、偶然こういうことが起こることは当然あり得る訳だ。だがな、名指しで念じて、その人物が死んでる動画もあるんだよ。さすがに全部削除されてるが」
「えー、先輩リサーチ甘いっすよ。もしそうなら、そんなもんソッコーネット記事になって魚拓残されてるっしょ。むしろうちらの専売特許じゃないっすか」
「リサーチが甘いのは菱田、お前だよ。当然ネット記事になってる。まあ、こんなん実際に念じてるだけだから本当にただの胡散臭いオカルトだよ」
「あ、みたいっすね。『念じる系キューチューバー毒島隆史の念は本物か?!』だって、普通に出てきますね」
「そもそも、それがあったからコイツのチャンネルもでかくなったんだろ」
「えー、じゃあ、私達は二番煎じ三番煎じですか」
「だよ。だが、まあ、面白い話が聞けたらいいな」
「そもそもなんでこの人、私達の依頼受けたんんだろ? 他の念じる系は断られたんすよね」
「さあな。他の奴らは『念じる系』って括られたくないって奴らばかりだったが。要は宗教上の理由じゃねぇの?」
「なんすか先輩、宗教上の理由って」
「一口に念じるって言っても、どの神様とか仏様に念じるかって色々あるみたいよ」
「ほーん、宗教的ですねぇ」
 菱田は話に飽きてきたのか、興味なさそうに言った。
「なんだかんだ、うちみたいな信頼もくそもないようなとこにネットであることないこと書かれるのが嫌だったんじゃねぇのかな」


 4



 遊上と菱田の二人は待ち合わせ場所の喫茶店に着いた。
 まだ毒島の姿は無いようだった。
 喫茶店の奥にあるボックス席に隣り合って座り、遊上はウィンナーコーヒーを、菱田はナポリタンとクリームソーダを頼んだ。
「あ、あと食後にいちごパフェ下さい」
 かしこまりました、と店員が頭を下げて立ち去った。
「お前なぁ〜、いくら経費で落とせるからって調子乗り過ぎじゃねぇか? 経理のお姉ちゃんにさすがに怪しまれるんだろ。今、色々とうっせーんだからな」
「いやー、実は朝から何も食べてなくてー。お腹空いてるんすよねー」と悪びれる風もなく言う。この後輩には何を言ってものらりくらりとかわされるのでそれ以上は追求するのはやめておいた。菱田のこういう性格を羨ましいとも思う。相手が先輩だろうが上司だろうが気兼ねなく自分の意見を言えて、それが嫌味にならない。無邪気さというか純粋さというか、憎めない奴、要するにちゃっかりものの世渡り上手だ。こういう個性は後から努力でどうにかなるものではないのだろう。少なくとも遊上にはないものだ。
「人生楽しそうだよな、菱田は」
 運ばれてきたナポリタンに粉チーズを富士山を作るかのごとく馬鹿みたいにかけて、マリーシャープスのハバネロソースをドバドバとかけて、白いチーズの山を赤く染め上げていく。富士山が噴火したようだ。それをフォークに絡めて口いっぱいに頬張る。わんぱくな食べ方だった。
 当然口の周りはトマトソースだらけだ。
「それ、友達とかにもよく言われるすけど」モゴモゴと咀嚼する。「私だって別に悩みとかない訳じゃないすからね!」
「へー、例えば?」
「え〜、うーん……仕事面倒くさい辞めたい遊んで暮らしたい。マジ超絶イケメンで優しさの塊のような彼氏ほちぃとか……色々ありますよ!!」
 フンスと鼻息を荒くしてみせる。
「……それを悩みと言えてるうちはまだまだお前の人生は楽しいさ」
 遊上は冷めた調子で言い放った。
「なら、先輩はどうなんすか? 悩みとかあるんですか? 人生が楽しくなくなるに足る悩みが!」
「……はっ、そうだな……」と腕を組む。「しかし、菱田、なかなか良い表現だ。人生が楽しくなくなるに足る悩みか。そう言われると大抵の悩みはそんな大それたものじゃない気がするな」
「でしょー」とナポリタンをパクリ。
 何にせよ、不幸自慢に陥っては仕方がないのだ。不幸なやつは不幸なりに、幸福なやつには幸福なりに悩みや不安があるものだ。外からどんなにキラキラと輝いて見えて羨ましく感じてもその中にある暗くドロドロしたものを、少なからず皆持っているのだ。
 このくだらない仕事をして役に立ったのはそれを学んだことだ。それは表舞台でキラキラしていればそれと比例して闇が大きくなるとか単純な話ではない。何がそいつにとって闇になるのか、悩みになるのかは人それぞれだということだ。周りから見れば取るに足りない、本人が触れて欲しくない弱味、コンプレックスそのものを、この仕事はずかずかと入り込み抉り出す、クソみたいなどうしようもない仕事だ。菱田の言う通り、俺たちみたいなのは働かずに遊んでいる方がよっぽど為になるのではないかと思うこともある――――しかし、世の中はまた矛盾だらけで、この仕事を望み、大喜びで金を払う奴らもたくさんいる。だから、残念ながら俺たちは遊んで暮らせないのだ。
「遊上さん――――ですか?」と思考の海を漂っていたときに声をかけられた。
 振り返ると髑髏が立っていた。
 スキンヘッドに落ち窪んだ眼窩、――――毒島隆史だった。動画とは違い作務衣ではなく、白いワイシャツに黒いスラックス姿であった。
「ああ、どうも」と立ち上がる。「ライターの遊上です」
「アシスタントの菱田です」トマトソースだらけの口の周りを拭いながら言う。
 じろりと毒島は二人を値踏みするような視線を送り、「毒島隆史です」と名乗った。
 毒島は席に付きコーヒーを頼んだ。
「それで、今日はどのようなご用件でしょうか?」意外にも会話の口火を切ったのは毒島の方からであった。
「ああ、そうですね。一応、今日は取材ということで、いわゆる『念じる系』のキューチューバーとして巷で話題になっている毒島さんにお話を伺いたいなと思いまして」
「ふむ」とゆったりとした動作で足を組む。「具体的には?」
「あの会話の録音して大丈夫っすかー?」と空気を読まずに菱田がボイスレコーダーをセットした。
「かまいませんよ」
「それでは、まずはですね。いわゆる『念じる系』と話題になっていますが、毒島さんは『念じる系』というのはなんだと思いますか?」
「それはなかなかに単純というか、バカバカしい質問であるように思いますが、しかしそれで一蹴してしまうにはあまりに惜しい質問である気がしますね」
「と、おっしゃいますと?」
「それは当然、『念じる系』というからには動画の中で『念じる』、そういう動画が当然、『念じる系』の動画ということになる訳です。しかし、これで終わりにしても仕方がないと言うか、遊上さんたちがお聞きになりたいのはもう少し掘り下げた意味での『念じる系』ということですよね?」ええ、と相槌を打つ。「ふむ、『念じる系』……という言葉がいつから出て、誰が使い出したかは分かりませんが、私の動画についていえば、最初から私は念、――――祈りと言うかね。そういうものを行ってきました。今でこそ他人様の悩みや願いを念じることが多いですが、最初は自らの思念や願望をひたすらに念じ続ける動画をアップしていましたね」
「え、念じるだけの動画を?!」ぎょっとしたような声を上げたのはもちろん菱田だった。
「ええ。念じるだけの動画です」
「それはなぜですか?」
「……少し私事を語っても?」
「はい、ぜひ」
 『念じる系』キューチューバーの半生、遊上にしてみれば願ってもない展開だった。
「私は田舎の地方都市で生まれました。裕福という訳じゃありませんが、貧乏というほどでもない。両親がいてね、普通の家庭に生まれました。男ばかり三人兄弟の末っ子でした」
「なるほど」
「私の父は普通にサラリーマンでしたがね、これが大変な読書家だったのですよ。家の中には小難しそうな本が――――プラトンとかヘーゲル、ウィリアム・ジェイムズとかね――――当然何個もあった本棚はどれも満杯でしてね、入り切らなかった本が部屋のあちこちに散乱していました。父は世界中の文学から哲学まで様々な本を読んでいました。無口な人でね、たまに話せば難しいことばかりで子供には何を言っているか分からない……そんな男でした。それでね、ある時私が家に帰るとですね……」毒島はそこで噛みしめるように間を取った「死んでいたんです」
「え?」
「……自殺――――でした……。玄関で、首を吊っていました。プランプランと揺れてまるで何かの果実のような……現実感のない光景でした……」
「それは……悲痛な体験ですね……」
「父がなぜ自ら命を断ったのか、それは何十年と経った今でも分かりません。ただ――――」と毒島は言い淀む。「その時からですね。私が念じるようになったのは」
「えっと……」
「ああ、大分、話と話の間が飛躍していますよね。少し言い表すのが難しいんですよ。父の死が契機であったことは自分の中で間違いないのですけど。それからなんというんでしょうね。とにかく――――人の行く末を念じずにはいられなくなりました、としか……」
「人の行く末……毒島さん、あくまでネットの噂なんですが、あなたが念じたことによって亡くなった方がいるとか……」
 遊上は毒島の反応を見ようと鋭い視線を送った。だが、毒島は能面のような顔を全く変化させない。
「ええ、残念ですね」
「念にはそのような力があると?」
「念じることで人が死ぬ――――ということはないでしょうね」ハッキリと毒島隆史はそう言った。「ただ―――念が宇宙の理に影響を及ぼすことは確かです」
 お得意の宇宙が出てきた。神秘の力の実例として宇宙を用いるのは実に都合が良いのだろう。
「つまり、偶然だったと?」
「いえ、私の念、動画視聴者様の念がそのような結果を引き寄せたのではないでしょうか?」
 ありがちな言い分だ。これでは退屈過ぎる。
「なるほど」と頷きながら遊上はそろそろ切り札を出すことにした。「念神会――――あなたの亡くなったお父様がお作りになった新興宗教ですよね」
「……」一瞬、毒島は目を見開いた。「よくお調べで……ですが、父の死と共にその宗教はなくなりましたよ」
「ええ、そのようですね。まあ、お父様は裏で大分エゲつないことをやっていたようですね。よく思わない方も多かったんじゃないですか?」
「それは――――」
「特にあなたやあなたのお母様は……」
「母は関係ない!!!!」
 今まで落ち着き払い無表情を装っていた毒島がとうとう爆発した。
 店中に響き渡る怒鳴り声であった。
「わーお」と菱田が空気を読まずに言った。
「失礼……その、父の死は母に多大な心労をかけたもので……」
「いえいえ、ただ――――お父様の死は自殺にしては不審な点があったようですね」これはカマだった。ブラフであった。そんな事実は一切なかった。
「……母を疑っているのですか?」
「いえいえ、ただ私は真実を――――知りたいのですよ」
「……あ」
 菱田が声を漏らしたのも無理もなかった。その表情はまさに鬼の形相そのものだった。歯を食い縛り、眉間に皺を寄せ、スキンヘッドには紫色をした血管が浮かび上がっていた。内側から溢れ出る怒りを必死に抑え込んでいるようだった。
 毒島隆史は明らかに怒っていた。
「なんて、……失礼な、奴らなんだ。人のプライバシーをなんだと……」声が震えていた。
「念じてみますか? お父様のように」
 これがダメ押しだった。
 バンと机を叩き、毒島は店の外へと歩いていってしまった。
「せんぱーい。怒らせてどうするんですかー」
「……こりゃあ、アイツも相当こじらせてんな」
「念じられて殺されたりしないでくださいよ〜」
「アホ。念じて人が殺せるかよ……いや、もしかしたらアイツが――――」
「いちごパフェでございます」と店員が今更、いちごパフェを持ってきた。
「わーい、いちごパフェ!」と菱田が子供のようにはしゃぐのを尻目に遊上は窓の外を見やった。
 さっき出たばかりの毒島隆史の姿はどこにもなかった。



 
  5


「親父は自殺だったんだ。そうだ、親父は自殺だったんだ」
 毒島隆史は肩を怒らせながら歩いていた。なんて失礼なネット記者なんだ。戯れに取材を受けてみればこれだ。やはりあいつらは人の粗を探すようなことしかしていないのだ。
 確かに親父は新興宗教を作った。だがそれは人々の心の安寧を慮ってのことだった。弱者の拠り所、居場所、羽を休める場所を作るためだった。
 親父はそのために政治家や金持ち連中に汚い金を握らせたり握らされたりしたこともあった。修行と称して信者の女たちを抱いたりもしていた。それで俺たちの家庭はボロボロになったさ。崩壊したさ。
 だが、それがなんだ。親父は弱いものたちのために奔走したんだ。
 弱いものたちの味方をして救ったんだ。助けになったんだ。それは事実だ。
 母さんや、俺たちを蔑ろにしてめちゃくちゃにしたのもまた事実だ。
 そうして、結局親父は自ら命を断ったのだ。
 記者に――――遊上に言ったことは嘘ではなかった。
 なぜ父親が自ら命を断ったのか、未だにそれは釈然としないものがある。
 親父はあくどいことをやっていた。法に触れる犯罪行為や母や俺たちを裏切る行為をやっていたのは間違いない。
 無口で、本ばかり読んでいた父親。だが、そんな父親も笑うときにはとても朗らかであった。気の抜けたような、間の抜けたような笑いであった。
 良心の呵責に耐えられなかった――――。毒島は一番大きな理由はそこにあるのではないか、と思っていた。
 非情に徹しきれない。
 目的のために手段を選ばない。
 そういう男であったならば、どれだけ楽だったろうか。救われただろうか。
 中途半端だったのだ。
 ヒーローになりきれなかった。
 弱者のために犯罪に手を染め、家族を捨てる――――それくらいのことをやってくれれば俺たちはまだ楽だった。親父を恨めばそれで済んだ。親父を憎めればそれで良かった。
 なのに、親父は俺たちの家庭をめちゃくちゃにぶち壊してひっかき回しておきながら、それでもまだ家庭を省みようとしていた。罪を犯しながら真っ当であろうとした――――その挙げ句が自殺だった。
 そうして、俺たちはどこにもいけなくなってしまった。
 何のせいにも、誰のせいにも出来なくなってしまった。
 だから念じるしかなくなったのだ。
 強いて言うならば、世の中の全てが悪いのだ。
 この世が理不尽なせいなのだ。
 どうしようもないほど、――――理不尽なせいだ。救われる弱者もいれば救われない弱者もいる。いや、弱者と強者という定義すら曖昧だ。昨日まで我が物顔で歩いていた強者でさえあっという間に凋落し、弱者は自分が泥水を啜っていたことを忘れてまた別の弱者を虐げる。
 性差や人種の差別を失くそうとすれば、今度は能力の有無で差別する。努力出来たものが、努力出来なかったものを糾弾する。運が良かっただけのものが、努力したものを嘲笑う。罪を犯したものがより重い罪を犯したものを責め苛む。マイノリティを誇っていたものがあっという間にマジョリティに埋没する。
 全てが曖昧で確かなものなど何一つなく。
 どこにもいけず、どこにも開かず、閉塞する。その理不尽こそが世の中の正体だ。
「幸福な家庭は皆似たようなものだが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である」
 毒島は呟いた。
 ――――だから念じる。憎む。死を願う。心の中でさえ聖人君子でいろというのか?
 実際に殴ったり、奪ったり、犯したり、殺したりしてしまえば犯罪だ。それこそただの悪だ。迫害されるべき行いだ。
 だが、思うだけなら、願うだけなら、念じるだけならそれは罪でも犯罪でもない。
 故に――――念じる。
 ひたすらに念じるのだ。末法思想でも浄土信仰でもない。救いも極楽浄土も欲していない。ただ理不尽に対して、嫉妬し、恨み、憎み、それらをひたすらに念じる――――それが毒島隆史の在り方だった。
 そんな自分に共感してくれる者も少なくないのだろうと思う。だからこそ、『念じる系』が流行っているのだろう。それが『念じる系』の正体なのだ。そこをネット記事用に、オブラートに包んでうまく表現するのは難しかった。だが、そんなものは言葉にしなくても火を見るより明らかだ。
 罪には罰を。悪には裁きを。不平等には災禍を。無知には不幸を。幸福には死を。理不尽には平等を――――。それが人々の総意だ。念じたことで、人が死ぬ。人が傷つく、不幸になる。当たり前の話だ。理不尽に対して念じればそれは必ず形となって現れる。それが人々の望みだからだ。つまるところ、いつしかこのマイノリティの念もマジョリティに変わっていくのだ。一過性の流行りであることは、疑いようがない。
 それが終わる前に俺は――――それが終わってしまっても俺は――――ひたすらに念じ続けるのだ。
 毒島の頭には菱田の顔が浮かんできた。あの何も考えずに生きていそうな、アホ面をした女。両親を辱めようとしたあの記者よりもまず、ああいった手合いが許せない。ああいう奴は頭を空っぽにしたまま、無遠慮に無意識に人を貶め傷つける。その典型だ、あの女は。かわいい見た目をしていて、自分は何をしても許されると思っている。自分が幸福であることに無頓着で、自分が恵まれていることに気が付きもしない。口を開けたままプカプカと浮かんでいる魚と同じだ。上から餌が降ってくると勘違いしている。
 燃やしたくなってくる。
 何の苦労も不幸も知らずに、自分がどれだけ幸運かも知らずにのうのうと面白楽しい毎日を送っている。
 そのクセ他人にはその楽しい毎日を、自分の中での当たり前を平気で押し付けてくる。あれは最早、一種の災害だ。暴力だ。なぜ法で取り締まらないのか、分からない。モラハラではないか。恵まれている人間のモラルを押し付けてくるのはモラルハラスメントに他ならないではないか。
 許しがたい。
 憎い。
 嫉妬する。
 慰謝料を請求する。
 辱めたい。
 恨めしい。
 念じてやる。
 俺は念じてやる。
 念じてやるぞ。
 毒島はアパートの一室にこもると早速キューチューブの撮影を始めた。
 菱田に向けて、燃えたぎるものを念じ始めた。
 そして、その日のうちにそれを配信するのであった。



 6


 菱田は家に帰るといつものように絶望した。
 びちびちしたゆるい排泄物で布団が汚されていたからだ。家のドアを開けた瞬間の鼻がもげそうなほどの悪臭でまたやったなと気が付いた。
「ばあちゃん……」
「ごめんよ、ごめんよ……」と寝たきりの祖母は電気も付いていない暗い部屋の片隅で嗚咽混じりにそう言った。一体この弱りきった祖母のどこにこの大量の排泄物が入っていたのかと菱田は感心すると同時に訝った。なんだか、排泄物でぐしょぐしょになった布団と祖母を見ていると笑えてくる。ギャグのような光景だった。こんなに現実感のない光景はあまりない。とりあえず祖母を風呂に入れて、この場を片付けなくては。考えただけでどんよりと重くなる。途轍もない重労働のように思えてくる。いや、実際に重労働なのだ。
「ばあちゃん、また寝ている間にオムツ、外しちゃったんだね」なるべく攻める口調にならないように優しく言う。
「かゆくてかゆくて、たまらなかったんだよー。ごめんよー」
「うん、いいよ。とりあえずお風呂できれいにしようね」
 菱田には両親がいなかった。いや、正確にはある時突然二人共蒸発してしまったのだ。なぜ、自分一人だけ残されたのかは分からないし、両親がなぜ失踪したのかも分からなかった。
 けれども、はっきりしているのはそんな自分を育ててくれたのはばあちゃんだということだ。
 女手一つなんていうけれど、ばあちゃんは老骨に鞭打ちながら、私を育ててくれたのだ。それは想像絶するほど大変だったろう。他に身寄りのなかった私を引き取ったとき、ばあちゃんはもうじいちゃんに先立たれていて、僅かな貯金と年金で暮らしていた。仕事といっても専業主婦くらいしか経験のない昭和生まれのばあちゃんは、なんとか私を養うためにパートや内職を見つけてきて、慣れない労働を一生懸命こなして、私を育ててくれた。両親への不満も、私への不満も、ばあちゃんの口からは一回も聞いたことはない。裕福とはもちろん、平均的であるとも決していえない暮らしだったけど、高校を卒業するまではきちんと育ててくれた。元来私は勉強が苦手だったし、成績も悪かったから、高校を卒業するとすぐに働きに出た。なかなか正規採用に至れずに、ウェブ広告を作る会社で下っ端のアルバイトをしていたら、ひょんな縁で、今の雑誌社に誘われた。――――頭は悪かったけど、顔はそれなりだったから、そういうことだったのだろう。ただ給料もたいして貰える訳じゃなかったけど正社員であるだけマシだと思っていた。ばあちゃんに少しずつ恩返し出来るかなと思った矢先だった。
 転んで骨折したばあちゃんが、寝たきりになりそのまま認知症も発症したのだった。施設も検討したがとても払える額ではなく、昼間は自治体の支援のヘルパーさんに見てもらい、休日や夕方帰った後は自分で面倒をみるより他なかった。
 だが、自分を育ててくれたばあちゃんだ。何よりこれが一番の恩返しだ。そう思った。だけど、それは最初の一ヶ月くらいの話だ。
 日々は残酷だ。
 時間が経てば経つほど、ばぁちゃんの症状は重くなっていく。昨日出来たことが今日出来なくなっていった。私の負担も日に日に増していった。
 あの優しく暖かだった、ばぁちゃん。一度も声を荒らげて怒ったことのなかったばぁちゃん。
 優しい皺だらけの顔がくしゃりと歪み、目を釣り上げて、声をしゃくるようにして「ご飯はまだか、アンタばっかりうまいもん食べて! なんだい、私をいじめて! 私は飯も食わせてもらえないよ!!」「誰だい、アンタは! 竜也はどこだい!? アイツは私の金を盜んだんだよ!!」叫び続ける。かと思ったらそれをコロリと忘れたようにいつもの優しいばぁちゃんになって、自分の失態を謝り続ける。
 ――――キツかった。
 ――――辛かった。
 一番大変な時期が過ぎ去ったかと思うとそれ以上の苦難がやってくる。終わりも出口も見当たらなかった。
 汚れた祖母の体を洗い流す。骨と皮だけのやせ衰えた体。冷たく乾ききった体。白髪だらけの髪の毛。
 子供の頃にはこの背中に飛び乗って安心していた。大きな背中、いい匂いのする背中。いつの間にかこんなに小さく饐えた臭いのする背中に変わってしまった。
「…………」
 細い首筋――――。
 自分の力でも握ればポキリと折れてしまいそうなくらい首筋――――。
 頭を振る。
 何を馬鹿なことを考えているんだろう。私は。
「―――――」
 『念じる系』キューチューバー。今日、出会ったあの男。なんとなくあんな男の作るあんな動画が流行っているのが分かってしまう。
 あれは言葉に出来ない思いを、どこにもいけない思いを、念じているのだ。
 ――――家帰ったら、死んでいてくれないかな――――。
 涙が溢れた。
 優しい顔が浮かんでくる。
 はにかんだ笑顔。皺だらけの顔をくしゃくしゃにして笑うんだ。
「ばぁちゃん、ばぁちゃん……」
 背中越しに嗚咽を漏らす。
 そんなこと思いたくない。そんな風に思いたくない。気持ちにしたくない。願ったり祈ったり、そんなことは嫌だ。
 優しいんだ。
 優しかったんだ。
 今まで私を育ててくれたんだ。
 これからでしょ? これから育ててくれた恩を返すんでしょ?
 ばぁちゃんの誕生日にはケーキや好物の麻婆豆腐を作ってあげて、長い休みには一緒に温泉旅行に行って、私がいいヒトを見つけたら結婚式ではばぁちゃんへの感謝の手紙を読んで、いつか、ひ孫の顔をみせてあげて――――全部、全部これからだったじゃないか。
 なのに、ひどいよ。
 何も返せてない。 
 何も返せてないのに、どうして――――どうしてあなたのことをこんな風に思わなければならないんだろう。
 嫌だ。嫌だよ。
 しんどいよ。
 誰かが代わりに願ってくれるなら、念じてくれるなら、それは――――。
 でも、でも――――私は――――。
「ごめん、ごめんなさい。ばぁちゃん……」
 菱田は祖母の細い首筋を見ながら何度も何度も謝った。
 念じることはもうしなかった。



 7


「え? 菱田のやつ無断欠勤なんですか? 昨日は一緒に取材に行きましたが……別に変わったところはなかったですね……いつも通りでした。やっぱり最近の若いやつはなんちゅーか、なっていませんね……あ、取材ですか? あー、あれ少しネタとしては弱い気がして、『念じる系』とか少し意味不明ですしねー、そうですね。俺も、そう思ってました。二番煎じですしね、フレッシュではないですし、はい。ボツにして、はい、代案を今日中に報告して、はい、今週中にはい、記事にします、はい、よろしくお願いします。はい」




 了







 




 

人が人として生きていくことの不安と恍惚

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-06-06

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 念じる