画一

 「―――そんな点数でーー」
わずかに開いたドアの隙間から漏れ入ったそんな声ではっと我に返る。10時半過ぎ。刻一刻とその時間が近づいてくる。ほとほと嫌気がさす。
「お前は結局どうするんだ?」
「西南より尾大のがいいだろ!」
「六大が南大かどっちかかなあ」
くだらない。
彼は毒づいた。名前だけのトコに行って何になるんだか。名声のためだけに4年間を潰して何がしたいんだか。すべてが気持ちを逆撫でする。やる気を削ぐ。学校なんぞやはり来るべきではなかった。
「―お前は考え直せ。はいつぎー」
しゃがれた、嫌味のこもった声。少なくとも彼はそう感じる。
「なあ松、この点じゃあやっぱキツイみたいだなァ」
「だろうな」
「冷たいなァ。慰めてくれてもいいじゃあないか」
どうでもよい。と言わんばかりに参考書の目を落とす。平。泊大志望。はっきり言うがまず無理だろう。せいぜい俺と同じ予大レベルだ。まあ知ったこっちゃないが。
もうすぐ順が回ってくる。先日の類似テスト、大学入試の1次試験の結果をもとに担任と出願について話すようだ。無駄である。どうせまとまらない。入試を控えた学生に余計なストレスを与えるな。愚痴はとどまることを知らない。
順当に番号順で生徒が回り、後回しにされた問題児が呼ばれていった。俺はその後。最後だ。集中できない。目が単に滑っているだけだ。来る。時間が。きてしまう。
「待たせたな、松」
待ってない。言ったって仕方がない。自己採をもって重い足を引きずる。彼は虚ろだ。
「どうだ、考えは変わったか。」
別室に入るや否やそう投げかける。面談室は閑散となりつつあった。もう既にクラス全員との面談を終了し荷物をまとめる先生もいる。残る生徒も難のありそうなヤツばかり。
「いえー」
彼は手元に目をやる。808/900。高い。最高峰だって目指せるだろう。
「伊予大、に、出願します。」
噛み締めるように言った。深いため息が耳を指す。前は向けない。ただ目線は下。
「その頭があってまだ理解できていないのか。いい。わかるまで何度でも説明してやる。いいか。この麦国の教育機関が出している大学ランキングを見ろ。西京大学。室町大学。五星大学。西京農業大学。小岡大学。尾張大学。西南大学。南海道大学。六州大学。泊大学。これらが日本のトップテンだ。ここに行けばお前は勝ち組だ。世界的にも認められる。お前の学力なら悪くても室大にはいける。なのに、なのになんで予大なんだ。。。」
声は出ない。前も向けない。
「何かこれらの大学に不安があるなら言え。学問は探求されつくされたからどこでだって同じことが学べる。社会貢献を第一に考えているから利益も得られる。それともなんだこれ以上勉強したくないのか?大丈夫だ大丈夫。こいつらはいわば特権階級だ。高校時代に努力したのだからもうやりたくなければここで好きなようにしてくれて構わない。好きなようにできるんだよ。自由に。ここでもっかい考えてみろ。」
自由、か。出願は自由ではないのに。やはり反抗心が芽生える。言わんとしていることはわかっている。それでも説明をし続けるコイツは何なのだ。あえてやっているのか。荷物を片した若い女性教師がそっとプリントを置く。
「ありがとうございます、犬山先生」
そんな声をよそに彼はプリントに目をやる。

日本の大学の成長過程
大学ランキング上位にランクインするために。金になる研究の重視。社会貢献。
就職への全面的支援。高校時代の勉学の再評価。
成熟された質の高い学問の提供。オンデマンドを利用した専門家による解説授業。
・・・・

これ以上は読む気にもならない。彼は目を上げる。教師と目が合う。
「理解できたか。お前はこの3年で本当によく頑張った。これらの上位大にいけば、もう就職なんて寝てても余裕だ。勉強はどこでもできる。そうだろ」
「いいえ、行く気は、ないです。」
「なぜなんだ。どうして。。この島から出たくないのか?は、泊大であれば通うこともできるだろう。六大もなんとかなるか。。とにかく、しっかり考えろ。どうして行きたくないんだ!?」
「研究を。まだ解明されていないようなことをしー」
「研究?バカ言うな。今やすべての学問は先人たちによって成熟されつくした。第一、これらはどこでだってできるんだ!同じことが!!」
――ナルホド、研究。あらゆる学問体系が確立されてしまったために“研究”に価値がおかれなくなってしまった。研究志望者は激減し、たまにこうした意欲的人材が表れてきてもこのように揉み消されてしまうのでしょう。イノベーションは、生まれない。
「予大の教授の講義を!一度でもいいから!」
「何度も言っただろう。十数年前の病原体の影響でオンデマンド化が進んだ。上位校でひとつ頼めば、何十、何百との抗議を受けれる!わざわざ自ら足を運ぶまでもない!」
――ナルホド、教授。オンデマンドは利益を与えたように見えたが一面的であったのか。学生のためを思った政策で大学の多様性が失われていくのか。皮肉なものである。
彼はまたうつむく。火照った顔を落ち着ける。もはや何も言うまい。無駄だ。無駄である。
「予大もじきにすたれていくぞ。周りを見ろ。土大や阿大を見てみろ。もう今にもつぶれそうだ。ヒクイレベルのところにいっても何にもならないのだよ。
まあいい。信じてるからな。西室五農、どこだって行けるさ。自分で出願しろよ。信じてるからな、松。」
そう言って荷物をまとめだした。面談は終了したらしい。イライラする、とは違う。他人の馬鹿馬鹿しさを心の内で一蹴するような、そんな感情だ。向こうでも、残っていた最後の一人が部屋を出んとしている。
「先生、俺絶対大隈大いくよ!類テ利用も出す!法も文も教育お経済も商も出す!頑張ってくるわ!」
愚かしい。その一言だ。何のために大学にいくんだ。何かに集中して学ぶ意志が微塵も感じ取れない。ああ、そうか。今はどの学部だろうが関係ないのか。少し古臭い考え方か。まあどちらにせよあれは勉学を修めないだろうな。
そんなことをただ訳もなく考えていると、気が付いたら室内には彼一人を除いて誰もいなくなっていた。荷物を取りに教室へ向かいながらあてもなく大学について考えていた。
多様性を重視して研究や教育、留学なんかの観点を調査に盛り込んだにも関わらず、生まれたものは同じ“一つ”のランキングに掲載されることを目的とするものが増えた、画一化された大学制度。よかれと思って進められた科学研究は完成しきり、学生達により深い探求意欲を失わせた。結果として大学はどこにいっても変わらなくなり、高校時代の学力が偏差値として、その大学に受験を通して入学できたこと、学歴として重視されるようになった。予大には、まだ希望を捨てていない教授がほんの一握り残っている、という噂がちらほらと耳に入ってくる。大体が、“諦めの悪い”という負のイメージとセットとなっているが。会えば何かが変わる、かもしれない。別に変わらなくても構わない、それでもアイツの言う通りにやって型通りのトコに進学するよりはよっぽどマシであろう。
教室についてみるよ、平のヤツがまだ残って勉強していた。
「......also ironically did he think... didってなん、、っあ倒置かァ。。おっ松!面談すげー長かったなァ。何言われたんよ」
彼は、なぜだか、自然と笑いが込み上げてきた。平はぽかんと彼を見つめている。
「なあ、平。おれら、案外似てるんだな。」
平は一瞬首を傾げたようだったが、すぐに笑い返した。
松は、初めて心から笑えた、そんな気がした。

画一

画一

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-06-03

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted