煉獄杏寿郎、最終痴漢電車に転移する

一章‐1 耳飾りの剣士

 とある夜。鬼憮辻無惨は、耳飾りの剣士と遭遇した。

 耳飾りの剣士は〈鬼狩り〉だった。
 そして無惨は鬼であり、鬼の中でもその頂点……。根源であり、首魁だった。

 無惨は鬼の首魁なので、鬼狩り達は当然、無惨を滅しようと刃を向けてくる。
 動機は主に人を食ったことに対する憎しみや、復讐心だ。

(食事をしただけのことだというのに)

 その憎しみは、無惨には一欠片ほども理解しがたかった。
 感情ではなく、執着として認識していた

 人間の執着心は異常だ。
 無惨にしてみれば、ただ人を食い続けただけだったというのに。

(食ったからなんだというのだ? 異常者共が。家畜に知性など存在しないというのに)

 生き延びるために眷属を増やす必要があった。
 手駒を増やすために無惨は、様々な人間に血を分け与えた。

 無惨の血を受け入れた人間は、鬼となる。

 鬼になるには『受け入れる』必要があるようだ。
 人間の中でも、とりわけ人からかけはなれた者に、血を与えた。

 逸脱した人間ほど与し易いことも知った。

 配下の鬼を増やし、夜に君臨した。
 生み出した配下もまた、当然鬼なので、人を喰う。

 無惨にとっては当然の、自然の摂理だった。

(兎を殺して食うことと何が違うというのだ?)

 なのに、たかだが食ったとか殺した程度で、人間は復讐心を抱く。

(うんざりする)

 今。目の前に相対する、耳飾りの剣士も同じだ。

「………………」

 耳飾りの剣士は無言で無惨と相対する。
 口を開いたのは無惨だった。

「私に会ったことが運の尽きだな。お前もそう思わないか? 珠代よ」

 無惨の傍らには女がいた。女の名前は珠代と言った。
 珠代は口元を抑えて、怯えた眼となっている。

「無愛想な女だ。しかも愚かだ」

 この珠代という女も、無惨の血の力で鬼になった。
 自分も鬼の癖に、ふたことめには、殺しはいけないだの人を食うことはいけないだのとほざいている。

(この女は医者だから、私の弱点の克服のために〈青い彼岸花〉の研究させていたが)

 道具以上の感情はない。

(私が鬼狩りを殺す様を見せつけ、珠代自身にも人を食わせる。いずれは考えも変わるだろう)

 耳飾りの剣士が刀を抜いた。
 無惨もまた鬼の爪と牙をたて、背中では無数の触手を蠢かせる。

 今宵も無惨の勝利で終わるだろう。
 皿の上の肉が、逆に口をあけることはありえないのだから。



――――「命を、なんだと思っている」――――


 気づけば無惨は、首を切られている。
 首を切られた程度では無惨は死なない。地べたに落ちた首で、無惨は剣士を見上げた。

(私、が倒れている?)

 無惨は首を切られながらも胴体に指令を出す。背中から生えた7本の触手が剣士を襲う。

 刹那。否。
 耳飾りの剣士は、刹那を超えた動きで刃を振っていた。

 無惨の全身は寸断され、50の肉片と成り果てる。再生が追いつくまもなく肉体を分断された。

(速、すぎる)

 耳飾りの剣士は、いままでの鬼狩りとは次元が違った。

(今度は心臓を……?)

 無惨の心臓は七つある。数個失った程度では死なないが、すでにいくつかの心臓が寸断されていた。

(私の身体が透き通って見えているとでも?)

 耳飾りの剣士はまるで無惨の肉体を知り尽くしているかのようだった。

「もう一度、聞く。命を何だと思っている?」

 首だけとなり肉体をバラバラにされながらも、無惨は癪に障った。

 敗北なのは必定。
 だが無惨は、敗北を受け入れない。

(肉片一つ逃れれば、この命はつなぎ止めることができる。勝利とは、生きることだ)

 無惨は無数の肉片となって、爆散した。
 肉片は飛び散り、夜の闇に消える。

 無惨を切り刻んだ剣士の名は〈日の呼吸〉の剣士。
 始まりの呼吸の剣士だった。

一章‐2 無惨の肉片、未来へ行く。

 無惨の肉片は夜の闇をさまよった。
 いくつかいる配下の鬼に寄生、肉体を乗っ取り〈仮初めの身体〉として復活した。

「あのような剣士がいるなど……」

 肉片から鬼へ戻った無惨は、子供の姿をしていた。力が弱まったのだ。
 心には不安があった。
 次にあの耳飾りの剣士に襲われれば、この身は滅ぼされるかもしれない。

「〈保険〉が必要だ……」

 無惨は、とある配下の鬼について思い出す。
 その鬼は低級の戦闘力しか持たないが、全身の筋肉が脳みそとなった鬼だった。

〈脳みそ鬼〉は仲間内では馬鹿にされていたようだが、無惨は彼の力を理解していた。

 この〈脳みそ鬼〉は演算装置なのだ。

 脳みその演算装置を使うことで〈時を未来に飛ばす〉ことができる。
 全身が脳みそのなのは、時空間転移を可能とするためだった。

 科学の未発達な大正の世では、時空間転移という言葉は、ほとんど知られていない。
 にもかかわらず、無惨は複数ある脳みそによって〈時空間転移〉を理解していた。

 無惨は体内に五つの脳を保持している。圧倒的な脳の数によって人智を超えた知能を獲得していたのだ。
 無惨は〈脳みそ鬼〉を呼びつける。

「な、なんでしょう、無惨様……が、あがああ?!」

 無惨は〈脳みそ鬼〉の肉体に自らの血を入れ、支配した。
 無惨は始まりの鬼であるため、低級の鬼ならば自分の思うがままにできる。

「ふん。低級の鬼らしく。未来に飛ばせるのは一個の肉片のみか。まあいい。この時代の私が滅びても。『肉片ひとつ未来に飛ばせれば、私は滅びぬ』」

 配下の〈脳みそ鬼〉の周囲に〈亜空間ゲート〉が形成された。宇宙空間の五次元位相〈亜空間〉と同等の現象が、生まれていたのだ。

「無惨様。私の力は一回きりです。このちからを使えば私の肉体は滅び……」
「かまわん」
「そ、ん、な。無惨様……ぁぁぁ……」

 配下の脳みそ鬼は、脳の力を犠牲にして亜空間ゲートを生み出した後、灰となって死んだ。
 眼前には漆黒の亜空間ゲートが渦となる。
 亜空間ゲートは数秒後、閉じるようだと無惨は理解する。

 時間を超える〈門(ゲート)〉に、無惨は自身の肉片ひとつぶんだけ飛ばした。

「私の勝ちだ。鬼狩りども」

 肉片はゲートに吸い込まれ、100年の時を超えていく。

「未来永劫の、私の勝利だ。始めからこうすればよかったのだ。鬼狩りのいない世にいけばよかったのだ」

 かくして無惨は〈鉄道警備隊〉のはびこる現代日本へと、転移を果たしたのだった。

一章‐3 煉獄杏寿朗、現代へと転移する。


 日の呼吸の剣士によって死の危機に見舞われた無惨が、〈肉片一個〉を未来に飛ばしてから数十年後。
 無惨の生み出した上限の鬼〈厭夢〉が、無限列車となり鬼殺の剣士を待ち受けていた。
 無限列車では鬼殺隊の剣士、竈戸炭治朗、我妻善一、嘴平猪介、煉獄杏寿朗が〈厭夢〉と交戦。
 鬼殺隊の剣士、竈戸炭治朗が厭夢にとどめをさす。
 厭夢は無限列車と同化を果たしていた。肉を増幅させ、列車をそのものを支配掌握していた。
 竈戸炭治朗は厭夢の中枢〈脊髄部分〉を的確に斬った。
 巨大な膨張した肉となり無限列車と同化した鬼〈厭夢〉は脊髄を斬られ、死を迎える。
 厭夢の意識が消滅する寸前だった。
(こうなれば。残る力を振り絞るしかない)
 標的はひとりだ。
 厭夢を斬った竈戸炭治朗ではない。
(あの男。炎の羽織の男だ)
 厭夢が最後の力で、みちずれを狙った男の名は〈煉獄杏寿朗〉。
 煉獄杏寿朗は、鬼殺隊の幹部〈柱〉と呼ばれる存在だった。

 杏寿朗は、肉片の膨張する無限列車の中にいて、術で捕らわれた人々を助けていた。
 杏寿朗は俊敏かつ的確な動きで、肉の触手を刀でいなしつつ、すべての捕らわれた人を外に運び出すことに成功していた。
 最後の一人を列車の外に運び終えた、そのときだった。
「お前さえ。お前さえいなければ……」
 列車全体に浸食していた厭夢の肉片が、最後の力で術を発動させていた。
「まだ、生きていたのか。竈戸少年が斬ったはずだが」
「僕は知っているよぉ。無惨様は……。時を超える鬼の力で、一部を未来に飛ばされた」「悪いが、君と問答をする趣味はない」
「時を超える力を持つ鬼は、大きな脳みそを持っていたんだって。ぼくもまた脳を巨大にできた。この無限列車を覆う肉片は巨大な脳みそなんだ」
「脳みしがどうかしたのか? 君はもう消えかけている」
「君は脅威なんだよ。煉獄杏寿朗ぉ!」
 無限列車と融合した厭夢から、時空間を渡るゲートが発生した。
「これは……」
「僕は君を殺すことはできない。さすがは鬼殺隊の柱だ。傷一つつけることさえ、できなかった。だけどね。君を未来につれていくことはできるんだよ」
「〈火の呼吸。一の型。不知火〉」
 杏寿朗は亜空間ゲートに向かって、刃を振り下ろす。
 だが杏寿朗は亜空間という概念を知りえない。生まれる時代が早すぎたのだ。
「ふふ。勝った。勝ったぞ。耳飾りのガキは倒せなかったが。柱を消滅させた。やりましたよ、無惨、さ、ま……」
 杏寿朗は亜空間の中に取り込まれ、漆黒の闇に包まれた。
 闇の中で杏寿朗はつぶやく。
「ふむ。けったいな技で奇妙な空間だ。見たこともないが……」
 杏寿朗は腕を組み、前を見据えて、亜空間ゲートを漂っている。
「どこへいくかは知らないが、受け止めるしかないな」
 炎柱・煉獄杏寿朗は、泰然としたたたづまいで、未来への転送を受け入れたのだった。

二章‐1 鷹取陣との遭遇

20xx年 
 年々増加傾向にある痴漢犯罪に対抗するべく設立された、女性だけで構成された鉄道軽微組隊『レイヴン』。卑劣な痴漢犯罪者達を容赦なく取り締まる彼女たちは英雄視されていたが、その一方で私刑的行為などが問題視されていた。物語の主人公、鷹取迅(たかとり じん)は凄腕の痴漢として名を知られていた。日常生活の中では己の欲望を満たすことができない迅は、自分と同じ逸脱者の素質を持った女を求めて痴漢行為を繰り返す。だが、とあるミスから『レイヴン』の手に落ち、痴漢に関する能力をすべて奪われてしまう。
 何者かの助けにより『レイヴン』の手を逃れた迅は『最終痴漢電車』の噂を知り、そこに自分の求める欲望の答えがあると確信する。――自分と同じ『逸脱者』の素質をもった女を見つけ、最高の『牝』に仕上げ『最終痴漢電車』のゲストにする。迅はこの新たな目標に向けて、再び痴漢として活動を開始するのだった。

引用 アトリエかぐや 最終痴漢電車3より


 鷹取迅は、常磐線の最終電車で女の身体をまさぐっている。
「――――――ぁあ…………!!!!」
 女は牝(メス)となっている。
 何故、常磐線の最終電車で女が雌になっているのか?
 人の居ない最終電車といえども、公共交通機関である。
 乗客だって、まばらにいる。
 なのに誰も、彼の痴漢行為を咎める者はいない。
 何も気づいていないかのように、ぼんやりと座っているだけだ。
 満員電車での痴漢とは異なり、視界は開けて良好。
 開けた視界での痴漢など、あまりに目立ちすぎる。
「あぁ、ぁぁあ。っぁあああ!」
 異様な、光景だった。
 公衆の面前で痴態をさらしたならば、咎められないわけはないのだ。
 即座に『何やってんですか!』と捕まり、逮捕される以外ありえないのだ。
 それなのに。
「ぁぁ……あああああ!」
 女の矯正は、こだまする。
 迅と女だけの世界が構築されているかのように。
 迅の痴漢としての妙技が、常識と物理法則のすべてを掌握していたためである。
「ギルティ・プリズン。時と空間を隔絶させた」
「ふあ、あぁぁ……」
 それは〈悪魔の右手〉を持つ迅の、痴漢としての妙技だった。
「今だけは……。存分にメスになるがいい」

 ――周囲の空間をねじ曲げる。

 迅の右腕を起点に、時空がねじ曲がり『見えない檻』が現出していた。


 ――ギルティ・プリズン――。

 周囲に隔絶した空間を作り出し『時と空間を支配する』痴漢の御技が発動していたのだ。「――――――ッッッゥゥゥ!!」
 女の絶頂の声は誰にも聞こえない。
 耳にするのは、迅と目の前の牝のみである。
「ふぁ、ふあああ……ふぁああ!!」

 迅と女は初対面だ。
 名前も知らない。
 しかし彼女には牝の素質がある。
 だから委ねてくれるし、受け入れてくれる。 牝の素質があったからこそ、ギルティプリズンによる『時空間の隔絶』が覿面に作用し、彼女の欲望の解放を、成し遂げていた。
「ふあぁぁぁうぅぅッッッ………!!」
 もっとも、迅を満足させるほどではなかったが。
「……イったか」
 絶頂と同時に、駅に到着した。
 迅は、ドアが開くまでの5秒間の時間を、ギルティプリズンによってゆっくり500秒まで間延びさせてやる。
 500秒の時間。これは女がおちつき、着替えをする時間を与えたのだ。
 時の止まった空間で女は息を整え、服を直す。
「あなた。優しいのね」
「着替えを待つのは男のマナーだ」
 ギルティプリズンの隔絶された時空間があったから電車が駅に止まっても、焦ることなく身だしなみを整えることができたのだ。
『お降りの方は、足下にお気を付けて』とアナウンスが聞こえる。
 隔絶した時空間が途絶え、日常が戻る。
 女もまた何食わぬ顔で、隔絶された時空間から現実へと戻る。
 ただ少しだけ。女の頬は紅潮していた。
 女が電車から降り、迅に振り返る。
「あなたは、不思議な人ね」
「ふ。よくいわれる」
「また……。会える?」
「この世界に俺の居場所はない。今日のことは一夜の夢と思えばいい」
「ひどい人ね……」
「それも。よくいわれる」
 迅は逸脱者であり、痴漢だ。
 世俗に染まることはできない。
 この女と共に歩むことはできないだろう、
 彼の性の絶技は人に知られることもなく、牝の欲を叶えていくのみだった。
 痴漢とは、ただの〈痴れ者〉ではない。
〈逸脱〉によって世の牝の欲望を叶え、喜悦をもたらす存在……。
 電車のドアが閉まる。
 女が去って行く。
 最終電車が、迅の街へと走り出す。
(牝の素質があったが。俺の隣に置くことはできない。だが……。なかなかの収穫だったな)
 迅は何気なく、人気のない電車を歩く。
 ふいに眼前にいる男と、目が合った。
「始終、見せて貰った」
「なんだ、お前は?」
 男は炎めいた柄の着物を羽織っている。
 眼もまた、ギラギラとした炎の輝きを秘めている。
 炎の男は、無限列車から現代へと転移した煉獄杏寿朗だった。
 迅は臨戦態勢となった。
 男が帯刀をしていたからだ。
(現代日本で帯刀をしている。ただものではないな)
 杏寿朗が迅に告げる。
「人間離れしているから。鬼かとおもったが。君はどうやら人間のようだ」
「人の領域は、超えているつもりだ」
「うむ。鍛錬の賜物なのだろう。しかし婦女に暴行しているようにもみうけられた。見過ごすことはできないな」
 迅は無言で杏寿朗を睨む。
「痴漢を見られるとは。俺のギルティ・プリズンもまだまだ、というわけか。だがあえて言わせて貰うなら、人の痴漢を覗き見る貴様こそ無粋というものだ」
「何を言っているかよくわからないな。鬼殺隊の柱として婦女の暴行を許すわけにはいかない。夢だろうと現だろうと、見過ごすわけにはいかない!」
 このとき杏寿朗はひとつの勘違いをしている。
 杏寿朗は無限列車の中にいて、また厭夢の血鬼術を受けていると考えていた。
 鷹取迅のこともまた、厭夢の支配下に入った人間だと推察していたのだ。
 杏寿朗が手刀を繰り出す。
 迅は俊敏な動きで、手刀を避ける。
「早い、な」
「避けるか。君は。一般人ではないようだが、鬼とも違う。しかもその動きは鬼殺隊に匹敵する」
「お前こそ。何者だ? そもそもこの時代の人間か?」
 現実は杏寿朗の想像を超えていた。
 杏寿朗は、厭夢が最後に振り絞った時空間転移の力で現代日本へ未来転生をしていたのだ。
 100年後の未来。無限列車の通っていた場所と同じ位置。
 常磐線の最終列車の座標へと転移していたのである。

二章‐2 

2 痴漢の妙技 VS 柱の力

「おそろしく速い手刀だ。俺でなければ見逃していた」
 迅はおもわず呟いた。迅の痴漢としてのスキルが杏寿朗の戦闘力を見抜いていた。
「そもそもお前は……。〈ギルティプリズン〉内の俺が見えていたのか?」
 迅の肉体とその動作は、痴漢として極限まで鍛え上げられたものだ。
 普通の人間には感知さえできない。
 杏寿朗は淡々と応じる。
「ああ。実に不思議なものをみせてもらった。はじめは男女の逢瀬に見えたが。俺の目はごまかせない。君のしていることはまやかしだ」
「俺の技がまやかし、だと?」
「いくら逢瀬とはいえ。ここは公衆の場だ。婦女が恍惚としていたとしても、裏があると考える。鬼殺隊は鬼狩りが専門だが、不届き者を捉えるのも役目の一つだ。私は君を捉えることにする」
 杏寿朗は日輪刀は抜かず。鞘のままで迅に対峙する。
(まさか……。すべてが、見えていたのか?)
 姿だけでない。
 ギルティプリズンによる時空間の隔絶さえも超えて、捉えてきた。
(まさか。〈透ける世界〉が見えるというのか。痴漢の技の極意でもある〈透ける世界〉を……)
 可能性は高い。
 痴漢の一部始終まで見抜かれていたなら〈透ける世界〉を会得している可能性は高い。(だがこいつは鉄道警備隊ではないようだ。ならば……)
 迅は悪魔の右手を握りしめ、杏寿朗に応える。杏寿朗が何者なのか、まず探ろうと考えたのだ。
「時代錯誤な格好をしているところ悪いが。それはコスプレか?」
「コスプレ、だと? 奇妙な言葉を使う」「レイヤーが鉄道警備隊の真似事をするのは、筋違いだ」
「またも奇妙な言葉だ。すまない。君は、何者なんだ?」
「聞きたいのは俺だ。お前は流暢な日本語だが、言葉を知らないのか?」
 両者の中で、疑問が生まれた。
 相手が惑わそうとしているのかもと思ったが、顔を見ればわかる。
 ――こいつは嘘を言っていない――。
 杏寿朗がふむ、と腕を組む。
「失礼だな。俺はこう見えて、学問は甲の方が多い」
「甲……。甲乙丙の評価段階だな。俺のじいちゃんの時代の話だが……。待て。その腰の剣は……?」
 迅は杏寿朗の鞘に嵌められた日輪刀を凝視した。
「実剣だと。コスプレじゃない?」
 迅は、日輪刀が抜かれる前から本物であると見抜いた。
「鬼殺隊は、特例として帯刀が認められている。君はおかしな者だが、守るべき市民だ。抜くことはありえない」
「鉄道警備隊でないなら……。新手の新組織の可能性はあるか? ならばなおさら、捕まるわけにはいかない」
 迅の悪魔の右手が唸る。
 今度、身構えたのは杏寿朗だった。迅の痴漢としての闘気を感じたのだ。
「先ほどの言葉、訂正する。君から人ならざるものを感じる」
「言っただろう。人の領域は超えている」
「ならば峰打ちで眠って貰う」
 杏寿朗は鞘のまま刀を構えた。
 対する迅は、悪魔の右腕を開放した。
「舐められたものだな。逸脱者を理解しないものにおもねるわけにはいかない。眠って貰おう」
 先に動いたのは杏寿朗だった。
「一の型・不知火!」
 炎のごとき揺らめく軌道で、鞘のまま峰打ちが振るわれる。
 鞘ありの峰打ちとはいえ、柱の一撃だ。たやすく躱せるものではない。
 だが迅は《不知火》を掻い潜り、杏寿朗に接近する。
「ライトニングチャージ!」
 鷹取の指先が杏寿朗の脇腹に触れた。
 瞬間。杏寿朗に、えもいわれぬ刺激が襲い来る。
「ぬぅ!」
 杏寿朗はかすかにうめくも、歯を食いしばり耐えた。
 迅の放った〈ライトニングチャージ〉とは、悪魔の手のなせる、感度を増幅させる技だ。
 放った一撃は、常人ならば昏倒する刺激のはずだった。
「効かん!」
 それでも杏寿朗はひるまない。鞘を差し込み、迅のみぞおちをついた。 
「がはっ」
 もんどりうち、迅は後退。
 最終電車の真ん中でふたりは対峙する。
「おいおい。ライトニングチャージは牝に対しては悦楽だが、直撃時の増強感度は4000倍。男や猛獣ならば二時間は動けないはずだ。貴様、人間か?」
「俺は鬼殺隊の炎柱。煉獄杏寿朗だ。君こそ。やはり妙な術を使う」
「術ではない。この〈悪魔の右手〉による、痴漢の御技だ」
「『修行を重ねた』ということか。ならば何故、心を練り上げない?」
「心なら練り上げている。牝に奉仕をするためにな」
「君は婦女を誑かしていた。詭弁を弄しても俺は誤魔化せない」
「俺は貴様にこそ問いたい」
 今度は迅が語気を荒げる。
「〈鬼殺隊〉とは何だ? 鉄道警備隊……。レイヴン以外の組織があるはずはない。それにその現代に似合わぬコスプレ。俺に説教をするにしては、あまりに『逸脱』している」
「『逸脱』とは異なるが。修行ならしてきた。鬼を葬るための修行と実戦を幾度となくくぐり錬磨をしてきた……む?」
 杏寿朗はふと違和感に気づいた。
「君は今、なんといった?」
「『現代に似合わぬ出で立ち』と言ったんだ」
 杏寿朗の眼が何かに気づいたように開かれた。

二章‐3 鉄道警備隊

 杏寿朗はここで推察する。
 変化した列車の風景。
 自分の知る木張りではない、金属質の壁や床……。
 無限列車に乗っていたはずが。あまりにも近代化、洋化された様相となっている。
(あの鬼の言っていたことと符号するならば……。ここは未来?)
 杏寿朗は亜空間による厭夢の最後の攻撃を思い出し、ここが無限列車ではないのではいか、と思い至ったのだ。
「今は、何年だ?」
 眼前で対峙する鷹取迅の衣装が、近代化と洋化が進んだならこうなるであろうという未来の風貌をしていた。
「今は20XX年だ」
 迅は冷静にゆったりと、杏寿朗へ告げる。
 鷹取の返答が答えだった。
「……そうか。あのときの鬼の言葉はこういう意味だったのか。殺すことはできないが飛ばすことはできる、か」
 杏寿朗は状況を理解してくる。
 厭夢の言葉。近代化の風景。
 異国に飛ばされたかと思いきや言葉が通じる。これらの情報を集めて、導かれる答えは……。
「時。俺は。未来に来ている……」
 杏寿朗は驚きに眼を見開いた。
 迅との戦闘でも崩れることのなかった相貌が、震えていた。
「何に納得しているのかは知らないが。そろそろ潮時のようだな。俺たちはどうやら騒ぎすぎたらしい」
 迅が手を引いた。
「奴らが来るぞ」
「奴ら……?」
鉄道警備隊(レイヴン)。この街を支配する権力の根源だ」
 ふたりと取り囲むように、前方車両、後方車両の扉が開かれる!
 車両の前後の扉からぞろぞろ表れたのは筋骨隆々とした女性警備隊だった。
 身長2メートル20センチ。
 体重120キロ。中には機械化改造を施したものもいる。
 ドーピングによって身体改造され、元々の身体を失った女性兵士達だった。
 杏寿朗は迅をみたとき以上に驚愕する。
「……色んな鬼をみてきたが。人間のままでこれほど面妖な者をみるのは、始めてだな」
「レイヴンは鉄道警備のためならドーピングを厭わない。痴漢撲滅のためならなんだってやる。人の道を踏み外した、本末転倒な組織なのさ」
「本当に未来なのか……。なら俺はここにいる場合じゃない。早く戻らなければいけない」
「このままじゃ、お前は罪に問われる。帯刀もしているから刑務所行きだ」
「鬼殺隊の責務は人を守ることだ。話せばきっと」
「今は時代が違う。刀を持っている奴は、痴漢以上に刑務所行きだぞ!」
 杏寿朗は、ふむと瞬間的に状況を飲み込む。「では君に頼みがある。俺を匿ってくれ」
「闘っていた相手に、助けを求めるか?」
「……時を渡ったというならば、俺は自分の場所に戻りたい。しばしの頼みだ」
 杏寿朗は頭を下げた。
 頼んでいるのは杏寿朗なのに、その高潔さに迅は圧倒させられる。
「ひとまずここは退散だ。体制を立て直す。貴様の責務とやらのためにもな」
「かたじけない」
「いや。いいんだ。時空転移者なんてのは現代人にとっては常識みたいなものだが。実際目の当たりにすると。わくわくするものさ」
 鉄道警備隊の軍勢がじりじりと迫ってくる。 その数、前方20人、後方に20人。
 身長2メートルのドーピング兵士が40名。 杏寿朗は抜刀を自らに禁じている。
 明らかに不利な状況だった。
 しかし迅は、にやりと微笑む。
 杏寿朗も悠然とたたずむ。
 先ほどまで闘っていた二人が手を組んだ。
 力を認め合った二人だ。
 これほど心強い者はない。
「俺は鬼殺隊・炎柱、煉獄杏寿朗だ。改めて君の名を聞こう」
「二度も名乗るとは律儀な奴め。俺は鷹取迅。――ただの痴漢さ――」
 炎柄の羽織の男と、ダッフルコートの痴漢が電車の窓を突き破り、夜の街に飛び降りた。 鉄道警備隊のドーピング兵士が、夜の闇を見渡すも、姿は見えない。
 ふたりの男は夜の街に消えていった。 

煉獄杏寿郎、最終痴漢電車に転移する

煉獄杏寿郎、最終痴漢電車に転移する

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-05-30

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 一章‐1 耳飾りの剣士
  2. 一章‐2 無惨の肉片、未来へ行く。
  3. 一章‐3 煉獄杏寿朗、現代へと転移する。
  4. 二章‐1 鷹取陣との遭遇
  5. 二章‐2 
  6. 二章‐3 鉄道警備隊