由紀は浮いていた。

 中一の秋、教室の中で、由紀は浮いていた。
愛想のやり方が分からないので、皆に怖がられてしまったのだ。
おはよう。と声をかけたいのだが、不愛想な奴が急に挨拶してきたら、変に思うかもしれない。
最初につまづくと、修正するタイミングが掴めないまま、日々だけが過ぎていく。

 今朝も、憂鬱と緊張が混じった落ち着かない気分で教室に入っていった。
由紀の前にまだ一人しか来ていなかった。日野君だ。天真爛漫で、誰にでも屈託なく接する、とても明るい子だ。
「斉藤さん、おはよう」
挨拶してくれた。嬉しい。おはよう、と由紀も返す。返したつもりだった。

なのに日野君は、目元に腕をあてて泣く真似をしながら、無視されたあ、と、いじけた。
どうやら由紀の声が小さくて聞こえなかったらしい。しかも顔も無表情なので、伝わらなかったのだろう。

焦った由紀は必死に訂正する。
「言った。おはようって言ったよ」

「あれ、そうだったの。なぁんだ」
笑顔の日野君。誤解は解けたようだ。ほっとして胸をなでおろす。


 それにしても、私は本当にコミュニケーションがまずいのだなぁ。
授業中、窓から外の木を眺めながら、由紀は物思いにふけった。



  おしまい

由紀は浮いていた。

由紀は浮いていた。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-05-22

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